ミルクジャンキー その10

ジグラット 作
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「利佳ちゃん…ほんとに顔色悪いよ、大丈夫?」
 3時間目が終わった時、智子が改めて声をかけてきた。
「うん…」
 利佳子の返事はさきほどに比べて元気がない。明美のことが気になってしかたなかったし、何より徐々にまたミルクを飲みたいという欲求が高まってきたのだ。(とにかく家に帰るまでがまん、がまん…)とその度に言い聞かせてはいるのだが、この調子では、いずれ本当にがまんできなくなるかもしれない。
「そんな顔してるとさ、友達としてももちろんだけど、保健委員として黙ってる訳にはいかないのよ」
「あれ? 智ちゃん保健委員だっけ?」
「これだもんな。自分ではけっこうまじめに勤めてるつもりなのに、認められない仕事はつらいなぁ」
「ごめんごめん。だって私、最近まで保健室のお世話になることなんてほとんどなかったもんだから…」
「そうだよね。入学以来無遅刻無欠席、健康だけがとりえだもんね、利佳ちゃんは」
「だけってのはなによ、だけってのは!」

 結局利佳子は、妙に強引な智子に半ば引きずられるようにして保健室に連れてこられた。
「おじゃましまーす」
 そんな掛け声を出して智子は保健室のドアを開けた。当然中にはおなじみ保健の先生が――と思ったのだが、返事は返ってこなかった。
「あれ? いないのかな…。まあいいや、利佳ちゃん入って入って」
 勝手知ったる、って感じで智子は率先して中に足を踏み出した。そして利佳子にベッドを勧めた。
「利佳ちゃんちょっとここに座っててね。えーと、確かここら辺で見たのよね…」となにやら戸棚をごそごそと探し始めた。
「あ、あったあった。じゃーん!」
 と手に目当てのものを持って利佳子の前に差し出した。
「これって…メジャー?」
「そ。それも身体測定用にしてはめちゃくちゃ長いんだよね。なんと5メートルもあんの」
「5メートル…!?」
「うん。この前偶然ここにあるのを見つけてさ。先生に『これ何に使うんですか?』って訊いたんだけど、『まあ、なんとなくね。何かに使うことがあるかと思って』って要領を得ない答えをされちゃって。その時の先生の顔がなんか謎めいた不思議な表情だったから印象に残ってたんだけど…。けど考えてみたらおあつらえ向きじゃない。これで利佳ちゃんのバストを測ってみようって訳」
「あ、智ちゃん、まだあきらめてなかったの?」
「もっちろん! だって朝っからずーっと気になってたんだもん。さあさああきらめてその服を脱ぎなさいって」
「え…いいよぉ」そんな利佳子の声を無視して、智子は既に例のKONISHIKIセーターの裾に手を伸ばしていた。利佳子の顔にとまどいの表情が走る。
「よいではないかよいではないか」
 智子は完全に状況を楽しんでいた。素早く裾をつかむと一気に肩の辺りまでたくし上げた。
「うわっ!!」
 セーターの下から、白い布にしっかり包まれた巨大なおっぱいが現れた。「何これ?」
「だってぇ…。こんな大きなブラジャーないし、せめて何かで包まないと不安だし…。苦労してんのよ」
「なんかすごいガチガチに結びつけてるじゃない。とれないの?」
「1回とると何かもう二度と結べないような気がするから。かんべんして」
「仕方ないか。じゃあその上からでいいから測ろう」
 結局利佳子はセーターと肩に引っかけていたブラウスを脱ぎ、白布1枚の状態で智子の前に座っていた。観念した、というより利佳子自身、今自分のバストが何センチになっているのか気になっていたのだ。
「すごいなぁ。こんなに大きいのに、全然たれてない…」智子の目には、羨望の色がありありと浮かんでいた。そう、ついこの前までは、この智子自身がダントツで自他共に認める学校一の巨乳の持ち主だったのだ。それが1週間足らずの間にまったくの貧乳だった友達二人に大きく水を上げられ…正直複雑な気持ちだったのだろう。
