転生 一日目―2

F_able 作
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 照りつける夏の日差しに、アスファルトから陽炎が立ち上る。
 俺と優衣は、街で一番大きなショッピングモールに足を運んでいた。優衣はキョドっている俺を尻目に、淡々とした足取りで中に入っていく。俺はと言えば、周囲から感じる視線に耐えるのがやっとだった。
 何を隠そう、こんな体だ。周りにいる群衆が、特に同世代の男の視線が、俺の体のあちこちに突き刺さるのが分かる。俺だって可愛い女の子が目の前を通ったらじっとその子を見るし、当然の行動だとは思うが、女になって見てその辛さがよく分かる。小さめのブラに絞められて窮屈な胸を意識しながら、俺は優衣と共に店内を進んでいく。
「……で、何買うんだっけ……?」
「水着」
 確認の為に質問したのを、優衣はごく当たり前のように返した。俺は深いため息をついて、がっくりと首を垂れた。

 俺がここまで落胆する理由。それは、他でもない妹に起因する。
 実はこの妹、優衣は……何と言うか、目立つのだ。

 優衣はどちらかと言うとクールな性格で、喜怒哀楽の落差がそれほど無い。いつも眠たそうな目をしているが、常時眠いわけでもない。怒る時は静かに怒りを露わにし、笑うときは少し目を細めて微笑む程度だ。それでいて物事ははっきりと歯に衣を着せずに述べるので、一緒にいるときは少し肝が冷える。
 中学三年生女子らしいちょっと小柄な背丈と、お袋譲りの栗色の髪の毛を短めのツインテールに纏めている姿は、それだけで可愛らしい印象を与える(と、兄である俺は思う)。それに加えて、胸が……これもお袋に似たのか、なかなかに成長が著しい。同級生が時々家に遊びに来るが、その子たちと比較しても、明らかに優衣の胸は大きいのだ。小柄な体躯に不釣り合いなほど恵まれたバストに水着など纏ってみれば、その破壊力たるや世の男子諸君が垂涎するレベルだろう(と、兄である俺は思う)。これが俺と無関係な女ならいいのだが、我が妹ときたものだから、始末に負えない。しかも、俺に対しては油断しきってしまっているのか、風呂上りにバスタオル一枚で俺の前を横切ったり、平気で「最近ブラがきつくて」などと雑談を持ち込んだりするのだ。
 つまりは、スタイル抜群の姉妹(姉は中身が『兄』なのだが)が公衆の眼前をウォーキングしているわけである。この光景に目を奪われない男性がいるだろうか。

「お姉ちゃん、通り過ぎたよ」
「あ、ああ……悪い」
 優衣はさっさとショップの中に入ってしまって、俺は急いで後を追う。
 店内は色取り取りの水泳関係グッズで埋め尽くされている。それほど人が多いわけでもないが、優衣と同じように水着を買い求めに来たであろう若者たちがちらほら見受けられた。知っている顔は無いのがせめてもの幸いか。
 優衣はまっすぐに女性水着のコーナーに向かって行き、俺はその様子を遠巻きから眺めていた。なんせ、男の俺がビキニなんぞ眺めてたら怪しまれるに決まってるし……。
「お姉ちゃん、これどうかな」
 そう言って、優衣は水色のビキニを手に取り、体に宛がった。
 そっか、俺は今『姉ちゃん』なんだったな。怪しまれることなんか何にもない、大丈夫、冷静に振る舞えば……。
 身体は女だと理解していても、心が男のままだから、そのギャップが未だに慣れない。チェルの奴、とんでもないことに俺を巻き込みやがって。どうせなら潔く死んでしまった方が良かったのかも――いやいや、命あっての物種と言う言葉もあるし……。
「お姉ちゃんってば」
「あ、ああ、いいんじゃないか?」
 俺の口はぎこちない返答をした。
 優衣は優衣で何か引っかかるのか、何度も首を傾げながら「変なお姉ちゃん」と呟いている。そう、俺を知っている連中は皆、俺が女だと刷り込まれているはずだ。堂々としていればいいのだ、堂々と……。
「水色とオレンジだったらどっちかなぁ」
 次々と水着を手に取り、品定めをしていく優衣。俺はその様子を隣で眺めている。
 ふと、頭の中に水着を着た優衣が現れた。紺色のビキニで申し訳程度に局部を隠しただけの優衣が、俺の目の前でその体を披露している。その光景はとても扇情的で艶めかしい。身長は小柄なくせに胸の発育が良すぎて、その布の面積では横から下から肉がはみ出してしまっていて、無理に押さえつけられたことで谷間が更に強調されてしまっている。俺は恥ずかしさのあまりに思わず目を背けてしまって、それなのに優衣は「もっと見て」と俺に迫ってくる。いくら兄妹とはいえ、油断しなさすぎるというか、そんなことされたら俺だって興奮しないわけじゃなくて――。

