HOLY NIGHT

ジグラット 作
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「あーあ、つかれたなぁ…」
 残業を終え、橋本慎也はやっと狭苦しいわが家に帰り着いた。一応ワンルームマンションという名がついてはいるが、建物の隅っこにできた余りスペースを無理矢理一部屋にしましたと言わんばかりの空間しかない。家賃こそ手ごろではあったが、とりあえずの家財道具を置いたら余ってるスペースはほとんどなかった。
「今年も…ひとりだったなぁ」
 気がつくとひとり言を言っている自分に気づく。ここで暮らすうちにいつしかすっかり板についてしまった。そう、今日はクリスマスイヴ。しかし…慎也にとっては、いつもながらの一人さみしい夜に変わりなかった。
「ああ、いっそのことサンタでも来てくんないかなぁ。それも可愛い女の子のサンタでも――って、それじゃ単なる水商売の姉ちゃんだって」
 街にあふれるイルミネーションが却ってうざったく見える。無造作に流されるジングルベルも耳障りだ。疲れている上に気が滅入ってきて何もする気が起きない。いっそのこと…とそのまま敷きっぱなしの布団にくるまってさっさと寝入ってしまった。

 疲れすぎていたせいだろうか、しばらくしてふと目が覚めた。まぶたを上げても何も見えないような漆黒の闇があたりを包んでいる。あれ? ――なんだかすぐそばに人がいるような気がした。やっぱり気が立ってるのかなぁ、と最初は思った。いや――。慎也は急速に神経が鋭敏になっていくのを感じた。確かに誰かいる。そっと静かに動いてはいるが、安普請の床の上をかすかに何かが移動していくような気配がする。
 何事? と耳を澄ましていると、ごそごそとひとしきりざわめいた挙句、ズダンといきなり何か大きなものが落ちるような音が響きわたった。もちろん部屋に自分以外の人間がいるはずはない。考えられるとしたらただひとつ――。
「いったぁ…」
 暗闇の中からかすかに声が漏れる。その意外さに一瞬張りつめた気がゆるんだ。若い女性の声だったからだ。かといってそういうのが忍び込んでくる予定(つーか可能性)はないし、女の泥棒だってありうる――。慎也は覚悟を決めてそっと万年床から這い出すと、いきなり部屋の明かりをつけた。
「誰だっ!」
 怖気づきそうになる心を奮い立たせて、物音の方へと大声を出す。
 しかしそこにいる女性――やはり女の子だった――を見た途端、唖然として二の句がつけなかった。
「えへ…メリークリスマス」
 見つかったのに悪びる様子もなく、ちょっとドジっちゃった、と言わんばかりにしりもちをついたまま腰をさすっている。その子は全身真っ赤な地に所々白をあしらった服を着ていた。要は今日町中にあふれている、サンタクロースの格好だ。しかし巷でバイトの売り子をしている女の子には到底見えない。さらりとなびく髪こそ黒々としていたが、そのぬけるような白い肌、くりっとしたとび色の瞳…ロシアだか北欧だかの、まるで妖精のように可憐な風貌――それだけで思わず吸い込まれるようなかわいらしさに満ちあふれていた。しかし慎也の目を最も奪ったのはそこではない。しりもちをついた拍子にサンタのコスチュームの胸のあたりがずり落ちたらしく、ぺろんと、その子のバストが服からあふれ出してしまっていたのだ。しかもその大きさときたら――まるでちょうど、サンタクロースがプレゼントをいっぱいに詰め込んで背中に背負っている大きな袋――あの袋を2つ、所狭しと胸に無理矢理くっつけたようなとてつもない超乳だった。ざっと見ても片方だけでその頭の10倍ぐらいは軽くありそうで、しかも見るからに中身がぎっちりと詰めこまれてまるまると膨れあがっている。その先には胸そのものの大きさに関わらず小ぶりできれいなピンク色の乳首が、それでも今にもミルクが噴き出さんばかりに盛り上がって、まるでこちらに狙いを定めたようにちょこんと突き出していた。
(なんて大きくて形のいいおっぱいなんだろう…)
 この子が深夜の闖入者であることも忘れ、思わずしげしげと見つめてしまった。どれぐらい見つめてたろう、その女の子は、慎也の視線を追ううちに自分の胸があらわになっていることに初めて気がついた。
「きゃっ!」
 かわいらしい声で小さく叫ぶ。あわててずり落ちた服をたくし上げてなんとか胸を隠そうとするのだが、どう見てもそのバストの大きさに対して布の面積が少なすぎた。いくら引き上げてもどうにか布が乳首にひっかかるのがやっとで、ちょっと動いただけでまたすぐはみ出してしまう。
「ああん、この服でも小さくなっちゃたぁ。大変。早く配ってかないと…」
 慎也はその様子をじっとながめていた。一所懸命のしぐさがいかにも茶目っ気たっぷりでかわいらしく、その正体はともかく愛らしくてしょうがなかったのだ。
 しかしいつまでもそうしている訳にはいかない。慎也は思い直して意を正した。いったい誰なんだ? 雰囲気、なんとなく泥棒とかそういう類には見えないのだが、かといって――ひょっとして悪友どものいたずらかという考えも一瞬よぎったが、この子はどう見てもそういう風な商売の子という感じでもない。けどだとしたら――。
 慎也はその子がどうにかかろうじて胸を服の中にしまいこむのを辛抱強く待った。それでも服はぱっつんぱっつんで、すぐまたはじけ飛んでしまいそうだったが、これ以上は待てない。
「で、君は誰なんだ? 何の目的で来た!? いったい誰に頼まれて――」
 するとその子は憮然とした表情をした。
「だからぁ、この格好で分からない? サンタクロースよ。決まってるじゃない」その子は、まるでそう訊かれるのがいかにも心外な風にいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「おいおい、今日び、そんな格好、この時期にはバイトの売り子とかでいくらでも街にあふれてるぜ」
 そう言うと自称サンタはさらにふくれっ面をしてみせた。
「そうよねー、あれ頭くるわ。みんなわたしの真似してさ。――コスプレっていうんでしょ、あれ」
 その子はあきれたように言う。コスプレとはちょっと違うんじゃ、と心の中でつぶやきつつ、慎也は相手があくまで自分をサンタだと言い張るのにちょっと途方にくれた。この子、どっかおかしいんじゃないのか?
