ミルクジャンキー その12

ジグラット 作
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「それじゃ、行ってきまーす」
 月曜日の朝、利佳子はなんとか勘をたよりに靴を履き終えると、力強く前方を見据えて玄関から立ち上がった。
 その途端、胸の重みがずしっとかかって重心が前のめりになり、思わずバランスを崩しそうになる。「おっとぉ」1歩踏み出してなんとか体勢を整えたけども、衝撃で大きな胸がどゆんと揺れた。しかしそのバストをしっかり包み込んでくれているブラジャーが、その揺れをやさしく受け止めてそっと静めてくれる。
(うわー、ブラジャーっていいなぁ)
 利佳子は、生まれて初めてブラジャーの威力みたいなものを実感していた。そう、先週の月曜日まで、ブラが全く必要ないほどの貧乳だった。それから1週間、毎日倍々ゲームのように巨大化していく胸のために、ブラどころか着ていく服をどうしようかと毎日悩むようなてんてこ舞いを繰り返し、とてもそこまで気を回す余裕がなかった。それが遂にきのう、初めて自分の胸に合うブラジャーを手に入れることができたのだ。
 しかも利佳子が今着ているのは、まごうことなき学校の制服である。もちろんサイズはめちゃくちゃ大きなものになっているけども、まさしく正規のものだ。これでいろいろごまかしたり、先生に注意されるのではと気に病む必要もなくなる。しかももう誰にも絶対負けないぐらいの超特大のバストも手に入れた。
(ああ、ひょっとしてわたしって今、すごい幸せかも)
 自然に背筋がしゃきんと伸びてくる。というか胸にはパンパンに張りつめたおっぱいが所狭しとひしめき合っているため、その反動で自然に背筋を伸ばさざるを得ないのだ。ちょっと猫背の気があった利佳子にとって、それは思わぬ効能だった。意を決して学校に向けて歩きだす。その度に胸は大きく上下左右に揺れ動くのだが、ブラジャーがきしみを上げつつもうまく衝撃を吸収してくれるため、却って以前より軽く感じるぐらいだ。胸の大きさそのものはあの時より倍以上にもなってるのに、だ。
(ああ、ほんと、ブラジャー作ってもらってよかったぁ)
 改めてしみじみそのありがたさに感じ入る。そうしている間にも、同じく通勤・通学途中の近所の人がまわりにいて、利佳子を一目見るやその胸のあまりの巨大さに目を見開いているのだが、そうした注目も、今の利佳子には心地よかった。
(ふふ…。みんなこっち見てる。わたしの胸がそんなに見たいのね。そうよね、こんなにおっきくて立派なんだもん。無理ないよねー)
 なんて、もし1週間前の利佳子がそこで聞いてたらヒステリーを起こしそうなことを考えながら、利佳子は悠然と学校に向かって歩きはじめた――。

