私は昼休みになるとダッシュで上の階に向かった。学園では学年が上になるほど下の階になる。
なぜ私が階段を登ったかというと、二人は家庭科室で神楽家のシェフが作る料理を食べるからだ。
官民合同出資の太陽学園。神楽家が学園の出資者だからできる事だった。
家庭科室の前に来ると、二人が入り口の前で話していた。中からは香ばしい醤油の火香が漂ってきた。
「俺、今日部活のミーティングあるからさ。ちょっと待ってくれよ」
「そうなの。残念だわ。できたてを召し上がってほしいのに」
「ごめんな。じゃ、俺行くわ」
沢渡クンはバイバイ、と神楽サンに手を振って私の方に向かって歩いてきた。神楽サンは家庭科室に入った。
――チャンス到来! 天に感謝しなきゃ
私はラブレターの入ったラッピングチョコを片手に、スキップで想い人に近づく。
――ドン!
私は沢渡クンとぶつかってしまった。喜びのあまり前を良く見ていなかった。私の燃える恋心パワーは、当たりにも強いストライカーを吹き飛ばし転倒させた。
「痛えな。なんだよ」
「ごめんなさーい、お詫びと言ってはなんですが、これをどうぞ!」
私は沢渡クンの好きなブラックブラックガムの包みを渡した。
「え、ありがとう……」
ぶつかったところから恋が始まる、なんてあるはずがない。好意を持つ人に誰がぶつかるものですか。包み紙の中身は甘いモノ嫌いの彼のため、チョコを塗った果物ガムにすり替えてある。
「うげ……なんだこれ、まっずぅ」
嘔吐感を訴える一サッカー部員を無視して、私は家庭科室のドアを勢いよく開けた。
「神楽センパイ!」
愛しの先輩は外を眺めていた。そよ風を受け、天然の金髪がなびく。
髪がそよ風でさえ持ち上げられるのだから、とても細いに違いない。
「だれ?」
神楽さんは突然の来訪者に驚き、目を白黒させている。
私は夜に鏡と向かい合って作り上げた最高の笑みを浮かべ、会心の出来のチョコレートを差し出した。
「センパイの好きな甘いチョコレート、愛情込めて作りましたぁ。どうぞ召し上がってください」
「えーと? わたくしは貴女のこと存じ上げないのですけど……」
そう言う神楽センパイの目線はチョコレートにちらちらと向けられている。大好きなチョコと聞いて心が動いている証拠だ。
「なんだお前は。お嬢様に下手なものを食べさせはしないぞ」
神楽家専属シェフの永礼亜希子サンが私の行く手を塞いだ。この人も料理にうつつを抜かしてきたと思えないほどのパーフェクト美人だ。ま、神楽センパイには及ばないけどね。何と言っても歳だもの。
「待って。他人の善意を疑うのはいけませんよ」
先輩は永礼サンを止め、私を迎え入れてくれた。見ず知らずの女に対してこの優しさ。さすが愛する先輩。でも永礼サンは不服そうだ。
「あの、貴女のお名前は?」
「二年D組の橘綾香です! ずっとセンパイに憧れていました。初めてセンパイを見た時はそう……一年生の春、体育の時間でした。センパイは隣のコートでバレーボールを。バレー部元エースの高橋サンの強烈なスパイクをブロックして、逆に同じくらい強くて華麗なスパイクを決めた時、その美しい姿にみとれましたぁ(高くジャンプする度に揺れるおっぱいの迫力も凄かった)更にその後、体育委員だった私が一人で片づけをしていたところを手伝ってもらって、完全に惚れたんです。まだありますよ、ええとですね……」
私はセンパイを前にして完全に舞い上がっていた。普段からは考えられない早口でまくし立てる私の話をセンパイは微笑みながら聞いてくれていた。
「うふふ、そうだったの。チョコレート、もらっていいかしら?」
「ああ! 私ったら話すのに夢中になって強く握ってたから溶けちゃったかも」
「うふふ。構わないわ。折角作ってくれたんですもの」
「ふあぁ、センパイってやっぱり優しい」
私は改めて神楽先輩の魅力に取りつかれた。包みを開ける細くしなやかな指先、さらさらと揺れるツヤツヤな長髪からはほのかなシャンプーの香り。
(素敵。さすがお母様がミスドイツを受賞しただけはあるわ)
そう、神楽先輩は巨乳王国ドイツ生まれの母を持っている。まぁ、先輩の方がお母様より大きいとは思うけど。
「あの、チョコレートを食べる前に、お食事をご一緒にしませんか?」