「おいおい、サンタなんて本当にいるわけないだろ!」
 するとその子は今度はさも不可解そうな顔をしてじっと慎也を見つめ返した。
「けどあなた、わたしの姿が見えてるんでしょ」納得いかないみたいに首をかしげる。「おかしいなぁ。わたしは、サンタのことを信じてくれる人、心の底から会いたがっている人にしか見えないはずなんだけど…」
 それから慎也の方に歩み寄って、じっと心を読み込むように眼を覗きこんだ。
「な、なんだよ」
 やばい。ほんの数歩近づいてきただけなのに、突き出した胸の先があとちょっとでぶつかりそうに迫ってくる。隠し切れずにほとんど丸見えの胸の谷間が目の前に拡がってどぎまぎした。
「ま、いいわ。ところであなた、和人くんのお父さん?――にしては若いか、お兄さんかな。和人くんはどこで寝てるの?」
「和人くんって――俺の名前は橋本慎也。一人もんで子供はもちろん弟もいないけど」そこでハッと思い出した。「そういえば、隣に住んでる家族の一番下の男の子が和人っていう名前じゃなかったっけ」
 その言葉を聞いてサンタと名乗る子はああっ、という口をした。
「いっけない。お隣だったの? この辺ごちゃごちゃしてるから間違えちゃったぁ。もおっ、日本ってなんだってこう小さい家がこうごちゃごちゃ並んでるのよぉ…。ごめんねぇ。失礼しました」そう言うとその子はくるりとむこうを向き、隣と接する壁をじーっと見つめた。
「おい、どうすんだよ」このまま逃がしてなるものか、と慎也はその子に駆け寄っていった。すると、その子のまわりの空間が急激にぐにゃりと曲がり、慎也もそれに取り込まれてしまう――。

 ――一瞬くらっとめまいがしたが、それもすぐ終わり、気がつくと…部屋の様子が変わっていた。しかし確かに見覚えがある。「ここは…」そう、隣の和人くんの部屋だった。
「なんであなたがついてくんの?」
 すぐ横で例の自称サンタがあきれたような顔で見つめている。
「いや――自分でもよく分からないんだけど…いったい何が起こったんだ?」
「だからぁ、和人くんの部屋にテレポートしたの。ちょうどその瞬間にタイミングよくあなたがテレポート空間に侵入しちゃったもんだから、きっと一緒にテレポーテーションされちゃったのね…。危ないことするなぁ。下手したら空間の狭間に嵌って体が分割されちゃったかもしれないのに」
 って、超能力か? 不思議な力を使う女――慎也は今までと別の意味で、この女の子に不審なものを感じた。
「で、和人くんにいったい何をするつもりなんだ」
「だからぁ、イヴの夜にサンタがすることと言ったら決まってるでしょ」
「プレゼントを配るってか? でも自分がサンタだって言うわりにはプレゼントを入れた袋ひとつ持ってないんだな」
 その子は一瞬キッと鋭い視線を慎也に投げかける。しかしそれも長くは続かず、今度は伏目がちに軽くため息をついた。
「ああ…なんだってあんな変な情報が言い伝えられちゃったのかなぁ。プレゼントだなんて――。わたしが配るのは、そんなモノには置き換えられない、もっと素敵なものなのに…」
 そう言うと、その子は今度は自分から胸の辺りをぺろんとめくって、その超乳をあらわにした。
 慎也は目を見張った。「まさか…」
「そ。わたしのおっぱいを飲ませてあげるの。わたしのおっぱいは、そんじょそこらのミルクとは違うわよ。飲んだ子供は、むこう1年、無病息災、幸運にも恵まれ、元気でしあわせに暮らすことができるって保障つきなんだから。わたしは、今年1年いい子にしていて、かつサンタを心から信じてくれる子供達ひとりひとりにおっぱいをあげていくの。それがイヴの夜のサンタの仕事」
 そう言うとその子はすっと背筋を伸ばして和人くんの枕元に立った。その姿は、どこか普通の女の子ではない、神々しいものが感じられた。ひょっとしてこの子、本当に――。慎也はその時初めて彼女の言う事を信じそうになった。
 それに彼女、いったい何語をしゃべってる? 確かに言ってることは分かる。しかしよく聞くと、耳に入ってくる言葉は間違っても日本語ではない。まったく聞きなれない外国語だった。なのに…耳の中に入ってくるとともに、不思議と意味が頭に染み入ってくるようなのだ。いったい、これは、なんだ――?
