アイデアル・ドール ING
アイデアル・ドール社からその案内が届いたのはようやく寒さも和らいできた3月始めのことだった。
普段ならダイレクトメールのようなものはいっさい読まずに捨ててしまう僕だったが、個人的なことでゴタゴタが起こったこともあり、家で過ごす時間が潤沢にあったのでそれを開いて見てみる気になったのだ。
"アイガール22型 発売のお知らせ"
封筒を破って出てきたのはリーフレットが一枚だけだった。
両面カラーで刷られたちらしのおもて面には二十歳手前くらいのアイドルのような美少女が写っている。
どうやら彼女がアイガールらしかった。
"独自開発の高性能なトランス・システムの採用により、もはや人形とは思えないリアリティ抜群の高精細アイガールがあなたのものに"
その文章からアイガールとは人形であるらしいということはわかったものの、少しどころか、かなり不親切な広告だなと思った。
ただ、写真はどう見ても人形には見えず、実在するモデルの女の子のように見えた。
裏面を見ると説明が簡単に書かれていた。それによれば、アイガールとはアイデアル・ガール、つまり、"理想的少女"を意味し、アイデアル・ドール社が販売する商品であること、トランス・システムという電子デバイスを介して自分の体にアイガールをトランス(転移)させられるということ、さらに顔以外の部分、つまり、身長やスリーサイズなどは自由に設定が可能であることがわかった。
しかし、価格についてはどこにも表示されておらず、あまりにもこの装置が非現実すぎて一体いくらくらいなのか想像もつかなかった。
裏面の下側には問い合わせ先とショールームの案内が載せられていたが、ショールームは都心の高層ビルの上層階にあり、IT関連企業などが集まることで名の知れたハイソサエティなビルであることがわかった。
「あそこには何度か行ったことがあるが、こんな会社まで入っていたんだな。この機械が本物だというのならアイガールとやらに変身して自由にオモテを歩くことができるな。」
訳あって外を自由に歩けない僕にとって利用価値のあるものかもしれないと思った。
少しネットで情報収集を試みてみたがアイガールやアイデアル・ドール社について満足な情報は得られなかった。しばらく考えた後、僕はその会社にアポを取ってみることにした。
実際にそのショールームを訪れてみようというのだ。
*
僕がその不思議なリーフレットを受け取ったときからこの奇妙な話は始まるのだが、その前に僕自身のことを少し話しておかねばなるまい。
ハラダ・ノブヒコ、29歳。職業を聞かれるとなんと言って良いかいつも困るのだが、月並みな言葉で言うと実業家ということになる。
学生時代にアルバイトで貯めた金をFX(外国為替証拠金取引)で運用するとそれが一気に増えて億の単位になった。
その金で有望そうなベンチャー企業の未公開株を買うと知らないうちにそのいくつかが上場されて高値がつき、資産は何十倍、何百倍にもなった。
今では個人資産2000億円と世間から噂されているが、実際のところその額は僕にもよくわかっていない。
何しろ僕の買ったいくつもの会社は常に驚くほどの収益を上げているし、そこから得られる収入は時事刻々と膨れ上がっているからだ。
なので合算して正確な数字を出すことはとても手間がかかるしそれが大して意味のある行動とは思えないのだ。
自分では金持ちになったプロセスを積極的に言わなかったが、テレビの番組で取り上げられたのをきっかけに取材や出演依頼が殺到し、いわゆる時代の寵児ということになった。
経済系の番組やワイドショーのコメンテーター、バラエティ番組のパネラーなどをこなしていると有名人ということになり私生活では顔を指されることが多くなってしまった。
僕に対して好意的な人々もいるにはいるが、どちらかと言えば反感を持っている人たちの方が多かった。
その感情の大多数は羨みと妬みであろうと思われる。
SNSには心無い言葉が書き込まれ、いわゆる炎上することがしばしば起こったので、僕はいくつかのアカウントを閉じてしまっていた。
もともと孤独を好むたちの人間だったから世間からつまはじきにされても特に何とも思わなかった。
僕の悪評を加速させたのは女性関係の噂だった。
容姿は取り立てて良くはなく、あまり女性にモテるタイプではなかったが、テレビに出るようになってから女性のほうから寄ってくるようになった。
もちろん僕が相当な金持ちでテレビに出ている有名人であるからであり、自分の名前を売ろうと目論んで近づいてくる人たちは少なからずいた。
僕が関係を持ったのはタレントやグラビアアイドルが多かったが、女優、アナウンサーなどとも関係を持ったことがあった。
女性たちと会話していて脈がありそうだと思ったら僕から食事に誘った。
その後、ホテルに向かい一夜を共に過ごした。
もちろん超一流のレストランとホテルを使うので金はかかるが僕にとっては大した金額ではなかった。
ひとつ付け加えると、僕は巨乳・爆乳の女性が好みで、見た目でFカップ以上の女性を選んで付き合っていた。
そのため、世間から巨乳ハンターと不名誉なあだ名がつけられてしまったが、それでも僕に寄ってくる女は絶えることはなかった。