神楽先輩は呆ける私に優しく声を掛けてくれた。
「え、いいんですか?」
「ええ、ぜひ」
私はこの時は気づかなかった。蹴球男に暖かい料理を食べてもらいたいという思いが秘められていたのに。
「いいでしょう、亜希子さん」
「お嬢様がそれをお望みならば、私に止める権利はございません」
永礼サンはもう不服そうな表情ではなかった。感情を表に出さない術を心得ているのだろう。さすがはプロだ。
この時、永礼サンが家庭科室から立ち去った。それが私にとって良い事態を呼び込んだ。
二人っきり。またとない機会。
(まぁ……どうしたのかしら亜希子さん)
神楽先輩が心配しているらしい顔になった。それすら美しい。
「いただきましょう」
「は、はい。ごちそうになります」
ここは本当に普段焦げ臭が漂う教室だろうか。
机には白いクロスが掛けられ、無駄とも思えるキャンドルが三つ。
ワイングラスに葡萄ジュースが注がれ、揺れる光を受けて輝く。
並べられた料理はフルコースに近い。スープ、前菜、パンがメインの孔雀を取り囲む。
香りも一味違う。単純に香草を使うのではなく、独自の希少香料も使われているそうだ。
「いつもながらおいしいわ」
舌鼓を打つ神楽先輩はテーブルマナーというものをマスターしていた。
私はテーブルマナーが市民革命で実権を失った貴族が始めた道楽だと知っていたので、これまでさほど覚えたいと思わなかった。
しかし、作法を身につけた神楽先輩の、美しさが映える様子から考えを変えたくなった。
「すいません、神楽先輩。食事の作法を教えていただけませんか?」
自ら無作法を露呈する発言だったが、神楽先輩は懇切丁寧に教えてくれた。
言われたとおりに食べてみる。不思議とおいしさが増したような気がする。
私の危なっかしくも正しい作法を見て、神楽先輩は嬉しそうだった。
「良かった。わたくしの教え方が悪いのではなかったのね」
「どういう事ですか?」
「あ、えーと。サッカー部の沢渡君にも教えてと頼まれたんだけど、彼はうまくできなかったの」
私は複雑な気分になった。神楽先輩は沢渡篤志を気にしている。素直に喜べない。同時に、彼に対して優越感も覚える。
「ごちそうさまでした」
話を咲かせつつ、楽しい食事の一時は終わってしまった。
「そう言えばデザートを冷凍庫に入れてもらってあったの。一つしかないから、橘さんがどうぞ」
神楽先輩は冷凍庫からグラスを取り出した。上品なフルーツポンチだった。
デザートは甘いと相場が決まっている。甘いものが苦手な沢渡篤志だから、一つしか用意されていなかったのだろう。
「いいえ、神楽先輩の物を取るほど図々しくないです」
「わたくしはいいのよ。いつも食べているから」
善意から差し出してくれたデザートだったが、私は思い切り突き放してしまった。
「きゃあ」
グラスが神楽先輩の手から離れ、中身が神楽先輩の服に落ちた。
「ごめんなさい。すぐ拭きます」
私は激しく動揺した。敬愛する神楽先輩の善意を断った挙句、害まで与えてしまったのだ。
神楽先輩のブラウスは胸を中心に濡れていた。あまりに胸が大きすぎる。
水色の、おそらくはシルクであろうブラが浮かび上がった。頭が埋もれそうなくらい、大きなカップだった。
「か、体も濡れちゃいましたよね。拭きますから、脱いでください」
神楽先輩は少しためらい、恥ずかしそうにブラウスのボタンに手を掛けた。
ぷちっ、と音が立つたび、胸が膨らむ。今まで窮屈だった乳房が、新鮮な空気を喜ぶかのようにプルプル揺れる。
至高のゼリーが、私の目の前に晒される。フルーツポンチよりもおいしそう。
(や、柔らかい)
タオルを通してでも神楽先輩のおっぱいの柔らかさが伝わってくる。
ただ拭くだけなのに力がすっと吸収され、ふわっと押し返される。
(不思議な感じ)
私の手は止まらなくなっていた。あらかた拭い終わっても、欲求は膨らむばかり。
「か、神楽先輩。ブラの中も濡れてると思います。ブラも外してください」
「いや、恥ずかしいわ」
神楽先輩は少し頬を赤くしていた。恥ずかしがって両手で胸を隠そうとするが、もちろん覆いきれない。逆に腕がむにゅりとめり込み、エッチな形態変化を起こす。
