窓から射し込む陽光は春が近いことを告げている。しかし、一歩家の外に
出ればまだまだ冷たい風が肌を刺すように感じられる。
あやのはレースのカーテン越しに陽の光に照らされながら、これから外へ
出かける準備をしていた。
あやのは箱を開けて昨日届いたばかりの真新しいブラジャーを取り出す。
その白くて大きなブラは装飾性が乏しいところを別にすれば、着け心地
やフィット感は彼女の満足のいくものであった。アルファベットで言えば“P”に相当するそのブラのカップはドッジボールが2つすっぽりと収ま
ってしまいそうなほど大きく、バンドも普通の2倍以上の幅がある。
肩紐も荷重に耐えられるよう紐というよりもベルトのように太く作られて
いる。
あやのは上半身裸の胸元にそのブラを当てる。そして、前屈みの姿勢にな
りながらたわわな乳房をカップに収めると背中に手を廻して4段になって
いるホックを一つずつ止めていく。ホックを止めたら身体を起こし、おも
むろにカップの中に手を滑り込ませて乳房をぐいと引き上げバージスライ
ンをカップの縁に合わせる。巨大なバストはぴったりと収まってカップに
みっちりと詰まっており、中央には魅惑的な深い谷間ができあがる。仕上
げに肩紐の長さを弛みがないように調整する。
「(やっぱりオーダーしてよかった♪)」
彼女は姿見でブラが胸にぴったりとフィットしていることを確認する。
外国製のもっとも大きいサイズをもってしても胸を収めることが難しくな
り、とうとう特注のブラをオーダーしたのだった。少し値が張ったが、
その新しいブラは彼女の巨大なバストを心地よく包んでくれているようだ
った。
「あっ、いけない!」
時計を見ると待ち合わせ時間が迫っていることに気がつく。彼女は慌てて
白いセーターをすっぽりと被り、細かい花柄の描かれたスカートを穿いて、
最後にコートを羽織った。
昨日の夜、はるかが大学に合格したという知らせを受け、今日は近況報告
を兼ねて3人でいつものファミリーレストランで会うことになっているのだ。
あやのは待ち合わせのファミリーレストランに到着した。
昼時の混雑がひと段落ついたようだが空席はほとんどなく賑わっているよ
うだった。まだはるかもなつきも来ておらず、彼女は奥の方の4人掛けの
ボックス席に通された。
あやのがコートを脱ぐと白いセーターに包まれた巨大な膨らみがあらわに
なる。セーターは大きなバストに押し上げられて引き伸ばされ、胸にぴっ
ちりと張り付いてその優美なフォルムを際立たせている。周囲のサラリー
マンらしき一団がそれに気がついてちらちらと視線を送っている。
そういう胸への視線にも最近は気にしなくなってきたあやのはゆっくりと
椅子に腰掛け、大きな胸をテーブルの上に乗せて肩にかかる重みを少し分
散させた。柔らかそうな胸がむにゅっと歪んだ。
3人で待ち合わせをするとあやのかはるかが時間よりも前に現れ、なつき
が100%遅刻してくるというのが習わしであった。
あやのは二人を待つ間、4月になればこうやって会うことも少なくなるの
かと考えると急に淋しい気分になった。
しばらくしてはるかが現れた。
髪をポニーテールにまとめ、服装はダウンジャケットにデニムのパンツと
いうカジュアルすぎるいでたちであったが、それでも彼女の美少女ぶりは
自然と周囲の目を惹きつけてしまう。
あやのは立ち上がって大きく手を振り自分の居場所を知らせた。大きな胸
がゆさゆさと揺れた。はるかがあやのの姿を認めると、その顔がぱっと明
るくなった。
「おめでとう!」
あやのははるかを迎えてにこやかに祝福の言葉を述べる。
はるか第一志望である超難関の○○大学の医学部に見事合格したのだった。
「さすが、我が校のエース。はるかなら大丈夫だと思ってたわ!」
はるかも照れながら今までにないきらきらとした笑顔を浮かべている。
「4月から医大生、そしていずれはお医者さんかぁ。はるかみたいな美人
の女医がいたら患者が殺到するに違いないわね!」
「もう、何言ってんのよ。褒めても何も出ないわよ。それはそうと、あや
のは随分前に合格決めてたけど、もう申込みはしたの?」
あやのは一足先にさして難関ではない大学の合格通知を受けている。
「ううん。□□大にはいかないことにしたの・・・」
「えっ?」
「実は今日はその話もしたくって・・・」
あやのはなつきが来てから話そうかと思っていたが、いつ来るかもわから
ないので先ずはるかに話そうと決めた。
「実は△△看護大に行くことにしたの。」
「かんご?」
「う、うん。そっちも受かっちゃって。どうしようか悩んだんだけど・・・」
「へーえ、あやのって看護師さんになりたかったんだ?初耳だわ。」
「うん。はるかがお医者さんになるのに必死に勉強している姿を見て、私
も子供の頃の夢を実現しようかなって思ったの・・・」
「へへっ、良かったわね。お互い。」
二人はがっしりと両手で握手をした。
そこへ時間に大幅に遅れて佐竹なつきが到着した。
「はるか、おめでとう!とうとう決まったようね。」
なつきはミニスカートにファーのついたコートを羽織りばっちりとメイク
も決めてギャル風を装っている。
「春からはるかは医大生かぁ。そしていずれはお医者さん。友人に医者が
いると何かと便利よね〜。ねぇ、あやのもそう思わない?」
なつきはあやのの方に向き直り同意を求める。
「う、うん、そうね。なつき、あのね。実は私、△△看護大にいくことに