「それじゃあこのまま腕を上げて…。そう、そのまま」
 メジャーをおっぱいの先に位置づけると、端を持ったまま智子は利佳子の背中に回った。普通なら背中から手を伸ばせば余裕な作業なのだが、利佳子の超爆乳にあっては自分自身が移動する必要があった。慣れない作業にちょっと手惑いながらも、智子はうまくメジャーを利佳子のバストにまわした。「それじゃあ息を吸ってぇ…吐いてぇ…ちょっとそのまま止めて」
 智子は手早くメジャーを合わせ、そこに書いてある数字を読んだ。
「さ…343センチ……」
 智子の口から、思わず長いため息が漏れた。

 一方利佳子の方もその数値に別の意味で意外だった。
「やっぱり…思ったほど大きくなってない。80リットルも飲んだのに…」
 もちろん、3メートル超級の段階で20センチ以上も増えているのだから、実際にはかなり膨んでいるとみていいのだが、利佳子は既にそれぐらいではわずかな数値に思えてきていた。
 しかし智子にとっては脅威としかいいようのない数値だった。
「ねえ利佳ちゃん…。もう教えてくれてもいいんじゃない。いったい…何があったの」
「何が…って?」
「今度こそとぼけないでね。何もなくって、いきなり胸が3メートル以上に膨らむなんてある訳ないでしょ」
 智子の口調は、今度はおちゃらけていなかった。「そう…おそらく、秘密はおととい利佳ちゃんの家で飲ませてもらったあの牛乳ね。あの牛乳、なんか今まで飲んだのとはあきらかに違う、不思議な甘みがあったわ。そしてあの牛乳を飲んで以来、明美のおっぱいが急にふくらみ出した。利佳ちゃんの胸がその少し前からふくらみだしたのもきっと同じ理由でしょう。そして私だって…」
 そう言うと智子はいきなり自分の制服を脱ぎだした。
「ちょ…智ちゃん…」
 利佳子が制止しようと手を伸ばすよりも早く、智子はブラウスのボタンをすべてはずして自分の胸をさらけ出した。
「さらし…?」
 智子の胸には、今どき珍しくさらしが巻かれていて、智子は続いてそれも巻き取りにかかっていた。
 さらしが取られたその奥からは…利佳子の胸には比べようもなかったが、世間一般で言えば爆乳としか言いようのない大きなおっぱいが2つ、充実した張りを持って飛び出してきた。
「あれから2日足らずの間に5センチも大きくなってるのよ。今朝測ったら102センチになっていたの。あっという間に大台突破よ」智子はさらに胸を張って見せた。やわらかそうなふくらみが一段とせり上がる。「もうブラジャーも何も全然合わなくって、しょうがないから今日はさらしを巻いて来たの。幸い大きめのサイズのブラウスがあったからなんとか胸を隠せたけど、そうでなかったら今日学校休もうかと思ったぐらい…」
「!」
(やっぱり智ちゃんも胸が大きくなってたのね。ただ私や明美みたくめちゃくちゃな大きさにはならなくて、しかも智ちゃんもともと巨乳だったから目立たなかっただけで…)
「それにあれから時々、無性に牛乳が飲みたくなることがあるの。そんな時は特にのど渇いてなくてもコップ2〜3杯ぐらい一気飲みできちゃって…。それに飲んだ後、妙におっぱいが張ってきて苦しいぐらいなの…」
(2〜3杯!?そんなもんで済むの? いったいその差はどこから…)
「すべてのキーワードは牛乳なのよ。利佳ちゃんの所で飲んだ牛乳、給食室で消えた牛乳、そしてきのうの牛乳買い占め事件…。信じられないことだけど、私に今起こっている体の変化を思いっきり拡大していくと、すべての話がつながる気がするの」
 智子の表情は、利佳子が今まで見たこともないほど真剣みを帯びていた。先ほど教室で見せたふざけた雰囲気も、本当は聞きたいんだけど自信がいまひとつ持てなくて、かまをかけてみたものだったのだろう。
「ねえ利佳ちゃん、教えて。あの牛乳はいったい何なの? そして…」表情にちょっと恥ずかしさが走った。「なんで私だけ、これっぽっちしか大きくならないの?」智子の顔が、またたく間にカーッと赤くなった。
