昨日で3連休が終わり、今日は私たち中学3年にとって修学旅行後はじめての登校日。いつもなら連休中の生活が抜けきらずに寝坊でもしてしまいそうなものですが、今日の私は違いました。
「おはよー、ママ!」
「おはよう、ほの……、じゃなくて さやか。驚いた、今日はずいぶん早いのね。雨でも降るんじゃないかしら。」
ママが驚くのも無理ありません。だって、普段は目覚まし時計だけじゃ起きられずに、ママやお姉ちゃんに叩き起こされてばかりの私が、いつもより1時間も早く食卓についたんですから。
「茶化さないでよね。今日は大事な用があって、早く行かなくちゃいけないんだから。」
「大事な用って、日直当番でも回ってきたの?」
「う〜ん、まぁそんなとこかな。それじゃいただきます!」
私はそう言うと、ママが運んできてくれた朝食を食べ始めました。お味噌汁、御飯、焼き魚と順に箸を付け、そろそろ食べ終わるというころに、今度はお姉ちゃんが起きてきました。
「おはよ〜、ママ。それにさやかも。今日は早いのね。」
「おはよ、お姉ちゃん。今日は大事な用があるからね。」
私は軽くウィンクをしながら、ママに言ったのと同じセリフをお姉ちゃんに返しました。お姉ちゃんは私の言っている意味を察したらしく、ウィンクを返しながらこう言いました。
「そっか、昨日そんなこと言ってたね。うん、頑張ってきなよ。」
「ありがとうお姉ちゃん。頑張ってくるよ。それじゃごちそうさまでした。ママ、今日も美味しかったよ。」
そんな私たちの不可解なアイコンタクトを読み取ったのか、ママはジロジロと私たちの顔を見まわしました。
「あなたたち、ママに何か隠してないわよね?」
「そんなことないよ、ね、お姉ちゃん?」
「そうそう、べつに何もないよ。あ、さやか、例のアレ、あなたの部屋に御いておいたわ。」
「ありがとうお姉ちゃん、大事に使うね。」
頭の上に疑問符を浮かべたままのママは放っておいたまま、私は自分の部屋へと向かいました。お姉ちゃんが言った通り、「例のアレ」は私のベッドの上に綺麗に並んでいました。私はそれを一つ一つ持ち上げ、決意をあらたにして、学校へ行くための身支度を始めたのでした。
「いってきまーす!」
いつもより1時間早く家を出て、いつもより少し暗い通学路を通り、ほどなくして私は学校につきました。でも下駄箱で上履きを履いた私が最初に向かったのは、教室ではなく音楽室。階段をあがり、人気のない廊下を歩いて音楽室の扉の前に立つと、ふいにピアノの音が聞こえてきました。私は少しだけ扉を開き、音の主が「あの人」であることを確認すると、足音を消して「あの人の」の背後に立ちました。そして1曲終わるまで演奏を聞いてから、精いっぱいの拍手を送ったのでした。
「あれ、さやかちゃん、いつからそこにいたの?」
驚きの表情を浮かべて振り返った幼い顔は、私の親友、荒川瑠璃ちゃんでした。
「ゴメンね、驚かすつもりはなかったんだ。それにしてもピアノ上手だよね。私感動しちゃったよ。」
「ありがとう。でも珍しいね、さやかちゃんもこんな時間に音楽室に用があるの?それに……、なんだかさやかちゃん雰囲気変わった?」
首を傾げて私の顔と胸元を交互に見る瑠璃ちゃん。そんなあどけない表情を見た私は、一瞬これから話すことをためらってしまいそうでしたが、意を決して話を切り出しました。
「実はね、瑠璃ちゃんに大事な話があって来たんだ。……好きな人のことなんだけど……。」
「もしかしてさやかちゃんも告白するとか?いいなぁ、相手は誰なの?同じクラスだったりするの?」
「うん、クラスメートだよ。でも驚かないで聞いてくれる?相手は……小沢雄太くんなんだ。」
瑠璃ちゃんは一瞬ハっとしたかと思うと、返す言葉を探すかのように瞬きをくりかえし始めました。私はさらに続けます。
「だから修学旅行で瑠璃ちゃんが告白するって言ったとき、ドキっとしたよ。でも瑠璃ちゃんのことは本当に応援してた。それだけは信じて。」
「……ちゃんと話してくれてありがとう、さやかちゃん。私なら大丈夫だよ。あの時さやかちゃんは私を応援してくれた。今度は私がさやかちゃんを応援する番だよね。」
「ありがとう瑠璃ちゃん……。思い切って話して良かったよ。」
「うん、頑張ってさやかちゃん!さやかちゃんならきっとOKもらえるよ!」
そんな激励の言葉を受け取った私は、たまらず瑠璃ちゃんを胸に抱き寄せました。身長差15センチの瑠璃ちゃんの顔はちょうど私の胸元に収まります。