 ―――――――――――― 

「――さん、里見さん!」
 土曜の午後のこと、誰かが自分を呼んでいるのを耳にして利佳子は意識を取り戻した。
(あれ、ここはどこ…? わたし…どうしたんだっけ)
 もやがかかったような頭で必死に思い出そうとする。うっすら開けた目からまぶしい光が差し込んできた。
「里見さん…。ああ、気がついた。よかったぁ…」
 見ると、保健の先生が心配そうな顔をしてこちらを見下ろしていた。気がつくと共に、徐々に記憶が蘇ってきた。
(あ、そうだ…。ここは保健室で、そしたら明美がすごい胸になって現れて――それでわたし、また…やっちゃたんだっけ。そしたらわたしの胸のほうがすごいことになってパンパンに破裂しそうになっちゃって…)
 頭もどんどん鮮明になってくる。その途端、大事なことに気がついた。
(そうだ、わたしの――胸…)
 思わず視線を下に向ける。息を呑んだ。まるで自分の視界がいっぱいになるほど大きく広がった白くてまるいものが2つ、そこにむきだしのまま転がっていたのだから。一瞬、それが自分のおっぱいだとは咄嗟に把握できなかった。しかしそれが自分の胸から突き出していると気がついた時の驚きといったら…。
「きゃっ!!」
 胸を、しかもこんなにも人並みはずれて大きな胸を、女性とはいえ人前でさらしている事に気がついて、利佳子は反射的に手を伸ばして胸を隠そうとした。しかし――そんなことは到底不可能だった。どんなに腕を伸ばそうが、もはや胸の先は指先のはるか向こうにまで行っている。いったいこの胸、何メートルあるんだろう…。利佳子は思ったが、大きすぎて見当がつかない。
「大丈夫よ。ここにはわたししかいないから。扉にも鍵がかけてあるわ。それより、ねえ、どこか痛いところはない?」
 利佳子は胸のことは(いいや、身体測定でも見られてるんだし)と思うことにして、体のあちこちを動かしてみた。特に痛いところはない。そう、おっぱいだって――確か、ほんとうに張り裂けそうなぐらいパンパンになってたはずだけども、今はなんだか落ち着いている。ただ――この胸の中に、やはり信じられないほど大量のミルクが渦巻いていることだけはなんとなく自覚できた。(胸、どうして平気なんだろう。けど…まぁ、いいか)
「大丈夫みたいです」利佳子は答えた。
「よかったぁ。立てる?」
 利佳子は腰に力を入れ立とうとする。途端に胸の重みがずしっとかかって腰が砕けそうになるが、踏ん張ってその胸を持ち上げることに集中すると、すーっと立つことができた。
「ええ、立てます」
 しかし立ち上がってみると、利佳子は改めて自分の胸の大きさに驚かされた。相変わらず大きくても中身が隅々までぎっしりと詰め込まれているようで、ロケットのように前方に大きく突き出されていて、胸の先もむしろ上を向いているぐらいに張りつめていた。
(うわーっ、自分のおっぱいの先が――見えない…)
 利佳子が感嘆していると、先生もやはりその胸には感じ入っているように見つめていた。
「里見さん――ほんと、大きくなっちゃったわねぇ…」
 ほんとうにまじまじと見つめている。
「それにしてもよかったぁ。ここで里見さん見つけた時、どうしようかと思ったのよ」
「先生、わたし――どうしてたんですか?」
「憶えてないの? わたしこそ、里見さんにどうしたのか訊こうと思ってたのに…」
 どうしたのかって――本当は分かっている。明美がおっぱいの中に抱え込んでいた、この町中のミルクを自分がすべて飲み干してしまったからだ。その結果…。でも、そんなの言えっこない。仕方なく小さくうなずいた。
「そうなの…。わたしが保健室から戻ってきたら、あなたがそう――胸を抱え込むような格好で倒れてたから、何事かと思ったんだけど――。まあ、無事ならいいわ」
(あれ、明美はどうしたんだろう。ひとりで気がついて帰っちゃったのかなぁ、まったく薄情な奴…)

