こんなオカルト

ジグラット 作
Copyright 2021 by Jiguratto all rights reserved.

 3.和とはやり 〜決勝戦

「インターハイ決勝もいよいよ大詰めの副将戦。引き続きゲストはうちのチーム、ハートビーツ大宮の若手の2人、渡辺琉音プロと宇野沢栞プロです」
 決勝戦当日、瑞原はやりは会場内に設置されたスタジオからラジオでの実況解説を後輩2人と共に行っていた。この2人は今決勝戦にも出場している白糸台高校の卒業生でもあり、はやりは2年前からこうして白糸台との太いパイプを作ってきた。それというのもこの3年間高校麻雀界の絶対的エースである宮永照をなんとか自分のチームに引き入れたいがための布石だったが――一方で彼女の関心は今急速に、この大会にいきなりダークホースとして現れた清澄高校に傾いていた。
 そして今まさに副将戦が始まろうとしている。清澄高校はあの原村和が席に着こうとしていた。手にはいつものペンギンのぬいぐるみを持ち、座りながら膝の上に置いた。
「しおりんはこの副将戦の見所はどこだと思う? 注目している選手は?」はやりは栞に話を振ってみる。
「今席に着いた清澄の原村選手、あのぬいぐるみ、エトペンちゃんももうすっかりお馴染みですね。彼女が小さな頃に買い与えられてから寝る時もずっと一緒にいるとかで、試合中もそばにいると落ち着いて盤上に集中できるそうです」
「ふん、あの年でまだぬいぐるみがなきゃ打てないのかよ」琉音がちょっと斜に構えて口を出したので、はやりはあわてて制した。
「琉音ぴょん、女の子はいつだってそういう気持ちを失わないもんなの。琉音ぴょんだって実はそういうものあるんじゃない?」
 ん? と頭をこくりと傾けてじっと見つめられると琉音は何も言えなくなった。こういう時、はやりは頑として一歩も引こうとしない。
(それにしても…)はやりはモニターに映る和の胸とエトペンを見つめた。(やっぱり…きのうより確実に大きくなっているわね) 和の胸は今や片方だけでエトペンと同じぐらいの大きさがあり、まるでエトペンを2つ無理矢理服に押し込んでるかのように見えた。予選以来ずっと和の胸をじっと支え続けていたエトペンは、もはや膝の上で今まさに和の胸の重みに押しつぶされそうにひしゃげていた。(エトペン、ちょっとかわいそう)
 しかし当の和自身はそのようなことに意を介さず、じっと盤上に目を向けてそらそうとしない。まだ試合前にもかかわらず、早くもこれからの戦いに集中し始めているのは明らかだった。
 サイコロ一閃、場決めが行われて副将戦前半がスタートする。東1局から盤上では不穏な雰囲気が漂い始めていた。はやりはその能力のおかげで卓の上で各人が発するツキの流れのようなものが見えるようになっていた。近年、様々な能力者が跋扈する麻雀界だが、その各人の"能力"の多くが、ツキの流れを自ら制御して各々特殊な力として発揮していることがはやりには"見えて"いた。はやり本来の麻雀はそういった能力と関係なし、自らの頭脳を駆使して的確な状況判断と確率に基づいたデジタル打ちだったが、さらにそのツキを吸い取り、またそれを自分で利用することによってその能力者と対等以上の実績を上げることに成功していた。
 原村和も自分と同じデジタル派の打ち手だった。配牌から第1打牌まではちょっと間を置いて考えるが、そこですべての状況判断を終わらせて、その後は場に応じて即座に対応し、もっとも確率の高い手を矢継ぎ早に打っていく。(わたしだってここまでは徹底できないな) はやりはそのコンピューター並の正確さに心底感嘆していた。しかしあまたの能力者達はツキを制御してその確率の上を行ってしまう。和がいくら確率に基づいた最善手を打ち続けていてもそれが悪手に変貌することは数多い。それを和は、相手のツキをどんどん吸い取り、相手の手を伸ばさないことによって優位に立ち続けていたのだ。
(でも、今日の相手は今までとはレヴェルが違うわ。ツキの太さだって段違い。こんなの3人に囲まれて、いくらあなただって吸い取りきれるもんじゃないわ。どうする気?) はやりは口ではなめらかに実況を続けながら、内心自分と同じタイプの和にいつしか気持ちをシンクロさせていた。
