episode 12 超乳秘書 久美子(中編)
「ああっ、もう。わかんない!」
久美子はやけになって机の上に束ねてあった書類をつかんで放り投げた。辺りにぱらぱらと勢いよく紙が舞う。しかしその際、ちょっと余計に胸を張りすぎたらしい、既に限界ギリギリになっている胸のブラウスが予想以上に突き上げられ、ボタンにぐぐっと圧力がかかる。
「あ…」
布地が急激に押し広げられる感覚に気づいた時はもう遅い。次の瞬間、胸のボタンがひとつポーンとはじけ飛んでいった。あわてて胸を押さえ込むが、ボタンは部屋の隅まで吹っ飛んで空しくカラカラと音を立てている。
(あーあ、とうとうやっちゃった…)
ほとんど無意識のうちに辺りを伺う。誰の目もないことを改めて確認して、とりあえずほっと胸をなでおろした。
今、この部屋には久美子ひとりきりだ。この折原物産の秘書となって早や4日。秘書としての仕事には大分なれてきた――と思う。常務のスケジュール管理を始め、様々な応対や調整、下調べ等が久美子にどんどん押しかかってくるのだが、基本的に社内業務ばかりで、この4日でほぼ手際よく処理できるようになった。もちろんこれっぱかしでは秘書業務のすべてを経験したとはとても言えないだろうが、当面はなんとかこなせそうな雰囲気だ。
常務も事あるごとに久美子を褒めた。「いや、君が来てから実に仕事がしやすい」お世辞もあるのかもしれないが、評価されること自体は嬉しかった。
ただし、"本業"であるはずの調査の方は遅々として進まなかった。実際の秘書業務をこなす方に時間を喰われるということもあるが、4日の間に変わったことといえば――ブラウスの胸の辺りが日に日にきつくなっていくぐらいで、これといった進展はない。この調子じゃ、何もわからないうちに制服のほうが着れなくなってしまいそうだった。
もちろんこの4日、何もしてなかった訳ではない。最初の2日間、社内LANを通じてありとあらゆるデータベースを徹底的に引っかきまわし、もうこれ以上ないほど調べまくった。しかしこれといって気になることは何も出てこなかった。(後は…)久美子は資料室に向かうと、キャビネットの中にぎっちりと積み込まれたファイルの山を眺めてげんなりした。デジタル情報はいろいろと検索がきくから見つかりやすい。だから闇情報に限っては紙の上だけで取引されているかもしれない。古典的な方法だが、デジタル全盛の現代社会では却って見つかりにくい――その可能性は最初から考えてはいたが、この資料室に集められた厖大なファイルを考えただけでげんなりしてできればやりたくはなかった。
――しかしそんなこと言ってはいられない…というのが2日目を終えた時点での久美子の結論だった。
以来、久美子はそのファイル郡と格闘し続けていた。きのうから空き時間や終業後はずっとやっているのに後から後から湧きだす紙の束は一向に終わる気配を見せない。なにせPC相手とは違い、いちいち紙を繰って中身を見なければならないのだ。探すにしてもはるかに手間と時間がかかる。正直やけを起こしかけて――そしたらボタンが飛んだ。
(ああ、お腹すいたなぁ…)
いつも持ち歩いている裁縫セットで手早く飛んだボタンを縫いつけ終わると、久美子は机の上にどさっとその超乳を乗っけてその上に力なく頭をもたげた。夜中に誰もいない部屋でひとりボタンつけをしてたりするうちに、わたし何やってんだろ、と途端に空しくなってきたのだ。時計の針はもう10時をまわっている。緊張の糸が切れると急激に空腹感が襲ってきた。情けないけど、正直もう我慢も限界だった。もともと食べたそばからカロリーを根こそぎその超特大バストに吸収されてしまう体質で、そのスリムな体からは到底想像できないほどに人並みはずれて食欲旺盛な彼女、その上こうして集中して頭を使い続けると脳みその方でも猛烈にカロリーを消費するのか、空腹感はいつも以上に輪をかけていた。机の隅には、なんとか間を持たせようと持ち込んだお菓子の空き箱がずらりと並んでいたのだが――そんなものでは到底足りない。胃袋はもうとっくの昔に悲鳴を上げ続けていて、このまま何も食べなかったら体中がサボタージュを起こしかねなかった。
「あれ、まだいたんですか?」
背にしていたドアがいきなり開いて、声がかかる。霧原だった。
「あ、はい…」久美子はあわてて手元のファイルを閉じた。勢いがよすぎてパタンと大きな音がする。
「調べものですか。大変ですね、遅くまで」
「あ、いえ…すいません、まだ慣れてないものですから」
「いやいや、社内で評判ですよ。今度入った堀江さんはすごい出来る人だって」
そう言いながらも桐原の視線はどうしても久美子の胸に注がれてしまう。本当のところ評判になったの仕事ぶりはもちろんなによりその胸のことなのだが、そんなこと言えるものではない。
「もう社内にもほとんど残っている人がいないんですが――堀江さん、何時までやられますか?」
「あ…いえ」久美子はちらりと自分が投げ散らかした書類を見やった。「ちょうど終わったところです。片してもう帰ろうかと…」
それを聞いて、霧原が意を決したように言った。
「あ、あの――よかったら、一緒に食事でもどうです? おごりますよ」
「はいっ!!!」食事と聞いて、久美子は考えるよりも数倍早く返事をしていた。
「あーっはっはっはっ」
卓次はおかしくてしょうがない、という風に笑い転げた。