「さやかちゃん、痛……くない?え?え?」
いつもはそこにあるはずの頑丈な胸板がなく、代わりにバレーボール大のバストがあることに気づいた瑠璃ちゃんは、いっそうの驚きを隠せずに私の顔を見ました。
「えへへ、この胸のことはまた今度ゆっくり話すよ。そろそろ朝のホームルーム始まるから戻ろ!」
私はそういって両腕から瑠璃ちゃんを解放すると、彼女の手を引いて教室へと向かったのでした。
教室へ行くと、そこには修学旅行の熱気を帯びたままのクラスメートがすでにたくさん来ていました。旅行先でとった写真を見せあいながら、たった3日前の思い出を語り合うみんな。そんな友達とそこそこに話を交わしていた私でしたが、心中は穏やかではありませんでした。なぜなら私には、人生初めての告白という修学旅行に勝るとも劣らぬ大イベントがあったのですから。幸い、修学旅行の話に夢中になっている友達のなかに、私の体の変化に気づく人はいなかったように思います。そして今にも壊れてしまいそうな精神状態のまま授業を乗り切った私は、ひそかに心の中で決心を固めました。
「帰りのホームルームが終わったあと、雄太くんに……。」
「これでホームルームを終わりにします。それではさようなら!」
先生の掛け声がかかった次の瞬間、私は雄太くんの席に目を向けました。いま雄太くんは一人、だれとも話していません。チャンスは今しかない。そう思った私は、グッと拳を握りしめて雄太くんの元へ向かい、話しかけました。
「雄太くん、いまちょっといいかな?」
「ん?なんだ、さやかちゃんか。何か用?」
雄太くんは私の顔を見て一瞬気まずそうな顔になったように思えましたが、次の瞬間にはいつものさわやかな笑顔を見せました。その笑顔は私の決心を少しだけ鈍らせましたが、私は続けて話します。
「これから用事とかあったりする?あのさ、良かったら一緒に帰らない?話したいことがあるんだ。」
「なんだよ、急に。まぁいいよ、今日は部活休みだから。」
そういうと雄太くんは机の上に出ていたノートをバッグにしまいこみ、教室の外へと歩き出しました。私は彼の背中を追いかけながら、教室の方を振り返りました。幸い、後ろの壁に張ってある写真に夢中になっている人がほとんどで、私と雄太くんに気づいている人はいません。……ただ一人を除いては。
「(さやかちゃん、頑張って!)」
瑠璃ちゃんが私の方を見て、口パクでエールを送っていました。
「(ありがとう瑠璃ちゃん、じゃあまたね!)」
私も口パクでお礼を返すと、もう下駄箱の方へ行ってしまった雄太くんの背中を追いかけたのでした。
「ところで話ってなんだよ?」
校門を出たところで、不意に雄太くんが聞いてきました。
「うん、それがね。なんていうか……。」
そこまで言ったところで、次の言葉が出てこなくなりました。しばらくの間、二人を沈黙が包み込みます。
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言いなよ。なんのために一緒に帰ってるんだ?」
「ゴメン、そうだね。実はね……私、雄太くんのことが好きなんだ。だから……雄太くんさえよければ付き合ってほしいの。」
私はそこまで言い終わったあと、顔が熱くなり、鼓動がはやくなるのを感じました。
「……ありがとう。でも俺、実は修学旅行のときに告白されて断ったばかりなんだよ。」
「瑠璃ちゃんのこと?うん、知ってるよ。私と瑠璃ちゃんは仲いいもの。それに今朝、瑠璃ちゃんに告白のこと相談したんだ。そしたら、応援してくれるって。だから決心がついたの。」
「……そっか。でもそれだけじゃないんだ。俺自身も、先週ずっと好きだった人に告白して振られたばかりなんだ。」
「それって……ケーキ屋の店員さん、ううん、私のお姉ちゃんのこと?」
ここまできたら後には引けないと思った私は、畳み掛けるようにして聞きました。雄太くんはこちらをチラッと見てため息をつくと、宙を眺めながら話し始めました。
「やっぱり知ってたのか。でも俺、あの店員さんがお姉さんだとは全然知らなかった。今こうやってよくよく見ると、そっくりだよな。なんで気づかなかったんだろう。」
「お姉ちゃんと私はそっくりだって言われるけど、雄太くんは私じゃダメなの?」
「ダメだなんて言ってないだろ?言ってないけど……。ゴメン、俺、おまえのお姉さん見たとき、自分が大きな胸じゃないと好きになれないことに気づいちゃったんだ。だから……。」
