「うーん、どうしようかなぁ」
時計をまたチラリと見る。もう出かけなきゃ間に合わない、それは分かってるんだけどそれでも鏡の前からまだ動けないでいた。着ていく服が決まらないのだ。というか――着られる服がどんどん少なくなっちゃって、少ない選択肢の中、どうやりくりしていくかに頭を悩ますようになってしまっていた。
(原因ははっきりしてるんだよなぁ)
そうつぶやきながら、とにかくこの前作ったばかりのタンクトップを頭からかぶってみる。風通しがよくてこの暑さでもべとつかず、落ち着いた色合いで気にいってるんだけど…いざ実際に着てみると、こんなことになってるなんて思ってもみなかった。
「うーん、なんかよけい目立っちゃうかなぁ…」
鏡に映し出される自分の体のラインを一目見て、ため息まじりに声を漏らす。タンクトップの胸のあたりが自分でもびっくりするほど大きく盛り上がって、まるでテントを張ったみたいにツンと勢いよく前に突き出してしまう。襟ぐりは内側からあふれ出さんばかりのふくらみで大きくこじ開けられ、着ているのに却っておっぱいが丸見えみたいに目立って、だんだん気恥ずかしくなってきた。
(いつの間にか――こんなに大きくなってたなんてね)
お気に入りなんだけどな――まだあきらめきれず、その上にさらにサマーカーディガンを羽織り、なんとか胸のふくらみを覆おうとする。これもどんなに思いっきり引っぱってもボタンが締められそうにないけど、ふわっと羽織るだけでもこれならさっきより目立たないかも、と無理矢理自分を納得させた。(うん、これで行こう――わっ!)時計を見るともうほんとうに時間がギリギリになっている。できることなら今日遅刻はしたくないのに。
(だって、今日は久しぶりに――)ちょっとわくわくしながら靴を履いた。
――――――――――――
いつからこんなことになってしまったんだっけ――。そう、今年の春、大学に合格してからだ。全然自慢にならないけど、わたしはもともとやせっぽちでどうしても太れない体質で、胸なんかほんとぺったんこだった。一応お義理でブラはしてたけども、それも中学の頃からずっと不動のAカップブラで、実際はそれですらスカスカで中身がぜんぜん埋まっていないありさまだった。まったく膨らむ兆候もないまんま18歳にもなってしまい、もう自分には"豊かな胸"というのは一生縁のないものだと内心あきらめかけていた。でも勉強はわりかしできた方だったから、高校の3年間は自分なりに頑張って、なんとか一流どころの大学に無事現役合格を果たすことができた。
わたしの合格を聞いて、お父さんはいつになく嬉しそうだった。いつも自分にはきびしい顔しか見せない人だったから、この日のはしゃぎっぷりは娘の目にも奇異に映った。なにせ夕飯の時、祝杯だと言ってわたしにまでビールを注いで勧めたぐらいだから。
けどわたしはといえば、ビールを前にしてひたすらとまどっていた。子供の頃好奇心でちょっとだけ口をつけたことはあったけど――あまりの苦さにげっとなった上にその後お父さんにこっぴどく叱られたことがトラウマになっていて、以来飲もうなんて気はぜんぜんしてなかったのだ。
「お父さん、わたしまだ――」未成年なのを理由に差し出されたグラスを返そうとしたのだが、その時の父はそんなこと聞いちゃいない。
「いーっていーって。文乃ももう大学生、立派な大人だ。ビールの一杯も飲めないでどうする。ぐーっといけ、ぐーっと!」
(お父さんってこんな人だったっけ?)いつもとのあまりの落差にとまどいつつも、どうにも断りきれなくって、わたしはしぶしぶグラスを手に取った。
なみなみと注がれた黄色い液体を見ただけで、口の中に苦い味が広がってくるようだ。けどもまあ大学に入ればコンパとかにも行くだろうし、練習だと思って目をつぶってビールを口の中に流し込む。
(あれ?)意外だった。すっごく苦いものを想像していたのに、今飲んでみるとすーっと何の抵抗もなく喉へと流れ込んでいったし、喉を貫く冷たい感触はなんとも言えず心地いい。これがビール?子供の頃の記憶との落差にとまどい、確かめるようにもう一口飲んでみる。今度はさらにはっきり、体の芯を突き抜けるような刺激をじっくり味わえた。
