| な ご り 雪 |
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作:眠猫
2 ようやく幸人が帰ってきたのは夜の10時過ぎだった。 ひとみはまだ、ダイニングのテーブルで座っていた。 「おかえりなさい」 ひとみは幸人がダイニングに入ってくると立ち上がった。 「ああ、今日、退院だったな」 ネクタイを緩めながら、幸人はキッチンで水を飲んだ。 「ご迷惑をおかけして、すみませんでした・・・それに私を助けて下さってありがとうございます」 ひとみは幸人に会ったらまず、礼を言おうと思っていた。 無一文で誰も引き取り手のないひとみを引き取ってくれるのだ。 感謝しなくてはいけない。 「気にすることはない」 水を飲み終わると幸人はテーブルの上を見た。 二人分の食事が並んでいる。 「食べてないのか?」 「ご一緒にって思って」 ひとみは幸人と食事をしたいと思って待っていた。 今日から一緒に暮らすのだ。 少しでも仲良くなりたかった。 「俺は毎日、帰りが遅い。先に食べてくれ」 「大丈夫。一緒に食べた方が楽しいでしょう?」 幸人が不快そうに眉を潜めた。 「俺は誰かと飯を食うのは好きじゃない」 吐き捨てるような言い方だった。 思わず、ひとみは身体を震わせた。 「俺は俺のペースでやっていく。一緒に暮らすのはいいが、俺の邪魔をしない ようにしろ」 「は・・・い」 幸人はひとみを見ずに話す。 見たくもないとでも言うようだ。 「言われた部屋以外には足を踏み入れるな。それから、俺は煩いのは嫌いだ。必要以外は話し掛けないでくれ」 冷たい言葉が投げかけられる。 まるでひとみと一緒に暮らすのは迷惑と言う感じだ。 「それ以外は好きにしていていい。金はキャッシュカードを渡すから、そこから好きなだけ引き出して使え。一々、俺に断らなくてもいい」 人間に話し掛けているとは思えないほど、言葉が冷たい。 ひとみを惨めさが襲う。 嫌われているような気すらする。 だが、この前病院で初めてあったばかりだ。 嫌われる覚えもない。 「何か質問は?」 「あの・・・私の服とか荷物とかを・・・取りに行きたいんですけど・・・」 ひとみはようやくそれだけ言った。 用意された部屋にはある程度の衣服はあったが、自分が今まで使っていた物は何一つなかった。 「無理だな。兄貴は破産したって聞いただろう?家は全部、差し押さえられている。やばい筋の人間が住んでるから、取りになんていけない。必要な物があれば買え」 ひとみは自分の置かれている状況の厳しさを改めて感じた。 自分の服も、教科書もぬいぐるみももう手にする事はないのだ。 小さい頃からの思い出の品も諦めなくてはいけない。 「教科書や制服は頼んである。数日中に来るだろう」 「え?」 ひとみは目を見張った。 学校はミッション系のお嬢様学校だ。 授業料も高い。 そのまま、通わせてもらえるのだろうか。 最初からあきらめていた。 「学校・・・続けていいんですか?」 「当たり前だ」 幸人はそう言うとさっさとダイニングを出て行った。 「嬉しい・・・」 ひとみはその後姿に頭を下げた。 学校に通わせてもらえないかとも思っていた。 通わせてもらえても今までの所は無理だと思っていたのだ。 「ありがとう・・・おじ様・・・」 やはり幸人は優しい人間なのだろう。 ただ、ぶっきらぼうなのだとひとみは思った。 そうでなければ、ひとみを引き取り、学校に通わせてくれるはずはない。 「ちょっとずつ・・・」 ひとみは少しずつでいいから幸人と親しくなりたいと思った。 ひとみの怪我は若さのせいもあり、回復も目覚しかった。 学校にも戻れた。 休んだ分の補習は大変だったが、何とかがんばった。 「ただいま」 ひとみは誰もいないマンションに帰った。 それでも挨拶をするのは寂しさを紛らわせる為だ。 家政婦はもう仕事を終えて帰っていた。 かばんをおいて、キッチンに行くといつものように食事が出来ていた。 一人で温めて食べる。 「ふぅ・・・」 ひとみはため息をついた。 一人の食事は美味しく感じない。 この家に来てから1ヶ月になるのに、幸人とほとんど会話を交わさない。 幸人は遅くに帰ってきて、朝早く家を出て行く。 土曜も日曜も家にほとんどいない。 家にいても部屋に篭っているようだ。 このマンションの中にはひとみの部屋の他にもいくつも部屋があるようだ。 言われたとおりに見た事も入った事もない。 「どうしてなのかな・・・」 ひとみは気持ちが落ち込んでいた。 ぶっきらぼうなだけだと思っていたが、まるでひとみを見ない。 存在すら認めてくれない。 