 お互い落ち着きを取り戻すと、先生が思い出したように口を開いた。
「ね、里見さん。さっきも話したことだけど、ブラジャー作りに行きましょう」
「え?」
「ほら、昼前に話したでしょ。わたしも通ってるオーダーメイド専門店。なにはともあれ、こんなにバストがおっきくなったんだもの。ブラジャーを作らなきゃ話にならないわ。あ、あと制服もちゃんとしないと…。そうと決まれば、とりあえずサイズ測ってみなきゃね」
 そう言うと先生は人が変わったように浮き浮きとしながら抽斗からメジャーを取り出した。例の、5メートルもあるという特大メジャーだ。
(あれ、ところで先生、結局なんでこんな長いメジャー買っておいたんだろう。まるでわたしの胸のためにあつらえたみたいに…)
 先生は嬉しそうに、メジャーを利佳子の胸にまわし、背中に巻きつけようとした。やはり智子とは違い、熟練した手早さだった。しかし背中に回そうとした途端、ハッと声にならない驚きの声を上げた。
「だめだわ、これじゃ…」
 え?と思わず振り向いた。
「足りないのよ。5メートルじゃ…」
 先生の方を見た。先生はメジャーの両端をそれぞれの手に持ったまま、大きく間隔をあけて振り上げて見せた。両手の距離は、40〜50センチもあったろうか。
「このメジャーでも足りないことになるなんて…」心底意外そうにつぶやきながらも、なんとなく口元がほころんでいるような気がして利佳子は気になった。
「ま、いいわ。行けば向こうでちゃんと測ってくれるでしょう。とにかく行きましょう」
 けど、何を着ていけばいいんだろう。外に出るのに、まさか胸をむき出しにするわけにもいかないし――。
 まわりを見回し、例のKONISHIKIセーターが目に入った。セーターだからかなり伸びるとは思うけども、それですら今の自分の胸では心もとなかった。しかし背に腹は変えられない。とにかく着てみることにした。まず首からかぶり、両腕だけを通してみる。そこから下は胸がひっかかってまったく降りてこない。
「先生、ちょっとセーターの裾、引っ張ってくれます? どれぐらい伸びるかどうか、試しにやってみたいんです」
 先生が裾を、利佳子の胸の先に向けて伸ばしていく。予想どおり、超特大の上毛糸がよく伸びて、思った以上に拡がってくれた。しかし…。
「うーん、これ以上は無理みたい。これより伸ばそうとすると――切れちゃいそう」
 あともうちょっと、という所で限界に達したらしい。先生の声がなんか遠くに聞こえる。
「あとどれぐらいですかぁ」
 利佳子は、自分の胸の先のことなのに、なんだか随分遠くに話しかけてるような気がした。
「ほんとあともうちょっとなんだけどねぇ。ね、思い切ってやってみる?」
「うん、お願いします」
 着れる可能性のある服はこれだけなのだ。可能性に賭けてみたい。
「じゃ、いくわよ。えいっ!」
 掛け声と共にこちらにも引き伸ばされたセーターの生地がぐんと引っ張られるような衝撃が伝わる。うまく胸の先を飛び越えられたらしい。おっぱいの上にセーターがかぶさる。
「はうっ――!」
 だがその途端、利佳子の大きな胸全体に強烈な快感が駆け上った。忘れてた! ミルクを飲めば飲むほど、胸が大きく張りつめて、同時にどんどん感じやすくなるんだっけ――。今の利佳子の胸は、伸び切ったセーターの生地に締め付けられて、ちょっとの動きでもこすれて強烈な快感を生み出していた。
(だ、だめ…。これ以上こすったら――ミルク、出ちゃう…)
 衝動につき動かされ、胸を思いっきりかきむしりたかった。そんな事をしたら胸の先からミルクが大噴出してしまうだろうに。しかし幸いかな、手をどんなに伸ばしても胸の先にまで届かないことを確認するだけだった。伸びきった両手がむなしくがちがちと空を切る。
 気をまぎらわせようと改めてセーターを見る。すさまじい伸び具合だった。セーターの一つ一つの目地が伸びて大きく開き、その下からおっぱいの地肌がすけて見えてしまう。
「あ、やっぱりだめ…」
 先生の声が聞こえる。伸びきったセーターがバストの圧力に耐え切れず、あちこちで次々と引き千切れ始めたのだ。
 プチプチと胸のあちこちから毛糸がちぎれる音がする。結局数分でセーターは穴だらけになり、外に出るどころではなくなっていた。
 利佳子も圧力が弱まるにつれ、どうやらミルクを噴き出すのを我慢できてちょっとほっとした。
「しょうがないわね。脱ぐのも大変だから、セーター、切っちゃう?」