(あ、なんか、いい…これ)
気がつくとグラスの中は空になっている。でもなんだかまだ物足りない。この感触、なんかクセになりそう。今まで避けてきた分、にわかに興味が湧いてきた。
わたしの様子を見て、父もちょっと驚いたようだ。
「お、なかなかいい飲みっぷりじゃないか。どうだい、もう1杯」
わたしは一も二もなく黙ってグラスを差し出した。
4月に入学したわたしは、型通りの大学生活に突入していった。講義に、サークル活動、新歓コンパ…。その強烈な"遊び"のパワーに、それまであんなに勉強してたのはなんだったのだろう、と思わないでもなかったけど、まあこんなものだろうとは予想してたし、今まで体験したこのない楽しさが嬉しくて、自分からそういうものにどんどん飛び込んでいった。
何より大きな変化は、なんと言ってもビールを飲むようになったことだろうか。久しぶりに飲んだビールは、自分でも意外なぐらい性に合ってたらしく、あれ以来昼のうちからその夜に飲むビールのことをついつい考えてしまう。ちょうど飲み会の機会も切れ目なく入るようになってきたし、誘われると(やったー、これでビールが飲める!)と喜び勇んで駆けつけるようになった。
そうしているうちに、いつしかわたしのこと「飲みっぷりがいい」「すごくおいしそうに飲んでくれる」とかって評判になってしまって、ますます誘われる機会が増えていった。いつもビールばかりじゃあ、と勧められるままに他のお酒――ワインや日本酒なんかを口にしてみたこともあったけど、どれも自分には合わないみたいで、ちょっと飲んだだけで気分が悪くなってしまう。(やっぱりわたしにはビールが合っているみたい)と、結局ビール一本にしぼって飲み続けた。
そんな風に、ほんのひと月あまりの間に急激に酒量が増えたわたしの体に、ある変化が訪れるのに気づくのに、そう時間はかからなかった。
あれは――確か5月の連休に入った頃だったと思う。いつものように飲んで帰り、お風呂に入ろうと服を脱いだ時、申し訳ないくらいまっ平らなはずの胸のあたりが、なんだかぷっくり盛り上がっているように見えたのだ。
(え?まさか!?)
太っちゃったのかな?と最初は思った。しかしウエストに変化はないし、他にも特に変わった所はない。気のせいだよね、とその時は自分を納得させていたけども、それから1週間と経たないうちに、その変化はもうどうにも見間違いようがないほどにはっきりしてきた。
(やっぱり――胸が大きくなってる)
間違いない。もう裸で動こうものなら、胸の辺りがぷるぷると個別に動くのがはっきり分かる。Aカップのブラの中身がどんどんみっちり詰まっていく。なんで今ごろ…とも思ったけど、内心ちょっとコンプレックスを抱いていたので例えようもなく嬉しかった。どうにもブラがきつくなったので、ある日、誰にも内緒でこっそりランジェリーショップに行ってみた。「あのぅ…」勇気を持って店員さん(もちろん女性)に話しかけて、試着ついでにバストを測ってもらった。すると――65のDカップだと言われて、思わずぼーっとしてしまった。Dカップ!自分にしてみれば、まさしく絶対縁のないものと思っていた、夢のようなサイズだった。
――そう、その時は。
しかしそれは始まりに過ぎなかった。その時買ったDカップのブラは、5月も終わらないうちにみるみる小さくなっていった。
わたしは内心嬉しい悲鳴を上げながらも、ちょっと得意そうに同じ店に行って、再び計測してもらった。そして手に入れたEカップのブラを、満面の笑顔を浮かべて持って帰った。
(どうしよう。たった3週間で1サイズも大きくなっちゃったよー)
言葉とは裏腹に、顔がほころんでしょうがない。わたしは降って湧いたような胸の成長に浮かれていた。もちろんそれで終わった訳ではなく、月が進むうちに、ブラのサイズはさらにF、G、そしてHへとますます大きさを増していった。この頃になって、わたしはさすがにあまりの成長の早さにとまどい、ちょっと不安になり始めていた。わたしの体にいったい何が起こっているんだろう。
そんなある日、いつものように飲み会で、ビールの大ジョッキをぐいっと空けた時に、ふと頭にピンとくるものがあった。
(ひょっとして…これ――?)
