アイデアル・ドール ING

ブラン 作
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泉あきなから返事が来たのは夜遅くになってからのことだった。

"ノブくん??"

彼女のメッセージは短文であることが多い。

"やあ。元気だった?"

"やあ。じゃないわよ!!"

"色んな連絡方法を試したんだ。でもこの方法が使えるなんて考えなかった。"

とりあえず釈明をするしかない。オンラインゲームでメッセージが送り合えるなんてことを本当に知らなかったのだ。

"私のことなんかすっかり忘れてた?"

"そんなことないって"

"こっちは3ヵ月以上ずっと家に籠ってるわ。GPSで監視されてるし、スマホの中もチェックされてる。犯罪者でももう少しマシな生活してるわよ。"

メッセージの文字の勢いから彼女がかなりストレスを抱えていることが伝わってくる。恋愛禁止の掟を破った罪で事務所から相当酷いお仕置きを受けているようだった。

"僕も基本はずっと家だよ。世間は収まりかけているけど、僕らのことをネタにしようって連中はまだたくさんいるからね"

アイガールの姿で毎日うろついていることは彼女には黙っておく。そんなことを言うと説明が大変になるからだ。

"事務所は私をできるだけ早く復帰させたいみたい。だからほとぼりが冷めるまで外にも出るなってことらしいの。"

"一歩も外に出てない?"

"そうよ。でもネトゲやってたら勝手に時間が過ぎるし、今日は何日だっけ?って感覚になる。正直あれからもう3ヵ月経つって実感がないし。"

うら若き乙女がずっと外にも出ずに一日中ゲーム漬けとは不健全極まりない。

"なぁ?そっちに遊びに行っていい?"

"そっちって?この家のこと?そんなの無理に決まってんじゃん!見つかって追い返されるだけ"

彼女が住む芸能人専用のマンションは僕のところよりもセキュリティが厳しく、エリアによって男性、女性、ファミリーが区分けされている。女性エリアに男が入ればたちまち警備員がやって来る。

"大丈夫。ちょっとした変装をしていくから。絶対にバレない方法でね"

"捕まってもわたし知らないわよー"

僕は明日、彼女の家に行く約束をしてからゲーム機の電源を落とした。



次の日のトランスレポートでシンクロレートが今までより伸びたことがわかった。1日で5%以上増えたのは初めてで恐らくジョギングを体験した効果なのだろう。


『4月○日のトランスレポート

なまえ:はるか
トランスタイム:17時間12分
シンクロレート:71.4%(+5.3%)
シンクロレベル:3

アイガールに色んな体験をさせてさらに同調性を高めましょう!
人とたくさん会話するとさらにシンクロレートの向上が見込めます。』


アドバイスにはもっと人と会話するように書かれている。確かに今まで服屋やスポーツ用品店の店員と喋ったくらいで会話という会話もしていない。だが今日、泉あきなと会えば嫌でも会話するだろうから心配はない筈だ。
問題と言えば、彼女が僕の姿を見てどんな反応を示すかということくらいだろうか。

