美 少 女
作:夜 桜
 その1



 祐二はいつものように家から電車で2時間ほど離れた所にある電気街をぶらついている。

 近所のスーパーマーケットで安売りしていたトレーナーに、洗いざらしのGパンをはき、迷彩色を施したディパックを肩に掛け、心持ち俯き加減に歩いている。スニーカーは有名スポーツメーカーのデザインのパクリ品だ。

 ふと立ち止まり傍らの磨き込まれたショーウインドウを覗けば自分の不様な姿が写し出されている。
 高校生の癖に中年の親父の様に出っ張った腹、ぼさぼさで中途半端に長い髪の毛、黒縁で厚いレンズの嵌め込まれた眼鏡。さほど身長が無いのに猫背なものだから、余計にチビでデブに見える。ウエストにあわせるとGパンの裾が盛大に長く、店で裾上げを頼むと店員に笑われる。そんな祐二にとっての若さの証明は頬やおでこに花盛りのニキビ位な物だろう。

 人当たりが良く、快活でスポーツマンの兄が家庭の主役であり、実際そんな事は無いのだが、祐二は両親からも無視されていると思い込んでいる。学業では優秀と言える成績ではあるが、如何せん根暗で肥満気味で無口と来ては、友人を作る事すらまま成らない。そして、少年自身も友達が居ない事で特に寂しい思いはしていなかった。そんな祐二だから、早くからバーチャルの世界に興味を持ち、この電気街に出没する様に成っている。小遣いやバイト代を注ぎ込み、自作のマシンを造り上げ、電脳世界に埋没する根暗なデブ、それが祐二だった。

 自分の容姿や性格に、極端な劣等感を持つ祐二だから、現実社会の女の子よりも2次元の美少女に心引かれて、俗に言うエロゲーにもはまり込んでいる。また、SMにも興味を示し、根が凝り性な少年は緊縛写真集やSMの手引き書などを読み込み、知識だけは貯えていた。この電気街のゲームショップで、新しいエロゲーを買い求めた祐二は、愛用品である迷彩色のディパックを肩に掛け地下に降りて馴染みの本屋に顔を出す。

 新書が入るのは遅いし品揃えも誉められたものでは無いが、比較的に空いているのが嬉しい書店だ。今日も店番の親父がレジで居眠りをしている。すぐ側に大型書店があるから、たいていのお客はそちらに流れてしまうのだろう。そして、この店のもう一つの売りがエロ本の陳列場所だった。少し奥まった所に無造作に積み上げられたエロ本の数々は、不粋なビニール袋になど入れられてはいなかったから。ゆっくりと中身を吟味した上で買う事が出来たのだ。少年は例によって胸をときめかせながらエロ本コーナーへ向かった。

 背の高い書架を曲がると先客がいた、しかも、なんと女だ!
 祐二は気恥ずかしく成り、回れ右をすると、一般書の方に戻ってしまう。さほど広くも無い店だが、客は祐二と、その女だけみたいだから、少年は女がエロ本コーナーから離れるまで待つことにする。しかし、彼の思惑とは裏腹に、女がそこを離れる気配は無い。これが先客が男ならば、多少気まずい思いはしても、堂々と隣に行って並んで本を物色したであろうが、相手が女では気後れしてしまう。しかし、どんな女がエロ本を立ち読みしているのだろうか?
 興味を持った祐二はそれとなく女の方を窺い、つぎの瞬間、心臓が止まる程の衝撃を受けた。

(まさか… 西宮… 西宮美香!)

