2. Hot season
夏期講習から帰ると、玄関に、出かけるときにはなかった女物の靴が2足並んでいた。
靴の脱ぎ方って性格が出るもんだな。ひとつはきちんと並べられてまっすぐドアの方を向いている。ひとつはいかにも脱ぎ散らかされたままといった風に、お互い関係ない方向を向いている。どちらの靴にも見覚えがあった。まるで見ているうちにそれぞれの持ち主の顔が勝手に浮かびあがってくるようだ。
リビングから女性同士の話し声がする。靴の持ち主2人の声に間違いなかったが――この2人が話している、という意外性にどきりとした。
「お、お帰り」
威勢良くこちらを振り向いて挨拶したのは――散らばっている方の靴の持ち主、俺の姉だった。大学に入ってからここを離れて一人暮らしを続けていて、休みに入ってもなかなかこっちに戻ってこなかったのが、ようやく実家を思い出したらしい。
「あ――おじゃましてます」
もう一人の方がぴょこんと頭を下げる。実際にはこっちの方がほとんど毎日のように来ているのだが――高校の時の同級生、藤掛理沙子だった。
「じゃ、お姉さん、これで…」藤掛は座っていた椅子を引いて立ち上がった。「秋山くん、行こっか」
別にどこかに行こうと約束していた訳ではない。行き先は俺の部屋だった。この春、俺が大学受験に失敗して以来、藤掛は頼みもしないのにほとんど毎日のようにやって来ては俺の勉強を見るようになっていた。
「信一」藤掛と一緒に階段を上がりかけた俺を後ろから姉が呼び止めた。
「なんだよ」
「ちょっと…」
なんだかほくそ笑むようにしながら手招きする。あの顔は…。過去に何度となく立ち会った悪寒にふるえていると、藤掛は「じゃ、わたし先に…」と勝手知ったる2階の俺の部屋に向かっていった。
ひとりになった俺は仕方なく姉の方に歩いていった。ボーイッシュで男勝りの姉は、姉弟ということを抜きにしてもあまり女って感じがない。「みゆき」なんてかわいらしい名前を持ってるけど、お世辞にも似合ってるとは言いがたかった。
「彼女できたんなら言ってよぉ、水臭いなぁ」
「か、彼女って訳じゃないよ…」
「なに言ってのよ。あの子があんたを見る目、あれ、ぜーったいあんたに気があるって。それに、夏休みだってのに毎日こっち来て一緒に勉強してるんだって。もう、隅に置けないなぁ」
もう顔中に好奇心をみなぎらせて執拗に食い下がる。いったい今まで2人で何話してたんだか――。藤掛のやつ、あんな性格だから…姉貴と初めて話すことで舞い上がって、すべてまっ正直に答えちゃったんじゃないだろうな――。
実際、彼女の気持ちは痛いほど知っていた。それに俺だって…。しかし、もうこんな風になって半年あまりになるのに、俺たちの関係は今もまだなんとなく宙ぶらりんのままだった。
(それというのも、あいつが"委員長"だからだよなぁ…)
"委員長"というのは藤掛の高校時代のあだ名だった。おとなしくて、いつもどこかぴっしりとしているような所から誰ともなく言い出したものだけども、藤掛の性格をこれほどまでに言いあらわす言葉は他にない。それがすっかり板について逆に自然に見えてしまうほどだった。
去年の暮れ頃からだんだんにつきあうようになってきて、今年の正月、2人はお互いの気持ちを確かめ合った。そこまではまぁ順調だった。しかし――その時に勢いでしてしまった約束が、今だに尾を引いていた。
(「ね、そして一緒に合格して、おんなじ大学に行こう。そうしたらその時は――」)
ああ落ちたよ、ものの見事に全滅だった。でなきゃ今ごろこんな風に夏期講習になんか行ってねーよ。
それにしたって、俺の気持ち分かってんだから、ちょっとぐらい羽目はずしてくれたっていいじゃないか、って思うんだけど――なかなかそういうものでもないらしい。女心はよくわからん。
――まあ、そういう性格もひっくるめて惚れちゃった俺がいるんだが。
「久しぶりに帰ってみたら誰もいないしさ、しかたなく留守番してたらいきなりあの子が来るんだもん。びっくりしちゃった。――でもほんといい子ねぇ、かわいいし、礼儀正しくて。わたし気に入っちゃった」
姉貴の奴、なおもまくしたて続ける。
「それにあの胸。すごいじゃん。いったいあんた何カップ?って感じ。あれ絶対特注だよ。――で、もうさわった?」