やがて、女遊びにも飽きてしまいしばらく女性との接触がない空白期間ができたのだが、そんな時にある番組でまた一人のアイドルの女の子と知り合いになった。
彼女のことについて詳細はまた後で語ることとして、とにかく僕は10歳下の売れっ子アイドルと付き合い始め、そしてそれが週刊誌にスクープされてしまって世間をかなり大きく騒がせることになった。
彼女はアイドル活動を無期限休止し、僕は彼女の熱烈なファンたちから執拗に追跡され、嫌がらせをされることとなってしまった。
一度は数人の男性ファンに取り囲まれてボコボコにされそうになったが、運良く警察官が通りかかってことなきを得たということもあったくらいだ。
そういう訳で、ほとぼりが醒めるまで僕は外に出ないようにしていて、食事や買い物なども全て宅配で済ませるようにしているのだ。
*
久しぶりに上着の袖に腕を通し、外へ出かける準備をした。
地下駐車場にハイヤーを呼び、それに乗って例のビルへ行けばほぼ誰にも姿を見られずに済む。
僕のマンションの周辺には記者がうろついているが、誰が乗っているかわからないハイヤーを追いかけてくることはしないだろう。
リスクがあるとすればビルに着いてからそのショールームに行くまでの行程くらいだが、その間に変なトラブルに巻き込まれる可能性は低いだろう。
僕は黒塗りのハイヤーの後部座席のシートに身体を沈め、平日の午前の街をひっそりと走り15分ほどでそのビルへとたどり着いた。
ビルの地下駐車場で降りてエレベーターに乗り込んだが誰一人とすれ違うことはなかった。
エレベーターが52階で止まると洗練されたショールームの入口が見えた。
受付らしきカウンターに進んでいくと美しい女性のスタッフが僕を迎えた。
「いらっしゃいませ。ご予約などはされてますでしょうか?」
自分の名前を伝えると美女はニッコリと微笑みを浮かべた。
「ハラダさまでいらっしゃいますね、
お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
女性はカウンターから出てきて受付横の自動ドアへ進んで僕を中へと案内した。
彼女はモーターショーのキャンペーンガールのような少し近未来風の衣装を着ていたがそれがここのユニフォームであるらしい。
タイトで短いスカートから伸びる二本の真っすぐで美しい脚が眩しかった。
中に入るとまた別の美しい女性が現れた。
「いらっしゃいませ。本日担当させていただく"柏木"と申します。よろしくお願い申し上げます。」
二十代半ばの若く美しい女性で、適度に膨らんだ胸元には名札がついており、それに柏木アイリと名前が表示されていた。
この子も受付の子に劣らず美人だなと思った。
「どうぞこちらへお掛けください。」
案内されたテーブルの椅子に腰掛けると良い香りのするハーブティーが運ばれてきた。
ティーカップを置いた女性もまた相当な美人であったが、このときようやく僕は彼女たちがアイガールなのだということに気がついたのだった。
「少しお時間をいただいてアイガールについての説明をさせていただいてよろしいでしょうか?そのあとに実際に何体かのアイガールを紹介させていただきたいと思います。」
僕が同意すると彼女はテーブルの上のタブレットを操作してモニターに紹介用のデータを映し出した。
数分の映像を見せられた後、彼女から補足的な説明を受けた。
アイガールとはトランスシステムと呼ばれる装置を介して生身の体を仮想的な体にDNAを再構成し、本物そっくりの別な体に作り変えることでできる人形の一種である。
システムにパーソナルデータを登録しておけばほぼ一瞬のうちにアイガールに転移(トランス)することができ、スマートフォンと連動させることも可能らしい。
すでに世界で300体を受注しており、日本での販売はこれからということだが、ご購入いただける可能性のあるお客様から紹介を始めているとのことで僕はそのリストの上位にいるようだった。
というのも、この装置がかなり高額だというのがその理由だ。
アイガールは個体ごとに違った顔をしており、所有者のパーソナルデータとアイガールの個体番号が紐付けられて管理される。
トランスシステムは所有者にしか起動できず、他人がトランスすることはできない。
これは犯罪などの悪用を防止するためだということだ。
顔はどれも美人ばかりに造られていると言うわけでもなく、至って普通の見た目という設定もある。
これは出来るだけ目立たない風貌で街中を歩きたいという声に応えたもので政治家やセレブ階級にニーズがあるのだという。
ただ、このショールームには10体が用意されているが、初回販売は美人タイプのみということだ。
僕はそれらの立体映像を見せてもらったがいずれ劣らぬ美女ばかりであった。
「では、ハラダ様。ご試着できるアイガールを準備しておりますが、よろしいでしょうか?」
説明が一通り終わったところでアイガールのお試しを勧められた。
僕のパーソナル・データをトランスシステムに書き込むことで試着用に準備されたアイガールに5分間だけトランスすることができる。
興味が湧いた僕は試着をさせてもらうことにした。
「こちらがトランスシステムとなっております。ワイヤレスアクセスでハラダ様のデータを書き込ませて頂きました。」
