21世紀も折り返し地点を迎えようかというそのころ、日本では重大な社会問題が表面化していた。もともと21世紀初頭から、欧米各国の猛追をしりめに世界一の超乳大国として君臨していた日本であったが、ここにきてより大きな変動が生じたのだ。とはいっても国民の平均バストサイズそのものは2030年をすぎたあたりから安定傾向にあり、2045年の一斉調査においてはトップ-アンダー差が約55cmのSカップとなっている。それではどのような問題が発生したのだろうか。
そのヒントは、女性のバストサイズの分布の推移にあった。2015年に初めて行われた全国一斉発育調査において、18歳の女性の平均バストサイズはトップ-アンダー差約38cmのLカップであり、その平均値を中心に正規分布を描いていた。つまり、統計的にも世間的にももっとも多い18歳女性のバストサイズはLカップであった。しかし次の2020年調査では平均値が約44cmにもかかわらずピークが30cmと60cm、さらに2025年には平均49cmでピークが23cmと75cm、そして2030年には平均54cmでピークが20cmと87cm、といった具合に急激に「ふたコブらくだ」型の分布を見せるようになったのである。そして2045年、すなわち最新の調査においては、先ほど述べた通り平均トップ-アンダー差が約55cmであるにもかかわらず、バストサイズ分布のピークは17cmと93cm、すなわち世間的にはDカップとZ++++++カップがもっとも多くなっているのだ。それゆえ平均値にあたるSカップの女性はそれほど多くないという、一見すると不思議な現象が発生しているのだった。
ではなぜこのような二極化が起こったのかというと、実ははっきりとした原因はいまだ特定されていない。いくつかの仮説が挙げられる中、有力なものを紹介するならば、
○男性の好みが従来の「ほどほど」から「極巨大」「極微小」に二極化し、それに合わせて変化したから
だとか、
○バストサイズをつかさどる遺伝子が、量的なものから質的なものに変化したから
などといったあたりだろう。(後者については、難しすぎて理解している人の方が少なそうだが。)
では、この二極化によって実際に起こる問題とはどのようなことだろうか。まず一つ目に政府が挙げたのは、トップ-アンダー差100cm以上の超々乳か、それ以上にカテゴライズされる女性の大幅な増加である。18歳女性の半数がトップ-アンダー差93cmの正規分布に属する2045年現在、なんと全女性人口の約20%が超々乳以上とされることになる。さらにトップ-アンダー差150cm以上の超々々乳でも約7%、200cm以上の超々々々乳でさえ1%以上は存在することになる。もちろんこれまでも超乳クラス以上の女性に対するサービスや社会保障――超乳専用車両やグラマークラスなど――は存在していた。しかし女性をとりまく現実は一層厳しくなり、そろそろ国家レベルでのてこ入れが必要になってきたと発言する知識人も少なくなかった。
そして二つ目、より具体的な問題として政府が掲げたのが、超乳女性の雇用の悪化である。21世紀初頭に不況を脱し、順調な成長を続けてきた日本企業にとっても、超乳女性の雇用に関しては慎重にならざるを得なかった。なぜなら、超乳女性を雇った場合、貧乳(失礼!)女性を雇った場合と比べて様々な経費が重くのしかかるからである。まず一つ目に制服の問題。超乳社員の制服は、生地の面積だけでも貧乳社員のそれの数倍にもなる。さらには入社後の"発育"によって制服を数カ月単位で新調せざるを得ない場合も多々あるのだから、経費削減の努力をしたい企業にとっては厄介者に他ならないのだ。次に備品の問題。超々乳クラスになると、デスク上に占める乳房の割合は馬鹿にならず、より広い面積のデスクを用意せざるを得ない。さらに超々々乳クラスでは、バストの重さがゆうに50kgを超えることもあり、チェアもより耐久性の高いものが必要となってくる。そして3つ目、一番の問題はセクハラなどによって会社が損失を受けるリスクの増加である。いわずもがな、やはり女性的な魅力を振りまいている超乳社員は、どうしても男性社員の標的になりやすいのだ。そしてセクハラを訴えた女性社員によって、金銭的・社会的に大きな痛手を追ってしまう企業が続出したため、次第に大きなバストは雇用面で不利とされるようになったのである。ちなみに2045年度の高卒就職内定率は、男性が88%、女性が68%と開きがある。しかし実際は貧乳女性では85%、超乳女性では51%と、男性とほぼ拮抗している貧乳女性に対し、超乳女性が脚を引っ張っていることは明白である。
