シェエラザード 前編

ジグラット 作
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むかし、むかしのもっとむかし――。
 ペルシャに、今の中東をすべて含むほどの巨大な王国が存在した。その国を統治するサルタン(王様)はシャリアールという名前で、元々は非常に善政を行う賢帝であった。そのためもあって国は大いに富み栄えていた。ところがそんなある日、とある出来事を境に王様の性格は一変してしまった。
 王様の寵愛を一手に受けていた最愛の妃に裏切られたのだ。
 王妃は大変な美貌を誇ったと言うだけでなく「ペルシャに並ぶもののない美巨乳」の持ち主とうたわれていた。その乳房を愛してやまなかった王だったが、ある時城を留守にした際、こともあろうか妃が臣下の者と密通しているのを偶然目撃してしまったのだ。王様の様子は一夜にして暴君へと豹変した。その妃と臣下を問答無用で処刑したのはもちろんだが、それだけでは王の気持ちはまったくおさまらなかった。さらに調べていくうちに、妃が常日頃、その王が愛する乳房をこれ見よがしにちらつかせては次々と男を誘惑していたという事実を知り、妃と関係のあった男を徹底的に調べ上げ、そのすべての首を切り捨てた。しかしそれでもまだ気がおさまらない。遂には妃のあの大きな胸がすべての元凶だとばかりに、かわいさ余って憎さ百倍、「胸の大きい女は害悪だ」と思い込むに至った。それからの王の行動は常軌を逸していた。ほとんど毎日のように、国中から選りすぐった胸の大きな生娘をひとりづつつれて来ては輿入れされ一夜を共にした。最初、娘達は玉の輿とばかりに喜び勇んだ。しかし次の日の朝、その娘が再び生きて現れることは決してなかった――。
 国中は恐怖に陥った。年頃の娘を持つ親は、特に娘の胸が豊かにふくらんでいく様を見るたびに心配で眠れなくなった。いつ王様の元へ連れて行かれるのか分からないのだ。もちろん、城からお召しがかかれば断ることは決してできない。遂にはたまらず国を捨て、国境を越えていく者も少なくなかった。いや、その数は時を経るにつれ増加の一途をたどっている。しかし王様はそれでも狂ったように巨乳の女性を毎晩求め続け、翌朝夜明けと共に処刑する事を続けていた。来る日も、来る日も――。
 そのような狂乱の日々が3年にもわたり続いていった。

「おいっ! 今日の娘はどうした? 誰もおらんではないか」
 シャリアール王は大臣を頭ごなしにどなりつけた。
「これで2日連続だぞ。お前は一体何をしているのだ!」
「おそれながら――」大臣は床に頭をこすり付けんばかりに平身低頭していた。「王様のおかげで、わが国にはもう王様が御所望になるような娘はひとりもおりません」
「なに! 巨乳の娘はもう誰もいないと申すか!?」
「はい――。なにしろこの3年もの間、王様は毎日ひとりづつ…」この先に続く言葉のおそろしさに、思わず口を濁した。「国外に逃亡した者も多く、この国からは胸の豊かな女性はもののみごとに消えうせてしまいました」
 大臣の言う事は事実だった。今、ペルシャの町を歩いていても、胸が少しでも盛り上がっている女性に会う事はまったくない。出会うのは気の毒なぐらい貧乳の娘ばかりである。少なくとも表向きは――。
「これも王様の政策のたまものです。ですから、もうそろそろ――おやめになってはいかがでしょうか」王の顔色をうかがいながらおそるおそる、やっとの思いでこれだけ言ってのけた。大臣としては、なんとかしてこのような乱行はやめさせたかった。この恐怖政治のおかげで、国を見捨てていく優秀な人材も多く、そのために現在、この国の文化も経済も、凋落の一途をたどっているのだ。
「ふん――。わしは信じないぞ」しかし王は不遜な態度を崩さなかった。
「これしきの事で巨乳が一層されるほどわが国は小さくはない。国外に逃れた者をさっぴいても、まだまだゴマンと隠れているはずだ。いいか、とりあえず今日はよしとしよう。しかし大臣、明日中になんとしても巨乳の女を探し出せ。絶対に隠れているはずだからな。そして明日のこの時間、お前がまたひとりでのこのことわしの前に現れるようならば――即刻お前自身の首を切り落とすからな。そう思え!!」

 大臣は苦悩していた。王様は実情をご存じない。本当にこの国中から胸の大きな女性はまったくと言っていいほどいなくなってしまっているのだ。王様は自分がなさっていることの重大さにまだ気がついていない。それほどまでに、少しでも胸のふくらんだ女性は徹底的にもう国外に脱出してしまっていたのだ。大臣だって本当についこの前まで、王への忠誠心とは別の理由で必死になって巨乳の娘を探し出し、王に差し出していたのだ。しかしそれももう万策尽きていた。彼が必死で繰り広げていった情報網をいくら探しても、胸の大きな女性はどこにもいなかった。
 そう――。たったひとりを除いては。

