シェエラザード 後編

ジグラット 作
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 翌日、シャリアール王は大臣が連れてきた娘の姿を一目見るなり口をぱかんと開けたまましばらくその姿をじっと飽くことなく見つめ続けてしまった。
 まだ若く、理知的で力すら感じる眼、輝かんばかりの美貌――それももちろんだったが、なによりその超乳に目が釘付けとなって動けなくなったのだ。この3年間、ほとんど毎日のように巨乳の娘と交わり、殺し続けてきたが、どれも最初の、あの最愛の妃を超えるような胸の女性には一度たりとも出会えなかった。そのことが王の心の奥にくすぶり続け、凶行を強引に続けさせる一因にもなっていたのだが――この目の前の娘にかかっては、まるであの妃の乳が赤ん坊のものに思えるほど格段の差があった。
(信じられん――。これほどまでに大きな胸が、この世に存在するとは…)
 シャリアール王は、着ているものを今にも張り裂かんばかりにふくれあげさせているシェエラザードの胸をじっと凝視した。その布1枚を隔てて存在するはずの、自分の目が信じられなくなるほど巨大な乳房の形が少しでも透けて見ようとするかのように――。その若さゆえだろうか、その大きさにも関わらず、ピンと張りつめて力強く前方に突き出した2つの乳房は、まるで王に向かってくるかのように迫っていた。
(大臣の奴、こんな上物を今まで隠しておったのか――)
 目が痛くなるほど見つめ続けていた王は、遂に耐え切れず目を伏せ、そっとつぶやいた。きのうはあんなにも「もうおりません」と言い張っていたのが、ちょっと脅しただけでこんな素晴らしい娘が出てくるとは…。
 王はちょっとからかいたくなった。
「おい大臣」
「はいっ!」
「この娘はいずこの出じゃ?」
「あ、はい、そのう――」
 大臣はとまどった。正直に自分の娘と言うべきだろうか。自分の発言の影響度合いが見えなくてどうしても口ごもってしまう。
 その時、シェエラザードがすっと一歩前に出て軽く挨拶をした。動きに合わせてそのとてつもなく大きな胸がたゆんと豊かに揺れる。
「シェエラザードと申します。ふつつかものではございますが、よろしくお願いいたします」
 その何事にも物怖じしない堂々たる態度には、大臣はもちろんシャリアール王すら言葉を失うものがあった。
(ふん、素性は知られたくない、という訳か)
 まあここまで出し惜しみしてた娘だ、なんらかの理由があったのだろう。おそらく素性のよくない下賎の出とかなんか――。王は追及の矛を収め、娘を改めて見た。しかしその落ち着いた物腰、品のある立ち居振る舞い、理知的な瞳――どう見ても身分の低い者には見えなかった。まあよい、今さら出自は問わない。なによりその胸だ。先ほど頭を下げた際に、2つの乳房が所狭しとばかりにせめぎあい、その間にすさまじいばかりの谷間が深々と形作られているのが見えて、思わず目が吸い寄せられてしまった。それが殊のほか王を刺激した。
 あの妃を寵愛していたことからも分かるように、王はもともと巨乳好きであった。それがシェエラザードを見るうちに、その想いが久しぶりに沸々と湧き上がっていくのを感じていた。

「ところで大臣、念のために訊いておくが」
 シェエラザードを一旦下がらせ、大臣にその労をねぎらう言葉をかけた時、王はふとついでのように尋ねた。
「なんでしょうか?」
「あの娘、間違いなく生娘であろうな」
「もちろんでございます!!」大臣は思わず語気を荒げて即答した。今まで掌中の玉として大事に育ててきた娘だ。そんな事を訊かれること自体心外だった。
 シャリアール王は大臣の突然の激昂に少なからず驚いた。このような問答はいつも毎度のように交わされていたものだったからだ。ただ、いささかいぶかりながらも(そうか、生娘か…)とニヤリと笑った。(これは今日の夜が楽しみだわい)

 その後型通りの祝宴が開かれ、豪華な晩餐会が始まった。シェエラザードはシャリアール王の横に座り、まるで何も知らぬ花嫁のようににこやかに振舞っていた。その席には大臣も少し離れて座っていたが、こちらはもう気が気ではなかった。本当に度胸が据わっているのか、それとも単に怖いもの知らずなだけなのか、まったく物怖じしないシェエラザードの態度に、自分の娘ながら信じられない気持ちだった。

