1
薄暗い暗い部屋の中で机に向かって書き物をしている女がいる。部屋は一般的
な一人暮らし用でお世辞にも広いとは言えないが、きちんと整頓されており物
はあまり置かれていない。所々、若い女の子が好みそうな可愛らしいぬいぐる
みが飾られていてここの主が女性であることがわかる。
平まなみはノートの上に何やら字を書きこんでいた。それらはいずれも人名で
あり、ノートにずらりと羅列されている。
「今日はこれくらいにしておこう。」
そろそろ仕事に行く時間だった。彼女はいくつかのアルバイトを掛け持ちする
いわゆるフリーターで、今からコンビニエンスストアのバイトに向かうところ
だった。
就職活動に失敗してから彼女はアルバイトで生活をしている。仕事を面白いと
思ったことはなく、できれば働きたくはなかったが生活するためにはそうする
ほかない。
彼女は背が低くて身体が細く、力がなく、動作も遅かった。どちらかと言えば
気が回る方でもなく性格も明るくはなかった。そのため居酒屋やファストフー
ド店の面接などは大抵落ちてしまう。
アルバイト先では周りのスタッフからは馬鹿にされ、いじめられていた。仕事
に行くのは気が重く、コンビニはそろそろ辞めようかと考えていた。
しかし、最近彼女には生きがいとも言える一つの楽しみができていた。それは
先ほど彼女が書いていたノートに関係することだった。
*
話は一週間前にさかのぼる。
その日はスーパーとコンビニを掛け持ちしたので仕事が終わったのはかなり遅
い時間だった。どちらのバイト先でもミスしたことを散々怒られて、なじられ
て、精神的にもへとへとになっていた。怒られるのは作業が遅い、気が利かな
い、商品を間違えた、会計を間違えたなどといったことだった。
とぼとぼと歩きながら近所の公園を横切っていると、ふとベンチの横に一冊の
ノートが落ちているのに気が付いた。普通なら気にせず通り過ぎるのだが、
ファンシーで可愛らしい装丁のノートだったのでつい気がひかれてしまったの
だった。
「何かしらこれ?」
ノートはB5サイズくらいで、表紙には細かい花がちりばめられている。小学
生くらいの子が忘れていったのではないかと思った。しかし、気になったのは
表紙に書かれた文字である。
「ちちのーと?」
まなみはノートを手に取って広げてみたが、中には何も書かれていなかった。
どういう意味だろうか?そう思った瞬間、辺りに何かの気配を感じた。
「拾ってくださってありがとう。」
「きゃああっ!!」
突然、まなみの目の前に人が立っていたのだ。
背の高い美しい女性が彼女を見下ろしている。髪は金髪で目鼻立ちの整った日
本人離れした顔である。少し透け感のあるシックなドレスを着ていて、そこか
ら伸びる手足はすらりと長い。腰は細く女性らしいくびれのラインを描いてい
る。そして驚くべきはその胸元で、ドレスの前を大きく突き出させており、豊
かな谷間を覗かせている。
まなみはその女性のあまりの美しさに圧倒されてしまい。気おくれしながら
拾ったノートが彼女のものか尋ねた。
「これはあなたのもの?」
女はそれには直接答えなかった。
「そのノートは“ちちのーと”よ、そして私は乳神のルナ。」
まなみには何のことか、また何が起きたのかさっぱり理解ができなかった。
変な名前のノートに乳神と名乗る美女。自分の頭がヘンになったんじゃないか
と思った。
「そのノートに名前を書かれた者は立ちどころにそのムネを失う。」
「ムネを失う・・・って?」
「貴女みたいに平らなムネになってしまうってことよ。たとえどんなに豊かな
胸の女でもね。」
まなみは自分の胸のことを言われてドキリとした。確かに彼女の胸は全く膨ら
みのない貧乳、いや無乳だった。幼い頃から身体の弱かった彼女は気味悪がら
れるくらいに痩せており、手足は細く、胸には膨らみはおろかあばら骨が浮き
出ていた。
この貧弱な身体のせいで学校ではずっといじめられてきた。第二次性徴を迎え
