今日は月曜日。城八木さんもアメリアさんも大学にいっていて、この日、お店にはベスさんとアメリアさんの妹のアリッサちゃんが店番をしていました。
ああ…いえ、アリッサちゃんは中学生で、普段はちゃんと中学校に行っているのですが、この日はアリッサちゃんの学校は創立記念日でおやすみ。特に予定が無いのでお店の手伝いをしているのです。
この喫茶店「SWEET MILK」は、NYシティの真ん中辺りにちょこんと立っているのです。朝になると学校や会社にいく人がこの店の前を大勢行き来するのです。でも、中には朝食を食べないで家を出る人も何人かいます。そんなお客さんのことを考え、このお店は朝の6時からオープンしているのですが、モーニングメニューが充実しているわけではないので、この時間帯に訪れるお客さんは指折り数えるくらいしか来ないのです。
そう、平日はお昼以外の時間はお客さんがまったく来ないので暇なのです。ベスさんもアリッサちゃんもすることがありません。
いや、たま〜に一人か二人ほどお客さんがくることがありますが、とりわけ忙しくなるほどではないのです。
ところで…さっきから気になっているのですが、このレジのカウンターのわきに置かれている小さな包みは何なんでしょう?
「ん?そういえば、何なのかしら…これ?」
「あ、それミカ姉のお弁当だよ。お姉ちゃんを呼びに来た時置いてっちゃったんだ」
「オー…ヴェント?」
「ベスお姉ちゃん、お弁当も知らないの?これがないとミカ姉、お昼ゴハン食べられないんだよ」
「それは困るわね。アタシ、届けてくるよ」
「気を付けていってきてね〜ミカ姉はお姉ちゃんと同じ『グリフィンカレッジ』に通ってるから。場所がわかんなかったらその辺の人にでも聞いてみて」
「わかったわ」
ベスさんはお弁当を持って店を飛び出しました。走ると結構速いんですねえ…でもベスさん、あんたグリフィンカレッジの場所、わかるの?
「…全然………」
…だめじゃん……
「むぅ〜…せっかく回復しかかってる魔力だけど、仕方ないか…」
ベスさんは額に手を当てて何かを唱え始めました。バンダナ越しですが額の目が妖しく光ります。
「ウェラー・ベラス・ヴォン・ポルテレーツェ…時の精霊よ、我を友の待つ処へと誘い給え…」
(ヒュン…)
をを!ベスさんの姿が消えました。テレポートでしょうか…これで城八木さん達のいる学校に着けば良いのですが…て、あら!?ちょっと、ベスさん!服!!服忘れてますってーーーーー!!えらいこってす、体だけ移動しちゃったんでしょうか…
グリフィンカレッジは主にデザイナーを養成する大学です。アパレル課、イラスト課、コンピュータ課の三つに課が分かれていますが城八木さんはアパレル課、アメリアさんはイラスト課に通っているのです。
その学校の中にあるとある教室…おそらく城八木さんがいると思われるクラス…その教壇の上にベスさんがでてきました。
「ミカ、忘れ物届に来たよ〜♪」
たちまち教室中が大騒ぎになりました。そりゃあそうでしょ、どこからともなくトップレスの女性が…しかも胸や額にも目がついている人が出てきたら、ねえ…ベスさん自身も今、自分がどんな姿で出てきたかすぐに気がつきました。
「え゙!!?なんでアタシ裸なの??ちょっとヤバイかも…ひとまず戻ろう。ど〜も失礼しました〜」
早くここを出たいのか、ベスさんは高速詠唱で呪文を唱えます。でも、その間にもベスさんの姿は多くの人の目にさらされています。
「うぇ、ウェラー・ベラス・カン・キャルカッツェ、とと…時の精霊よ、我を帰路に導き給えぇ!!」
(ヒュン)
これでもとの場所に戻れていれば良いのですが…教室ではいまだに騒ぎが収まりませんでした。
「き…消えた?」
「ナニ?今の…幽霊?」
「額にも目がついていたよなあ?」
「胸にもあったぞ?」
「ミカって、もしかして城八木さんのこと?」
その10分後に城八木さんが教室に入ってきました。どうやら教室はここに間違いなかったようですが…?
「ね…ねえ、城八木さん?アンタの知り合いに宇宙人みたいな人、いない?」
「え?どうしてですか?」
「デコとか胸とかに目がついてる人がいきなり出てきてオマエの名前を呼んでいたんだよ」
城八木さんは一瞬石になりました。「何故ベスさんがここに…?」その考えが頭をよぎったのです。でも、ベスさんのことを他の人に知られると大変だと思ったのでしょう…
「さ…サア?気のせイダヨ…」
いや、それごまかしてるうちに入りませんて。おぼつかない口調が「ソノヒトシリアイデス」っていってるようなもんですし…
「…ヤバかったわ……」
なんとかもとの場所に戻ってこれたベスさん。でも、なんで体だけ移動しちゃったんでしょうか?
「この服が魔界製じゃなかったからかな?」
…と、申しますと?
「魔界の服は魔力を込めて作るからテレポートの時は持ち主の魔力とシンクロしていっしょに移動できるけど、この服には魔力がこもっていないからアタシの魔力とシンクロできないのよ」
それで体だけ移動しちゃったんですねえ。
「でも、困ったわ…これじゃあお弁当をミカに届けられない……そうだわ!」
ベスさん、再び額に手を当てました。そしてさっきと同じ呪文を唱えると、再びベスさんの姿が(やっぱり服を残して)消えていきました。その間、ベスさんは時の精霊とやらに言いました。
「でもさっきとは別の場所でヨロシク!」
次にベスさんは着地したのは学校の外。ベスさん、用心深く周りを見回しました。
「よし、誰もいないわね。今度こそミカにお弁当とどけるぞ〜♪」
でもやっぱりトップレスであることに変わりはありませんが?
「うるさいわね、余計なお世話よ!」
あ、こりゃ失礼…
「でも、こうしてみると『ダイガク』ってお城より大きいのね。ミカ、どこにいるんだろ…むぅ〜…」
ベスさんは胸を寄せてみました。こうすることによって遠くを見ることができるのです。乳目の望遠モードですねぇ〜…あ、いました。3階の左から4番目の窓際に。
「見つけた!ミカ、まってて。今お弁当を届けるから」
でも、気を付けてくださいよ。先ほどのこともありますから、て…あの、ちょっと…ここは慎重にいかないと…て、あ〜あ…とんでっちゃったよ…人の話は最後まで聞きなさいって…
こん、こん…
「あれ?ベスさん…」
「やっほ〜♪ミカ、忘れ物とどけにきたよ〜」
「あ、どうもです…」
城八木さんが窓を開けてお弁当を受け取ると、ベスさんはテレポートで去っていきました。でも、気のせいでしょうか…城八木さん以外にもなにやら視線を感じたようですが…?
まあ、何はともあれ忘れ物のお弁当は無事、城八木さんのもとに届いたのでした。
とはいえ、ベスさんが店を出てから忘れ物を届けるまでにはたいして時間はかからなかったのですがね…