 はてしなく続くかと思えた祝宴も終わり、集った客人もひとり、ふたりと城を去っていった。大臣も後ろ髪を引かれる思いで帰途につく。最後にちらりと娘の方を見たが、シェエラザードはただ落ち着き払った様子で王を見つめるだけだった。(これが今生の別れになるかもしれない) 娘はああ言い切ったが、長年王に従え続けてきた大臣には、娘が明日も生き永らえる可能性は万に一つも考えられなかった。ふとその場で泣き崩れてしまいそうになり、あわててその場を辞し、誰も待つ者のない家へと急いだ。

 すべての客人が去った事を確認すると、王は待ち構えていたように寝室へと引き下がり、すぐさまシェエラザードを呼んだ。
 程なく、薄物をまとっただけのあらわな姿の若い娘がしずしずと入ってきた。薄暗くて顔ははっきり見えないが、その胸を見れば一目瞭然、シェエラザードに間違いなかった。
 王の気持ちはいつになく昂ぶっていた。早いとここの乳を存分に味わいたい。一刻も早く――。はやる心を抑えきれず、ベッドの上で手を伸ばしてみるが、シェエラザードはあともうちょっとという所で立ち止まったまま動かない。
「どうしたのだ、シェエラザード」
 見ると、その眼には何か光るものがみえるではないか。泣いているのか? 王は思わずその手を引いた。
「なぜ…なぜ泣いておる」
「はい――。慈悲深いシャリアール王様、先ほどは楽しい宴をありがとうございました。一生忘れません。ただ――その一生も程なく終わってしまうのでしょう」
 正面からそう言われると王としてもたじろぐものがある。もちろん、王はシェエラザードを一晩なぐさみものにした上で、ほかの娘同様、処刑するつもりだったのだから。
「あ、いえ――そのこと自体を悲しんでいるのではございません。お城に足を踏み入れた時には、もうすっかり覚悟ができていたことでございますから。しかし――」シェエラザードは、うつむき加減の顔をさらにもう一段伏せた。
「わたしには年老いた父がひとりおります。母はもう既に亡く、他に身よりもございません。わたしがいなくなったら、父はひとりぼっちになってしまいます」
「父親に会いたいのか?」王はちょっと苦々しげに尋ねた。寝物語として、そういう辛気臭い話はなるべく聞きたくはなかった。
「あ、いえ…。もちろん父も覚悟の上でわたしを送り出してくれたのですが、やはりいざこうなってみますと、今ごろ父上はどうしてるのだろうかとやはり気になってしょうがないのです」
「で、おまえはどうしたいのだ」少々いらつき始めながら王は訊いた。するとシェエラザードはその心を察したかのように口調を早めた。
「あ、いえ…。ただ、父はわたしの踊りがことの他好きでした。ですから、慈悲深き王様、今宵床を同じうする前に、ひとつその踊りを踊って王様にご覧いただきたいと思うのですが――」
 王はほっとひと息ついた。ひと舞するぐらいならそれほど時間もかからないだろう。それに、シェエラザードが踊ったらその巨大な胸がさぞ盛大に揺れ動くことだろう、と想像すると、その舞い踊る姿を猛烈に見てみたくなってきたのだ。
「苦しゅうない、存分に踊るがいい」
「ありがとうございます、王様」その時、シェエラザードが薄物の向こうでかすかにほくそ笑んだことに王は気がつかなかった。「力の限り踊らさせていただきます」そして聞こえないぐらい小さな声でこうつけ加えた。「今の言葉、ゆめゆめ後悔なぞしませんように」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ。王様。なんでもございません」その場ですっと音もなくシェエラザードは立ち上がった。おっぱいも豪快に上下に揺れる。王はそれだけで胸ときめくものを覚えた。
「それでは、さっそく。つたない踊りではございますが、どうぞご覧くださいませ」