 とはいえしょうがない。穴だらけのセーターの上に大きなバスタオルをかぶせる、という応急処置的な対応で出かけることにした。先生が自分の車を保健室のすぐそばまで着け、大急ぎで乗り込んだ。最初は助手席に座ろうとしたんだけどもそれでは胸がフロントガラスに思いっきり押し付けられてしまうことに気づかされた。かといって後部座席に回ると、前の助手席が邪魔で入れない。しかたがないから助手席をとにかく一番前に引き出して、その上精一杯前に倒し込むことによってようやく胸の納まるスペースを確保した。

「それじゃ、行くわよ」
 先生が車のキーを回す。エンジンが軽やかな音をたてて回転し出すと、畳み込まれた助手席をつたって乳房に振動が伝わった。
(あ…)
 利佳子のことなどお構いなしに車が発進する。胸に伝わる振動はさらに倍化した。利佳子の胸に次々とまた快感が襲ってくる。
(ああん、なんでこんなに感じやすいの、このおっぱいは…) 今、自分の胸の中に詰まっているミルクが中で撹拌されて、暴れまわっているようだった。
(き、きもちいいよぉ…) 思わずその快感に身をゆだねたくなった。考えてみればここしばらくミルクを飲んでばっかりで、全然搾ってないのだ。ミルクと共に快感もたまりまくっているはずなのだ。今、噴き出したらどんなに気持ちいいだろう。胸はちょっと小さくなるだろうけども、ちょっとぐらい、いいよね…。
 しかし一旦ミルクが噴き出した場合の事を考えると、到底ちょっとで済みみそうにない。その量の事を考えると、今車の中でミルクを漏らしただけでどんな惨事になるか、利佳子の頭に容易に想像できた。そうなると必死で我慢せざるを得なかった。
(ああ、そういえばわたし、もうしばらくミルク搾ってないなぁ) 気をそらそうとしてここ数日の行動を思い起こしていた。(そう…きのうの午後、明美にちょっとだけ飲ませたのが最後か。でももう随分出してないなぁ。出したとしてもほんの少しだし、後は飲んでばっかし。出して明美に飲ませても、結局その何百倍にもなって返ってきちゃうんだものなぁ。――なんかわたし、もう2度とおっぱい出せないような気がしてきた。だって一旦出したら、大変なことになっちゃいそうで――)
「さ、着いたわ」
 いきなりエンジンが止まり、先生の声が聞こえる。考え事をしていたおかげで気がまぎれ、どうにか我慢できたらしい。

 降り立ったその店は、思ったよりこじんまりとして、一見そのような仕事ができるとは思えなかった。
「びっくりした? まあひとりでやってる店だからね。小さいけども腕は確かよ。奥にちゃんと縫製機械も一式揃ってるんだから」
 車に入った時同様、降りるときもまわりをよく見回し、人影が途切れた時を見計らってそそくさと店に入った。先生がインターフォンを鳴らして応対する。
 すぐに奥から女性が一人出てきた。いかにもほんの今まで仕事に打ち込んでましたって感じの、かざりけのない、しかしはきはきした女性だった。
「あ、藤原さん。お久しぶりです。こちら、電話で話した里見さんです。里見さん、こちらこの店のオーナー兼仕立職人の藤原綾乃さんよ」
「藤原です。はじめまして」藤原と紹介された女性は、利佳子に向けて手を出しかけた。が、次の瞬間手が止まる。利佳子の胸が目に入ったのだ。
 思わず口をぽかんと開けて利佳子を見つめた。しばらくしてハッとすると先生を隅に呼んだ。
――な、なによあの娘…。
――え、だから話したでしょ。胸がすごーく大きい子って…。
――いくらなんでも大きすぎよ。あんな胸にあうブラなんて…見当もつかない。
――お願い。あなたの腕を見込んで連れて来たのよ。他にあてなんかないんだから。
 小声でのやりとりが利佳子にもおぼろげに伝わってきた。
 しばらくして、藤原さんは覚悟を決めたような顔をして利佳子に向かった。
「分かりました。ブラジャー、作ってみましょう。どうぞ奥へお入りください」