「じゃあ上から拭きますね」
「だ、だめよ……」
神楽先輩の声には力が無い。私はそれをいいことに、タオル越しに推定Jカップの爆乳を味わう。
タオルの上から、しっかりと胸を握る。間に二枚の障壁があるとは思えないほど、柔らかい。
「……ふぁ……あふん、はぁ、はぁ」
神楽先輩の喉から、小さく悩ましい、艶やかな喘ぎ声が生まれた。
(ああ、直接触りたい)
五感を通じて理性を揺さぶる、果てしなく甘い誘惑に、私は勝てなかった。
「神楽先輩、おっぱい、触りますよ」
私はすでにタオルを捨てていた。神楽先輩は俯きそっぽを向いた。無抵抗だ。
「触りますよ」
「あぁ……」
私は水色のブラを無理矢理上にずらした。今まで支えられていた乳房がたぷんと垂れた。
垂れた? いや、これだけ大きいと重力に逆らえるはずがない。自然の摂理だ。むしろ巨大化したと言っていい。
見積もりは甘かった。100cmオーバーは間違いない。ブラウス着用時より二倍になった気さえする。
ピンク色のニプルが、完熟メロンの真正面に小さく生っていた。
乳房とは対照的に本当に小さかった。しかし、ぷくっとはしていて、なんとも言えぬバランスで欲望を掻き立てる。
「神楽先輩のおっぱい。すっごくエッチ……」
「いや、駄目」
私は果てしない欲望がつまった禁断の実に手を伸ばした。
――ふにゅぅん。
何の抵抗も無く手が埋もれた。まろやかな柔らかさが脳まで刺激する。その感触のまま力強く押し返される。
「ひゃあん」
両手が片方の胸に沈み込んだ。手首までもが埋もれ、心落ち着く抱擁感が手を満たす。
手の中の乳房はふにゅふにゅとしている。ぴったりと吸い付いて放さない。気持ちよすぎる。
「だ、だめぇ」
私が荒々しく揉んでいるのに、神楽先輩は痛みを訴えてはいなかった。
言葉では嫌がっていはいるが、顔は紅潮している。
「神楽先輩、本当に止めていいんですか」
私は自分の欲求を少し抑え、先輩が感じるように手を動かした。ゆっくりと円運動で揉み、可愛い乳首を手の平で転がす。
「はぁはぁ、はふぅ、ぃやぁん。だめ、こんなことしてちゃ……あふん!」
私は加奈ちゃんにやられたように、指を動かしてみることにした。可愛らしく喘いでいた神楽先輩はびくんと反応した。
いささか強すぎる愛撫だと思われたが、神楽先輩は見て分かるほどにぷるぷる震えている。乳房は汗ばみ、潤滑油となって手が滑り揉み辛くなった。抵抗無く指を沈めていた双球が、弾力を強め尖るように形を変えて指を楽しませる。
いつの間にか私は至高の乳房を揉むことだけに意識を集中していた。
神楽先輩の色っぽい嬌声が途絶えた時、それに気づいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
神楽先輩はぴくぴくと痙攣してぐったりとしていた。
(ああ。イッちゃったんだ)
私はとんでもない事をしてしまったと、今更ながらに慌てた。
神楽家のお嬢様を達っさせてしまった。神楽家はかの伝説的暗殺者を雇うお金だってある。そうでなくても私の父親の仕事を失わせる事もできるだろう。罪の意識と後悔の念が頭を走り回り、沈黙した。すると実に気まずい状態だと気づく。目の前には胸のはだけた学園のアイドルが体を震わせているのだ。人生で最も重い雰囲気の時間だった。
「あ、あのぉ……神楽先輩?」
肩をすぼませた私がおどおどと声を掛ける。
「ふぅ……ふぅ……ふぁ」
とてもそれどころではなさそうだった。私はどうしようもなく罪悪感にかられ、勝手に逃げ出していた。
(なんて恩知らずだろう。声を掛けてもらえるだけで感激していたのに)
逃げる自分が誰よりも卑怯で矮小な存在に思えた。他人が食べるはずだった料理を口にしながら、恵んでくれた恩人に公では許されない行為をしてしまった。私は、大馬鹿だ。
途中で足がもつれるが、私は何とかドアに手を掛けた。
「あ……待って」
「!?」
体が硬直した。何と言い訳していいか分からない。私に正義は無い。一方的に糾弾されてしかるべき立場だ。振り向けないけど、動けない。ひたひたと背後から迫る足音が、悪魔の使いかと思えた。
罪を働いた相手の手が伸びてくるのを感じ、私は身構えた。
――むにっ。
えっ!?