「さ、和人くん、お待ちどうさま。今年も1年、いい子にしてましたね。また、おっぱいをあげるわ」慎也の思考をよそに、サンタは手を伸ばして和人くんを抱きかかえようとした。しかし――その体の前に大きく大きく張り出した超乳が邪魔をして、いくら手を伸ばしてもうまく和人くんを手にすることができなかった。
「えっと、あ、あれ…? やだぁ、おっぱい、大きくなりすぎちゃったかな…」
 最初はどうにかするんだろうと軽く見ていたけども、意外なほど難渋しているようだ。しばらくの間、なにやってんだ? という顔をしていたが、サンタの手つきがあまりにあぶなっかしいのでだんだんいらついてきた。やっとのことで抱き寄せられたはいいが、和人くんの体が全部おっぱいの中に埋まってしまいそうだ。息ができるんだか不安になって近づいていったら、今度は和人くんの体がおっぱいに圧されて大きくはずんだ。慎也は思わず手をさし出して和人くんを受け止めると代わりに抱きかかえた。
「何やってんだよ、危なっかしいなぁ」
 そう諭されて、サンタは初めて思いっきりしゅんとしたようだった。
「ごめんなさい。今年は、ミルク少しため込みすぎちゃったみたいなの。おっぱいがじゃまで、いくら手を伸ばしてもうまく届かなくて――。お願い。ちょっと和人くん、こっちに向けて抱え上げててくれる?」
 慎也は寝ぼけまなこの和人くんをサンタの方に向けて捧げ持つと、サンタは自分の乳首を器用にその小さな口にふくませた。すると和人くんは分かっているのかいないのか、乳首をちゅぱちゅぱと吸い始めた。途端にサンタの顔が驚くほど柔和になり、愛情あふれた表情が全体を覆った。
「いままで数え切れないほど子供におっぱいを飲ませてきたけど、この瞬間、何度やってもほっとするわぁ」
 しかしその時間も長くは続かない。間もなく和人くんが自分から口を離した。
「もういいの? まだまだたくさんあるわよ」
 しかしもう眠いのか、和人くんはひとつげっぷをしたきりこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。
「そう…」心なしか残念なように体を離した。慎也も抱きかかえた手をそっとベッドに戻す。
「さ、次に行かなきゃ」サンタは再び胸をむりやり服の中に押し込むと、そのまま窓の外に向かおうとした。
「あれ? 隣の部屋にはまだお兄ちゃんの和樹くんも眠っているんだけど」
「ううん。あの子は――もういいの…」その口調はいきなり元気がなくなっていった。
「何? 和樹のやつ、何か悪いことしたのかい?」
「え、そういう訳じゃないの。いい子にはしてたんだけど――もうわたしを信じてはくれないの」その口調はなんともいえずさみしそうだった。「今年の春、友達から『サンタなんていない』って言われてショックを受けて――だから、もうわたしを見てはくれないの…」
「そんな…」
「ほんとよ。わたしの姿は、わたしを心から信じてくれる人にしか見えないの。だから、和樹くん、もうわたしが近づいても気づいてもくれないでしょうね。すごいかわいい子だったのに…。こうして、年々減っていくのよ――」
「え?」
「だから、あなたなんかがわたしの事見えるの、信じられないくらいよ。でも――考えてみればちょうどいいかもね」サンタはなにやら思いついたようにひとり大きくうなずいた。
「悪いんだけど、ちょっと今日、手伝ってくれない?」

「え? 俺が――?」慎也は思いもかけない展開にとまどった。
「うん。ほら――さっきみたいに、わたしがおっぱい飲ませる時、子供達を抱え上げて欲しいの。恥ずかしい話だけど、わたし、今年は一人じゃおっぱいあげられないみたいだから。――ねえ、ひょっとすると、だからあなたにわたしの姿が見えたのかもね。大人なのに」サンタはひとりうんうんと腑に落ちたかのようにうなずいていた。
 慎也が答える間もなく、いきなり窓の外がピカーッと明るく光った。もう夜が明けたのか、と一瞬疑ったほどだ。しかし違った。そこには、昼間と見まごうばかりの輝く物体がふわりと浮かびあがっていた。
「え!?」
 慎也は思わずベランダに乗り出した。そこには――六頭立てのトナカイを連ねた立派な橇が、下に何の支えもないのに空中にしっかり停まっていた。
「これは――」
「何びっくりしてんのよ。サンタの乗り物と言えば――決まってんでしょ」
「じゃ…あんた、本当に、サンタだったのか?」
「だからぁ、さっきからそう言ってるのに――もう、なんでこんな疑い深い人が助手に選ばれたのかなぁ」
「あ、いや、サンタはおじいさんだとばっかり思ってたから…」
「あ、そっか。そういう伝説の方が広まってるみたいね。まったく…サンタは昔も今もわたし一人なのに…。いいわ。許してあげる。じゃ、乗り込んで」
 いつの間にやらもう慎也が助手になると決まったことになってるらしい。サンタはその超乳をものともせずぴょんと橇に乗り込むと、慎也にも乗るよう手招きをした。橇は一見一人乗りに見えたが、よく見るとそのすぐ後ろにもう一人ぐらい座れるスペースがある。
 話が勝手の進んでしまうことがちょっと気に食わなかったけども、好奇心には勝てなかった。慎也は意を決してその橇に足を踏み入れた。宙に浮いてるのに、体重をかけても橇はびくともしない。特に動力はないみたいなのに――不思議な感じだった。
「じゃ、悪いけど落ちないようわたしにしっかりつかまってね」
 腰を下ろすとサンタはそう言って自分の腰を指さした。え? ととまどう。後ろから見ても、その体は大きくはみ出したおっぱいに占領されていて、ほとんど体を覆わんばかりになっている。さすがにいきなりおっぱいにつかみかかるのにはためらいがあったし、たとえ背中から手を回したって到底届くような大きさではなかった。
「ほら、ここ」じれったくなったのかサンタは自分からウエストのあたりを左手でたたいてみせる。おそるおそる手を回すと、ウエストは驚くほど細い。両手をまわしても長さが充分余ってしまった。しかし――その上からおっぱいがどっさりと乗っかってきて、ほとんど腕が埋まってしまう。
「いい? あ、あらかじめ言っとくけど、くれぐれもおっぱいにはさわらないでよ」
 さわらないで、ったって、もう当たりまくってんですけど――という言葉を呑みこんだ。そのくにくにとした感触があまりに心地よく、下手に言って警戒されたくなかった。
「この中に、世界中の子供達に配るミルクが詰まってるんだからね」
 やっぱりそうなのか。それじゃ…これがサンタが背負ってる袋の真の姿なのか…?