ここで泉あきなのことについて触れておきたいと思う。
彼女との出会いはあるバラエティ番組での共演だった。彼女は人気アイドルグループ"チーム47"の中で5本の指に入る人気メンバーの1人である。
"チーム47"は全国の都道府県代表の美女を集めたグループであり、年末の国民的な歌謡イベントにも出場経験のある人気グループである。彼女はその静岡県代表となっている。
明るく元気な女の子たちが多い中で彼女は少し異彩を放っている。というのも、見た目は正統派アイドルだが少し憂いのある雰囲気を備えており、大人しく、積極的には発言しないタイプの女の子だからだ。
どのような場面でも自分では前に出ず、後ろからサポートする役回りをしている。悪く言えば"暗そうな子"なのだが、これが一定のファン層から熱狂的な支持を受けている。
番組収録のときも彼女は決められた通りのことをポツリポツリと喋った程度であった。
僕は彼女に何か内に秘めたものを感じたが、自分より10歳も年下の売れっ子アイドルに手を出すつもりなど全くなかった。
だから、彼女の方から「連絡先を交換してくれませんか?」と言ってきたときは完全に意表を突かれてしまった。
収録前に軽く挨拶したくらいで、特に二人で何かを喋ったりした訳でもないのになぜ向こうの方から声を掛けてくるのか正直なところ理解できなかった。
僕に言い寄ってくる女は、金が目当てか有名になりたいかのどちらかの場合が多いが、彼女にはそのどちらも必要そうではなかったからだ。
もちろん僕がこのチャンスを物にしない訳はなく、連絡先を交換した上で近いうちに食事に誘うと約束を取り付けたのだった。
その後、しばらくショートメールを送り合うくらいでお互いのスケジュールが合わず食事に行くことができなかったが、1ヶ月ほど経ってようやくその機会が訪れた。
僕はハイヤーで彼女のマンションまで向かいにいくと帽子、サングラス、マスクで顔を隠した彼女を車に乗せた。
彼女が車に乗った瞬間、香水かシャンプーかわからないがとても良い香りがしたのを今でも記憶している。
帽子を取って長い黒髪をバサリと肩に落とすと、サングラスとマスクを外して僕ににっこりと微笑んだ。誰がどう見てもカワイイ笑顔に僕は一撃でハートを掴まれてしまった。
車の後部座席に人気アイドルと2人きりというシチュエーションにも気分が高まり、何気ない会話をするも声が上ずってしまっていたと思う。
世間に顔を知られた両名なので、しばらくドライブデートを楽しんでから隠れ家レストランへと向かった。そこでフレンチのコースを食べ、酒を少し飲み、庭園を散歩した。
客は1日に二組までというレストランを貸し切っていたので庭園には僕たち2人しかいなかった。
少し飲みすぎた彼女はよろめいて僕の腕を掴んできた。僕はそのまま彼女と腕を組みながら園内をゆっくりと歩いた。
帰りの車の中ではお互いの手を握り、そして揺れる車の後部座席でキスをした。その後は予約してあったホテルのスイートルームでふたりきりで過ごした。
こんなことが何度かあり、二人のスケジュールが会うと車の中やホテルの部屋で会った。
お互いに忙しく月に一度会えれば良い方だったが、僕たちは色んな話をして、一緒にご食事をし、酒を飲み、セックスをした。
彼女と付き合い始めてわかったのは、世間で思われている清楚なイメージとは全くかけ離れているということだった。
僕と2人でいるとき彼女はよく喋ったし、性格は自由奔放で大胆、性的なことにも積極的だった。それに加えてイメージと異なったのは意外に胸が大きいということだった。
初めて彼女の裸を見たとき、細い手足と華奢な体躯に似つかわしくない豊かな双球に目が釘付けになった。
僕の反応を予想していたかのように彼女は「驚いた?Fカップあるのよ」と少し誇らし気に言った。僕が巨乳好きであることは既にわかっていたのだろう。
普段は清純派のイメージを保つために小さ目のスポーツブラを着けたり、時にはサラシを巻いたりしてボリュームを抑えているそうだ。
確かに彼女のブラジャーのサイズはF65だった。だが、服の上からではそれがそれほど豊かであるとは想像できず、彼女がいわゆる隠れ巨乳であることを知る人はほとんどいなかった。
僕はそれを知る限られた人間であり、またそれを自由に触れられる権利を持つ男であることに自負心がくすぐられたのだった。
しかしそのような彼女との関係は、ある日突然終焉を迎えた。2人がホテルで密会する様子が写真週刊誌に載ってしまい世間が大騒ぎになってしまったからだ。
彼女のグループでは恋愛が禁止されていたので無期限謹慎の処分が課されることとなりそれ以降、自宅に引きこもっている。

僕はその彼女に会いに行くための準備を始めた。シャワーを浴びてから遅めの朝食を食べ、ようやく慣れてきたメイクをした。そして、部屋着から外行きの服へと着替えた。白いブラウスに長めの紺のスカートという姿はまるで新任の女性教師のようだ。
Kカップの胸が勢いよくブラウスの生地を押し上げている。
泉あきながこの胸を見てなんて言うだろうか。設定を変更してサイズを小さくすることも可能だが、彼女には巨乳・爆乳好きであることは既にバレているのであえてこのまま行こうと思う。
マンションの前にタクシーを呼んでそれに乗り込む。彼女の家までは車で30分弱くらいだ。途中に彼女が好きなシュークリーム屋があるので寄って行こう。
自由に外に出られないからこういうモノは喜ぶんじゃないかと思った。
道が混んでいて少し時間がかかったが、見覚えのある彼女のマンションの前までやってきた。
ここまでは彼女を送るのに何度か来たことがあるが、中に入るのは初めてのことだ。
入口には正面玄関と裏口があり、正面はホテルのようにドアマンが立っていて受付がある。それよりも住民専用の裏口から入る方が人に見られなくて良いと彼女から教わっていた。
僕は建物の横手に回ってそちらの扉から中に入った。
かなりの高級マンションであり僕のところと変わらないくらいの価格はしそうだ。裏口であっても一般的なマンションのエントランスくらいはあった。
さらに自動ドアがありオートロック式になっているので、部屋のカギを挿し込むか、部屋番号を打ち込んで家の人を呼び出して中からロックを解除してもらうかをしないといけない。
僕は聞いていた部屋番号を打ち込んで彼女を呼び出した。

「……はい」

インターホンからあきなの声が聞こえた。

「僕だよ」

「………」

何も返事がないままロック解除の電子音が鳴って、扉がゆっくりと開いた。