「そ、そんなに笑うことないでしょ」
久美子は恥ずかしそうに口を突き出した。
「だってさ…そいつもまあ、ちょっとは下心あったんだろうけど――。そんなことになるだとは夢にも思わなかったんだろうな」
その日も遅くなって、久美子は卓次の家で落ち合っていた。前回、学校の連続盗難事件を扱った時からの約束――毎日必ず1回は会ってその日調べた状況を逐一報告すること――は今回も変わらず続いていた。今度のように会社勤めとなるとどうしても会う時間が遅くなってしまうが、それだけは決して欠かさなかった。
卓次が大笑いしたのは、仕事後の霧原との顛末を聞いたせいだった。あの後、誘われて中華を食べに行った。そこで久美子はたまらずに食欲を爆発させてしまったのだ。
「だって、量を期待して中華にしたのに…。あそこ、妙に気取ってて1人前が少なすぎるんだもん。だからつい――」
「それにしても10人前とはねぇ…。で、そいつはどうした?」
「うん、ようやくまわりを見る余裕が出てきたら、霧島さん、妙に小声で、『いやぁ、いい食べっぷりだねぇ。元気があっていいよ』なんていうのよ。顔を見るとぴくぴく引きつってて、本心じゃないことが見え見え…。恥ずかしいよぉ、もう会社に顔出せない…」
「まぁ、そう言うなよ。今度から腹減ったら俺が晩飯おごるから」
「ほんと? タクだったら遠慮もいらないからもう思いっきり食べれるなぁ」
「おいおい、10人前でもまだ遠慮してたっていうのか?」
茶々入れしながらも、卓次は自分が内心ほっとしているのに気がついていた。久美子の気を惹こうと食事に誘う男がいる――その存在を知っただけで卓次ははげしく胸がざわめくような感じを覚えた。
「ところで、さっき下心とかって言ってたけど、なにが?」
久美子が素で聞き返す。卓次はそのあまりの気どらなさに却ってあっけにとられた。こいつ、ほんとに自覚症状なさすぎ…。
「まさかあの霧原さんを疑ってるの――あの人、そんな風には見えないけどな…。裏表のない、やさしそうな人だけど」
屈託なく相手を褒める言葉を久美子の口から聞くたびに、卓次の心の奥がまたわさわさとざわめいていく。どんなに抑えようとしても抑えきれない激しさで。
(まさか俺――そいつに嫉妬しているのか…?)
――――――――――――
「ねえ、堀江さん、ちょっといいかしら?」
5日目の朝、久美子は背中から声をかけられた途端、びくっとした。この声は――振り向くと、予想通り例のお局様がきびしい顔をして立っていた。
「あ、はい。なんでしょうか」
ここではなんだから、と局は久美子を引っぱって、誰もいない部屋に引っぱっていった。
なんだろう、仕事上では特に失敗はしてないつもりだけども――ひょっとして社内を探っている事がばれたのだろうか。心臓が緊張で高鳴ってきたが、いざ面と向かうと様子がおかしい。その局もなぜか言いにくそうに口ごもらせている。そして、その視線は――じっと久美子の胸に注がれていた。
「あの…」
沈黙に耐えられず、久美子の方から声をかけると、局はそれを制するように顔を上げると、ようやく口を開いた。
「堀江さん。あなた…まあ仕事はそれなりにやってくれてるわ。それは一応認める。けどね――仕事の場で、あんまり男の気を惹こうとするもんじゃないわよ」
は? と久美子は口を半開きにしたまま固まってしまった。どうやら調査の事がばれた訳ではなさそうだけども――まったく覚えがない事を言われてどう反応していいのか分からなかった。
しかしそのきょとんとした表情がどうやらお気にめさなかったらしい。局の目じりは急にきりきりとひき上げられ、声のトーンもはね上がった。
「とぼけるんじゃないわよ、そのばかでっかい胸のことよ!」
まるで動かぬ証拠を突きつけるような調子で人さし指を振り上げる。その数ミリ先には久美子の超乳が、今にも突き刺さらんばかりに張り出していた。
ますます分からない。しかし今度は相手も間髪入れなかった。
「ほっといたってそんな目立つ胸してるんだから、わざわざ制服改造してよけい見せびらかす必要なんてないでしょ!」
ハッとした。そういうことか――制服はわずか5日の間の成長をまともに受けて、日々どんどんきつくなっていく。昨晩はついにちょっと力を入れただけでボタンがひとつ吹っ飛んでしまったぐらいキツキツの状態になっている。正直自分でも気になっていた、ボタンとボタンの間が拡がってきてその下が覗けそうな感じになっているのを。冬服で厚めの生地とはいえ、しょせんブラウス1枚、ひょっとしてブラが内側から透けて見えてしまうのではないかと心配になるほど胸のラインはこれ以上ないくらいくっきり張りつめていた――。しかし、そんな急激に胸が成長しているなど思いもしない局は、久美子がわざわざ制服を詰めて、意図的に胸を強調させていると思い込んでいるのだ。
どうしよう――正直に、それだけ胸が膨らんできたんだ、と言おうか――いや、そんなこと絶対信用としないだろうし、なにより――そのやせっぽちな局の体を見ているうちに、そんなこと言ったら却って神経を逆撫でするような気がした。――仕方ない。覚えのないことだけども、とりあえず謝っとこうと心に決めた。
「すいません、気をつけます」
「ふんっ!」
言うだけ言ってもまだ気が納まらないか、局はばたんと勢いよくドアを閉めて出て行った。
(そういえばここ、どこなんだろう…?)