 サンタは慎也の腕がしっかり自分の腰に結ばれた事を確認すると、にこっと魅力的な笑顔を見せてまっすぐ前を向いた。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!!」
 鞭を振るってトナカイに合図を送る。その角につけられた鈴の音を高らかに鳴り響かせながら、橇はすーっと空中を滑り出した。
「すっげー」
 慎也は言葉もなかった。鈴の音以外はなんの音もしない。なのに高度はぐんぐんと上がっていき、街の明かりがあふれてくる。
「いい、まずは日本中をまわるわよ」サンタは再び鞭を振るった。

 それから2人は、日本のあちこちに降り立っては、そこにいる子供ひとりひとりにミルクを飲ませていった。いったい何人に飲ませたんだか数え忘れた頃、橇はいきなり海の上に出た。「じゃお次は…」いよいよ日本を出て大陸の方に向かうらしい。まだ旅は始まったばかりだった。
 橇は素晴らしいスピードで中空をすべるようにひた走る。とはいえ海を渡るとなるとさすがにしばらく時間がかかった。その間黙っているのもなんだから、と慎也は以前から気にかかっていた事を思い切って訊いてみた。
「前々から不思議だったんだけど――」
「何?」
「たった一晩で、世界中をまわれるものなんですか?」
「まあ地球は自転しているからね。極東の日本から始めて西へ西へと夜をたどるように回って行けばなんとか――なんてね。やっぱりそれだけでもまだ足りないから、ちょっと時空間を細工してね、配り終わるまでは夜が明けないようにしてるのよ」なんだかはっきりしない説明だが、どうやら大丈夫ならしい。ただサンタ本人も本当に分かってるかどうかあやしいものだ。「ま、まかしといて」
 橇は韓国を手始めにアジア各国をまわって行った。ただ不思議なことに、中国なんかあれだけ広いのに配った子供は日本より少ないぐらいだった。
「中国の人口は日本の10倍以上なのに――なんでこんな少ないんです?」
「だからぁ…」この事にはあんまり触れられたくなさそうだった。「ここら辺の国は非キリスト教国で、サンタを信じてくれる人が少ないの。日本ぐらいよ。仏教国なのにこうサンタを含めてなんでもかんでも信じてくれる人たちなんて。こっちの方がよっぽど変わっているわ」
 西の方に行くにつれ、素通りする距離はますます長くなった。中東のある国の上を通過する際、サンタは心底つらそうな顔で地上を見つめていた。
「ここは…」空の上からだと国の輪郭がくっきりと分かる。慎也もその形は地図でよく見知っていた。
「そう。この国は――ついこないだまで強力な独裁者に支配されていたの。最近になって別の大国と戦争してその独裁者はいなくなったんだけども――逆にいきなり支柱がなくなって大混乱を続けている。おなかのすいた子供達もたくさんいるわ。ほんと、できることならわたしだって降りていってみんなにこのおっぱいをあげたい。でも――だめなの。みんなわたしを――サンタを信じてくれないから。信じてくれないとみんなわたしを見ることすらできない。わたしだってつらいのよ――」

 さらに西に行き、ヨーロッパが近づいてくるにつれて次第に地上に降りる回数が増えてきた。気がついていた。おっぱいをあげる時のサンタの顔がほんとうに心底嬉しそうなことを。飲ませ終わって上空に帰るときも顔が思わずほころんでいるのが分かる。慎也は彼女がサンタであることをもう微塵も疑っていなかった。しかし一方で不思議だった。こんなに若くてかわいい子が、どうしてサンタなんかになったんだろうか、と。機嫌よさそうに橇を操っているところを見計らって、慎也は後ろから訊いてみた。
「けど、どうしてサンタなんかに――」
 サンタはすっと表情が固まった。訊いてはいけないことだったのか、と少しあわてたが、別に気を悪くした訳ではなかった。昔を思い出していたのだろうか、しばらく間をおいて、とつとつと話し始めた。
「別になろうとした訳じゃないわ。なってたの。わたし――生まれたのはほんの小さな農村だった。それなりにのどかで幸せだったんだけど、悩みがひとつだけあったの。――けっこう早い時期からおっぱいが大きくなり始めてね…。それがいつまでも止まらずに、もう思春期の頃には人並みはずれた大きさになっちゃって、恥ずかしくてほとんど家から出ずに暮らすような日々が続いてたの。ほら、今で言う"ひきこもり"ってやつ? 自分でもこんなんじゃいけないっていう気はあったんだけど、そうする間にもどんどん胸が膨らんでいっちゃってますます…。