ややうつむき加減の顔を赤らめながら、雄太くんが話しました。ああやっぱり。1週間まえまでの私なら、ここで諦めていたところでした。でも今は違います。私はその場で立ちどまりました。しばらくして雄太くんが立ちどまり、私の方を振り向いたのを確認してから、私はしゃべり始めました。
「それも…大きい胸が好きなことも知ってたよ。だけど私は諦められなかった。諦めなかったから……私は一歩前進できたの。」
私はそういうと、着ていたスプリングコートとブレザーを脱ぎました。これはお姉ちゃんが中学のときに着てたもので、今朝ベッドの上に並べておいてくれたものです。ブレザーのボタンに窮屈に押し込められていた胸が、本来の盛り上がりを取り戻します。雄太くんは口を半開きにしたまま、そこに立ちつくしています。私は一歩また一歩と彼に近づくと、彼の背後に回り、彼の背中にそっと体をあずけました。
「……やわらかい。でもどうして……。先週見たときはそんな胸じゃなかったはず。」
「うん、そうだよ。なんでこんなになったかって言うと……。」
私は昨日起きたことを話し始めました。
*****
昨日、つまり3連休の最終日の朝、目が覚めた私はまずパジャマを脱ぎ、胸の様子を確認しました。前日の朝測ったとき97センチのFカップだった胸がどれだけ大きくなったか、すぐにでも知りたかったのです。
「昨日ほど急激には大きくなってないみたい……。」
そう言いながら鏡の前に立ち、私は自分の胸を測り始めました。ママの職業がら、私もサイズを測るのは慣れています。おそるおそる巻きつけたメジャーのメモリは、100センチを少し超えたあたりをさしていました。
「100…2センチってところね。それじゃカップはHカップかな?」
私はため息をつきました。もうどこから見ても立派なバストを手に入れた私。それでもぬぐいきれない不安は、お姉ちゃんという大きすぎる存在があるからに他なりません。
「やっぱり3錠じゃ効き目が薄いのかな……。どうしよう、こんなんじゃ雄太くんが振り向いてくれるかどうかわからないよぉ。」
そういうと私は雄太くんの顔を思い浮かべました。大きな胸が好きで、お姉ちゃんに告白をした雄太くん。私は彼をどうしても振り向かせたいんです。
「……迷っててもしょうがないよね。もうこうなったら、お姉ちゃんにメロンBBを買ってきてもらうしかない。」
そういった私は着替えを済ませると、お姉ちゃんの部屋に向かいました。Fカップのブラからは盛大に胸がはみ出し、来ていたブラウスは今にもボタンが弾けとびそうな状態でしたが、そんなことを考えている時間は残っていません。
「お姉ちゃん、お願いがあるんだけど!」
お姉ちゃんの部屋のドアを開けた私は、開口一番声を出しました!
「ああびっくりした!おはようさやか。……あらあら、そんな小さい服着てみっともない。私の貸してあげるよ。」
お姉ちゃんはクローゼットを開けて、かわいらしい刺繍の入ったブラウスを取り出しました。
「で、お願いって何?またショートケーキが欲しいのなら、あんまり期待しないでよね。」
「あのね……この前の胸の薬、また買ってきて欲しいの!」
お姉ちゃんはこちらを向き直すと、ややあっけにとられたような顔で話し始めました。
「さやか、あなたもう十分成長したじゃない。もうこれ以上大きくする意味がどこにあるのよ?そもそも今何カップあるの?」
「さっき測ったらHカップだった。」
「ほら、中学生でHカップだなんて、大きすぎるほど大きいじゃない。私が中学を卒業するときGカップだったから、それよりも大きいわよ。」
「だってお姉ちゃんはKカップなんでしょ?私より3つも大きいじゃない!」
私はつい大きな声を出してしまいました。その様子にお姉ちゃんは驚いた様子でしたが、何かを察したようにゆっくりとした口調で聞きかえしてきました。
「何かあったの?お姉ちゃんでよかったら話してみなよ?一人で悩むなんて、さやからしくないじゃない?」
「……うん。」
お姉ちゃんのやさしい口調にたしなめられた私は、すべてを話しました。修学旅行で瑠璃ちゃんが振られたこと、お姉ちゃんに告白したオザワユウタくんが知り合いなこと、そして私が思いを伝えるために胸を大きくしたいこと……。
「だからお姉ちゃん、メロンBBをもう1回買ってきて!」
私はそう言いました。その私の真剣な顔を見たお姉ちゃんは、今度は少し悪戯っぽく笑ってしゃべり始めます。
「ねぇさやか、プラシーボ効果って知ってる?」