俺のそんな思考を無視して、姉貴のやつはさらに突っ込んでくる。止めようがない。
「うるさい。そんなこと弟に聞くなよ」
「わー照れてる照れてる。こりゃまだだな」
あんたこそ男っ気まったくないじゃないか、と言い返したかったが、間違いなく血を見ることになるのでぐっとその言葉を呑みこんだ。
――俺がこの春、大学に落ちて浪人が確定して以来、藤掛はほとんど毎日のように俺の家に顔を出すようになっていた。歩いて15分という近所だったってこともあるけども、正直こうも続くとは思っていなかった。それは夏休みに入っても変わらない。
藤掛は俺と違って、見事に第一志望の大学に一発で合格している。ふつう大学1年の夏休みといえば、サークル活動やバイトなんかをここぞとばかりに詰め込んでヒマなんかないんじゃないかと思うんだが、彼女の場合そんな気配はまるでない。おそらく普段も講義が終わるとまっすぐ俺の家に来てたんじゃないかと思うんだが、休みに入ると俺の夏期講習が終わる時間を見計らって待ちかまえて来るようになった。
そんな様子を見れば、傍から見れば2人がつきあっていると誰だって思うだろう。しかし実際は、ほんとに毎日一緒に勉強しているだけで、2人の間になんの進展もなかった。要は今だに"清い関係"だったのだ。
逃げるように自分の部屋に駆け込むと、藤掛はいつものように俺の机の隣に腰掛けて待っていた。そして俺の顔を見るなりさも嬉しそうににっこり笑う。
(今日の藤掛って…)
机に向かうと、すぐ横に座った藤掛の胸がいやでも目に入ってしまう。さきほど姉貴も言ってたように、実際、藤掛の胸はとてつもなく膨れ上がっていた。"委員長"ってあだ名(実際は図書委員だった)からもわかる通り、藤掛は見るからに地味で真面目そうだった。おっきな眼鏡を常にはずさない事もその印象を助長しているかもしれない。しかしそんな容貌とはうらはらに、バストだけは学内で1、2を争うほど目立ちまくっていた。しかもその胸には家族のほかはおそらく俺しか知らない秘密があって…そのせいもあって今年に入ってからだけでもどんどん大きくなっていっているのだ――。
さっきは姉の攻撃をかわすのに精一杯でろくに見ている余裕などなかったが、こうして2人っきりになってみるとどうしてもその胸が気になってしょうがない。いつもはおとなしいブラウスとかばかりなのに、今日の服装はどうやら思いっきりめかしこんでいるらしかった。女の子の服にあんまり詳しくないからよく知らないけども、青みがかったタンクトップのようなものの上に薄い半透明のひらひらした布地がまとわりついて、それが胸元までを覆っている。その薄ものを通してとはいえ、大きな胸の谷間がほとんど丸見えだった。肩も丸出しで、地肌がほどよく日に焼けている。さらによく見ると、顔にうっすらとだが化粧もしているようだ。地味を絵に書いたようないつもの藤掛を見慣れているから、こんな思い切った大胆な格好をされるとドキリとする。
見慣れぬめかしこんだ姿につい見とれてしまうと、本人はちょっとおどおどしたように、しかし何か言いたそうに口をうごかしかけた。けど結局何も言わない。
胸からどうにか視線を外すと化粧している顔がめずらしいのでついまじまじと見つめてしまう。すると藤掛の方もちょっと恥ずかしげにもじもじとした後、訊かれてもいないのに勝手に喋りはじめた。
「あの――少しは紫外線気にした方がいいよって…こないだ恋ちゃんに言われたから…」
「恋ちゃん?」
「大塚さんだよ、同じクラスだった。この前ここに来る途中で偶然会ったんだ」
「あ、あの大塚か」途端にあの意志の強そうな眉と快活な笑顔が浮かんできた。そしてその胸も――。そう、大塚恋は藤掛に勝るとも劣らぬ爆乳の持ち主だった。どっちが大きいんだろう、と男だけが集まると密かに話し合ったものだ。ただ、藤掛が教室の隅っこにじっと座って本を読んでいるようなイメージだったのに対して、大塚は常にクラスの中心でムードメーカーになっているような所があった。明るくさっぱりとした性格でけっこうファンも多かったんだが――不思議と誰かとつきあってるとかそういう噂はぜんぜん聞かなかったな…。
「元気そうだった?」
「うん。弟くんと一緒でさ」
「あ、あいつ弟いたんだ」
「憶えてない? 正太郎くん。ほら、去年文化祭で喫茶店やった時に来たの」
