私の悩み その4

Ecoli 作
Copyright 2006 by Ecoli all rights reserved.

「さやか、もう8時だからそろそろ起きて。お姉ちゃんそろそろ大学に行ってくるからね。」
「う…ん、わかった、起きるよ……。」
「ほらほら、ぜんぜん目が開いてないじゃない。それとママは仕事があるからってもう家を出ちゃったから。朝ご飯は温めて食べなさいよ。」
「うん、わかった。それじゃお姉ちゃんも行ってらっしゃい。」
今朝はお姉ちゃんの声で目が覚めました。しばらくして玄関のドアをお姉ちゃんが通った音が聞こえたので、私もそろそろと思ってベッドから降りました。パジャマのまま顔を洗って、お母さんが作っておいたご飯を食べた私は、シャワーを浴びようと思い浴室へ向かいました。普段の朝は時間がないからシャワーなんて浴びられないんですが、今日は修学旅行の振り替えで休みなのでゆっくりと過ごせます。

脱衣場で長袖長ズボンのパジャマを脱ぐと、ショーツ一枚姿の自分が鏡に映ります。お母さんとお姉ちゃんは、「寝るときにもブラを着けてないと形が悪くなるよ」なんて言っていますが、そもそも私には形を気にするほど胸が無いから関係ないですよね……。鏡の向う側には、いつも見ている筋肉質な体つきがありました。だけど今日の私の姿は、昨日までとはどことなく違います。なんて言うか、ちょっと丸みを帯びたような……。
「太ったかなぁ?やっぱり修学旅行先で名物をたくさん食べたしな。」
そんなことを思いながらおそるおそる体重計に乗る私。デジタル表示の目盛りは50.5を示します。
「あれ、いつもと同じだなぁ。それにしても50キロの壁は厚いことといったら……。」
身長が162kgあり骨太なわたしにとって、50キロ以下に減量することは夢のまた夢でした。べつにこれといって太っているわけじゃないんですが、50キロ台と40キロ台では天と地ほどの差があるように思えます。いわゆる女心ってやつなんです。

浴室に入った私は、頭から順に顔を洗い始めました。髪の毛、顔、首、腕、そしてピンク色の突起が乗った、平らな……。
「あれれ、平らじゃなくなってる?それになんだか柔らかい。」
胸を洗おうと石けんを泡立てた両手で触れた瞬間、私は異変に気づきました。いつもの私の胸は、それこそ男の子のように筋肉が乗っかっているような感じなんです。でも今日の私の胸は違います。わずかではありますが、膨らみかけた柔らかい乳房がそこにありました。そして恐る恐る手で覆ってみると、真ん中らへんには「しこり」のようなものがあります。
「これが友達がいってた成長の兆しってやつかも……。ということは、昨日の薬が効いてる?」
すごい勢いで全身を洗い終えた私は、脱衣場に戻って体を拭き、その高鳴る胸にブラを着けました。
「うわ、先週まではこのブラぴったりだったのに。そうだ、パッドをはずせば……。」
ブラを裏返し、愛用の極厚パッドを引っ張り出します。これでぴったりなら昨日から3センチ増、証真証明のAカップです。
「やった、ぴったり!これで私もAカップだ!って、なんだか低レベルなことで喜んでるよね、私。」
そんな独り言を言いながらも、私は笑うのを止められませんでした。中学3年生ともなれば、Aカップなんて当たり前、場合によっては当時のお姉ちゃんみたいにFカップとかGカップなんて子も学年に数人はいます。でもこの3センチの成長は、まわりのみんなにとっては小さな一歩でも、私にとっては大きな進歩に変わりありません。しかし、そんなことを考えながら休日を過ごしていた私に、その晩悲劇が訪れようとは思いもよりませんでした。