 シェエラザードは足でリズムをとりながら、ゆっくりと両手を広げた。非対称の曲線を描きながら、両腕はよどみなく流れるように動いていき、一瞬たりとも同じ形にとどまることはなかった。それとともに足も前後に、上下に、左右にと自在に歩き回り、次第に腰まで使って身体全体を揺れ動かしていった。身体の動きとともに、もちろんその超乳も呼応してゆったりと大きく波打っていく。手の動き、足の動き、腰の動き――それぞれ徐々に激しさを増し、それとともに胸はとび跳ねるようにより一層ダイナミックに動きまわり、見る者の心を奪った。王はもうその動きのひとつひとつから目が離せなくなり、いつしか時間を忘れてその踊りを見つめ続けていた。

 しかしいつまで続くのだろう――。いくら経っても踊りが終わる気配はない。それどころかますます勢いづいてきたようにすら思える。王は次第にじれてきた。しかも踊りながらシェエラザードは絶えず立ち位置をずらし続け、何度となくベッドのすぐそばまで寄ってきたのだ。そんな時、シェエラザードの超乳が、激しく揺れながら王の目の前にまで迫る。王は思わずその胸をつかみかかろうと手を伸ばしてみるのだが、シェエラザードはひらりと蝶のように舞って王の手を逃れた。そして気がつくともう部屋の反対側の隅にまで動いていってしまっているのだ。王は歯噛みした。あと少しだったのに――。くやしくて、次の機会をじっと待つ。しかし今度こそと襲いかかっても、あんな大きな標的なのにあともうちょっとの所で逃げていってしまい、手はむなしく空を掴むだけだった。
 何度くやしい思いをしたことだろう。王は徐々に我慢しきれなくなってきた。こんなに目の前に、これほどのすばらしいおっぱいが揺れ動いていながら、指一本触れることができないなんて――。しかしなおシェエラザードの踊りはやむことなく続いていく。王は何度「踊りをやめよ」と声をかけようと思ったかしれなかった。しかし、なんだかそれを言う事は自分の負けを認めるような気がしてなんともくやしい。それになにより、このように耐え切れないほどじらされながらもなお、止めるのが惜しくなるほどシェエラザードの踊りは見事の一言につきたのだ。踊りを止めさせて一刻も早くあの超乳を心ゆくまで味わいたい、という気持ちと、この踊りをいつまでも見続けていたい、という相反する気持ちが王の中でせめぎ合い、結局どっちつかずで一歩も動けなくなってしまっていた。

 しかしいつしか、シェエラザードも少し疲れが見えてきたようだった。それまでと比べて体のキレが若干にぶってきたように感じ、踊り自体も軸がぶれ始めた。今度こそチャンスだ、とばかりに王は身構えた。そしてまたシェエラザードが近くまで踊りながら寄ってきた時に、ここぞとばかりに両腕を胸に向けて伸ばした。またもや間一髪身をそってよけるシェエラザード。しかし疲れからか、次の瞬間体のバランスを大きく崩してしまった。
「あっ」かわいらしい口元から短い声が漏れる。華奢な体が折れそうなほどしなり、そのまま近くの壁に背をつけてしまった。
 ようやくその動きが止まった。息がいつもより荒く、呼吸のたびにその山のようにそびえ立った胸がはげしく増減した。

 今しかない! 王がよろこび勇んで手を胸に伸ばしかけたその時だった。
 どこかで一番鶏が鳴いた。
「朝――か…」
 窓を見るとしらじらと明るくなり始めている。王の公務が始まるのは早い。今日も執らなければならない仕事が山積みされているはずだった。少しでも休んでおかなければ体がきついだろう。
 後もう少しだったのに――。しかし朝になったからにはこの娘を殺さねばならない。だがこのままこの胸を味わうことなくこの娘を殺してしまうのは惜しい、あまりに惜しすぎる! 自分が心に固く決め、3年間実行し続けた誓いが、初めて傾き出した。いや、誓いは絶対だ、しかし――。王の心が揺れ動いていたその時、シェエラザードはついと信じられない言葉を口にした。
「ああ、この胸、明日になればもっともっと大きくなるんだけどなぁ」

 シャリアール王は自分の耳を疑った。この、今でもにわかに信じがたいような大きさの胸が、明日にはまたさらに大きくなってるというのか?
「本当か?」王は自分の口がからからに渇くのを感じた。
「本当よ。日に日に大きくなっていくんですもの、この胸。ねえ王様、今度の夜、もっと大きくなったわたしの胸を見てみたくありませんか?」
 王様はごくりとつばを飲み込んだ。今でさえこんなに大きいのに、たった1日でさらに大きくなるというのか? み…見たい!!
(より大きくなった胸を見ないうちは、この娘を殺すことはとてもできない!)
 揺れ動いていた王の心が、その瞬間、固まった。
「分かった。明日、まただな」
 口調こそ苦渋に満ちたように演出したが、王の心の中は、くやしさと楽しみがない交ぜになった複雑なものだった。
(明日こそ――明日こそ、この胸を思う存分もみしだいてやる!!)

