深夜のコンビニバイトを終え、北山多恵子は一人暮らしの暗い部屋の鍵を開け
て中に入った。手に下げた袋には半額のコンビニ弁当とカップラーメン、それ
から明日の朝食用の菓子パンが2つ入っている。コンロで沸かした湯をカップ
ラーメンに注ぎ、電子レンジで温めた弁当のビニールを剥がす。栄養のバラン
スが悪いと思いながらも弁当とラーメンを胃袋に送り込んで満腹感を得る。
風呂のお湯を溜め、脱いでいた服を脱ぎ捨ててユニットバスの湯船に浸かる。
一日の疲れがどっと押し寄せそのまま湯船に浸かりながら眠りそうになる。
北山多恵子は27歳の独身女性。容姿は普通。特に美人でもなければ不細工で
もない。これといって特徴のない顔が自分ではあまり好きではない。
東京に出てきてからは6年が経つ。地方の大学を卒業し、都会に出てきた類の
人間だ。就職活動はうまくいかず幾つかの派遣社員を経験したが正社員への道
は厳しく今はコンビニやファーストフード店で働くいわゆるフリーターをやっ
ている。
東京での生活は楽ではない。朝から晩までアルバイトをしてもアパートの家賃
と光熱費、それから食費を差し引くといくらも残らない。何度か田舎へ帰るこ
とは考えたがいまだにそれを踏み切れないでいる。30歳までは東京に居よ
う、それでダメなら田舎に帰って親が勧めるお見合い相手とでも結婚して平凡
な生活を送ろう、多恵子はそのように考えていた。
多恵子の唯一といっていい趣味は人形集めだった。彼女のアパートには所せま
しと様々な人形が飾ってある。ケースにきちんと入れられた精巧なフィギュア
もあれば、バービー人形のような子供のおもちゃなどもある。寝室には大量の
ぬいぐるみたちがベッドを取り囲むように置かれている。部屋の壁には棚が設
けられその上にも人形たちが整然と鎮座している。ちょっとした店くらい開け
そうな数である。
彼女は子供のころから人形集めが好きだった。誕生日やクリスマスなどに一つ
ずつ買ってもらった人形はひとつ残らず捨てずに持っている。そして、今でも
決して多くないバイト代を工面しながらコツコツと好きな人形を集めている。
彼女は人形を集めるだけに留まらず、いつしかその服や小物まで自作するよう
になっていた。そして、最近では人形やぬいぐるみを素材から作ることも始め
ていた。
元来手先の器用な彼女は売り物になるくらい見事なものを作る。特に彼女が作
るぬいぐるみはよくできているとインターネットで評判になり固定のファンが
できるくらいだった。
彼女がネットで販売に出すとたちまちのうちに売り切れになってしまう。それ
は彼女にとって今では大きなやりがいであったし、同時に生きがいにもなって
いた。また、ぬいぐるみの売り上げ金はちょっとした副収入になっていた。彼
女はそのお金で好きな人形を買ったり、次の人形の制作費用として使ってい
た。
ある日、いつも彼女が人形の材料やパーツを買うネットショップ“ふしぎ堂”
からメールが届いていた。
たいていはバーゲンセールや新しく入荷した商品の情報なのだが、それにはモ
ニター募集という見慣れない表題がついていた。
『会員様限定のご案内です。
このたび、ドールハウス・ふしぎ堂は業務提携先のアイデアル・ドール社
が先端の技術を用いて開発した“アイガール21型”の体験モニターを募
集いたします。
アイガール21型は単なる人形ではなくお客様自身が人形の気持ちを実体
験できる今までにない新しいタイプの人形となっております。
アイデアル・ドール社では近々発売を計画しておりますが、事前に女性の
モニター様から改善すべき点がないかお声を募集したいと考えています。
ご協力いただける方、詳細がお知りになりたい方は下記の問い合わせ先の
ご連絡いただけますようよろしくお願いいたします。
(株)ドールハウス・ふしぎ堂』
多恵子はその人形がどのようなものなのか知りたいと思った。
メールの続きには人形についての詳しいことは書かれていなかったが、きっと
