転生 一日目―3

F_able 作
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 その日の夜。
 どっと疲労感を覚えた俺は、晩飯を食べ上げると早々に風呂に入って寝ることに決めた。
「風呂入るから」
「ん」
 テレビに齧りつく優衣を尻目に、俺は脱衣所に向かう。洗面台の鏡に映る美少女の鏡像に違和感を覚え、彼女に背を向けて脱衣を始める。さっきチェルに採寸される前よりはスムーズに事が運び、上から下まで脱ぎ捨てた俺は、浴室に足を踏み入れた。
 浴室にある大きな鏡に、全裸の美少女が現れる。俺は思わず目を背け、これが俺であると改めて自覚したうえで向き直る必要があった。
「……大きい、なぁ……一〇二センチって言ってたっけ……」
 自分の胸を持ち上げて呟いてみる。たっぷんと音が聞こえそうなほどに重量感のある柔肉。鏡映しで右から左から見ると、美しい球形を見事に保っていた。今度は前屈みになって、細い両腕で左右から押し寄せてみる。もともと深かった谷間が更に強調され、腕が柔肉の中に微かに埋もれる。
「……だっちゅーの」
 我ながら古い。
「女になっちまったんだなぁ……」
 こうなることは予想してなかったが、俺は見事に復活を遂げたことを改めて実感した。どんな形であれ、アイツの言う『第二の人生』とやらは、別の意味で楽しくなりそうな気がしなくもない。まずは、この周囲に魅力をアピールしまくるこの体躯に慣れる必要があるだろう。女になったことで別の世界が見えてくるのもまた事実。さっきは羞恥プレイに襲われたが……まあ、それも女性ならではと考えれば。
「よっし、明日から頑張るかぁ」
 俺は鏡の向こうの美少女に、気合を込めたガッツポーズを披露した。
「何を?」
「ああ、個人的になぁ……っておい!?」
 振り返ると、そこには優衣がいた。
 ――全裸で。
「だぁっ!? な、なんで服着てないんだよ!」
「お風呂に入るから」
「な、なんで俺と一緒なんだよ! 俺の後に入ればいいだろ!」
「節約の為」
 優衣はクールに浴室の戸を閉めた。俺は池の鯉のように口をパクパクさせながら、我が妹の生まれたままの姿に目を奪われていた。
 こう眼前にすると……やはり、デカい。俺ほどではないが、同世代の女の子と比較しても比べ物にならない程、胸は豊かに膨らんでいる。普段はツインテールの髪を下ろすと、顔の印象まで違ってくるから不思議だ。二人分の巨乳が狭い浴室に混在している状況は、まさに圧巻と言ったところか。
「……体、洗って。先に入るから」
「あ、ああ……」
 流石に肌寒くなってきて、俺はシャワーを捻った。温かいお湯が飛び出してきて、俺の素肌に降り注ぐ。湯船に浸かった優衣は「いいお湯」と小声で言った。
 俺は風呂椅子に腰かけ、スポンジを泡立てる。程よくなったところで、いつも通り腕から洗っていく。ふわふわの石鹸気泡が、妙に肌に心地良い。
「……いっ」
 腕の後はいつもは胸を洗っていたのだが、スポンジが柔肉に閊えた。ぐにゅんと形を変えて泡を受け入れるも、ふるふると震えて洗いにくい。その上、自らが洗っているのに、スポンジの感触がくすぐったい。
「ん……はっ、あ……」
 またエロい声出てるし……。しっかりしろ、俺の体〜!
