それは、僕が5歳の時のことでした。
その年の夏、お母さんが僕たちの許を去った。お父さんはお母さんをなんとか呼び戻そうとあちこちたちまわって忙しく、僕は夏の間ずっとおじいさんの家に預けられることになった。おじいさんの家は町からだいぶ離れた山のふもとにあり、ちょっと行ったところにそれはみごとな森がありました。その森ときたら木という木がすべて何重にも折り重なったかのように鬱蒼として、昼間でも陽があまり射さないほどで、子供の目にはなんだかちょっと怖いような、近寄りがたい雰囲気が感じられました。
おそらく何も言われなければ自分からこの森に入っていこうとはしなかったでしょう。けどここに来て以来、おじいさんが何度も何度も、しつこいぐらいこう繰り返すのです。「この森にひとりで入ってはいけないよ」と。おかげで却って、なんでだろうと気になって、だんだんに好奇心を掻き立てられてきたのです。「この森にはなにか秘密があるに違いない」いつしかそう思うようになりました。
それである日、気持ちを抑えられなくなって、おじいさんが仕事に出かけた隙にそっと家を抜け出して森の中を歩いてみました。
素敵でした。最初は恐る恐るだったけども、歩くうちにどこか引き寄せられるものがあって、また次の日も、その次の日も――毎日のように森に入るようになりました。けどそんなことをしているうちに、あんまり夢中になって歩き続けたので、ふと帰ろうと思い辺りを見回した時、自分がどこにいるのか分からなくなっているのに気づきました。迷ったのです。いったいおじいさんの家がどちらの方向にあるのかもわかりません。森はまるで自分に襲いかかるように一層生い茂り、しかも次第に陽が傾きかけ、どんどん暗くなっていくのです。
どうしよう――にわかに心細くなってきた頃、向こうの方から誰かが歩いてくる気配を感じました。助かった、この人に道を訊こう、そう思って近づいてくる人影をじっと見据えます。しかしその人がはっきり見えてくるにつれ――僕の目は驚きでどんどん丸くなっていきました。
それはまだ若いお姉さんでした。ちょっと古めかしい丸眼鏡が妙にしっくりきていて、頭の後ろで束ねられた金髪が歩くたびに揺れています。しかし驚いたことに、もっともっと大きなものが体の前の方で揺れていたのです――お姉さんのおっぱいでした。胸から大きく突き出したおっぱいが、足を踏み出すたびに音をたてんばかりに揺れています。体は細そうなのに、そのおっぱいの大きさときたら――もう自分の目が信じられないほどでした。お母さんの胸なんかとは全然違います。片方だけで僕の体の何倍もありそうな白いふくらみが、それでもきちんと胸の上に乗っかっているのです。山のように大きく膨れ上がったおっぱいの向こうに隠れてしまい、お姉さんの肩からおへその辺りまでは全く見えくなっていました。そんなに大きいのに、おっぱいの先はぐいんと上を向き、そばに近づくと見上げるようなおっぱいにお姉さんの顔が隠れてしまうほどでした。その白い服はそのおっぱいの下半分をどうにか覆うのに精一杯で、本来は襟元にあるべき所が、ぴーんと伸びきっておっぱいの先にかろうじて引っかかっていて、あともうちょっとであふれ出てしまいそうです。上半分はほとんど丸見えです。あまりのことに唖然とたちつくしてしましました。お姉さんはそんな僕を見つけるとそばに寄ってきてにこやかに笑いかけました。
「あらあら坊や、どうしたの? こんなところで」
お姉さんはちょっと俯いて僕を窺がいます。その顔はやさしそうで、僕はなんだかほっとしました。しかしあまりに大きな胸に圧倒されてしまって声も出ません。
「わかった。道に迷っちゃったんでしょ。きかん坊だなー。お母さん、心配してるよ」
「お母さんは――いません」
「あ…」お姉さんは表情を固くして手を口元にあてました。「ごめんなさい――」その顔は本当に申し訳なさそうでした。そんな顔を見るうちに、僕はなんだか胸の中に溜まっていたものを吐き出したくなって、いつしか見ず知らずのお姉さんに家の事を話していました。お父さんとお母さんがひどいけんかをして、お母さんが出て行ってしまったこと、お父さんは僕を構っていられずに、おじいさんの所へやったこと、なるべく平気そうな顔をしてたけど、本当はすっごくさみしかったこと――。だんだん涙声になりながらしゃべる僕を、お姉さんはじっと最後まで聞いてくれました。
