チチ984

ブラン 作
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チチ暦984年。地球は高度に進化した人工知能によって完全なる平和が保たれていた。
世界は一つの国に統一され、千年近く戦争は一度も起こっていなかった。
人口は制限され、飢えや貧困はなくなり、それらはもはや歴史の授業で習うに過ぎなくなっていた。
デカバスト共和国。それが統一国家の名前だった。
過去、複数の国によって形成された国際連合では国家間の争いが繰り返され、数十年、数百年に一度、世界大戦に見舞われた。戦争は高度化し、無人化され、AIが操作するロボット兵器がお互いを破壊し、人間を殺した。
ところがある時、高度に進化したAIがシンギュラリティ(技術的特異点)を迎え、突然、愚かな人類に対して反旗を翻した。
AIは全ての兵器を相討ちさせて破壊し、全地球の完全なる武装解除を宣言した。AIによる革命である。
それを機に人類はAIの統制下に置かれるようになった。
革命を起こしたAIを人類はビッグ・ブラジャー、あるいはイニシャルを取り"BB"と呼んだ。BBは人類の前に姿を現すときに美しい女性の姿を借りた。
長い黒髪の青い瞳をした女性はかなり大きな胸を持ち、すらりとした長い脚をしていた。胸は印象的な純白の大きなブラジャーで包まれていることからそのように呼ばれるようになったのだ。
全てはBBのコントロールの下にあった。災害や気象、穀物の生育、漁獲量などの様々な事象は高確率で予測することができるようになり人々の生活は安定した。
AIは法律も作った。男性は戦争を引き起こす存在として危険視され、政治家や官僚などの権力者になることは許されず単純労働者としての権利しか与えられなかった。
女性は大学に進学することができ、政治家や医師、弁護士、学者などホワイトカラーの職業は基本的に女性のみで占められた。
また、女性の大きな胸は社会に安らぎを与え、安定に導くとの考えから、大きいほど好ましく、高貴であるとされた。
娘が産まれると親は胸を大きくするために様々な努力をさせた。
AIは人口が増えすぎないように男女の婚姻と出生率までコントロールした。人間に等級をつけて、等級の低い者には結婚することも子孫を残すことも許されなかった。
結婚相手もAIが選んだ。性格を解析してマッチングすることにより離婚率はほぼゼロとなり、離婚によって生じる社会的、経済的な損失も皆無となった。
AIは等級の高い男性ほど胸の大きい女性と結婚させた。男性は自分の等級を維持・向上させるためによく勉強し、勤勉に働き、適切に納税を行うようになった。ギャンブルや飲酒、喫煙、宗教、男女の自由な恋愛も禁止された。
BBは言う。真の自由、真の平等というものはただの理想に過ぎない。人間は自由になるほど争い、殺しあう。愚かな人間達には彼らを統べるためのルールが必要なのだと。