 ……この光景、見覚えがあるような……。

「お姉ちゃん」
「あ、な、なに?」
「ぼうっとしてる。熱中症?」
「い、いや、平気だ」
 考え事をすると、つい周囲のことは目や耳に入らなくなる。
「こ、これがいいんじゃないか?」
 俺は取り繕うために、手近にあったビキニを指差した。その指の先を見て、自分でも驚いた。そのビキニは紺色だった。優衣はそれを手に取ると、じっくり熟考したうえで、
「……いいかも」
 と一言呟いて、胸に抱く。そして、口元を微かに緩ませて呟いた。
「……これで来週、お姉ちゃんと泳げる」
「……俺と?」
「約束したよ。来週海に行くって」
 ……したような、しないような。
 女に生まれ変わってから、どうも記憶が正しく蘇ってこない気がする。
「……ところで」
 優衣は従来の眠たそうな目を上目遣いにして、俺を見上げた。
「お姉ちゃんは、水着持ってるの?」
「え?」
 ……そうか。俺と泳ぎに行くって言ってたもんな。俺も水着は持ってた気がするが……。
 そう言えば、チェルは水着もちゃんと女物に変えてくれたのだろうか。普段着や制服はしっかりしていたが……。もしかしたら、グラビアとかでよく見る紐みたいな、おおよそ泳げるとは思えないような水着になってる可能性もある。
「……新しく買うか」
「うん。私が出してあげる」
「いいのか? 悪いな……」
 意外と太っ腹な(太いのは腹じゃなくて胸だが)優衣のご厚意に甘えることにして、俺は水着を新調することにした。
 すると、優衣は売り場から離れ、カウンターの方に向かって行った。そこで女の店員を捕まえると、何かを伝えている。店員は会釈をして、俺に視線を向けると、俺にも頭を下げて近寄って来た。
「では、採寸しますから、こちらに来てください」
「……は?」
 店員が何の躊躇いも無くそんなことを言ったので、俺は意味が分からなかった。
「だって絶対お姉ちゃんに大きさが合わないから。ちゃんとしたもの作ってもらった方がいよ」
 と、優衣は真顔で言う。
「ま、待て! オーダーメイドって高いんじゃないのか!?」
「当店では比較的安価にお求めいただけますよ。幅広いニーズにお応えするのが務めですから」
「そ、そうか――じゃない! 採寸ってことは、その……ぬ、脱ぐん、だよな?」
「当たり前だよ。大丈夫、ここって女の店員さんしかいないんだって」
「で、でもなぁ、人前で裸になるなんて……」
「いいから、ほら」
 俺は優衣に強引に背中を押され、スタッフオンリーの空間に押し込められた。