「ふーん、えらいね、坊や」
お姉さんは聞き終わると僕に目線を合わせるようにかがみ込んで膝をつくと、じっと僕の顔を見すえた。並んでみると、お姉さんの顔はその胸とはうらはらに、僕とたいして変わりないぐらいの大きさだった。「ね、のどかわいてない?」
そう言うとどこからか小さな壷のようなものを取り出して僕の目の前に差し出した。言われてみるとさんざん歩いたりしゃべったりしたのでのどはからからでした。僕はちょっととまどったけど、中からなにやら甘いようなにおいがただよってきて、それに惹かれるように壷を手に取りました。
覗きこむと、壷の中にはなにやら白い液体がいっぱいに詰まっています。なんだろうとちょっとためらっていると、お姉さんがちょっとさみしそうな顔をしました。
「そんな顔しないで…。ただのミルクよ。おいしいわよ」
僕は疑ったことがなんだか悪い気がして、壷の端にそっと口をつけてみた。おいしい…。普通飲んでるミルクとぜんぜん違う。すごいとろっとしてて、甘みもなにもかもがぎゅっと凝縮されているみたいで、口に入れた途端おいしさがぱーっと拡がるようだった。最初はほんの一口のつもりだったのに、もう止まらない。もうちょっと、と言っているうちに壷の中のミルクをすべて飲み干してしまった。
お姉さんはその様子を見て嬉しくてしょうがないようににこにこした。
「おいしい?」
僕は口を開くと今飲んだ味や香りが逃げてしまうような気がして、口を真一文字に結んだまま力強くうなずいた。
「よかった…」
お姉さんは膝をついたまま両手をふんばってさらに僕のほうに身を乗り出した。大きすぎるおっぱいに両腕がまともにめりこんでほとんど埋まってしまう。お姉さんの顔と、そのおっぱいが僕の目の前にまでせまってきた。
「ね、そのミルクもっと欲しくない? まだまだいっぱいあるわよ」
体の動きにあわせておっぱいが盛大に揺れる。あともうちょっとで僕をはじき飛ばしてしまいそうな勢いだった。圧されるように僕は両手でさっきの壷を抱え込んだまま思わず一歩後じさった。ミルクはたしかにもっと飲みたい。けど――なんだか訳もなくふいに怖くなったのだ。なによりそのおっぱいが――その大きさときたら、片方だけで僕の体ぐらい簡単に押しつぶせそうなほどなのだ。そんな大きなおっぱいが2つ、目の前にぐいっと迫ってくる。僕はなんだかその胸と胸の間に体ごと吸いこまれてしまうような気がしてしょうがなかった。
気がつくと、僕の足は勝手に駆け出していた。どっちの方向に走っていたのかも憶えていない。ただその場を離れたくて夢中で、一度も後ろを振り返ることもなく一目散に森の中を駆け抜けていった。
どれぐらい走っただろう、ふと辺りを見回すとお姉さんの姿はどこにもありません。代わりに見覚えのある場所に出ていました。ここからなら――と記憶をたどってしばらく歩いていくと、おじいさんの家が遠くに見えてきました。
ようやく帰り着くと、その日は夕飯も食べずにそのまま自分のベッドに駆け込みました。窓を閉め切って布団を頭からかぶって…。暑いのにいつまで経っても震えが止まりません。あのお姉さんが自分を追ってきて、今にも窓の外から僕を覗き込んでいるのではないかと気が気ではありませんでした。
でもいつの間にか眠り込んでいたらしく、気がつくと朝になっていました。明るい陽の光の中にいると、まるできのうの事がすべて夢だったような気がします。けど次の瞬間、自分の手にあるものを見て夢じゃないと気づきました。そう、僕の手には、あの時お姉さんから受け取った小さな壷がしっかり一晩中にぎりしめられていたんです。こんなものを持ってただなんて、ゆうべは全然気づきませんでした。
空っぽになった壷の中をくんとかいでみました。まだ底の方からわずかにミルクのにおいがしてきます。その途端、きのう飲んだミルクの濃密な味が舌の上に蘇ってきて、無性にまたあのミルクが飲みたくなってきました。そうするうちに、ああ、きのうはお姉さんに悪い事をしてしまったな…と後悔の念が湧き起こってきます。あのお姉さんにもう一度会いたい、会って謝りたい、そして――。
