episode 8 帰郷
「変わんないなぁ、ここは」
この駅にひとり降り立ったその青年はあたりを見回して思わずつぶやいた。ホームの上には彼のほかに人影はない。まるでまわりの空気が彼をこの街の色に染めようとするかのように取り囲んだ。
ここは東京から特急で3時間ほど行った所にある、田舎とは言い切れないが都会とはお世辞にも言えない小さな地方都市だった。とりたてて何もないところだが、その空気、町並みの雰囲気――すべて彼が子供の頃来た時から何ひとつ変わってないように見えた。
――もうここには来ないつもりだったのに…。
目的地への道のりを歩きながら、青年は一歩踏み出すごとに緊張の度が増していくのを感じた。青年の名は小早川卓次。かつて、もう二度と歩かないと決意した道。その道をまた歩くことになり、忸怩たる思いを感じるとともに、心のどこかに期待がわき上がっていくのを止められなかった。もうすぐあの人に会えてしまう。もう思い切ろうと何度も心に決めたあの人に…。
本当にいいのだろうか? もう玄関にたどりついてしまってからも、卓次はしばらくの間そのまま立ちつくしていた。
思い切って呼び鈴を押す。中から「はぁい」という声が聞こえてきた。
あの人だ。そう思うとそれだけで胸の鼓動が高鳴るのを覚える。それからドアが開くまでのわずかの時間、どんなに長く感じたことか――。
――この家に来るのは5年ぶりだった。子供の頃は、母方の叔父であるこの家に、長い休みとなると必ず遊びに行っていたものだった。すぐ「行こう、行こう」と親にだだをこねてたものだが、なんでそうまで行きたがっていたかは誰にも言えない秘密だった。
内側からドアが静かに開く。卓次の緊張は最高潮に高まった。
「いらっしゃい。ずいぶんと久しぶりね、卓次くん」
卓次はハッとした。その最大の秘密は――昔とまったく変わらない姿で、今、目の前に立っていた。
――この若き叔母、峰子さんがこの家に嫁いできたのはもう10年も昔の事だった。なかなか結婚しなかった叔父がやっともらったお嫁さん…その人が叔父よりひとまわり以上も年下で、しかも再婚だったことから親戚内でもいろいろ物議をかもしだした。しかし、一目峰子さんを見るや誰もが口をつぐんでしまった。それほどまでに――子供心にも――峰子さんは有無を言わさぬ美貌の持ち主だったのだ。しかし色気づいてきた卓次にとってなにより強烈な印象を与えたのは、峰子さんのその胸だった。
初めて峰子さんと会った時の事は、今も鮮明に憶えている。まるで胸になにかとてつもなく大きなボールを詰めこんでいるのではと疑いたくなるほど服を盛大に膨れあがらせて、なんだか不思議なものを見るような気がしてじーっと見つめてしまったものだった。なんて大きな胸なんだろう。身体は細いのに、胸だけは形よく飛び出していて、ちょうど卓次の目の高さでその膨らみがやわらかそうに揺れている。卓次はまるで自分の視界が峰子さんの胸でいっぱいに覆われてあふれ出しててしまうような錯覚に陥った。ちょうど中学生に上がった頃で、急速に色気づき始めていた卓次には、その胸のふくらみはまさしく麻薬のように魅きつけてやまないものがあった。
その想いはほとんど渇望といってよかった。隙さえあれば峰子さんの胸を飽くことなくじっと見つめ、どうにかちょっとだけでも触われないものかと始終そればかり考えていた。思えばこれが自分の性の目覚めだったのだろう。ちょうどその頃ようやく夫婦関係の本当の意味を知って、叔父があの胸を自由にさわっているのだと考えるとどうしようもなくねたましかった。自分は見ていることしかできないのに…。
そう、中学の終わり頃だったろうか、卓次は1度だけ峰子さんの下着姿を見たことがある。今日みたいな暑い日で、外から戻って汗を流そうとシャワーを借りるつもりで風呂場に向かおうとした時だ。入りかけると、中でなんと峰子さんが着替えをしていたのだ。すこし開いた脱衣所のドアのすき間からちょうど見える位置で…。
卓次はそれに気づいた途端、体が硬直して動けなくなった。ただ、目だけはひたすらじっと峰子さんの体のラインを追い続ける――。
峰子さんは自分がのぞかれているなどつゆ知らず、静かに服を脱ぎ続けた。上着もスカートもすべてはずして、下着だけの姿に…。その姿は神々しいまでに美しかった。雑誌のグラビアなどに載っているアイドルなど、まるっきり問題にならない。無駄な肉ひとつないすらりとしたした体にも関わらず、そこからほとんどあふれ落ちんばかりに大きな胸がたわわに実っている。その胸を覆うブラジャーはまるでその胸をなんとか胴体にしばりつけておこうと必死になっているかのように見えた。そしていよいよ手を後ろにまわし、ブラのホックをひとつひとつはずしていく――。
がたん。卓次のすぐそばで大きな音がした。自分でも驚いたが、緊張に耐え切れなくなった膝ががたついてバランスを崩しかけたのだ。その音に峰子さんもハッとしてこちらを振り向く。すき間から卓次の姿を認めると、あわてて手でブラジャーを押さえたままこちらに駆け寄ってきた。
「あ、お帰りなさい。あの――ごめんね、ちょっと待ってて。シャワー浴びちゃうから」
それだけ言うと急いで脱衣所のドアをきっちりと閉め、足音が遠ざかっていった。見つかった――顔中恥ずかしさで真っ赤になりながらも、しかしドアが閉まる直前、その一瞬にちらりと見えた、手を伸ばせば届きそうな至近距離で真正面から見えた峰子さんのバストが目に強く焼きついて消えなかった。今にもブラをはじき飛ばしそうに盛り上がった胸の膨らみ、その間にできた深い谷間――。その肌の色が、純白のブラをもくすんで見せるほど抜けるように白かったこともくっきり憶えている。
ドア越しに、今も絹ずれの音がかすかに聞こえる。しかしそのドアをもう一度開ける勇気はどこにもなかった。ただ、あの一瞬ちらりとだけ見えた肌の白さから、峰子さんが今まさにさらしているだろう裸体をいたずらに妄想して息苦しいほどにあえぎ続けるしかなかった――。
それから何度か、峰子さんがお風呂に入っている時にそっと人目を忍んで脱衣所にしのびこんだことがあった。脱衣所に立ちすくみ、扉いっぱいにはめ込まれた擦りガラスの向こうの人影に懸命に眼を凝らす。そこには――あの峰子さんが、一糸まとわぬ姿で立っているはずだった。しかしそこから先はどうしても足が動かない…。そんな時、決まって脱衣かごを覗き込んだ。そこにはいつも必ず峰子さんのあの特大のブラジャーが置かれていた。あの胸につけるにふさわしく、それははかりしれない大きさに見えた。そしてこのブラからもあふれ出しそうになっていた峰子さんの胸がまた鮮やかに蘇ってきて、まだ見ぬブラの中身を激しく想像した。
しかしそんな事を続けるうちに、次第に、峰子さんを見ていることがつらくなっていった。どんなに想っても、峰子さんとの関係が何か変わることは考えられない。向こうは自分のことを単に甥っ子としか見ていない。それなりに自意識というものも育ってきた卓次には、こんな、こそこそ見ているだけでなんにもできない自分がどうにも情けなく思えてきたのだ。だんだん自分から峰子さんの目を避けるようになり、いつしかこの家を訪ねる機会も少なくなっていった。そして5年前、もう2度とここには来まい、と密かに決意してこの家を後にした。大学に入ってもうすぐ成人するし、いい加減ふっきろうと思ったのだ。
あれから5年、それなりに他の女性ともつきあったこともあったが、誰とつきあってもどこか本気になりきれない、醒めた自分ががあるのを感じていた。理由ははっきりしている。知らず知らずのうちに目の前の女性を峰子さんと比べてしまっているのだ。
――まだひっかかっている。というかあの夏の記憶は年を追うごとにますます頭の中にこびりついて離れてくれない。今一度峰子さんに会おう、そうして今度こそ思い切ろうとこの夏、休暇をとって久しぶりにこの家を訪れたのだ。峰子さんももう30代後半、今の峰子さんに会えば――あの日の幻想を吹っ切ることができるかもしれない、そんな気がしたのだ。