そういえば思い出した。年が離れているらしくすごい小さかったけど、まるで女の子みたいにくりっとしたかわいらしい目をしてたっけ。
「ああ、そういえばいたいた。来た途端、大塚にべったりくっついて離れようとしなかったちっこいの」
「そうそう。すっごいお姉ちゃん子みたいでさ、こないだもしっかり手つないでたよ。相変わらず仲よさそうだった」
「ふーん」
「でさ、その時言われちゃったの。若いからって今の季節の紫外線をあなどっちゃいけないって。だから――その…」
でもそれだったら、いつもよりずっと露出の多いこの服装は…。顔だけ気をつけてもしょうがないんじゃないの? とつっこみたくなる。その言い訳がましい口調自体が、本当の理由は紫外線なんかじゃないことを物語っていた。改めて指摘されるのは恥ずかしいけども、気がつかれなかったどうしよう――と妙に心配しているような複雑な気持ちらしかった。
「秋山くん。じゃ、さっそく復習しよ」
なんていい笑顔で言うんだよ。それじゃツッコミのひとつも言えないじゃないか。俺は仕方なく自分の机に向かって今受けてきたばかりのテキストを出した。
「今日は英語と世界史だったよね」
授業のスケジュールまで全部暗記してやがる。予備校のテキストをぱらぱらとめくる手つきも堂に入っていた。
実際一緒に勉強してみると、藤掛が本当に勉強ができることが痛いほどよく分かった。自分との学力の差も。現役の時は、ま、なんとかなるさと高をくくっていたけれど、今では、よく第1志望におんなじ大学を言ったもんだと恥ずかしくなる。正直言って俺は大学受験を舐めていたのだろう。
そんな俺に対して、藤掛は自分の時間を削って親身に勉強を見てくれた。それは本当に感謝している。おかげでなんとか本当の意味での学力が身についてきている、と最近になってようやく思えるようになってきた。
それでも――こうも毎日一緒に机に向かっていると、たまにはパーッと外で発散したくもなる。考えてみれば去年の今ごろはまだ、毎日グラウンドに出て必死でボールを追ってたんだよな。暑かったけども、自分の体の内側がそれ以上に燃えていて全然苦にならなかった。それが今年はただ暑いだけ。最近、あの頃の事が無性になつかしい…。
そんな気持ちを押し殺して視線を藤掛に向けると――俺の目はどうしても彼女の胸に釘付けになってしまっていた。
(「ドキドキすると――おっぱいが大きくなっちゃうの」) あの時藤掛は恥ずかしそうにそう言った。俺も目の当たりにしたから間違いないけども、この冬から夏にかけてだけでも、藤掛の胸はさらに目に見えて成長していっている。机の上には――まるで特大のスイカをまるごと2つごろりと転がしたようなふくらみが無造作にのっかっていて、薄手のタンクトップからあふれ出そうなほどむっちりと盛り上がっている。テキストを持つ手もじゃまそうだった。それがスイカでない証拠に、藤掛が体を動かすごとにぷにぷにともちのようにやわらかく動いているのだ。
ただ1度、思いっきりこの胸をもみしだいた時の事を思い出す。ブラの上からだったにも関わらずちょっと触っただけで脳みそが吹っ飛びそうなほどの強烈な衝撃だった。あの時と比べても、藤掛の胸ははるかに増大している。今、さわったら、どんな感触だろう――。
感謝の気持ちに嘘はない。けど――言い訳じゃないけど、俺だって18歳の健康な男子なんだ。こんなものがすぐ手を伸ばせば届くところにあって、変にならないほうがおかしい。なのにじっと見ているしかできないだなんて…。
さらに肌の露出が格段に多い今日の格好は、藤掛の魅力を何倍にも増幅していた。おそらく本人は単におしゃれしたい女心のつもりなんだろう。しかし俺は――気になって勉強どころじゃなかった。
「――きやまくん、秋山くん、どうしたの?」
呼ばれてハッと我に返る。いつのまにか自分の妄想の中にずっぽりはまりこんでしまっていたらしい。よっぽど胸ばかりじっと見つめていたんだろう、藤掛が照れ隠しのようにちょっとあきれ気味の口調で言った。
「今日の秋山くん、なんかぼーっとしてるよ。夏の追い込みは重要なんだからね。このまんまじゃ来年もまた――」
そこまで言いかけて、藤掛はいきなり口をつぐんだ。俺の顔から血の気がサッと引いたことに気づいたらしい。