ひとり残された久美子は、ほっとすると共に、ようやく自分が今いる場所を気にする余裕が出始めた。あまり広い訳でもないが、殺風景で窓もなく密閉されていて、壁には不釣合いなほど大きな鏡がひとつある以外には何もない。ドアの横にスイッチが2つ。ひとつは照明、もうひとつは――試しに押してみると、天井に埋め込まれた換気扇が勢いよく回り始めた。かなり長いこと使われていないことは雰囲気で分かった。調査の過程でオフィス内のあちこちの部屋に潜入してはいたが、ここはまったく気がつかなかった。それが、自分が働いているすぐそばにこんな空き部屋があるなんて…。
――しかし、久美子の鼻にはさっきからかすかに気になる匂いがあった。こんなしばらく使われていなくとも、かつてさんざんこの部屋の中に漂い、壁の奥にまで染みこんだような匂いが――。そんなかすかな匂いでも、久美子には思い当たるものがあった。自分にとって大の苦手にしている匂いは、びっくりするほどわずかでも気になるものだ。
(煙草の匂い…。そうか、ここ、喫煙室だ)
「使われてない喫煙室?」
その日の夜、いつもの定例報告で久美子は卓次にこのことを伝えた。卓次もなにやら興味を持ったようだ。
「そうなの。それから聞いてみたら、半年ほど前まであのオフィスには何箇所かそういう部屋があって使われてたそうよ。けど半年前にビル内全面禁煙ということに変わって――喫煙室も当然用済みになったって訳」
久美子は答える時間も惜しいかのように、その間も休まず箸を動かし続けた。きのうあんな事を言ってしまった手前、卓次は仕事後に久美子を食事に誘った。事前に調べた上で食べ放題の店に入ったのだが――久美子は席に着くが早いか食べ物を取りに立ち上がり、手当たり次第にいくつもの皿を山盛りにしてきた。そんな何枚も一度に運べないのに…と卓次があきれてると、なんと久美子は自分の胸の上にその皿を4つも5つも乗っけて、さらに両手にもいっぱいに皿を持ち、器用にすべての皿を1回で席まで持って帰った。そして胸の上をほとんどテーブル代わりにして、次々と山盛りの料理をさもおいしそうにたいらげていく。
(まったく、それだけ食っといていったいどこ消えちゃうんだろうね)
卓次はその食べっぷりに一種の爽快感を覚えていた。
「それから今まで、まったく使われてなかったってことか?」
「そうらしいわ。いずれは何か別の用途に使うかもしれないけど、広さ的にも中途半端だし、今ん所は単なる空き部屋になってるみたい」
「そうか――」卓次はなにやらじっと考え込んでいた。「それにしても喫煙室とは盲点だったな」
「それはほら、わたし煙草だいっ嫌いだし、タクも吸わないじゃない」卓次が自分同様、同じ部屋で吸われただけで気分が悪くなるほど煙草を苦手にしていることは久美子も知っていた。「自分に縁のないものって、けっこう見逃しちゃうものなのよね」
「そうだな…」久美子に指摘されてちょっと癪ではあったが、ほとんど毎日のようにあのビルに来ていながら、そんな部屋があるとは今まで夢にも思わなかったのは確かだ。
「ね、調べてみる価値ない?」
「そうだな…。今週1週間調べてみて、社内システム内には特に矛盾はなし。紙資料もあやしいものは見つかってない訳だろ」
「今のところはね。ただとにかく量が膨大だからとてもじゃないけど全部は見切れないわ。とにかく矛盾を探すのに全部一旦頭の中に叩き込まなきゃならないんだから」
一度見聞きしたものは忘れない、とすら言われる久美子の記憶力も、さすがにいささかオーバーヒート気味だった。勝手の分からないものをひたすら丸暗記し続けるのは想像以上に骨が折れるものらしい。
「分かったことといえば、秘書課だけでも3人、交通費や出張費を水増し請求してることぐらい。もう、あんなせこいごまかし方じゃちょっと検算すればすぐばれるのに――。ま、どれも小額だから今回の対象外だけどね」
久美子はあきれた口調で言う。取るに足らない小犯罪ばかりずるずる出てきて一向に当たりがでないのに、ちょっといらついてるらしかった。
「でもあしたは土曜日だろ。どうする?」
「それがさぁ、喫煙室を見つけた後ちょっとドジっちゃってさぁ。あした行ってその仕事片付けとかなきゃならないのよ」そう言うといたずらっぽく舌をぺろっと出した。胸の上に並べられた皿の上は、またたく間にすべてきれいになくなっていた。
「そりゃ大変だ。実はこっちも僕の手違いで納品が遅れちゃってね。明日朝イチで持ってきます、って約束しちゃったんだ」
2人は目と目を見つめ合わせてふふ、と笑った。
「それじゃ決定ね」
あの局にさんざん嫌味言われた甲斐があった、と久美子は笑った。
「それじゃ、明日のために充電しなきゃ」と、一旦すべての皿をテーブルの上に重ね上げると第2弾の皿をごっそり手に取った。
――――――――――――
「で、納品は無事済んだの?」
次の土曜朝10時。卓次と久美子は例の喫煙室の前に並んで立っていた。卓次はどうってことないような風に続ける。
「ああ。平謝りしたけどね、なんとか取り入った。で、そっちはどうなんだ?」
「ま、本気でやれば30分もかからない仕事だったしね。もう終わった」
「それじゃあ、どちらも障害はクリアしたということで」
「心置きなくやれるってわけ」
「じゃあ久美子はその室内をくまなく調べてくれ。僕は――その周辺を洗ってみるから」
「OK」2人は目配せすると一旦別々の方向に進みだした。
「あーあ」
誰もいない旧喫煙室の中での中で久美子はひとりため息をついた。調べてみるったって、本当に何もない。とりあえず1時間後に卓次と落ち合う約束だったが、10分と経たずにあらかた見終わってしまった。
(こりゃほんとうに全然使われてないかもなぁ)
秘密の小部屋…そんなものを期待してしまった自分がちょっとイヤになる。慣れない環境に連日押し込まれ、普段は凝らない肩まで凝ってきそうな雰囲気の中にいるうちに、突破口を安易に求めすぎていたのかもしれない。
「それにしてもなー、煙草…」
久美子はちょっと鼻をしかめた。苦手だからこそ神経質になっているとはいえ、匂いってこんなにしつこく残るものなんだろうか。思わず換気扇をまわした。
「ふぅっ――」
気のせいか空気が和らいだ気する。ほっとして一息つくと、自然と視線は窓にはめ込まれた鏡に向かった。
(そういえば不思議よね。喫煙室にどうしてこんな大きな鏡が必要だったんだろう。最初はなんか別の目的で作られたのかな? 例えば更衣室とか)