なのに――5年経ってもこの街は時から忘れ去られたかのようにまったく変わっていなかった。そして峰子さんも――とてもそんな年齢には見えないほど相変わらず若々しい。初めて会った時からまるで年をとってないかのようにすら見える。もちろん化粧の仕方とかスキンケアとかいろいろあるんだろうけど、肌なんかほんとスベスベで、お世辞ではなく知らない人が見たら自分と同年代と言っても通ってしまうのではないか、というぐらい魅力的だった。子供の頃ひそかにあこがれ続けていた女性が、今まるで自分にふさわしいような立場になって再び現れたのではないか――。卓次はそんなはずはないんだと頭では否定しようとして、改めてじっと峰子さんを見た。やはりどうしても目はその胸に注がれてしまう。峰子さんの胸は…相変わらずすさまじいまでの爆乳だった。今だ他にこんなに大きな胸の女性には出逢ったことがない。というか、彼女に会わなかったらこんなに大きな胸がこの世に存在すること自体想像もできなかったろう。ただ――ここだけは、どこかかつての印象とは違ったものがあった。子供の目に、その胸は本当に信じられないほど広大に見えた。どこまでいっても果てがないほど大きくて、ただひたすら圧倒されていたものだ。その大きさは今もまったく変わっていない、と思う。だが――自分が子供の頃に感じた、もうどうしようもないほど圧倒的な大きさ、という威圧感は消えていた。しかしこれは別に「峰子さんの胸が小さくなった」という訳ではないだろう。おそらく峰子さんの胸の大きさは昔とまったく変わってない。ただ、自分が大きくなったのだ。子供の頃遊んだ公園が、大人になってから見ると「こんなに小さかったっけ」と思うのと同じ理屈だ。それだけ自分も大人になったということなのだろう。あの頃はここに来るたびに、峰子さんの胸をただひたすら喰いいるように見つめて目が離せなかったものだが、今はもうけっこう「こんなもんだっけ」という感じでそれなりに冷静で見ていられる。かつてのイメージが強烈だったゆえにそのギャップはかなりのものだった。卓次はここでようやく安堵感と、同時に一抹の寂しさを感じていた。
(今度こそ――思い切れる)
卓次は今度こそ、そのきっかけをつかめたと心に確かな手ごたえをようやく感じていた。一方、急に考え込んで押し黙った卓次を、峰子さんは不思議そうに見つめている。卓次はその視線に気づくといたたまれなくなって立ち上がった。
「ごめん、歩いて汗かいちゃったからちょっとシャワー借りるよ」
別にそんな気はなかったのだが、とにかくこの場から離れたくて適当に口に出してしまった。言った以上、向かわなければ変に思われる。返事も聞かずに、卓次は勝手知ったる風呂場へと足早に歩いた。またいつかの記憶が蘇りそうなのを振り払い、何事もなく脱衣所に一歩足を踏み入れた。
足が止まる。その向こうの風呂場から水の音がし、擦りガラスごしに人影が動いているのが見えた。
「え、峰子さん…?」
再び蘇る強烈なデジャブーを懸命に振り払う。まさか。峰子さんはたった今部屋にいたろう。しかしまるで過去の記憶につき動かされるように、反射的に脇に積まれた着替えに目が行ってしまった。
「あ…」その一番上に乗ったものを見た途端、卓次の眼はそこに釘付けになった。そこには――記憶の通り、とてつもなく巨大なブラジャーがその高々とした峰を掲げるように置かれていたのだ。色も、まるで峰に雪が降り積もったようにまっ白だ。峰子さんのだ、咄嗟にそう思った。かつて、その裸身を求めてこっそり脱衣所にもぐりこんでブラジャーを垣間見た時の興奮が鮮やかに蘇ってきて、今さらながら胸がどきどきしてきた。
しかし…見ているうちにどこか違和感を覚えて目をこすった。なんだか縮尺がおかしい。あの頃だって、峰子さんのブラジャーはこんなには大きく見えなかった。あの頃の映像は今もくっきりと目に焼きついている。間違いない。けれども今目の前にあるブラジャーは、なんということだ――あんなものではない、それよりもはるかに、何倍にも大きく見える――。
卓次は目をしばたいてもう一度ブラジャーを見る。やっぱりおかしい。さっき峰子さんの胸をもう圧倒されずに冷静に見れることを確認したばかりだ。なのに、このブラジャーは、何度見直してもそれよりはるかに大きい。思い出の中に封じ込めたはずの興奮が、さらにはげしく膨らんで卓次を襲ってきた。
(そんなばかな…けど、それじゃあこのブラはいったい…)
その時、風呂場のほうからガラス戸が開く音がし、ハッと反射的にそちらを振り返った。そこには、バスタオルを胸に巻いただけの女の子が立っていた。年の頃は15〜16だろうか、そして、そのバスタオルいっぱいいっぱいにどうにか隠されただけの胸を見た瞬間、このブラジャーがその女の子のものであることがわかった。その胸は…子供の頃、峰子さんに感じたあのはてしない大きさを今でも思い起こさせ――いや、そんなものではない、それよりもはるかに、比較にならないほど圧倒的なまでのふくらみで迫ってきた。
女の子は突然目の前に現れた卓次に一瞬驚いたようだが、次第にその眼は嬉しそうに輝き始めた。
「ひょっとして…タク?」
タク――。そう呼ばれるのも久しぶりだ。そして自分をいつもそう呼んでいた小さな女の子の事も――。そして記憶の中のその子の顔と、今目の前にある、ちょっと小首をかしげた愛らしい顔つきとが、急速に頭の中で重なっていった。
「お前…久美子か…?」
その途端、女の子は顔中に笑みをほとばしらせて、嬉しそうに卓次に、バスタオル一枚の姿のまま飛びついてきた。
「わー、タクだ。ひっさしぶりー」
その巨大な膨らみが、あっという間に卓次の目の前に迫ってくる。2人の身体が重なるずっと前に、そのふくらみが卓次の身体にぶつかり、無邪気に押しつけられてきた。厖大な量の乳肉が2人の体の間にはさまれてひしゃげ、ぶつかり合い、卓次の体といわず顔といわず強烈に押し広げられた。卓次は息をするのも苦しくなるほどで、その際限なく押し寄せるむちむちとした感触に気が遠くなりそうだった。
(うそだろ、あの久美子が――)
ぐぃっ、ぐぃっと勢いよく牛乳が口の中に吸い込まれていく。1リットルパックをものともせず、息もつかずに一気飲みだ。紙パックの角度が上がるにつれて、一層そり返った胸について山のようなバストがますます上を向いていき、シャツの中でふるふると震えている。
「はぁっ!」あっという間に1リットルすべてを飲み干し、久美子は気持ちよさそうに一息ついた。
「もう、女の子がそんな飲み方して」
横から峰子さんが口をさしはさむ。
「だって、これぐらい飲まなきゃ飲んだ気しないんだもん」
「そんなだから、胸がそんなに大きくなっちゃうのよ」
「お母さん、人のこと言える? 間違いなくこれって遺伝なんですからね」
久美子はこれ見よがしに、峰子さんに向かって胸を突き出してみせた。お互いの超乳があともうちょっとの所でぶつかりそうになる。どちらの胸もとてつもなく大きい。しかし並ぶと――その差は歴然としていた。
久美子は再び振り返って牛乳パックを見つめる。その顔はまだなんとなく物足りなさそうだ。
「久美子、今日だけでもう3本目よ」
まるでその顔を読み取ったように峰子さんが言う。「はぁい」久美子はちょっと残念そうな顔をしながら紙パックをごみ箱に抛り入れた。
「まったく、久美子が来るとあっという間に牛乳がなくなっちゃうんだから。また買ってこなくちゃ」
ちょっと愚痴っぽく言う。2人の間には、なんともいえない気安い空気が流れていた。
彼女――堀江久美子は、峰子さんの前の旦那さんとの間にできた子供だった。詳しいことはよく知らないが、別れたのはもう10年以上も前だという。今はお父さんの方に引き取られて暮らしているそうだが、その後子供のできなかった叔父夫婦にとって、この家でも実の子のように割合ひんぱんに出入りしていた。(実際、最初のうちは引き取ろうとしていたらしいが、結局それは実現しなかった) かつて卓次がよくこの家に泊まりに行ってた時にもかなりの確率でやってきていて、一緒によく遊んだものだった。
とはいえ彼女は卓次より8つも年下である。最後に会った時はこちらは大学生でむこうはまだ小学生、これははっきりいって大人と子供の差なのだが、不思議と彼女はそういった年齢差を感じさせなかった。一言で言うととてつもなく利発な子供だったのだ。こっちが大学でやってる難しい専門の話なんかでも好奇心一杯に聞いていて、恐ろしいことにちゃんと理解していた。そうなるとこちらもちょっと嬉しいものだからさらに熱心に説明してやると的を突いた質問を次から次へとあびせ、こちらは矛盾点を突かれて逆にしどろもどろになってしまうこともしばしばだった。さらにその後彼女は気になった事を図書館とかに行って自分で調べてきて、次に会う時にはこちらが真っ青になるぐらい詳しくなっていた。ちょっと空恐ろしさすら感じさせるほど子供離れしたところがあったけども、その態度はいかにも子供っぽい好奇心のまま突っ走った結果みたいな感じでいやみな所がなく、卓次にもなぜかなついてくれた事もあって、ひとりっ子の卓次は久美子をまるで新しくできた妹のようにかわいがっていた。
