美容室のお姉さん 2

ブラン 作
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その日、僕はいつものように予約を入れ、心を躍らせながら美容室に向かっ
た。
店は大きな通りから路地を少し入ったところにあり人通りは少ない。
店の扉を開けて中を見渡すと奥のほうにお姉さんの姿が見えた。店は心なしか
ひっそりしているように感じた。
その理由はすぐに分かった。アシスタントの佐奈ちゃんが見当たらないから
だ。
普通、僕が扉を開けた瞬間に甲高い元気な挨拶がとんでくるのだが。

「いらっしゃいませ。」

お姉さんは佐奈ちゃんとは対照的に声は大きいほうではなく、落ち着いた低め
の声だ。
僕は気になるお姉さんの胸元の膨らみにチラリと目をやりながら勧められた席
へと座った。
やはりデカい。いつみてもそのデカさは際立っている。今日も白いシャツは盛
大に盛り上がり、生地をパツパツに張り出させている。僕は鏡越しに遠慮なく
その様子を観察させてもらった。いつもなら佐奈ちゃんがいるので無遠慮にお
姉さんの胸を見ることを控えるのだが、彼女がいないようなので思い切り鑑賞
することができる。
しかし、佐奈ちゃんはどうしたんだろう?休憩か、買い物にでも出かけている
んだろうか?

「佐奈ちゃんは今日はどうしたんですか?」

僕は聞いてみた。しばらくの間があってからお姉さんの答えが返ってきた。

「佐奈ちゃんは昨日で辞めました。実は……このお店、今日で閉めるんです。」

「ええっ!?」

僕は耳を疑った。信じられなかった。ここが閉店になってしまうなんて。
閉店になってしまえばお姉さんともう会うこともなくなってしまうだろう。
しかしなぜ?いや、聞くまでもない。もともと立地が悪く、客の入りもよくな
いからなのだろう。

「お客さんがこの店の最後のお客なんですよ。」

お姉さんはいつもより低いトーンで僕の後ろから話しかけた。鏡越しに明るく
ないお姉さんの顔が見えた。

「すごく残念です。」

僕は反射的にそう言っていた。心からそう思っていた。お姉さんの爆乳を差し
引いてもカットには満足していたし、店の雰囲気も落ち着いていて気に入って
いたからだ。

「実はここを畳んで田舎に引っ越すんです。娘がこんど中学に上がるのでそれ
を機会に…」

な、なんだって!?ダブルでショックだった。お姉さんにまさかそんな大きな
娘さんがいたなんて!中学に上がるということは娘さんは12歳ということに
なる。お姉さんの見た目からしてそんな大きな娘さんがいるとはとても想像で
きない。しかし……。
この瞬間に僕のお姉さんに対する恋心は崩れ落ちたのだった。
そもそもこれだけの爆乳を持つ妙齢の美人が独身でフリーなわけがないのだ。
僕の考えが圧倒的に甘すぎる。

「そうなんですか……」

僕がとても残念そうに言ったのがお姉さんにも伝わっているようだった。

「田舎といってもとなりの県ですから、近くに来た時は遊びに来てくださいね。」

引っ越し先を聞いたら見知らぬ土地ではなかったが、当然お姉さんは社交辞令
を言ってくれただけなので、のこのこと遊びにいくわけもない。それくらいの
ことは僕でもわかる。
しばらく無言の時間が流れたが、お姉さんが話を続けた。

「このあたり…都会って、その、環境が悪いでしょ?娘は悪い友達と遊ぶよう
になったりして教育にあまりよくないって思っているの。田舎だとそんなこと
もないだろうし、私も知り合いも多いから安心して暮らせると思って…。前か
ら考えていたことなんですけどね。」

お姉さんのプライベートのことを聞くのは初めてのことだった。しかも、普段
あまりお喋りでないお姉さんが僕に対してしゃべってくれるのは嬉しかった。

「私、いわゆるシングルマザーっていうやつで、母一人、娘一人なんです。
やっぱり娘のことが心配で、なんとかいい環境で育てたいって思うんです。」

今、仮にお姉さんが30歳だとすれば18歳で子供を産んだ計算になる。
シングルマザーっていうことは、お姉さんはバツイチもしくは未婚の母ってこ
とだろう。指輪をしていない理由がわかった。

「今日はどうされます?」

「いつもの感じでお願いします。」

このやり取りも今日でおしまいかと思うと僕はとても悲しくなった。