美 少 女
作:夜 桜
 その2



「何時までドアを開けておくつもりなの、サボリがばれたく無かったら、さっさと閉めなさいよ。」

 いきなりの美少女登場に呆気に取られていた祐二だが、彼女指摘を受けると慌てて扉を閉める。

「ほら、ちゃんとカギも掛けて、誰か入って来たらどうするつもり? 彼方みたいな男と授業をサボって2人きりで会っていたと知れたら、皆に面白可笑しく騒ぎ立てられるだけじゃない、お互いに不愉快な思いをするわよ!」

 促されるままに祐二は施錠する、これで、この部屋には他の誰も入ってこれない、少年は学校で1、2を争う美少女と2人きりなのだ。そう思っただけで祐二の心拍数は跳ね上がる。物心付いたときから、女の子と2人きりで親しく話す機会は、おそらく初めてのことだろう。そんな少年の動悸を気にする事無く、美香は室内を見回して書架に並んだ蔵書の背表紙を眺めている。

「な、何しに来たんだ?」

 女の子と話し慣れない祐二は、照れ隠しの為か必要以上にぶっきらぼうに話し掛ける。

「あなたと一緒よ、サボりに来たの。体育館でダンスなんて付き合っていられないものね。退屈だし、男子達は変な目で見るし、やってられないわよ、馬鹿馬鹿しい!」

 日ごろの彼女からは考えられない様な台詞が、形の整ったピンク色の唇から吐き出され、祐二は面喰らう。何時もの美香は一分の隙もない、お嬢様言葉で話しているのだ。だから今の様な伝法な言葉使いはとても新鮮で、思わず祐二は黙り込む。

 しかし、サボるのは分かるが、何故、彼女はわざわざ自分のあとを追いかけて来たのだろうか?
 心当たりは妄想と思い込んでいた、あの電気街の地下の本屋の1件だけだ。

「だいたい、何だって、あんな滑稽なダンスを女子だけが踊らなければいけないのさ? バスケの方が、まだましじやない。くっだらないからパスよ、パス!」

 会話は交わすものの美香は祐二を見ようとせず、目線は並べられた本の題名を追いかけている。その整った横顔は、まるでモデルかアイドルを思わせる。くるりと巻上がった長い睫の下で見開かれた生気溢れる瞳は、夢見るような風情を醸し出している。つんと生意気そうに持ち上がる鼻が鋭すぎる顎のラインを上手く中和して、冷たさを感じさせない。

 黒めがちの瞳は見つめられれば吸い込まれてしまいそうに成るだろう。窓からの日ざしで金色に光る産毛は、祐二にとってあまりにも眩しすぎる。

「ねえ、あんた… なんであんなところに居たの?」

 相変わらず書架に並ぶ本の背表紙を目で追いながら、美香が問い掛ける。

「あんなところって…、まさか…」

 祐二は驚くと同時に、やはりあの時の光景が妄想などでは無かった事を確信する、たしかに地下の書店にいたのは、目の前の天使だったのだ。

「誰かと… 一緒だったの?」

 小太りな少年などは歯牙にも掛けない雰囲気を漂わせながら美少女の詰問は続く。

「あ、いや… 俺一人で行ったんだ、あそこは俺の縄張りだからな、月に2〜3度は顔を出す。でも、あんたが、もう来るなって言うなら、行かないよ。」
「それ、どう言う意味よ!」

 少女は振り返ると、幾分前屈みに成り腰に両手を置いて祐二を睨み付ける。いきなり真正面から美少女に凄まれ、祐二は心臓が暴れ出すのを感じながら言葉を詰らせる。

「ど、どういう意味って… その… 」
「はっきり言いなさいよ、男でしょ!」

 理不尽な言い掛かりに近いセリフだが、祐二の耳には少女の声が心地よく響く。

「べつに、俺は… なんだよ、何を怒っているんだよ?」

 学園のアイドルに祭り上げられる美少女の言い掛かりに、祐二は当惑してしまう。美香は数秒間、小太りのクラスメイトを睨み続けた後に不意に視線を反らすと、いら立ちを示す様に腕組みをする。

「べつに、あなたが、どこで何をしていても、私には関係無いわ、好きにすればいいのよ。それから、アンタって呼ぶのはやめてちょうだい。私には西宮美香って言う名前があるんだからね、わかった?」
「ああ、わかったよ、西宮さん。でも、俺にだって岡本祐二って、名前があるんだぜ。」

 勢いに飲まれまいと虚勢をはって、祐二は少し声を張り上げて言い返す。すると美香は少年を見据えて不敵な笑顔を見せる。そう、それは彼女が通常クラスメイトに見せる微笑みとは遠く離れた嘲笑とも思える笑い顔である。

「なんで、私とあの本屋で会った事をクラスで吹聴しなかったのさぁ?」

 周囲から注目される事をあたりまえに生きて来た美少女が少年に問い掛ける。祐二は、彼女が自分を追いかけて、この図書準備室へ押しかけて来た理由を理解した。何時もクラスの話題の中心にいる美香のスキャンダルとも言える光景を目撃した祐二が、何故それを秘密にしているのか、疑問を問い質す為なのだ。祐二は素直に自分の考えを述べる。

「俺みたいなパーソナリティの奴が、西宮さんのあの行動を暴露したところで、下らない妄想や虚言と思われるのが落ちさ。君が悲し気な顔で話しを否定すれば、たちまち俺は野卑な嘘つきオタク野郎と断罪されて、お姫様の名誉を守る使命に燃えた騎士達に袋叩きにされるだろう。そんな目に合されるのは御免被る、だから西宮さんも何も気にかける必要は無いよ、俺は誰にも喋らない。」

 無口の根暗男と思い込んでいた祐二が、いがいに饒舌ぶりを見せたものだから、美香は少し驚くと同時に、事態を正確に洞察した目の前の少年の思考に、少しだけ感心している。

 確かに、もしも噂が流れた時には根も葉も無い流言に侮辱された哀れなヒロインを演じて、根暗オタクの言葉を封じる存念だったのだ。

「あんた… いえ、祐二だったね… 祐二は冴えないデブだけれど馬鹿じゃ無いみたい。」
「学園の女王さまに、お誉めに与り光栄だね。とにかく、あの出来事が俺の口から漏れる事は無いよ、だから気にする事も無いさ。」

 自嘲気味に薄笑いを浮かべる小太りの少年の説明を聞いた美香は、まだ完全には納得できない様で、再び疑問を口にする。

「でも、べつに祐二が見たって言わなくても… そうねぇ、噂を流す事くらいは考えなかったの?」
「あのなぁ… 噂ってやつは、ある程度の信憑性が必要だろうが、ひょっとしたらって思えるから、皆で面白可笑しく尾ひれを付けて広まるのさ。その点、君みたいな美少女が、電気街の地下の本屋でエロ本を立ち読みしていた… なんて言う話しは信憑性ゼロだよ。この目で見た俺だって、今日、こうして君と話さなければ、自分が欲求不満で妄想を見たのかもしれないと疑っていたくらいだからな。」

 少年の考へを問い質す為の会見と分かり、祐二は少し落ち着いた。思えば高校に入って、これほど長く異性と話した事は無かったから、急激に照れくささが込み上げて、美少女から目を逸らす。



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