鏡の正面に立ってみる。久美子のほとんど全身がまるごと写し出された。そうすると自然とみだしなみが気になってしまう。ちょっと髪をさわって流れを整える。鏡の中の自分を見ているうちに、だんだん調子に乗っていろいろ勝手にポーズをとってみたりした。そうして身体を動かすうちに、そのかすかな動きが伝わっただけで、そのバストはゆっさゆっさ予想以上に大きく上下した。
(あれ、こんなに揺れてるんだ、わたしの胸)
自分の事なのになんか意外な感じがした。ちゃんとブラしてるし、もうちょっとしっかり固定されてると思ってたんだけど…。試しに胸を少し張ってみると、それだけでブラウスの生地がはちきれんばかりに引き伸ばされていった。
(あ…)
久美子の顔が赤らむ。ブラウスのベージュの下から、ブラジャーの白が意外なほどくっきりと浮かび上がってきたのだ。
(これじゃあ――あのお局があんな怒るのも無理ないかも…)
久美子は今さらながら自分がいつもどんな格好をしていたのかに気づかされた思いだった。一旦気になりだすときりがない。久美子は鏡の前に立ったまま、自分の身体のラインをあちこち眺めまわし始めた。
「もうこんなにきつくなちゃって。まだ1週間しか経ってないのに…」
やっぱりどうしてもブラウスの胸のあたりが気になる。最初大きめに作ったはずなのに、もうパンパンにふくれあがってしまっていて、ボタンとボタンの間が左右に引っ張られて両側に弧を描いている。それがちょっとした動きにも反応して絶えず拡がる幅が変わっているのだ。この数日、自分がこんな格好で人前に出てたかと思うと、今さらながら恥ずかしくてしょうがない。
(こんなじゃあ…。あと何日もつだろう)
実は昨晩、いつまたボタンが飛ぶかと気になって、自分で胸のあたりのボタンをつけ直したのだ。ひとつ留めるのに、いつもの倍の長さの糸を使って何重にも重ねあわせ、ちょっと動かしにくいほど頑丈に留めたはずだった。そのおかげでなんとか今もボタンは無事だけども――これではもう、生地自体がはちきれそうなほどぴーんと伸びきってしまっている。今でもおそるおそるそーっと着てるのに――。かといってこちらはまだ派遣されたばかりの身。この上制服の作り直しだなんて言い出せるはずなかった。ただでさえ思いっきり特注サイズで作ってもらってるのだ。なのに…。計算違いがあったとすれば――自分の胸の発育ペースが予想を超えて急激だったことだろう。
(なんだか最近、ますます成長のスピードが加速してきたみたい…)
久美子は軽くため息をつく。さして大きく息をしたつもりはないのだが、それだけでもボタンが今にも引き千切れてしまいそうなほど穴が拡がった。そう、それほど余裕がなくなってしまっているのだ。
とにかくこんないつ吹っ飛ぶか分からないような服を着ていてはまともに息も吸えず、落ち着かないことはなはだしい。
「よしっ」久美子はなにやら決意すると、あたりに人影がない事を確認してから、そっと旧喫煙室のドアを閉め、内側から鍵をかけた。
(ここ、鍵がかかるようになっててよかったぁ。万一誰か入ってきたらたまらないもんね)
鏡の前に戻ると、久美子は両手を伸ばしてブラウスのボタンに手をかけた――。
(なんだここは…?)
一方卓次は、辺りの様子に思わず目をしばたたかせていた。不思議な部屋だった。入り口が妙に分かりにくいし、間取りも何をするにも中途半端。いろいろなファイルが無造作に並べられてていたが、実際物置以外に使いようがなさそうな空間だ。どうしてこんな部屋が…と存在理由が分からなかった。
――今日ここに来る前に、卓次にはひとつ確かめたいことがあった。旧喫煙室の存在に刺激されて改めてフロアの間取りを確認しているうちに、その部屋に密接した意味不明な空間があることに気がついたのだ。
旧喫煙室の右隣は、久美子の現上司である鈴木常務の執務室になっている。しかしどうも隣接してるにしては間にスペースがありすぎる。寸法から言って小部屋のひとつぐらい間にありそうなのだ。ひょっとして…。卓次は休日で誰もいない執務室に潜入すると、その方向の壁を探った。すると――部屋の隅に目立たない入り口が見つかった。それもドアの前にわざわざ本棚がこれ見よがしに置かれてほとんど覆い隠されている。どうにかこじ開けると卓次の細身の体がようやく通れるぐらいの隙間ができた。
(これは――いかにも臭うぞ)
探偵の勘みたいなものだろうか。ここを探れば何かが見つかりそうな予感が激しく卓次を打ちすえる。
体を横にしてするりと入る。(久美子じゃ、胸がひっかかって到底無理だろうな) そんな考えがふと浮かんで顔に笑みが浮かんだ。予想通り、中は怪しい雰囲気がただよっている。入ってきたドア以外、外界と接する明かりひとつ見当たらない。ドアそばにあるスイッチを入れると、ほの暗い明かりがぽつりとひとつだけ点いた。
(どういうことだ、これは)
どうやら中を見渡せるだけの照明の中、部屋を見渡す。雑然としたファイル等が粗末な書棚いっぱいに詰め込まれている。隠し部屋の中の書類の山――調べる価値は充分にあるだろう。しかしさらに目を惹いたのは、殺風景な部屋の壁にはめ込まれた巨大な鏡だった。どうしてこんな所に鏡が――動かそうとしてみたが、最初から壁にはめ込まれているらしくびくとも動かない。そうするうちに、鏡のすぐ右下にもうひとつスイッチがあるのが目に入った。
「あれ、なんだこのスイッチ」
部屋の明かりは入り口の所にあったし、空調にしても場所が妙だな。あまりみだりに触って変な所が作動しても困るが――しかし、何が起こるのだろう、という好奇心には勝てなかった。ま、なんとかなるさとスイッチを入れた…。
――最初は何の反応もなかった。(壊れてんのか…)卓次は拍子抜けする思いでそのまま待っていた。しかし1分もすると、目の前の鏡に映るものが徐々に変わっていった。そこには今まで自分の姿が映っていたはずなのに、それが徐々に薄れ、それとともに別の風景が浮かび上がってきたのだ。
(これは――)
殺風景な部屋の様子が浮かび上がる。そしてそこに、思いもかけぬ人を見つけて声を上げそうになった。
「久美子…」
思わずそちらに呼びかける。しかし当の久美子は、まっすぐこちらを見ているはずなのに、なんの反応もする気配がない。声どころか、ここに自分がいることすら気づいてないみたいなのだ。伸ばしかけた卓次の手がはたと止まった。
(まさか…こっちが見えてないのか――?)
