secret police 海猫
(1)

作:出羽 健






西暦20XX年、ついに第二次関東大震災が発生! 首都圏は壊滅。都市機能は完全に麻痺状態となった。住民の半数近くが地方へ疎開する中、人心は荒廃し、犯罪が横行、治安の悪化は極限状態に達した。
事態を憂慮した政府は突如、非常令を宣言、治安担当行政機関『特務庁』の新設を発表した。
特務庁の実働部隊、治安局(通称海猫)は次々に強権を発動。秩序の回復と安定を達成し市民の一定の支持をえたものの、同時に一般警察以上の権限を獲得していき、やがて強大な権力を有した秘密警察組織へと変貌を遂げていったのである。





女子大社会科学研究会

首都圏のR県に位置する、とある丘陵を切り開いて仙花女子大学のキャンパスは広がっていた。世界的に著名な建築家に依頼して設計された超近代的な校舎が、日本の典型的な田園風景に唐突に出現している。とくに夜になるとその印象は際立ってくる。校舎本棟や、教授棟、それに学生棟──尖塔や螺旋構造を大胆に取り入れた校舎が黒いシルエットとしてそびえ建ち、おぼろげな月の明かりに浮かんでは消えして、蛙や夏の虫の音をBGMにしているのだ。

もとはといえば青山の一等地に本拠を構えていた仙女大であるが、震災後、劣化した都心の環境に促され、他の多くの大学と同様、移転に踏み切ったのである。が、都会の利便性になれた学生たちには評判はいいとは言えない。とにかく午後五時を過ぎればただでさえ少ない商店はほとんど閉まってしまうから、学生たちはサークル活動もそこそこに家路に着かねばならなかった。

時刻が九時を過ぎようとしているこの時間になれば、学生の姿はまったくといっていいほど見られない。東京へ向う最終電車はそろそろ駅を出る頃だし、車を持っている学生ならとっくの昔に帰宅しているか恋人のところへ到着しているだろう。教授棟で明かりがついているのも二三の部屋にすぎず、まして学生棟に明かりなどは──いや、明かりが漏れている部屋がひとつだけあった。西側の七階にある部屋で、カーテンは締め切られているが角度によっては照明がついているのが見て取れる。大学関係者ならばその部屋が文科系サークルに割り当てられた一室であるのがすぐにわかるに違いない。

そして大学関係者でなくとも、その部屋で誰が、何をしているか、逐一掌握している人間たちがいたのだ。

 『特務庁治安局第四課』

特務庁直属の、いわゆる秘密警察で、通称『海猫』のメンバーである。私服の彼らは闇に紛れ、すでに学生棟の出入口を固めていた。この蒸し暑い熱帯夜に律儀にスーツを決め込んだ者もいれば、派手なアロハシャツを着て、似合わないパナマ帽をかぶっている者もいる。服装はそれぞれだが、一様なのは耳に交信用のイヤホンを入れているのと、手にサイレンサー付きの自動小銃を持っているところである。

「課長、すべて完了しました。踏み込みますか、どうぞ──」

学生棟正面入り口を照らしている白熱灯の、影の部分に張りついていた男が労務者風のジャンパーの襟に付いている超小型マイクにひそひそと話し掛けた。

一瞬の間ののち、

「了解──」

するとその声を待っていたかのように、十数人の男たちが淀みなく学生棟に忍び込んでいく。彼らは三つのグループに分れた。ひとつはエレベターホールに向い、もうひとつは階段を駆け上がり、最後のひとつが非常階段を上りはじめる。

どのグループも目指すは七階のあの一室だ。そこには国家にたてをつく反抗分子ども、公安秩序を乱すゲリラコマンドの卵、仙女大社会科学研究会に所属する痩せっぽちの女子大生たちが不穏な密会に集っているはずなのだった。

社会科学研究会部室──。

ここには五人の若い女性たちがいて話に熱中している。椅子に座ったり机に腰掛けたり、あるいは立ったままだったりざっくばらんに話し合いは続いている。正確に言えば、四人が一人の話しに聞き入り、ときおり質問をするといった具合のようだった。