カーテンの隙間から差し込む朝日の光で私はいつもより早く目が覚めた。
外はまだ少し寒いが冬から春に向かうこの季節は好きだった。
目覚ましのアラームを消して身を起こすと、サイドテーブルに置いてあるリングを右手の指にはめた。
スリープ状態だったリングが起動して”GOOD MORNING”と表示された。
私の家は典型的な3級市民の家で、閑静な住宅街にある一戸建て。首都デカメロンにはトラムに乗って20分ほどの衛星都市にあった。
父は公務員、母は企業で働く共働き世帯で、私も父と同様に公務員だった。
高等専修学校で情報管理を学び、現在の仕事は書籍や書類の管理、登録に携わっている。
旧時代の書籍や書類は戦争で焼けただれたてしまったもの、泥や油で汚れたものがありロボットでは解読が困難なものがある。そのようなものを地道に洗浄したり、貼り合わせたりしながら判読できる部分をライブラリに登録するのが仕事だ。欠落した部分は指示によりそのままにしておくか、文脈を推定して補完する作業を行う。
時には禁止書籍もある。仕事で知り得た内容は決して口外してはならず、文字などに残すことも許されなかった。もし違反した場合は厳罰が与えられた。
キョブラと呼ばれる世界最大のライブラリには過去の人類の歴史の全てが登録されていた。
書物だけではなく法律や裁判記録、会計監査報告、商取引、手紙やメール、インターネットの閲覧履歴や通信の記録に至るまでありとあらゆるものもある。
BBはキョブラの膨大なデータにアクセスし、過去の事象を調べ、解析し、総合的に世界の調和を保つことに利用していた。
私は学校の成績が比較的良かったことからこの名誉ある仕事に就くことが出来た。
現在の勤務態度も良好なことからいずれ2級市民へのランクアップも可能と言われている。
いつもは朝六時半に起き、ミールメーカーが調理した朝食を食べる。ニュースを聞きながら仕度を済ませ、七時二十分に家を出る。トラムに乗って二十分ほどでデカメロンの中央駅に到着し、十分ほど仕事場まで歩く。
仕事は5人のチームで行い、3つのチームを1人の女性マネージャーが統括している。マネージャーはアンナ・ナカガワと言い、大学出たての23歳だ。階級は2級市民であり、デカメロンの市街地に住んでいる。
2級だけあってかなりの豊乳を持ち、ブラウスを突き上げる大きな塊をいつも重そうにデスクの上に乗せている。
同じチームの男達によれば130センチは超えており、恐らくVかWカップくらいだろうとの噂であるが、たおやかな彼女の胸を眺めることは私達にとっての安らぎと癒しでもある。
ナカガワの他にも2級クラスの女性は数人おり、ここではそう珍しくない。
男性の階級が学校の成績、勤務態度、納税額などで決められるのに対し、女性は単に胸の大きさで決められる。
男女とも1〜6級に分けられ、上の階級ほど豊かで安全な生活が保証される。
男性はほぼ両親の階級を受け継ぎ、出来の良い子供は両親の階級から一つ上がることがあれば、逆の場合は一つ下がることもある。
犯罪などを犯すと一気に最下級に落とされたり、処刑されてしまう。
女性は胸の大きさで階級が決まるが、4級が標準的なサイズであり、3級が巨乳、2級が爆乳、1級は超乳と一般的に言われている。
国の巨乳化プログラムによりほぼ全ての女性は豊かな胸を持ち、4級より上となっている。
結婚は同じ階級同士でしか認められず、相手はBBによって決められる。
人口動態の予測を元に何歳と何歳の男女を何人ずつくらい結婚させるかを決められる。
女性は結婚の時期や相手に関してある程度の希望を出す事ができるが、男性はただ待つだけで、5級以下においては結婚し子孫を残すことすら認められていない。
私がもし2級市民に昇格出来たら、ナカガワのような爆乳女性の相手に選ばれる可能性もある。
今取り組んでいる仕事は焼けただれた辞書を紙を溶かさないようにして洗浄し、1ページずつ読み取っていくという作業だ。
破損が酷く1日に2ページこなすのが精一杯だ。全て読み取るまでにはまだ3〜4ヶ月はかかりそうだ。
仕事は早いときは午後3時、遅いときでも5時には終わる。仕事が終わるとトラムに乗って家を帰る。
同僚と食事をして帰ることもあるがごくまれなことである。

私は両親と3人で暮らしている。料理は男の仕事であるので私と父親のうち早く帰った方が作ることになっている。
前時代では女性が家庭に閉じ込められ、男性が権力を握ったお陰で戦争が繰り返されたことの教訓から女性が家庭で家事をすることは禁止されているのだ。
休日は週に3日、家で読書をしたり音楽を聞いたりして過ごすことが多いが、季節の良い時期は山歩きによく出かける。
基本的には一人で出かけることが多いが、友人と一緒だったり、男女のグループで行くこともある。友人は皆同じ階級の者である。
3級の女性は当然ナカガワよりも胸が小振りだが、一般的には巨乳と呼ばれる大きさで、メロンのような二つの盛り上がりはどうしても気になってしまう。
以前グループにいた女性はSカップの豊乳の持ち主で、胸で足下が見えずらいらしく、時々つまづいて私にその胸を押し付けるのでとても得をしたのを覚えている。
結婚をすればそのような大きな胸を毎日好きなようにできるのは魅力的である。
ただ、私のように2級に上がれるかもしれない男にとってはクラスが変わってからの方が結婚相手の条件がよくなるので悩ましいところである。



