episode 4 ダイエット…?
完全無欠(?)の超乳美少女、堀江久美子にも、ひとつ困ったことがあった。
(ああ、お腹すいたなぁ)
ちなみにまだ2時間目である。お昼休みの時間はまだまだまだ遠い。もちろん朝ごはんもがっちり食べてきたにも関わらず、久美子の胃は早くも次の食べ物を要求していた。
先生の声だけが響きわたる静かな時間の中、お腹が鳴っちゃったらどうしようかとちょっと気にしながら、久美子は空腹を忘れようとするかのように愛用のノートパソコンのキーボードを打ち続けていた。
2時間目のチャイムが鳴り終わる。久美子は鞄の中から何やら包みをとりだすと、そっと教室から消えた。
そしてようやく待望の昼休みがやってきた。久美子は友人らと机を並べると、鞄からおもむろに弁当箱を取り出した。それは友達のに比べると明らかに目だって大きく、その箱の中に、ご飯やおかずがびっしりと詰めこまれていた。
久美子とお弁当を並べているのはクラスの女の子3人。校内ではたいがい4人で一緒にいろいろ行動している仲のいい友達だった。
久美子の右手から時計回りに、菜保美、加寿子、しのぶと並んでいる。この名前だけだと特に感じないけど、苗字を並べるとちょっと面白いことになる。加寿子の苗字は大村、しのぶの苗字は中村、そして菜保美の苗字は小村と言った。3人並ぶとみごとに大中小揃うわけで、入学時にその事に気づいた3人が「偶然とは思えない」とつるみ始め、なぜか気があった久美子も加わった4人グループが自然に生まれていった。
しかしなかなか名は体を現さない。小村菜保美は170近い長身で、体つきもわりあいがっちりしているのに対し、逆に大村加寿子は150センチちょっとしかない小柄な女の子で、少し太めなのを気にしている。中村しのぶはちょうどその中間、背は158センチある久美子と同じぐらい、スレンダーな体つきも久美子とよく似ていて、後姿だけだと見分けがつかないくらいだったが、ただひとつ、胸はぺったんこだった。何かというと「いーなー久美子のムネ、ちょっとでいいから分けてちょうだいよ」と難題を言う。けど久美子もその気持ちはよく分かった。自分自身中2まで――いや中3の始め頃までまったく同じ悩みを抱えていたのだから。ただ、今下手に「分かる」なんて言おうものなら単なるイヤミにしか聞こえないだろうから、久美子はそう言われると困ったように頬笑むだけだった。
けどそのせいだろうか、しのぶは3人の中で一番、久美子のバストに興味深々だった。なにかにつけて胸に手を伸ばしてさわろうとしたりサイズを聞きだそうとする。この前の身体測定の日、遂に久美子のバストサイズを聞きだすのに成功したのも執念の賜物といってよかろう。
久美子はそのおっきな弁当箱を左手で胸の上にささげるように持ちながら黙々と箸を動かし続けた。授業の時同様、胸で完全に覆われてしまった机の上に、弁当箱を置くスペースなど残されていないのだ。
「ねえ久美子、その格好って疲れない?」
奈保美が訊いてくる。疲れるも何も、そうしなければご飯が食べられない。今の自分には空腹を退治することの方がはるかに重要なのだ。気にしてなんていられない。
「うーん、別に。慣れちゃったからかなぁ」
そう言っているうちにも箸は猛然と動き続け、決して大きくない久美子の口に次々と食べ物を運んでいった。決してがっついている風には見えないのに、恐ろしいスピードで弁当箱の中身はみるみる減っていく。
「でもさぁ、久美子って意外と筋肉質よね。こんなに細いのに」
加寿子が自分の腕と見比べながらそっと言った。
「しょうがないよぉ。久美子は、こぉんな大きなものを四六時中抱え込んでんだから」しのぶが、久美子の胸をじっと見ながら返した。
毎度のことだったが、話題は次第に久美子の胸のことへと集中していく。またかぁと思いつつ、気取られないようにと、久美子はさらに食べることに専念した。
「しのぶったら、最近そればっかりね」菜保美が横からちょっとあきれ加減で言う。
「いーじゃん。ねぇ久美子、いつになったらわたしに胸が大きくなる秘訣を教えてくれるのよぉ」
(そんなの、わたしが知りたいよ) 久美子はご飯をかき込みながら心の中でつぶやいていた。自分にだって、どうしてこんなに胸が大きくなって、いつまで大きくなり続けるのか分かりはしないのだ。
――ふと、この前細川先生が言った事を思い出した。
(そういえば、専門の先生に診てもらわないかって言ってたわね。その先生なら、なにか分かるんだろうか?)