学生棟は八時半をすぎると、冷房が切られる規則になっている。扉も窓も締め放しになっているので、部室のなかはサウナ風呂のようだったが、討論が終わる気配などなかった。

「だけど……」

と、言葉を返したのは社会科学研究会の部長で四回生の高橋ミカだった。彼女は椅子の背を胸に当てるように逆さに座り、講師格の女に対峙している。美しいロングヘアをセンターパートにして胸や背中まで垂らしている。その芳香匂い立つような黒髪に包まれたミカのハーフのように彫りの深い美貌は室温に赫く上気してすっと上向きの鼻やまだ少女の面影も残るピチピチとした頬、尖るほどでないなだらかなラインの顎に汗が浮かんでいる。が、その大きなの瞳にはきらきらとした情熱が輝き、理想を信じる若さが満ちあふれていた。

白の半袖のブラウスからのびた細い二の腕を組んで、洗い晒しのジーンズをはいたスラリとした下肢を踏張り、ミカは言葉を続ける。

「……そういう強攻策で、いったいどの程度の国民の支持をえられるのかしら」
「もうそんなことを言っている段階ではない、というのが私たちが下した結論よ」

ミカの正面の女、学生よりいくらか年長の女がりんとした声で言った。髪をすっきりとしたショートカットにまとめている。彼女もまた本来の色白の肌を桃に染めて、小鼻の脇やブルーのTシャツから見える鎖骨の浮き上がりに玉の汗を光らせていた。切れ長の目にはどんなものにも屈しない意志の強さを湛えてい、ややふくよかに肉のついた丸い鼻はアイドルタレントのように愛らしい。けれどもぽっちりした唇の脇に色っぽいほくろがあったり、Tシャツの胸のふくらみや白のスラックスのはち切れそうな臀部には、学生にない女らしさが感じられる。

佐藤ゆり子はこの仙花女子大を三年前に中退している。ミカたちと同じように社会科学研究会の一員として活動し、ゲリラコマンドにのめり込んで地下に潜ったのだ。今はまだ学生たちのオルグを担当して飛び回っているが、将来を嘱望されている幹部候補生の一人らしい。

「特務庁の跳梁が目に余るのはあなた方も認めるでしょう」

ゆり子は四人を見回した。

「その犯罪行為は太平洋戦争中の特高を越えているわ。市民派の誘拐、拷問、洗脳、盗聴、撹乱、デマゴギー。それはもうひどいものよ。私たちのようなゲリラが彼らの手に落ちれば、裁判なしで惨殺されるのがオチね。とくに女は目もあてられないわ。海猫の局長は変態性欲者なんだからお話にならない……」

ゆり子は失笑気味に口もとを歪める。そういえばこの女たちは皆一様に化粧っ気がなかった。そしてほとんどがノーブラではないかと思われる。ミカなどは白いブラウスが汗に透けてきて乳頭の色かたちがうっすらと覗けるくらいだ。もっともこの女の乳輪は白人女や妊婦に匹敵するほど肥大していて、また日本女性特有の濃い色素の沈着を持っているから特別目立つのだろう。さらに彼女たちに共通するのはときおり半袖の口からかいま見える未処理の腋毛である。だからどうした、と彼女たちは言いたいのだろう。自然に生えてくるものを毎朝時間をかけて剃り上げるなんて、おしゃれの名のもとに男に迎合する遅れた意識の慣習にすぎまい──通学途中の満員電車の中で、吊り革に掴まる女子大生の、酸っぱそうな脂汗を含んだ腋毛を、びくつきながら盗み見る哀れな男たちを彼女たちは軽蔑するように見返してやるのだ。それが彼女たちの主張であり流行でもあるらしい。

「海猫の局長、野辺地大洋ね」

ミカが言う。彼女はどうやら毛深い体質らしく、黒々とした腋毛がもじゃもじゃという感じで密生している。ひょっとすると本当に西洋人種の血が何パーセントか混じっているのかもしれない。

「いつ聞いても派手な名前よね」

誰かがクスッと笑った。

「大洋の手下だから海猫ってわけなんでしょう。うまく付けたわね」

緊張していた雰囲気がふっと和んだ。

「ひどいものよ。あの男──」

ゆり子は虚空を見つめるようにある思いに沈む。

「知っているでしょう。この間もうちの女性幹部が奴らに捕まって……」

その事件はもちろんミカたちの胸にも焼き付いている。ゲリラコマンドの女性幹部、山上朋子が海猫に拉致され、一週間後、東京湾に素巻きにされて浮かんでいるのを発見されたのだ。それは酷たらしい死体で、耳や鼻を削がれ、乳房を抉りとられていた。全身に生々しい拷問の疵がみられ、体内からは複数の男の精液が検出されもした。特務庁治安局では一時拘束して取り調べた事実は認めたものの証拠不十分で釈放、その後の消息は関知していない旨の見解を発表したのだった。