「なにはともあれ、サイズを測りましょう」
 店の奥の一室には、利佳子には分からない色んな道具やら機械が置いてあった。唯一分かるのがミシンだけというのが我ながらちょっと情けない。
「服を脱いで、こっちに座ってくれる?」
 利佳子はKONISHIKIセーターの裾をめくってみるが、胸が突き出しすぎてひとりでは脱げない。先生に手伝ってもらって裾を引っ張ると、遂に無理を重ねてきた毛糸が悲鳴を上げた。
 ビリバリボリッ
 限界を超えて伸びきっていた生地に、もうこれ以上耐える力は残されていなかった。まるで紙を破くようにずたずたに裂け、その大半は利佳子の肌から自然にむけ落ちた。
(あ〜あ)
 利佳子は思わずため息をついた。いや、ここまで持ってくれたんだから本当は感謝すべきなのだろう。けど遂に、かろうじてでも利佳子が着れる服はこれですべてなくなってしまった。
 しかし初めて利佳子の生おっぱいを見た藤原さんの驚きといったらなかった。職業がら、一目見ただけでその人のサイズをほとんど誤差なく見破れる眼力を持っていたのだが、この常識からあまりにかけはずれたサイズを目にして、その機能も完全にフリーズを起こしていた。
(いったいこのバスト何センチ――いや、何メートルあるの? いや第一、片方でいったい何キロあるのか…)
 その様子を察して、先生がそっと耳打ちをした。
「一応参考までに。彼女のバストは少なくとも5メートル以上あるわ」
「5メートル?」
「うん。わたしのところ、5メートルまでしかメジャーがなかったのよ。でもそれではまわりきらなかったの」
「――わかったわ」
 椅子に座った利佳子の横に、藤原さんは、とてつも長いメジャーを持って立っていた。
「このメジャー、まさか人を測るのに使うとは思ってもみなかったわ」それは8メートルあった。材質的には身体測定用のものと同じだったが、通常は建物等を測るためのものだった。

 測ろうとして、あらためて利佳子のバストをみつめた藤原先生の手が、触れる直前で止まった。
(すごいきれい――。大きいだけじゃない。こんなに胸がつやつやして、ピンと張りつめて、形も極上。すごい…。この胸に使うブラ、ぜひ作ってみたい) 彼女の心の中に、職人としての創作意欲がめらめらと燃え始めた。
「じゃ、測るわよ」慣れた手つきで、利佳子の胸の2つの先端にメジャーをすっと置いて、そのまま背中の方へとまっすぐな線を引くように伸ばしていった。熟練の技だ。念のために途中先生に押さえてもらったりしながら、慎重にメジャーを重ね合わせる。
「549センチね」
 その言葉と同時に、それまでピンと張りつめていたメジャーがすっとたわんで利佳子の胸から落ちる。やはり明美の胸のミルクを飲み干したおかげで、一気に2メートル以上バストがふくらんだらしい。
 それからも採寸は続いた。さすがにブラジャーを作るだけあって、他にも乳房の一番太い所の周りやら、胸から一体何センチ飛び出しているかやら、利佳子のまわりを飛びまわって精力的に小一時間、メジャーを鞭のように使いこなして測りまくった。
 最後に誤差がないかもう一度バストを測りなおし、同じ数値が出たのを確認すると藤原さんはふうぅとため息をついた。メジャーをくるくると巻いて片付け始めたのを見て利佳子もほっとした。その間、じっと座り続けていたので次第に胸の重みが負担になり始め、肩や背中が痛くなってきていたのだ。
「終わりですか?」
「あ、いや…」藤原さんはちょっと言いにくそうに口ごもった。
「これは、どちらかというとお願いなんだけど…。里見さん――だったわね。あなたの胸、じかにさわらせてくれない?」
 えっと驚く顔をした利佳子を見てあわてて続けた。
「もちろんブラを作る参考にしたいんだけど。その胸の重さとか、張り具合とか…この手で確かめたいの」
 利佳子はうなずき、そっと乳房の肌をさすった。
 中学生らしくその若々しい肌はしわひとつ、たるんだところひとつなく張りつめている。誘惑に駆られてちょっと押してみると、すぐさま素晴らしい弾力で手をはじき返してきた。ほれぼれしてしまったが一方で、(これは並みの強度じゃブラの方がはじき飛ばされちゃうわ)と肝に銘じた。最後に手を下に入れて、重さを測るようにあてがい、持ち上げようとした。しかし彼女の手では1ミリも持ち上がらなかった。
(な、何キロあるのよこの胸。この娘、よく立って歩けるわね)