その装置の実物は思ったより小さいものでスマートスピーカーのような見かけだ。普段は時計としても使えるそうだ。
「こちらの画面をご覧下さい。」
そういうと彼女は手にしていたタブレットの画面をこちらに向けた。
アイデアル・ドール社が開発した専用アプリが入っており、アイガールへの転移やその他の様々な設定を行うことができる。
「これをお持ちになって、そしてこちらをタップすればアイガールへ転移します。」
僕は勧められた通りにタブレットを受け取り、画面をタッチした。
一瞬だけ周囲がふっと真っ白なった気がしたが、痛みや目眩などを感じることはなかった。
驚いたことにタブレットを持つ手が僕のものではない白く美しい手に代わっていた。
「こちらへ。鏡の前にどうぞ。」
鏡には20代と思われる黒髪ロングの若い女性が写っている。
目鼻立ちがくっきりとした美しい顔をしており、アイドルか女優だと言われても疑わないだろう。
着ている服が僕のものなので、僕に転移したということがわかる。
背は160センチほどだろうか、僕よりも10センチ以上低いので目線がいつもと違う。
僕の服はアイガールには大きすぎるみたいで少し不格好だ。
「いかがですか?身体を動かしてみてください。」
顔に手をやって頬をつねってみるときちんとその感覚が伝わってくる。
手を上げたりその場で足踏みしたりしてみたがまるで自分とかわらない。
腰に手を当てると驚くほどウエストが細いことに感心してしまう。
胸や尻、股間なども触って確かめたいところだったが店員の手前、そういうことは差し控えた。
「驚いたな、これが僕なのか。」
声帯を通して出た声は聞き慣れないキュートな声だった。
「誰でも最初は驚かれます…では、髪型を変えてみましょう。タブレットに表示されているアイガールの頭をタッチしてください。」
指示された通りにタッチすると、髪型の一覧が現れた。
試しにショートヘアを選んでみると、次の瞬間、その通りに髪が短くなった。
「髪色も変えてみてください。」
ピンク、茶、銀など色を選ぶとそれに応じて髪色も変わる。
銀髪ショートカット娘に変身した僕を鏡で確認した。
「今回は髪を変えただけてしたが、実際には体型エディット機能で身長、スリーサイズなどボディのサイズを変えることができます。また、年齢も10から30歳の間で変更が可能です。」
「年齢も?」
「はい。もちろん、実際に年齢が変わるわけではなく見た目が若くなったり、歳をとったりと変化するだけになりますが。」
そう言いながら柏木さんはもう一つタブレットを取り出して、画面をタップした。
「私も実はアイガールなんですが…今、25歳の設定になっています。それを15歳に変更してみますね…」
すると見た目が一瞬のうちにあどけさの残る少女の顔へと変化した。
柏木さんはそれの見た目に合わせて身長を低く、体をさらにスリムに調整すると本当に15歳の少女のようになった。
「すごい技術だな」
僕は感嘆の声を漏らした。
気になったのはボディサイズも変更できるという点だった。
グラビアアイドルにも勝る爆乳ちゃんにでも変身できるということなのだろう。
「変更できるボディサイズに制限はあるんです?」
「はい。例えば身長の初期設定は163センチですが、200センチまでは変更が可能です。スリーサイズについては基本的にいずれも100センチまでとなっています。」
バスト100センチか。一般的には十分な数字だが、乳フェチの僕からするともう少し大きくできてもいいのにと思ってしまった。
予定の5分間が終わり、僕は元の姿へと戻った。
体への負担を考慮してその時間が定められているが、自分専用にチューニングし、それに体を慣らせば時間制限はなくなるという。
柏木さんはアイガール1体の見積り書を僕に提示した。
そこにはとんでもない高額が記載されていたが、払えない金額ではなかった。
僕はすっかり買う気になって、このショールームにある10体の立体映像を順番にもう一度見せてもらった。
「いま注文したら納期はいつになります?」
「ご、ご注文ですか!確認しますのでしばらくお待ち下さい。」
一般サラリーマンの生涯年収を軽く超えるような価格である。
普通ならもっとよく考えてから買うのだろうが、僕はあっさりとサインをして仮契約を済ませてしまった。
*
その装置が送られてきたのは代金を振り込んでから約三週間後だった。
アイデアル・ドール社の契約した宅配業者が厳重に梱包された箱を大事そうに抱えてやってきた。
それを受け取ってサインし、中を開けると簡単な説明書と小さなトランスシステムが入っていた。
もしかして騙されているんじゃないだろうか、装置など全て偽物で今ごろあのショールームはもぬけのからになってたりしないだろうかと少し不安になる。
しかし、その心配は単なる杞憂に終わった。
トランスシステムを電源に繋ぎ、僕のスマートフォンでその電波を探してワイヤレス接続する。
スマホにアイデアル・ドール社のアプリをインストールし、トランスシステムと連携させる。
それだけを済ませてアプリケーションを開くとガイダンスが始まった。
"こんにちは!わたしはあなたのアイガールです!"