「たしかにトドメを刺した実行犯は彼らではないわね」

ゆり子は口惜しそうに唇を噛む。

「玉枝一家……」

誰ともなく口にした玉枝一家とは、ようするに民間の私刑集団というところか。表向き在来型の暴力団とされているものの、実態は海猫の手の届かないところを補完するテロリストグループと思えばいい。とりあえず法律にのっとって行動しなければならない海猫と違い、玉枝一家は無法の法をもって暴力行為に及ぶものだから、狂暴さは格別だ。情報は海猫から筒抜けだし、法的な後始末も海猫がしてくれる。その幹部に特務庁OBが入っているところからみても、海猫の別働隊といっても過言ではないだろう。山上朋子もきっと散々陵辱された後、海猫の収容所から放り出されたところを玉枝一家が誘拐して凶行に及んだのだと思われる。すべて出来合いの犯罪なのだ。

「いったい日本はどうなるのかしら……」

社会科学研究会の部員たちは暗澹たる思いに胸が締め付けられる。

「だからこそ──」
と、佐藤ゆり子は声を高めて、拳を振り上げた。

「だからこそ、闘わねばならないのよ。我々は国民の自由と平和を守るために、時として非合法な戦術を使ってでも奴らの粉砕を目指さなければならないのよ。たじろいでばかりでは奴らの思う壷だわ、そうでしょう?」

異論のある女子大生はいない。ゲリラコマンドの武闘手段にやや懐疑的であった高橋ミカも今は意を決したように眦を吊り上げている。エキゾチックな美貌はますます冴え渡り、知的でしかも激情を内に秘めたこの女の人間的な美しさが、まさに華開いたようにカッと際立ちはじめていた。

その時、コンコンと軽いノックが部室のドアを叩いた。一瞬、牝鹿たちの身体に緊張が走り貌から血の気が引いていく。ドアのガラス窓はカーテンで仕切っているので、外は見えない。

「すんません。もうそろそろ校舎を閉鎖しなきゃならんのですがね」

聞き覚えのある用務員の声だ。東南アジア出身の移民で、独特のイントネーションがどこか親しみやすさを与える。ほっと安堵の息をする女たち。

「はい、わかりました、もうすぐ出ていきます──」

部長であるミカが答えた。

「あっ、部長さん、これ食わんかい。友達からもらったマンゴーだがね」

苦笑するミカ。

「ミカは彼に惚れられているのよ」

クスクス笑う部員たち。ゆり子も微笑んでいる。しょうがないわねぇと、ミカはガラス窓のカーテンから外を覗く。人のよさそうな初老の用務員が褐色の肌に白い歯をくっきりと浮かび上がらせて笑っている。手に持った篭に新鮮そうなマンゴーが何個かのっていた。他には誰もいないようである。
ミカはドアの鍵を開けた。

ところがそこには用務員の姿がばったり消えている。

「あら、どうした……」

ミカは身体を廊下に乗り出し、辺りを見回して絶句した。蒸し暑さにほだされた彼女の貌が驚愕に蒼ざめていった。大きな瞳がさらに限界まで見開かれ、粒粒の汗がいっぱい浮いている鼻の下が見えなくなるほど口を開いて、なにかを叫ぼうとするが、まったく声にならない。彼女の視線のそこには屈強の男たちが銃をこちらに向けて、密集しているではないか。

