美容室のお姉さん 23

ブラン 作
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一年ほど月日は流れ、僕は大学の卒業を控えていた。
就職活動も終わり一つだけだが内定ももらっていた。このご時世、大して有名
でもない大学に通う学生にとって内定が一つ取れただけでも幸運なことだった
と思う。
仕事の内容は僕がやりたいと思っていたことだし、大きな会社ではないが福利
厚生も整っていそうだし、給料もそれほど悪くなさそうだ。
ただし、問題があった。その会社はここからはかなり離れたところにあった。
通うのはまず無理な距離だ。そう、僕は里中家を出ていかなくてはならなかっ
た。

内定が出てからお姉さんには相談していた。
さみしくなるけど会えなくなるわけではないし、週末は遊びに来てくれたらい
いじゃない?と割と前向きな答えが返ってきた。僕もずっとここに住むわけに
はいかないことはわかっていたので遅かれ早かれこういうときが来るとは思っ
ていた。お姉さんもそういうものだと割り切っているようでやっぱり僕よりも
大人だなと感じた。

さやかちゃんにはこのことを伝えていなかった。
別に隠すわけではなかったが、何となく言い出しにくかったのだ。
さやかちゃんの反応が怖かったのかもしれない。あっさりと“あっそう”と言
われて終わるかもしれないし、逆に“行かないで”なんて泣かれたりしたら
困ってしまう。
まぁ、どう考えてもあっさりパターンの可能性が高そうなのだが。
しかし、僕の卒業と就職の日はどんどんと近づいてきて、発表しておかないと
いけない時期になっていた。

リビングでさやかちゃんと二人でテレビを見ているとき、僕はそのことを打ち
明けた。
彼女の反応は予想通りだった。

「そうですか」

やっぱり、相変わらずリアクションが薄い。
現在中学3年生、彼女も卒業を控えている。次の春には高校生だ。
最近、ますます大人っぽくなり、美人度にも磨きがかかっている。学校の同じ
クラスにいたら確実に恋に落ちているんじゃないかと思う。以前はショート
カットにしていた髪を今は長く伸ばしていて黒いつやのある髪が背中まで達し
ている。髪が長くなったせいで急に大人びて見えるのかもしれない。
そして、驚くべきはあの豊かな胸元だ。また一回り大きくなっている。
部屋着の前はボインと飛び出し、三角座りでテレビを見ている彼女の胸は膝に
押し付けられて大きく変形している。外国製のブラはとうとう収まらなくなり
この前、みゆきさんと揃ってオーダーメイドのブラを作りにいったらしい。いっ
たいどこまで大きくなるのだろう?僕の知る限りもう2回もブラのサイズ
を変更している。

「母から聞いてました」

なんだ、みゆきさんがしゃべっていたのか。少し気が楽になったが、同時にな
ぜもっと早く言わなかったんだろうと後悔した。

彼女は地元のごく普通の高校に進学することになったらしい。
高校の制服のサイズを合わせにいったらサイズがなかったらしく、こちらも特
注で作る羽目になったとみゆきさんが嘆いていた。さやかちゃんのブレザース
タイル。一度は見ておきたかったなぁ。
そして、本城まいもさやかちゃんと同じ高校に進むことになっていた。
学校の先生からはもっと上の学校を受けなさいと言われたらしいが、どこまで
もさやかちゃんにくっついていくと決めているらしい。

大学の卒業式が終わると月日はどんどん進み、いよいよ僕が里中家を出るとき
が迫ってきた。引越し業者を頼んで新しい住居、会社の寮へ移る用意を整え
た。
そして引っ越しの前日、みゆきさん、さやかちゃん、本城さんの3人が手巻き
ずしパーティーを開いてくれた。ここに引っ越してきたときも確か手巻きずし
だったなぁ。里中家では何かのときにこれをやる。

「ねえねえ、先生。重大発表とかはないんですかぁ?」

相変わらず空気を読まない本城さんが僕に無茶を振ってくる。重大発表って僕
とお姉さんの結婚のことを言っているのだろうか?残念ながらその計画は今の
ところない。

「ぶー、つまんない。」

僕が“ない”と言うと彼女は本当につまらなさそうにした。
ちらりとさやかちゃんの方を見ると彼女はわれ関せずともくもくと手巻きずし
を食べていた。

楽しい時間はすぐに過ぎるもので食事は済み、本城さんは家へと帰った。また
明日僕を見送りに来てくれるという。以外にいい奴だなと初めて思った。
僕とお姉さんはかなりお酒を飲み酔っぱらっていた。順番に風呂に入って僕は
明日の引っ越しに備えて寝ることにした。


(コツン、コツン)

何の音だろう?