 けど、16の時、そうも言ってられない事態になったの。その年は夏になってもぜんぜんあったかくならなくてね、村中の作物がことごとくだめになって、冬に入る頃には食べ物がほとんどなくなってしまったの。狩に出ようにも吹雪いてうまくいかず――。もうこのままでは村人がみんな飢えてしまうのは確実だった。特にかわいそうだったのは子供達――。何十人もいる子供が、一人残らずひもじそうにしているの。わたしは見ていられなかった。なんとかしてこの子供達を救えないだろうか…。何もできなかったけど、とにかく一心に祈ったわ。神さま、どうかこの子達を救う力をわたしに与えてください、と。
 ある日、ほんとうに祈りつかれていつの間にか眠ってしまったの。寝ている間に――どこからか確かに誰かの声を聞いたような気がする。今から思うと、神さまの声に違いないと思うんだけど、その時はまだ分からなかった。そして朝目覚めた時、びっくりしたわ。だって、ただでさえ大きかったわたしのおっぱいが、一晩でさらに倍ほどにもふくらんでいたんですもの。立ち上がってみると、おっぱいの中には何かがぎっしり詰まってみるみたいにずっしりと重く、なのに張りつめていてぴんと前に突き出していた。いったいどうなってるの?と手を伸ばしておっぱいをさすってみたわ。もう両手をいっぱいに伸ばしても抱えきれないほどになっていたけど、ちょっと押した途端、ぴゅっと先から白いものが飛び出てきた。ミルクだった。そう、わたしのおっぱいの中には、ひと晩のうちに信じられないほど大量のミルクが詰まっていたのよ。その時ピンときたわ。神さまがわたしの願いを聞き届けてくださったんだって。このおっぱいで、村の子供達を救えるかもしれない――。わたしの心の中で何かが目覚めた。
 わたしは、なるべく目立つようにと家の中にあった布から、赤と白の派手な色を選んで自分の胸に合うように急いで服を縫い上げると、冬空の下に飛び出していったわ。やらなくちゃ、って気に燃えてたから、少しも寒くなかった。そしてまずはお隣の家に行ったの。その家の3人の子供達は、最初はわたしを見て驚いてたわ。だってわたし、ほとんど家から出ないことで有名だったから。わたしは恥ずかしかったけど、子供達の前で胸をはだけて、『さ、お姉さんのおっぱいをお飲みなさい』とお腹の底から声を絞り出したの。3人ともほんとにびっくりして呆然としてた。けど、みんなお腹がすいてしょうがなかったし、まるでわたしのおっぱいの先からただようミルクの匂いにひきつけられるようにふらふらと近づいてきたわ。ただ、あんまりわたしのおっぱいが大きかったからそこまで来てしばらくとまどってたけども、そのうち一番上のお兄ちゃんが我慢できずにパクって乳首に吸いついたの。途端にジューッと勢いよくミルクが噴き出してきて――。お兄ちゃんはもう夢中で飲んでたわ。よっぽどお腹が空いてたのね…。で、それを見てたすぐ下の弟もたまらずにもう片方に吸いついて。一番下の女の子もあわてて近寄ってきたけども、おっぱいは2つしかないし、お兄ちゃんたちが吸いついたままいつまでも離れようとしないからだんだんじれてきてね、とうとう『私も』って泣き出しちゃった。『ほらほら、お兄ちゃんでしょ』って一番上の子をむりやり引き離してその子に吸わせたの。その子、ほんとうに嬉しそうだった。
 3人がお腹たっぷりに飲んだ所でわたしは次の家に行ったわ。そこでも子供達が争ってわたしのおっぱいを飲んだ。その次も、その次も…。不思議なことに、いくらミルクを飲まれてもわたしのおっぱいからは尽きることなくミルクがどんどんあふれ続けた。いや、飲まれれば飲まれるほどその量はいや増すほどだったわ。村中の家々をすべてまわり終わっても、まだまだ全然減った気がしなかった。
 その日から毎日、わたしは日に何度も村中をまわって子供達にミルクを飲ませ続けたの。結局――春が来るまで、村ではひとりも餓死者を出すことなく済んだわ。『奇跡だ!』誰かが叫んだ。ほんと、わたし自分でも信じられなかった。奇跡としか言いようのないおっぱいの力で、村を救うことができたんですもの。翌年はうってかわって穏やかな気候で、これまでにないほど豊作になったわ。
 ただ――喜びに満ちた村人の中、わたし一人は大変だった。もう誰もわたしのおっぱいを飲もうとする人はいないのに、相変わらずおっぱいの奥からミルクがどんどん湧いてきて止まらないんですもの。もうますます大きくなったおっぱいが張っちゃって張っちゃって――苦しくてしょうがなかったわ。どうしたらいいの? ってまた神さまに祈ったら…。その晩、夢の中でまた誰かの声がしたの。
――もうすぐ来る神さまの誕生日の前夜、世界中の子供達におまえの乳を配ってやれ。
 え、世界中って…そんな――無理だよ。
――いや、お前ならできる。そのための乗り物も与えよう。世界中を走り回れるぞ。
 そして、その年のクリスマスイヴ、わたしは初めて橇に乗って自分のミルクを飲ませていった。以来毎年、わたしはその日に備えておっぱいの中にいっぱいにミルクを貯えておいて、それを世界中の子供達に飲ませ続けるようになったの。もう、いったい何年続いているのかわからなくなるぐらいずっと――。わたしはこの神聖な仕事を続けてきた。