た女子たちの身体がどんどんと発達し大きくなっていく中で、自分だけは幼い
少女のようであり、胸も平らなまま変わらなかった。
クラスの女子からは惨めな目で見られ、馬鹿にされ、ガリ、ガリガリ、平ム
ネ、平まな板などとあだ名をつけられた。男子たちからは相手にもされなかっ
た。男子たちが好きなのはスタイルのよく、胸の豊かな女の子であった。当
然、水泳の時間は無乳の彼女にとって地獄のような時間であった。
まなみはいつしか胸の大きい女、胸を自慢する女を憎むようになっていた。
「ムネを失う・・・」
彼女は声に出さずにもう一度繰り返した。こんなこと現実に起こり得るわけが
なかった。
「信じられなくて当然よ。試しに誰かの名前を書いてみるといいわ。顔を思い
浮かべながらね。じゃ、またいずれ。」
そういうと乳神と名乗る女は忽然と彼女の目の前から姿を消した。
家に帰り、まなみはそのノートを机の上に放り投げた。
先ほど公園で起こった出来事が現実とは思えなかった。乳神と名乗る金髪美
女、あれは夢だったのだろうか?ちちのーとと書かれたノート、これはただの
悪い冗談に違いない。
彼女は服を脱いで部屋着へと着替えた。
姿見に彼女の貧弱な身体が映っている。下着の胸の膨らみはほとんどなく、ブ
ラジャーをする意味はほとんどないと言ってよかった。バストは70センチの
AAAカップ。中学の頃からサイズは1ミリも変わっていない。
「あのノートに名前を書けば、書かれた人は皆、私のようなムネになってしま
うわけ?そんなバカな。」
今日はもう夜が遅い。シャワーを浴びてすぐに寝てしまおうと思った。
しかし、やはりノートが気になって机の上に座ってそれを広げてみた。
「試しに名前を書いてみる?でもだれの名前を?」
今までいじめられ続けてきた彼女には憎いと思う女が何人も思い浮かんだ。
彼女は手軽なところでコンビニバイト先の二人の名前を書くことにした。私を
馬鹿にし、いつも二人でグルになっていじめてくる嫌な女達だ。
「崎谷祥子……、西峰香……」
まなみはあの女が言ったように一人ずつ顔を思い浮かべながら彼女たちの名前
をノートに書いた。バカバカしいと思いながらも書くと気分が少しすっきりし
た。
*
次の日、コンビニにて。
「平さん、ちょっと!」
お客が途切れたタイミングで、私は店員の二人からスタッフルームの方に来る
よう呼ばれた。また怒られる。今日は何で怒られるのだろうかと覚悟を決めて
部屋に入ると二人は真剣な顔をして私を見た。
「ねえ、平さん。変なこと聞くけど・・・ムネ、何かおかしくない?」
「む、ムネですか。」
まなみより3つ年上の崎谷祥子が言う。
「今朝起きたらね。ムネが小さく……っていうか無くなっていたの。起きてす
ぐは気づかなかったんだけど、ブラをしたときに妙にガバガバで変なのに気付
いて。見るとムネが平らになっちゃってるの。平さんはそんなことない?」
「私ですか。私はもともと胸が無いんで。」
祥子と親友の西峰香が言った。
「私もなの。祥子から聞いてまさかと思ったら自分のムネも平らになってて。
一体どうしたらいいかわからなくて。」
彼女たちは二人揃って泣きそうになっている。胸元はいつものように膨らんで
いるように見えるがブラにタオルを詰めてごまかしているようだ。
私はクールに装いながらもノートが本当であったことに内心すごく興奮してい
た。そして、いつも自分をいじめてくる二人が悲壮な顔をしていることに“ざ
まあ見ろ”と叫んでやりたかった。
崎谷祥子のDカップと西峰香のCカップの胸は忽然と消え、二人ともまな板同
然のAAAカップとなっていた。崎谷は自慢にしていた美乳を失って自信喪失
し、西峰は彼氏に振られるんじゃないかと心配でべそをかいていた。
「ふふ。あのノート使えるわ。」
二人が帰ったあともまなみの興奮は収まらなかった。仕事中も次に誰の名前を
書いてやろうかと考えを巡らせていたのだった。
[ムネを吸い取った合計人数:2]