まだ企業秘密で詳しくは書けないのだろうと思った。メールにはもしモニター
に申し込んだ場合でもそれがイヤになれば返却しても構わないと書かれてお
り、これなら試しに申し込んでみようかという気になった。それから、額は記
載されていなかったが幾らかの報酬ももらえるようであった。多恵子は厳しい
ふところ事情を考え、アルバイト気分で応募してみようと心を決めたのであっ
た。
「住所、氏名、年齢、電話番号を書いてと・・・よし、送信っ!」
多恵子がメールでモニター募集の申し込みを送ってから数日が経ったある日、
宅配業者が一つのダンボール箱を届けに来た。
宛名はアイデアル・ドール社と書かれていた。
箱の大きさはミカン箱ほどの両手で持てるほどのサイズであり、彼女が思って
いたよりも小さく、軽かった。
「例の人形が来たのかな? あれっ、でも、こんな小さな箱の中に入ってる
の?」
早速、箱を開け、中から人形を取り出そうとする。しかし、箱の中には人形ら
しきものは見当たらず、円筒状の電化製品のような機械が一つ入っているだけ
である。付属の説明書きには確かにアイガール21型と書かれている。
どんな人形が入っているのだろうと期待を込めて箱を開けた多恵子は少々がっ
かりとしながら直径20センチほどの円筒状の機械の梱包を破り、取り出して
その形を眺めた。
側面にON/OFFなどのボタンが配置されており、円筒の上部には500円
玉程度の大きさの穴が開いている。
多恵子は同封されていた紙を読んだ。
『北山 多恵子 様
このたびはアイガール21のモニターにご応募いただき誠にありがとうご
ざいます。
これより30日間、アイガール21を体験していただき、お気づきになっ
た点、感想など、当社ウェブサイトにお寄せ願います。
先ず、同封物をご確認いただき、スタートアップガイドに従ってアイガー
ルを起動させてください。
(同封物)
・トランス システム 1台
・スタートアップガイド 1冊
・説明書 1冊
・本紙
IDEAL DOLL LTD.,』
多恵子はスタートアップガイドを開き起動方法を確認する。機械はすこぶる苦
手であったが手順は簡単そうである。トランス・ システムと呼ばれる円筒状
の装置の電源を入れて起動ボタンを押すだけのようだ。
彼女はさっそく装置の電源を押してみた。パソコンの冷却ファンのような低い
ブーンという音が唸り、起動の電子音が鳴った。
(ピピピッ)
しばらく待っていると点滅していた赤いパイロットランプが緑に変わった。
次にガイダンスに従ってアイガールの起動ボタンを押す。
(ピピッ・・・ピピッ・・・)
数回の電子音が鳴った後、トランス・システムの中央の穴から煙がもくもくと
吐き出される。
「ええっ、何なのこの煙?故障?」
多恵子はその煙を吸い込んでしまい一瞬めまいのような感覚を感じた。しか
し、それは一瞬だけで、めまいのような感覚も、装置からの煙もすぐに収まっ
ていた。
「あー、あせった。ちゃんと書いておいて欲しいわね、もう・・・あれっ?私
どうしたのかしら?なんだか変な感じ・・・」
多恵子はいつもと何か違う感覚に戸惑いを覚えた。部屋を見回したがいつもと
何も変わったところはなかった。しかし、鏡にちらりと映った自分の姿を見て
呆然となった。
「えーっ!! だ、誰? 一体どうなってるの!? これが私??」
鏡に映っているのは北山多恵子ではなく見知らぬ美しい女性であった。目鼻立
ちが整ったどこから見てもとびきりの美人であり、ぱっちりと大きい黒い瞳が
少しあどけない印象を与えている。多恵子は自分自身がアイガール21型に変
身していることにようやく気がついたのだった。
「何てきれいな人・・・まるでお人形さんのようだわ・・・」
多恵子はしばらくアイガールの美しい顔に見とれていたが、ふと胸元に目をや
ると部屋着の前がパンパンに膨らんでいることに気が付いた。多恵子は恐る恐
る自分の胸に手を当てて押してみるとふにゅんと柔らかい感触が伝わった。