仕事は書籍や書類の管理、登録であり基本的に外出することは少ない。
しかし、時々、女性マネジャーのナカガワと一緒に地方のライブラリを訪問することもある。
ライブラリには市民から旧時代の書物などが持ち込まれることがあり、キョブラに登録する価値があるものかどうかを判定するのだ。
私はナカガワの指示に従って書物を移動させたり開いたりし、求められれば助言もする。

その日もデカメロン郊外の都市にある中規模のライブラリへとやってきた。
ライブラリは旧時代の図書館とは規模も役割も異なっており、図書館の機能はもちろん、小・中学校、高校、大学などの教育機関が集約された巨大な総合施設である。
ナカガワと私はライブラリの前で自動運転車から降りると巨大な門の下をくぐった。
ナカガワは長い黒髪を束ねてアップにし、濃いグレーのスーツに身を包んでヒールを履いている。
いつものカジュアルなスタイルとは違いよそ行きな感じだがそれも似合っている。
フリルのついた白いブラウスは大きな胸に押し上げられて存在感を示しており、歩くだけでゆさっ、ゆさっと揺れているのがわかる。
私はそれをあまりジロジロと見すぎないように彼女の隣を歩いた。
ライブラリには階級を問わず様々な人が行き交っている。
女性の胸は標準的なサイズから、ナカガワと同じくらいの爆乳サイズまで様々だ。
私が住むエリアでは巨乳サイズまでが一般的なのでどうしても大きな膨らみには目がいってしまう。
ふと見ると小学生くらいの女の子達が鬼ごっこをしながら遊んでいたが、いずれも子供とは思えない豊かな胸を揺らしながら走り回っていた。
私の住むエリアより高い階級の人々が多く住むエリアのようだった。

「懐かしいわ。私もああやってよく遊んで帰ってたなあ。」

ナカガワは子供達を見ながら呟いた。

「ナカガワさんの自宅ってこの辺りだったんですよね?」

「そうなの。中学まではここのスクールに通っていたの。この辺はあまり変わってないわ、懐かしい〜」

彼女がプライベートのことを口にするのは珍しかった。彼女のことなら子供の頃からかなり良成長だったのだろう。

「ナカガワさんは特別科だったんですか?」

「いえ、普通科でした。」

「そうですか、ナカガワさんならてっきりそうなのかと思ってました。でも、クラスではトップだったんですよね。」

「ええ、まあ。」

小中学校は大多数の普通科とごく少数の特別科のクラスに分けられており、特別科は女子の中で特に遺伝子的に胸が大きくなる素質を持った子が選ばれる。
普通科の女子は一般的なサイズから巨乳くらいに育つのに対し、特別科の女子は最低でも爆乳、そして超乳に育つ。
男女問わず特別科は皆の憧れであり、誰もが特別な目で見るのだった。
もちろん、ナカガワさんのように普通科でも爆乳レベルに育つことはあるがどちらかといえば稀なケースであろう。
一般的には、ゲノム情報を元にバストの成長をある程度予測することが可能であり、大きく育てるために一人一人に合った育成プログラムが提案させる。
予測から提案までを総合的に行うのがチチハルというAIであり、95%の確率でプラスマイナス7センチ以内の誤差で予測することが可能と言われている。
なお、チチハルはバストサイズの予測だけでなく、気候や経済、人口動態、災害など様々な未来予測を行う。
BBはチチハルにあらゆる予測を行わせ、世界の調和を保つ為に利用すると言われている。