「ぷらしーぼ?何それ?」
「日本語では偽薬効果って言ってね。いい?ここからは心理学の勉強よ。重病の患者にただのビタミン剤を渡して、これは良く効く薬だ、って教え込んでから飲ませるの。そうすると、ビタミン剤だ、って言って渡した患者よりも治りが早くなる。簡単に言うと、これがプラシーボ効果よ。」
「プラシーボ効果のことは分かった。でもそれは今関係ないでしょ?」
「そんなこと無いのよ。ほら。」
そういうとお姉ちゃんは、私の持っていたメロンBBの空きビンを手にとり、おもむろにラベルを剥がしはじめました。するとメロンBBと書かれたラベルの下から、「マルチビタミン」の文字が出てきたんです。
「え、じゃあもしかしてこの薬って……。」
「だましててゴメンね、実はこれ、プラシーボ効果の実験だったの。お姉ちゃん大学で心理学習ってて、その課題だったのよ。」
そういうとお姉ちゃんはペロっと舌を出して見せました。
「それじゃお姉ちゃん、私の胸はこれ以上大きくならないの?」
「そんなことないわ。いい、ちょっとこっちに来てごらん。」
なぜかお姉ちゃんは来ていた服を脱ぎ、上半身下着姿になりました。
「いい?これも心理学の勉強よ。ピグマリオン効果っていうの。お姉ちゃんの胸を良く見て。触ってみてもいいから。いい?あなたは私と同じ、ママの血を引いてるの。だから絶対に大きくなるわ。それを忘れないで。寝る前にも自分の理想とする胸を頭に思い浮かべてから寝てみて。そうすれば……きっと上手く行くわ。」
私は勧められるがままにお姉ちゃんの胸を触りました。私のよりも一回りも二回りも大きい柔らかな塊に、私の指が埋まりまっていきます。
その夜私はお姉ちゃんに言われたことを思い出し、自分の胸に手をあてながら何度も繰り返しました。
「私もお姉ちゃんのようになりたい!きっとなれる!そして雄太くんも……。」
私は奇跡を信じ、眠りについたのでした。
*****
「私、胸さえ大きければ雄太くんに振り向いてもらえると思って……。でもお姉ちゃん言ってた。これは薬のせいじゃなくて、れっきとした遺伝なんだよって。」
「そんなこと言われても、すぐに信じられるものでもないしなぁ。」
私の説明を聞いた雄太くんは、まだ半信半疑といった感じで私の胸を見ました。
「……でも、さやかちゃんの思いは本当に伝わってきたよ。だから……。」
「だから?」
雄太くんの目が私の目をまっすぐに見据えます。1分か5分かそれとも10分か。いままでに体験したことのないような沈黙が私たちを包み込んだそのとき、雄太くんが再び口を開きました。
「……これからは、よろしくな。」
そういって差し出された右腕を思い切り引っ張り、私は彼を胸元へと抱き寄せました。
「うわ!よせよ、恥ずかしい!でも……こんなに柔らかいもんなんだなぁ。」
「もう、雄太くんのエッチ!」
「はは、ゴメンゴメン。それじゃエッチついでに聞いてもいいかな?あのさ……何カップあるの?」
私は雄太くんの意外な問いに少し戸惑いながらも、彼の耳元でそっとささやきました。
「もう!男子って本当にエッチなんだから!……114センチのMカップよ……。」
そのあと私たちは、お姉ちゃんの通っているケーキ屋さんに行きました。
「いらっしゃいませ!あら、こんにちはオザワユウタくん。今日は何にしましょう?」
いつもの悪戯っぽい笑顔でお姉ちゃんは雄太くんに笑いかけます。
「それじゃこのショートケーキを、ひとつ……じゃなかった、ふたつお願いします。」
「はい、かしこまりました!ではこちら700円になります。ありがとうございました!それと……。」
お姉ちゃんは少し前かがみになり、雄太くんの耳元に顔を近づけてこう言いました。
「うちの妹、よろしく頼むわね。泣かせたりしたら、この店出入り禁止よ!」
「はい!もちろんです!」
「もう、お姉ちゃんたら!それに雄太くんも、今お姉ちゃんの谷間のぞこうとしたでしょ!」
私たち3人は、お店の中で顔を見合わせて笑ったのでした。
1週間前までは「マッスルコング」なんてあだ名を付けられ、貧乳に悩んでいた私。でも今のスリーサイズは上から114-62-95。もう小さすぎる胸のことで悩む私はどこにもいません。でも、これからは違う悩みに立ち向かって行かなければなりません。それは……。
「せっかくお姉ちゃんから借りたブラとショーツと制服、もうキツキツだよ。卒業までもつかなぁ?」
これが今現在の私の悩みです。 おしまい