"タク"という呼び名も、子供の口には「たくじ」というのが発音しづらかったらしく、自然と末尾が落ちていってそのまま定着していったのだ。その口調は今も変わらない。嬉しいような面映いような妙な感覚がある。
それにしても――最後に卓次の記憶にある久美子は小学六年生、その頃から母親譲りの並外れた美貌は感じられていたが、当然のことながら胸なんかまったくふくらんでなかった。それから5年の歳月があったとはいえ、そして血は争えないとはいえ――いったい何がどうしたらこんなに大きくなるんだ?と大声で叫びたくなるほどその胸は莫大なだった。この年で、もうとっくに、母親をすら大きく追い抜いてしまっている――。
風呂上りの久美子はTシャツに短パンというラフな格好をしていた。しかしそのTシャツの胸のあたりはまるで砲弾でも仕込んであるのかと疑いたくなるほどとてつもなく大きく膨れ上がり、中身がパンパンに充満して今にもはじけ飛びそうになっている。その胸のラインがシャツの上からでもくっきりと浮き出てしまっていて、思わず目のやり場に困るほどだ。胸の辺りには何やらロゴらしきものが見えるのだが、それが一体何なのか、布地がすっかり伸びきってしまってまったく判別できない。暑いせいかTシャツの裾はそのままたらし、そのためにウエストのあたりに広大なすき間ができていた。
「もう…みっともない。ちゃんと着なさいよ」
峰子さんが小言っぽく言う。
「だってぇ、シャワー浴びた後で暑いんだもん。今だけだからさぁ、もうちょっとだけ…」
「だめよ」そして少し声を落とし久美子の耳元でささやいた。
「ちゃんとブラしなさいよ」
しかし意外と声が通り、卓次の耳まで届いてしまった。それじゃあ――今、ノーブラなのか…。思わず久美子の胸を凝視してしまう。そのやわらかそうで重量感たっぷりながら、つんと形よく上を向いたその素晴らしいバストラインは、ノーブラとはほとんど信じられなかった。
「ほら、卓次くんだっているんだから」
その視線を感じたのかどうかは分からないが、峰子さんはそうつけ加えた。
「いいよ、タクなら」
「いい加減にしなさい。いつまでも子供じゃないんだから」
「はぁい」
久美子は遂に折れて、その足で再び脱衣所に向かった。そしてすぐ出てくると――その手には先ほどの、あの超特大のブラジャーが握られていた。それを隠すでもなく、手に持ったまま奥へと入っていった。
その後姿を見送った峰子さんは、卓次の方に振り向くとこう言った。
「ごめんなさいね。久しぶりだからびっくりしたでしょ――あの子」
「あ、いえ…」変わってない、と言おうとしたけども、あんまりうそくさくなりそうなんであわてて止めた。しかし、確かにあの胸にはひたすら驚かされたものの、そのノリというか空気というかは、昔とまったくといっていいほど変わっていなかった。あの小気味よいはじけるようなテンポ――まさしくあの頃のままの久美子がそこにいるような気がした。
間もなく夕食の準備が始まると、久美子は峰子さんを手伝おうと台所に乗り出していった。卓次は2人のエプロン姿も見てみたいとは思ったけど、この土地は今だに「男子厨房に」云々の気風が残っていて、なかなか台所には足を踏み入れにくい雰囲気があった。ちょうど叔父さんが仕事から帰宅したので、自然とその叔父さんの相手となる。
5年ぶりともなると身内とはいえなんとなく気まずいこともある。手持ち無沙汰なこともあってビールを持ってきて差し差されつ杯を交わすうちに、次第に話題は卓次の事になっていった。無理もない。無事に大学を出て一流商社に勤めながら、結局1年もたたないうちに辞めてまったく関係ない仕事に就いたのだから。親戚中で話題になっていたことは知ってたが、案の定格好の標的となってしまった。
「だいたいこれからどうするつもりだ? この不景気の中、ちゃんと立派な企業に就職していながら、あんな浮草稼業について…」
言われることは予想していた。その内容まで…。でも自分が本当にやりたいと思いつめて始めた仕事に対し、こういう体面を気にしてばかりの意見を持ち出されることに正直うんざりしていた。この家でまたそんなことを聞かされてしまうとは――。
「あらあら、どうしたんです? そんな大きな声出して」
峰子さんが料理を手に現れた。すぐ後ろに久美子も続いている。
峰子さんは料理が上手だ。ここに来る時にはいつもそれを楽しみにしていた。久しぶりに目の前に並べられた手料理を前に、卓次はほっと救われる思いがした。
「で、何話てたんです?」
「いや、こいつがさ、せっかくの会社をやめて馬鹿な道に入り始めてることをだなぁ」かなりアルコールが回っているのか、抑制が効かない感じだ。
「え? タクって今、仕事なにやってんの?」後ろから久美子が好奇心丸出して身を乗り出してきた。その拍子にTシャツの胸がぐぐぐっと目の前に迫ってくる。
「探偵事務所さ」
「え? じゃあタクって、私立探偵になったの?」久美子が途端に目を生き生きときらめかせた。「かっこいいじゃん」
「そんないいもんじゃないだろ、探偵って」叔父さんがすぐ口を挟んだ。「ホームズみたいのはありっこない。現実には家出人探しや浮気調査や、そんな仕事ばっかりなんだろ」
「いや、確かにそういう仕事は多いけども、そればっかりじゃない。実際に犯罪の捜査に向かう事だってあるんだ」
「へえ、どんな?」久美子が興味深そうに尋ねた。
「ほらほら、食べましょ」
峰子さんの一言をきっかけに夕飯が始まり、この話題はそれきりになった。4人で卓を囲むうちに気がついたのだが、叔父さんはどことなく久美子と距離を置いているように見えた。自分の妻の娘とはいえ、やはり前夫との子ということで何かわだかまりがあるのだろうか。あまりそちらを見ようともしない。
そのせいでなんとなく間に気まずい空気がとどこおってきて、卓次はそれを打ち払うように、目の前の小皿を指しながらこう言った。
「峰子さん、これおいしいですね」
えっ、と峰子さんはちょっと困ったような顔をした。横で久美子が嬉しそうにニコニコしている。
「へへっ、これ、わたしが作ったんだ」
「え、これを、お前が――」
「なに驚いてんのよー。これでも毎日家で作ってんだからね」
ちょっとびっくりした。実際、今並んでいる中でも格別においしく感じてたからだ。思わず久美子の方を見てしまう――。
さっき注意されたからだろうか、今はTシャツの裾を短パンの中にきちんと入れているのだが、そのことによりバストとウエストのとてつもない落差がさらに強調されてしまっていた。しかし胸に布地をとられてぱっつんぱっつんになっているTシャツの生地は丈が足らず、少し動いただけですぐ裾は短パンからはずれてしまう。そうするとかわいらしいおへそがかいま見える。その度に久美子はしきりにTシャツの裾を手で押し込んでいるのだが、その時胸のあたりの布がより一層引っ張られてバストの線が丸見えだった。Tシャツの胸の部分は極限まで引っ張られて下からブラジャーの形に凸凹が浮き出てくる。卓次の頭の中で先ほど脱衣所で見た巨大なブラジャーが勝手にまざまざと蘇ってきた…。間違いない。あの、はてしなく巨大なブラジャーが今、久美子の胸を覆っていて、このはちきれんばかりのバストをかろうじて食い止めているのだ。形そのものはノーブラの時とさして変わっていないようだったが、ブラに保護されて動きが抑制されているせいだろうか、より一層鋭角に胸から突き出してくるように見えて、卓次の目を射抜かんばかりだった。
「タク、何見てるの?」洗いざらしの髪が肩にかかってサラサラとざわめき、つぶらな瞳で卓次を見据えた。その視線に思わずどきりとする。化粧っ気のない顔はそれでも申し分のない――というか下手に化粧でもしようものならその絶妙のバランスが狂ってかえっておかしくなりそうなほど絶品だった。短パンから伸びる細くしなやかな足が無防備に卓次のすぐ横に投げ出されている。