 目の前で食い入る様に手にした緊縛写真集を見つめる美少女は、彼が通う県立高校の同級生で、マドンナ扱いされている西宮美香なのだ。

 遠く離れた電脳街で、まさかクラスの男子の、いや学校中の男子の憧れの的である美少女の信じられない姿に出会し、祐二は慌ててしまい後ずさり、踵を書架にぶつけて物音を立ててしまった。

 驚いた美少女が顔を跳ね上げ、写真集を手にしたままで祐二を凝視する。青ざめて当惑した表情だが、それでも美香は美しい。祐二は目を反らす事が出来ずに見つめてしまう。

 彼女は数秒間は青ざめたままで固まり、信じられない物にでも出会した様な目付きで少年を見つめていたが、やがてゆっくりと写真集を平台に戻すと、何事も無かった様に祐二の方に歩み寄る。息を飲み、姿勢を正した少年の脇を、まるで祐二が目に入らない様な風情で美少女が通り過ぎて書店の出口に向かう。颯爽とした後ろ姿を祐二は、ただ見つめる事しか出来なかった。結局、その日、祐二は美香が手に取り熱中していた緊縛写真集を買い求め、家路についた。

 電気街での衝撃的な出合いから4日が過ぎている、クラスメートの美香は、相変わらず多くの取り巻きに囲まれて華やかな学園生活を送っていた。彼女は少年をまったく無視していたから、祐二はあの時の出来事が、自分の妄想では無かったかと疑う程だった。ひょっとして、自分の密かな願望が美少女の幻を、あの場所に立たせていたのでは無かろうか?

 そう考えてさえいたのだ。祐二も成績は優秀な方だが、美香はその上を行く才媛だ。彼女は入学以来、レベルが高い進学校でトップの座を守り続けている。この地方の旧家に生まれた彼女だが、父親は有名大学の教授であり母親は教育評論家として活躍する傍らで、地方局のテレビ番組のコメンテーターも務めている。また、学業以外ではテニス部に所属して、春のインタ−杯予選では個人戦3位を記録して、学校から表彰されている。クラスの中でも一際目立ち、注目されているのが当たり前の美少女が美香なのだ。そんな彼女が電脳街の地下のうらぶれた書店でSM写真集を立ち読みするとは… 祐二は、自分の頭がおかしく成って妄想を見たのではないかと疑うのも無理は無い、それほどあの情景は異常な事態だった。

 友人や取り巻きの多い美香だから、根暗でオタク呼ばわりされている自分が2人きりで話しをすることなど、到底おぼつかない。
 だから真相を確かめる事は不可能に思える。もし、自分が問いかけた内容が第三者に漏れたら、彼女のファンクラブや、思いを寄せる男子から、不埒な言い掛かりを付けたと詰られて、袋叩きにされるだろう。

 強烈な印象を与えた出来事だったが、だから祐二は誰にも、あの事を話すつもりは無い。

 その日の体育は祐二の苦手な球技だった。動きのトロく背も高く無い彼にはバスケットは憎むべきスポーツでしか無い。何故、勉学を教えるべき学校でこんな事をさせられるのか、少年は不満でいっぱいだ。したがって、彼は体育の教官に頭痛を訴え、首尾良く不得意なもので時間を浪費する事態を免れる。保険室へ行くと偽り体育館を抜け出し、足早に図書準備室に向かう。そんな猫背の少年の後ろ姿を見つめる、一人の少女の目があった事を祐二は知る由も無い。

 準備室に辿り着くと当然周囲は授業中だから誰もいない。用心の為に左右を見回してから室内に滑り込み、中から施錠する。1時間の自由を得た祐二は書架にある本の中から、読みかけている「我が闘争」を取り出し、しおりを挟んだページを開き読み始める。ほんの数ページ読んだ時に、準備室の扉がガタつき少年を驚かせた、授業中にいったい誰が?

 祐二は息を止めて様子を窺う。

「ねえ、中にいるんでしょ、開けてよ」
「だれだ?」
「西宮よ、西宮美香」

 祐二は耳を疑う、確か美香たち女子生徒は同じ体育館で創作ダンスの授業を受けているはずだ。一部の男子生徒はバスケを放り出して、女生徒達の踊りの鑑賞を決め込んでいた。

「はやく開けて、誰か来たらどうするのよ!」

 切迫した口調に驚き、祐二は急いで施錠を解き引き戸をあける。そこには、あの日とどうように美少女が怒ったような顔つきで立っていた。彼女は礼も言わずにズカズカと準備室に入り込む。



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