 でも勝手ね。いつの間にかサンタが白髭のおじいさんになって、プレゼントを配ってるって話になってるって知った時はショックで、もうやめちゃおうかなーって思った」
 サンタはふふふっと嬉しそうに笑った。そんな事を言いながらも、自分の仕事に絶対の誇りを持っている顔だった。

 "神聖な仕事"はなおも続く。もう何人だか分からなくなるぐらいの数の子供に、サンタはおっぱいを飲ませていた。それでもサンタの胸はまったく小さくなる気配すらない。まるで無尽蔵に詰まっているかのようにミルクがいくらでもあふれ出てくる。慎也はどうにも不思議になってきた。
「いったいその胸の中に、どれだけのミルクが入ってるんだ?」
「だって、世界中の子供達、何100万人に飲ませる分がこのおっぱいの中に詰め込まれてるのよ。多い時は、1000万人の子供に飲ませた時だってあったんだから」
 サンタはさも得意そうに胸をぴんと張ってみせた。1000万人って…。気の遠くなるような数字だった。仕事はもういつまでも終わらないように思えてきた――。

 それからも2人は次々と夜の街に降り立っては、多くの子供達にミルクを飲ませていった。サンタは橇を巧みに操って、家の窓のそばにぴったりとつけると、慣れた様子で窓を素通りして音もなく中に入り込む。例のテレポート能力のおかげで、鍵なんかまるで問題にしてないようだった。
 慎也もあわてて後に続くのだが、慣れないせいかどうしても時間がかかる。見ると、サンタはもうお目当ての子供の枕元に立って、(おそーい)と言わんばかりの目で慎也を見つめていた。ようやくそこまでたどり着くと、慎也はその子供を目を覚まさないようにそっと抱きかかえ、サンタは胸をめくってその巨大な胸をさらす。
 サンタがちょっと体をかがませてその子の口に乳房をふくませようとすると、自然と慎也の目の前にその超乳が迫ってくる。まるまると張りつめたそのおっぱいはいかにも中身がぎっしりと詰まってそうで、とてつもない迫力だった。
「どうしたの?」
 あんまり見とれていたためサンタが慎也の方に顔を上げた。いつの間にか手がお留守になっていたらしい。あわてて腕にこころもち力を入れて子供を持ち上げると、吸い付くように子供がサンタの乳首をくわえて、ちゅうちゅうと力強く吸い始めた。
「あ…」
 その時、サンタの口から短い声が漏れる。懸命に押し殺してたのについ漏らしてしまったかのように。
 どうしたんだ?と目を向けると、サンタはなぜかちょっと赤くなったように見えた。
「な、なんでもないわ…」

 いったいもう何人の子供にミルクを飲ませているだろう。サンタの言うとおり、いつまで経っても夜は明ける気配を見せなかった。しかしざっと100人を超したくらいだろうか、次第にサンタの口数が減ってきた。どうしたのだろう…と思ったがなんだかとてつもなく落ち込んでいるかのようで、訊くことすらためらわれた。しばらく海の上を走っている間など、2人とも一言もしゃべらない時間が続いた。
 ようやく海を越えて街の灯が再び見える。さあまたいよいよだ…と慎也が気合を入れていると、橇から見える風景になんとなく見覚えがあるような気がしてきた。いや、気のせいじゃない――確かに、そう、見慣れた日本の景色だった。ぐるりと地球をまわって日本に戻ってきたのだ…。
 すっげー。本当に世界一周したのかよ、と思う間に、あたりはますますなじみのある景色が増えてきた。そう、慎也の住む町に戻ってきたのだ。
 空中で橇が止まる。そこは慎也のアパートの屋根の上だった。空を見るとうっすらとだがほの明るくなってきた気がする。ってことは、それじゃあ…。
「ありがと。ほんと助かったわ。今年はこれで終わり」
 サンタは振り返ると、無感動にそれだけ言った。
「え、でも…。まだ100人ちょっとしか飲ませてないんじゃ…」
 サンタは唇が曲がりそうなほど顔に力を込めた。なんだかつらそうだった。
「終わりなの、とにかく…」
「だってさっき、一晩で何100万人にも配るんだって――」
「確かにそういうこともあったわ、かつては…」サンタは吐き捨てるように言った。「でも、ここ数10年、本当にサンタを信じてくれる子供は年々激減していってるの。そしてとうとう今年はたった132人に――」
 そこにいるのはさっきまでの自信満々なサンタではなかった。
「全世界で…132人――たった…」
「そ。最近じゃもっぱら父親や恋人がサンタクロースらしいから…」ふふっ、と自虐めいた笑みを浮かべる。