「いや、その…」知らぬ間に久美子の胸をじっと見つめてしまっていたことが気恥ずかしく、なんとかごまかそうとその裾に眼を向けた。
「そのシャツ、さっきから何度も入れてるけど――」
「え、これ?」そう言いながらなおもTシャツの裾をなんとかしまおうとする。しかしそうするとまた胸に引っ張られてつんつるてんになってしまい、入れるそばからすぐ飛び出してしまった。それでもほとんど無意識のうちにやってるらしい。
「もう、ほっといたら…?」
「だってぇ、そうしないと太って見えちゃいそうで…」
確かに入れないと、Tシャツの裾は突き出した胸に合わせてとんでもなく前に垂れ下がってしまい、すごい太って見えないこともない。それがしまい込もうとするとまるで魔法のようにどこまでもどこまでも引っ込んでいく。裾を入れた時のバストとウエストの落差が描き出すラインは実にドラスティックだった。
どうやら久美子は、胸の大きさが目立ってしまうより、胸のせいで太って見えることの方が気になるようだ。(オトメゴコロってやつかな) そんな事を考えつつも、その圧倒的な迫力に目が離せなかった。
「なによぅ、変なタク」久美子はちょっと顔をふくらますと、いきなり身体をゆすって前に乗り出した。突き出した胸が下を向き、重心が一気に下がっていく。それと共に、ブラジャーが中の圧力に揺さぶられて苦しそうにうごめきまわった…。
「わたしも1杯もーらいっ」久美子はテーブル中央に置かれていたコップに手を伸ばすと卓次に向けて差し出した。注げと言うんだろう。
「おい、やめとけよ」
「なによー、もう子供じゃないんだから」としつこくコップを突き出す。注がなかったら手酌でいきそうな勢いだ。
「お前、いくつになったんだっけ?」
「この4月で16だよ、今高2」
「あ、そういやお前、四月馬鹿生まれだっけ」
「あー、それ言っちゃだめって何度も言ってるのにー」
そう言いながらもコップを置こうとはしない。ちらと叔父さん、峰子さんの方を見やる。仕方ないな、という顔だ。そうそう、こいつ、昔っから言い出したらきかないたちだったからなぁとあきらめ、なるべく勢いよくビールを注いだ。
「なによ、これ。泡ばっかり」
「ばーか、その方がいいんだよ」
ビールはいかにうまく泡を立ててつぐかが重要、と薀蓄を述べようとしたが、久美子はもう聞いちゃいなかった。じっと怖いぐらいの顔でコップを見つめている。
幾度となく飲もうと口をつけかけたが、その直前、ためらうように2・3度唇が揺れた。何度目かで意を決したように口に流し込んだが、言葉とは裏腹に顔はいかにも苦そうだった。先ほど牛乳を1リットルもぺろりと一気飲みした時とはえらい違いだ。いきがっていはいるが、飲みなれてないことは一目瞭然だった。
どうにかコップ半分ほどのビールを飲む――というより押しこんでコップを置いた。
「ふうッ」どうやらうまい、と表現したかったらしいのだが、まったく板についてない。残ったビールはその後一度も手をつけられず、そのままいつまでもそこから動かなかった。
ただ、しばらくして、たったそれだけのビールが次第にまわってきたらしい。久美子の口がいつにも増して饒舌になってきた。「こんな苦いもん、どうして喜んで飲むのぉ、信じらんない」自分から注げと言っておいて、卓次に突っかかる。「ねえ、タクったらぁ」
すぐ横にいる卓次にからみだした。やばい。そばに寄られると、何より先にその巨大なおっぱいが当たってしまう。
「タクもタクだよ、久しぶりに会ったっていうのに、人の胸ばっかりジロジロ見てさ…」気づかれてたのか…と顔から血の気が引いた。久美子は酔いも手伝ってますます無防備になったのか、まるで胸をぐりぐり押しつけるようにまとわりついてくる。
「ほら、これってそんなにいいもん? 男の子ってなんでみんな好きなのかなぁ」
胸が触れると、まずはブラジャーのごつい感触がある。しかしそれは一瞬で、すぐにその奥からまるで形のないようなやわらかいものが伝わってくる。これだけの大きさだからだろうか、本当に計り知れないほど底なしにやわらかかった。しかし同時に、何かがぎゅっと詰め込まれたようにプルプルとはじき返すような感触もある。やわらかいだけでもなく、きついだけでもない、それが最高に混ぜ合わさったような、それだけで思わず気が遠くなってしまうような極上の弾力だった。
卓次はハッとして、久美子を押し返した。(俺は何こいつに感じてんだよ)そして手を伸ばして肩を押さえると、その体をゆさぶった。両手ともかなり伸ばしているつもりだが、2人の体の間の空間はほとんどがその胸で埋まってしまい、揺さぶるたびにどわんどわんと揺れまくった。
「ほら、しっかりしろよ」
「ねえタク」しかし久美子はまだどこかぼーっとしているようだ。「わたしのおっぱい、気持ちいい?」
「え!? な、何言ってんだよ」
「わたしのおっぱい、好き?」
「お前酔ってんな」
とにかく理性が残っているうちに、と卓次は久美子から体を離して残った夕飯をかきこんだ。
「ねえ、タクったらぁ!」
「まったくしょうがないな」
結局久美子はさんざん騒いだあげくそのまま畳の上に眠り込んでしまった。寝顔だけ見るとあのさっきの暴走っぷりが信じられない。まるで何も知らない天使のようにおだやかだ。
「ごめんなさいね」峰子さんがその横で申し訳なさそうに謝った。「この子、久しぶりに卓次さんに会えてさっきからすっかりはしゃいじゃって――。よっぽど嬉しかったのね。この子、あなたにすごいなついてたから」
「じゃあこいつ、布団まで運びますね」峰子さんに断わって、久美子を抱え込んで運ぼうとした。思いもかけずお姫様抱っこをしてしまう。
「う…こいつ――けっこう重いな」
体は細っこいくせに持ち上げようとすると手にずしりとした重さが伝わる。力を入れ直して思いっきり抱え上げようとした途端、久美子の胸が卓次の顎を直撃した。
「うわっ!」思いもよらぬ攻撃を喰らってしまった。やわらかい、しかしずんと重量感のある衝撃を喰らって咄嗟に足にきてしまい、卓次は腰からすとんと落ちた。久美子もそのまま転げ落ちて目を覚ます。
「な、なに?」
じゃじゃ馬なお姫様は訳も分からずあたりを見回していた。
その後結局、久美子は酔い覚ましにもう一度お風呂に入ろうとした。
「ね、久美子。ひさしぶりに一緒に入らない?」脱衣所で服を脱ぎ始めると後ろからいきなり声がかかる。「え?」反射的にそちらを見ると母親が既にすっかり身支度をして立っていた。
「いいでしょ」その顔はなにやら嬉しそうだった。
決して大きくはない一般的な広さの風呂桶は、2人が入るには小さかった。久美子ひとりが入っただけでバストでほとんどその半分が占領されてしまうのだ。おそらく一緒に入ったら、確実にどちらかのバストがあふれ出てしまうだろう。
だから久美子は、ひとり湯船を占領しながら後から入ってきた母親が体を洗う姿を、ただ見つめ続けていた。その視線の先では、母親の特大バストがスポンジの動きにあわせて大きく揺れ動いている。
「この前一緒に入ったのは3年前だったかしらねぇ、あの時の久美子ったら――」
娘の視線を受け流しながら、ふとその時の事を思い出しているようだった。
――それは3年前の夏のこと、今と同じように久美子は湯に体を沈めながら母親の大きな胸を喰いいるように見つめていた。その時久美子は13歳、その胸は今と違ってまだふくらむ気配すら見せてはいなかった。久美子は何度となく口ごもらせてから、遂に意を決したようにいつになく真剣な口調で尋ねた。
「ねえお母さん、お母さんはいつごろからそんなに胸が大きくなったの?」
当時久美子は本当に悩んでいた。同じクラスのみんなはもう自分を除いて全員ふくらみ始めた胸を誇るようにブラをしているのに、ひとり久美子だけがまったくブラを必要としていなかったのだ。それはなんとも気恥ずかしく、ほとんどコンプレックスになりかけていた。
母はそのぶしつけな質問にてらいもせず、かすかに笑いかけた。
「うーんと、14歳の頃だったな。それまでは今のあなたみたいにぺっちゃんこだったの」まるで久美子の胸のうちを代弁するかのように語り始めた。「もうめちゃくちゃ悩んだわ。わたしのおっぱいはもうこのまんま一生全然ふくらんでこないんじゃないかって心配でね。ところが14〜15歳の頃からいきなり胸がむくむくと…」