「背中、洗ってあげる」
 唐突に優衣がそう宣言して湯船から上がった。ざばぁとお湯が音を立てる。「頼むよ」とスポンジを手渡すと、優衣は小さく頷いて、俺の背中を擦ってきた。
「……気持ちいい?」
「あ、ああ……上手いな」
「そっか」
 どことなく、優衣は嬉しそうな声だった。
 子供の頃はお袋を含めて一緒に風呂に入ってた時期もあったことを思い出す。勿論、俺はその時小学生で、コイツは幼稚園だった。当然ながら優衣の胸は真っ平らだったし、こんなに成長するとは露にも思わなかったし、俺の胸まで肥大化するなんてもってのほかだった。優衣に背中を洗ってもらうのが俺の楽しみだったけど、俺が小学校の高学年になってから、その習慣はぴたりと止んでしまったっけ。
 俺が懐古している間、優衣は黙々と背中とうなじを一通り磨き上げると、唐突に手を止めた。
「……ん? どうした――」
 俺は背中越しに問いかける。
 その刹那、胸がギュッと締め付けられる感触があった。比喩的表現ではなく、そのままの意味で。
「はぁんっ!?」
 つんざくような悲鳴が俺の口を突いて出る。
 状況を確認しようと鏡越しに胸を見ると、背中から二本の腕が伸びていて、俺の豊満な膨らみを両手が鷲掴みにしていた。
「ちょ、ゆ、優衣……何すっ」
「お姉ちゃんの胸、大きいな……」
 ため息交じりにそんなことを言いながら、優衣は指を巧みに動かし始めた。俺の胸が優衣の指先によってふにふにと形を変えてくる。
「あ、んはぁ……や、やめっ……あぅっ」
 今まで感じたことが無いような感覚が、俺の胸部から脳髄へとダイレクトに伝播する。くすぐったいというか、痛みを感じる一歩手前の何かというか。背筋を何かがゾクリと這う感覚を感じる度に、俺の口から勝手に声が漏れる。
「羨ましいな……」
「お、お前だって、ぇ……んひっ、十分、おっきい、じゃ、あぁんっ」
「そうだけど……私はお姉ちゃんの胸が好き……」
 優衣の動きが変わった。
 全体的に揉み絞るように、緩急をつけて柔肉が握られていく。圧力を感じ、解放されるを繰り返しながら、たぷたぷと胸が揺さぶられる。
「あふ、ふぅんっ……そ、それ、ダメ……」
「感度もいいよね……」
 ビクビクと体が跳ねる。男の体では絶対に受けることが無い初めての感触に、俺は翻弄されていた。自分でも何が何だか分からないまま、ただ妹に胸を揉まれているだけで、脳裏がひりつくような感覚に苛まれる。
「やっ……やめろ、ってぇ!」
 俺はあらん限りの力を振り絞って優衣の手を引き剥すと、そのまま湯船に飛び込んだ。勢い余って額を縁に激突させる。激しい痛みに襲われたが、逆に我に返ることが出来た。
「はぁ……はぁ……」
 息を荒げて優衣を見る。
 先ほどまで俺の胸を好き放題にしていた妹は、驚いた様子で目を見開いていた。
「……ごめん、なさい……」
 そして、すぐに切なげな表情になって、俺にぺこりと頭を下げる。
 まだ胸にさっきの感触が残っている気がした。
「……優衣」
「怒ってる、よね」
「い、いや……怒ってはない。びっくりしただけだ」
「……嘘。怒ってる」
 泡だらけになった湯船に浸かる俺を、優衣は今にも泣きそうな顔でじっと見つめていた。
「……とりあえず入りなよ」
「……ん」
 桶で湯面に浮かぶ泡を取り除いてから、優衣を隣に迎え入れた。二人で入ると再びお湯が溢れ出る。四つの浮島が漂っていることに驚愕するが、それはひとまず片隅に置いておく。
「……どうしてか分からないけど」
 落ち着いてきたのか、優衣はいつも通りの口調で淡々と語りだした。
「お姉ちゃんとお風呂に入りたいって思ったの。そう言えば、最近全然一緒に入ったこと無いなって……。私、お姉ちゃんとお風呂に入るの、楽しみだったのに」