 結局その夜、大臣は一睡もできずに日が昇るのを待った。いつ最悪の知らせが訪れるかと思うと気が気ではなく、ちょっとの物音でもびくっとするほどだった。しかしいつまで経っても処刑の報は入ってこない。重い足を引きずるように登城してみると、やがて現れた王の横に、シェエラザードが数歩遅れて歩いていくのを見て、信じられないような目で王を見つめた。
「王様――」
「ああ、この娘、もう1日だけ生かすことにした。今日は新しい娘を連れてこなくていいぞ」
 苦々しげに言い捨てるとこの場を去った。大臣は喜びのあまり思わず娘の方に顔を向けると――眼が合った途端、シェエラザードは自信たっぷりににっこりと笑った。
(シェエラザード――。お前はいったいどんな魔法を使ったんだ!?) 大臣は納得できないでいながらも、心底ほっとしていた。

 その日の公務もつつがなく終わり、夜が訪れると、王は再びシェエラザードを寝室に呼んだ。
 シェエラザードは入ってくると自信ありげに胸を張った。そのピンと張りつめた乳房が目に入るなり、王は驚愕した。
「まさか――」朝は半信半疑だったが、薄物を通して垣間見えるその乳房は、今見ると確かに昨晩より若干大きくなり、さらに迫力を増しているように見えてしょうがなかった。
「シェエラザード、お前、その胸は――」
「はい。お約束どおり、少しだけですけどきのうより大きくなったでしょう?」より一層重量感を増したその胸を、挑発するように突き出してみせた。
 王はその胸を見つめているだけで体の芯が熱くなっていくのを感じた。
 シェエラザードはその胸をこれ見よがりに王の目の前で振りわけながら、再びゆったりと踊り始めた。今宵こそは、と王はきのうにも増して激しく迫ってみたのだが、シェエラザードの巧みな話術と鳥のような身のこなしにひらりとかわされてその晩もその超乳に手をかけることすらできない。次第に気持ちがせいてきてさらに執拗にその胸に手を伸ばす。「つかまえた!!」と確信を持ったことも1度や2度ではなかった。しかしどうだろう、そう思った瞬間、まるで煙のようにその胸は手からすり抜けてしまい、ほんのわずかも触れることすらできなかった。結局またシェエラザードの素晴らしい踊りと、その激しく揺れ動く乳房を指をくわえて見るしかなかった。遂に我慢できず、力づくで襲いかかろうとした瞬間、再び一番鶏が鳴いた。王は信じられないと言う気持ちで立ちすくんだ。このシャリアールともあろうものが、こんな小娘にいいようにあしらわれて、このように見事な超乳を目の前にしながら、2晩にわたってその体に触れることすらできないだなんて――!
 そんな王の様子をうかがいながら、シェエラザードは再び、いかにも残念と言った風にこうつぶやいた。
「ああ、この胸、明日になればもっともっと大きくなるんだけどなぁ」

 結局王はその日もどうしてもシェエラザードを処刑することができなかった。そして次の日も、そのまた次の日も…。毎夜、毎夜、シェエラザードはある晩は素晴らしい踊りで王を魅了し続け、ある晩は夜伽話で王を話の中に引き釣り込み、一時たりとも王を飽きさせなかった。しかし何よりも王を惹きつけてやまなかったのはなんといってもその乳房だった。シェエラザードの言う通り、その胸は毎日少しづつ、しかし着実に巨大化していく。王は毎晩、シェエラザードの胸を見るたびに目を見張らずにはいられなかった。しかしそれでも、彼女の動きの優美さには少しの変わりもなく、触ろうとせまるとひらりひらりとかわされて――その身体に指一本触れさようとしなかった。それでいて一番鶏が鳴くのを聞くと、いつもこう、さも残念そうに言うのだ。
「ああ、この胸、明日になればもっともっと大きくなるんだけどなぁ」