そこで政府は、超乳女性の就職率低下に歯止めをかけるためとして、『胸囲雇用機会均等法案』を国会に提出した。この法律は読んで字のごとく、バストの大きさによって何びとも雇用機会を妨げられないことを謳ったもので、20世紀終盤に制定された男女雇用機会均等法と同様の性質をもったものである。なお、この法案が法律として制定されるにあたり、いくつかの有名企業に対して試験導入が促された。そしてこの春高校を卒業する一人の少女が、偶然にもその試験導入中の企業の面接を受け、はれて合格通知を受け取ったのである。
彼女の名は桜庭小冬(さくらば こふゆ)、年は18歳。文字通り、ピチピチボインボインの新社会人だ。彼女は高卒での就職は不利とされている、いわゆる超乳女性の方に属していた。とはいっても、そのバストは世間でいう超々々々乳以上であり、例の法律試験導入が無かったらとても就職には漕ぎ着けないような規格外の大きさだった。ちなみに1年前の就活期間に作成した(健康診断票ならぬ)発育診断票によると、身長160cmながら、スリーサイズは上から299cm、64cm、93cmとなっている。本人はちょっと肉付きの良いウェストとヒップに恥じらいを感じているようだが、周りの人間にとってはバストの存在感のほうがよほど気掛かりである。
さて、いよいよ入社式当日。真新しいスーツに袖を通した小冬は荷物を手にし靴をはくと、玄関の鏡を見つめながら深呼吸をした。
「よし、大丈夫よ小冬!今日から頑張ろう!」
そう自分に言い聞かせると、腕をまっすぐ上に伸ばし、大きく深呼吸をした。その動きにシンクロするかのように、黒いスーツに包まれた大きなバストが上へ下へとバウンドする。
「スーツはOK、靴はOK、バッグはOK、と。あ、危ない危ない財布を忘れるところだった!」
そしてすべての準備が整ったことを確認してから一言「行ってきます!」という元気な声を残し、彼女は駅の方へと歩いていった。最寄駅につくと高校時代からお世話になっていた超乳専用車両に乗って、会社へ向かったのだった。
超乳専用車両にゆられ、路線を乗り継ぐこと2回、家を出発してから30分ほどして会社の最寄駅へと到着した。小冬が駅へ降り立つと、同じ電車に乗っていたらしい若いスーツ姿の人たちでホームはごった返していた。
「うわ、すごい……。みんな私と同じ会社の人たちなのかな?」
そんな独り言をもらしながら小冬は小走りに改札へと向かった。すれ違う人たちは、揺れ動く小冬のバストを驚きの表情で凝視するのだが、本人はそんなこと気にならない様子である。なんとも得な性格である。
会社に到着し、無事にホールで入社式を済ませた小冬は、新人研修のためにやや小さな別室へと移った。そこで初めて会社の制服を受け取った彼女は、入社の喜びを改めてかみしめる。
「う〜ん、やっぱりOLは制服からよね。さっそく更衣室で着替えなくちゃ!」
先輩の案内で更衣室に通された小冬は、来ていたスーツをいち早く脱いで着替えを始める。ブラウスとスカートを脱ぎ、下着姿になった小冬は、ほかの新入社員たちの注目を集めるのに十分であった。小冬のバストからすぐに話題の花が咲き、早くも打ち溶けることができたのである。中学・高校のときも、同じようにして初日から友達を増産していった彼女の特権であるともいえる。
