冴木は日々、剣の修行に没頭していた。メリル姫との一件があった後、どうしても
夏美と顔を合わせるのを心苦しく思ってしまう自分があった。メリル姫の態度は以
前と変わらないことには安心したが、それでも何となく心が落ち着かなかった。
早乙女先生は最近、自分の部屋に籠っていることが多い。ノラ司祭に刺激されて魔
術オタクの虫が騒ぎ始めたのか部屋で書物を読み込み、羊毛紙にインクで文字や数
字を書きなぐっている。朝早くから夜遅くまで、ひどいときは部屋から一歩も外に
出ない日もある。夏美は早乙女を心配して食事や飲み物を部屋に運んだり、たまに
様子を伺いに行ったりしているようである。しかし、早乙女は心ここにあらずとい
う風でしきりと考えを巡らせているようである。
「先生・・・早乙女先生、食事を持ってきました。」
夏美は早乙女の部屋の扉をノックしたが返事はなかった。勝手に扉を開けて中に入
る。
「夏美! ちょうどいいところに来たわ。わかった、とうとうわかったのよ!」
早乙女は珍しく興奮気味になっている。夏美から食事を受け取るとパンを引きちぎ
って口のなかに放り込みながらむしゃむしゃとやっている。
「何がですか?」
夏美は早乙女が猛然と食事を平らげていく様子を眺めている。よっぽど腹が空いて
いたのだろう。
「あなたにかかった魔術のことよ!これから話してあげるから冴木くんも呼んでき
てちょうだい!」
夏美の顔がパッと明るくなる。グランポワについて何か新しいことがわかったのだろ
うか、心の高鳴りを抑えつつ慌てて冴木を呼びに行った。
冴木は何事かと驚きながら夏美の部屋にやってくる。
「夏美、あなたとメリル姫と誕生日が同じって言ったわよね?これって単なる偶然
じゃないようだわ・・・」
夏美の誕生日は7月30日、これはメリル姫もそしてオリビア女王とも同じという
ことだった。
「どういうことです?」
早乙女は少し間を取ってからゆっくりと話し始める。
「私はここ数日、古来ウィラ族に伝わるアスリー占星術について研究していたの。
ウィラ族って、ほら、かつてグランポワなど数々の強力な魔術を発明した人達よ。
アスリー占星術では生まれた年月日で決まる命数というのがあるんだけど、これが
3人ともほぼ同じってことになるの。ほぼっていうのは単に日だけでは決まらない
からで、例えばメリル姫とオリビア姫は双子だから同じ命数になりそうだけど、ぴ
ったり同じにはならない。二人の命数の重相関係数は91.3%よ。これは双子の
間ではやや高い部類に入るわ。双子にはよくお互いが考えていることがわかった
り、お互い一緒に病気になったり怪我したりするって話はよく聞くよね?これは共
時性とかシンクロニティって呼ばれたりするけど、命数が近いからとも言いかえ
られるわ。」
早乙女の言うことは二人には情報が多すぎてすぐに理解できない。要約すると夏美
とメリル、オリビアの3人は誕生日が同じなので命数というものが似通っていると
いうことらしい。
「はあ。」
「で、ここからが重要なの。夏美とオリビアの命数の重相関係数はなんと99.7
%もあるのよ。」
「ええっ!私とオリビア女王が・・・?」
「そうなの。驚くでしょう。私も信じられずに何度も計算したんだから。」
「でも、どうして?そもそも生まれた年が全然違うじゃない。」
早乙女はさもありなんと深くうなずく。
「その通りね。ところで、この夢の世界は現代より何年前だったか覚えている?」
「えーと、600年ほど前って言ってなかったかしら。」
「正解。でも正確には613年前になるわ。そして姫たちは夏美より3歳年上だか
ら、夏美は姫たちより616年後の同じ日に生まれたことになる・・・」
早乙女は夏美が持ってきたお茶を一口ごくりと飲み込む。
「この616年ってのがミソなの。実はアスリー占星術によれば世界が滅び新たに
生まれる周期、616年経てば全てのものは無に帰すと考える。つまり、夏美と姫
たちとは一周違いだけど命数はほぼ同じになるのよ。」
「なんだかよくわからないけど、夏美は姫たちの生まれ変わりってことか?」
冴木は雲をつかむような早乙女の話に少しいらいらとし始めている。
「そういうわけではないけど、まぁ、簡便のためそのように考えても差し支えな
いわ。」
「まだわからないけど、じゃあ、夏美はなぜメリル姫よりオリビアとその係数が高
いんだろう?」
「命数は誕生日のほかに、生まれた時刻や地理的、方角的なものも関係してくる。
恐らくそれらの条件がほぼぴったり合ったのでしょう。」
「で、その命数が同じってことが何か重要なことなの?」
「ええ、もちろん。重相関係数が99%以上ある場合に限って、ある特定のエネル
ギー場は共時トンネル効果によって転移されることが知られているの。たとえば超
強力なグランポワの魔力のようなものわね。」
「うそ・・・」
「じゃあ。夏美のグランポワはオリビア女王のグランポワが時空を超えて移った
ってこと?」
「そういうことよ。そして、少しの記憶も・・・夏美がよく見ると言っていた夢、
あれはオリビア女王の記憶の断片が織り交ざったもの。」
「あの夢が・・・」
「ようやくわかりました。今でも時々襲ってくる深い悲しみと苦しみ、絶望感
・・・それらはオリビア女王の感情が伝わってきているものなのですね。早乙女先
生、冴木くん・・・ならばできるだけ早く女王を助けなくてはなりません。でない
と手遅れになるかもしれません。」
「手遅れって・・・」
「私にはわかります。オリビアの身体が日に日に弱っていることが・・・」
「そんなにひどいの?」
「はい。女王の胸はいまだに成長を続けています。そして、それを維持するのにも
体力が必要なのですが、自身の身体は体力を奪われひどく衰弱している状況です。
このままでは時間の問題です・・・。このことは絶対にメリル姫には黙っていてく
ださい。」
夏美は目に涙を浮かべながら早乙女と冴木に言った。
「すぐにリムナスに戻りましょう。そして女王にデルレの儀式を行うのです。胸を
軽くしてあげれば命は助かると思います・・・」
早乙女先生は夏美の肩を抱きながら旅立つ決意をしたようだった。
「わかりました。満月までは一週間あります。明朝すぐにここを経ちリムナスに向
かいましょう。」