「むくむくと…?」久美子は思わず身を乗り出した。
「だから、あなたも大丈夫よ」そう言うと娘の顔を見てにっこり笑った。
「そうかなぁ」久美子は半信半疑だった。なんだかうまく逃げられたような気がしてしょうがなかった。自分がお母さんみたいな胸になるなんて、信じられない――。
「――ってな感じだったのにねぇ、あの頃は…」
「お母さん、その頃の話はもういいからぁ」
今や母よりはるかに大きくなった胸を抱えて、久美子は再びいつになく真剣に口を開いた。
「ねえお母さん、お母さんはいくつぐらいまで胸が大きくなり続けた?」
「そぉねぇ、二十歳ぐらいまでだったかな」
「二十歳――」久美子は自然と頭の中で計算していた。まだあと4年ある…。
「でもその後、最後のイヴェントの時はさらにすごかったわ」
「最後のイヴェント?」
「あれ、憶えてない? あなたが生まれた時よ」
「憶えてるわけないじゃない」久美子はふてくされた。
「そう? 憶えてないの。それは残念ね」娘のふくれた顔を楽しそうに見やりながら続けた。「すごかったのよ。あんな思いするぐらいなら、もう二度と子供なんか生むもんかって思うほどにね――」
ふっとかすかに頬笑んでから、遠い昔を思い出すような顔になった。
「お前のお父さんと結婚して間もなく、おっぱいがまたいきなり大きくなり始めたの。そりゃ前から人一倍大きかったのは確かだけども、もう二十歳過ぎててさすがに成長は止まってたし、それがまた急にふくらみ出したんで自分でも驚いたわ。しかも思春期の一番成長が激しかった頃と比べてもそれ以上のスピードだったし…。けどまぁ――その、結婚しておっぱいをなにかと刺激されるようなことになってたから、そのせいなのかな、と最初は考えてたの。けどあまりに急激すぎたし、もう胸が張っちゃって動けないぐらい痛くなってきちゃって――何か悪い病気じゃないかと心配になってきて、病院で診てもらったの。そしたら――あなたがお腹の中にいたって訳。
もう悪阻だとかそんなのとかのずっと前に、おっぱいが真っ先に妊娠に反応しちゃったのよね。
けどそれからが大変だったわ。もうとにかくおっぱいが張り裂けるんじゃないかってぐらいぱんぱんに張っちゃって張っちゃって…。お腹が大きくなるよりはるかに早いペースでみるみるふくらんでいくんだもの。冗談でなく、一気にそれまでの倍ぐらいにはなっちゃったわ。臨月になってもお腹より胸のほうがはるかに目だっちゃってたんだから。その頃はもうおっぱいが常時ミルクでいっぱいになっちゃって、もうほっといてもどんどんあふれ出しそうになっちゃってた。もう破裂しちゃうかと何度も思ったわ。でもね――あんまりにいっぱいに詰まっちゃってたせいか、搾ろうと思ってもうまく出てくれなくってさ…。よけい苦しくなっちゃって、最後の頃はもう自分でもほとんどさわれないぐらいぱんぱんになっちゃってたわ。あなたを生む時だって、出産そのものの痛みよりもおっぱいがどうにかなっちゃうんじゃないかってそっちの心配の方が強かったぐらいだもの」
「へぇ…」久美子は興味津々といったぐあいで母の顔を見つめた。
「今からこんなに張っちゃって、子供が生まれたらどうなっちゃうんだろうって不安だったの。なのに…あなたが生またらその日から状況が一変しちゃった」
「え? どういうこと?」
「あなたが生まれた日、初乳を与えようとした時ったら…。まだ生まれて何時間も経ってない赤ん坊が、一度くわえたらもう一生離すもんかって勢いでわたしの胸に吸いついたまま離れないんだもの」
「ヘヘッ」憶えがないとはいえ自分のこと、なんとなく照れくさかった。
「でも嬉しかったわぁ。その時、わたしの胸の中にはもう本当にどうしようもないくらいミルクが貯まっちゃって苦しかったんだけど、あなたがおっぱいをくわえた途端、あんなに出なかったものが嘘みたいに、後から後からすごい勢いでぴゅーぴゅー噴き出てきたの。ここ数ヶ月、おっぱいが苦しくってどうしようもなかったのが、吸われてすーっと楽になっていったのよ。あなたはその小さな体のどこにそんなに入るんだって不思議なくらいちゅーちゅーといつまでも吸い続けて…先生がいくら離そうとしても頑としてきかなかったのよ」
久美子はさすがに恥ずかしくなってきて顔をうつむかせた。
「ようやく満足したかと思うとすぐコテンと寝ちゃって。でもあなたの寝顔を見ているうちにまたみるみるとおっぱいが張ってきて、あっという間にさっき以上にミルクが満タンになっちゃった…。でもこっちが我慢しきれないぐらいになると必ずあなたの方もお腹がすいて泣き出すの――。
それから1年以上もの間、あなたは本当に来る日も来る日も、起きてる時は夜も昼もなくわたしのおっぱいを吸い続けたわ。ほんとうにもう1滴も出ません、かんべんして、ってなってもなかなか離してくれなかった。生む前の不安なんかどっかに吹き飛んでいたわ。
そうするうちにあなたはどんどん大きくなるし、ミルクを飲む量もますます増えていった。だんだんわたしのおっぱいだけじゃ足りなくなってきちゃったのよね。もう出ないって言ってもまだ足りないって泣き叫んぶんで。徐々に牛乳も飲ましていったの。その頃先生に言われたわ。『こんなにたくさん母乳を出すお母さんも初めてですが、こんなにたくさん飲むお子さんも初めてです』って。離乳食を食べるようになって断乳しようとしても頑として受け付けず、結局どうにもおっぱいが出なくなるまでしつこく飲み続けたのよ。あなたに吸い尽くされて、おかげでずいぶん小さくなっちゃったわ。わたしの胸」にっこりと頬笑み、それでも充分すぎるほど大きな胸を両手でさすった。「もう出がらしよ」
「――――」初めて聞く話だった。なんと返していいかわからない。「お世話になりました」じゃ変だし、「ありがとう」というのも照れくさい。
「その時確信したわ。ああ、この子の胸は絶対わたしより大きくなるって。直感だけどね。正しかったじゃない」
「――ねえお母さん。お母さんの胸が一番おっきかった時って、どれぐらいあった?」
「そうねえ、やっぱりあなたが生まれた頃だろうけど…」言葉を切ると改めて久美子の胸を見つめた。「ねえ久美子、今、バスト何センチある?」
「えっとぉ、241センチ…プラスα、かな」久美子はこの8月1日に細川先生に測ってもらった数値を思い出しつつ、答えた。あまりに急激な成長のため、本当の数値は今測ってみないと分からないのは相変わらずだった。
「負けたわ。あの時でもさすがにそこまではなかったものね。去年の夏まではまだ勝ってたけど、今年はもう完全に抜かれちゃった。おそれいりました」
急に頭を下げる。久美子はあわててしまった。
(わたし、お母さんのミルク、そんなに吸っちゃったんだ)
母親の爆乳は、久美子にとって長いことあこがれだった。しかしふと気がつくと自分はそれをはるかに追い越してしまっている。なんとなく感慨深げだった。
――――――――――――
翌朝、卓次はなんとなく早く目が覚めてしまった――というかゆうべ感じた久美子の胸の感触が焼きついて離れず、よく寝付けなかったのだ。
(あいつ、なんて体になってんだ…)
きのう一日で峰子さんへの長年の思いをきっぱり押し流すことができた、と思う。しかしその代わり――。寝ていて何度も手が股間に伸びそうになるのを必死にこらえていた。昔からずっと、小さな妹のように感じてきた女の子に対しそのような感情を持つこと自体に強烈な罪悪感があった。
外の空気に当たろう。着替えて行き先も決めずに朝のすずしい風の中を歩き出すと、自然と足は、昔よく遊んだ近くの川へと向かっていた。あの頃は久美子ともよくここに来たっけな、なんて思い出す。川幅もかなりあり、澄んだ水がゆったりと流れるこの川を見てると、なんだかすうっと心が落ち着いてくるようだった。
(変わらないな、ここは) 卓次は川原に腰を下ろすと、水の流れをじっと見つめていた。ここの空気同様、まるで社会と隔絶されたかのように汚染の気配も見せず、昔とまったく同じように流れ続けている。
ただ――以前はもっと大きな川のように思っていた。もちろん、これも川の大きさは変わらず、自分の方が大きくなったために相対的に小さく感じているだけなのだろう。でも、分かっていても、どこか腑に落ちないものを感じてしまう。
「あ、やっぱりここにいたんだ」