「ごめん、言いすぎた。――そうよね、時には息抜きだって必要よね」
2人の間の緊張が解ける。それにしても暑い。俺はなにげに今の希望が口をついて出た。
「じゃあさあ、今度一緒に泳ぎに行こうよ。海とは言わないからさ、どっかプールにでも」
今度は藤掛の顔がサッと暗くなった。
「え…。泳ぐのは、ちょっと…」
「どうして? 藤掛、けっこう泳ぎ得意だったじゃない。この暑さだもん、気持ちいいよぉ」
「だって――わたし、水着…持ってない」
俺はちょっといたずら心が湧いてきた。
「いいじゃない、去年のスクール水着だって。藤掛、よく似合ってたよ」
「え…でも――」
藤掛はどう答えていいかとまどっていた。何を困っているかは俺にも分かりすぎるぐらい分かる。しかしそれを改めて口に出すのは、どうしようもなく恥ずかしいらしい――。
去年の夏、水泳の授業で見た藤掛の水着姿は今でも俺に強烈な印象を残している。今や時代遅れになりつつあるちょっと子供っぽいスクール水着を藤掛が着ると、胸のあたりだけがまるで何かをめいっぱい詰め込んだかのように大きく膨れ上がり、見てはいけないようなエロティックな水着に変貌してしまう。男子生徒の目は皆そのはちきれんばかりの胸に釘付けだった。藤掛自身はその視線が気になってしょうがないらしく、しきりと胸の前に腕を伸ばしてなんとかそのふくらみを隠そうとしているのだが、そうすると押し込まれた胸の肉が反対側にあふれかえって、やればやるほど却ってその大きさを際立たせてしまっていた。
今の藤掛の胸は、あの頃とは比較にならないほど大きくなっている。あの時の水着など胸が到底納まりきらないのは明らかだった。でも――1年前でもあれほどすごかった藤掛の胸が、今水着になったらどんなことになるのか――想像しようにもしきれなくて是非とも見てみたい。
俺の口は遊びの事となるといきなり軽やかになった。なんとかして一緒に泳ぎに行こうと口説きにかかったのだが、藤掛は気圧されているようでいてなかなか首を縦にふらない。俺はなおも藤掛に詰め寄って前に乗り出していくうちに、伸ばした指がその胸に当たってしまった。
ふるん。
ほんのちょっとかすっただけなのに、思いもかけずその胸は大きく揺れ動いた。驚いた。すごいやわらかい。しかも――布一枚下には、その間にさえぎるものが何も感じられなかったのだ。指の先に、ほとんど障害のない生の感触がダイレクトに伝わってくる。
ひょっとして…ノーブラ?
驚いた俺の表情を見て気づいたのか、藤掛はものすごくあわてていた。
「あ、ちがうの、これは…。その…今日、すごい暑かったし、それに――また、ブラがきつくなっちゃって――あの…」
勢いよく手を振るとその動きに合わせて胸がぷるぷると震える。あわてたせいで、自分が今ノーブラなことを自ら白状してしまっていた。一瞬遅れてその事に気がついて、恥ずかしげに俯く。みるみる顔が赤くなってきた。鼓動が早くなっていくのが聞こえてくるようだった。
鼓動が――。気づいたのと同時に、早くも藤掛の胸は反応し始めた。薄い生地を徐々に盛り上げるように、むくむくとさらに膨らみだしたのだ。
「あ――」
藤掛が思わず椅子から腰を浮かせ、部屋の隅に向けてそのまま後じさった。本能的に距離を置こうとしたのだろうか。
「藤掛…」
「あ…だ…だめ、来ないで――」
落ち着こうとしてるのか、しきりに深く息を吸い込んでいる。しかしそのたびに胸がはげしくせり上がっていき、むしろ一層胸を大きく引き立たせてしまっていた。しかもそうしていくうちにバスト自体も目に見えて膨張していくのが分かる。薄ものの向こうに見えるタンクトップから、乳肉がどんどんはみ出すようにあふれ出てくる。俺はその胸からどうにも目が離せなかった。
「藤掛…」
「だ、だめ。勉強しなきゃ」
そんなこと言われても俺はもうそれどころではない。正月の約束以来、ずっとおあずけを喰らい続けてきたのだ。その間、目の前でずんずんと大きくなっていくバストをただ指をくわえて見ているだけで。
「だめ…」自分の胴体で胸を隠そうとするかのように、藤掛は体をひねって後ろを向いた。しかし俺に背中を見せたのは失敗だった。そんなことぐらいで隠せるような大きさじゃないのに――。
「あ…はぅ――」