「あ…」利佳子はようやく分かった気がした。(そっか。智ちゃん本当はうらやましかったのね。無理もないか。ずっと学校一の巨乳として注目の的だったんだもんね。普段は「大きすぎていやだよー」とか言ってたけど、いざ私や明美に抜かれると内心くやしかったんだね、きっと)
 智子はこれだけ言うと顔を真っ赤にしたまま硬直していた。ずっと秘めていた自分の本音を吐露してしまって恥ずかしくてしょうがないのだろう。
 でも――利佳子は考えていた――ほんと何でこんなに差があるんだろう。単に体質かな?って単純に思ってたけど…。あっ…。そういえば私のミルク飲んだ量が明美と智ちゃんではぜんぜん違うんだっけ。智ちゃんはせいぜいコップ1杯か2杯だったけど、明美はパックに詰めてあった残りの分何本もぜんぶ飲んじゃって…。その差かもしれない。
 効果の程は、私のミルクを飲んだ量に比例するのかな。じゃあ智ちゃんもたくさん飲めばそれだけ大きくなる、ってことじゃ――。
 ――じゃあ、そのミルクを出している私はいったいどうなるの?……。

「あら、誰かいるの?」
 ドアの方から女性の声がした。保健の先生が戻ってきたのだ。共に自分の考えにふけっていた智子と利佳子はハッとして我に帰った。智子は胸をはだけているのを思い出してあわててボタンを締める。今まで気にしていなかったけど、確かにブラウスはぶかぶかなのに、胸の線だけははっきり浮き出しているのが利佳子にも分かった。
「あ、利佳ちゃ…里見さんが気分が悪そうなので連れてきました。私は授業があるのでこれで失礼します」
「そう、ご苦労様」先生の返事もそこそこに、智子は保健室を後にした。その動きは緊張ですこしギクシャクしていたけど…。
「ごめんなさいね、ちょっと用事があって留守にしてたの。それにしても…」先生は利佳子の胸を見やった。「里見さん、やっぱりあなただったのね、犯人は」
「え?」先ほどの容疑者扱い以来、犯人という言葉に敏感になっていた利佳子はびくっとした。「なにがですか?」
「その布よ。きのう帰る頃、家庭科の先生が『ない、ない』って必死で探してたのよ」
「あ…すいません」
「まあいいわ。理由は見れば分かるから。それにしても…」利佳子の胸を改めてまじまじと見つめた。「大きくなったわねぇ…」
「はい…」先生にそう言われるとなんか恥ずかしかった。
「いったい何センチあるのかしら。測ってみましょうか」
「あ、さっきこの上から測りました。343センチでした」
「そう…。できればその布とって測りたいんだけど」
「あ、それは…でも…」利佳子が言うそばから先生はその後ろにまわり、布の様子を確かめていた。
「あらら、ずいぶんめちゃくちゃに結んだのね。布もあちこちほころんでるし…。これははずすのに手間かかりそうだわ」
「……」利佳子は自分の不器用さを指摘されているみたいで消え入りたくなった。最近まで知らなかったけど、この美人でスタイルも抜群の先生に、利佳子はいつしか密かなあこがれを抱いていたのだ。
「ま、今は仕方ないわね。でも、後で理由を言って返しにいきましょう。こんなになっちゃもう使い物にならないかもしれないけど」
「すいません…」利佳子は今さらながら申し訳なくなってきて、声も消え入りそうになっていた。
「でもね、こんなに大きくなって、いつまでもこんな風に応急処置している訳にもいかないわね。ね、思い切ってブラジャーをオーダーしてみない?」
「ブラジャーって…こんなサイズ…」
「もちろん既製品じゃないわ。けどね、私いい店知ってるの。オーダーメイド専門にやっている下着屋で、注文すればどんなサイズでも作ってくれるの。実は私もそこのブラジャーを愛用してるの。ね、なんだったら今日の午後行ってみない? 今日はどうせ授業昼までなんだし、先生の車で、ね」