今年は暑くなるのがとにかく早かった。梅雨入りを待たずしてぐんぐん気温が上がっていき、連日のように真夏日が続く。今年、ビールの味を知ったわたしは、そんな記録的な猛暑を迎えて体中がビールを求めているような気がしてしょうがなかった。こうなるともう条件反射みたいなもので、日が暮れる頃になるとビールが無性に恋しくなる。誘われなくっても誰か友達を誘って、あるときはビアガーデン、ある時は居酒屋と毎日のようにビールをジョッキで何杯もおかわりをした。家の冷蔵庫にも自分用のビールを常時確保し、まっすぐ帰った日にはまずはビールの缶を開ける。ほんと、ビールならばいくらでも飲み続けられて、自分の体のいったいどこにそんな大量の水分がたくわえられるのか、不思議に思うほどだった。
そしてちょうどその頃から――バストの成長もぐんぐんとうなぎ上りになっていった。そう思って振り返ってみると、ビールをたくさん飲んだ翌日には、なんだかおっぱいの辺りが張ってちょっと痛いぐらいになる事が何度となくあった。張りはしばらくじっとしてれば納まるのであまり気にしてなかったけども、思えばその後、「あれ、また大きくなってる」と気がついたことがしばしば――。考えれば考えるほど、ビールと自分のバストの成長との間に因果関係があるように思えてしょうがなかった。
(ビールっ腹っていうのは時々聞くけど――わたしの場合、ひょっとして、ビールっ胸?そんなのあるの?)
まあお腹が出るよりは100倍いい、とむしろわたしは自分の体質に感謝したくなったぐらいで、ビールの美味しさに夢中になって相変わらず連日飲み続けていた。
そして――遅い梅雨入りが来て、ようやく暑さもひと段落のきざしが出始めた頃、わたしの胸は早くもJカップになっていた。初めてJカップのブラを買った時の事は忘れられない。今やもうすっかり行きつけになったランジェリーショップの店員に「もうこれ以上大きなサイズはありません」といきなり言われたのだ。
わたしは初めてあわてた。
「あの、じゃあこれ以上大きくなったらどうすればいいんですか?」
「えとですね…」店員はなんだか話しづらそうだった。「うちはオーダーメイドもやってますので、ご注文いただければ…。でも申し訳ありませんがどうしても割高になってしまわれますので――」
店員に言われてぼーっとなってしまった。そんないつの間に――。わたしの感覚としては、ほんともう「あっという間」の出来事だった。
禁酒しよう。ここに至って初めてそう思った。いつの間にか、歩いていても下を向くと足元がほとんど見えないほどわたしの胸は大きく突き出していた。姿見に体を映しだすと、相変わらずやせっぽちな胴体に、まるで小ぶりのスイカが2つまるまると実っているようになっている。なにせその頃、ウエストは全然変わってないのに、胸だけは1メートルの大台を軽く突破してしまっていたのだ。なんだか自分で自分の目が信じられないほどの急激な変化だった。
ちょっと暑さも落ち着いてきたし、ちょうどいい、とわたしは飲み会の誘いも断り、それからしばらくの間1滴のビールも飲まなかった。すると――思ったとおり、わたしのバストはその間ぴたりと大きくなるのをやめていた。
(やっぱり――でも現金なものね)自分から止めたのに、いざ大きくならないとそれはそれで不満だった。
しかし、あれほど飲んでいたビールをいきなり止めたのだ。気を抜くとふとした時についビールが飲みたくてしょうがなくなる。(がまん、がまん)わたしはそんな時生つばを飲み込んでこうつぶやく。そんな生活が1ヶ月近く続いていた――。
先週、遂に梅雨が明けた。途端に陽射しは暴力的になり、温度計はうなりを上げて昇っていく。わたしの住む町でも連日猛暑日を記録し続け、無性にのどがかわいてしょうがなかった。(ああ、ここで冷たいビールをぐいっと飲んだら気持ちいいだろうなぁ)何度そう思ったかしれない。
その日は特に暑い日だった。太陽は上を向けないほどぎらぎらと照りつけ、地面から照り返してくる熱気が容赦なく立ち昇ってくる。本当にビールが恋しかったけど、代わりに麦茶を喉に流し込んで我慢する。そんな時、不意に携帯が鳴った。