俺は気遣うようにその後ろにまわると、ほとんど無意識のうちに藤掛のわきの下から両腕を伸ばした。その胸の大きさを改めて実感したのはこの時だ。めいっぱい腕を伸ばしてもその胸を抱えきれず、結局体を背中にぴったり押し付けるようにしてようやくどうにか抱えあげられるほどだった。
重い…。思わず腕が落ちるほどずっしりとした重さが掌にのしかかった。しかしその大きさはどんなに手を拡げても持ちきれず、指の先からどんどんあふれ出していく。
「だめ――秋山くん、手…離して」
藤掛の声がせつなげに漏れる。しかし体自体は抵抗せずなすがままだった。本当はびっくりして硬直していただけかもしれない。しかし俺はそんな事を考える余裕すらなかった。それほどまでに、自分の腕いっぱいに拡がる圧倒的な質量の胸の感触に、我を忘れて夢中になっていたのだ。
「だめ…」
やっとのことでもう一度同じ言葉が藤掛の口から漏れる。しかしなんという弾力だろう。こんなに大きくて、こんなにやわらかいのに、もみこめばもみこむほどそれに倍する勢いで押し返してくる。俺はもう二度とこの胸を離したくなかった。より一層腕に力を込めて、思いっきりその胸を絞りこんだ。
「だめ――!」
藤掛の声に鋭さが増す。それとともに――腕の中の感触が徐々に張りつめてきて、押し返す力がぐいぐいと強くなっていった。その変化には憶えがあった。ことしの正月、初詣に一緒に行った時に偶然とはいえ胸をもんでしまい、遂にはブラをはじき飛ばしてしまったあの時にそっくりだった。
(きたきたーっ)
俺はますます興奮してきた。今日はそのやっかいなブラもない。もはや見境なくありったけの力を込めて胸をもみしだく。本能ってやつがどんどん目覚めてきて理性をしびれさせていった。
「だめ――だったらぁ」
藤掛の声は徐々に力を失い、はかなげになっていく。しかし俺の中にはなんというか征服欲みたいなものがむくむくと湧き上がってきて、より一層大きくなっていく胸を力の限り、押しつぶすように抱え込んだ。つぶそうとすればするほど、それに反発するようにぐんぐん胸が腕の中で張りを強めていく。急激に容量が大きくなったバストが布地を爆発させんばかりに押し広げ、もうタンクトップからあふれだしそうになっている。
(ええい、じゃまだ!)
俺は、自分と藤掛の間にあるそのわずかな布すらわずらわしくなっていた。第一このままじゃ早晩服も千切れてしまう。そうなるぐらいだったら…と、俺は一瞬腕を胸から離すと、彼女の両方の肩紐を掴んで一気に引き下げた。
「!」
藤掛が驚いて息を呑む音が聞こえた。薄物がタンクトップについて腰の近くまで引き下ろされ、藤掛の巨大なバストが服から一気に解放される。想像以上だった。初めてじかに見た彼女の胸は、それはもうきゃしゃな体から今にもこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になるぐらい、信じられないほど大きくあふれ出し、思わず手をさしのべて支えようとしたくなるほどだった。
(こんなに大きくなっていたのか…)
俺は思わず絶句した。胸全体は雪をいただいた巨峰のように淡いクリーム色に満ちあふれ、その頂にはそこだけかわいらしく甘い果実のようにぷっくりと突き出したピンク色の乳首が乗っかっている。俺はそのあまりの清冽さにさしだしかけた手を一瞬ためらうほどだった。
一瞬こぼれ落ちるのではないかと思った胸も、不思議なほど緊張感を持って張りつめ、こぼれ落ちるどころかむしろ挑みかかるようにつんと上を向いて、こちらを誘いかけるかのようにぷるぷるとやわらかく震えている。俺はたまらずその胸を下からあてがうように手をさしだした。
「だめーっ!」
しかし一瞬早く、藤掛は体をちょっとかがめるとばねのように弾けて俺の手の間をすり抜けた。しかしその先はドアではなく、逆に部屋のさらに奥にぶち当たってしまった。却って逃げ場を失ってしまった藤掛は、壁にしっかり背中をつけた状態で、どうにかして胸を覆い隠そうと懸命に自分の腕をはわせた。しかし抱えきれるような大きさではない。胸の肉が腕の間からあちこちこぼれ出し、逆になまめかしさを際立たせていた。
「だめ…やめて…秋山くん…」
震えた声で言う。胸をじかに露出してしまったことにより、一層心許なくなったみたいだ。胸の先もふるふると小刻みに揺れている。どうなってもいい。俺はもうすべての理性が一気に吹っ飛んでいた。