「痩せっぽちの女子大生さん、若い娘がはしたなく大口をあけちゃいかんね。赫い喉ちんこまで丸見えだよ。そんなヌケた貌は彼氏のあそこにしゃぶりつく時だけにするんだな」

先頭のアロハの男がウインクした。

「海猫……手、手入れよっ!」

やっと叫ぶと、ミカは勢いよく扉を閉めようとする。間一髪、男の革靴が割り込んできてそれを妨げる。プロの計算された機敏な動作だ。

「いやっ、何するのよっ」

必死にノブを引き、開けられまいとするミカ。黒髪が跳ねて頬や口もとに貼りついている。恐怖と憤激が入り混じった形相はぞくぞくするほど美しい。

「電話よ!」

他の部員を怒鳴りつけ、ゆり子はミカに加勢した。

「駄目っ、妨害電波でかけられないっ」

コードレスホンを耳に当てていた部員が半ベソを掻きながら、おろおろしている。

「ちくしょうっ、卑怯者っ」

ゆり子は罵りながら足を踏張るが、女二人の力ではどうしようもない。わずかな隙間に男の手がいくつも差し込まれて、徐々に徐々にこじ開けられていく。

「無駄な抵抗はやめるんだな、牝豚ちゃん。おとなしくお縄につけ。豚は豚らしく豚小屋に連れてってやる」

アロハの男がにやにやしながらこちらを見ている。ゆり子もミカも美人なのでこたえられないといった表情だ。

「令状なしの捜査は違法よっ、不法侵入だわっ。むむっ……」
「さすがは法学部だ。ここを開けたら見せてやるって……そーらよ!」

男の力が一気に勝って、ドアが開け放たれた。どどっと押し入ってくる捜査員。女数人の場所のガサ入れにしては尋常でない人数だ。部室はあっという間に足の踏み場もなくなった。それに圧倒されるように、ゆり子と女子大生たちは壁際に押しつけられる。大きな男たちの身体が触れ合わんばかりに迫ると、それだけで威嚇される。しかも銃口は鼻先につきつけられているのだ。

「ふん、手間取らせやがって。非国民どもがっ。よしっ、両手を頭において脚を開くんだっ」

大声でがなるアロハの男。士気色の顔面が蒼白になるほど興奮してこめかみの血管が浮き上がっている。この時のために俺はこの仕事をやっているんだとばかり、テンションが最大限に上がっているのだろう。ミカたちを凝視する他の捜査員も同様の感情を露出させている。

「ヒヒ、班長、こいつ小便ちびりやがった」

誰かが指差したのは小柄な、眼鏡をかけた部員である。彼女はまだ一回生だった。可哀相にぶるぶると震えて、唇の色も失っている。指摘されたとおり、ジーンズの、なだらかなデルタの股間から太腿の付け根の辺りが濃く染みになっていて、じっとり重くなっている。

隣のミカが優しく肩を抱くとその部員は嗚咽しながら、ミカの胸に貌を埋めた。

「さあ、捜査令状を出しなさいっ」

ゆり子が班長と呼ばれた男を睨みつけ、キッとした表情で言った。

「うるせい! 危険分子のお前らにうかつに見せられるもんじゃねぇんだよっ。さっさと言われたとおりにせんか!」

「出さないんなら、従う義務はないわっ」

なおも咬みつくゆり子。班長がゆり子の貌をじろじろ舐めるように見ながらふんと嗤う。

(女コマンドめ。いきがりやがって。自分がこれからどんな目にあうか、教えてやったら、小便洩らすだけじゃ済まないだろうに……}

班長はよしっと言って胸ポケットから紙切れを取り出した。折り畳まれたそれをゆり子の眼前に開いてみせる。

「ほらよ、気が済んだか。この間の特務庁長官私邸放火事件の捜査だ。どうだ、文句ねえだろ」
「いいわ。それじゃあ、あなたたち全員の氏名、所属を言いなさい。それも義務でしょう」

毅然として権利を主張するゆり子に、班長はついにカッときたようだ。黙れっとほざくや否や、小銃の柄でゆり子の張った腰骨を殴打した。

「うっ!……」

あまりの痛さに身体をくの字に曲げてしゃがみ込んでしまうゆり子。

「こら、起きんかい!」

追い打ちをかけるようにゆり子のショートヘアをわし掴み、ぐいと引き立たせる。頭髪が剥がされるような力に従わされて、苦痛に貌を歪めてゆり子はよろよろと立ち上がった。そこへ激しいビンタが見舞われた。鼻も曲がるような強烈なやつだ。ゆり子は悲鳴も上げられない。髪の毛を掴まれているので、身体を反らしてショックを和らげることもできず、頭がじーんと痺れてしまう。