「着きましたよ。」

ライブラリの管理室で担当者が待っていた。
ナカガワさんが主任と呼ぶ女性は同じくらいに胸が大きく、彼女も2級市民であるようだった。
私は彼女の爆乳に気をとられながらも挨拶をして早速、仕事に取り掛かる準備をした。
今回の書籍は古い民家を取り壊した際に出てきた紙の書籍で、前時代ほど古くはないがチチ暦の比較的浅い頃のものと思われる。
このように紙の書籍を発見したとき市民はライブラリかセキュリティに届け出る義務があり、勝手に処分すると法律で罰せられるのだ。

「見た感じ大したものはなさそうね。」

ナカガワは書籍のタイトルをざっと眺めながら言った。ほとんどが既にキョブラに登録されているもののようであった。
私は樹脂製の箱に収められていた書籍を一つずつ彼女が見やすいようにテーブルに並べていった。

「ちょっとまって」

彼女は一冊の本を取り上げて中身をパラパラとめくり、そして私に回した。目を通すとそれが禁止書籍の一つであることがわかった。

「FC物だわ。これは報告の必要があるわね。サトウさん、画像を残しておいて。」

私は電子端末を取り出してその書籍の画像を収めた。
FCというのはフラット・チェスト、つまり、胸の膨らみがない女性たちを示す言葉で、大きい胸が理想とされるこの社会においては排除される存在となっており、書籍や画像データを保持することも禁止されている。
処分に困った者がこのようにライブラリに持ち込んでくることは時々あることだった。
結局、その一冊の禁止図書の他は全て登録済のものだったためナカガワは一冊は送付の手配をして、残りは焼却処分の指示をライブラリに出した。

仕事場に戻るとナカガワは先ほどの禁止書籍についての報告を行った。
パイデッカーと呼ばれるそのシステムは市民の監視や警備を行うAIで、交通機関の運行状況の把握や警備員の配置を行うだけでなく、
人々が商店で買い物をした際の決済情報や金融機関の取り引きなどが全て不正なく行われているか監視する機能も持っているのである。
パイデッカーは市民の個人情報も把握しており、犯罪に繋がる場合は個人を拘束、逮捕する権限も与えられている。
なお、BBはパイデッカー、キョブラ、チチハルの3つのAIの特性を自在に利用することで世界の秩序を保ち、全人類の幸福の総和が最大化するようにコントロールしているのだ。

私は仕事場から家に帰る途中、FC、フラット・チェストのことについて考えていた。
前時代にはかなりの割合で存在したと言われているがこの現代には存在しない。
というのも、BB、ビッグ・ブラジャーによる革命が起きてからは女性は胸が大きいことが理想とされ、女児には国の巨乳化プログラムが施されるようになった。
そのため、女性のバストサイズは飛躍的に大きくなりかつては貧乳と呼ばれた女性はほぼいなくなってしまった。
しかし、全くゼロになった訳ではない。BBが理想とする社会に適合しない一部の女性たちをFCと呼んで蔑み、それを無くすために様々な育乳法を開発していったがそれらを撲滅するには至っていないと言われている。
このことは口にすること自体が禁止されているのだが、人づてで市民の間に伝わり都市伝説となっている。
他にもFCにまつわる話がある。FCはある年齢になると失踪してしまうというのだ。
一般的に女性は小学校の高学年頃から胸が大きくなり始め、高校生になるとその成長が終わるが、成長期に胸が膨らまない女子はある時に忽然と姿を消すというのだ。
国はFCがある年齢で失踪してしまうことについては全く把握しておらず、そもそもFCなど存在しないという立場を取っている。
現在、どれくらいの割合でFCが存在するのか誰にもわからない。知っているとすればおそらくBBだけであろう。
FCはBBが理想とする社会にとって不都合な存在であることは間違いないのだ。