俺は構わずずんずんと彼女のそばに近づくと、今度こそその胸にじかに手を触れた。
「あ…」
藤掛の口から再び声がかすかに漏れる。まるで大きな声を出したらはしたないとでもいうかのような、押し殺した短い声だった。その短い中に、驚き、あせり、不安…いろんなものが含まれてて、今までにない艶っぽさを感じさせた。俺も驚いていた。その直接触れた藤掛の胸の感触は、今まで何度か服やブラの上から触ったものとは比べ物にならない。信じられないほどやわらかく、こちらの手に合わせて自在に形を変えて指がずぶずぶと中に入り込んだと思うと、次の瞬間にはしなやかにそれ以上の勢いで押し返して球形に戻ろうとする。一見はかなげな感じで実は強靭だった。それにその大きさ。掌をどんなに拡げたってぜんぜん足りない。つかもうとするそばからどんどんあふれだそうとしていく。しかも手の中でさらにさらに大きくなっていく…。
「やめて…また、大きくなっちゃう…」
広大なおっぱいの奥から、藤掛の心臓がはげしくドキドキと脈打つのが伝わってくるようだった。自分の興奮を自分で制御できないかのように。それとともに、ただでさえ目の前に拡がるおっぱいが、さらに今、むくっ、むくっと目に見えて大きくなっていく――。
俺はどんなにさわってもまださわり足りなかった。この膨大なおっぱいを、全部俺のものにしたい。けど、どんなに抱えてもすぐあふれ出してしまって全体がつかめない…。俺は、自分の欲望にただただつき動かされて、なんとかこの広大な胸を掴みこもうと必死になっていた。
ふと眼の中に彼女の乳首が入る。それは他よりわずかにピンク色に色づき、誘なうようにふるふるとかすかに震えている。
俺は気がつくとその乳首を口いっぱいにほおばっていた。そしてあらんかぎりの力でちゅうちゅうと吸いたて始めた。
「ひゃっ!」
藤掛が素の反応をする。まったく思いもかけなかったのだろう。それは俺の心をさらに駆り立てた。
「だめ…やめて――わたしの胸、おっぱいなんて出ないのに…」
かまうもんか。さらに力を込めて吸いたてる。咥えた片方の乳房を両手でしっかりと持ち上げると中身を振り出すように激しくシェイクし、顔を思いっきりうずめた。不思議なことに、こんなに吸っているのに中身がどんどん張りつめてますます顔が埋まっていくようだった。支えた両手の間も、ますます拡がっていく――。
「やめ…て。おっぱい、張り裂けちゃう――」
この急激な成長に耐えきれず、いつしか胸のすみずみの皮膚が張りつめてぴーんとなり、今にも破裂しそうになっていった。しかし俺はそうなればなるほどますますヒートアップして際限がなかった。
「い、痛い…。やめて! ほんとにもうだめーっ!!!」
藤掛の声がほんとうに悲鳴のようになり、力任せにおっぱいを揺さぶった。ぶるるんと鳴動するように胸全体が大きく揺れる。信じられないことに、俺はなすすべもなく胸から振り落とされてしまう。気がつくと床にどすんとしりもちをついていた。
「藤掛…」
俺は彼女の胸を見てハッとした。いつの間に…。先ほどと比べても比較にならないほど、彼女の胸は山のように大きくなっていた。胸が胴体を覆いかぶさんばかりにあふれかえっている。そんなになっても、彼女の胸は垂れ下がるどころか力強く上向きに張りつめ、乳首はピーンとこちらを刺すように挑みかかっている。
「だめ…やめて…お願い。おっぱい、どうにかなっちゃう…」
藤掛は涙声になりながら、誰に言うともなくつぶやいていた。
「信一、どうかしたぁ? 大きな音がしたけども」
階下から姉の声がする。さっき、しりもちをついた音が下まで響いたらしい。
「あ、な、なんでもない。ちょっとこけちゃって…」
ドアの向こうからこっちに近づいてくる足音が聞こえる。やばい!こんな場面を姉貴に見られたら…。
「だったらいいけどさぁ、あんた、まさか変なことしてないでしょうね。理沙ちゃん泣かしたら承知しないからね」
ドアの向こうでそれだけ言うと足音はまた遠ざかっていった。ほっとすると共に、俺の頭に上った血は急速に冷えていった。
また、やっちまった――。
俺はすーっと自分が冷静になっていくのを感じた。やべ…これじゃ正月の時の二の舞だよ――。