マジックミラー。そんな単語が卓次の頭を掠める。明るい側からだと鏡にしか見えないが、暗い側からだとガラス張りで向こうの様子が丸見えの不思議な鏡。久美子の様子から、今目の前にあるのがそれだと察した。
(なんでこんなものが…)
しかもこちら側からのスイッチで自在に透明にも不透明にもなる一段と凝ったものだ。これは一体――なんのために…。今見えているのは間違いなくこの壁の向こうにある部屋――例の旧喫煙室の様子だろう。事前に下見をした時に間取りは確認済みだ。何かある。探偵としての勘が一層激しく反応していた。
卓次の頭が素早く回転する。しかし…鏡の向こうの風景に目が奪われてしまい、思考はいつしかきしみを上げていった。
久美子は鏡の前から動こうとせず、どうやら鏡に映る自分の姿をじっと見つめているらしい。鏡の前に立つとどうしても自分を見つめてしまうなんて、やっぱり女の子なんだな、なんて卓次はちょっと業務を忘れて見とれてしまっていた。久美子は自分の顔をいろんな角度から見つめてみたり、今度はいろいろポーズをとってみたり、自分がここで見ているだなんて思いもよらずに素のままの格好をとり続けている。なにやってんだよ――そう思いつつ、目はいつしか釘付けになっていた。ちょっと前かがみになって胸を突き出すようなポーズをした時には思わず興奮したし、髪をかき上げて思いっきり胸を突き上げるようにして、文字通り服のボタンが吹っ飛びそうにひきつれた時は期待ではらはらした。
久美子も向こうでそれに気づいたのかあわてて胸を引っ込める。我に返ったのか、じっと鏡の中のバストを見つめるようにした。そして今度は両腕を伸ばして胸を抱え上げた。とはいえ大きすぎる久美子の胸では、両腕はもはや到底その先まで届かなかったが――。
ひとしきりそんな動きをしていた久美子が、急に動きを止めて視線をぐっとこちらに見据えた。こちらは見えてないはず――分かっていても卓次は思わず咄嗟に気配を消そうとあせってしまう。
(落ち着け。久美子は自分の顔を見ているだけなんだからな)卓次はいつしか一瞬たりとも久美子から目が離せなくなっていた。
ひとつ、ふたつ深呼吸をして今一度視線を鏡に向ける。久美子はちょっとの間鏡の前を離れてすぐ戻り、再び正面を向いてまるで自分の巨大な胸をじっと観察しているようだった。ちょっとほっと息をついた途端、卓次は息が止まりそうなになった。
久美子の指が、いきなりブラウスのボタンをはずし始めたのだ。
思わず、やめろ、と声をかけそうになる。しかし――こちらの声は向こうまで届かない。どうしよう…と一瞬迷ったけども、その目は一心にその指先を見つめたまま微動だにしなかった。見ちゃダメだ…頭の片隅で理性はそう叫ぶのだが、腹の底からわき上がってくるような強烈な衝動がそれを完全にねじふせてしまった。
久美子の手は上からひとつひとつブラウスのボタンをはずしていく。ボタンが下に行くに従い懸命に腕を伸ばしていくが、しかし裕に3メートルを突破してしまった胸は指の先にボタンを届かせること自体が無理だった。ここまで引き攣れたボタンを開け閉めするのはかなりの技術を要する。その超乳が腕と腕の間にはさまれてみっちりと張り詰め、まるで別の生き物のようにむくむくと動き回ってしまう。しかし久美子は持ち前の器用さでどうにかひとつひとつボタンをはずしていく。けど胸の頂点のあたりはそれでもどうにも指が届かない。久美子は次に下のほうから届く範囲でボタンをはずすと、残りのボタンをつけたまま背の方から服を少しづつずらしていって首から服を抜いていった。
もうどうにもボタンに手が届かなくなって何ヶ月になるだろう。首から抜いていくのもちょっと気を抜くと張りつめた胸のボタンが飛んでしまいそうになって、余裕のないブラウスではこの方法でもいつまで服を自分で脱ぎ着できるのか不安になることがある。
それにブラウスを脱いでもまだ息をつくことはできない。その下にはまだブラジャーがあるのだ。久美子のバストはその超特大ブラからですらあふれ出さんばかりになっている。
このブラだっていつもならもうとっくに次のサイズに取り替えている時期に来ていた。だけども今ブラを大きなものに替えようものなら――途端にこの制服が着れなくなってしまうだろう。だからこそ久美子は、もうきつくてしょうがないブラジャーにむりやりバストを詰め込んで、大きさをなんとかセーブしようとしていたのだ。しかし、それももう限界に近い。
久美子は腕を後ろに回すと、今や背中を上から下まで覆わんばかりに連なっているホックをひとつひとつ外していった。ひとつはずれるごとに、その胸はみち、みち…と音を立てて膨れ上がっていく。
(最後のひとつ…これで…)
一番下のホックを慎重にはずす。途端にすべての圧力から開放されてブラジャーがはじけ飛びそうになる。内側からぶるんと音を立てておっぱいがあふれ出してくる。予め手で押さえておかなければ、胸の弾力だけでブラが遠くに吹っ飛ばされていただろう。
「ふうっ――」やっと思いっきり息ができる。ほっとして深く呼吸すると、息を吸い込むたびに巨大なおっぱいがさらにぐぐっとせり上がってくる。久美子はただ胸の上にかぶさっているだけになったブラのカップを両手でそっとはずし、足元に落とした。
その下から、中身を満々にたたえた水風船のような超特大のおっぱいが鏡からあふれんばかりに映し出されてきた。