何とか親しくなろうと、顔を見ると微笑みかけたり、挨拶をした。 余分な事は話すなと言われているのでそれを守っているが、無性に寂しい。 「おじ様は子供が嫌いなのかしら・・・それとも・・・」 ひとみは不安で仕方がない。 嫌われる覚えはないが、嫌われているような気もする。 だが、何の理由もないと思う。 だから、人嫌いなのだと思おうとしていた。 「あ・・・」 玄関の方で音がした。 まだ、8時だがこの家に入ってくると言えば幸人だけだ。 今日は珍しく早いのだろう。 すぐにダイニングに幸人が入ってきた。 幸人は必ず、帰ってくると水を飲む。 ひとみは慌てて、グラスに水を汲んだ。 「はい、おじ様」 微笑みながら、幸人に渡そうとした。 「余計な事をするな。自分でやる」 幸人はひとみの手の中のグラスを無視して、自分で水を汲んで飲んだ。 ひとみはあっけにとられた。 自分の差し出す水さえ飲んでくれない。 「どう・・・して・・・」 ひとみの目に涙が浮かんだ。 「どうしてなの、おじ様?」 幸人にあまり話し掛けるなと言われていた事も忘れてひとみは聞いた。 嫌われているとはっきりとわかったような気がした。 事故以来の寂しさ、不安が噴出した。 「私、おじ様に嫌われるような事をしたの?・・・ひどい・・・」 幸人には感謝していた。 なじるつもりではなかった。 だが、寂しすぎた。 もうひとみの頼れるのは幸人だけだ。 その幸人はひとみに冷たい視線と言葉しかくれなかった。 「余計な事を言うなと言っただろうが。煩いのは嫌いだ」 ひとみを見ようともせずに、幸人が煩そうに言う。 「私の事、嫌いなんですか?なら、どうして引き取ってくれたんですか」 もう限界だった。 どうしてもひとみは聞きたかった。 あまりに寂しすぎて、つらかった。 「好きじゃないな」 ぽつりと幸人が言う。 ひとみは息を呑んだ。 涙が溢れて止まらない。 「私って・・・そんな嫌な子なの・・・誰からも嫌われるの?パパも・・・」 ひとみは椅子に座り込んだ。 友一もひとみに無関心だった。 話し掛けてもいつも煩そうにされた。 仕事が忙しいのだと納得していたが、いつも寂しかった。 「パパも・・・私の事、見てくれなくて・・・おじ様もなの?」 「兄さん?」 ようやく幸人がひとみを見た。暗い瞳だ。 「私、おじ様に嫌われるような事したの?だったら、謝ります。嫌われるような嫌な正確なら直します。だから、教えて下さい」 ひとみは幸人に頭を下げた。 このまま、一緒に暮らすのは辛すぎる。 理由を知りたかったし、仲良くできるならしたかった。 ひとみはいつも両親や周りの愛情に飢えていた。 幸人はうんざりしたような顔で棚からウイスキーを取り出してグラスに注いで、一気に飲んだ。 ひとみはそんな幸人を見つめていた。 幸人を責める事が間違っているのはわかっていた。 だが、寂しさや不安でどうしようもなかった。 「おじ様、お願いです。どこが悪いのか教えてください」 幸人はダイニングの椅子に座った。 「悪い所があったら直すから。ね、おじ様」 ひとみは必死に頼み込んだ。 幸人となかよく暮らしていける物ならばそうしたかった。 「無理だな」 ぽつりと幸人が言う。 ひとみは幸人を見直した。 「私・・・直しようがないくらい、嫌な子なの?」 ひとみは震える声で聞いた。 あまりに残酷な返事だと思った。 「どうして・・・どうしてなの・・・」 ひとみは泣くしかなかった。 「知らない方が幸せな事もある。俺に構わずに、好きにしてろ」 幸人は突き放すように言うが、ひとみは食い下がった。 こんな気持ちのままで一緒には暮らせない。 理由があるならどうしても知りたかった。 「理由があるなら、教えて下さい。お願いです」 「後悔するぞ」 幸人が呟く。後悔してもよかった。 このままの状態よりはましだと思う。 「いいの。後悔してもいいから、理由があるなら知りたい。パパも同じ理由?パパは・・・パパは本当は・・・だって、一緒に連れて行ってくれようとしたんですもの」 ひとみは友一の心中に巻き込まれた事を心のどこかで喜んでいた。 自分に無関心で冷たかった友一だが、最後にひとみを連れて行こうとした。 不器用だっただけで、本当は自分を愛してくれていたのだと嬉しかった。 「兄さんがお前を道連れにしたのは、保険金が欲しかっただけだ」 ひとみが考えたくなかった返事が返ってきた。 もしかしたらと思いかけた事もあったが、それを必死に否定した。 友一が破産して、自殺した後、ひとみが辛い思いをしないように一緒に連れ て行こうとしてくれたのだと思っていたかった。 「おじ様・・・」 「お前が聞くから答えるんだ。自分のせいだぞ」 「いいです。