 「ツモ」東2局、和はこの局初上がりを果たす。決して高い点ではないが彼女らしい堅実な打ち手だった。その時はやりはモニター越しのその顔にかすかな変化が訪れたのに気づく。顔が上気したように赤みが射し息が荒く小刻みになってきたのだ。呼吸に連動してその大きく突き出した胸がたわわに前後する。まるでにわかに発熱したかのような感じだが、はやりは和が試合に集中した際にしばしばこういうトランス状態に陥ることに気づいていた。こうなった和は頭脳が極限まで活発になり、盤上のすべての状況を読み切った上で常に最善手を打ち続ける。まさしく無双の状態だ。そしてさらに――はやりには盤上にもう一つの変化が起こっていることが見えていた。
 盤上には、対戦相手が今まさに放った大量のツキが自分の望む牌を引き出さんと渦巻いてる。しかしそれらがすべて発せられるそばから和の荒い呼吸に乗って次々と吸い込まれていくのだ。そう、彼女がこうなった時、同時にツキの吸引力も最大限に発揮される。相手はいつもならつかむはずの有効牌が、いざ手元に引き寄せるとクズ手に変わっているのが解せなくて不可解な顔をする。そこには自分が発したはずのツキがもう既にひとかけらも残されていないのだから。そして和に吸い込まれたツキは、次々とその巨大な胸に蓄積されていく…。
(嘘、本気なの!?)はやりには和の行為は無謀としか思えなかった。いくら成長期にあるとはいえ、吸い込んですぐに胸が大きくなるわけではない。一度に溜め込めるツキの量にはやはりはっきり限界があるのだ。その事をはやりは身をもって痛感していた。
 はやりの心配はやがて現実のものとなった。東場で和はすべてのツキを瞬く間に吸い込みきっていたが、南場に入ってしばらくすると、徐々に吸引力が落ちてきてツキを吸いきれなくなってきたのだ。はやりには和の顔が苦しそうにゆがみ始めたように見えた。なによりもツキを溜め込みすぎてパンパンに膨れ上がった胸のふくらみが熱を帯びていくのが分かる。おそらく2つの乳房は充満したツキで今にもはちきれんばかりに張り詰めているだろう。(もう無理。あなたの胸、ほんとにパンクしちゃうわよ) はやりは思わず口に出してしまいそうになるのをなんとか飲み込んだ。それまでよどみなく続けてきた実況が一瞬止まる。
「どうしました、はやりさん?」向かいに座った栞が不思議そうにはやりの顔を覗き込む。放送事故を起こしてはいけない、強靱な職業意識ではやりは実況を再開させた。
 しかし一方では気が気でない。和は徐々にツキを吸い取りきれなくなり、残ったツキで相手は次第に自らの実力を存分に発揮していった。和は相変わらずぶれることなく確率的な最善手を打ち続けていくが、確率を上回るツキを持った相手に対してはさすがに分が悪い。和の点棒は次第に減っていく。はやりの予想通り、和は東場のリードを守り切れずマイナスに沈んで前半戦を終わった。
(もう限界ね) 観ていられず一旦目線を外したはやりがモニターに視線を戻すとちょっとぎょっとした。前半終了の挨拶が終わったばかりだというのに、そこにはもう和の姿がなかったのだ。(どこに行ったの?) まさか限界を感じ失踪したのでは…。にわかに心配が先に立ってきた。

(胸が、胸が熱い…) 挨拶もそこそこに和はまたトイレの個室に駆け込んでいた。対局中は極度の集中状態にあるため自分の体の変化に気がつかない。しかし対局が終わって我に返った途端、胸が張り裂けんばかりにパンパンになっていることに今更ながら気づいて驚いていた。マイナスに沈んだ自分のふがいなさも情けなかったが、今はとにかく胸を解放したかった。
 セーラー服の前を開けるのももどかしく、引きちぎりたくなる気持ちをなんとか抑えて全開にする。次はブラジャーだ。胸一面猛烈に熱が籠もったかのように熱くなり、内側からなにかが突き上げてくるように乳房全体を押し広げてブラのラインにそって肉があふれんばかりに段差を作っている。胸に籠もった熱は全身に駆けめぐり、上気したままの顔からはぽたぽたと際限なく汗がこぼれ落ちる。その汗が一粒、胸の上に落ちる。触れた途端、じゅんと音を立てて蒸発するのではないかと思うぐらい熱かった。
(胸が、じんじんする…)