  ☆


 採寸の部屋には巨大な一枚鏡があって、俺はそこに通された。
 隣で優衣がじっとこちらを見ている。せめて何か言ってくれ……。店員が「準備が出来たら声をお掛け下さい」と言って奥に引っ込んでくれたのがせめてもの救いか。
「早く。時間ないよ」
「分かった、分かったから……」
 ええい、ままよ。成るように成りやがれ。俺は意を決して脱衣を開始した。
 上着に手を掛け、袖を引き抜いて脱ぎ捨てる。次にスカートを下ろし、レースの入った下着姿になる。続いてブラのホックに手を掛け、指先でそれを外す。パキッという金属音が響いて、胸に解放感がやって来た。
「……し、下はいいよな……?」
「脱いで」
 即答。
 俺は「はい、そうですか」と小声でぼやいて、なるべく下を見ないように、恐る恐るパンツを脱いだ。実の妹の前で全裸を披露するとは、恥ずかしくて顔から火が出そうだ……!
「店員さん、お願いします」
「はい、畏まりました〜」
 すると、奥から店員がメジャーを持って颯爽と登場した。俺は胸を覆い隠すように右手で抱き――それでも上下は隠しきれずに溢れてしまっている――、左手で局部を押さえて待った。
 鏡に映った店員は受け付けた女性と別の人だった。日本人離れしたピンク色の頭髪が目に眩しく感じる。彼女は何故かニタニタと笑っていて――。
「……!? ちょ、おま――」
「ふふっ、また会ったね」
 紛れもない。そいつは、俺の体を魔改造した悪魔、チェルだった。叫んでやろうと思ったが、隣に妹がいる以上、下手な真似はできない。一方、こちらの状況を汲んでいるのか、チェルは「これから採寸しますよ〜」と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔を向けてくる。
「では、バストから計っていきますね〜」
「お姉ちゃん、手を挙げて」
 優衣に促され、俺は恐る恐る腕を解放し、巨大な胸を晒した。何て羞恥プレイだ……。チェルは「失礼しま〜す」と耳元で陽気な断りを入れ、俺の胸にメジャーを巻きつけていく。
「ぁっ」
 思わず声が漏れて、慌てて口を塞いだ。
 ひんやりとした感触が、胸の頭頂の蕾から伝わって、体がビクッと跳ねる。心は男のままでも、体は完全に女のようで、感じるところで感じてしまう。しかもこの状況を周囲はまるで分かってないから、なおさら辛いものがある。
 チェルがキュッとメジャーを締め付ける度、俺の胸は敏感にその衝撃を感じ取っていた。
「あっ、ん……はっ、あぁ……」
「動かないでくださ〜い」
 畜生、なんてエロい声出してんだ、俺。隣では優衣が笑いもせずにじっと見てるし……せめて何か言ってくれ……。
 ワザとにも感じる締め付けを何度か行った後、チェルは数値を弾き出した。
「えっと〜……一〇二センチですね〜」
「はっ!? ひゃく、に!?」
 俺は自らの大きさに驚愕していた。そして、目の前に存在する悪魔に、ふつふつと憎悪が滾ってくる。チェル、そんなにデカく調整しやがったのか……今度会ったらどうしてくれよう。
「じゃあ、次はアンダーを計りますね」
 チェルは構わず採寸を続ける。メジャーを胸の付け根の辺りから回して、再び採寸。
「アンダーは……七二ですね〜」
 メジャーを巻き取ると、慣れた手つきでメモ用紙に記入するチェル。その様子を隣で見ていた優衣がボソッと呟く。
「……H……」
 珍しく残念そうな表情だ。
 ……H、カップ……。
 雑誌でしか見たことが無かった胸や谷間が、俺の体に出来ていることを考えると、悪魔の力っていうのは実に恐ろしい。

 その後、意外にもチェルはテキパキと俺の採寸を終えた。結果、俺の体のスリーサイズが発覚したのであった(何故ウエストを測られたのかは謎)。
 B一〇二(G)、W六九、H九八。
 そう俺に告げたとき、チェルは満ち足りた顔をしていた。ぶん殴ってやろうと思ったが、優衣がいる手前我慢した。後日、仕立てた水着を受け取って支払いをするということでまとまり、俺たちはショップを後にした。帰り際、チェルを鋭く睨みつけてきたが、負け犬の遠吠え程度だろう。