朝食の席で、おじいさんはなんにも言わず、ミルクをついでくれました。しかし飲んでみてもあのお姉さんのミルクとはまるで違います。水っぽくて飲めたものじゃありません。それほどまでに、お姉さんのミルクは鮮烈に舌に残っていました。僕が逃げちゃった後、あのお姉さんはどうしたんだろう、と気になってしょうがありませんでした。
その夜、僕は思い切ってきのうの事をおじいさんに話してみました。おじいさんは最初のうちは言う事を聞かずに森に入った僕を怒ってましたが、なおも僕が話をしていくと、次第に目に驚きの色を浮かべ始めました。
「なんてことだ。お前、"森の娘"に会ったのか…」
僕はそれを聞くと居ても立ってもいられずに問い返しました。
「"森の娘"って何? おじいさん、あのお姉さんのこと知ってるの? 教えて!お願い――。僕、お姉さんにひどいことをしてしまった。謝らなきゃ…」
しかしおじいさんはそっと僕を抱きしめると、やさしくこう言ったのです。
「いいんだ。もういいんだよ。そのことは忘れてしまいなさい」
びっくりしました。おじいさんのこんなにもやさしそうな声を聞くのは初めてでした。訳が分からずさらに繰り返そうとすると、今度は、じっと僕の目を見つめながら静かに、しかしこれ以上ないほど有無を言わさない調子でこう言うのです。
「忘れなさい。あれは――この世のものではないのだ」
僕はぽかーんとしました。あのお姉さんが? まさか…。僕はあのお姉さんの声を聞いた。すぐ身近に肌の暖かさを感じた。お姉さんのミルクを飲んだ。お姉さんは、確かにあそこにいた――。
なおも納得いかなそうな顔をする僕に、おじいさんはしょうがないという顔をすると、一息ついて、とつとつと語り始めた…。
――これはな、わしがお前ぐらいの年のころ、当時この村一番の年寄りだったおばばから聞いた話だ。その時とうに百を超えていたおばばが生まれるずっと前の事だというからもう大変古い話ということになるな。
ある時、ひとりの若い娘がこの村に突然現れた。村に誰か身寄りがある訳でもなく、村人はこのふらりとやって来たよそ者をどう扱っていいか大いにとまどっていた。しかし程なく、その娘のおなかに赤ちゃんがいることが分かって、村人達もほおってはおけないとその娘の世話をなにかと焼くようになってきた。実際その娘は大変美しいだけでなく気立てもよく、誰からも好かれるような性格だったそうだ。そんな娘がどうしてこんなことになったのか皆が知りたがった。――しかしどこから来たのか、その子の父親が誰か、誰が何度聞いても娘は一切しゃべろうとはしなかった。それでもいつしか娘は村人とも親しむようになり、次第に村に溶け込んでいった。
やがて月は満ち、その娘のおなかは大きくなっていったが、それに負けず劣らず、その娘の胸も乳をどっさりとたくわえて大きくふくらんだそうだ。最初は娘をやっかいもののように見ていた村人達も、この頃になると子供が無事に生まれる事を願ってやまなかった。生まれた後も、ずっとこの村に親子で住むがいい、誰もがそう望んでいた。
しかし、生まれてくる子供は大変な難産だった。村で指折りの産婆が一昼夜ずっとつきっきりで看護して、どうにか無事に男の子を取り上げることに成功したものの、産声は長くは続かなかった。泣き声はどんどん弱まっていき、結局――娘がその子に最初の乳をやる間もなく、息を引き取った。
娘の取り乱しようったらなかった。やっと生まれたわが子を産んですぐに失ったのだからな。あきらめきれずその大きくぱんぱんに張った乳をなんとかその子に含ませようとするのだが、その口はもう動こうとはしない。「坊や、わたしの坊や」とほとんど狂ったようにその子に呼びかけ、抱きかかえた腕を決して下ろそうとはしなかった。村人はえらい時間をかけてなんとか赤ん坊だったものを力づくで娘から引き離したが、娘の悲しみはとどまる所を知らない。子供の死を決して受け入れようとはせず、その晩、何かにとりつかれたようにふらふらとさまよい出たまま、二度と帰ってこなかった。