 それが来る日も来る日も続いた。その間、シェエラザードの胸はさらにさらに際限なく大きくなっていく。いつしか王はふくらみ続ける彼女のおっぱいのとりこになっていった。昼間でもうつつの中、ふと気がつくとシェエラザードの胸を追い求めて空しく手を伸ばしているのに気がつく。まるで性を知ったばかりの少年のように、熱く激しくその乳房を求めて飽くことがなかった。表向きでは、今日こそは、いや明日こそはと口にはしているのだが、結局処刑するのを一日伸ばしにしていった。いや、処刑しようという気そのものが次第に失せていっているのを自分でも感じていた。このような素晴らしい乳房には生涯二度と出会えることはないだろう。この娘を絶対に失いたくはない――。
 シェエラザードはそうした王の変化に気がついているのかいないのか、ことさらに自分から態度を変えようとはせず、ただひたすら王を毎夜じらし続け、それ以上のことは決してしようとしなかった。

 そしてそのまま季節はめぐり、いつしか3年近くの歳月が流れようとしていた。日一日と少しづつ大きくなり続けたシェエラザードの乳房は、輿入れした時と比べても明らかに倍以上の大きさにまで成長していた。今や、2人が向き合って立っても間にその超乳が割って入るようにそびえ立ち、それ以上近づこうとするのをさえぎっているかのようだった。乳房のすぐそばに寄っても顔がずいぶん遠くに見える。桃のように淡く色づいた乳首はこんなにも目と鼻の先に迫っているというのに…。しかしそれでもなお――王はその胸に指一本触れられずにいたのだ。
 王はうすうす気がついていた。シェエラザードが自分に体を許そうとしないのは、ひとたび手に入れてしまったら最後、自分が処刑される事を知っているからだ、と。処刑を永久に撤回しない限りその体を手に入れることはできないだろう。それは分かっている。しかし――悪魔の思考に取り付かれていた王は、自分の気持ちに気がついていながらどうしてもそれを口に出すことができなかった。結局その日もまた、より一層大きくなったシェエラザードの胸をすぐ目の前にちらつかされながら、指をくわえているしかなかった――。

 その夜、シェエラザードの胸はさらに一段と大きくなっていた。もはや巨大な乳房の向こうに体がくっついているといった方がいいほどだったが。それほどの大きさになってもその乳房はぱんぱんに張りつめて、力強く砲弾のように浮き上がっていた。その超乳が、ある時は王を誘なうように、ある時ははじき返すかのように魅惑的に揺れまくるのだ。シェエラザードの動きは相変わらずよどみがない。まるで空気の中をただようかのように舞い続ける。
 今日もまたこのまま終わってしまうのか。そう思った時、目の前いっぱいに広がるものを見て王は目を丸くした。この3年もの間、あこがれ続けて続けてやまなかったシェエラザードの超乳が、目の前にどうぞとばかりにさし出されているのだ。その山のような胸を見越すと、シェエラザードがにっこりと頬笑んでいる。
(誘っているのか――) いや…と王は首を振った。今までにも何度かこういうことがあった。すぐ近く、ちょっと手を伸ばしただけでその胸に触れることができると確信できるところにあのおっぱいがある。しかし、いざ手を伸ばすと、ほんとうに紙一重の所でやっぱり逃れられてしまうのだ。あの時のくやしさ、むなしさといったら――。絶対罠だ、ひっかかってはいかん!
 しかしそう思っていても、王はその胸からじっと目を離すことができなかった。前にこういう事があった時より――シェエラザードの胸ははるかに大きく成長しているのだ。その引力のような魅惑は以前とは比べ物にならない。こんなにも大きいのにまるで重力に反発するようにつんと上を向き、はちきれんばかりにふくれあがっている。この胸にほんの少しでもさわることができたらどんなに素晴らしい感触だろう。支えられていなくても自然にできている谷間はどこまでも奥深く、まるで自分の体がすっぽり吸い込まれてしまいそうだ。この谷間に全身をゆだねたら、もうこれ以上ないほどの至福だろう。ああ、この胸にさわりたい! この胸に包まれたい! それができたら…。しかし、指一本動かそうものならこの胸は去ってしまうだろう。それを考えると…王は体を硬直させたまままったく動けなくなってしまった。それでもかなり長いこと――王にはほとんど永遠に思えた――シェエラザードはそのまま動かずに胸をさし出し続けていた。けれども王がいつまでも手を出さないでいると、やがて哀しそうな表情を浮かべながらそっと身を引いた。目の前に拡がったおっぱいがすっと遠ざかっていく――。
 その時、王の頭の中で何かが切れた。これ以上はもうとてもこらえられない。自分の地位も業績も信念もすべて打ち捨ててでも――シェエラザードが欲しい! 欲しくてしょうがない!! もうこれ以上指をくわえて生殺しでいるような事は1秒たりと我慢できなかった。