「無駄よぉ、しのぶ」加寿子が横から口を挟む。「久美子が何か食べている時には話しかけたって。まったく、今だに食い気最優先なんだから」
(なによ〜)と心の中でツッコミを入れていくうちに、とうとう弁当箱の中身は空になり、久美子はものごりおしそうに蓋をした。缶入りのお茶をぐいっと流し込んでから口を開く。「いーじゃない。今わたし、育ち盛りなんだから」
「はいはい、育ち盛りね――って、あんた、おっぱい育ちすぎ!」
「ところで一体誰なのよ」とりあえず空腹を退治したところで、久美子の舌はにわかに活発に動き出した。「わたしのバストサイズばらしたの。学校中に知れ渡っちゃったじゃない。菜保美? 加寿子? しのぶ? もう…3人しかいないはずなんだからね」
そうだった。今まで秘中の秘で隠し通していた久美子のバストサイズが、あの身体測定後、いつの間にか学校中に知れ渡ってしまったのだ。おかげできのうも廊下を歩いているところで、横からいきなり見知らぬ人から「「すげ〜、2メートルかよぉ」などと声をかけられたりしてたのだ。
「もう…すっごく恥ずかしかったんだからね」久美子は不満そうにぶちまけた。他の3人は一斉に(問題はそこじゃないだろ)とツッコミを入れたくなるのを必死でこらえていた。
「誰かが憶測で言った数字がひとり歩きしちゃったんじゃないの? だってさぁ、これが例えば182とか半端な数字だったらともかくさ、2メートルってキリのいい数字じゃん。きっとそうだよ」
「そうかなぁ…」
3人はそうよとばかりにうなずいた。これだけの美少女で、さらにこれほどまでの超乳の持ち主なのだ。しかも一見そうは見えないけど成績だって学年トップ。有名にならない方がおかしい。おそらく今月入った新1年生だって、もう誰一人久美子を知らぬものはいないだろう。
「ま、そうかもな――」
あきらめたかのように、久美子は空になった弁当箱を鞄にしまってこの話題を打ち切ろうとした。
「ところで久美子ってさぁ、2時間めと3時間めの間の休み時間、よく姿消してるよね。何してんの?」
いきなり加寿子が口を開いた。久美子はギクリと弁当箱を持った手が止まる。
「なーんてね、実は知ってんだ」加寿子は弱点をつかんだとばかりにニヤニヤと久美子を見つめている。他の2人は、なになに?、と興味津々の様子で加寿子を見つめかえした。
「そういえば不思議だったのよね」
「あ、しのぶも? そう、いつもこそこそと教室出てくから何してんのかなと思ってたの」
(奈保美も、しのぶも――) うまく気配を隠してたと思い込んでた久美子はあわてた。これほど目立つ存在の久美子が、そんな隠れることなんてできやしないのも知らず――。
「で、で、何してたの?」
「そ。今日、また何か手に包みを抱えてこそこそと出て行くからそっとつけてったの。で、使われてない教室に入っていったからまさか…と思ってわずかに開いてた扉の隙間から覗き込んだの。そしたら中で久美子がたった一人、うれしそうに包みを開くと中からこーんな大きなおにぎりが3個も――」
「やめてーっ!!」
久美子は思わず声を上げてしまった。
「なーんだ、てっきり誰かと"あひびき"でもしてるかと思ったら――早弁かぁ」
「でも久美子、たった今またお弁当たいらげちゃったじゃない。これって――」
3人の追求の目にさらされ、久美子は開き直った。
「しかたないじゃない。お腹すくんだもん」
久美子はすねたような顔をしてみせた。その表情に3人はハッとした。
(か、かわいい…。こいつ、この顔ひとつで男の5人や10人平気で破滅に追い込みそう――。なのに、ここまで徹底して男っ気がないのは、ある意味この世のためかもしれない…)
