深堀サエコは今日もバリバリと仕事をこなしていた。
まだ入社して3年に満たないが、仕事の速さ、正確さでは後輩や同期社員
だけでなく先輩達からも一目置かれるようになっていた。子供の頃から
神童と呼ばれ、小学校のときに暗算日本一、中学では数学オリンピック優
勝、高校では全日本クイズ選手権を3連覇し、鳴り物入りで某一流大学に
現役合格し、大学では経済を学ぶが、得意な数学で多岐にわたる成果を
残すとともに、難関と言われた気象予報士を含め100以上の資格も取っ
た。超一流商社と呼ばれている現在の会社では海外の案件に携わっている
が、入社早くから認められ、大きな契約も任されている。また、彼女は
化粧やファッションに全く気を使わないので女性として見る男性社員は
ほとんどいなかった。彼女自身、勉学や仕事に没頭してきたため、今まで
男性と付き合ったことはなく、誰かを好きになることなんか一生ないと
思っていた。
しかし、サエコは仕事を通じて職場のある男性に好意を持つようになって
いた。男前というわけではないが、さわやかで人当たりがよくて仕事ができ
る、そんな年上の男性社員、佐々木祐介だった。サエコは少しずつ祐介に
惹かれている自分を感じていた。しかし、仕事以外の話となると緊張して思
うように喋ることができず、彼女の淡い思いはずっと心の中に閉じこめたま
まだった。
サエコの部署に今年、新入社員の女の子が配属されてきた。美人で性格は
明るく、誰にでも笑顔を振りまくので職場のアイドル的存在となった。
また、あどけない雰囲気とは対照的に大きく盛り上がった豊かな胸元も男性
社員達を引きつける原因となっていた。
サエコは鼻の下が伸びっぱなしの男性社員を白い目で見ながらバリバリと
仕事をつづけた。新人は無邪気に男性社員に声をかけ、ドジを踏んだ話をし
て笑わせたりする。彼女は佐々木祐介にも気さくに話しかけるので、いつの
間にか親しげに談笑する関係になっていた。そんな二人を見かけてサエコは
無性に苛々とした。
更衣室でその新入社員が着替えるのをサエコは鏡越しに眺めていた。
豊かな胸の膨らみが白いブラウスを突き上げ、窮屈そうなシワを作ってい
る。首の前で結んでいた紺色のスカーフを外してから、上から順番にブラウ
スのボタンを外していくと豊かな谷間が露わになった。大きな胸は上品な淡
いピンク色のブラジャーに包まれていた。
サエコは鏡越しのみなみから目をそらし、ほとんど膨らみのない自分の胸
元を見てため息をついた。佐々木祐介も彼女のように胸の大きな女性が好き
なのだろうかと考えて憂鬱な気分になった。
むしゃくしゃしていたサエコは会社の帰りに一人でバーに入って飲めない
酒を飲んだ。会社の飲み会や顧客との懇親会などでは、彼女はビールに少し
だけ口を付ける程度でそれでも酔っぱらってしまうほど酒には弱かった。
当然、すぐに酔いが廻ってしまったのだが、その日はどうなっても構わない
からとことん飲む気になっていた。
相当飲んだのか、視界がだんだんと揺れ始めたので彼女はフラフラになりな
がらも勘定を済ませ外に出た。幹線道路沿いで家に帰るためのタクシーを探
したが、その日はなかなか見つからなかった。
立ちつくしているサエコに見知らぬ女がサエコに声をかけてきた。
「深堀サエコさんですね?」
「はぁ?」
「突然ですが、貴女の【知識】を譲っていただけませんか?」
酔いが十分に廻っているサエコは女を無視しようとしたが、女は構わず言葉
を続けた。
「あなたは大変立派な知識の持ち主です。中学では数学オリンピック優勝、
高校では全日本クイズ選手権を三連覇。大学では学術的に価値のある数々の
論文を残しておられます。それらの【知識】の中で不要なものを譲っていた
だきたいのです。もちろんタダとはいいません。」
「ちしきぃ?そんなものでよければいくらでもあげるわよ!知識なんかいく
らあったって・・・。」
普段のサエコならこんなウソのような話に耳を貸す訳もなかったが、酔いの
せいでかなり自暴自棄になっていた。
「では、譲っていただけるのですね?」
「ええ。洗いざらい持っていきなさい!知識なんかあっても邪魔で行動でき
ないし、いっそ無くなってしまえばいいの。」
「では、この契約書にサインしていただけますか?」
こんなことは現実にあるはずがないと考えながらも憂さを晴らすために細か
い字が書かれた書類にサインをした。
「もちろん!ほら、これでよくって?」
「ありがとうございます。それでお譲りいただく【知識】の対価なんですけ
ど」
「対価?」
「つまり【知識】を譲渡したときの」
「いらないわよそんなもの」
サエコとしてはますます酔いが廻ってきたため早くタクシーを見つけて帰り
たかった。
「それは困ります。受け取っていただかないと」
「なにを受け取るのよ?」
「貴女の望む物ならなんでもよ。」
「なんでも?」
「例えばもう少し背が欲しければ“身長”、ぱっちりとした大きな“目”。
かわいい“声”。なんでも。」
「それじゃあ、女性らしい完璧なスタイル。大きなおっぱい。」
「わかりました。」
そういうと女は暗闇の中に姿を消してしまった。
次の日、サエコは携帯のメール着信音で目が覚めた。時間は昼前になって
いた。
酷い二日酔いのため頭がガンガンと鳴っていた。携帯を見ると見慣れない
アドレスからメールが届いていた。
『深堀サエコ 様
ご契約いただき誠にありがとうございました。
本日午前9時より、当社優先市場におきまして、
お譲り頂く【知識】の取引きを開始させていただきます。
契約が成立次第メールにて連絡差し上げます。 』