 まだ前半が終わっただけなのがにわかには信じがたい。それほどきのうとは比べものにならないものだった。自分でも我慢できないほどに胸が敏感になり、一刻も早くその軛を解き放ちたい衝動に駆られる。あわててもがこうとする指をなんとか背中に回し、ブラのホックをはずしにかかる。ひとつ、またひとつと外れるごとに、ゆさ、ゆさ、とブラがきしみを上げて膨れ上がっていく。ようやく最後のひとつが外れた時、まるでブラを吹き飛ばさんばかりに胸全体が跳ね上がり、カップが一旦浮き上がったが肩のストラップに阻まれてどうにか胸の上に被さった。
(はあっ、はあっ、はあっ…) 胸が解放されたところで和はようやく人心地がつき、詰まっていた息を存分に吐き出す。時間ともに息は次第に静かになっていくが、胸は今も痛いほどに張り詰めて、自分でも触るのがためらわれるほどだ。乳房の上にかろうじて乗っかっているだけのブラカップの感触だけでもおそろしいほどで、荒い息の度にこすれるその刺激だけで意識が飛びそうになってしまう。
(早く、戻らないと…。まだ、後半戦が) 和はなんとかして意識を保とうとしながら、どうにか気持ちを落ち着かせることに集中する。胸の熱と張りは少しづつではあるがひきつつあり、頭の中で残り時間を計算しながらなんとか冷静さを取り戻そうとしていた。
(ブラ…どうしよう) まず気にかかるはその事だった。試合前とは明らかに大きさが違う。どう考えてもこのブラを再び着けることは不可能だった。かといってもうこれ以上大きなブラは用意してない。いっそのこと――ブラを着けずに制服を着る考えが一瞬よぎったが、次の瞬間恥ずかしさに襲われて頭を左右に震わせた。さらにその動きを増幅して胸のふくらみが頭の何倍もぶるんぶるんすさまじい動きで揺れまくる。やっぱりノーブラは危険すぎる。
(何か、使えるものは…)必至で考えを巡らして頭を抱え込んだ時、ふと左手に当たるものがある。いつも髪を一房しばっている髪留めのゴムだった。
(そうだ、これでなんとか)和はゴムを髪から引き抜く。まとまっていた髪がぱらりと落ちるが気にしている暇はない。ゴムを持った手を背中に回すと、外れていた両のホックに引っかけて伸びる限り何重にも巡らせた。数センチあったホックとホックの隙間にゴムが渡され、その間を埋める。思いの外かっちりとブラが胸の上で安定してくれた。試しに胸を左右に揺すってみたが、ずれる感じはない。
(これなら…)とっさの応急処置だったが、意外といけそうな感触に、和はようやく大きな胸をなで下ろした。

 試合再開を告げる合図が響く。和はそれが鳴り終わる頃、ようやく会場のドアを通って姿を現した。
 「早く席に着きなさい」職員に促されながら足早に歩く姿がモニターに映り、はやりはようやく安堵した。(無事だったのね) しかしはやりには和の胸が先ほどよりあきらかに大きさを増していることに気づかないわけにはいかなかった。(ブラ、大きいのに替えてきたのかな。あれ?) しかし歩く度に揺れ動く和の胸の動きに、どこか違和感があった。先ほどとは揺れ方が違い、なんというか自由度が増している感じがしたのだ。(ちゃんとブラしているとしたら、あんな風に動くかしら。かといってノーブラって訳でもなさそうだし…サイズあってないのかな?) それにもうひとつ、先ほどまで頭の左側をしばっていた髪がまとめられずそのまま垂れ下げられているのに気づいてはやりはいやな予感がした。(どういうこと…?) 違和感が消しきらないまま和は席につき、すぐさまサイコロが振られた。
 こうして後半戦が開始する。東一局、落ち着きを取り戻した和はすぐに麻雀に集中し始めた。頭は盤上で展開する牌の流れを逐一計算し、矢継ぎ早に最適解を導き出していく。
 それとともにはやりは目を瞠った。対局する3人が自らの能力を発揮せんと前半にも増して放ち続けるツキが、またもや矢継ぎ早に和の胸に吸い込まれていくのを見たからだ。
(あの休憩の間に…もう復活したの!?)はやりには信じがたかった。いくらなんでも前半あれほど胸がいっぱいいっぱいになってれば、ツキを吸い込むなんて当分できないはずなのに…。同じ能力と行っても、和の胸は自分とはスケールが違うのかもしれない。はやりは初めて和の能力にゾクッとした。(わたしとは…桁が違う!)