スマートフォンの画面上に女の子が表示されていて、その子が僕に話しかけているようになっている。
"わたしの名前を教えてください"
僕は少し考えて何気なく浮かんだ"はるか"という名前を入力した。
"はるか…わかりました!はるかちゃんですね?さっそく転移しますか?"
イエス。画面にタッチすると目の前の景色が歪んだかと思うと次の瞬間、僕はアイガールになっていた。
「おおっ…」
鏡に写った姿を見て思わず感嘆の声をあげた。
予め立体画像では見ていたが、実物も非常に良く出来ていて美しかった。
試着のアイガールは目鼻立ちのくっきりしたハーフ美女系だったが、僕が選んだのはどちらかと言えば日本人的な顔立ちの正統派の美人だった。
肌は白くてキメが細かく、当然だがシミやニキビもない。
しばらく美しい顔に見惚れていたが、他の体の部分も確認したくなった。
着ていた部屋着を捲り上げて脱ぐと、つるりとした白い腹部が見え、適度な大きさの乳房が現れた。
胸はDカップというところだろうか、大きすぎず小さすぎずで、お椀型をした完璧なカタチの胸だ。
乳首はピンク色をしていてツンと上向いている。
(むにゅっ)
柔らかい。
本物のおっぱいの感触だった。
適度な弾力があり、両手で揉み上げると手に吸い付くようで心地よい。
手のひらにぴったりくるサイズ。最近、女性とご無沙汰だったので思わず股間が反応しそうになった。
下はどうなっているのだろう。
部屋着の下をおろして下半身も裸になると、あの部分には僕のアレがなく、薄く陰毛が生えそろっているだけだった。
あそこの部分も忠実に作り込まれているようにみえる。
ウエストはキュッとくびれ、ヒップは小ぶりで形がよく、脚は細くまっすぐで美しい。
まるで二次元から飛び出してきたような生まれたままの姿の美少女だ。
僕は真っ裸のままあぐらをかいて座り、スマートフォンの画面に出ていた
"スタートアップ・ガイダンス"というメッセージを読んだ。
「トランスは成功です。初日は身体への負担を考え、1時間以内の装用をお願いします。また、2日間は外出はせずに部屋の中で過ごしてください。アイガールとの同調性を高めるために必要な期間です。また、物理的、あるいは、精神的に強い刺激が加わった場合、トランスが解除されることがありますのでご注意ください。」
アイガールとの同調性(シンクロニティ)が低いうちは、何かの拍子に変身が解けてしまうので外出しないようにということらしい。
そして、使えるエディット機能も髪型と髪色のみで、ボディサイズの変更機能は約一週間後の解除になるということがわかった。
アプリのステータス画面は身長163センチ、スリーサイズは84・58・83と表示されていたが、しばらくはこのままだ。早く体型を変化させてみたいと思っていたがやむを得ない。
「髪を変えてみるか…」
初期設定は黒髪でストレートのロングヘアとなっている。
長い髪はつやつやと美しいが、慣れないので少し持て余しそうだ。アプリでポニーテールやツインテールにして束ねてみたもののもう少し短くしたいと思った。
肩までの長さに変え、さらに短くするなど色々と試してみた。しばらく悩んだあげく、ボブショートにすることにして髪色は栗色に近いブラウンにした。
あまり変な色にすると街中で目立ちすぎてしまうからだ。
髪が決まったところで、自分が素っ裸だったことに気づいて部屋着を着たが、この子の着せる服がないことに気がついた。
「服を一式揃えないとダメだな。あと下着なんかも必要だ。」
僕はネットで彼女に着せる服や下着をいくつか選んで買うことにした。
今日注文すれば明日には届くだろう。
それを身につければ外を歩いても誰からも何も言われない、そう考えると心が踊った。
身体への負担を考えて1時間でトランスを解除して元の姿に戻った。