「目が覚めた?」
夏美のベッドの脇で早乙女が心配そうに顔を覗き込んでいる。
夏美は目を覚ましてからしばらくして自分のおかれた状況を把握した。胸がとんで
もなく大きくなりすぎて自分で身を起こすことができないのだ。夢で見た超巨大な
胸の夏美とだいたい同じくらいの大きさになっている。手を伸ばせばかろうじて指
先で胸の先端を触れることができるが、胸の下半分には手が届かないのだ。
「よかった。ずっと気を失ってたから心配したのよ。」
オリビア女王と手を触れた瞬間に苦しくなり、胸が急に膨らみ始めたところは覚えて
いる。それより後の記憶はなかった。夏美は冴木と衛兵たちにここまで運んで来られ
たことを聞いた。
「オリビア女王はどうなったのですか?」
夏美は乳房の変貌ぶりをそれほど気にしていないのか意外にも冷静である。
「女王も少し気を失われたようだわ。しかし、今は目を覚まして元気になっているそ
うよ。」
「よかった。」
「オリビア女王が溜めていた神々のエーテルの一部が夏美に転移したようね。びっ
くりしたでしょう。」
夏美は曖昧に頷いた。
「夏美・・・あなた、まさかこうなることを知っていたの!?」
「・・・はい、なんとなくですけど。でも、これで女王は満月の日までは持ちこた
えることができます。」
「そうだったの」
「私は大丈夫ですよ、先生。この胸もデルレをしてもらえば元通りになるんですか
ら。」
夏美は笑顔で早乙女に話す。意外と前向きにな彼女に早乙女はほっとする。
「元気そうで安心したわ・・・ところでその胸。ちょっと触らせてくれる?」
早乙女は手のひらで夏美の乳房をぽよんぽよんと押す。
「うわ、柔らかい」
「ああっ、やだ、先生、ちょっと、くすぐったいって。もう、私が動けないのをい
いことに!」
「この中に形而上学的なエネルギーが詰まっていると考えると不思議な感じね。興
味本位ついでにどれくらいのエネルギーが転移したのか、測らせてもらっていいか
な?」
「測るって何をですか?」
「サイズよ」
「ええーっ、もう」
早乙女は夏美の腕を引っぱって上半身を起こす。巨大な胸がたおやかに形を変えな
がら夏美の膝を覆う。胸に掛っていたシーツがずれそうになるのを押さえながら早
乙女が胸に巻尺付けるのを眺めた。
「122ターク(488センチ)ね。すごいわ。」
夏美は早乙女が部屋から出ていった後、オリビア女王のことを考えた。
実は昨日のオリビアと手を触れた瞬間に女王の記憶が大量に流れ込んで来たのであ
った。幸せに育ったオリビアの人生は16歳のときに一変する。王が亡くなり、妹
のメリルと王位を争うことになったが、オリビア自身は少しも王になりたいと思わ
なかった。しかし、自分の意思とは反対に周囲の者たちが彼女を王にしようとした。
乳比べではメリルに勝ってもらいたかった。メリルの明るい性格、人を包み込むよ
うな雰囲気は天性のものであり、彼女の方が国を治める者にふさわしいと思ってい
た。メリルの方が胸が大きくなっていると聞きオリビアは安心していた。しかし、
ある日、魔術師が彼女にある魔術をかけた。それから胸はどんどんと大きくなって
いった。乳比べの結果、オリビアの胸はメリルよりはるかに大きくなっていた。
70タークに達した胸は大きすぎて自分で立ち上がることすらできなくなっていた。
悪夢の日々は終わらなかった。胸の成長は留まるところを知らず、ベッドの上で身
を起こすのが精一杯になった。魔術師たちは魔術を止める方法を探し回り、オリビア
に色々は方法を試した。毎日のように色々な方法で男に嬲られ、胸を弄ばれた。
しかし、それでも魔術を解くことはできず、胸の成長は収まらなかった。やがてオ
リビアは身を起こすこともできなくなり、身体は衰弱し、声も失ってしまったのだ。
夏美はオリビアの記憶を反芻した。そしてオリビアに与えられた苦痛や苦悩が時空
という障壁を超えて夏美に転移したという事実を受け入れたのだった。
一方、その頃、峠の要塞の付近では二人の農夫が酒樽を乗せた荷車を息切らせて曳
いていた。
「あと、少しだ。」
「ひいーっ、きつい。」
やがて荷車は坂道を上りきり峠の要塞の前に着いた。
「あのう、サオトメって人の注文で酒樽をもってきやした。」
農夫の一人が門番に言った。
門番はハスバルからこのことを聞いていたようですぐに門を開く作業に入った。
重い門が開かれ納付は荷車を砦の中に曳き入れた。
しばらくするとハスバルが現れて、荷車の上の二つの酒樽を見て小躍りした。
「おおっ、確かにこれはラパの村の黒すぐりの酒だ!お前たちご苦労だったな!」
ハスバルはそういって農夫たちに銅貨を一掴み投げる。農夫たちは地面に散らばっ
た銅貨を奪い合うように拾いあげ要塞を去っていった。
「今夜はこの酒で宴会だ!食い物を用意しろ!女を呼べ!」
ハスバルの威勢のよい声が響き渡った。何事かと見物に来ていた兵士たちがワッと
歓声を上げた。酒宴の知らせが砦の中を駆け巡った。
あちこちのかまどから煙が上り宴会の支度が始まる。砦の兵士たちは警備などそっ
ちのけで夜の宴会のことが気になっている。
ガイル将軍は遠くから峠の要塞に立ち上るかまどの煙を眺めていた。
「よし。さっそく今夜これをやるらしいな。」
将軍は酒を飲む手つきを部下にやってみせた。
日はとっぷりと暮れ、辺りは月明かりだけとなった。しかし、その中で砦の要塞は
いつもよりも明々とかがり火が灯っている。
ガイル将軍は僅かな精鋭だけを率いて要塞に近づく、衛兵は誰もおらずもぬけの殻
だ。要塞の中は宴会が終わったのか静まり帰っているようだ。
「そろそろ、ノラ様特製の眠り薬が効き始めたころだろう。」
ガイルは部下に合図を送ると、数人が砦の壁に鉤をかけて縄で登ってゆく。しばら
くすると重い城門がゆっくりと開けられる。
「ばっちり、眠っておりやす。」
「よし。全員捕獲せよ。」
こうしてリムナスの守りの要である峠の要塞はたった一夜にして占拠された。ガイ
ルはパローナの本隊を要塞に引き入れるとともに、隣国イメリアに早馬を出し要塞
を占拠したことを伝えたのだった。