なったの。」
一瞬の沈黙が訪れる。
「かんご大って・・・あやの、看護師になるってこと?」
「うん。」
「爆乳ナース!あやのみたいな看護師がいたら乳見たさに患者が殺到する
に違いないわね!」
「うるさいっ!!」
あやのが拳を振り上げるのをはるかが他の客の目を気にして押しとどめた。
「と、ところで。なつきはどうすんのよ?お父さんの会社で働くことにし
たの?」
はるかは話題を変え、なつきに質問を向ける。なつきの口からは進学する
という話はいっさい聞いておらず、てっきり父親が経営する会社のどれか
に就職するのだろうと思われていた。
「うーん、ノーでもあり、イエスでもあるかな?」
なつきは二人の顔を探るように見ている。
「もう、何もったいぶってんのよ!」
なつきは急に神妙な顔をしてトーンを落として呟いた。
「実はね。私・・・一人でアメリカに行くことにしたの。」
3人の周りに沈黙が訪れる。
「・・・・。はいはい。冗談言うならもっとましなのにしてよね。」
はるかはあやのと顔を見合わせて苦笑している。
しかし、なつきの方は至って真剣な様子だ。
「本当だって!パパがいずれ自分の後を継ぐんだからアメリカにいってM
BAの一つでも取ってこいって。」
再び辺りが重い空気になる。
「MBAって・・・。」
「バスケットボール?」
「違うわよ、あやの。経済学修士のことよ。アメリカのビジネススクール
に入るってこと?うそよね・・・」
「そんな・・・なつきが・・・。」
急にテンションが下がった二人を見て今度はなつきが二人を元気づける。
「だ、大丈夫よ!永遠のお別れってわけじゃないし!今の世の中、連絡と
る手段だって山ほどあるじゃない!?」
「それで、いつから行くの?」
はるかはなつきの言っていることがどうやら本気らしいとようやく察知し
たようだった。
「一週間後のお昼の飛行機で」
「い、一週間後!?ちょっと急すぎるじゃない?それに卒業式はどうする
つもり?出ないつもりなの?」
「うん。パパが決めたならすぐ実行だって。それに私、卒業式なんて形式
張ったこと好きじゃないし。もうパパが理事長先生に話つけてくれて了解
ももらってあるの。」
「もう、どうしてあなたはいつもそんな勝手なのよ!!」
一週間後、はるかとあやのの二人はなつきを見送るため空港まで来ていた。
もうすぐ出発する便のチェックインが終わりそうなのになつきはやって来
ない。
「もう、最後の最後までハラハラさせるわね。」
二人はいつもながらになかなか現れないなつきに苛立ちを覚えた。しばら
くして佐竹家のものと思われる黒塗りのリムジンがマイクロバスを引き連
れてやってきた。
「あ、あれだ!やっと来たわ。」
リムジンは停車し、運転手がドアを開けるとなつきとなつきの母親が出て
きた。
後ろのマイクロバスからは佐竹家の使用人と思われる人たちがぞろぞろと
降りてきている。
「やっほー!あなたたち来てくれてたのね!」
なつきが二人の姿を認めて声を張り上げる。なつきの母親も二人に会釈を
する。
「やっほーじゃないわよ!!何時だと思ってんの?飛行機行っちゃうわよ!」
はるかはひどい剣幕でなつきを迎える。
佐竹家の執事でなつきの世話役の紳士もスーツケースを運びながらなつき
に急ぐようにと言っている。
「お嬢様!急いで、急いで!」
なつきとその紳士は航空会社のチェックインカウンターに向かい手続きを
始める。
なつきの母親ははるかとあやのの二人に見送りに来てくれたことに礼を述
べた。そして遅刻してきたことに対して何度も謝罪した。二人はなつきの
母親とは何度か顔を合わせたことがあった。長身でおっとりとしたしゃべ
り方をする美しい麗人で、ぱっちりとした大きな目以外はなつきとほとん
ど似ているところがなかった。
「一人でアメリカなんてすごいですね。」
はるかはなつきの母に話しかける。
「一人と言ってもお目付け役はついてますから。あの子、一人じゃ何を仕
出かすかわからないでしょう?」
二人はそういわれて返す言葉もなかった。
「一人じゃないんですか?だったら少し安心しました。」
なつきが単身でアメリカに行くと思っていた二人は少し安心したようだっ
た。
「ええ。ニューヨークに主人のペントハウスがあるのでそこになつきを住
まわせるんです。世話役もつけて。もう先に世話役が渡米して準備をして
まして、語学学校の手配と家庭教師も面接して二人雇ってあるんですよ。」
二人は顔を見合わせた。
「(なーにが、一人でアメリカよ。至れり尽くせりじゃない!)」
なつきは手続きが終わったようで二人の方に戻ってきた。しかし、あと数
分で出国ゲートに向かわなくてはならない。
「もう、ゆっくりと別れを惜しむ時間もないじゃないの!」
「ほんと、ほんと。その遅刻癖なんとかしなきゃね。」
最後の最後に二人からお説教されてなつきも言い返す言葉も見つからない
ようだ。
「じゃあ、行ってくるからね。」
そう言うなつきの黒くて大きな瞳からは今にも涙が溢れそうになっている。
「さっさといきなさいよ。」
はるかとあやのも涙をこらえながら言葉少なげになつきをじっと見ている。
そしてなつきは後ろを向くとそのまま紳士に促されて国際線の乗り場に消
えていった。
「あーあ、行っちゃった。」
二人は飛行機が豆粒のように小さくなって見えなくなってしまった後もし
ばらく青い空を見つめていた。
完