 利佳子は改めて先生の胸を見た。最近ちょっと普通の巨乳程度の大きさでは麻痺してしまてそんなに感じないけども、白衣の奥から突き出してくるバストはなかなか大きい。
「あの…先生は、バストどれぐらいあるんですか?」
「私? あなたと一緒にいると小さく見えちゃうけど、こう見えても98センチあるのよ。ブラのサイズでいうとJカップなの。これぐらいの大きさだと既製品はまずなくってね。だから大学生の頃からブラはオーダーするようになって、それでその店を知ったの。あら…?」
 先生はふとベッドの下に白いものを見つけて手に取った。
(あ、それ智ちゃんの…)
「さらしじゃない。今どき珍しい。あなたの?」
 先ほど、あわてて胸をしまった時に忘れていったのだ。
「あ…いえ…」けどなんとなく智子のものだというのも、彼女の秘密に触れてしまう気がして口に出せなかった。
「ま、いいわ。そのうち取りに来るでしょう」あっさりとそれをたたんでしまい始めたので利佳子はほっとした。けど、その時の先生を顔を見て、ふと不思議な気がした。なんというか…すべてを分かっていてほくそ笑んでいるような、不思議な頬笑みを浮かべていたのだ。
(智ちゃんがさっき言ってた不思議な表情って、これのことかな?)
「それじゃあちょっとその店に電話入れとくわね」
 そして保健室の隅にある電話を手に取ると、ダイヤルを回した。
「あ、もしもし、いつもお世話になってなっております…」
 どうやらその店のいつもの担当の人につながったらしい。長々と話し始めた。
「それで、また新しいブラをお願いしたいんですけど…。え?いやぁだ、そうじゃないわよ。うちの生徒でね、急に胸がすごく大きくなっちゃった子がいて、その子にブラを作ってあげたいんんだけど…。うんうん、すごーく大きいから覚悟しといてね…。え?それは行ってからのお楽しみ」
 利佳子の胸の事を話しているらしい。そう思うと、利佳子はなんか恥ずかしくなってきて顔に血が上っていくのを感じた。
 先生はまだいろいろ話している。そのうちに声がいがらっぽくなってせきこんだ。
「――ごめんなさいね。話してたらのど枯れてきちゃって…」
 先生は受話器を耳にしたまま、すぐ横にあった小型の冷蔵庫を開けた。
(あ、牛乳…)
 取り出したのは給食でも使われているパック牛乳だった。利佳子は目ざとく見つけてしまった。
 先生は枯れたのどをうるおそうとしているらしく、話しながらパックにストローを突き刺した。
 牛乳に対して過敏になっている利佳子の鼻には、その途端牛乳のにおいがぷーんとただよっていくように感じた。先ほどから牛乳に対する渇望と密かに戦い続けていた利佳子は、そのにおいを感じた途端のどの渇きが何倍にも膨れ上がっていくようだった。
(あぁ…ミルク飲みたい…)
 その気持ちを知る由もなく、先生はストローに口をつけ、その中を白い液体が昇っていく…利佳子はそれをスローモーションでも見るような気持ちでじーっと見つめていた。
 だが、ストローの中のミルクは口まで上り詰めることなく止まった。
「あ、いけない!」
 先生の口から別の言葉が出た。先生は時計を見つめている。口を離した途端、上りかけていた牛乳はストンとパックの中に落ちた。
「あ、すいません、こっちのことですけど…急用を思い出したものですから…はい、ええ、また後でうかがわせていただきますので、続きはその後で。はい、じゃ、失礼します」
 あわてて電話を切り、牛乳を置いて利佳子のほうを向いた。
「ごめんなさい、12時までに終わらせておかなきゃならない用事があったんだ。先生ちょっと出てくるから。あ、あなたはここに寝てていいわ。じゃ、ごめんなさいね」
 保健の先生は、来たときと同じように風のように出て行ってしまった。

 利佳子の前には、ぽつんと置かれた牛乳が、ストローを刺されたまま置いてあった。
(ああ、ミルクが…) 頭の中でいくら制止しようと思っても、ストローの先からあふれてくるように感じられてしょうがない牛乳のにおいが、利佳子の鼻をひっきりなしに刺激しまくった。