鏡の向こうの久美子は元々ブラウス1枚だった。そのどこもかしこもがみっちりとパンパンに張りつめ、今こうしている間にも破裂してしまうのではないかと心配になるほど膨らみきっている。久美子は手を伸ばして上から順にひとつひとつボタンをはずしていく。両手を胸の先に必死に延ばし、すごい苦労してボタンをはずしているのが見てて伝わってきた。両腕の間からそのバストがむちむちとこれ以上ないほどあふれ出してきて、本人の意思と関係なくあばれまわる。久美子はそれでもこちらにまったく気づかない様子でボタンをはずし続けた。しかしいくつか残した所で手がボタンに届かなくなってしまう。久美子はとまどうでもなく胸の下に腕を突っ込むと、今度は下の方からボタンをはずしていった。届かない胸の先のボタンをいくつか残してすべてはずし終わると、今度は両腕のボタンをはずし、器用に袖から腕を抜いた。何をするのかと思いきや、そのまま体をゆすって少しづつブラウスを上にずり挙げていき、手馴れた感じで首からすっぽりと服を抜いてしまった。おそらくいつもそうしているのだろう。そしてその下から――とてつもない大きさのブラジャーに包まれただけのバストが現れた。
「!」
卓次は息を呑んだ。信じられないような大きさのブラジャーが、久美子にかかるとその隅々まで中身がみっちりあふれんばかりに詰まりきって、今にも突き破ってしまいそうだった。それだけでも卓次はどうしようもないほど興奮の極に達していた。しかも――ブラウスを脇に置いた久美子は、続いて手を背中にまわし、なんてことはないようにブラのホックを外し始めたのだ。
卓次はもはやマジックミラーにほとんど顔をくっつけんばかりに近づけ、まばたきひとつせず食い入るように久美子を見つめていた。脳裏には、あの中学の時、峰子さんの着替えをかいま見たのと同じあの渇望が、今、その何倍にも強烈に膨れ上がって押し寄せてきた。目は一瞬たりとも胸から離すことができず、自分でも気がつかないうちに息は激しく荒げていた。
(だめだ…。あいつは――あの久美子だぞ) 子供の頃から知っている親戚同然の女の子にそのような感情を抱くことに後ろめたさを感じながらも、その背徳感が衝動を一層かきたてているようですらあった。
なんということだろう。その感情の激しさ、大きさは、あの時の峰子さんをはるかに凌駕していた。いや、去年の夏に久美子と再会した時と比較してもまったく比べものにならないほどだ。それにしてもなんと大きく成長したことだろう、その胸は。その巨大なブラジャーが今にも吹き飛びそうなぐらい、中身がぎっしり詰め込まれている。そして今、自らの手によってホックがはずれるごとに、みち…みち…とバストがブラからあふれ出さんばかりになっていく音が聞こえてくるようだった。
(久…美子――)
しかし当の久美子は、鏡1枚へだてた向こうで、卓次がそのような衝動にかられているなどとは夢にも思ってないだろう。その指はすみやかに動いているのに、まるでほんの一瞬でも我慢できないかのようにもどかしげであった。
遂にすべてのホックが外される。その瞬間なんだか巨大なブラ全体が大きくぶれたように見え、まるでぶぉっと吹き飛びそうな錯覚を覚えた。久美子はさもほっとしたように大きく息をつくと、今度は支えを失ったブラジャーを胸から払うように持ち上げる。はらりと巨大なブラジャーが鏡の枠外に落ちると、その下から、超特大の砲弾が2つ、胸からにょきっと力強く前に突き出すように現れた…。
(はぁっ、らくー。もう時々脱がないとやってられないよぉ。)
久美子はやっとブラをはずせた開放感にひたっていた。とにかくちょっとの時間でいいからもうしばらくこうしていたい。でなきゃとても我慢できなかった。
改めて自分の胸を見る。我ながらすごい胸だと思う。今までぎゅうぎゅうに押し込めてきたせいだろうか。なんかいきなり目の前でふたまわりぐらい大きくなったような気がする。あれ、朝見た時もこれほどでなかったような…まさかね。
(まぁ、326センチだもんね) 2月最後の日、いつものように細川先生に測ってもらった時を思い出していた。3月あたまからこの会社に来ることになっていたから、「用事があるから」といって1日早めてもらったのだ。だから前回から1ヶ月経ってないはずなのに――もう13センチも大きくなっていた。その時はまだ若干余裕があったはずのブラジャーが今はもうきつくてしょうがない。あれから1週間、おそらく今測ったら確実にあと数センチは上乗せされているだろう。まったく最近の成長っぷりは狂暴さすら感じさせる。
鏡を前にして、ちょっとそのままポーズをとってみる。立ち居地を変えるたびに、支えを失った胸はだっぷん、だっぷんと大きく揺れる。いままでずーっと締めつけられてた分、その開放感は格別だった。また、自分の胸の上でなんだか別の生き物のように跳ね回る胸の様子ががなんだか面白くて、思いのほか長時間やってしまった。
(今すぐここから離れろ! こんなことしちゃいけない、いけないんだーっ)
卓次は今や顔を鏡に押しつけんばかりにしてその向こうを見つめている。鏡の向こうでは、久美子が上半身に何もつけない状態でその超乳を無邪気にさらし続けていた。その莫大な質量にも関わらず重力に反発するようにぐいっと上向き加減で張りつめ、それが身体のちょっとした動きにも反応してぷるんぷるんと絶えず跳ね回っている。卓次は超乳が揺れるたびに体の中心がしびれるような強烈な興奮が体中をひっきりなしに突き抜け続けた。なけなしの理性が、興奮を押し止めようと必死で頭の中で叫び続けているのだが、興奮の極に囚われた体も心も、まったくいう事を聞いてくれなかった。
(え…)
その時――それは突然訪れた。ふと「ん?」という感じで久美子がこちらを向いたのだ。卓次は心臓が止まるかと思った。しかし久美子は鏡の中で、自分の顔をじっと見つめてるようなそぶりをしたまま動かない。顔からサーッと血の気が下がっていくのが分かる。(こんな事してるのが見つかったら、俺は、俺は…)思わず後じさった。
(ん?)