村人の中にひとり、娘が森のほうに行ったのを見た者がいた。それを唯一のたよりに次の日から総出で森の中を探索したが、結局娘はどこにも見つからなかった。何週間もの間森の隅々まで探したのに、まるで神隠しにあったかのように手がかりひとつ見つからない。――終いには、村人も娘の事をあきらめるしかなかった。
しかし、それから年月が経ち、世代も移り村人が娘の事を忘れかけた頃――森の中で迷った子供が、若い娘に会って乳を飲むよう勧められたという者がでてきた。それもひとりではない。あちらにもひとり、こちらにも…と、徐々に数が増え始めた。誰もが不気味がってすぐに逃げていくのだが…そうすると娘はなんとも哀しそうな顔をするのだそうだ。おばばも小さい頃、一度森の中で出逢ったそうだが――その時の事を、娘を直接知る唯一の生き残りだった当時の長老に聞かせた所、その容貌はなにからなにまでその娘にそっくりだったということだ。
それからも、幾世代にもわたって、森の中で迷ってその娘に会ったという子供が後を絶たなかった。不思議なことにその娘はいつまでも変わらぬ姿で――しかもさらに不思議なことに、どうやら年月を下るほど、その乳だけはどんどん大きくふくらんでいっているらしい。その娘に1度会って2度目に会った者はひとりもおらんので確かではないが、どうやらそうらしいのだ。おばばが会った時もその胸の大きさに驚いたらしいが、わしの友達が子供時代に会った時、その胸はおばばが会った時よりもはるかに大きくなっていたらしい。そういう事が続くうちに村人はこう噂しあった。愛しいわが子に一度たりとも乳を与えることができずに終わった娘の霊が、その無念さのあまり、誰か子供に自分の乳を飲ませたい一心で今もさまよい続けているのではないか、と。その胸は子供に飲ませたいあまり今も乳であふれ続け、誰にも吸われないままどんどん貯まっていき大きく膨らみ続けているのでは、と…。
「これが"森の娘"の伝説だ」
おじいさんは長い話を語り終えると、いつくしむように僕の顔を見た。な、分かったろう、とでも言いたそうに――。
しかし、僕は他の事が気になってしょうがなかった。
「おじいちゃん、さっきそのお姉さんに2度会った人はいないって言ったけど、どうして?」
「わからん。会った子供達はみな怖くなって逃げてしまい、誰ひとりとして乳を飲んだ者はおらん。そうして一度逃げた子は、不思議とどんなに森に入っても二度とその娘と会うことはないのだとか」
もうあのお姉さんに2度と会えない――そう思った途端、とんでもないことをしてしまった、という後悔が一層はげしく湧きあがった。僕はあのお姉さんにとてもひどいことをしてしまった。あのお姉さんに会いたい、会って謝りたい――いや、それは本心ではなかった。お姉さんに会って、またあのミルクをもっともっと、おなかいっぱい飲みたい――。あのおっきなおっぱいの中には、ずーっと長い間貯めこまれ続けたミルクがぎっしり詰め込まれているんだ、と思うといてもたってもいられなかった。
手に持った壷がとてつもない貴重なものに思えてきて、じっとにぎりしめたまま一晩中離さなかった。
次の日、おじいさんが仕事に出ると、僕はまたこっそりと森に入った。手にはあの壷をしっかりとにぎりしめて――。あの日、森のどこで会ったのか分からないのでもうめちゃくちゃに歩きどおした。しかし…どこに行っても森の中にお姉さんの気配はどこにもなかった。それでもあきらめきれず、その次の日も一日中森を歩いた、次の日も、その次の日も――。しかしどんなに、自分では森の隅々まで歩いたつもりなのに、どうしてもお姉さんに会えなかった。そうこうするうちに1週間が経った。壷の中のミルクはもう完全に乾いて嗅いでももうなんの匂いもしない。本当にもう二度と会えないのかも…。そう思うと気持ちがどうしようもなくめちゃくちゃになって、ほとんど半泣きになりながらもただ足だけはやみくもに動かし続けた。