「あれ〜、お久しぶり〜。卒業以来だね」
電話の向こうは高校時代の友人、秋世だった。一通り近況を話し終えると、相手はいよいよ本題に、という風に口調を改めた。
「でさ、卒業してもうそろそろ半年になるし、クラス会、ってほどでもないけどさ、明日何人か集まって飲もうって話になったんだ。で、文乃もどうかな?って電話したわけ」
「へ〜、あと誰が来るの?」秋世は仲のよかった女友達を3人ほど挙げ、「それから男子も何人か来るよ。まず阿部くんでしょ、岸くん」ここで意味ありげにひと息入れた。「それに高山くん」
「行く」わたしの口は間髪を入れずにそう言っていた。(やっぱりね)電話の向こうで相手の口元がニヤリとする様が見えてくるようだった。(しまった!)わたしはその時になって急に恥ずかしくなり、顔がほてったみたいに熱くなる。
高山くんのことを思うとそれだけで少し胸がどきどきする。これが恋、と言えるのかどうかは経験値が少なすぎてよくわからないんだけど、高校の3年間、ずっと意識してきた事だけは間違いなかった。そんなだったからつきあうどころか、好きだということすら誰にも口に出さずに終わったけども、いつも一緒にいた秋世にはどうやらこの想い、気づかれていたらしい。「高山くんがさぁ」高校時代からなにかにつけてかまかけてきた。いつも気づかないふりしてごまかしてきたんだけど、半年ぶりにやられた。思わず本音がぽろりと出てしまった事に気づいてどぎまぎする。
「よし、じゃ決定ね」秋世はもうなんてことないかのように続ける。「あ、ところで文乃、お酒なんだけど大丈夫?」
そうだった。高校生ともなるとクラスでもこっそりお酒飲む人が出てきて、コンパなんかもけっこう足しげくやってるのは知ってたけど、わたしは前にも言ったようにそういう所には全然行かなかったから心配してくれたのだ。
「あ、うん、大丈夫。ビールなら」ビール…自分の口からそう言っただけで思わず喉が鳴る。今までずっと我慢してきた欲求がぐーっと内側から昇ってくる。
「そっか、よかった。それじゃ場所はねぇ…」秋世はさらに具体的な情報へと移った。わたしはさっき麦茶を飲んだばかりだというのにまた喉が渇いて渇いてしょうがなかった――。
――――――――――――
「あ、文乃、こっちこっち!」
わたしが店に入るともうみんな揃っていて既に盛り上がっていた。結局服選びに時間をとられすぎてちょっと遅刻してしまった。秋世はわたしを見るなりひとつ空いた席を指差して誘導する。見ると――その隣には高山くんが…。ど、、、どうしてこういうことをするのよ!こっちだって心の準備ってものが…。
心臓をバクバクさせながらも平静を装い、その席に向かう。「久しぶり〜。遅れてごめんね」体中から汗が一気に噴き出す気がして、あわてて何の考えもなくひっかけていたカーディガンを脱いだ。
「!!!!!」
なんだかいきなりまわりの空気が変わった気がする。見回すと全員信じられない目でこちらを呆然と見つめていた。「何?なんなのよぉ」最初分からなかったけども、どうやら視線がわたしの胸に集中しているらしいことに気がついて初めてあわてた。そっか。みんなわたしのこの半年の変化を知らないんだっけ…。
「えっと、文乃、生でいい?」その空気を最初に破ったのは秋世だった。さすが幹事役。その一言をきっかけになんとかこわばった空気がわずかながらほぐれてくる。ほっとしてまわりを見るとみんな冷たそうなジョッキを前においしそうにビールを飲んでいた。実はこの瞬間まで「今日はウーロン茶で我慢しよう」と心に決めていたのだ。しかし――久しぶりのこの風景はあまりに刺激が強すぎた。気がつくと、秋世の言葉を受けて、ぽろっと言ってしまっていた。「あ、うん。お願い、大で」
え?大?という顔で秋世はちらとこちらを見たが、「生大ひとつ」と注文が通る。程なくなみなみと魅惑の液体がいっぱいに注がれた大ジョッキが運ばれてきた。泡があふれんばかりに盛り上がったジョッキを前にして、それだけでどうしようもないほど心が躍る。目の前に置かれたそれを見て一瞬心の中ではげしい葛藤がまき起こったが――最初から勝負は見えていた。