 王は、いつものようにひらりと王のそばを離れかけたシェエラザードを、からからに渇いたのどを制しながらやっとのことで呼び止めた。
「待ってくれシェエラザード! お前の――お前の胸は本当に素晴らしい」
「胸だけでございますか?」
「あ、いや、もちろん胸だけではない、その容姿、美貌、天性の才能、すべて申し分なしだ。そなたのような女性、たとえ世界中を探しても2人といないだろう。そなたこそわたしの妃にふさわしい――いや、なんとしてもわたしの妻になって欲しいのだ! お願いだ、シェエラザード、わたしと正式に結婚してくれ!!」
「でも――わたしは朝には処刑される身でございます…」
「あんなもんもうやめだ! いや、お前だけではない。金輪際、胸の大きい女性を無意味に処刑することなどやめる。生涯、誓う!!」
「ああ、その言葉、やっと言ってくださいましたのね…」
 その瞬間、シェエラザードはふっと気が抜けたようになり、途端に体のバランスを崩して前に大きく傾いた。あわてて王が近づくと、その腕の中に、あれほど追い求め続けていたシェエラザードの超乳がどさっと乗っかってきた。王は咄嗟に肩が抜けるかと思った。
(重い――こんなに重いものを、シェエラザードは始終抱えていたのか!? しかもあのように軽やかで優美な動きで…)
「ごめんなさい。あんまり嬉しかったもので、思わず体の力が抜けてしまいましたわ」
 シェエラザードが体勢を立て直すと、その重い乳房がなんてことないようにまたすっと持ち上がって王の手を離れた。王はとてつもない喪失感を覚えた。なんという感触だろう。今もその手の中にはっきりと残っている。とてつもなくやわらかく、それでいて腕の隅々にまでぷりぷりと迫っていくその弾力! ほんのわずかな時間だったが、王はもうその感触から離れられそうになかった。
「シェエラザード、お願いだ、その胸を、さらわせてくれ! ――いや…さわってもいいだろうか…?」王はまた、シェエラザードがどこかに行ってしまうのではないかと不安にとらわれながらそっと尋ねた。
「ええ、偉大なる王様、あなたがそう望むのならば、喜んで!!」
 シェエラザードは満面の笑みを浮かべると、かろうじて体を覆っていた薄物を自分からそっと剥ぎとり、相手を迎え入れるように両手を拡げた。その表情は、王もこの3年間で初めて見るほど晴れやかなものだった。

 王は待ちかまえたようにその胸に突進した。その胸はもう逃げない。こころよく王を迎え入れてくれた。すると驚いたことに、シェエラザードの巨大な山脈の谷間にずぶずぶと王の全身がもぐりこんでしまい、息をするのも大変なほどだった。しかしなんという愉悦だったことか! 乳房の肉が両側から王の体に覆いかぶさり、その隅々までみちみちと間断なく、あらゆる神経をやさしく、しかし強烈に攻めたてていく。全身から絶え間なく悦楽をあびせかけられ、王のかたくなな心もまたたくまにとろけていった――。
(ああ、わたしはなんとおろかだったのだろう。このような素晴らしいものを憎み、殺し続けただなんて…。許しておくれ――)