「なんだ、もう抵抗は終わりか、情けねぇ、口先だけだな」

反対側の頬も打たれた。

「いやっ、何するのよっ」

ゆり子はこらえ切れず脚を振り上げ、班長を蹴ろうとする。武道に長けた海猫の捜査員が素人の女の攻撃にかかるわけもない。なんなくそれをかわし、

「お、捜査妨害だ。逮捕しろっ」

空々しく叫ぶと、ゆり子の腕をとって背中にねじ曲げた。悲鳴を上げ、卑怯者っ、と声を枯らしてもあとの祭り。後手に束ねられた両の手首にきりきりと手錠が食い込んだ。

「連行しろ、放火事件の重要容疑者だ」

ゆり子は左右の腕をがっちり固められ、頚根っこ押さえ付けられながら二三人の大男に引きずられていく。背中を丸め、比例して持ち上がった丸い臀部が苦悶に蠢くその姿はなんとも惨めで、サディステックな感情を擽るのだった。

「さて──」

顎にしたたる生汗を拭いながら、班長は毒牙の矛先を女子大生たちに向ける。

「そろそろ素直になる気になっただろう。両手を頭におけ。そして股を開くんだっ」

今度は有無を言わせぬとばかり、他の捜査員も小銃をかまえ威圧する。

「従った方がいいわ」

ミカが部員に促した。しかしその眼は憎悪に燃えている。両手を頭の上に置き、肘を張って両脚をゆっくりと開けると無防備なポーズが出来上がった。少しでもそれを崩すと耳のすぐ近くで怒声を炸裂されて、小銃で小突かれる。

班長が目を付けたのはむろん、高橋ミカだ。現代的な美貌は群を抜き、プロポーションも悪くない。腕を上げているため、バストのボリューム感は消えているが、そう小さいとは思えない。特筆すべきはヒップラインの美しさで、女子大生特有のプリプリした盛り上がりだ。しかしサディストの心をとらえるのはそれ以上にこの女の毅然としたふるまい、表情かもしれない。これだけ脅しているのに怯む事無く、野性的な反抗心をあらわにしているところが気に入った。コマンドならともかく、まだ尻の青い女子大生が天下の海猫を前にしてこれだけの態度をとれるのは、よほどの冷静さと激情を兼ね備えた高い理想と知性の持ち主なのだろう。

(それがこの女の命取りになるわけだ……)

百戦錬磨の班長には自分の顔から一時も視線を外さずにきつい眼差しを向け続けている鉄火娘が、必ずやゲリラコマンドの一員となって中心を担うであろう将来が直感できる。そしてそうとなれば放置するのは海猫の使命が許されない。国家に対する反逆の赤い薔薇は、芽のうちに摘み取っておかねばならぬ。予防拘禁して収容所にぶち込み、シゴキにシゴいて矯正し、思想改造し、お国に役立つ優良婦女子として肉体も精神も生まれ変わらせるのだ。

「それではこれから身体捜査を行なうっ」
「なんですってっ」

班長の言葉に色をなすミカ。

「身体捜査なんて違法よっ。それに男ばかりじゃないの」
「女ならここにいるわよ」

突然響きわたる野太い女の声。廊下の方からだ。捜査員たちが一瞬に身を強ばらせ、整列して道ができた。

「これは最上課長、直々に……」

急に卑屈になった班長に手招き寄せられて入ってきたのは雲を突くような大女であった。180の後半はあるのではないか。しかも体格がごつい。ボディービルで鍛えられた身体はプロレスラーのごとき観を呈している。バストもヒップも100以上はあるだろう。彼女はなぜか半袖、半ズボンの迷彩服をまとってい、黒のベレー帽をかぶっていたが、にょきっと出現している両手両脚ときたら丸太といってもいいくらいだ。中央に巨大な獅子鼻を備えた貌は口もでかく、細い目とのアンバランスが醜悪さを醸し出している。