そしてそのメールの数分後にもう一通のメールが入っていた。譲渡契約が
成立したという内容だった。
『深堀サエコ 様
下記の【知識】の譲渡契約が成立いたしました。
ご利用誠にありがとうございました。
件名:不動産の鑑定に関する知識 レベルC
件名:WEBデザインに関する知識 レベルD
件名:システムエンジニアリングに関する知識 レベルD
件名:漢字に関する知識(漢字検定2級レベル) レベルD
件名:簿記に関する知識(簿記2級レベル) レベルE
件名:ファイナンシャルプランニングに関する知識 レベルE
件名:ITデータベースに関する知識 レベルD
件名:建築_構造計算に関する知識 レベルC
件名:特定化学物質に関する知識 レベルD
件名:財務に関する知識 レベルD
件名:免疫学に関する知識 レベルD
計:10件 』
サエコは昨日起こった出来事とこれからのことを頭で整理してみようと思っ
たが、二日酔いの頭痛が酷く何も考えることができなかった。ようやく、
だるい身体を起こしてベッドから起きあがると、壁の全面を占めている巨大
で無骨な本棚の前に立った。そして、サエコが譲渡したことになった不動産
鑑定に関する本を手にとって読んでみると、何が書かれてあるのか全く理解
できないようになっていた。彼女は改めて昨日の出来事が現実であり、
【知識】が譲渡されたことを知った。レベルのDやEに関しては何のことがさっぱり分からなかった。
熱いシャワーでも浴びれば頭がすっきりするだろうと風呂場に向かった。
脱衣室でパジャマを脱いで裸になり、何気なく鏡に写った自分の姿を見たと
き、彼女はある変化に気がついた。
「む、胸が大きくなってる・・・」(78→86cm)
平らだった胸元に美しい二つの膨らみが隆起しており、触るとマシュマロ
のように柔らかく、腕で両方の乳房を寄せてみると見事な谷間ができあがっ
た。いつものブラジャーを着けようと試してみたが、カップから胸があふ
れ、ホックは届かなくなっていた。
「こんな馬鹿げたことって・・・」
サエコは突然の不思議な出来事に困惑しつつも鏡に写った自分の美しいお椀
型の胸に見とれていた。
次の日の日曜日も、朝8時過ぎにメールがやってきた。
『深堀サエコ 様
下記の【知識】の譲渡契約が成立いたしました。
ご利用誠にありがとうございました。
件名:企業診断に関する知識 レベルD
件名:カラーコーディネートに関する知識 レベルE
件名:企業法務に関する知識 レベルC
件名:中世ヨーロッパの通商に関する知識 レベルD
件名:会計・経理に関する知識 レベルD
件名:食品衛生に関する知識 レベルE
件名:アメリカ史に関する知識 レベルD
件名:土木工学に関する知識 レベルE
計:8件』
ベッドから起きあがり胸元を見ると、パジャマのシワが胸の存在感を誇示し
ており、触ると昨日よりもボリュームが増しているのがわかった。
(86cm→92cm)
その次の日も7件、さらに次の日も5件と契約成立のメールは届いた。
サエコの胸は毎日ぐんぐんと大きくなり、服の上からでもそれとわかるほど
の爆乳に成長していた。
会社に着ていくブラウスはボタンが飛びそうなくらい窮屈になったため急い
で買い直さなくてはならず、お気に入りだったワンピースは背中のジッパー
が上がらなくなった。
結局、一週間で50件ほどの知識が譲渡され、バストサイズは3ケタの大台
を突破していた。(92cm→103cm)
私服に関してはほとんど着られるものはなくなった。唯一着られるピンク色
のニットを着て外出したが、伸縮性のある生地が大きな膨らみで引き延ばさ
れて胸のかたちが露わになるため道行く男性にじろじろと見られる羽目にな
った。今まで異性からの視線を感じたことのかなったサエコは恍惚と困惑が
入り交じった感覚を覚えた。
一週間を過ぎるとメールが来る頻度は減り、バストサイズもあまり変化しな
くなった。二週間目の契約件数は3件、三週間目は2件、四週間目には1件
と減り、一ヶ月後には契約メールは来なくなった。とはいえサエコの胸はま
た一回り大きくなり、市販の最大サイズのブラジャーでもバストが溢れるよ
うになった。そこで彼女は外国製の大きいサイズを特別に取り寄せて着用し
た。(103cm→108cm)
彼女は新しく知識を習得することはやめて、自分に合う服装やメイク、髪型
について研究してみた。元来、研究好きの彼女にとってこれらを習得するこ
とは簡単なことだった。髪を切ってカーラーで巻いてこれも流行の髪型に
し、メイク方法や道具、それに関する本をそろえて勉強した。コツを掴むの
も彼女は上手だった。服は雑誌や街ゆく人たちを研究してさりげなく流行を
取り入れると、サエコは別人と見違えられるような美人に変身した。
彼女は大きな胸をあまり強調しすぎないように服選びに気をつけたが、胸に
合わせて服を選ぶと他の部分が余ってしまい不格好に見えるのは避けたかっ
た。そもそも、華奢な部類に入る彼女の体躯に対して1m超えの大きな胸の
膨らみを目立たなくするには限界があった。
サエコの部屋の壁の全面を占めていた巨大な本棚の大半の書籍は無用のもの
となった。要らなくなった本は古本屋を呼んで引き取ってもらい、本棚自体
も半分に解体して片方を処分した。空いたスペースにカフェに置いてあるよ
うなおしゃれなソファーを置いた。残った本を眺めてみると譲渡されなかっ
た知識がいくつかあることがわかったが、クイズや気象、数学などのマニア
ックな知識だったので引き取り手がなかったのだとサエコは考えていた。
つづく