こんなオカルト

ジグラット 作
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 2.瑞原はやり 〜決勝戦前夜

「お風呂お先ぃ。あぁ、いいお湯だった」
 バスタオルを体に巻き付けただけのあられもない姿で、瑞原はやりは脱衣所から駆け出してきた。彼女が高校インターハイに出場したのはもう10年も前のことだが、28になった今も当時の愛らしさを失っていない。その年齢についていろいろ言う人もいるが、「牌のおねえさん」として現役アイドルで活躍しているのは伊達ではなかった。しかしその子供っぽい顔とは裏腹に、視線を少し下に落とすとバスタオルにかろうじて覆われた胸の膨らみは尋常ではない。無防備にぶるんぶるんと揺れる特大のそれは、瑞々しさを失わず、バスタオルを弾き飛ばさんばかりに張り詰めていた。
「はやりさん、今日はまた一段とツキが満タンになってますね」
 机に向かっていてお茶を飲んでいた同室の女性が振り向きながらその胸元を見つめている。彼女の名は戒能良子。2年前にもインターハイ出場を果たしている若手だが、その実力はプロ2年目にもかかわらず折り紙付きの実力者だ。はやりとは特に親しく、今日もホテルの同部屋に一緒に泊まっている仲だった。
「うふっ、そうなの」はやりは肩をすくめてふるんと自分から胸を揺らす。「ゆうべすこやちゃん達と久しぶりに打ったからね。すこやちゃんから思い切り吸い取らせてもらったわ。今なら慕ちゃんと打ったって勝てちゃうかも」満足そうにわざと自分の胸をさらに突き出したが、勢いでバスタオルが外れて落ちそうになる。「はやや」慌てて両手でタオルを押さえると、胸元でもう一度締め直した。「でもすこやちゃん、相変わらずすっごいツキが太いわ。半分も吸い取れなかったと思う。それでもおっぱいパンパンでパンクしちゃいそうになっちゃった」
 はやりの顔に一瞬ちょっと悔しそうな表情が走る。
「それで明日の決勝戦ですけども、はやりさんが注目しているあの子も出ますよ、ほら…」良子が言いかけるとはやりは遮るようにその名を被せた。「原村和ちゃん」
「それと真屋由暉子ちゃんもね」はやりはさらにもうひとり付け加える。「あの子は残念ながら準決勝で和ちゃんに敗れたけども、分が悪かったわ。和ちゃんとぶつからなければ勝ち残る可能性は充分あったのに」
 はやりはじっと考え込むように虚空を見つめている。沈黙をいやがるかのように良子が口を開いた。
「それにしても驚きましたよ。はやりさんと同じ能力を持っている人が一度に2人も現れるだなんて。どちらもまだ15歳の同い年ですよ」
「そう、成長期真っ盛りよね」はやりはさらに悔しげに爪を噛んだ「ああ、わたしが今あの年頃だったらなぁ…」
「はやりさんはもう既に充分すぎるぐらい大きいと思いますが」
「でも、でも」良子の言葉を遮るようにはやりは言った。「やっぱりきのう思ったよ。この胸がもっともっと大きかったら、すこやちゃんのツキも全部吸い取れたろうになぁ、って」
 そう、瑞原はやりの能力。それは麻雀において盤上をに駆け巡るツキをことごとく吸い取って自分の胸に蓄えることができることだった。はやりの胸は小学校の終わり頃から人並み外れて目立った成長を遂げてきたが、それは彼女が麻雀の才能を開花させ全国大会でも輝かしい成績を上げるのと時を同じくしていた。しかし中学・高校と上がるにつれて全国から次々に現れる強豪と当たるようになると、はやりもさすがに以前のように簡単には勝てなくなっていった。どうやったら勝てるのだろう、思い悩みながら打ち続けるうちに、ふと不思議なことに気づいた。試合に集中して打つうちに、相手が(そんなはずは…)という顔をしながら妙に手が伸びない事が相次いだのだ。そしてそんな時、気づくと自分の胸が熱を持って痛いぐらいに張り詰めていることも。当初はその2つを結びつけることはなかったが、同じような事が続くうちに、ある日ふとこんな考えが浮かんだ。(ひょっとしてわたし、相手のツキを胸に吸い取ってるのかな) まさかぁ、と最初は一笑に付したが、その度に自分の胸がジリジリとさらに大きく膨らんでいくのを目の当たりにして、次第にその疑念が確信に変わっていった。
(でもこれは、わたしの大きな武器かもしれない)それから彼女は、どのようにしたら相手のツキを効率よく吸い取れるのか研究し始めた。誰にも言わずひとりで。こんな話、言ったって誰も信じてくれないだろう。自分でも自分の体でなければ到底信じられないぐらいだから。研究していくうち次第に場のツキの流れ自体を感じ取れるようになっていき、その流れを目に見える形で自分の胸にどんどん吸い込めるようになっていった。そして徐々にその方法を会得するにつれ、また全国で名を馳せるほどの実績を残せるようになった。それとともに、若い女の子としては他人の視線が痛くなるほどに胸がはてしなく大きくなっていったが、はやりは構わなかった。なによりも麻雀が好きだったから。
(もっと、もっと吸い取らないと勝てない…)自分の体を顧みないはやりの葛藤はしばらく続く。しかしただ吸い取るだけでは日本中に散らばる猛者を相手にするには限界があった。その現実に打ちのめされそうになった時、ふとある考えが浮かんだ。
(吸い取るだけでなく、この溜め込んだツキを自分のツキとして使えないかな) それははやりにとって天啓だった。胸の中のツキを臨機応変に取り出して試合の流れをコントロールする。試行錯誤の上そのコツをつかんだ結果、相手のツキを吸い取って自在に自分のツキとして使うことができるようになっていった。これによりはやりの麻雀は大きく飛躍する。勝率は桁違いに上がり、遂に全国制覇することができたのだ。だがそのためには思った以上にツキを消費した。ぐんぐんとすごい勢いで大きくなり続けていた胸の成長はそこでピタリと止まり、むしろ溜め込んだツキを吸い取った以上に持ち出すこともしばしばだった。しかしその時もはやりは気にしなかった。もうこんなに大きいんだもん。これだけあれば充分に麻雀に勝ち続けることができるんだから――。