久美子は妙な感じがした。なんだか、鏡の向こうから――誰かがじっとこちらを見つめているような視線を感じたのだ。
(変なの)
もちろんそこには自分の姿しか映ってない。気のせいよ、と自分を納得させようとした。(バカみたい。鍵はさっき閉めたし、中にはわたししかいないはずよ)
久美子はなんだか鏡の向こうが気になってしょうがないのかしばらくこちらを見つめ続けている。背筋がふるえて止まらない。しかし久美子は腑に落ちないながらも再び視線を元に戻したようだ。
ほっと息をつく――のもつかの間、今度久美子は一歩こちらに向かって踏み出してきた。
(やっぱなんか変)
しかし――久美子はどうしてもなんか納得しきれないものを感じた。そんなはずないのに、と自分でも思う。しかしやっぱり気になってちょっと鏡に近づきかけた。
しかしほんの一歩踏み出したところで、両胸の先にひやっとした感触があってびくっとした。
(ひゃっ!)
(!!)
近づいた途端、鏡に久美子の胸が押し付けられて変形する。小ぶりの乳首が卓次の目の前でひしゃげてぷるぷる震えるのが見えた。その途端卓次は――自分自身の興奮に耐え切れずふっと気が遠くなっていくのを感じた――。
思いもよらない冷たさにあわてて一歩下がる。その勢いが胸に伝わりぶるんぶるんと大きく揺れた。
(うそ、もう?――こんな離れているのに…)
自分ではかなり鏡から距離を置いているつもりだったのに、実は胸の先はもうギリギリの位置にまで近づいていたのだ。だからちょっと近づいただけで胸の先が鏡にぶつかってしまって…。
(こんなに――大きくなってたの? わたしの胸…)
自分でも思いもよらないほどになっていることに改めて気がついた。「車幅感覚がわからなくなる」なんて時々冗談交じりに言っていたけども、これほどまでとは…。
その時ハッとした。ドアの向こうから話し声が聞こえてきたのだ。時計を見ると思いのほか時間を食ってしまっていることに気がついた。(いっけない)。あわてて服を着ようと、ブラを手に取った。しかし急いでいるせいか、バストはむちむち暴れまわるばかりでなかなかブラの中におとなしく納まってくれない。(あれ、どうしたんだろう…) まるでブラのくびきから開放されていたわずかな時間の間、ここぞとばかりにさらに成長したみたいだった。(まさかぁ) なんとかそんな不安を打ち消して、ほとんど力任せに押し込む。こんな姿、誰にも見られる訳にいかない。
やっとのことでつけたが――。ちょっと息をするだけで吹っ飛びそうなほど苦しかった。
(もう――限界だぁ、このブラ…)
(だめだ…久美子…そんなことしちゃ――)卓次はほとんど失神しかけながら、それでも目だけは今だ久美子の胸をじっと追い続けてやまなかった。
――――――――――――
「ごめーん、まったくの空振りだったわ。変なこと言ってごめんね」昼過ぎに落ち合ってから、久美子はいつになく素直に謝った。卓次に見られてたことなどこれっぽちも気づいていなさそうだ。その事に卓次は思わず胸をなでおろす。「で、そっちは? やっぱなんも出てこなかった?」
「あ、うん…まぁ、な」しかし卓次はうつむいたまま、ほとんど久美子の方を見なかった。いや、見れなかった。ちらりとでも見た途端、さきほど見た裸の胸が脳裏一杯に拡がってしまい。自分を制御できなくなりそうで――。
「どうしたのタク?」久美子も卓次の様子がどこか変なのに気づいた。「熱でもあんの?」
やばい。普通にしてないと、久美子に見透かされる。普段のん気そうでいて、妙に鋭い事があるからな。しかし――そう意識すればするほど、まともに久美子の顔を見られなかった。
「ひょっとして――」ぎくりとした「何か見つけたの? タク」
卓次の表情はさらに硬くなった。そう。あの隠し部屋で見つけた多大な資料は絶対調べる価値がある。あそこにあるファイルには、表には出てこない取引について書かれている事は明白だった。しかし、それを久美子に教えることは――。
「ねえタク、どうしたの? まさか手柄を一人占めする気じゃないでしょうね」久美子は何か感じ取ったらしく、こちらを凝視したまま一歩も退かない。必死だ。ぐいっと詰め寄ったおかげでその胸が卓次の身体に押しつけられ、踏ん張らないと押し倒されそうなほどの圧力をかけられてるのに、それすら気がつかない。こうなったら――どんな事があっても絶対に退く奴じゃないことは、子供の頃からよーく身にしみていた。
「ああ、見つけた。おそらくこの事件を解く鍵がな」
久美子の目が一層見開く。「なに、なら早く言ってよね」久美子は途端に身体を離すと、早くも一歩踏み出していた。
「こんな所に扉があったなんて…」卓次が常務室の奥の入り口を指し示した時、久美子は目をしばたたいた。一週間通い詰めたこの部屋に自分の知らない秘密があったことが意外でしょうがなかったのだろう。「まさしく"灯台もと暗し"か…」
久美子はすぐさま中に入ろうとする。しかし卓次がそれを制した。
「なによ」不満そうに膨れる久美子を、卓次は説得しようとあがく。「中の資料、俺が出してきてやるよ。その、久美子は…」その胸じゃ狭くて通れないだろう、と言おうとした言葉を、卓次は一瞬口ごもらせた。しかし久美子はそのわずかな間にその先を察して憤慨した。「なによ、わたしじゃ通れないっていうの? 馬鹿にしないでね」卓次を押しのけて扉に突進する。案の定、扉に入るはるか前でその胸が引っかかる。しかし久美子はひるまなかった。「なによ、邪魔ねこれ」そう言うと無理矢理本棚を脇に押しやろうとする。「ほらほら、無理すんなよ」中に本をびっしり本を並べられた本棚は久美子ひとりの力では到底動かせない――ように見えた。しかしどうしたことだ。腕に力を込めると、じりじり、じりじりと動き始めたではないか。
(え、なんで?) 卓次は信じられないものを見るような目でその動きを追った。久美子の奴、そんな怪力の持ち主だったのか? そうするうちに、久美子でも裕に通れるだけのスペースができてしまった。