「それじゃあこれで全員そろったことだし、あらためて、か…」そんな声もどこか遠くから聞えてきた気がする。けどもう一刻もがまんできない。わたしは間髪入れずジョッキに口をつけると、最初の至福の一杯を、ごく、ごく、ごくとひと息に流し込んだ。ジョッキいっぱいになみなみと注がれたビールはまたたく間にのどの奥に消えていき、その心地よい冷たさが、体中にみるみるしみわたっていく…。
気がつくと来たばかりの大ジョッキは空になっている。その時になってわたしは、皆が乾杯しようと持ち上げたグラスの行き場を求めて彷徨っていることに気がついた。
「あ、ご、ごめんなさい」わたしはあわてて、今度は自分から店員に向けて、手にした大ジョッキを振り回しながら叫んだ。「すいませーん、生大、もうひとつ!」
そして改めて来た2杯目を、皆と一緒に、わたしは文字通り"乾杯"した。
大ジョッキを2杯立て続けに一気飲みしちゃっては、皆こちらを見る目も変わってくる。しかし1ヶ月もの間ビールを我慢し続けた体は、むくむくと目覚めてしまったのか、このひと月間の空白を埋めるように猛烈に次のビールを欲しがっていた。
「いや、文乃がこんな飲むとは――」秋世も驚きを隠せないような目でこちらを見る。「あ、大丈夫よ、ちゃんと飲み放題コースにしたから、10杯でも20杯でも」
「ほんと?嬉しい」わたしはそれを聞き素で喜んでいた。
3杯目を空けるとようやくちょっとはまわりを気にする余裕が出てきたけども、それはそれでなんだか落ち着かない。なにせすぐ横に高山くんがいるのだ。彼とは高校時代もそれほどしゃべってる訳でもなかったし――こんなガリガリのやせっぽち、相手にしてくれる訳ないと半ばあきらめてたのだ。その彼がすぐ横で、それもわたしの方をちらちらと気にしている。それもどうやら胸を――。やっぱり男の人って胸の大きな娘の方が好きなのかな。高山くんも――?だったら今お近づきになるチャンスじゃない。――のはずなんだけど――そう思えば思うほどテンションが空回りして何話していいか分からなくなる。それに高山くんの方もこちらをチラチラ気にするそぶりはするのだが、なんだか落ち着かない風でほとんど話しかけてこない。――間が持たないし、あせればあせるほど喉がカラカラに渇いていく。その間を埋めるために…ええい、とばかりについついビールに手を出してしまう。1杯、また1杯…。気がつくとわたしの前には10数個の大ジョッキがずらりと…あれ、さっき1回まとめて片してもらったよね。なのにもうこんなに…。わたし今日いったい何杯飲んでんだろ。さすがに酔いもまわってきてなんだかちゃんと物事を考えるのが面倒になってきた…。
それに――さっきから胸の辺りが妙だった。なにかが食い込むようなしめつけられるような変な感じ…。しまいにはなんだか胸のあたりがびっしり押さえつけらたみたいで息苦しくなってきた。もう、なんなのよ。これじゃ気になってビール飲めないじゃない。
「ごめん、ちょっとトイレ…」
とうとう我慢しきれず席を立った。個室に入ると胸をチェックしようとすぐさまタンクトップを脱ぐ。そうしてみてようやく気がついた。いつの間にかブラが小さくなって、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたカップからおっぱいが今にもあふれ出そうとしている。
(どうしてこんなにブラが小さくなってんのよ!)アルコールのまわった頭では自分の胸が急に大きくなったとの考えは思い浮かばなかった。
「もう、きつくてこんなのつけてたらビールが飲めないじゃない!」小声で悪態をつきながら手を背中に回してホックを外す。どれだけ押し込められてたんだか、外れた途端、勢いでブラが吹っ飛びそうになった。
(あ、開放感…)くびきから解き放たれたおっぱいが途端に思いっきり跳ね回る。なんかそれだけでいきなり大きさ何割増しかになったみたい。自由になったおっぱいがのびのびと拡がっていくようだった。
「よーし、これでまだまだビールが飲めるぞー」そのまま素肌の上にタンクトップをまた被る。なんか胸のあたりが布地に直接当たって変な感じだけど、構うもんか、と気合を入れた。