「あら、お父様、今日は早かったんですね」
 大臣が家に帰ると、奥から年若い女性が現れた。大臣はあわててドアを閉めて厳重に鍵をかける。
「こらっ、シェエラザード。わたしがドアを開けている時は近づくんじゃない、とあれほど言ったろうが!」
「すいませんお父様。でもお父様がいつになく気落ちしているように見えたものですから」
 気落ちする理由はお前だよ、という言葉を呑みこんで、一縷の望みをかけて相手の胸を見た。いや、見る気がなくてもどうしても目に入ってきてしまうのだ。そしてその胸を見るや、大臣は深いため息をついた。
(なんだかきのうより――ますます大きくなったような…)
 実は大臣には年頃の娘がひとりいた。名はシェエラザード。幼い頃から利発で類稀れな美貌に恵まれ、大臣は目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。しかし――なんということだろう、皮肉なことに、あの王がこの連日の凶行を始めた頃から、シェエラザードの胸はすさまじいスピードでぐんぐんとふくらみ始めたのだ。そして3年の歳月がたった今、そのバストたるや、あの妃など問題にならない、この国どころか世界中を探したって他に絶対いないだろうというほどの爆乳、いやとてつもない超乳にまで成長していた。しかもその胸は今もまだ日を追うごとにふくらみ続けている――。
 改めて娘の胸を見た。しかし出てくるものはため息ばかりだった。少しふくらんでいるぐらいだったら、着ているものをなんとかしてどうにか隠せるかもしれない。しかし彼女の胸たるや――どうしようもないほど大きく大きく前方に張り出して、服を突き破らんばかりにふくれあがっており、どうやってもごまかしようがなかった。
 3年前、大臣はシェエラザードの胸がふくらみ始めたとみるや、娘の一切の外出を禁止した。知り合いとの付き合いもすべて封じ、まるでこの世から消えうせたかのように扱った。王様の人物を最も間近で見ていた大臣には、こうすることが娘を救う唯一の方法であることを本能的に察知していたのだ。
 そしてそれは今日までどうにか成功していた。しかし今――それ故に大臣は抜き差しならぬ苦境に立たされる羽目に陥っていたのだ。明日、胸の大きな娘を連れて行かなければ、自分はその場で処刑されてしまうだろう。かといって連れて行くとなったら、それはシェエラザード以外にはありえない。しかしそれは、みすみす娘を見殺しにする事を意味する。自分をとるか、娘をとるか…本当にその二者択一を迫られているのだ。
 もちろん大臣だって自分の命は惜しい。だからといって――大臣は今一度自分の娘を見た。親のひいき目もあるかもしれないが、どう客観的に見たって、これほどまでに聡明で、これほどまでに美しく――そしてこれほどまでに素晴らしい胸を持った女性が他にいるだろうか…。大臣はどうしても娘を手放す気になれなかった。

 大臣はすっと腹が座った。何も恐れることはない。わたしは明日、ただ一人王様の前に立ち「もう巨乳の娘はおりません」と宣言しよう。おそらくわたしの命はそこで終わる。しかし、わたしがこう宣言し、巨乳女性のすべての情報を押さえている自分がこの世からいなくなれば王の乱行もこれでおさまるやもしれぬ。シェエラザードの事はわたしが墓場まで持っていこう…。
 意を決してひとりうなずいていると、ふとすぐ横で娘がじっとその顔を見つめていることに気がついた。その顔は、今の自分と同じくらい真剣そのものだった。
 今決心した事を決して悟られてはならない。大臣はにっこりと笑顔を作ると、娘に問いかけた。
「どうしたんだい、シェエラザード」
「お父様、ひとつお願いがあります」
「なんだい、おねだりかい? いいよ、なんでも買ってあげる」
「いいえ、お父様。今のわたしには何も欲しいものはございません。ただひとつ――。明日、わたしをシャリアール王の下に連れて行ってくださいませ」