 この日はこれで終わった。これからすぐブラジャーの製作にとりかかるという。どんなに急いでも一晩は時間が欲しい、というので翌日、改めて取りに来ることにした。
 結局帰りはバスタオルを胸に覆うだけの格好で車に乗り込み、先生の車で家まで送ってもらった。

 次の日、昼過ぎに同じく先生に車で家まで来てもらい、また一緒に藤原さんの店まで送ってもらった。
「きのうはよく眠れた?」
 車の中で先生が聞いてくる。利佳子の格好ときたらやはり上半身バスタオルだけだった。
「はい。きのう会っただけですけども、藤原さん、すごい自分の職業に誇りを持っているみたいで…。なんかこの人なら、って感じで楽しみで…わくわくしていたらいつの間にか眠っちゃっていました」
「あらあら」相槌を打ちながら、先生はハンドルを切って店の前に車を止めた。

「いらっしゃい、待ってたわよ」
 藤原さんは、きのうとはうって変わって自信に満ちた顔つきで奥から現れた。疲れてはいるようだが、気持ちが張りつめているせいか輝いているように見える。
「結局きのうは徹夜しちゃった。でも全然眠くないの。自分でも、今、一生のうちでも何度もないようなすごい仕事をしてるってのが分かるのよ。こんな仕事させてもらって、感謝したいぐらい」
 訊かれてもいないのに、先生に対して喋り続けている。よっぽど高揚しているらしい。
「まあ能書きはこれぐらいにして、とにかく見てみてよ」自分から仕事場にずんずん入っていった。「自信作よ」
 利佳子は先生の後について入っていった。狭いドアに思わず胸がひっかかりそうになるのを気をつけていたので、入るのが2人より少し遅れてしまった。
 藤原さんが指差すテーブルの上に、利佳子は何かとてつもなく大きな白いものが乗っているのが目に入った。なんだろう――馬鹿な話だが、それが自分用のブラジャーだと気がつくのにちょっと時間がかかった。それ以外なにがあるというのに――。
(こ、これが…ブラ――!! わたしの胸って、こんなにとんでもない大きさだったの!?)
 距離を置いてみて、利佳子は改めてその想像を絶する大きさを認識した。それはあまりにも――ブラジャーと言うもののイメージからかけ離れていたのだ。
「さ、つけてみてよ」
 藤原さんは興味津々、自分の仕事がどう評価されるかと期待に満ちたまなざしで利佳子を見つめる。おじけずいてはいられない。そってそのとてつもない代物に手を伸ばしてみる。
 さわってみると、ブラジャーとは思えないぐらいごつごつとしていた。生地自体厚手だし、かなり硬い感触だ。おそらくワイヤーだって縦横無尽にはりめぐらされているのだろう。
「ま、それだけの大きさだしね」利佳子の表情を読んだかのように藤原さんがしゃべり始めた。「いかに強度を保つかがまず第一の課題だったわ。けどね――ま、つけてみてくださいよ」