(あの頃は本気でそう思っていたんだよね) はやりはふっと我に返る。実際その見立ては正しかった。高校卒業後大学に通いながらプロ雀士としてデビューし、トップグループを維持し続けて10年になる。この間自分の麻雀技術の研鑽も怠らなかったが、有象無象が跋扈するプロの世界で続けて行くには、この能力なしではやっていけたかどうか疑わしい。しかしここにきて(もっとツキが溜め込めたらなぁ)と思うことが多くなった。あの頃、中学高校時代はまさしく成長期で、ツキを吸い取れば吸い取るほど胸はどんどん大きくなり、溜め込める量も増えていった。けど今の自分は成長期も終わり、ツキを吸い込もうとしてもある程度吸い込むと破裂するのではないかと思うくらい張り詰めて、それ以上はどうにも吸い込めなくなるのだ。溜め込める量の限界がはっきりと見えてしまう。自分の歳なんてさして気にしたこともなかったが、こういう時、28歳という自分の年齢を意識してしまうのだ。
「ノーウェイ、ノーウェイ。気にすることないですよ」良子が気遣うように声をかける。そう、彼女は彼女で他の人にはない不思議な能力がある。彼女に会うまで、はやりは自分の能力を誰にも悟られたことがなかった。しかし初めて対戦した時、始まってまもなく、はやりが彼女のツキを吸い取ろうとした途端、良子はふっと不思議そうな顔をしてはやりの顔を見つめ、次の瞬間ツキの流れが完全にブロックされた。はやりは驚愕した。こんなことは今まで想像だにしてなかったのだ。しかしまるで良子の周りに見えない壁ができたかのように遮断され、彼女のツキは完全に彼女のみで制御されていた。対局後、2人はお互い目配せして何を言うでもなく2人で落ち合い、気がつくとはやりは今までの自分のことを延々と良子に話してきかせていた。良子はそうだったんですね、とばかりにうなずいてはじっと耳を傾け、その日から2人は年齢差を越えて気の置けない仲になった。

 はやりは今まで自分のような能力の持ち主にあったことはなかった。それは良子も同じで、それ故に秘密を共有するような気持ちがあった。ところが今年のインターハイ、同じ能力の持ち主が、しかも同時に2人現れたのだ。ひとりは有珠山高校の真屋由暉子、そしてもうひとりは清澄高校の原村和。どちらも1年生で誕生日も近い。そして人並み外れて大きな胸を持っていた。はやりはその対戦を初めて見て驚愕した。盤上にあふれ出たツキが次々とその大きな胸に吸い込まれていくのがはやりの目にははっきり見えたからだ。そして対戦相手はかわいそうに、本来の実力が発揮できず思い通りにならないまま惨敗を喫していた。
「原村と真屋、どちらの方が上だと思います?」良子ははやりに訊いた。良子自身、ツキの流れ自体はよくわかってないのだという。
「やっぱり和ちゃんかな。由暉子ちゃんもなかなかだけども、やっぱり体が小さすぎるのよ。だから胸の大きさも自然と制限うけちゃうみたい。それに由暉子ちゃんの方はもう既に限定的だけど、溜め込んだツキの使い方を知ってるみたいだし」
「たまに左手を使う、その時ですね」
「そう。なんでそうなるのかまでは分からないけど、彼女なりのやり方なんでしょうね。でも今はあんまり使う方は覚えない方がいいと思う。成長期なんだし」
「原村の方は」
「和ちゃんの方は、もう吸い取る方に完全に特化しちゃってる。打ち方は徹底したデジタル打ちで合理的な計算に基づいたもので、溜め込んだツキを一切使わずに、ただひたすら相手のツキをあの大きな胸の中にどんどん吸い取っているの。吸い取った分すごい勢いで大きくなってるみたいだし。それに吸い込む力も半端ない。今日の直接対決、どっちも他の2人のツキを吸い込んでたけど、8割方和ちゃんの方にいっちゃってたもんね。由暉子ちゃんちょっとかわいそうだった」
「そんなに差があるんですか?」良子は驚いて口が開き加減になった。
「うん。わたしも和ちゃんとはあんまり対戦したくないな。今のわたしじゃ、吸い込み負けしちゃいそうで。でも和ちゃん、あの調子で吸い込んだら、対局ごとにおそらく2〜3センチは胸が大きくなってんじゃないかな。だいたい1カップサイズアップしてるってこと。ブラどうしてんだろ」はやりはいつしか自分自身に語りかけるかのような様子になっていった。
「それに明日の決勝戦の相手は今までとは桁はずれの化け物揃いなのよ。それもみんな吸い込むつもり? あんなのいくら吸い取ったってきりがないわよ。いくら成長期だからって、一度にそんな吸い込んだら本当におっぱいパンクしちゃうかもしれないわよ」
 はやりは自分もかつて同じ悩みを持っていたものとして、心底気になっているようだった。