涙でまわりがよく見えない。ふと、気がついてまわりを見回すと、あたりはまったくどこなのか見当がつかなくなっていた。また道に迷った。いったいどっちに行ったら森を抜けられるのか、それすらまるで目星がつかない。足ももういいかげんくたくただし、陽も翳ってきた。このままでは本当に家に帰れなくなってしまうかもしれない…。
しかし――それでいてこの風景がどこか見憶えがあるような気がしてしょうがなかった。ひょっとして、あの時の…。胸がどきどきするのを覚えて、そわそわとあたりを見回したが、やっぱりどこにも人の気配はしなかった。
風が木の葉をゆする音と鳥の鳴き声以外なんの音もしない。不意にさびしくなって、思わずあたり一杯に響くような大声を張り上げた。
「おねーさーん、どこー? ぼく、おねえさんのミルク、飲みにきたんだーっ」
声は空しく木々のざわめきの中に消えていってしまう。またすぐわびしくなって、更に叫んだ。
「おねえさんのミルク、すっごくおいしくて、忘れられないんだーっ、また、飲みたいんだー」
やはり反応はない。けど、このままでは終われない気がして、必死でさらに声を張り上げた。
「ぼく、おねえさんのミルク、飲まないうちは絶対、絶対帰らないからねーっ」
叫んでも叫んでも、その声はすぐに消えていってしまう。それがいやで、もう夢中になって、何度も何度もお姉さんを呼んだ。声を出している間だけ、なんだか希望が持てる気がしたのだ。
どれぐらい叫び続けたろう。もうすっかりのどががらがらになって、足がふらついてその場にしゃがみこんでしまった。
もうだめかも――疲れ果ててしばらくじっとしていたら、ふと、すぐ近くの草むらががさがさっと揺れた。驚いてそっちを向くと、中から小さな声がした。
「坊や…今言ったこと――ほんと?」
なにやら自信なさげな、消え入りそうな声だった。
僕は必死になって、出ない声を振り絞った。
「ほんとだよ、僕、お姉さんのミルク、どうしてもまた飲みたいんだ。――この前は逃げたりなんかしてごめんなさい。いきなりで頭がこんがらがっちゃって――後ですごい後悔したんだ!」
「うれしい…」
草むらの向こうから、お姉さんが出てきた。ハッとした。お姉さんのおっぱい、この前よりさらに大きくなってるような――すごい張りつめてて、今にも着ているものがはじけそうだ。
「お姉さん――なんか、こないだよりおっぱい大きくなってない?」
「そうなのよ、さっき、坊やの声聞いているうちにおっぱいがきゅーんとなってきて…。おっぱいを飲んでくれる子をずーっと探し続けているうちに、こんなに大きくなったけども、こんなの初めてよ。ほんとにもうミルクがあふれちゃいそう…」
お姉さんは一層大きくなったおっぱいを盛大に揺らしながら僕の方へと歩いてきた。僕はごくりと生唾を飲み込んだ。なんだか見ているだけで体が無性に熱くなってくるような、妙な気持ちだった。
おっきな胸の向こうに見えるお姉さんの顔を仰ぎ見る。おじいさんの話を聞いた後でも、どうしてもそんな昔の人には見えない。確かに格好はちょっと古めかしいけれど、子供の目にも充分すぎるほど若々しかった。
見れば見るほど、おじいさんの話はどうしても信じられない。けどやっぱり確かめたくて訊いてみた。
「お姉さん、子供を亡くして、それからずっと森の中にいたの?」
お姉さんは驚いた顔をした。
「どうしてそれを…。ああ、村の人に聞いたのね。しかたないか。あんなにお世話になっておきながら、黙って行っちゃったんだもんね…」
やっぱり――。でもまだどうしても信じられなかった。
「でもお姉さん、あれからもうなん100年も経ってるんだよ」
「まっさかぁ。大人をからかうんじゃないわよ。人がそんなに生きられるわけないじゃない。それともわたし、そんなにおばあちゃん?」
お姉さんがいたずらっぽそうに笑う。そんな顔で言われたら何も言い返せない。僕もそれ以上は何も言えなかった。
お姉さんはにっこり笑うと着ていた服をそっと下にずらし始めた。おっぱいの先のピンク色の部分が徐々に現れてくる。ある程度下ろしたところで耐え切れなくなったようにぷるんと服を突き上げておっぱいが自分からあふれ出てきた。