次の日の昼休み、久美子がまた"2つめ"のお弁当を嬉しそうに食べているのを見て、しのぶが言った。
「久美子、ご飯食べてる時いっつもしあわせそうね。ね、久美子はダイエットなんてしたことある?」
「ううん」すぐさま否定した。毎日が空腹との戦いで、正直そんな余裕はない。
「やっぱり…」
「あれ、しのぶはやっぱりダイエットしてるの?」
加寿子が訊き返す。
「ダイエットっていうかさ、日々節制はしてるよ。間食は避けるとか、カロリー計算して決めた分以上は食べないとか…」
「そうなんだ…」加寿子はしのぶの細いウエストをちらりと見た。うらやましそうだった。
「でもそんな風にしてると胸はぜんぜん出てこないのよね。いいなぁ久美子は、基礎代謝めちゃくちゃ高そうで。そんだけ思いっきり食べても栄養はぜーんぶおっぱいにいっちゃうんだもんなぁ、その秘訣教えてよ」
「そんな言い方しないでよ」久美子が言い返す。でも実際、胸が今のように成長し始めてから、もともと旺盛だった食欲がますます加速したような気はする。(やっぱりこれだけ胸が育つのに、カロリーがいるんだろうなぁ) しかしそれを認めるのは自分が馬鹿だと言ってるみたいでちょっと抵抗があって、歯向かうように言った。「ちゃんと他の所にも行ってます。頭とか」
それは3人も認めざるを得なかった。単にテストの点とかだけでなく、こうしてふつうに話してても記憶力とか頭の回転の速さとかが飛びぬけていることはしばしば痛感させられた。奈保美はちょっとかまをかけてみた。
「ところで久美子、初めてこの4人で遊びに行ったのっていつだっけ」
「去年の6月12日でしょ」久美子は箸を動かすのも止めずに即答した。
「そうか。で、あの時入った喫茶店って…」
「渋谷のらんぶる。ちょっとぉ、さっきから人の頭をメモ帳代わりにしてない?」
「ごめんごめん。だって久美子がいると便利なんだもん。やった日とか行った所とかどんな事があったとか、訊くとなんでもたちどころに答えてくれてさ。ほんと久美子の頭の中ってどうなってんだろうって、時々不思議に思うよ」
「別に不思議じゃないよ。ただなんとなく、憶えちゃうだけ」
「それが他の人には不思議なんだって」
そんなもんかな、と解せない顔をしながら、弁当箱に蓋をした。中身はもののみごとにきれいさっぱりなくなっていた。
「けどさぁ、確かにこれだけ食べなきゃ、頭まで栄養が回ってくれる余地がないかな、という気もする」
久美子はちょっと過去を思い起こすような顔をした。
「去年風邪ひいた時にさ…」
「うんうん」
「熱がずーと続いて、それでも胸だけは相変わらず大きくなっちゃって、頭がだんだんぼーっとしてきちゃって…」
「そりゃー風邪のせいだろう!」
「違うのよ。とにかく『あ、こりゃいけない』と思って、とにかくやみくもにたくさん食べたの。そしたら――治っちゃった」
3人はずっこけた。大体あの時だって風邪で休んだのって1日だけだろうが。3人の知る限り、久美子が病気になったのはそれ1度きりしか知らないし、普段はもうあきれかえるほど元気いっぱいだった。
「ね、ね、やっぱりおっぱい大きくなるのにたくさん食べた方がいいと思う?」こんな事を言うのは決まっている。しのぶだ。
「うーん、なんていうかさぁ、これはわたしの感覚なんだけど、おっぱいがとにかく『これだけいる!』って感じで真っ先にごっそり持ってっちゃう感じなんだよね。それだけじゃとてもやってけないからお腹がすいちゃってついつい食べちゃう、食べるそばからどんどんおっぱいに吸収されちゃう、でまたお腹がすく――ってその繰り返しみたいなの。だから、なんていうか――順番が逆なのよ。おっぱいが先に大きくなっちゃうからいっぱい食べちゃう、っていうか…」