不意に後ろから、聞きなれた声がした。考え事に集中してた卓次はまったく気がついてなかったので、その声の主をサッと感じて慌てて振り返った。
「おはよう、タク」
久美子は、きのうのTシャツ姿とは打って変わって、青い横縞のタンクトップにホットパンツという、より肌の露出が多い服装になっていた。それによってなんと違った感じに見えたろう。きのうの、着ている布地を内側から今にも破壊せんばかりに張りつめた格好も強烈この上なかったが、この服装は、さらにダイレクトに卓次の脳髄を刺激した。
久美子の容姿が、まだどこかに少女っぽさを残しながらも、今まさにその体の内側から大人の女の部分がそれを暴力的にまで押し破ろうとしているのをまざまざと見せつけられた。バストに隠されがちで目立たないがウエストは本当に信じられないほど細く、しかしそのすぐ下でホットパンツに包まれたヒップは意外なほど大きく拡がって丸々とした曲線を帯びている。そしてパンツからさらに伸びた足はスラリと長く伸びながらもむっちりと肉が詰まり、最高に脂が乗っているようにつややかだった。
しかし言うまでもなく、圧倒的なまでの存在感を主張しているのはその胸だった。タンクトップにかろうじて覆い隠されているが今にも布地をはじき飛ばしそうなぐらいの勢いでぱっつんぱっつんに押し広げ、バストラインをそっくりそのまま浮き上がられてしまっていた。伸びて拡がりきったストライプがその大きさをさらに強調してしまっている。大きく開けられた襟ぐりからは、大きすぎる2つの乳房がその胸の上で限られたスペースをなんとか奪い合おうとおしあいへしあいぶつかりあって、その間に形成されたとてつもなく深い谷間が丸見えだった。卓次はその谷間の闇にふらふらと吸い込まれるような気がした。
その迫力は唖然するばかりだった。顔つきはまだ子供っぽさを残しつつ、その肉体の急激な発育ぶりはまさしく破壊的としか言いようがなかった。巨大なバストは今まさに子供時代の殻を内側から突き破らんばかりに膨れあがり、もう既に裂けた殻の内側から中身が見え隠れている。
「あ、お、おはよう」
悟られてはならない。卓次はとっさに理性を働かせてなんとか視線をずらして生返事をした。
久美子はそんな卓次の様子をまったく気にしないかのように、卓次の横に腰をおろした。2人の間はこちらがちょっと寄せれば触れんばかりのすき間しかない。すぐ横から、何かむせ返るような気配が卓次に向かって流れ込んでくる。そして久美子は今まで卓次がしていたのと同じように、じっと川面を眺め始めた。
「きのうは、ごめんね」視線をそのままに話しかけてくる。ちょっとしおらしい口調だった。
「あの後――お母さんからいろいろ聞いて…。やっぱりお酒はだめだわ、わたし」
「もう大丈夫か?」
「うん、もう平気」
目は川面に向かいつつ、手はしきりに胸のあたりを気にしている。座ったことにより体勢が変わって、服がどこか引きつるようになってしまったのだろうか。あちこちちょっとづつ引っ張って、なんとか胸の辺りに余裕を持たせようとしていた。
卓次はまた目のやり場に困ってしまった。「なあ、その服、ちょっと小さくないか」
「ん? ああこれ。この前作ったやつなんだけどね。でも確かにもう小さくなっちゃったかな。いつものことだからもうあきらめてる感じ」そう言いながらも卓次の様子に気づいてちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。「それともなに、タク、気になる?」わざと体を斜めにずらしてこれ見よがしに胸を突き出してみせる。
「ば、ばかいえ。大人をからかうんじゃない」
「あ、久しぶりに聞いたな、その言葉。わたしに対してまだ言うんだ」
言ってしまってから卓次も思い出した。大人をからかうんじゃない――。かつても、久美子に対して何度となく言った憶えがある。子供とは思えないほど記憶力も思考力も長けていて、話しているうちにしばしば言い負かされてしまいそうになった時、年長者の体面を保とうとついつい口に出してしまう言葉――。そう、実際にはこの言葉を使う時はいつも、もう既に負けていたのだ。
ひょっとしたら俺はもうとっくに久美子の奴に完敗しているのかもしれない――。突然そんなことに思い当たった。
(それにしてもこんな格好で出歩いて――本当に大丈夫なのか?)
卓次はついつい胸に目を奪われてしまいつつ、改めて久美子を見た。その巨大な胸の中には、あたかも濃密なフェロモンが大量に充満しているかのように、彼女が少し動くたびに揺れ動いて健康的な色気のようなものがこぼれ落ちていた。
しかしさらに驚くべきことは、そのことを本人自身がまるで気がついていないみたいに無防備なことだった。だから、そのあり余る魅力が隠されることなく発散され続けてまぶしいぐらいだ。この姿を一目見て――平静でいられる男がいるとは卓次には到底思えない。なんだか危ういものを感じていた。
(なんだか気のせいか――きのうよりでかく見えるぜ)
胸ばっかりそうじろじろと見る訳にはいかない、とは思いつつ、一旦視界に入るとどうしても目が離せなくなる。服装のせいか、何度見直してもきのうより確かに重量感がより増しているような気がしてしょうがなかった。
「まさか…な」
「ん、なんか言った?」
やばい。つい口から漏れてしまったらしい。卓次は必死でごまかした。
「いや、こっちのこと。ちょっと考え事してたもんで」
「そうだよねー、わたしも東京を離れてこっちに来ると、いろんな事を冷静に考え直せる気がするの。なんとも言えずのびのびしちゃってさ。お母さんがいる、っていうこともあるけど、それだけじゃないんだよね。なんか時間の流れ方がここだけ違うみたい。この土地が持ってる力みたいなの、そんなのがあるような気がしちゃって…」
いつしか久美子は、あの頃の子供っぽい姿に戻っていくような気がした。
「わたしってさ、いわゆる田舎ってなかったし、そういうのが必要だとも思ってなかった。けどお母さんが再婚してこっちに来て、わたしもお邪魔するようになって、初めて来たくせに『あー、帰ってきた』って急に思ったの。ここで生まれた訳でもないのにね。以来、なにかというとここに来ちゃうんだ。叔父さんにはちょっと悪いけど」
卓次ははっとした。叔父さんが久美子と少し距離を置いている事を、ちゃんと感じ取っていたのか、と。
「タクとも会えると思ってなかったし――。わたし、あの頃けっこう生意気じゃなかった? 今思うと、自分でもいきがってたなぁって思う。自分としてはただ納得がいかないだけなのになんでみんな冷たいの、って落ち込んだこともあったんだよ。けどそんなわたしをちゃんと最後まで相手してくれてたのって、タクぐらいしかいなかった。表には出さなかったけど、すごい嬉しかった…」
久美子の顔はいつしかおだやかなものになっていた。
卓次は久美子のそのおだやかな顔を思わず見つめた。しかし久美子は、そんな視線を気にすることなく、視線を川面に向けたまま、まるで胸の谷間に風を送り込もうとするかのように、自分の胸元をつかむと軽くあおぐようにばたつかせた。タンクトップの薄い生地に引っぱられるように、その内側にぎっしり詰め込まれたバストがゆったりゴンドラのように大きく揺れ動く。卓次は思わず目を見開き、その動くさまをじっくりと見つめてしまった。
「どうしたの? タク」久美子は卓次の様子の変化を不思議そうに眺めた。
しかし卓次の目は、久美子の胸を見つめたまま、ある種の疑惑で一杯になっていた。
(まさか――ノーブラなんじゃ)
タンクトップごしの胸のラインは、きのうのTシャツ姿よりはるかに生々しかった。それにどうしてもきのうは見えたブラのごつごつが浮きでてはいない。Tシャツより明らかに生地が薄いにもかかわらずだ。そんな――家の中ならともかく、この胸でノーブラで外歩くなんてほとんど自殺行為だ…。
「あのさ――その…気をつけろよ」
「え、何を?」
「その――胸、はみ出しそうだし」
「ふーん、心配してくれるんだ」
「茶化すなよ」
「ありがと。――まあ自分でも分かってるつもりだけど」
「じゃあ、もうちょっと服をさぁ…」
「だって…でも暑いじゃない」久美子は事もなげに答えた。
(こいつ絶対分かってない。分かってるつもりで全然分かってない…)卓次は心の中で思わず絶叫した。
久美子はふっと顔をやわらかくして川面を見つめた。