藤掛の方をまともに見れない。この胸を見てたら――また理性がふっとんでしまうような気がしたからだ。
俺、どうかしてた――。
目をそらしたままどうしても動けなかった。あんなにいやがってたのに、無理矢理――これで何が両思いだ。受験の時同様、俺は思い上がってたとしか言いようがない。しかし――落ち着いてくると共に、ふとある事に気がついた。確かに藤掛は、何度も何度も「だめ」と繰り返していた。しかし――。
失敗の中に一縷の希望を確かめたくて、なんとか親身に語りかけようとした。
「理沙子――」
藤掛の肩ががびくっと反応した。俺も、この時は衒いもなくすっと初めて彼女を名前で呼んでいた。
「ごめん――悪かった。ほんとうに悪かった。謝る。何を言われてもしょうがない。でも――僕のこと、いやならはっきりそう言ってほしい。――いや、なのかい?」
「だめ――」
「そうじゃなくって、あの――いやならいやと…」
「だめ…」
「いやかい?」
藤掛は眼鏡の奥からじっと俺の顔を見つめていた。俺がこれ以上近づこうとしないらしいと気がつくにつれて、どうやら少し落ち着きを取り戻してきたらしい。今にも張り裂けんばかりだった胸の張りも、ちょっとだけ引いてきたようだ。藤掛の口が何度か動きかける。しかしその度に口ごもって何も言い出せずに終わる。おそらく彼女の頭の中ではいろんな言葉が飛び交っているのだろう。しかしどれも表には出てこない。長いこと沈黙を経た後、とうとうあきらめたように、藤掛の口から、たった一言、言葉が漏れた。
「いじわる――」
――――――――――――
あれからもう1週間になる。藤掛とはそれっきりだ。あの後、俺は自分から部屋の外に出て藤掛が服を着るのをじっと待っていた。一旦大きくなった胸が服が入るほど落ち着くまでにまたしばらく時間がかかったのだろう、かなりの間そのままだった。いきなりドアが開くと、すごい勢いで藤掛が飛び出してきて、俺の前をそのまま横切ろうとした。
「あの…」
とにかく引き止めたくて――けど、なんと言っていいか分からなくて――俺はその後の言葉が出てこなかった。
藤掛は一瞬こちらを見ると「さよなら」とだけ言ってそのまま出て行った。その後、姉から何があったのかと激しい追及を受けたのは言うまでもない。以来、次の日も、その次の日も、藤掛は現れなかった。もちろん電話もない。俺のほうからも何度かかけようか、と思ったし、途中までかけかけたことも1度ではないのだが――どうしても最後までダイヤルを押す勇気が持てなかった。どうしようもない後悔が渦巻く。もうこれっきりかもしれない。――そう思うと、俺は、今さらながら失ったものの大きさに気がついた。勉強もぜんぜん手につかず、ほとんどやけになって無為に時を過ごしていた。
その時、家の電話が鳴った。
「はい、秋山ですが」
その途端、電話の向こうで息を呑むような音が聞こえた気がした。それから数秒の沈黙。俺も何か感じるものがあってそのまま動けなかった。
「あの、あ…秋山くん?」
藤掛だった。もう二度とその声も聞けないかもしれないと思っていただけに、声にならない歓喜が湧き上がってきた。
「あの、よかったら…一緒にプールに行かない?」
ちょっと控えめに、しかし屈託なく誘うその声に、俺はほとんど信じられない思いだった。遂に夢がうつつに現れたかと、何度も自分の頬をひっぱたいた。
そうして待ち合わせたのは――家から歩いて行ける市営プールだった。そういう選択がいかにも藤掛らしい所だ。子供の頃は夏になるとよく行ってたものだが、最後に行ってからもう何年になるだろう。
しかし本当に来るのだろうか…。誘ったのはむこうなのに、待ち合わせ場所に近づくにつれてだんだん不安がつのってくる。だから、入り口の所で、俺を見つけた途端に懸命に手を振った藤掛の姿を見た時、俺は心底ほっとした。
「や、やあ」
まだ戸惑いが隠しきれず、なんと挨拶していいか分からない。「久しぶり」じゃ変だし、いきなり「ごめん」と言うのも…。
しかしこちらにそんな間合いを与えずに、藤掛は一方的に話しかけた。
「暑いね〜、さ、泳ご泳ご」
自分から俺の手をつかむと中へと引っぱっていく。彼女の手の感触を確かに感じつつ、俺はまだどこか夢の中のようだった。もう怒ってないのか…。不安と喜びがない交ぜになって自分でも収拾がつかない。