「ああ、もうわたしの役目も終わっちゃったのかなぁ。毎年、今度こそ!って張り切っておっぱいにミルクをため込むんだけど、ほとんど余らしちゃう。それから1年、その上にさらにミルクをため込むから年々どんどん大きくなっちゃって…おかげでたまりまくってとうとうこんなにふくらんじゃった。ああ、今年こそはみんなにたっぷり飲んでもらうんだーって思いっきりめいっぱいため込んできたのになぁ…。おかげで自分で子供を抱えられなくなっちゃって、だから慎也くんに手伝ってまでしてもらったのに――なにやってんだろ、わたし。なんか自信なくなっちゃった…」 サンタは俯くと、手を伸ばして自分の胸をさすった。そのおっぱいは、出発時とまったく変わらずに――いやむしろあの時以上にぱんぱんにはちきれんばかりになっている。中にはまだまだたっぷりとミルクが――慎也はごくりとつばを飲み込んだ。
「さすがにもう自分でも苦しいぐらいおっぱい張っちゃって、子供達にちょっとづつ出すのがきついくらいなの。今日だって飲ませながら、何度もあふれ出しそうになっちゃって――。ねえ慎也くん、おっぱい吸ってくれない」
 不意にサンタは体をこちらに向けてとんでもないことを言った。慎也は気持ちを見透かされたのかとあせった。
「え、あ…」
「これ以上ため込んでもしょうがないし…。それに慎也くん、おっぱいあげてる間、ずっともの欲しそうに見つめてるんだもん。もう食い入るように。そんな風に見つめられてたら――」
 そう言うとサンタは自分からそっと服をずり降ろしていった。胸をさらけだすこと自体は今晩だけでも何度も繰り返されてきたけども、今回はそれまでとはどこか違った。まともに目を合わせられないかのように顔を俯けたまま、ためらいがちに少しづつ胸をあらわにしていったのだ。乳首が見えそうにまでなったところで、乳房そのものの弾力で耐え切れなくなったように勢いよくおっぱいがあふれ出てくる。その胸はますます張りつめて、大きくなってきているようにすら見えた。
「い、いいのか…」慎也は思わず声をかすれさせてしまった。確かにサンタがミルクをあげている間、どうにも目を離せなくて見つめていたが、本当にサンタがそんなことを言い出すなんて予想もしていなかった。
「うん…。どうせたくさん余っちゃってるし、このまんまじゃ来年ますますおっきくなってまた慎也くんに手伝ってもらわなくちゃならないから――むしろ少しでもたくさん飲んでほしいの」
 胸をさらしたままさらに体を慎也の方に近づけてくる。動くたびにぷるぷるとそれ自体が生き物のようにおっぱいが跳ね回った。後のほうになるにつれ、サンタの声は次第に哀願の色を帯びてきた。
「ね、お願い――。中途半端にしか出してないから、却っておっぱい張ってきちゃって苦しいの。それに――わたし、ずっと子供にばっかりミルクあげてたから…その…」恥ずかしそうに頬が紅く染まっていく。「まだ一度も、男の人におっぱいさわられたことってないの。サンタがこんなこと考えちゃいけないのかもしれないけど、慎也くんに見られているうちにだんだん――変な気持ちになっちゃって…」
 サンタは心を決めたように、まっすぐ慎也を見つめ返した。白い頬がますます赤みを帯びていく。
「お願い…わたしの――おっぱい、吸ってほしいの…。ずっと長いことたった一人でがんばってきたんだもの。一度くらい、いいよね。神さま――」
 そう言って、もじもじと照れくさそうにそっと胸を突き出してみせる。今までだって何度も慎也の前に胸をさらしてきたくせに、別人のような恥じらい方だった。しかし、子供に飲ませる時とは明らかに違う雰囲気に、慎也は頭がしびれるようなめまいを覚えていた。
 おそるおそるその胸に手を伸ばす。「あん」指の先がわずかに触れただけで、サンタの口から悩ましい声が漏れる。慎也は思わず手を引っ込めた。――想像を絶する感触だった。やわらかいくせにぷりぷりして、中でなにがか激しくうごめいている。めいっぱい詰め込みすぎて、今にもはちきれてしまいそうだ。しばしためらっていると、サンタがじっとせつなそうに慎也を見つめている。もう一回、勇気を出してそっと指をはわした。
「はうっ――」
 せつないようなあえぎ声が再びほとばしる。すさまじいまでの敏感さだった。
「あ、ごめん…」慎也もどうしていいか分からず、つい謝ってしまう。
「ううん、いいの。――けど、もっと、そっと、やさしくして…」
 これ以上やさしくって、どうやったらいいんだ? とまどいながらも精一杯慎重に胸に触れて行く。しかし一旦さわりはじめるとそんな事言ってられなかった。ぷにぷにとした手応えが神経の隅々まで襲いかかり、体の芯から興奮が湧き起こってくる。自分でも勝手に指に力がこもっていった。
「はぁっ、う…。あ――」
 サンタもそれ以上制しようとはしない。彼女自身、自らの快感にとらわれて何も言えなくなっているようだった。
 慎也のヴォルテージもぐんぐん上がっていく。なにせ目の前に、あの超巨大ミルクタンクが無防備に揺れまくっているのだ。配っている間ずっと指をくわえて見ているしかできなかっただけに、一旦開放された欲望は際限なくふくれあがっていった。視界一杯にサンタのおっぱいが拡がる。その中央でピンク色の乳首が、まるで誘なうようにふるえている。