 俺は終始黙って優衣の言葉を受け入れていく。それしか今の俺にはできなかったから。
「私が中学に入学してから、お姉ちゃん、あまり構ってくれなくなって。本当は、今日学校でこんな事あったんだよとか、話したいこと、色々あったのに」
 ……そういえば、そうだ。
 俺はここ最近、優衣を距離を置いて生活していた。それは、日に日に成長していく優衣の体が目に入る度、男の本能が鎌首を擡げてしまいそうで怖かったからだ。……でも、それは単なる言い訳に過ぎない。俺は黙っていた。
「ずっとずっと、寂しかった。だから、今日こうして一緒にお風呂に入ったの。昔みたいに、お姉ちゃんの体を洗ってから、お姉ちゃんに洗ってもらいたくて。お姉ちゃんの柔らかい体、私は好きだから」
「……そっか」
 俺は優衣の頭にポンと手を置いて、栗色の髪をわしゃわしゃ撫でた。
「寂しかったもんな。ずっと構ってやれなくて、ゴメンな。埋め合わせ……じゃ足りないけど、これからは俺に一杯甘えていいぞ。なんたって俺たち――」
 兄妹なんだから。と言いかけて、俺は慌てて口を塞いだ。
 俺は今、女だ。優衣のお姉ちゃんなんだ。その自覚を持って接しなければいけない。こうやって裸で向き合っていられるのも、異性ではなく同性の血縁であるという状況が無ければ実現しないのだから。
 俺は深呼吸して、改めて優衣に言った。
「……俺たち、姉妹なんだから、さ」
「……うんっ」
 優衣は笑った。笑って俺に抱きついてきた。
 お互いの胸が押し合ってむぎゅっと形を変える。そして、すぐそばにある優衣の顔は、今まで見せたことが無いほど、可愛らしい笑顔だった。目尻に微かな涙を浮かべた、愛おしい笑顔だった。


  ☆


 風呂から上がった俺たちは、一緒に寝ることにした。
 シングルベッドに二人が並んで寝転ぶと狭いが、より一層お互いの距離が近くて好都合だった。俺の細い指を、優衣のもっと細い指が絡め取って、力強く握りしめる。もう離さないと言わんばかりに。
「おやすみ、お姉ちゃん」
「ああ、おやすみ」
 優衣は寝つきが良い。俺の胸に顔を埋めると、すぐに寝息を立てて、眠りの世界に旅立っていった。俺はしばらく、その栗色の髪の毛を愛おしく撫でおろした。こんなにも妹が愛らしく思えたのは久しぶり――いや、生まれて初めてかもしれない。こうやって温もりで包み込めるのも、姉としての特権なのだろう。
「……和解できたみたいでよかったね」
 などと考えていると、天井の方から声がした。視線をそちらに向けると、チェルが穏やかな笑顔を見せているのが確認できた。
「……何とかな」
「ふふっ、あのままお風呂場で乳繰り合ってても面白かったけどね」
「五月蠅ぇな。雰囲気台無しだろうが」
 チェルはまたいつもの悪戯っぽい笑顔で笑う。でも、この時ばかりは苛立ちは覚えなかった。寧ろ、何かしらの感謝の念すら抱いている気がする。
「俺たち、姉妹なんだからさ、キリッ」
「人が折角絞り出した台詞をギャグにするなよな。……つか、さっきのアレなんだよ。俺の体で散々遊びやがって」
「あれはちょっとしたおふざけ。悪魔なりの挨拶かな? ……で、どうかな? 女の子になってみての感想は」
 チェルが早々に話題を切り替えた。
「……まあ、悪くは無いな」
 俺は素直な感想を言った。すると、チェルはうんうんと何度も頷いて、少し切なげな表情を見せてきた。
「……何だよ」
「ううん、何でもない。……それじゃあ、妹ちゃん大事にね。おやすみなさい」
 チェルは俺に手を振ると、視界からふっと消えた。それと同時に眠気が襲ってきて、すぐに俺は意識を手放した。
 ……アイツの顔、何かを言いたかったような気が……。