「班長、何、愚図愚図しているのよ」

彼女に並ばれると班長の影はまったく薄くなってしまう。

「はっ、学生が何かと権利を主張しまして……」
「学生?──」

最上課長が初めてミカたちの方を向いた。見下ろしたというべきか。

「ホホホ、これはまあ、可愛い小雀たちじゃない」

それでなくとも男性捜査員にチビらされていたミカ以外の部員は、むくつけき化物女の登場に腰が抜け、暴力的な眼光に負けてその場にへたり込んでしまった。

「最上桐……」

165センチのミカは頭二つ大きな最上課長を見上げ、そう呟いた。

「あら、うれしいじゃない。私の名前を知っている大学生がいるなんて光栄ね」
「あなたの悪い評判を知らない学生なんか、いない──」

ミカの気丈な言葉に最上桐は舌なめずりするように嗤った。

「どうやら、お前がてこずらせているようだね。さっさとお脱ぎ。私はこれから帰って、あの女コマンドの取り調べをしなければならないのよ、徹夜でね」

治安局第四課課長、最上桐──彼女こそは海猫実働部隊の指揮官で、野辺地大洋局長の右腕とも腹心とも言われる怪女である。その冷酷さは野辺地をも凌ぐといわれ、何人のコマンドを廃人にしたかわからない。コマンドのテロ・ターゲットにリストアップされているのだが、襲撃をことごとくかわし、撃退している実力プラス強運の持ち主でもあった。

「す、少なくとも令状を見せるべきだわ」
「まあ、本当に生意気な娘ね。でもいい度胸してる。褒めてあげる。だけど──」

と、桐はいきなりミカの顎をとって上を向かせ、自分は腰を屈めるようにしてじろじろと覗き込んだ。イカの臭いのする口臭を吹き掛けられて思わず貌をしかめるミカ。

「令状をとって服を脱がせるのは相手がレディの時だけ。お前のように小汚い醜女の痩せ犬にはもったいなくてよ。少しは化粧したらどうなの。見られたものじゃないわ」

それを聞いていた班長は思わず苦笑する。課長の悪い癖がまた出たとばかり、他の捜査員と目くばせを交わす。桐は自分の気に入った女が手に入ると、とことん辱めなければ済まない性癖があるのだ。これが始まると長くなるので頃合をみて止めに入らねばならない。もちろん彼女の機嫌を損ねないようにだが。

「ふん、ノーブラね。おっぱいの形が崩れるでしょう、どれ──」

と、ブラウスの上からごつい手の平で底から押し上げるように胸をまさぐった。

「な、なにするのよっ」
「ホホホ、やっぱりひどいものよ。この若さで全然張りがないわ。あらまあ、おまけに腋毛まではやしてる、不潔な娘ね」

──「お前のような外人みたいに、アクの強い顔立ちにはこんな髪型は似合わないよ。チリチリにパーマをかけて赤く染めるといいんだわ」
──「乳輪が巨きくて真っ黒じゃない。胎児でも妊んでいるんでしょう。お前のようなブスはこういう運動に首を突っ込んで男を漁るものと相場が決まっている。ほんとは売春婦より多淫なんだわ」

もう、とどまるところを知らなくってきた。班長は機をみて口を挟んだ。

「早く脱ぐんだよ。それともさっきの女のようにコテンパンにやられてから無理矢理剥ぎ取られたいのか。こっちはどっちでも構わないんだ」
「やりたければやればいいでしょう」

それまで桐の淫辣な罵りを唇を噛んで耐えていたミカは貌を紅潮させて言い放った。
班長が、何をとばかり掴み掛かろうとするのを桐は押しとどめ、いきなり大声で笑いはじめた。

「まったく久しぶりよ、こんなに威勢のいい女は。あの山上朋子だって私の前じゃぶるってたっていうのにさ。わかったよ、それに免じてここでの身体捜査は許してあげる。その代わり──」

と、桐は背後の部下たちを見回してにやっと貌を歪めると、突如俊敏に振り向き、石のように硬い拳をミカの鳩尾に叩きこんだ。

「うぐッ……」

ミカは両手で腹を抱えるように二つ折りになって崩れ落ちる。打撃に息も出きず、白い歯並びとピンク色の歯茎をイーッと剥き出して苦痛に呻いた。そのミカを桐は軽々と肩に担ぎあげる。

「その代わり、本署でじっくり調べてあげるわ。ほくろの数からお尻の穴の色まで全部ね、そうそう腋毛も綺麗に剃ってあげるわよ。ホホホ──」

ミカを担いだ最上桐はそのままのしのしと部屋を出ていく。いかつい彼女の肩を支点に上半身を背後へ倒し、逆さ吊りの形で揺れているミカ。両手がだらりと下がり、それに絡みつくようにストレートロングの髪が垂れている。圧倒的な力に抑圧された悲哀が、露出した美しいうなじに表れているようだった。

班長が慌てて桐に声をかけた。

「残った学生はどうします、課長」
「裸体にしてお灸を据えてから離してやりな、もう二度と馬鹿な真似は考えないでしょう」

最上課長はそう言って再び哄笑した。




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