 大臣はこれ以上ないほど目を見開いたままシェエラザードの顔を見つめ続けた。まさか自分の心を読んだのではなかろうか――。娘には、そうとしか思えないほど勘のいい所がある。その事をよく知っている大臣は、もうすべて見破られていると思わざるを得なかった。
 しばらく2人は何も言わずに怖いほどの顔で見つめ合う。あたりを誰も付け入れないほどの緊張が走った。結局――娘の方がそのきつい目をゆるめ、わずかに頬笑んだ。
「そんな顔なさらないで、お父様。大体の事情は推測できますから。でも明日、お父様がひとりで出向かれるのは正直感心いたしませんわ」
「ど、どこまで分かっているのだ――」
「王様が毎朝どんなことをなさっているか、この国で知らぬ者はありません。それにお父様がどうからんできたのか、も。それから最近のこの国の様子を考慮すれば、お父様の仕事が行き詰っている事は容易に推測できます。それに王様がどのようなお人柄か、毎日接しているお父様のそばにいれば、大体のところは伝わってきますわ。相当きびしいお方のようですわね。きっと――明日、王様の眼鏡に適うような女性を連れてこなければ、きっとお父様の方が処罰されてしまうのでしょう」
 大臣はよどみなく流れる娘の言葉に目を丸くした。いくら頭がいいといってもまだまだ若輩者。しかもここ数年一歩も家から出ていないというのに――この国がどのような状態になっているのか、誰よりも見越しているかのように思えてならなかった。
「お父様は、それを覚悟の上で明日自分ひとりで向かうご決意をなさったのでしょう。おそらく――いえ、間違いなく、胸の大きな女性が、この国にわたし一人だけになってしまったから…」
「すまん――」大臣は床にひれ伏すほど頭を大きく下げた。
「あやまることはありません。確かに、仕方がなかったとはいえお父様がなさってきた事は必ずしも感心できません。でも、その自分の命をも顧みない決意は本当に嬉しく思います。でも――お父様、お父様が死んで、それでこの凶行が終わるとお思いですか? 残されるわたしのことをお考えになっています? もし明日お父様の身に何かあれば、わたしは黙ってはおれません。すぐさまこの家を飛び出して、かなわないまでも王様に一矢報いようとせずにはいられませんでしょう」
 大臣は驚いて頭を上げた。
「そ、そんなことはやめておくれ。そんな事をしたらすべてが水の泡に――」
「いいえ、絶対そうします。なにせその時にはお父様は決してわたしに手出しをできない所にいるわけですから」
 大臣はぐっと詰った。この娘、どこでこんな折衝術を憶えたのだろう…。
「ですからお父様、どうか早まったことはせず、このわたしをお連れください…」
「ちょっと待った――」大臣は大声を出さずにはいられなかった。「シェエラザード、お前こそ早まっている。もしお前を王の下に連れて行ったら、お前こそ次の朝には――」
 意外なことに、シェエラザードはにこっと笑った。
「お父様、大丈夫です。シェエラザードは殺されにいくのではありません」
 それだけ言うとすっと立ち上がった。そのすんなりとした肢体とともに、とてつもない大きさの乳房がまるで空気のようにふわっと浮き上がった。本当は相当の重さがあるのだろうに、まるでそんな事を感じさせない優雅な動きだった。
 部屋の明かりと大臣の顔の間にちょうど超乳がかざされて、その顔に大きな影が浮かんだ。急に目の前が暗くなったような気がして、まるでその乳房に天地をも動かさんばかりの力があるような錯覚に陥った。なんだかわが娘ながら見るのがはばかられるほどの神々しさすら感じてしまった。
 シェエラザードは両手を目いっぱい伸ばして、その乳房をどうにか抱えこもうとした。しかし腕の長さが足らず、どうにかお互いの指の先がわずかに交叉するにとどまった。そのまままっすぐ父親の方に向かうと、強い意思を感じさせる声で先を続けた。
「この3年もの間――。お父様から外出を禁じられ、ただこの日に日に大きくなっていく胸のことを毎日考えてきました。この大きな胸にどんな意味があるのだろうと。そして王様のこと――。シャリアール王が元々非常に高潔なお方であることは、わたしも子供心に感じておりました。しかしあの御方は、この――女性の乳房のために人生を大きく狂わされてしまいました。それを思うたびにこの胸がいたみます。そして思うのです。このおっぱいを王様のためにどうにか有意義に使うことはできないだろうか、と。
 ――わたしはこの3年間、一歩も家を出ることはありませんでしたが、このような状態におかれていても、使用人から次々と伝わってくる噂話を毎日聞き、お父様の厖大な蔵書を読みとくうちに、わたしもいろいろな事が自然に分かるようになってきました。そして最近思うようになったのです。このおっぱいをうまく使えば、王様のゆがんだ心も直してあげることができるかもしれない、と。
 ですからお父様。決してシェエラザードはみすみす殺されはしませんわ。むしろ逆。きっと王様を元の素晴らしい、賢帝と呼ばれていた頃の王様に戻してみせます。そのためにも――ぜひ、わたしを…」
 大臣は驚くしかなかった。娘の中に、その胸に勝るとも劣らないほどの大きな心が育っていることに、まったく気づいていなかったのだ。そばにいるだけで不思議な落ち着きが生まれるようなその笑顔。なんだか任せておけばすべてはうまくいく、そんな気がしてきたのだ。
「よし分かった。明日、宮殿にお前を連れて行こう。しかし――その後はわたしとてお前の命の保障はできない。それでも――いいんだな」
「嬉しい! ありがとうございますお父様」
 シェエラザードはいきなり大臣に抱きついてきた。娘の抱擁など何年ぶりだろう。しかし――その父の願いは叶えられることはなかった。その開いた腕が体に届くよりはるか前に、思いっきり突き出した超乳がその体をはじき飛ばしてしまったのだった。