「だめだー。久美子の話は参考にならん。普通じゃないよ、それ」そういうとしのぶは手に持っていたスプーンを――さじを、大げさに机の上に放り投げた。
放課後になった。昼にあれだけ食べたのに、久美子の胃袋は早くも活動を再開させたがっていた。
「ねえ、二丁目に先週ケーキ屋できたの知ってる? バイキングやってるみたいだから帰りに寄ってかない?」
加寿子の声を耳にした途端、久美子はすぐさま話の輪の中に突進していった。
「ケーキバイキング!? 行く行く!」
甘いものには目がない。加寿子は(まだ食べるの?)とツッコミを入れたかったが、久美子の心から嬉しそうな笑顔を見ると何も言えなかった。
そして――席に着くや否や食べ放題コースを選択し、またたく間に10個あまりのケーキをたいらげ、さらに追加しにいこうとする久美子を見て、加寿子は半ばあきれたように言った。
「久美子…あんたさぁ、そのうちおっぱいパンクしちゃうよ」
(うう…やっぱちょっと調子に乗りすぎたかなぁ)
家に帰った後、久美子はしきりに胸のあたりを気にしていた。普通、食べ過ぎるとお腹が張るものだが、久美子の場合、そんな時でもなんだか胸の方が張って苦しいような気がするのだ。いや、気がするどころの話ではない。服を脱いで胸を確かめると、ここにきて急速にきつくなってしまったブラが、今やはじけ飛ばんばかりに中身がいっぱいになっている。明らかに一段と張りと大きさを増していた。
久美子はカレンダーをちらりと確かめると、ほっとしたように息をついた。
(明日がTに行く日でよかったあ。ほんと、月2回にして正解だったな。あと1日だってもたないよ、このブラじゃ)
そして手を背中に回して、引き千切れんばかりに張りつめたホックをひとつひとつ丁寧にはずした。すべてのホックをはずし終わると、今日初めて深々と呼吸をした。
裸になった久美子のバストは、一段と張りを増し、つやつやと輝かんばかりに胸から砲弾のように突き出していた。そのはちきれんばかりの張りつめぐあいは、自分でも驚くほどだった。
(ほんと、たくさん食べた後ってすごい元気いいなぁ、わたしのおっぱい)
我ながらほれぼれするほどの形と大きさに、ひとりごちていた。
このバストを成長させ続けるのに、厖大なカロリーが使われているのは間違いないだろう。これだけ食べていながらダイエットと無縁でいられるのもこの胸のおかげに違いない。けどなんと言われようと食べる事が大好きな久美子にとっては、しのぶにいくらやっかまれようとありがたいことだと思うしかなかった。
(ま、わたしのために、これからもどんどん大きくなってね) まるで自分の胸を鼓舞するように掌でピチャッとひとつ叩いてみせた。お腹がすきすぎるのも困ったものだけども、そのおかげで好きなだけいくらでも食べられるのだ。文句言っちゃいけないよね…と気持ちを切り替えていた。
(それに明日はいよいよ"計画"決行の日だし。準備しなきゃ)
久美子はブラを手にしたまま意を決したように立ち上がった。一瞬遅れてバストがたっぷんとやわらかそうに揺れた。
次の日は日曜日、久美子は"愛車"を出した。バイク――というにはかわいい原付、正式名称原動機付自転車だ。ヘルメットをかぶりラフな格好で新宿に向かう――。今日、久美子は初めて自分ひとりでTに行くことになっていたのだった。
「それじゃこれから伺います」携帯で店に電話を一言入れてから、久美子はエンジンをかけた。
事前に連絡を入れておいたからだろう、店に着くとすぐに試着室へ通された。
「ふーん」案内を受けながら、久美子は改めて店内を眺めた。かれこれ1年前、細川先生に釣られて初めて足を踏み入れた時に感じた新鮮さが、一人で来たせいかまた感じられていた。