 後半戦、和は再び勢いを盛り返し、順調に点数を積み上げていく。相手はいつもとは勝手が違うのでどうにも調子に乗りきれない。なぜいつものようにいかないのか、自分でもよくわかっていないのだ。
 和は再びプラスに転じて試合を有利に進めていった。しかしそれとともに、和の背中の奥では時折ギリ、ギリ、ときしむような音がかすかに立ちはじめていた。しかしその音はわずかであり、対戦相手はもちろん集中している和自身も気がつかない。
 そう、相手のツキを際限なく呑み込み続ける和の胸は、早くもまた急激に張り詰めてぐいぐいとその容積を増していっていた。それと共に、先ほど応急処置としてホックに引っかけた髪留めのゴムが、次第に伸びてき限界に近づきつつあった。

 後半戦も南場に突入した頃には清澄高校は再びトップに返り咲き、他との点差を今やどんどん広げつつあった。その時、
 プチン!
 盤上の3人はすぐ近くで小さな音が響いたのを聞いた。(なに?) 不思議そうに辺りを見回すが特に変わったことはない。ただひとり和だけがまったく意に介さずに相変わらず高速で牌を展開している。3人もそれどころではないとあわてて対局に視線を戻した。しかしその和の足許に、伸びきって引き千切られた髪留めのゴムが転がっていることに誰も気がつかなかった。そう、膨張し続ける胸により左右に引き延ばされたゴムが遂に限界を超え、切れてブラのホックから剥がれ落ちたのだ。
 今や和のセーラー服の内側は、もはや小さすぎるカップのブラが見違えるほどふくらんだ乳房の上にかろうじて乗っかっているだけだった。引き延ばされて変形したホックは左右に分かれて脇の下にぶら下がり、力なく落ちている。しかしそうなっても集中している和はその事に気づいていなかった。
(え!?) モニター越しに観ていたはやりだけがその異変に気づいた。その音がした途端、和の胸が跳ね上がるようにぶれ、とたんにぐいっと大きくなったのだ。
 (嘘!) モニター越しにその様子をうかがっていたはやりは遂に固まって思わず実況を中断してしまった。無理もない。ブラから完全に解放された和の胸は今までに倍するほどの勢いでツキを猛烈に吸い込み始めたのだ。(ここにきて、リミッター解除って…)
 はやりの目にはそれまで盤上にあれほど渦巻いていたツキの流れが今やまったく見えなくなっていた。いや、ツキはあるのだ。あるのだが出た瞬間、すべて和に跡形もなく吸い取り尽くされて、後には何も残っていないのだ。もはやカラッカラだった。(まるでツキの砂漠…)はやりは自分が洒落を言っていることにすら気がつかなかった。
 もはや和以外誰もまともに打てるものはいなかった。そんな中、和ひとりが無人の荒野を突き進むかのごとく、持ち前の最適解を高速ではじき出しつつ打ち続ける。もはや誰一人そのスピードに追いつけなかった。
「ロン、3200点」「ツモ、6000オール」盤上では和ひとりの声が響き続け、もはや他の3人はなすすべもなく当り牌を放出し続けていた。
 そして和の連チャンのままオーラスへ。しかも和は親だった。もはや誰も止められない。連チャンに次ぐ連チャンでさらに点棒を積み上げていく。もはや誰かがハコになってここで試合終了するしかないと思われた。
 しかしそんな中、はやりは別の所に目が釘付けになっていた。和の胸だった。積み上がっていくのは点数だけではない。彼女が連チャンするごとに、その胸がみちっ、みちっとより大きさを増してセーラー服の布地を押し上げていっているのだ。はやり自身、人間の胸がこんなに速く成長するものだとは自分の目で見ても信じられない。しかし今まさに目の前でそれが起こっている。おそらく和の胸は今とてつもなく張り詰めて痛いほどのはずなのに、本人はまるでその事に気づいていないかのように意に介さず打ち続けている。(もう、やめて)はやりは心の中で叫んだ。(ほんとうに、破裂しちゃうよ…) はやりの眼前には、今にも、次の瞬間にも和の胸が張り裂けるのが目に浮かぶようだった。はやりはシンクロしてまるで自分の胸がそうなったかのような痛みすら感じる。