「なにそんな目で見てるのよ。ほら」久美子が今動かした本棚を指差す。裏から見たその姿を見て唖然とした。表から見ると、いかにも重厚な専門書がずらりと並んだように見えたそれは、裏にまわると――その本のサックケースだけがどこまでも並んでいて、中身はほとんどカラだった。なるほど、それなら重さはさほどでもない。
「なんだこりゃ…」
「ひとりでこの部屋にいる時に見たから知ってるの。読んだことない本が並んでいるから、ちょっと楽しみだたのに…。手にしてみたら、みんな殻だけなんだもん。常務、少なくとも読書家じゃないわね。それがいきなりこんな部屋あてがえられたものだから、あわててこんな格好つけたらしくって…ちょっとガッカリ」
「いや、それは違うかもしれないぞ。最初からこの扉を隠す目的で急遽本棚をあつらえたのかも。時間がなくて中身まで手が回らなかったのかも」
「そっか。――でもそれより、とにかく中に入らなきゃ」久美子は卓次より先に部屋に踏み込んでいく。その時になって卓次は思い出した。やべ、その中に入ったら…。
しかし一足遅れて中に足を踏み入れると、久美子は鏡に目もくれずに並べられたファイルを一心不乱で読み始めていた。「やだ…なにこれ…、すごい」ページをめくる指ももどかしく、久美子はすさまじいスピードで資料を読みこんでいく。その様はまるで目に入る情報を次々に頭に叩き込んでいくようだった。
「タク…」早くも4冊目のファイルを手にしながら久美子は口を開いた。目は紙から一時も離れない。「これ、すごいわ。機密漏洩の記録がすべてここに記録されてる。これさえあれば――犯人を押さえられるわ」
「ほんとか…!?」卓次は先ほどの心配も忘れて興奮していた。「それじゃあ、すぐさまここのファイルを押収して…」
「待って」久美子は卓次を制した。「その必要はないわ」え?と訝しげな顔をする卓次に、久美子はけろっと答えた。「もう全部憶えちゃったから」
「だって、けど…」卓次は拍子抜けした。「久美子の頭の中だけじゃ…。このファイルがないと証拠として認められない」
「そうだけど、今持ち出したら気づかれて先手を打たれちゃうかもしれないじゃない。それよりも――わたしにいい考えがあるの」
そして得意満面の笑みを浮かべながら顔を上げると、久美子の表情が一瞬こわばった。その時初めて、部屋の奥にある鏡が目に入ったのだ。
「なに、この鏡…」
卓次が「しまった!」という顔をする。解決の糸口に気をとられて一時忘れていたが、それに気づかれたら…。
しかし久美子の心はもうその鏡にとりつかれていた。どうしてこんな所にこんなものが…しかもこの形、大きさ、確かに憶えがある。それもついさっき…。
鏡を隅々まで観察する。すると脇にあるスイッチに気がついた。「なにこれ?」深く考えもせずにスイッチを入れる。すると――次第に今まで鏡だったたものが妙に透き通っていって――向こうに別の部屋の風景が見え出していった。
「え、これは…」
久美子の脳裏に確かな記憶が蘇る。間違いない。この向こうはさっき自分が調べていた旧喫煙室だ。ということは、あの部屋はスイッチひとつでこちらから丸見えになっちゃう仕組みなんだ、と。それが分かった途端、久美子の脳裏にさっき自分があの部屋でなにをやっていたかがありありと蘇ってきた。そして――間違いなくタクはあの時この部屋にいた。そうしたら――。
「タク、まさか…」久美子は体が恥ずかしさでわなわなと震えてきてどうしようもなかった。
「見てたの――?」声までふるえてきそうなのを必死で押さえながら、振り絞るようにそれだけ言った。
「いや、あの、それは――」
卓次は傍から見てもはっきり分かるほどしどろもどろになっていた。言わなくても、ほとんど答えてるも同然だった。
「――見たんでしょ」
「いや、そ、その…見る気はなかったんだけど…」
体中がかぁーっと火のように熱くなっていく。やだ、タクに見られた。ひとりきりだと思って、自分で裸になって、あんなことやこんなことしてたの、全部タクに見られてた――。
赤くなるだけでなく、口に当てた手を通しても体中がぶるぶると震えてくるのがわかった。
「信じらんない…」
何がなんだか分からなくなって、気がついたら入った扉から一目散に飛び出していた。途中、卓次を突き飛ばしたような気がしたが、それすらはっきりしない。
誰もいない廊下をただひた走る。足を踏み出すたびに胸がぶるんぶるん大きく揺れて、強化したはずの胸のボタンがまた悲鳴を上げていたが、それすらどうでもよかった。
「まて、待ってくれ。誤解だ…」
卓次が必死な形相で追ってくる。しかしその顔を見るのもいやだった。なにが誤解なんだか、見たのは事実でしょ。そう考えるだけでもう自分がどうしてんだか分からなくて、口から感情が勝手にほとばしった。自分も、卓次も存在が許せなくって、目の前からただ消えてなくなりたかった。
「タクのエッチ!スケベ!!変態!!!」
なりふり構わず卓次に向けて言い放つ。卓次の手がなおも久美子を抑えようと伸びる。「さわらないで!!」久美子はその手を払いのけようと身体を思いっきりねじった。しかし――その反動で、ぶんと音を立てて久美子の超特大の胸が卓次に襲いかかる。「え?」懸命に走ってきた卓次の顔といわず胴体といわず、まるでクロスカウンターのようにその厖大な質量をまともにくらっていた。なんとも言えずやわらかくぷりぷりとした感触が卓次を覆いかかる。しかしそれをしっかり味わう暇もなく、卓次は体ごと数メートルも吹っ飛ばされていた。
「タクなんか、もう、だいっっっ嫌い!!!!!」
久美子は感情をいっぱいにその声にぶつけて言い放つと一目散に駆け出していく。しかしその声は、頭をしたたか打ちつけて意識が次第に遠のいていく卓次の耳に、かすかに届いていくだけだった。