三人は温泉の村を拠点に据え、周囲の村々を詳しく調べて見ることにした。いくつ
かの村を回り、やがてラパという村に着いた。
早乙女は峠の要塞のハスバルがここの黒スグリの酒を飲みたいといっていたのを思
い出した。
あのぞんざいな態度のハスバルに酒を買っていこうとは微塵も考えなかったが、それ
がどんなものなのか少し興味があった。
酒屋を見つけて中に入ると大小の樽が並んでおり、それらは全て黒スグリでできた
酒であるということだった。
「この黒スグリの酒はラパの村の名物。遠くリムナスやイメリアから買付にくるっ
てほどの逸品さ。お姉さんも一つ買っていかねぇか?」
早乙女は興味を惹かれるものの荷物になるからと諦めることにした。しかし、酒屋
の隣からは賑やかな声が漏れていて酒場が併設されていることに気がついた。
「ああ。隣は立ち飲みになっててな。そこでもこの酒を出してるんだ。」
ならばということで、早乙女は二人を連れて酒場に入り、さっそく黒スグリの酒を
注文した。
「先生だけずるいわ」
夏美と冴木が異議を唱えたが、早乙女に却下されるかたちとなった。
「これは大人の特権。君たちはあと二年我慢しなさい。」
未成年の二人はジュースで我慢するととになった。
「くーーっ。ちょっと甘めだけど美味しいわ。」
早乙女は杯を傾けてぐいと飲み干す。
「おおっ、お姉ちゃんにこの味がわかるかね。しかも、なかなか良い飲みっぷりだ。」
声をかけてきたのは初老の老人であった。
「よし。ならばこの5年物も試してみるといい。さらに熟成された味わいが楽しめ
るぞ。」
早乙女は老人に勧められたものを注文する。口にしたとたん芳醇な香りと味わいが広
がる。
「お、おいしーい!」
その後も次々と杯を空け、早乙女は酔いが回り、いつしかその老人と意気投合して
いる。彼女は老人にこの国に来た理由、リムナスから峠の要塞を抜け、ノラ司祭を
訪ねてパローナをさまよい歩いていることを全て語った。
「ノラか・・・。その者なら森の中に屋敷を建てて暮らしているときく。よければ
ワシが案内してやろう。」
三人は唖然とした。
「ええっ!」
「本当に?」
「ノラ司祭をご存じなのですか?」
早乙女はほろ酔い気分が吹き飛んで急に真剣な顔になった。
「いや。知ってるというか知らんというか。」
老人は軽く酔っているようだった。三人はそれが少し不安だったがその老人に案内
を頼むことにした。
もうすっかり日は暮れていた。月明かりはあるもののほろ酔い気分の老人について
行っても大丈夫だろうかと三人は不安になっていた。しかも、ノラの屋敷に行くに
は地元の人が迷いの森と呼ぶ深い森を通らなければならないということだった。
森の中は月の光も及ばないため不安はますます募った。
早乙女は明日、明るくなってから案内をお願いできないかと老人に言ったが、老人
は今でないと案内はしないとへそを曲げた。
三人は暗い森の中を老人の後について歩いた。漆黒の闇の中を松明の明かりだけを
頼りにして進む。しかし、老人はといえば道に詳しいのか明かりが十分なくても平
気な様子である。夏美は何度も躓きそうになり、そのたびに冴木に助けられながら
森の中を歩んだ。
何時間歩いただろうか。歩いた距離も方角もすっかりわからなくなってきたころ、
老人はふと足を止めた。
「ここがノラの屋敷じゃ。」
上を見上げるとぼんやりと屋敷の輪郭が浮かび上がっている。
「そして、私がこの屋敷の主人。ノラだ。」
三人は一瞬老人が何を言っているのかわからなかった。
「あ、あなたがノラ司祭だったの?」
早乙女は驚き老人を見つめる。
「騙してわるかったな。怪しい三人組がワシのことを探し回っていると聞いてな。
どんな奴らかと会いにいったのだ。どうやら危険人物ではないようだ。」
「さ、さっきも話したとおり私たちはグランポワの解呪の方法を探しているので
す。」
「うむ。先ほどおぬしが飲んだ酒には嘘偽りなく物事を話したくなる薬を仕込んで
おったのだ。悪く思わんでくれ。」
早乙女ははっとした。いくら酒が入ったとは言え、見知らぬ老人に何もかも喋って
しまったことを少し後悔していたのだった。
「我々はリムナス国内の情報に飢えておる。おぬし達が見聞きしてきたことをもっ
と詳しく知りたい。屋敷の中へ案内しよう。」
屋敷に明かりが灯った。三人はノラの屋敷の居間に通された。
早速、早乙女が口を開いた。
「ノラ様。私たちはグランポワの解呪の方法を探しています。ご存知ないのでしょう
か?」
しばらくの沈黙のあと、ノラが口を開いた。
「残念だが・・・」
「そんな、ノラ様でも・・・」
三人はがっくりと肩を落とした。
「解呪の方法は魔術グランポワの書に記されておる。その書の在りかならわかって
おる。」
「ええっ!どこなんでしょうか?」
「それは、リムナスの城の中だ。」
「では。その書はマドラの手中にあるということですか?」
「いいや。奴はその在りかを知らない。先代の王が私だけに伝えられたのだ。私と
王族の者が揃わんと封印は解けぬのじゃ。」
苦労してようやくノラに会えたのにグランポワの解呪方法がわからないばかりか、
その鍵が城内にあったと知って三人は深い溜息をついた。
「まぁ、がっかりなさるな。いずれ私はリムナスに行くことになる。」
屋敷の奥の方から小さな明かりが近づいてくるのが見えた。
蝋燭の光がその女性の美しい顔を浮かび上がらせている。メリル姫だった。
「こんばんは。よくぞこの深い森の奥までいらっしゃいました。」
メリル姫は予め三人がここに来ることを知っていたかのようであった。
冴木はメリル姫の美しさに思わず見とれてしまっていた。歳は二十歳くらいであろ
うか、引き込まれそうな大きな瞳が印象的である。整った顔立ちにわずかながら少
女っぽさも残されている。口元はきっと結ばれ気高さと意志の強さが伺えた。
そして、驚くべきはその胸元だった。シンプルな絹のドレスの胸元は大きく前に突
き出しており、夏美のそれよりも明らかに一回り以上大きいのだ。
腰回りの肉付きもよく、むちむちとした健康的な色気をまとっている。
「お聞きしたいお話は沢山ありますが、明日にいたしませんか?皆様のお部屋の用
意もできています。」
一同は姫の言葉に従ってその日は休むことにした。