 ブラを手にとってみる。ずりしという手ごたえを感じた。しかし――そこまでで手が止まってしまった。
「先生――」利佳子の声は、本当に申し訳ないぐらいなさけないものになってしまった。「女として恥ずかしいことかもしれませんけど――このブラ、どうやってつけていいのか分かりません」
 藤原さんはあららとつぶやき、利佳子のそばに駆け寄った。「そうだったわね、こんな大きいもの、いきなりつけろったってとまどうわよね。ま、こつをつかめば大丈夫だから、今日は手伝いましょ」と先生にも声をかけた。
 利佳子はまず2人にブラをちょっと離れた所で持ってもらい、そのカップにバストを差し入れるように歩み寄った。利佳子のとてつもない超乳がずぶずぶとカップの中に入っていく。こうなって初めて気がついたのだが、最初ゴツゴツに見えた生地も、カップの内側は実にソフトに利佳子のおっぱいを包み込んでいった。
(うわー――なんかすごいやさしい感触…)利佳子はいつしか顔に嬉しそうな笑みを浮かべていた。その表情を見つけて藤原さんもにっこり頬笑む。
 そして遂には利佳子のおっぱいがすべてカップに納まった。大きすぎも小さすぎもなく、どこもかしこもぴったりで、まるで第2の皮膚のようにしっくりとなじんだ。
 利佳子はプロの腕のすごさといったものを実感した。きのう初めて会って、たった一日でこれだけぴったりのものを作ってしまうなんて…。この藤原さん、すごい人なのかもしれない。
 カップが埋まったら次はホックである。これだけの大きさだ、ストラップやらなにやらもすべて大きくて、細身の利佳子の胴体をすっぽり包んでしまった。ホック自体も背骨に合わさるように上から下までびっしり並んでいる。先生にも手伝ってもらう。自分でも半分ぐらいはホックを止めたが、全部止めるとなったら慣れないとそれだけで時間がかかってしまいそうだ。
「はい、終わり」最後のホックを締め終えた先生が、ぽんと利佳子の肩をかるく叩いた。
「これが――」利佳子は、肩を叩かれた後も、しばらくじっと立ちすくんでいた。
「どうしたの?」藤原さんが心配そうに顔を覗き込む。しかし利佳子は動かない。いや、初めてブラジャーを着けた感動を文字通り身体全身で感じとっていたのだ。
 下着1枚でこんなにも違うものだろうか。あんなに大きなおっぱいが、利佳子の身体にぴったりと乗っかるようになって、ちっとも気にならない。いや、これならば、もっと大きくなってもいいかな、なんて思えてくる。
 ふと、利佳子は自分の頬に涙がつたっているのに気がついた。自分でも気がつかないうちに目からあふれてきたのだ。
「ど、どうしたの!? どこか痛い?」藤原さんの口調に急に緊張感が走った。
「ううん、違うの」利佳子はすぐさま否定した。「すごいです。素晴らしいです。わたしのためにこんなものを作っていただいて――。だから…嬉しくって――」