「お待たせしました」
さっそく新しいブラジャーが差し出されてきた。久美子は待ちかねたように服を脱いでブラジャーひとつの姿になる。それを見て店員はハッとした。月初めに新調した時にはけっこう余裕があったはずのブラジャーが、今はもうどこもかしこも乳房がみっちりと隅から隅までいっぱいいっぱいに詰まっていて、今にもあふれ出してきそうになっていた。(きつそう…。たった2週間でこんなになるなんて――。もっともっと大きくすべきだったのかも…。それにしてもこれでよく平気でつけていられるわね) 店員は心の中でつぶやいていた。
実際、久美子にとっては平気どころの話ではなかったのだが、他にどうしようもないのでだましだましつけているのだったが。
だからやっとのことで今までのブラをはずし、新しいブラを身につけると、心底ほっとしたような顔をした。このブラだってすぐにまたきつくなってしまうのははっきりしている。しかしほんのわずかの間だけでも、ブラに悩まされずに平穏な日々が送れると思うと、このTの存在が本当にかけがえのない存在に思えていた。
「それじゃあ、またよろしく」
「このブラが何か問題が起これば、なんなりとお申し付けください」
久美子は来る時とは比べ物にならないほど爽快な顔で、バイクの荷台に予備のブラをくくりつけると一路帰途についた。そう、密かに準備していた"秘密の計画"を実行に移すために。
家に着くと、持って帰ったブラをしまうのもそこそこに台所に向かった。2人ぐらし、しかもその父親は不在がちとくれば、自然とここ数年家の厨房は久美子の管轄となっていた。
研究熱心なのはいいけど、ここんところくすっぽ家にも帰ってこない。それをいいことに、久美子はこれから思い切ったことをやろうとしていた。
(娘が家でこんなことしてるなんて知ったら、お父さんなんて言うかな。――まったく、こんなんだからお母さんにも逃げられるんだよ)
直接は絶対言えないようなことをつぶやきながら、久美子は意を決するように冷蔵庫の扉を開けた。
冷蔵庫には、事前に買っておいた大量の卵や牛乳、カラメルソース等がこれでもかとばかりに詰っている。まるで店でも始めるのかとばかりに壮観だった。見当がつきにくかったから、いくらなんでもこれだけあれば充分だろう、というだけの量を思いっきって仕込んでおいたのだ。
「よしっ」そして久美子は、きのう使っていたブラジャーを取り出した。きのうのうちに洗濯を済ませ、いろいろコーティングして耐熱・防水加工しておいたのだ。ストラップやホックの部分は切り外し、逆に谷間の部分は器用に補修してある。フルカップとはいえ谷間の部分はすき間が開いてしまっていてそこからあふれてしまいそうだったから自分でいろいろ工夫したのだ。その時、鏡で自分の胸を写し見ながらいろいろ凝りまくったのだが、おかげで我ながらいい感じに再現されてる。丸一日置いといたおかげですっかり乾いているようだ。指で叩くとコツコツという音が響いた。
「うん、いい感じで固まってるな」
そこにあるのは――ブラジャーを原型にしてまるで自分のバストをすっぽり型どったような、2つの巨大な球がくっついたような特大容器だった。
「なんかおさまりがつかなくなっちゃったんだよね」
この前の誕生日の時、学校のプールでブラなしで背泳ぎした際に、自分の揺れ動くバストを見ながらふと感じた「こんな大きなプリンが食べたい」という想い、そのいたずらっぽい思いつきがなぜか日に日につのってきてしまっていたのだ。最初は「このブラジャーを型にして作ったら…」なんて冗談半分に考えたのがどんどんエスカレートしてしまい次第に止まらなくなってきた。そしてブラジャーを切り替えた今日、使い古したブラジャーを使って"決行"しようと密かに計画を進めていたのだ。