 いつしか王は、まるで子供のようにシェエラザードの超乳に顔をうずめ――いや、体ごとすっぽりとその谷間に包まれながら、これ以上ないほど満足そうな笑顔を浮かべてベッドに寝そべっていた。
 シェエラザードは、自分よりずっと年上の王をまるで慈母のように見つめながら、そっと王に語りかけていた。
「王様――。今日が何の日だか分かりますか? わたしが初めて王様の下に嫁いでから、ちょうど今晩で千と一夜になるんですよ」
 そんなにもなるのか…。王はひたすら感慨深げに思った。そんなに長い間、このような素晴らしいものを目の前にちらつかされながら、自分のかたくなな想いのためにただ黙って見ているだけになっていただなんて――なんて自分はおろかだったのだろう。
「わたし、ずっと考えてきたんです。わたしの胸、どうしてこんなに大きくなり続けているんだろうって。そして今日、やっと思い当たったんです。わたしの胸が大きくなり始めたのと、王様が毎日、胸の大きな女性を処刑していったのとは時期が一緒だって…。王様が胸の大きな女性をひとり殺すごとに、わたしの胸はどんどん大きくなっていったんです。不思議でしょ? そして王様は3年近くの間に、前の王妃さまをはじめ実に千と一人の女性を処刑しました。そしてわたしの胸は――まるでその殺された女性の胸がわたしの胸に吸い取られるかのように日に日に大きくなっていったんです。わたしが王様の下に輿入れしてからも、まだまだ大きく――。だからわたしのおっぱいの中には、殺された千一人の想いとおっぱいがいっぱいに詰ってるんです。でもそれもようやく今日で終わりました。なんとなく分かるんです。このおっきなおっぱいの中で、すべての人が喜んでいるって――。
 王様、あなたの罪は許されました。これからも、みんな、ずっと一緒なんですよ」
 王の目に、一筋の涙が流れているのをシェエラザードは静かに見つめていた。

 次の日の朝、王は公の場に立つと開口一番、シェエラザードを正式に妃にすること、胸の大きな女性を処刑するような野蛮な行為はを今後一切禁止する事を正式に宣言した。
 大臣はその言葉に大いに驚いたが、王のすぐ後ろに控えながら静かに頬笑んでいるシェエラザードの顔に目をとめると、大いなる歓喜が湧き上がってくるのを抑えることができなかった。
 ふと、自分が公の場にあるにもかかわらず大粒の涙をながしていることに気がついた。これはいかん、王の面前でこんな失態を――。そうは思うのだが涙は後から後から押し寄せて、自分の意思で止めることはできそうになかった。
 そんな様子を王は暖かい目で見つめ、そしてそばに来るように言った。
 大臣は、顔をくちゃくちゃにしたままはせ参じた。
「あいすいません、王様――」
「よいよい、それよりな、お前に一言どうしても言いたいことがあったのでな」
「なんでしょうか?」
 王は、なんともいえぬ穏やかな口調で言った。
「お前は本当にいい娘を持ったな、舅どの」
 えっ?と驚きの表情を浮かべた大臣を残して、王はもう既にまぶしそうな目でシェエラザードの肩を抱いていた。しかし、肩をだくだけでシェエラザードの超乳は王の体を完全に隠してしまうほどに押しつけられ、王はまたその感触をさも嬉しそうに味わっていた。
「隠さなくともよい、シェエラザードはお前の娘なのだろう? その様子からすぐ分かったぞ。――お前にも苦労をかけさせたな。すまなかった。だかこれからもよろしくたのむぞ」

 王は近隣諸国にもシェエラザードを正式に妃とする事を発表し、改めて大々的に披露宴を行うこととなった。初めて公の場に出たシェエラザードを見た人々は、誰も皆一人残らず、そのあふれかえらんばかりの超乳に度肝を抜かれた。
 そして不思議なことに、シェエラザードの胸の成長もこの日を境にぴたりと止まった。しかし王はその既に大きく大きくふくれあがった超乳を日々愛してやまず、またつき物が取れたかのようにかつてのような善政を行うようになった。逃げ出していた国民も徐々に戻り始め、ペルシャの国はふたたび以前のような繁栄をとり戻しつつあった。国民は皆、王の栄光を称えたが、それ以上にシェエラザードの功績を大きく感じ、彼女をいつまでも愛し続けたということだ。

 むかし、むかしのもっとむかし――。
 世界中の説話を集め続けたある男が、最後にこのシェエラザードの事を聞きつけ、自分の話を束ねる骨組みとするために、一千一夜王に語り続けたという風にねじ曲げてしまうのは、これよりずっと後の話である。