(だめ!飲んじゃだめ!!)考えとはうらはらに、利佳子の手はすっと紙パックに伸び、ストローに口をつけていた。
 次の瞬間、紙パックは急激に中身を吸われてぐちゃっとつぶれていた。しかし…利佳子の気持ちは満足とは程遠いものだった。今の利佳子にとって、紙パック1個分の牛乳などないに等しいものだったし、むしろそのわずかな刺激が呼び水となって、今までなんとか押さえていた牛乳への欲求が堰を切ってあふれ出してきた。
 利佳子の頭の中はまたたく間にミルクのことで充満してしまった。下手をすると理性の箍がはずれてしまいそうになるのを必死でこらえながらも…そして結局そのためにも必死でミルクの事を考えていた。
 利佳子がまずしたのは冷蔵庫を開けることだった。まだ牛乳が入っているかもしれないと淡い期待を込めて…。しかし、中には他にジュースの類はあったが牛乳はもうひとつも残っていなかった。
 利佳子は空しく冷蔵庫を閉めると、次に給食室のことを考えた。しかし…今日は土曜日で給食がなく、校外から給食が運ばれてくる利佳子の学校では、牛乳のストックもあるとは思えなかった。それじゃあ…。利佳子は学校から抜け出して近くの店で買ってこようと決意して保健室から出ようとした。その時…利佳子は思い出したのだ。
「町中のミルク、明美がきのう全部飲んじゃったんだっけ――」
 目の前が真っ暗になり、急激に絶望の淵に追いやられたような気になった。きのうの今日でいったい町にまた牛乳が入ってきているだろうか。入ってきたとしてもいったいどれだけ? それに、今のこののどの渇きを癒すには、いったい何リットルの牛乳が必要なんだろう――。
「明美ぃ…。今回ばかりは――うらむよ」
 そう…。そもそも明美は今日どうしてるんだろう。元をただせば、明美が昨晩町中の牛乳という牛乳を買い占めたことから始まってるんじゃない! なのに今日はまだ学校にも姿を見せないで、いったい何してんの!?
 ふと、利佳子は保健室にも持ってきたポーチの中に携帯を入れたままにしてあったのを思い出した。そうそう、何やってるんだろう。わかんなきゃ連絡入れればいいんじゃない。やっぱり気が動転してんな、私…。
 最初は直接電話をかけようと思った…けど、今電話するとあわてて何しゃべりだすか分かんなくなる気がしてメールすることにした。それも、結局1行だけ。
――明美、どうしてんの?
 すると、送信してほどなく返事があった。
――利佳子、今どこ?
 ? 返信としては妙だけど、とにかく利佳子はすぐさま返事を返した。
――今、保健室
――すぐ行くね
 また間髪いれずに返事が来た。
 どういうことだろう。明美もこっちを探していたのだろうか? とにかく来るというのだからおとなしく待つことにした。
 それからの時間…。おそらく数分しか経っていなかったのだろうが、利佳子にとってはとてつもなく長い時間に思えた。のどの渇きは秒単位で激しくなっていき、ミルクへの欲求はいや増すばかりだった。
 もう限界…と立ち上がりかけた時、廊下の方から足音がして、それに何かを擦るようなサーッという音が断続的に聞こえてきた。何だろう、と思っているうちに、その音は保健室の前で止まった。
「明美…?」
 どうしたのだろう。もうドアの向こうに気配がして、何やら動いているようなのに、一向にドアが開かない。何だか様子が変だ。
「利佳子、いるの?」
 ドアの向こうから声がする。やっぱり明美だ。
「明美なの? どうしたの、入ってくれば」
 しかしドアはやはり開なかった。代わりにまた何やらもぞもぞと物音がしばらく続き、それから再び声が聞こえてきた。
「利佳子、お願い、開けて」
 妙なことを言う。面倒くさいな、と思ったが、明美の声に妙に切羽詰ったものが感じられて、利佳子はしぶしぶベッドから腰を上げてドアに向かった。

続く