(コツン、コツン)

さやかちゃんの部屋側の壁からかすかに聞こえてくる。
僕は試しに同じように小突いてみる。

(コツン、コツン)

すると音がやんだ。何だったんだろう?

(コン、コン)

しばらくたって、僕の部屋の扉がノックされた。
今度ははっきりわかる音だった。

なんだろう?僕は恐る恐る開けてみる。
するとそこにはパジャマ姿のさやかちゃんが立っていた。さっきから壁を叩い
てたのは彼女だったのだ。

「いいですか?」

え、あっ……。返事をもらわないまま彼女は僕の部屋に体を滑り込ませてい
た。
いつもの夢なのだろうか?いや、違う。これは現実だ。
僕の意識は相当はっきりしていている。

「先生に言いたいことがあって」

彼女がそう言ってから長い沈黙があった。

「わたし……」

またしばらくの沈黙が続いた。僕はじれたりせずに彼女の言葉を待った。

「先生のことが好きです」

信じられない。まさかさやかちゃんが。
うれしくもあったが、それよりも何か悪いことをしたような気がしておたおた
と動揺してしまった。彼女はみゆきさんの娘。僕はみゆきさんと付き合ってい
る。娘のさやかちゃんから告白されるなんて全く想定していなかった。

「ほんとは 行かないでほしい でも先生が決めたことだから」

無表情だった彼女の顔がにわかに曇り、目の端に涙がにじんでいた。
僕は彼女の身体を抱き寄せる。彼女は涙を堪えながら僕の胸に頭をくっつけ
た。
同時に大きな胸のふくらみが腹部に押しつけられた。大きく、そして柔らか
かった。

彼女はしばらく僕の胸に頭を埋めていた。涙が頬を伝っていた。
僕は彼女の肩に手を回してその細い身体を抱きしめていた。
そして彼女に顔を近づけて唇に短くキスをした。

(チュッ)

これが僕の答えだった。


次の日の朝、引っ越し業者がやってくると僕の部屋の荷物を全て運び出してし
まった。
部屋はがらんと広くなり。僕はもうここの住人ではなくなってしまうことを感
じた。
僕は小さなリュックだけを抱えてみゆきさんの軽自動車に乗り込んだ。最寄り
の駅まで送ってくれる。後部座席にはさやかちゃんと本城さんが座った。

ローカル線の駅には僕らと駅員のほかに人はおらず、とてもひっそりとしてい
た。いつもの駅が何だかとても小さく見えた。
空は澄み渡り僕の門出を祝ってくれているかのようだった。
車から降りて、電車が来るまで三人と別れを惜しんだ。涙が湧き出してきそう
になるのをこらえないといけなかった。
お姉さんはまたすぐに遊びに来なさいよ、とつとめて明るく振る舞っていた。
でも、僕が社会人として働くようになるとそう簡単に里中家に遊びに来られな
くなることは薄々感じている。きっと遊びにきます、と答える僕にも少し後ろ
めたさがつきまとう。
さやかちゃんは少しも目を合わせてくれなかった。昨日の夜の出来事、彼女は
どう受け止めたのだろうか。

いよいよ電車の時間が近づいてきた。
ふと、本城さんが僕の腕を取り、少し離れたところに引っ張っていった。

「どうしたんだい?」

彼女は二人に聞こえないように言う。

「さやかを早く迎えに来てあげてくださいね。あの子、先生がいないとダメな
んです。先生が来るまで、わたし、さやかのことずっと守っていますから。」

電車がホームに入ってきた。
手を振る三人に僕も手を思い切り振り返した。ローカル線の電車はゆっくりと
駅を出発した。僕の頭には本城まいの言葉が繰り返し響いていた。