まずは全体の分量が分からないと――と、流しにブラジャーを据え置くと、計量しながらカップの中に水を流し込み始めた。
しかし…入れても入れても一向に水は中にたまっていかない。防水処理が甘かったのか…と確認したけども水が外に漏れている様子はまったくなかった。どう考えても、このカップの容積が予想をはるかに上回るものである事を認めざるを得なかった。ちょっと怖くなってきたけども途中でやめるのも気が引けて、時間をかけてやっと中に水が満杯になったのだが、久美子はその量にあわてた。
「30リットル…」
後から思うと、この時でやめとくべきだった。実際脳裏に危険信号が発せられているのも感じていたのだが、その時は乗りかかった船、行きつくすべきまで行くべきだ、そうよ、これが青春よと訳の分からない盛り上がにはまってしまっていた。それにもうひとつ、自分のおっぱいを一度離れて客観的に見てみたいという好奇心がその上に重なっていた。
結果を元にすぐさま材料を計量し、混ぜ合わせるとブラジャーの中にすべてぶち込んだ。あれだけ用意してあった材料が――すべて使い切ってしまっただけでなく、まだブラには1センチぐらいの余裕があった。
「うーっ」どうせならブラ満杯にしたい、という思いをなんとか断ち切り、そのブラをかろうじて入る家の中で一番大きなオーブンにいれて焼き、さらに空っぽになった冷蔵庫の段をすべて取り払い、材料をひたしたブラをその中に入れて冷やしだした。
「あとは待つだけ…」
待ち遠しい時間が過ぎ、頃合いを見て取り出した。ブラの中のプリンは綺麗に固まっている。
「うん。このわたしが作ったんだもん。うまくいかないわけないわよね」
そして家にある一番の大皿をテーブルの上に用意すると、ブラの端っこに包丁を刺しこみ、すき間に空気を流し込んだ。次第にカップの内側からプリンがはがれ落ちていき、どんとばかりにその中身が皿の上に現れた。
「これが――わたしのおっぱいなの…」
うまく中央に乗せたのに、両端はほとんど大皿からはみ出さんばかりになっている。改めて見たそれは、自分の想像を超えて大きく大きくせまってきた。
「わたし、いつもこんなの胸につけてるわけ? すごい…」
圧倒されるとともに、ちょっと誇らしくもあった。
我ながら、きれいだと思った。このなんともいえない曲線なんかいい感じだし、苦労した胸の谷間なんかもすごく感じがでてる。これをすくって壊すのはもったいなく思えてきた。
しばらくそのまんま眺めてすごす。輪郭をつーっと目で追っていくとついつい見入ってしまっていつまでも飽きなかった。ちょっと指でつついてみる。自分で胸を触った時よりもはるかにはかなげに、ふるふると揺れ動いた。もうちょっと強くつついたら崩れちゃうだろうな。プリンだから当たり前だけど、そんな危うさが感じられてなんかいとおしかった。
しかしいつまでもこんなことをしていられない。食べなきゃ…いざそう考えると一気に気が重くなった。あんなに食べたかったプリンだが、いざ目の前にするとそんな気がすーっと消えていってしまっていくようだった。
「芋粥…」久美子はふと、昔読んだ芥川龍之介の小説を思い出していた。あの主人公――たしかちゃんとした名前は出てこなかったはずだけど――の気持ちがよく分かった気がした。
でも食べなきゃ。プリンだもの、置いておいたら悪くなっちゃうし、万一お父さん帰ってきてこんなもの見られたら――恥ずかしくて目も当てられない。かといって捨てるのは絶対にいやだし…。