「お待たせー」支えを失って歩くたんびに胸の辺りがぶるんぶるんふるえるのを感じるけど、それすらも心地よい。隣の高山くんの目がなんか驚いたようにまん丸になる。「どうした?」でもそれを気にする余裕すらない。それよりもビールだ。それまでブラに押さえ込まれていたビールを飲みたい欲求がどんどん大きくなっていって止まらない。席につくなり、ちょうど届いた大ジョッキをかけつけ1杯。ごくごくと喉に流れる冷たさに体が思わず引き締まる。しかしジョッキじゃすぐに空になってしまってまだるっこしい。注文して次来るまでの時間すら我慢できなくなっていた。
「すいませーん、ビール、ピッチャーでお願いします」
ジョッキ何杯分ものビールがなみなみと注がれたピッチャーが目の前に現れる。一瞬そのピッチャーごと飲み干したい衝動に駆られたけども、さすがにそれはまわりの目が気になったのでやめ、代わりに左手でピッチャーをしっかりキープすると右手に持ったジョッキに注ぎ込んだ。ジョッキが満杯になる時間も惜しくてすぐさま飲み干す。空になるとまたピッチャーから注ぐ、またジョッキを空にする――そんなことを何回か繰り返してたら、あっという間にピッチャーの中身はほとんどなくなってしまった。
(もう、めんどくさいなぁ)気分としてはビヤ樽に直接しがみついてぐいぐいと好きなだけ飲み干したかった。けどそれってちょっと無理っぽいし…。
「すいませーん、ピッチャー、あと5つお願いしまーす」
いつしか意識から秋世も高山くんも消えうせ、もう目の前のビールしか見えてなかった。やばい、今日のビールおいしすぎる。もう何十杯でも飲めちゃいそう…。
どれぐらい時間が経ったろう、ふと、なんだか胸の辺りがまた変な感じになってきた。妙に突っ張って、生地に胸が締め付けられる感じで、ちょっとこそばゆい。なんだろ、ブラはもう外して自由になったはずなんだけどな――。
久しぶりに視線をビールから外すと、ふと高山くんがわたしの胸元をじっと見ているのに気がついた。いや、さっきからちらちら見てるのは知ってるけど、今やまったく動かない。なんとか視線を外そうと努力はしているみたいなのに、まるで強力な磁石に引き寄せられているかのようにすぐ戻ってきてしまう。(なに?わたしの胸、どうかした?)自分もその視線に沿って胸元を見ていると、いつの間にかタンクトップが大変なことになっているに気づいた。胸の辺りを引き破らんばかりに自分の胸が巨大に盛り上がり、大きく開いた襟ぐりは生のおっぱいがそこでくっきり段差かでき、今にもあふれ出さんばかりにむっちり盛り上がっている。ブラを外されて直接当たっている服の生地の中にぎちぎちに詰め込まれた2つのふくらみが、所狭しとぶつかりあって自然に深い谷間を作っていた。
え…なに?わたしの胸、どうなっちゃってんの?ブラはもうはずしたのに――あ、そうか。押さえるものがなくなってタンクトップの中で思いっきりのびのびとふくれあがっちゃったんだ。下向くともう自分のおっぱいばっかり見えて他に何も見えなくなってる。妙に胸の辺りがひきつれているような感覚があったので手をお腹の辺りにやってみたら、布地がどんどん引っぱられて下の方から持ってこられてるから、おへそが完全に丸見えになってしまっていた。それに――もう胸の辺りの布はいっぱいっぱいに押し広げられていて、あともうちょっとで今にも破れてしまいそうだ。
わたしはこの時になってようやく自分の胸が急激に大きくなっていることに気づき、あわてて両手で胸を押さえた。「あ、あの――」
「え…、あ…」高山くんもじっと胸を見ていた事に気づかれたと分かってあわてている。
「大変お見苦しいものをさらしてしまい――すいません」わたしはどう言っていいか分からず妙なことを言い出した。
「あ、いえ、そんな…。こちらこそ、大変立派なものを見せていただきまして…」
わーなんだろこの会話。わたしはこの時になって一気に酔いが吹っ飛んだ。もうブラしてないし、今タンクトップが破けたら生のおっぱいがあふれ出しちゃう。そんなこと――。想像しただけでカーッと顔に血が昇るのが自分でも分かった。この服、あとどれぐらいもつんだろ。一刻も早く帰んなくちゃ。時計を見るともうすぐ11時、時間的にもけっこういってるし、いいよね…そこでもう何も考えずに両腕いっぱいに胸を抱え込んだまま立ち上がった。