「それにね――。わたし、この季節のこの時間、なんとなく肌にひんやりとくる空気の感じがなんともいえず好きなの。まだまだ暑いけど、ここだけふっと涼しい風が吹くんだよね。こんなのこの場所でしか味わえない。なるたけ肌をじかにさらしてなきゃ感じ取れないの。もったいないじゃない」
確かに、その時の久美子の様子は変な気持ちを起こすのがおこがましいほど純粋なものだった。
「子供の頃の景色って小さく見えるっていうけど本当だよね。この川だって、すっごく大きく思えてたのに…。ねえ憶えてる? わたしこの川でおぼれかけたの。いきなり深くなって背が立たなくなっちゃって…。それぐらい大きかったのに、今はもう…」
久美子はいきなり立ち上がると、服のままざぶんと川の中へ走っていった。水をばしゃばしゃ跳ねまわしながら、あっという間に腰までつかるほどの所に来てしまった。
「お、おい久美子」
卓次の声も聞かず、久美子は川の中央まで一気に駆け抜ける。そこまで来て立ち止まり、くるりとこちらを向いた。
「その溺れたのがここ。今じゃ腰までしかないのにね」跳ね上がった水が頭までかかり、着ていた服はびしょ濡れで肌に張りついていた。
卓次はとっさに目をそらそうとするが…濡れたタンクトップの下からは、青いものがくっきりと透けて見えた。
「ほら、ちゃんと下に水着着てきたもん」いたずらっぽく笑うと、張りついたタンクトップの裾を持ち、肌から引き剥がすように一気に脱ぎ捨てようとした。途中胸のところで思いっきりつっかかってしまっていたが、ほとんど力まかせに肩まで引き抜く。その下から、青い水着に包まれた巨大な胸が飛び出してきた。ドキリとした。久美子の水着姿――しかもツーピースだ。ただしビキニと言うほど大胆なものではなく、その巨大な胸をなんとか包み込もうとたっぷりと布地が使われた超特大のものだった。それでも久美子のバストを半分も隠すことができず、布地は中身をぎっちり詰め込まれてこれ以上ないほど押し広げられて今にもあふれ出しそうだ。長めに用意された紐でどうにか背中で結んでいたが、その紐ももう完全に伸びきって今にも引き千切れんばかりになっている。どうしようもないほどダイナミックな体の線が否応なくあらわになって却って迫力だった。
卓次は目をそらすのも忘れてじっくりとその様子を見つめてしまった。きれいだ…ふとつぶやいていた。
久美子はそんな卓次の様子もおかまいなしに、ホットパンツも脱ぎ捨ててタンクトップと一緒に岸にほうり投げると、すいすいと泳ぎ始めた。ゆるやかとはいえ流れのある川は決して泳ぎに適している訳ではないが、久美子はそれをまるで問題にしないかのように力強く手をかき出していた。
「いたっ!」
久美子がいきなり泳ぎを止めて体を丸める。見ると両手をいっぱいに伸ばして胸を抱えるようにしている。
「どうした?」卓次が咄嗟に近寄ろうとすると、久美子は片手を挙げて制した。「あ――なんでもない」
しかしどうも様子が変だった。無視してそのまま向かう。
「とにかく見せてみろ」近寄ってみると、久美子は左胸のある一ヵ所を押さえている――胸の先の方なので手がをもういっぱいいっぱいに伸ばしてもかろうじて押さえられるほどの所だった。
「あの――胸、すっちゃった」久美子がちょっとはずかしそうに言う。それだけで卓次はハッと気がついた。浅瀬を泳いでいるうちに、水底に胸の先を思いっきりこすりつけてしまったのだ。見ると、水着が裂けかけてちょっと血がにじんでいる。
「え、えーと」分かってみると、まさか触る訳にもいかない場所だしとまどった。「だ、大丈夫か?」
「うん、平気。こんなのすぐ治っちゃう。それより――あんまり見ないで」
久美子はそのまま背を向けた。
「あ、うん」情けないけども、そのまま背中を見守っていた。
「以前は、背が立たなかったぐらいなのに――」久美子は水面を見つめながら苦笑いした。
結局そのまま岸に上がり、また河原に腰を下ろした。水着は裂けかかってしまったし、しょうがないと濡れたままのタンクトップをかぶり直した。もう戻ろうと卓次が言うのも聞かず、もう少しいるという。ずぶぬれで素肌に張りついたタンクトップは、素肌が透けてもうほとんど裸と同然のように見えた。
久美子はまだ名残惜しそうに川を見つめている。
「今年はさ…もう海にいけないと思って――。ほら、わたし水着になるとなにかとさしさわりがあるらしくてさ…先生から止められてるんだ。そのかわりいつも、夜にひとりで学校のプール使わせてもらっているんだけども、いつもプールってのもね…。それにちょっと気を抜くと水着が爆発しちゃうし…」
「はぁ?」聞き違いかと思って思わず訊き返した。
「あ――なんでもない、忘れて」振り払うようにあわてて手を振った。「で、今朝起きたら突然この川のこと思い出して、そうしたらいても立ってもいられなくなったの。ほら、子供の頃、タクと2人でよく泳いで遊んだよね。それにここなら人もほとんど来ないし――。
でも…今日来てみて、こんなに小さな川だったんだな、って――」
「そんなものさ。俺だってここ、以前はすごい大きな川に思えてたもんな」
「うん…あの頃は足がつかないぐらいだったのに――今は、すぐに胸が水底につっかえちゃうんだよ。びっくりした」
そう言うそばから久美子はひとつくしゃみをした。考えてみれば夏とはいえ、濡れた服をそのまま来ているのだから無理もない。
「そろそろ戻ろっか」今度は久美子の方から言い出した。
昼過ぎに、ふと久美子が姿を消していることに気がついた。(またあそこかな)と卓次は川岸に向かってみた。川原のすぐ上の方に夏草が威勢よく伸びている一角がある。その緑が意外とあざやかだったのでなにげなく一望すると――草むらの中から白い山がにょきっと突き出しているのがいやでも目に入った。(まさか――)そばに寄って覗き込むと、案の定、白いTシャツを着込んだ久美子が組んだ両手を枕にして仰向けにすやすやと眠っていた。
「さっきあんだけはしゃぎまわってふっといなくなったと思ったらこんな所でお昼寝か…こういうところはまだまだ子供だな…」
しかし言葉とは裏腹に卓次の目は一点に注がれていた。仰向けになったバストは文字通り山脈のように高く高く盛り上がっていて、しかも久美子がおだやかにに呼吸するたびにその山が静かに波打っている。子供だと言い聞かせていても、どうしても視線を胸からはずせなかった。
(胸、きつそうだな)
よく見ると、ふくらみすぎて生地が薄くなったTシャツの奥からブラジャーが浮き出して見えている。そのブラジャー自体、息を吸い込むたびに引っぱられてむずむず震えているように見えた。
卓次は吸い寄せられるようにそばに腰を落とすと、ほとんど無意識のうちに久美子の胸に手を伸ばした。あともうちょっと――久美子がもう少し大きく息を吸えば指先がその胸の頭に触れんばかりのところまで近づいた。
(だめだ――。何やってるんだ俺は…)
なけなしの自制心を総動員して、なんとか手を止める。
(相手はあの久美子だぞ)
そこには峰子さんに思いを寄せるのと同じ――いや、子供だと思う分それ以上に背徳的なものが感じられた。
しかしそのまま手を伸ばすでも引っ込めるでもなく、不自然な中腰の姿勢でしばらく体を硬直させたまま押し黙っていた。
どれぐらい経ったろう、久美子がいきなりパッチリと眼を開いた。
びくっとしてあわてて手を引っ込める。見られただろうか。卓次の心臓はバクバクと激しく鼓動した。
久美子はああ、と大きく伸びをするとそのまま上半身を起き上がらせた。Tシャツの中で2つの胸がぷるんぷるんと何か別の生き物が暴れているかのように互いに揺れまわってる。
「あふ…気持ちいい。草が一面に生えててなんかやわらかそうだから横になったら――いつの間にか寝ちゃった」
そのまま草の上に体育座りをした。ただしちゃんと足を曲げると膝の上に胸が乗って押し上げられそうになってしまうので、かなり足を伸ばした変則的なものだったが。
「まったく――いつの間にかいなくなってんだもんなぁ。どこ行ったんだろうと探してみれば、こんな所でぐうぐう大の字で高いびき…」
「うそっ! わたしいびきなんてかいてた!?」
「ああかいてたかいてた。もう雷が来たかと思うぐらいごうごうと」
「やだうそわたし、いびきなんてかくの? いったいいつから…」
その様子があまりに真剣そうだったので卓次は思わず笑いがこみあげてきた。