意を決して久美子は、別に作っておいたカラメルソースの入った鍋を取り出し、プリンの上にまんべんなくかけていった。つーっと後を引くように黒い線がプリンの上に流れていき、それが曲線にそって次第にとろけるように落ちていく。なんだか自分の胸の上にふりかけられているようでなんかおっぱいがこそばゆくなるような妙な感じがした。
「じゃ、いただきます」
ほとんど自分に気合を入れるようにスプーンを持った。下手に横からとると絶対自重で崩れ落ちるから、と先端――乳首の辺りからすくって食べる。自分のじゃない、これはプリンなんだ、って頭では分かってるのに、スプーンが入る瞬間、左のおっぱいの先が妙にくすぐったい気がしてしょうがなかった。まるで自分のおっぱいを食べるみたい…。その考えを振り払って口に入れる。ほのかな甘みとやわらかさが口いっぱいに広がった。
「やっぱりおいしいじゃない」もちろんそれはプリンの味に他ならなかった。それに勇気を得て、とにかく夢中で食べ続けた。形を気にしなければ、これはあくまで大好物のプリンなんだ、と。
しかし――食べても食べても減らなかった。プリンぐらいいくらでも入る、と高をくくっていた久美子だったが、いかな大食漢でも30リットルは多すぎた。まだ半分近くが皿の上に残っているのに、もう一口も入らない、という所まできてしまった。
それに――あんまり皿の上を見たくなかった。まるで自分の胸が崩れてその残骸が残っているように見えてしょうがなかった。
「ああああ、失敗したぁ」
後悔はしている。でもどうしたらいいだろう。もうどうにも口に入らないし、けどこの状態で捨てるのは、自分のおっぱいを捨てるみたいでもっといやだったし――。
しばしの沈黙の後、久美子の中で、何かがぷちんと切れた。
「ええい、このようなものをこの世に残しては置けん。かくなるうえは全部食べてやる。食って食って食い尽くして全部わたしのおっぱいに還元してくれるーっ」
久美子は大皿をむんずとつかむと、必死の形相で残ったプリンをスプーンでかき集めながら懸命に口の中に押し込み続けた。口もお腹も全部拒否反応を起こしているのに、頭は指揮権を発動して無理矢理プリンをのどの奥に流し込み続けた。
壮絶な一人戦争が繰り広げられ、終わってみると、皿の上はきれいに片付けられ、久美子はもう一歩も動けないような状態で、それでも満足げに頬笑んでいた。
「やっ…た…ぞ」
それからが大変だった。この時はさすがにお腹が一晩中痛んで寝付くところじゃない。いくらなんでも食べ過ぎた、と後悔しても遅い。こりゃあした学校休むなきゃ。痛むお腹を抱えながらそう思っていた。ところが…。
いつの間にか服のまま眠ってしまったらしい。気がつくと外はもう明るくなっている。ぐっすり眠っている間に、腹痛はうそのように治まっていた。
「え…?」
手をまさぐってお腹をチェックする。あれだけ苦しかったのに、いつもとまったく変わらずにほっそりしている。
「あんだけ食べたの、どこ行っちゃったんだろ」
なんとなく人体の神秘を感じたけども、どこに行ったかは次の瞬間分かってしまった。
「あ、胸が…」
きのう、新しいサイズのブラに取り替えたばかりだというのに、きのう感じていた余裕は微塵もない。今はまた、カップの隅々にまでおっぱいがいきわたり、みちみちと音を立てんばかりにぎっしり詰めこまれていた。
「たった一晩で――ほんとに、おっぱいになっちゃった」
――久美子…あんたさぁ、そのうちおっぱいパンクしちゃうよ。
ふと、きのう加寿子があきれたように言った言葉が頭に浮かんできた。
「まっさかぁ…」
なんだか自分でも信じられないような心持ちで、久美子は力なくつぶやいていた…。