「ごめん、わたし帰るね!!」
宴もたけなわの中いきなりこう言い出したのだから皆訳も分からない顔をしている。けどフォローしている暇はない。そのまま自分の鞄だけつかむと出口の方へと急いだ。
「ちょ、待って!何か?」高山くんが後を追いかけて何かいいたげな顔をした。ま…待てないよ!今この瞬間にもおっぱいが服を突き破っちゃうかもしれないのに――。わたしの口が咄嗟に動いた。
「ごめん。12時までに帰らないと、大変なことになっちゃうの!!」
シンデレラかよ!と自分のセリフに突っ込みたくなったけど、もう1秒でも惜しい。「あ…門限?」その場に合わないすっとぼけた高山くんの言葉を背に聞きながら、わたしは駅へと走った。
それから30分ほど、わたしは電車の中で自分の胸と格闘していた。とにかく両腕をいっぱいに使ってなんとかおっぱいを押さえ込もうとするのだが、自分でもちょっと信じられないほどビールを飲んでしまった今日は、押さえ込もうとすればするほどさらに強烈に内側から押し返してきて、ちょっとでも気を抜けば自分の腕の方がはじき飛ばされてしまいそうなのだ。しかも今まさに、刻一刻と腕の中でむくむくとさらに大きく張り詰めていくのが分かる。「ちょ、もうちょっとだから、お願い!おとなしくして」思わず自分の胸に話しかけてしまう。しかし聞いてくれるはずもなく張りつめる力はますます強くなっていった。どんどん腕に込める力が増していく。そのうちどうにも押さえきれなくなってしまったら――衆人環視の中、裸のおっぱいをさらしてしまうのではないか――。怖かった。絶えずぎゅむぎゅむと抵抗して、まるで自分の胸じゃないみたいにいう事を聞いてくれない。
なんとか守り抜いて最寄り駅まで着き、さらに家まで10数分。普段ならこんなにかからないのに、とにかく胸を押さえ込むのに必死でなかなか足が前に出てくれない。本当なら走りたいのに、腕の中一杯に暴れまくるおっぱいに翻弄されて歩みは遅々として進まなかった。
それでもなんとか自分の部屋にたどり着く。ドアを閉めた途端、力尽きて腕をだらりと両胸からはずした。(間に…あったぁ)もう腕がだるくてこれ以上上げていられない。ほっとしたこともあってそのまま胸をなすがままにした。
その途端、開放されたおっぱいが一気にその本来の大きさに戻ろうとする――いや、今までの反動で、さらにそれ以上の勢いで膨らみだしたみたいで、タンクトップの中いっぱいにすさまじい勢いで内圧を高めていった。
(あ…)脇の方で、ツーッと生地が裂ける音が聞える。それが始まりだった。続いて胸のあちこちで次々と裂け目が入り始める。一旦決壊が始まった布地の強度は次々入る裂け目で急激に下がっていき、裂け目からむにーっと搾り出したようにおっぱいが次々とあふれ出してきてさらに裂け目を押し拡げてていく…。
「な…なに」自分でも驚くほどの速度でタンクトップは目の前で崩壊していった。ツーッ、ツーッと続けざまに衣を裂く音が響き、残った布はどんどん細く、胸を隠す役割を果たせないほどずたずたになっていく。やがてその一本が耐え切れずぷつんと切れる。続けざまにこんどはあちこちでぷつん、ぷつんと息絶えるような音が鳴り、わたしのおっぱいはみるみるとあらわになっていった。
わたしは何をする気力もなくただ唖然としてその様を見ているしかなかった。
不意に部屋の時計が12時のアラームを鳴らす。タンクトップだったものは、まるで魔法がとけたかのようにいくつかの小さな布切れとなってわたしの胸にまとわりついているだけだった。ここまでになって着ててもしょうがない、とわたしはゆるゆると脱ぎ出した。
(すごい…)わたしは上半身裸になってさらされた生のおっぱいを見て、我ながら絶句するしかなかった。数時間前とは比べようがないほどの大きさで、相変わらず細っこい自分の体からあふれ出さんばかりに、しかしぎゅうぎゅうに中身が詰まっていて、なんの支えがなくてもつんと上向き加減に突き出しているのだ。こんな大変な目に合っていながら、その大きさ、形のよさには自分でもほれぼれしてしまう。しかも、今こうしている間にも目に見えてさらに大きくなっていくのが分かるのだ。