 しかしそうなることもなく、和の胸は巨大化を続けている。気がつくとその膝の上に置かれているエトペンは見る影もなくその胸の下に押しつぶされていてほとんどその姿が見えなくなっていた。代わりに、みち、みち、と膨れ上がるほどにそのセーラー服が徐々にたくし上げられていき、上がった裾の下から和の乳肉が徐々にその姿を現し始めた。
(いけない!) はやりは喉が鳴るのを抑えて食い入るようにその胸を見つめ続ける。観ているそばからますます裾の位置が胸に押し上げられていき、乳肉の見える範囲が広がっていく。今や下乳のほとんどがあらわになっており、このままではあともう少しでその乳輪が見えてしまう…。
「だめっ!!」はやりはたまらず声を上げていた。それからのことはよく憶えていない。「はやりさん?」怪訝そうな後輩2人が止める間も与えずに席から立ち上がり、放送を放棄してスタジオから駆け出していた。
(和ちゃん、それだけはだめ。どんなに麻雀に勝ちたくても、女の子はそんなことしちゃいけないの) はやりは一目散に試合会場に駆け入る。あまりのことに係員が制止する暇も与えない早業だった。
(なにか、隠すものもの) はやりはそこにあった適当な白い布を手に取ると、今まさにツモろうとしている和に駆け寄る。「和ちゃん、ごめんなさい!」そう言うとその布をばっと和の胸の上に広げた。布がふわっと和の胸に覆い被さるようにかけられる。
 さすがの和も突然のことにハッとして一瞬動きが止まり、今ツモった牌を思わずその場に落とした。コロコロと転がる牌。
「ロン、1300」下家がそう発声して自牌を広げる。こうしてようやく副将戦が終わった。

 終了後、試合を妨害したとしてはやりは係員に捕まってしまった。これから厳重注意が待っている。プロとしてなんらかのペナルティを科せられるかもしれない。しかしはやりは自分がやったことに後悔はしていなかった。
 「あの…」連れて行かれようとするはやりに後ろから声がかかる。振り返ると、胸に先ほどの布がかかったままの和がおどおどと声を掛けていた。その胸は、布越しにもあり得ないほど大きく突き出しているのが分かる。おそらくその胸は今まさに張り裂けんばかりの激痛が走っているはずなのに、和はそんなことおくびにも出さない。その徹底さはさすがだった。
「ありがとうございます」お礼の言葉にはやりは安堵した。自分のやったことが通じたんだ、「あの、助けてくれたんですよね」
 しかし次の言葉を聞いてあきれた。和は押しつぶされて見る影もなくなったぬいぐるみを取り出した。「エトペンを。あのままだったら、完全に潰れて直せないところでした。
(そっちかい!)はやりはあきれたけども、彼女のそういう自分の身に意を介さないところ、とてつもない大物かもしれないと同時に感服した。
「和ちゃん、あなた、高校卒業後の進路って決めてる? プロになるの?」
 いきなりの質問に和は戸惑った様子だったが、「さあ、まだ1年ですし、決めていません。なれたらいいとは思いますが」
「そう。プロになるんだったら、うちに、ハートビーツ大宮に来ない? 歓迎するわよ」
 突然のスカウトに和は明らかに戸惑っていた。「え?は、はい…。考えてみます」
「考えといてね」しかしはやりは心の中でこんな本音をつぶやいていた。(こんな底なしのブラックホールおっぱい、公式戦でぜーったい当たりたくない)
「それからね、ツキを吸い込むのもいいけど、あなたはもうそろそろ使うことも覚えた方がいいわよ。この調子ですいこんでったら、いつかほんとにおっぱいパンクしちゃうから」
「ツキ?吸い込む?使う? いったいなんの話です?」和は心底分からなそうに不思議そうな顔をした。
 これには逆のはやりの方が驚愕した。(あれほどのことをしといて、まさか本人は無自覚なの? まさか、そんな、信じられない…)
「まぁいいわ。でも、あなたもきちんと自分の能力についてちゃんと把握した方がいいから。じゃ、さっきのこと、考えといてね」はやりは職員に促されて会場を後にした。
 ひとり取り残された和は、今のはやりの言葉を思い起こすうちに、なんだか腹立たしくなってきた。そんなツキだのなんだのは、和がもっとも忌み嫌っている言葉だったからだ。どうにも気持ちが収まらず、会場から消えていこうとするはやりの背中に向け、思わず叫んでいた。
「そんなオカルトありえませんっ!!」

 ―― 完 ――