「しっかしこのプールに来るのも何年ぶりだろ。えーと最後に来たのって…」
「あ、秋山くんもやっぱり来てた? わたしも小学生ぐらいまでよくここで泳いでたんだけどね」それを聞いた藤掛は嬉しそうに笑った。
「ね、ひょっとしたら子供の頃、プールですれ違ってたかもしれないね、わたし達」
俺はさっさと海パンに着替えてプールサイドに立った。じりじりと足許が焼けるようでじっとしていられない。一刻も早く水に飛び込みたかったが、藤掛が更衣室からなかなか出てこないのが気になった。
ようやくドアが開き、ひょこっとあの眼鏡が顔だけ出した。
「あの…秋山くん…」
「どうした?」
「どうかな、これ…」
おずおずと恥ずかしげに出てきた彼女の全身を見て、俺は息を呑んだ。水着はワンピースだったが、いわゆる競泳用水着というやつで、薄い素材で体の線がどうしようもないほど浮き出てしまう一品を着込んでいた。まさしくその胸のふくらみは壮絶だった。先週のあの時、よっぽど激しくどきどきしたのか、一段とそのスケールをアップさせている。もはや俺の頭ぐらい簡単に圧し潰してしまいそうなぐらい、山のように盛り上がっていた。
布一枚の下に、信じられないほど大きなおっぱいが絶えず揺れ動いているのがわかる。薄手の布一枚ぐらい、すぐにも突き破ってしまいそうなほど、その動きが手に取るように読み取れて、思わずまた手をさし出してしまいそうだった。
「それ…どうしたの?」
「うん。思い切って作ってみた。ちょっとスクール水着は無理だったけど、これなら素材が強靭だから大丈夫だって」
「何が大丈夫なの?」
「――んもう…」そして、少し顔を近づけると、ちょっと顔をつきつめて念を押すように言った。眼鏡の奥から、大きく見開いた目が真剣そのものにこちちらを見つめてる。
「おっぱい、絶対さわっちゃだめだからね」
その表情に、先週のあの事を思い出させてハッとした。決してあの時の事を忘れたわけではないのだ。でも――希望的観測だけども、藤掛もこの一週間俺とおんなじ気持ちだったのではないだろうか。だからこそ、わざわざ水着を新調してまで…。
「いや、なのかい?」俺は噛みしめるように、あの時の問いをもう一度繰り返した。
藤掛はくるりとこちらを向くと、一瞬顔をしかめた後、にこっと笑ってやはり同じ答えを返した。
「だーめ!」
そしてひとりプールサイドに駆け寄ると、飛び込みの体勢に入った。
「あ、め、眼鏡!」
俺の声も空しく、藤掛の体はザブンとプールに飛び込んでいった。
程なく、水面にぷかりとはずれた眼鏡が浮かびあがる。藤掛はそれを気にするでもなく、その巨大な胸を押しのけるようにすいすいと泳ぎ出した。
俺はあわてて水に手を突っ込んで眼鏡をすくい上げると、矢も盾もたまらず、足の裏に感じる焼けつくような熱さを無視してプール脇を駆け抜け、藤掛がゴールしようとするプールサイドに駆け寄った。
「藤掛!」見事に泳ぎきって水から顔を上げた途端、俺は呼びかけた。
「まったく…。なんで眼鏡したまま飛び込むんだよ」
藤掛はなんにも言わずにそのまま水から上がり、濡れた顔を手でぬぐった。俺から眼鏡を受け取ってもかけるでもなく、何度も何度も…。もう顔は乾いているはずなのに、目の下をいつまでも濡れているかのように拭き続ける。
涙…?
「ど、どうしたんだ?」
「いや――だなんて、言える訳ないじゃない。でもあの時、ほんとにおっぱい苦しかったんだからぁ…」
藤掛はそのまま、いつまでも手を顔からはずそうとしなかった。俺は何も言わず、藤掛の肩を抱きかかえてしばらく離さなかった。
「ごめんよ…」
それから2時間ほど、俺達はプールで遊びまくった。藤掛も次第に機嫌を取り戻し、よく笑うようになった。
「あの…」
さあ帰ろうとなった時、俺は藤掛を呼び止めた。これだけは今言っておかなくては、と必死だった。
「こんなこと言える義理じゃないけど…また、一緒に勉強見てくれないか?」
藤掛はじっと俺の顔を見る。俺が真剣なことを見て取ると、にこっと笑った。「うん」。
俺は、この一週間のわだかまりが、やっと溶けだしていくのを感じた。今度こそ――この笑顔を絶対に失いたくなかった。ああ、なにがなんでも来年こそは藤掛と同じ大学に入ってやるぞ、唐突にそう決意していた。
この暑い季節も、いつしか終わりに近づき始めていた。