 たまらず口をつける。ただそれだけで、じゅん、と待ち受けてたかのようにその先からミルクが大量にあふれ出てきた。
「あ、はぁっ…」
 サンタのあえぎ声がさらにオクターブ上がった。慎也もますます乳首を吸いたてる。ほの甘い極上のミルクがのどの奥に音を立てて流れ込んでいった。
「あ、なんか手つきがやらしい…口もとも…。あっ!」サンタの体がひくっと跳ねた。「ら、乱暴にしないで、もっと、やさしく――」
 そう言いながらも、サンタは自分から胸を慎也の顔にぐいぐい押しつけてくるのだ。その度に、おっぱいを搾り上げるかのように噴き出るミルクの量はますます増大していった。
「だ、だめ…そんな激しくしたら――わたし、我慢できない…」
 サンタの声はどんどん切なく、切羽詰っていく。
「やめ、もう――。ミルク、あふれちゃう…。押さえが利かないと、大変なことになっちゃう――」
 しかし慎也もサンタも、もう勝手に体が動いて止まらない。サンタの声は、ほとんど叫び声に近くなってきた。
「あーっ、だめーっ! 来る!! おっきいのきちゃう!!!!!」
 一瞬、その巨大な乳房全体が硬直したみたいにびくんと痙攣する。次の瞬間――。
 まるで何かが爆発したかのように、いきなり怒涛のごとくミルクが噴き出してきた。今までとは比べ物にならないすさまじい奔流だった。「うわっ!」慎也はたまらず口を離す。しかし勢いは止まらない。その爆流をまともに喰らい、そのまま体ごと橇からはじけ飛ばされてしまった。
「ああああああっ、と、止まらないよー」サンタの声が虚空に響く。慎也は空中に放りだされてまっ逆さまに落ちながらも、サンタが橇の上で両方のおっぱいから夜空に大量のミルクを噴き出し続け、天に向けて真っ白な筋を描いているのをはっきりと見た。しかしそれも一瞬のこと。慎也の体は引力のまま地面に向けて速度を増していく。意識はそのままブラックアウトしていった――。

 ――――――――――――

 気がつくと、慎也は寝た時と同じくせんべい布団の上に横になっていた。窓の外はすっかり明るくなっている。部屋の中は――ゆうべとなんら変わりがない。「夢、か――」いつもと変わらない朝。けどその事の方がなんだか信じられないくらいだった。あの橇に乗っためくるめく飛翔感、実際には行った事のない外国の風景、そしてなによりも、あの、サンタの胸をもみしだいた時の圧倒的な感触…。そして口の中には、におい立つような極上のミルクの味が、まだくっきりと残っていた。「それにしてもリアルな夢だったなぁ」
 夢ならば覚めないでほしかった。いつまでもこの感覚を反芻していたい…。とはいえいつまでもこうしてはいられない。今日だって仕事があるのだ。慎也は自分のまわりを覆っている夢の被膜を破り捨てるよう伸びをすると、のっそりと布団から体を起こした。いつもの習慣でほとんど機械的にTVをつける。途端にスピーカーから、アナウンサーがいつになく高潮したテンションでニュースを読む声があふれ出してきた。
「昨晩、不可解としか言いようのないニュースが起こりました。突然、空を流れる天の川が2本になったのです!」
 慎也はびっくりしてTVに目を向ける。信じられないことに、画面に映し出された天の写真には、くっきりと、元からあった天の川に寄り添うようにもう一本、白い筋がどこまでも続いてしっかりと浮かび出されていた。
「天文台では現在、この突如あらわれたもうひとつの天の川がなんであるのかを懸命に調査中であり…」
 アナウンサーはさらにがなりたてる。しかし慎也はプツリとスイッチを切った。
「サンタ――あいつ…」慎也の脳裏に昨夜の夢の最後の映像がありありと蘇ってくる。いきなり現れたもうひとつの天の川、彼にはその正体が何であるか一目ですぐ分かってしまった。間違いない。あの時噴き出した大量のミルクが、そのまま大気圏外まで突き抜けて、宇宙に筋を描いて浮かんでいる――文字通りのMilky Wayであることを。
「ハハハ…」慎也は無性におかしくなって、ひっくりかえったままいつまでも笑い続けた。
「あいつ、そんなにミルクがたまりまくってたのかよ――。天の川もう一本作っちまった…。そりゃ飲みきれねーや」

 ようやく笑いが収まると、慎也はいつになくさわやかな気持ちで窓の外を見上げた。ゆうべサンタのミルクを飲んだせいだろうか、心身ともにこれまでないほど爽快だった。雲ひとつないほど快晴、じっくり見つめていると、その白い筋が日中でも空に見えるような気がした。
(来年も――精一杯おっぱいためこんでこいよ。また一緒に世界中をまわろうぜ…。そして――また、飲ませてくれよ。今度はできるだけやさしくしてやるからさ)
 慎也はサンタの愛らしい顔を思い浮かべながら、来年のクリスマスイヴが今から待ち遠しくなっていた。