「大きいおっぱい・・・ F、いえ、Gカップくらいあるかも。」
部屋着を脱いでそれを確かめてみる。鏡には美しい形をした大きな二つの乳房
が映っている。肌のきめは細かく色は雪のように白い。多恵子はそれらの感触
を確かめるため乳房を下から救い上げるように何度か上下に持ち上げてみた。
乳房は柔らかくそしてずっしりと重かった。そしてそれらを両側から真ん中に
寄せてみる。柔らかな乳房が歪んで形を変え、中央に深い谷間ができるのを見
つめる。普段、Bカップの多恵子がどんなに頑張ってもできない豊かな谷間に
思わず心を奪われてしまう。
変化はそれだけではなかった。
コンビニ弁当やファーストフードのせいでプニプニと柔らかい贅肉に覆われて
いたお腹回りはすっきりとスリムになっており、女性らしい見事な腰のくびれ
ができている。
その細い腰とは対照的にヒップは一回り大きくなっており、ショーツがきつく
食い込んで尻肉がはみ出してしまっていた。
「こういう体型をボン、キュ、ボンっていうのよね。なんて悩ましい身体な
の・・・グラビアアイドルのよう・・・」
多恵子がそう思うのも当然で、アイガール21の体型は世の男性たちが理想と
するボディサイズに設計されており、そのスペックは身長163cm、スリー
サイズはB93、W60、H90となっている。バストのカップサイズはGで
ある。
多恵子はしばらくその美しい顔と身体を鏡に映して見とれていたがやがてもと
のように部屋着を着こんでスタートアップガイドの続きを読むことにした。
『アイガールへの変身が確認できましたら、身体への負担を考え、初回は15
分程度で装用を停止してください。トランス・システムの停止ボタンを押すと
元に戻れます。
明日よりモニターの方には以下の体験をしていただき、当社ウェブサイトの特
設サイトへ報告をお願いします。モニター期間は30日です。万が一、途中で
中止されたい場合はお申し出ください。
◇体験内容:
・ウォーキング(1時間)
・ジョギング(30分)
・入浴(20分)
・連続装用(24時間)
またこれらの項目の他、以下のオプションの項目を体験し、報告していただく
と別途謝礼を差し上げます。(必須ではありません)
・ランニング(1時間)
・水泳(45分)
・連続装用(7日間)
・性行為』
多恵子はガイドに従い、トランス・システムの停止ボタンを押した。
今度は装置から煙は出ることはなく一瞬で元の姿へと戻った。
「えっと、体験内容はウォーキング、ジョギング、入浴、連続装用と・・・
これくらいは出来そうね。」
体験内容のウォーキング、ジョギング、入浴、連続装用はいずれも比較的簡単
にこなせそうだった。普段運動をしない多恵子にとってジョギングは少しきつ
いかもしれないが、スピードは決められていないわけだからゆっくりと走れば
何とかなりそうだった。
アイデアル・ドール社への報告であるが、例えば入浴の場合だと20分以上風
呂に浸かり違和感がなかったかを評価する。石鹸やシャンプーがしみないか、
いつもより温度を熱く感じたり、冷たく感じたりはしないかなど。結構細かい
ことまで評価しないといけない。それをウェブサイトにアクセスして評価を書
き込むのだ。
オプション項目の場合は評価を書きこむとその内容によりボーナスが支払われ
るということだった。
「オプション項目は、ランニング、水泳、連続装用7日間、性行為・・・。
真剣に走るのはムリだし、性行為って・・・なによこれ。こんなのできる訳
ないじゃない!」
オプション項目についてはとりあえず考えないことにする。しかし、ボーナス
の金額を見ると驚くほどの高額である。もし可能性があるとすれば水泳と連続
装用7日間くらいだろうと考えた。
多恵子はベッドの中で、明日、美しい女性の姿に変身して街中を歩いてみたら
どうなるだろうかと考えると胸が高鳴った。誰にでも変身願望があるといわれ
るが多恵子も大いにその願望が自分にあるのを感じていた。