 しかし嬉しいにニュースはそれだけで止まらなかった。先生が「実はもうひとつ用意したものがあるのよ」と思わせぶりに言いながら、車のトランクからこれまた大きな箱を取り出してきたたのだ。開けてみると――。
「こ、これ…制服!?」
「そうよ。上だけだけどね。でも下は今までので充分でしょ。きのうサイズを聞いて、超特急で業者さんに作ってもらったの。まあ、あまりに突拍子もないサイズだったから、何に使うんだってさんざん不思議がられたけどね」
 言いながら先生は胸の部分がとてつもなく押し広げられた制服のブラウスをバッと広げてみせた。
「ブラだけあっても服がなきゃしょうがないでしょ。ま、他にもいろいろ作ってあげればいいんだけど、学校の人間としては、何はなくとも制服だけはちゃんとしてほしい訳で、ね――」
 利佳子はその言葉を最後まで聞くことなく、本格的にうれし泣きを始めてしまった。
「あらあら…。ほら、念のために着てみてくれない」
 言われて利佳子は涙を拭き取ると、新しい制服に袖を通してみた。でも――ボタンには到底手が届かず、第1ボタンだけ自分で止めると後は先生にと止めてもらった。先生はひとつひとつ、布地を中央にたぐり寄せるようにしながらボタンを止めていく。
「ね、大丈夫? きつくない?」
「はい…。大丈夫、です」
 胸の頂点を越え、ボタンが下に進むにつれて他人では却ってボタンをしめづらくなる。利佳子は手が伸びる所まで来ると引き取って自分で止め始めた。
 遂に最後のひとつのボタンが締められる。
「すいません、鏡を見せてくれませんか?」
 藤原さんが、全身が映るほどの大きな姿見を利佳子の前に据えてくれた。
 利佳子は鏡に映し出された自分の姿を覗き込む。言葉を失った。
 その胸の迫力は、利佳子の想像をもはるかに超えていた。バストが巨大な山のように胸から大きく盛り上がり、前方にそびえ立っていた。おろしたてのブラウスの中にはどこもかしこもみっちりと胸の肉が所狭しと詰め込まれてその形が恥ずかしいぐらいはっきりと浮かび上がっている。試しに鏡の前でくるっと一回転してみた。とてつもない質量を持った胸が慣性の力を借りてその動きを何倍にも増幅して揺れ回る。しかし――その動きをブラジャーがそのそばからやさしく支えこみ、うまいぐあいに吸収してくれた。おかげでぜんぜん邪魔にならない。
「すごい…」
 利佳子は思わず感嘆の声をあげた。
 横でそれを聞いていた藤原さんは、満足げににっこりと笑った。
「どう? 間違いなくわたしの最高傑作よ」
 利佳子は、力強くうなずき返した。

 ―――――――――――― 

 そうして、そのブラジャーとブラウスを今、利佳子は身につけて登校している。一歩、一歩、足を踏みしめるたびにその素晴らしい仕事を実感し、歩くのが楽しくなってくるのだ。たしか土曜日には、登校しただけで疲れきっちゃったっけな。しかし今日は――あの時よりずっと胸が大きくなっているのにも関わらず、まだまだずーっと歩いていけそうな気がする。
 大きな胸にも何の気兼ねもいらず、利佳子は絶好調だった。

 それに、ひとつ気がついた事がある。それは土曜日の昼間以来ずっと、例の「ミルクを飲みたい」という欲求が一度も起こらないことだ。ためしにちょっとコップ1杯の牛乳を飲んでみたりもしたけども、ふつうに飲めただけで、特にあの飢餓にも似たつき動かされるような衝動は起こらなかった。
 ちょっと気になることではあったが、既にこんなに胸が大きくなったことだし、とりあえずはもういいかな、という気になっていた。それに、せっかくこんな素晴らしいブラジャーを手に入れ、制服も着れるようになったのに、またミルクを飲んで胸がこれ以上ふくれあがっちゃったらまたこのブラも着れなくなっちゃう。このつけ心地のとりこになっていた利佳子は、それは絶対いやだった。
「そうよ、もうミルク飲まなきゃいいのよ。もう充分すぎるぐらい大きくなったし。多分この1週間で一生分以上のミルク飲んだのよ。後はこの大きさを維持さえすれば――そうよ、そうしましょ」
 利佳子は空いていた右手をぐっと握り締めると、そんな事を決意していた。

 校門が見えてくる。その向こうに、なんだかとてつもなく素敵なことが待っているような気がした。
「なんか今日は、いいことありそっ!」
 そう、思えばこの時、利佳子が最も幸せを感じていたと言ってよかった。この校門の向こうに、彼女を思いもよらない運命が待ち受けているということを、本人はまだ知りようがなかった――。