(服、どうしよ…)呆然とした頭の中で、そんな考えだけがぐるぐる回っていた。
――――――――――――
「まったくもう、どうしちゃったのよ昨日は。あれだけ飲むだけ飲んで、いきなり帰っちゃうんだもん」次の日、秋世からの電話にひたすらあやまるしかなかった。
「ごめん。飲み会の代金も立て替えてもらっちゃって。必ず返すからさ」
「それはいいんだけどさぁ。飲み放題とはいえビールの量半端なかったじゃない。お店の人も顔青ざめてたよ。ひょっとして出入り禁止喰らっちゃうかも」
わたしはますます申し訳なくなった。
「それにさぁ、高山くんも気にしてたよ。『僕が変なこと言ったからじゃないか』って。ね、何かあった?」
「あ…」きのうの最後のやりとりを思い出してまた赤くなった。「ううん、別に。あの、高山くんには気にしないでって言っといて」
「ふぅん…」秋世は腑に落ちない風だったが、さらに話題を変えてきた。「それより文乃、きのうなんか忘れ物してない?」
「忘れ物?」きのうの荷物は鞄ひとつだけだったし、財布もちゃんとあるけど…。「あ、カーディガン!」最初に羽織っていったカーディガン、どこやったっけ――しかし案に反して、秋世はしびれをきらしたかのように切り出した。
「それもあるけどさぁ、もっと大事なもの。ほらきのう、トイレの中で、とんでもないもの脱ぎ忘れてきてない?」
「あ!!」わたしは思わず叫んでしまった。そういえば、トイレの中でブラジャー脱ぎ捨てて、そのまんま…。
「ほらぁやっぱり。きのう帰り際にトイレ行ったらびっくりしちゃった。個室の脇に放り出してあるんだもん。見つけたのがわたしだからよかったけどさぁ、しっかりしなきゃ」
「え、でもわたしのだって…どうして?」
「そりゃ分かるわよ。あんな巨大なブラ、初めて見たもん」
「あ…ごめん。で、どうした?」
「カーディガンともどもちゃんと確保してあげたから」でもまだ秋世は気が納まらないみたいだった。「もうどうしてくれよう。いっそ高山くんに渡してあげようか?高山くん、あの調子だと『このブラに合う胸の人を探し出そう』とか言いかねないわよ。ね、12時を前にあわてて帰ったシンデレラさん?」
「やめて!!」思わず大きな声を出してしまう。もう…高山くんに顔向けできないよう。
「はっは、冗談冗談。で、どうする?届けてあげようか」
「え、それも――いい」
「どうして?こんなサイズ、さぞ高かったんでしょう」
「でもわたし…もう…」そう行って視線を下に向けた。一夜明けて、寝ている間にさらに見違えるほど大きくなったおっぱいがますます元気に突き出している。あんなブラ、小さすぎて絶対入りきらない。あのブラで今さら探されても、わたし――シンデレラにはなれない…。
「とにかくきのうのことは忘れたいの!ごめん、しばらくほっといて!!」悪いとは思いつつそれだけ言うと電話を切った。
「はあっ…」切った後も所在無く携帯を握ったままため息をついた。あまりに大きくなりすぎた胸は見る気がなくてもいやでも目に入ってしまう。とりあえず今の恰好はTシャツ1枚。今朝朝イチでお母さんに頼みこんで、「とにかくお店で一番大きなサイズのTシャツ」を買ってきてもらったのだ。それを着てみてもわたしの胸はどうにかいっぱいっぱいに押し込むのがやっとで、だぶだぶなはずなのに胸に生地が全部持っていかれてしまっていっぱいに伸びきってしまい、押し拡げられた胸の線だけは恥ずかしいぐらいくっきりと浮かび上がっている。
「また…ブラ作り直さなきゃ…」わたしはずっしりと胸の重みを感じながら立ち上がった。ただそれだけで、2つのふくらみがゆぅらゆぅらと大きく波打っている。「これ絶対オーダーメイドだよね、いったいいくらかかっちゃうんだろうな…」
外に出るとまだ午前中なのに陽射しは強烈な鋭さで肌に突き刺さる。体を隠すように大きめの日傘をさすが、照りつける日の光はその傘をもじりじりと熱く焼き始めた。
「また今日も暑くなりそう」
ごくり、わたしは喉の渇きをおさえようとつばを飲み込んだ。