「うそうそ。静かなもんだったよ。寝息すら聞こえないぐらいぐっすりとね」
「あー、よかったぁ」久美子はほとんど大げさなぐらい、その大きな胸をなでおろした。いびきをそんなに気にするなんて、やっぱり普通の女の子なんだなぁと卓次はなんかほっとした。
それからしばらくとりとめのない話を続けていくうちに、久美子がふっと何気なく呼びかけた。
「ねえ…」
「何?」
「タクって、胸の大きい子が好きなの?」
不意打ちを喰らって卓次は思わずギクッとした。ゆうべのような酔った商店の定まらぬものではない、まっすぐこちらを見据えた眼だった。うまく答えられないでいると、久美子はさらに、笑いかけるような情けないような、複雑な表情を浮かべた。「さわりたかった? さっき」
「お、起きてたのか」
「やっぱり――」久美子の顔が少しひきつる。卓次はこの時になって、カマをかけられていたことに気づいた。
「ご、ごめん」
「さっき目を覚ました時のタクの眼、いつもと違ってた。わたし、時々男の人からそういう眼で見られることがあるの…。なんか物欲しそうにぎらついた、生々しい眼…。普段、いいな、って思った男の人でもそういう眼を見ちゃうとなんか醒めちゃって…」
卓次は言葉もない。ひたすらはげしい自己嫌悪に陥っていた。
「クラスの男の子の視線、なんとなく感じるんだ。妙にぎらついていて、他の女の子を見るときにはない、わたしを見る時だけ出てくるあからさまな視線――。でも自分ではどうしていいか分からなくって…。気にしまいとして、逆に胸張って歩いたりするんだけども、時々気が滅入ってくじけそうになるの。そんな時、無性に悲しくなる…」
「――――」
「さっき、タクの眼、その男の子達とおんなじ光を持っていた。ごめん。こんな言い方理不尽なのかもしれないけど――タクには、そんな風にわたしを見てほしくない…」
言い返す言葉もない。どんなに格好つけたって、俺は――結局こいつをそういう眼で見ていたんだ――。
「なにか、いやな目にあったのか?」
「ううん、実際に何かあったって訳じゃないんだけど――ちょっと、恥ずかしい思いをしたことがあって…。もう1ヶ月も前のことなのに、今でも時々思い出すときゃっと叫びたくなっちゃうんだよね。なんとか忘れたくって――。そんな時思ったの。ここに来ればいつもの自分に戻れるんじゃないかって。そんな気がして――。そしたら思いもかけず久しぶりにタクにも会えて――嬉しかった。ほんと、小さかった無邪気な頃に戻って力いっぱいはしゃいじゃった。なんか憑き物がすーっととれたみたいに楽になったんだよ。
――けど本当はあの頃のままのはずなかったのにね。わたしの胸にはこんな大きなものがくっついてるんだし…」
久美子はそう言うと両手を伸ばしてまるでその重さを確かめるかのように胸を抱えあげた。卓次には今度こそ彼女がほんとにあの頃の小さな女の子に見えた。どんなに身体が成長し、大人びてみえようと、その身体からあふれ出さんほどの大きな胸を抱えこんでどこかとまどいを隠しきれないでいる小さな女の子に…。
「久美子――」卓次がふっと呼びかけようとすると、久美子はすっと立ち上がって腰についた草を払った。卓次も続いて立ち上がると、振り向きざまに久美子はとんでもない事を言い出した。
「ね、タク。キスしようか」
驚いた。あわてて顔を見合わせると、思いっきりいたずらっぽい顔をしている。まるっきり意図が分からない。思わずドギマギしてしまった。
「子供がなに言ってんだよ」
「今どきの女子高生をなめてはいけません」
「い、いいのか…」
「いいよ、キスだけなら。ただし、他のところに触っちゃ絶対だめだからね」
よーし、見てろよと真正面に向かい合った。久美子は目をつぶって心もち顎を上げた姿勢で動きを止めている。見ているうちにその唇に吸い込まれそうな気がしてくる――。
誰かともうキスしたことがあるんだろうか…。今まで考えもしなかったけど、そう思った途端、卓次の中にどす黒い気持ちがあふれ出て止まらなかった。もう歯止めがきかない。
ゆっくりと顔を近づけていく。しかし――唇はまだまだずっと先なのに、いきなり体がぽよんとやわらかいものに当たってつっかえた。当たった所から、あのなんともいえない感触が拡がっていく。
その途端、久美子がぱちっと眼を開けた。
「あーっ、おっぱいさわったなぁ。アウトぉ」そしてきゃっきゃとはしゃぎまわった。
やられた、と思った時は遅かった。あの胸だ、あの体勢から胸にさわらずにキスするなんてできっこないのに…。頭に血が昇ってまんまとはまってしまった。久美子はしてやったりという顔をしながらながらあたりをかけまわっている。
その大きく突き出したバストをものともせず大胆にはねまわらせながら、不思議なぐらいバランスをとって駆け回っている。しかし卓次にはその時久美子の精神のアンバランスさが垣間見えたような気がした。
(そうか、こいつ――自分の胸に向けられる男性の視線に対して、どう受け応えしていいかわからないでいるんだ。おそらくまだ男性にぜんぜん免疫がなくって、だから自分の体が男にどういう反応を与えるのかまるで見当がつかないで…。だから――わりあい年齢が近く昔馴染みの俺に対して、わざと酔っ払ってからんでみたりカマをかけたり支離滅裂なことをしてみせたんじゃ…どう反応するかを見るために――)
久美子は相変わらず、疲れを知らずに嬉しそうに走り回っている。けどそんな姿がけなげに見えてきて、卓次は唐突にある決意が浮かんだ。「僕はこの子をずっと守ってやる」まったくそれは自分でも思っても見ないほど強固な意思だった。
自分がどれだけ力になれるか分からない。けど――とにかくできる限りなんでも相手になってやろう。たとえ短い間だったとしても、見守り続けてやりたい…。
――――――――――――
「帰ったぁ!?」
次の日の朝、目覚めると久美子はもういなかった。
「ええ、あの子ねぇ、急に東京に戻らなきゃならなくなったとかで、今朝の始発で急いで帰ってったのよ。すごいあわてた様子でね。『タクによろしく』って…」
卓次は残念なような拍子抜けしたような、なんともいえない顔をした。
「え、はい。それじゃ、これから伺わせていただきますので――。はい、よろしくお願いします」
その頃、久美子は東京に向かう列車の中で電話をかけていた。まだ早い時間のせいか社内にほとんど他の客がいなかったのは久美子にとってもありがたかった。これで人の眼を気にせずに電車に乗れる…。
きのうの夜――久美子は一人になると激しい自己嫌悪に陥っていた。なんであんなことしちゃったんだろう。思いつきでどんどん突っ走っちゃって…。タク、変な女の子だと思ったろうな。できることなら記憶から全部消しちゃいたい…。昔っから、タクにはけっこう気楽になんでも話せたとこがあったけど、だからってあんなこと…。きのう今日、タクとのやりとりのひとつひとつが次々と思い起こされて、恥ずかしさで胸がドキドキして張り裂けそうだった。
結局一番中よく眠れなかった。しかもその張り裂けんばかりの思いがまるで実際に体にも影響したかのように――朝になってみて驚いた。(なんかまた――一気に胸がおっきくなっちゃったみたい…) 実際、きのうまではなんとかはまっていたブラが、今朝はつけようとしてもきつくて背中のホックが全然届かなかった。
――そんなぁ…。いつもならあと3日ぐらいはもつはずなのに…。
しかしいくら頑張ってもどうしようもない。久美子はブラをつけることをあきらめると、ノーブラのままあわてて身支度をして、東京行きの始発に飛び乗ったのだ。
先日番号を聞いておいた藤原さんのお店に直接電話をかけ、朝一番でブラジャーの調整をお願いするよう申し入れた。鞄の中にはもう小さくてつけられなくなったブラジャーが3つ、ぎゅっと押し込まれていた。
(藤原さんならなんとかしてくれるよね。でも――どうしてこんなことになっちゃったんだろう) 久美子は考え始めるとまた、きのうの自己嫌悪が戻ってきて抑えが利かなかった。かーっと顔に血が昇って赤くなり、心臓がまたバクバク激しく脈打ち始めた。
(ええい、静まれ、静まれってんの!)
ノーブラの胸はいつもよりはるかに敏感に揺れ動き、まるで心臓の鼓動を感じ取って一緒にたふん、たふんと波打っているようだった。
(ほんとどうしちゃったんだろう。胸が苦しい――)