僕は息を呑んだ。そのおっぱいが、大きいだけでなく、抜けるように白くて、とてもきれいだったからだ。おっぱいの先のピンク色の所だけで裕に僕の顔ぐらいある。その先の突起ときたら…口に入りきるかどうか心配になるぐらいだった。でも、そこからあのミルクのいいにおいがぷーんと漂ってくるみたいだ。間違いない、この大きな大きなおっぱいの中に、あのミルクがぎっしり詰まってるんだ、そう思った途端、お姉さんがいったいいつの人なのか、はたして本当に生きているのかどうか、そんなことはどうでもよくなってしまった。僕は何かに導かれるように持っていた壷を放り出してふらふらとおっぱいの先に手を伸ばした。
「ほらほらあわてないで、いくらでもあるからね」
お姉さんはまたかがみ込んで目線を僕に合わせる。僕の目の前にはお姉さんのおっぱいだけで壁のようにふさがれて、他には何も見えなくなってしまった。けどこの前みたいな恐怖感はない。素晴らしいものに取り囲まれているというわくわくするような高揚感だけがあった。
「さあ坊や、たんとおあがりなさい」
僕は興奮しすぎて体がふるえてくるのを感じた。すぐにでもかぶりつきたいのに、思うように足が動かない。少しづつ、少しづつ近づいていくと、そのおっぱいはますます迫力を増していくようだった。もはや一面のおっぱいに囲まれて、他のものはなんにも見えない。おっぱいの先も、ますます大きく見えてきた。口に入りきるだろうか、そんな不安が頭をよぎったが、しかしミルクがもう目の前にある、と思うとそんな事になど構っていられない。思いっきり口を大きく開くと、口いっぱいにお姉さんの乳首をほおばった。
その途端、お姉さんが体中をピクンと震わせた。おっぱい越しに、お姉さんの切ないような声が聞こえてくる…。
「ああ、坊や、どんなにこの時を待ち焦がれたことだろう。やっと…坊やにおっぱいをあげられる――」
なんだか一瞬、おっぱいの中からごうごうと地響きみたいな音が聞こえてきた気がした。次の瞬間、口の中いっぱいにあのミルクの濃厚な味と香りが拡がる。僕は必死になってそのミルクをのどに流し込んだ。
「ああ、坊や、坊や、かわいい坊や。たっぷりお飲みなさい。お前のために、ずーっとこの中にたくわえ続けてきたんだからね。いくらでも好きなだけ飲んでも大丈夫だよ…」
お姉さんは両腕を伸ばしてなんとか僕を抱きかかえようとする。しかしおっぱいが大きすぎて、手がほとんど僕の体まで届かない。それでもなんとか飲ませようと、おっぱいをぐいぐいと僕の体に押しつけてきた。その度にますます勢いよくミルクが噴き出してくる。直接吸ったそのミルクは、この前飲んだものよりさらに濃密だった。とろりとしたミルクが勢いよく後から後からわいて出て際限がない。
僕はほんといくらでも飲みたかった。でもお姉さんの出すミルクはあまりにも厖大で、僕のちいさな体ではとても受け止めきれなかった。なんとか飲み込もうと精一杯頑張ったけども、まるでもう頭のてっぺんから足の先までお姉さんのミルクでいっぱいに詰まってしまったみたいになって、のどの奥からあふれてきそうになった。たまらずにおっぱいから口を離す。勢いよく離したので、一瞬ぴゅっとさらに乳首からミルクが噴き出して僕の頭にかかった。
「坊や、もういいの? 遠慮することないのに…」
お姉さんのおっぱいは、飲む前とまったくと言っていいほど変わっていなかった。中のミルクはまだまだほとんど減らないでそのまま残っているに違いない…。くやしい――僕のからだがもっともっと大きければいいのに…。でも、なんとかさっき飲んだミルクを吐き出さないように飲み込むのが精一杯だった。
「ごめんなさい…」僕はどうにかこれだけ言った。うっかり口を開くとおなかからミルクがあふれてきそうなのだ。そんなことだけは――お姉さんの前で絶対したくはなかった。
「ううん、いいのよ。一所懸命飲んでくたもんね、ありがと。それに、こんなに喜んでくれて…。なんか、胸の奥につっかえてたものがすーっと楽になったわ。ね、せめて今晩は、お姉さんとずっと一緒にいて。いいでしょ」
お姉さんは一本の木の根っこに座ると、大きな胸の谷間に僕を手招いた。むきだしのおっぱいは、お姉さんの静かな呼吸に合わせてやわらかそうに揺れている。まるで僕を誘なうかのように。お姉さんの誘いに応じて近づくと、僕の身体は胸と胸の間にすっぽり納まってしまった。やわらかい…。まるで中身がいっぱいに詰まった水まくらのように、体の両側からむくむくとはじけるように押しあいへしあいして、この上ない弾力だった。