私は驚いた。痛みが襲うと思っていたのに、やってきたのは胸への愛撫だった。
「あなたも、大きいのね」
神楽先輩の手が、私の胸を持ち上げ揺さぶっていた。
「せ、先輩!」
「わたくし、とっても気持ちよかったの。今度はあなたが気持ちよくなって。綾香ちゃん」
「ひああぁ」
名前を呼ばれた嬉しさを感じるより、背筋をびくびく震わせる快感に声が出てしまう。
「声が大きいわ。もっと廊下から離れてしましょう」
神楽先輩の息が耳に吹きかけられた。くすぐったさで硬直していた筋肉が弛緩し、抵抗力すら失っていた。
「ね?」
神楽先輩は私を正面に向きなおさせる。細いしなやかな指が私の両頬にかかり、妖精のように可憐な顔が近づいてくる。瑞々しくて柔らかそうな唇。そして、慈しみの心が輝かせる瞳。
私は自然と背伸びしていた。
ファーストキスが軽く交わされた。
「いい?」
優しい声に頷き、私は手を引かれて窓の傍まで連れていかれる。
先輩は私の服を脱がしにかかった。比べられると恥ずかしいので抵抗してみるが「見せて」と美しい声で囁かれると逆らえない。
私は一糸纏わぬ姿になり、神楽先輩はおでこに口付けをした。
「恥ずかしいです」
自分のした事を棚に上げ、私は羞恥を感じていた。少し事情が違うのだ。先輩は私よりずっと綺麗だ。私は不細工ではないが、ひっきりなしにナンパされるほどではない。窓に二人の姿が映るから、余計に劣等を意識させられる。
「とても綺麗だわ」
「そんなことないです」
「もっと自信を持って。このおっぱいだって、ほら」
先輩は私の胸を揉み始めた。すぐに全身が快感に嬉しい悲鳴を上げ始める。香奈ちゃんよりもずっとテクニシャンだ。メートルオーバーの爆乳も背中に押し付けられ、快感を増幅する。
「わたくしもおっぱいが大きいから、大きな娘の感じるポイントは分かるの」
先輩は背後に回り、首筋に息を吹きかけつつ、Gカップの乳肉を翻弄した。私は必死に声を上げないようにするだけで、押し寄せる快楽に飲まれていた。乳房が膨らんで爆発したかと錯覚するような強い刺激と、ふわふわと意識ごと体が飛びそうな刺激が、巧みに入れ替わり立ち代わり私を襲う。かつて体験したことのない快感に私は打ちひしがれ、ついに立てなくなってしまった。それでも先輩の愛撫は終わらない。私を仰向きに寝かせ、両手でふにふにと責め、乳首を口に含んでコリコリと甘く噛む。
私が「気絶していたのよ」と聞かされるまで、二分と経たなかった。それから先輩は髪の毛をバンドで束ね、鳥の羽のようにしてくすぐった。細い毛先が神経を直接撫で、優しくも残酷なほどに強い快感が私を支配する。私はたった五分間で数十回も絶頂に達したそうだ。
「やあん。ブラがなかなか止まらないよぉ」
事を済ませ、服を着ようとするが、手が震えてしまっていた。あまりに激しすぎる快感は体の自由を奪ってしまう。
「大丈夫。わたくしに任せて」
美雪先輩が代わりにつけてくれた。心なしか窮屈な感じがするのは気のせいだろうか。
「綾香ちゃん。喉渇いてない?」
服装を整えた美雪先輩が覗き込んで尋ねる。やっぱり綺麗だな、と思う。私はそんな美雪先輩と……。
「いらない?」
「お願いします。美雪先輩があんまりしすぎるから、もう喉が痛いくらいです」
「ふふふ、ごめんなさい」
冷蔵庫に入っていた麦茶を飲み、私と美雪先輩は椅子に座って体を寄せ合った。友情を一歩踏み越えた感情がそこにはある。
昼休みも終わりに差し掛かり、綾香は我が儘を言ってみた。
「美雪先輩、今度は深い方のをお願いします」
「ええ」
舌と舌を絡ませるキスを要求した綾香はそっと目を閉じた。好きな人に抱かれ、安堵感が溢れる。
――カラカラン!
不意に廊下側から何かの音がした。そこにはミーティングを終えて戻ってきたサッカー部エースがいた。手にはプレゼントラッピングされた箱が。
「な、ななななななな!?」
学園一の好男子、沢渡篤志はは無情な現実を知った。期待していた食事にもありつけなかったのに、明らかに普通ではない雰囲気の意中の人がいた。お詫びに教室から持ってきた高価なペアネックレスが寂しい音を立てて落ちた。
その日は彼にとって人生最悪だったに違いない。失恋し、渡すに渡せぬ贈り物のせいで昼を買うお金も無かったのだ。
「認めない、俺は認めないぞ、こんな話!」
いきり立つ沢渡をよそに、綾香は好きな人に抱かれて幸せそうにしていた。
「絶対に認めないぞ。は、そうか! これは悪い夢だ。夢オチに決まっている! そうさ、そうとも、夢オチだ。夢オチ……」
沢渡篤志は肩を落とし、ぶつぶつと呟きながら暗い表情で家庭科室を後にした。その様子は敗者以外の何者でもなかった。
……その日は橘綾香にとって、至福の記念日の一つに数えられた。そして、二人の首にはペアネックレスが輝いていた。
(続く)