教えて下さい」 ひとみは頭を下げた。 「お前の名前は誰がつけたか、知ってるか?」 話がそれたような質問にひとみは面食らった。 自分の名前が関係あるのだろうか? ひとみと名づけてくれたのが誰かなど、知らなかった。 首を横に振る。 「俺がつけたんだ」 「おじ様が?」 初めて聞く話だ。 だが、名前を付けてくれた位ならどうして嫌われるのだろう。 ひとみは訳がわからなかった。 「そうだ。お前の母親が俺の子だって言ったからな」 足元が割れて、地面に落ち込んでいきそうな気がした。 では、自分は幸人の子供だと言うのか? 章子と幸人の間に出来た子なのだろうか。 「おじ様が私の・・・パパ・・・?」 それを友一が知っていたとしたら、ひとみを愛せなくても仕方なかったかもしれない。 「お前、血液型は?」 「Aです・・・」 ひとみは力なく答えた。 「だろ?兄貴はO、お前の母親もOだ」 ひとみにもO型同士からA型の子供が生まれない事はわかる。 呆然としてしまう。 両親の血液型を今まで知る機会がなかった。 疑っても見ない事だった。 「実際、お前が生まれるまで、俺とお前の母親は兄貴の目を盗んで愛し合っていたからな」 唇を歪めて、幸人が笑った。 「でも・・・だって・・・」 自分の父親が幸人だと言うなら、何故幸人はひとみを嫌うのだろうか。 ひとみが友一の娘として育ったからだろうか? 疑問に気付いたように幸人はまた、皮肉な笑いを浮かべた。 「お前の母親は俺に、お前が俺の子だって言った。だから、俺は喜んで名前を付けたさ。だけどな、俺もO型なんだよ」 ひとみは気を失いたいくらいだった。 ひとみは友一の子でもなく、幸人の子でもないのだと言う。 だったら、自分は誰の子供なのだろうか。 「それがばれた時、あの女は開き直った。色々な男と付き合っていたってな。 兄貴もそう言う女だって知ってはいたがな」 まるで汚い物を言うように幸人は章子の事を話す。 憎しみに溢れているのがよくわかる。 「兄貴はあの女が浮気性だと知っていながらも愛していたんだ。だから、あの女を繋ぎとめるだけに、お前を自分の子として認知して育てたんだ」 ひとみは目が回っていて、座っていられないくらいだった。 章子は浮気性で何人もの男と付き合っていたというのだ。 「お前が誰の子だか本人にもわからないらしい。兄貴はそれでも、離婚しないとお前の母親に言ったんだ。だけど、あの女はとっとと出て行った」 「ママ・・・が・・・」 ひとみは何といっていいのかわからない。 あまりに衝撃的な話だ。 「だけど、兄貴が惚れぬいてる事はちゃんと利用してたよ。妻と言う座には居座って、年に何回か金をせびりに来てたらしいからな」 確かに章子は年に数回しか家に戻ってこなかった。 ひとみはそれは章子は病気で、療養所にいると聞いていた。 だが、たまに会う章子は血色もよく、病気には見えなかった。 「兄貴はあの女に骨抜きにされていた。だから、年に数回戻ってくるだけでもよかったらしいさ。だけど、自分の女房とできちまった俺は許せなかった。俺は家から追い出されたのさ」 自分をあざ笑うように幸人は笑った。 ひとみを憎々しげに睨み付ける。 「俺はな、愛人の子としてあの家に引き取られた。母親が死んで、誰も味方はいなかった。唯一、兄貴だけが俺を庇ってくれた・・・なのに・・・」 遠い目をして、幸人は呟いた。 「お前の母親は天性の男好きだよ。病気だよ。兄貴と結婚して、新婚旅行から帰ってきた日に俺を誘惑に掛かったんだ。まだ、子供だった俺は簡単に引っかかった。俺を愛してるって囁いた言葉に騙されて、何もかも捨ててもいいと思ったさ」 幸人の言葉は静かだっただが、悔しさと惨めさが滲んでいた。 思わず、ひとみまで悲しくなるほどだった。 「だけど、そうじゃなかったんだ。単なるつまみ食いだったんだ。そうとも知らずに俺はたった一人の味方だった兄貴を失って・・・大学を中退して、死ぬ気で働いたのは、お前の母親も俺に冷たく当たった親戚も見返したかったからだ」 幸人はウイスキーを立て続けに飲み干していた。 ひとみも喉がカラカラだったが、水を汲みに行く気力もなかった。 「お前はその母親にそっくりだ」 確かにひとみは章子によく似ていた。 章子のような華やかさはないが、目鼻立ちも声もよく似ていると思う。 時々、友一が苦しげにひとみを見たのもそのせいだったのだろう。 「私・・・は・・・」 ひとみはふらりと立ち上がって、幸人の前に立った。 そのまま、床に手をついた。 「ご・・・めんなさい・・私・・・」 ひとみは幸人の足にすがってないた。 1 2 3 4 5 この続きは『 眠猫の館 』で・・ メニューへ |