「わっ、気持ちいい」
「でしょ。お姉さんのおっぱいは最高なんだから。今日はこの胸で、ゆっくりおやすみなさい」
「気持ちよすぎて、僕、眠りたくないよ」
「だーめ、よい子はさっさと寝る。お姉さんが子守唄歌ってあげるからさ」
そしてお姉さんは、僕を挟んだままおっぱいをゆるやかに揺さぶりながら、小さな声で聞いた事のないメロディーを口ずさんだ。その声は小さいにも関わらず透き通るようにどこまでも伸びていき、聞いていくうちになんともゆったりとした気持ちになっていった。おっぱいの動きもまるでハンモックの上に寝っころがった時のようにゆっくりとたゆたい、両脇の極上の感触をいっぱいに感じながら、僕はいつしかおだやかな眠りに落ちていった――。
次の日――顔を思いっきり叩かれて目を覚ました。目を開けるとすぐ前におじいさんの顔が見える。まわりを見回すと村の若者がほっとした風に僕を囲んでいた。帰ってこない僕を心配したおじいさんが、村中の若者を引き連れて森を捜索していたのだ。しかし僕の目は、その中にあるはずの顔を懸命に捜していた。どこにもその顔がどこにもないと分かった時、さも腑に落ちなさそうにぼーっとしながらつぶやいた。
「あれ、お姉さんは――?」
おじいさんは目を覚ませと言わんばかりに平手で僕の頭を思いっきりはたいた。
「このばかたれが。心配させおって。てっきり"森の娘"に魅入られたかと思ったじゃねーか」
そして力強く僕をだきしめた。暖かい、やさしさのこもった手だった。
まだ状況が見えない僕は、まだぼやける目で足元にあるものを見つけて思わず手を伸ばした。「あ」 お姉さんがかけていた眼鏡だった。あわてて手にとってみて愕然とした。その眼鏡はまるで魔法が一晩でとけたかのように古びてぼろぼろになっていたのだ。そして特に力を入れた訳でもないのに、僕の手の中でいきなりぱりんと軸の部分が2つに割れた。その時唐突に、ああ、もう二度とお姉さんには会えないのだ、と分かった気がして猛烈に悲しくなった。いきなりわんわん泣き出した僕をおじいさんは安心したのだろうと勘違いしたらしく、いつまでも、いつまでも頭をやさしくなでてくれた。
――――――――――――
それ以来、"森の娘"に出逢ったという話はふっつりと消えた。僕もあきらめきれずにあの後何度も森の中をさまよったけども、あのお姉さん独特の気配に出会うことはもうなかった。また大声でお姉さんを呼んでみたことも一度ではない。しかし――返ってくるのは木々がゆさぶる音だけだった。
夏が終わる頃、お父さんがお母さんと一緒に僕を迎えに来た。お母さんと再び会えたのは嬉しかったけども――この森を去ることになるのがたまらなく切なかった。
そうこうするうちに年月が経ち、いつしか僕もあの頃のおじいさんと同じぐらいの年になった。身体は今でも病気ひとつしない頑健そのものだが、それはきっと、あの時たっぷり飲んだお姉さんのミルクのおかげに違いない、と半ば本気で考えている。けどやっぱり年のせいか、近頃無性にあの夏の事が思い起こされてしょうがない。誰がなんと言おうと、お姉さんはあの時、確かに僕の目の前に存在したのだ。
あの森も、近頃は開発が進みどんどん切り崩されていっていると聞く。お姉さんが眠っているに違いないあの森が、今、消え去ろうとしている――そう思うと矢も盾もたまらず、森の残された部分を全財産を投げ打って手に入れてしまった。家の者はあんな古いだけで役に立たない森を買ってどうしようというのかと責め立てたが、僕に後悔はない。ささやかながら、あの森でいつまでもお姉さんが安らかに眠れますように、と願わずにはいられないのだ。
僕は抽斗を開けると、大事そうに包まれたひとつの小袋を取り出し、中身を机の上に慎重に並べた。そこには、あの時拾い上げたお姉さんの眼鏡が、2つに割れたまま置かれていた。誰にも見せないが、僕があの夏、お姉さんと確かに会っていたのだという、たったひとつの証しだった。