ひとしきり同僚たちに胸を触らせてあげた小冬は、さきほど受け取った会社指定のブラウスを着ようとした。が、まったく持って胸囲りが足りず、ボタンを締めることができない。それもそのはず、この制服は彼女が就職活動中に申告したバストサイズ、すなわち299cmを基に作ったものであり、彼女の胸は一年前よりさらに発育を重ねていたのだから。現在のバストは推定314cm。(なぜ推定かというと、彼女の行きつけの店では3mのメジャーしかなかったため、正確なサイズは図れなかったためである。)カテゴリでいうなら、超々々々々乳に片足を突っ込んでいるという、モンスターバストなのだ。しかたなく先輩の許しをもらって自前のブラウスに着替えると、その上から会社指定のベストを着てなんとかボタンを締め、大きく丸みのあるヒップをスカートに押し込めて研修会場へと戻った。
研修はまず自己紹介から始まった。先輩社員による模範的な自己紹介のあと、新入社員が一人一人前に出て自分の出身や座右の銘を披露するといった形式である。さて、間もなくして小冬の番になり、彼女は緊張しながらも堂々とした歩きを意識して新入社員が見つめる真正面に立った。見たこともないような巨大乳を持つ少女の登場に、会場からざわめきが聞こえてくる。そんなこと気にする余裕もなく、小冬は大きく深呼吸してからしゃべり始める。
「○○高校を卒業して、本日××株式会社に入社しました桜庭小冬です。好きな言葉は、大は小を兼ねる、です。」
会場からドッと笑いが漏れる。
「高卒間もないということで至らない点も多くあるかと思いますが、温かい目で見守ってください。よろしくお願いします!」
彼女は懇親の力を込めてお辞儀をすると、さらにそのままの勢いで体をもとに戻す。その瞬間!彼女の胸を押さえつけていたベストのボタンが大きな音を立てて弾き飛んだ。ボタンは目にも止まらぬ速さで真正面にいた男性社員の眉間に命中し、意識を失った彼は倒れてしまった。
「ご、ごめんなさい!ああん、卒業式で校長先生に当てちゃったから、今日は注意してたのに〜。」
そんな声が会場に響くと、再び会場は笑いに包まれた。
さて自己紹介が終わってからは、グループに分かれてのブレインストーミング訓練が始まった。机を四角形に並べて、題材を決め討論が始まった。そして次第に白熱してくるにつれ、小冬の胸の躍動も激しさを増してくる。
「いえ、私はそうは思いません!」
左どなりに座った男性社員の発した意見に意義を唱えるため、小冬は体を90度回転させながら立ち上がる。その体の動きに遅れることコンマ数秒、片方だけで30kg以上はあるかという彼女の"ミサイル砲"が、男性社員を直撃する。彼はなぜか一瞬満足げな笑顔をたたえた後、鼻血を出して気絶し担架で運ばれていった。
「あ〜ん、今日はなんかツイてない!」
そんなことを言いながら勢いよく腰を下した小冬(の周辺)を更なる悲劇が襲う。彼女のバストが長机の端に叩きつけられたとたん、テコの原理で反対側が浮き上がり、そこに座っていたこれまた別の男性の顎を直撃したのである。「どうせなら……おっぱいで……ぶたれ……うぅ!」そんなメッセージを残し、彼もまた途中退場になったのだった。
さて、その後も研修は続き、新しい課題が課されるたびに小冬のバストは猛威を振るった。パソコンを使用しての簡単な文書作成練習では、ディスプレイとキーボード、マウスを胸で覆いつくして作業が思うようにはかどらず、気がつけば本体ファンを塞いで熱暴走させてしまったのだった。また昼食休憩で訪れた社員食堂では、そこにいた全員の注目のまとになった上に、おいしさのあまり食べすぎて、自前のブラウスのボタンとスカートのホックが壊れそうなのを同僚に指摘されたりもした。
そして社会人としての長い1日が終わり、いよいよ研修も終了式を迎えたというとき。小冬は慣れない環境におかれた疲れからか、社長の訓示を列の最後尾でウトウトしながら聞いていた。
「あと少し、あと少しだから頑張れ小冬!」
そんな自分への励ましもむなしく、小冬は真正面に向かって目を瞑りながら倒れてしまった。知っての通り、超々々々々のバストは重い。彼女の前に並んでいた社員たちは文字通りドミノたおしとなり、あげくの果てに社長までもを巻き込んで止まった。顔面蒼白なほかの社員たちをよそに、当の小冬はすやすやと寝息を立てて、うつぶせに床に臥している。やっぱり超乳女性を雇ったのは失敗だったのか。人事担当は頭を抱えながら、今後も起こるであろう小冬旋風を乗り切る画策を練るのだった。嗚、超乳化社会の受難は尽きない。
おしまい