「ただいまー。あれ、どうしたのさやか、何か良いことでもあったんじゃない?」
夜になり、帰ってきたばかりのお姉ちゃんは私の顔色をすぐさま読み取ったらしく、質問を投げかけてきました。
「さやか、今朝起きたら胸が大きくなってたらしいのよ。ついにパッドを入れなくてもAカップになったんだって。」
キッチンに立っていたお母さんが横から説明を入れました。
「へぇ〜、よかったじゃない。もしかして昨日の薬が効いたんじゃない?お姉ちゃん、さやかの胸がいつまでも小さいこと心配だったから、ちょっと安心したわ。もしかして妹じゃなくて、弟なんじゃないかって思ってたから。」
「もう、からかわないでよ。それよりお姉ちゃんのほうこそ今日は妙に嬉しそうじゃない。何かあったの?」
「そうそうそれがね、お客さんから告白されちゃったんだ。」
お姉ちゃんはバイトを始めてまだ半年くらいだけど、1か月に1,2回くらいは男の人から声をかけられるらしいです。でもお姉ちゃんは「見た目だけで判断されても困る」と言って全部断ってるとか。同じ顔をしているのに、クラスの男子から「マッスルコング」なんてあだ名を付けられる私と違って、やっぱり女らしい体のお姉ちゃんはモテるからうらやましいです。
「また告白されたんだ?今度はどんな人?」
「それがね、まだ中学3年なんだって。しばらく前からちょくちょくお店に来て、いつもケーキを1切れずつ買ってたの。たまにジャージ姿で来るところをみると、サッカー部かバスケ部っぽいかな。ちょっと小柄だけど、なかなか格好良かったわよ。」
お姉ちゃんの話を聞いていた私は、ふと雄太くんを思い浮かべました。サッカー部で小柄で中学3年生。まさかとは思いながらも、お姉ちゃんの話の続きを聞きます。
「でね、やっぱり年も年だし、私は丁寧に断ったんだ。そしたら『せめて名前だけでも教えてください』って言われたから教えてあげたの。そしたらその子、なんでか知らないけどすごく驚いた表情を見せて、『珍しい名字ですね』だって。やっぱり中学生だな、かわいいななんて思っちゃった。」
「それでお姉ちゃん、その相手の名前は聞いたの?」
私は意を決してお姉ちゃんに聞きました。考えていたことは一つだけ――雄太くんじゃありませんように――と。
「たしか……オザワユウタくんって名乗ってたわね。もしかしてさやかの同級生だったりする?」
「う〜ん、聞いたことある気がするけど……わからないや。あ、私自分の部屋に戻るね。」
あまりのショックに「小沢雄太くんなんて知らない」という嘘をついた私は、自分が情けなくなってそのまま布団にもぐりこみました。
「小沢くん、お姉ちゃんと私が姉妹だって気づいただろうなぁ。それでもやっぱり胸が大きいお姉ちゃんの方が良いんだろうなぁ」
そんなことをボーっと考えているうちに、私は眠ってしまったんです。

しばらくしてトイレに行きたくなり目を覚ますと、時計は深夜2時をさしていました。もちろんママもお姉ちゃんももう寝ています。夕飯をろくに食べなかった私はおなかがとても減っていたので、トイレから出ると台所へと向かいました。
「私もお姉ちゃんみたいに胸が大きかったら、雄太くんは告白してくれるかな。でもそんなこと言われても……。」
そんなことを考えているうちになぜだか私の中にやり場のない怒りがこみあげてきました。そして「胸さえ大きければ、胸さえ大きければ」という言葉が頭の中をグルグルと回り始め、気がつけば昨日の薬を規定量の5倍、15粒も飲んでいたのです。それだけでは止まりません。ほろ苦い薬を牛乳で流し込んだ私は、何か食べるものはないかと冷蔵庫を開きました。運の良いことに、冷蔵庫の中にはお姉ちゃんがバイト先から持ち帰ってきたケーキが今日もたくさん並んでいます。そのなかから手当たり次第に生クリームを使ったものを取り出すと、怒りに任せて一気に食べたんです。
「太ったっていいんだ。どうせ痩せたって雄太くんは振り向いてくれないし。」
そんなことを言いながらケーキを5個平らげた私は、歯も磨かないまま自分の部屋へともどりそのまま寝てしまいました。

ここまでが3日前までの私の悩みです。