Four seasons

ジグラット 作
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 3. I miss you 〜秋山くんのいない日〜

(何…何が乗っかってきたの…?)
 理沙子は、胸の上に何かがずっしりとのしかかってくるような圧迫感に襲われていた。息が苦しい。横になったまま身動きひとつままならかった。
 ひとりで寝てたはずなのに…。相手の姿は妙に実体がなくおぼろげに見えるだけなのに、不思議と誰だかすぐ分かった。いったいいつの間に…。そう思っている間にも胸に感じる重みだけはどんどん現実味を帯びてくる。なのに体はぴくりとも動かない。このまんまじゃ…。
(あ…きやまくん…やめて…)
 なんとか口を開こうと必死でもがく。どれぐらいそうしてたろう、ある時…ふっ、と突然体が動きだした。
 目を開くと、薄明るくなりつつある窓の外から陽の光が射し込んでくる。夢――だったの? しかしそれにしては目が覚めても、胸にのしかかる重圧だけは一向になくならない。何? 視線を下に向けた。
(あれ、いつの間に…)
 寝る時はちゃんと布団をかけて、横向きに寝たはずだった。おっぱいもちゃんと体の横に重ねるようにして重さを逃がしていた。しかし今見ると布団はすべて足許に追いやられ、自分はパジャマ一枚の姿で仰向けになっている。近頃めっきり秋も深まり、布団なしでは寒くて眠れたものじゃないのに。なんだか体中がほてったように熱を帯びていた。
 頭を枕につけたまま軽く振ってみる。どうやら熱があるわけではなさそうだ。しかし――身体を少し揺さぶっただけで、視界の中に、山のように大きなかたまりがふるふるとやわらかく揺れているのがどうしても入ってきてしまう。
 息苦しさの原因はこれだった。その重みをふり払うかのように、理沙子は一気に上半身をベッドの上で起こした。胸の上のかたまりが、パジャマの中で狭苦しそうにふるんと大きく揺れる。
 理沙子はベッドに座ったまま、改めて自分の胸を見た。パジャマは胸の隅々までみっちりと覆われ、今にもはちきれてしまいそうだ。2つの山の頂には、さらなる盛り上がりがくっきりと浮かび上がり、その尖りは生地を突き破ってしまうのではと心配になるほどそそり立っている。どこもかしこもいっぱいに張りつめていて、みちみちと音が聞こえてきそうだった。ゆうべ、寝る時にはこれよりもうちょっとは余裕があったはずなのに――。
(また…育っちゃったみたい…)
 理沙子の細身の体からこぼれ落ちんばかりにその胸は大きく大きく実っていた。そして今、本人の心配をあざ笑うかのようにさらにその質量を重ねていく…。
(夢…のせい?)
 ついさっきまで見ていた夢も、今ではもうはっきり思い出せない。けどなんとなくイメージは残っていた。秋山くんがそこにいた事は確かだ。自分もこうして横になって…。秋山くんが自分の上にのしかかるように手を伸ばしてきて――そして2人っきりで、なにかとてつもなくいかがわしいことをしてたような気がする…。
 理沙子は再び体中がかーっと熱くなってくるのを感じた。心臓も早鐘のようにスピードを増していく…。それとともに、もう既にパジャマの中でいっぱいいっぱいになっていたバストが、さらに胸の生地を押し拡げようと突っ張っていった。ボタンとボタンの間がぐーっと引きつるように拡がっていく…。
(だめっ!)
 理沙子は両手で自分の頬を同時に打ちつけた。(あれはただの夢なの。さっさと目を覚ましなさい!) どうにか気を鎮めようと深呼吸する。しかし深く息を吸い込もうとするとそれだけでパジャマを引き千切らんばかりに大きくふくらんでいく。理沙子はなんだか自分が情けなくなってきて、思わず両手で顔を覆った。
 近頃ちょっとした事ですぐドキドキしちゃうような気がする。おかげで胸はますます大きくなっていき、その勢いは止まるところを知らない。そして――そうなる度に、自分がどんどんいやらしい子になっていくみたい…。
(だめ…。秋山くんに、こんなはしたない女の子だって知られたら――どうしよう)

「理沙子、まだ寝てるの?」
 とんとん、とノックの音が部屋のドアから響く。いつの間にか陽はすっかり高く上がっていた。はっとして時計を見上げたが、その時になって今だ眼鏡すらかけていないことに気づいた。
「あ、はぁい。今起きます」
 枕許の眼鏡に手を伸ばす。かけた途端いきなりくっきりとした世界に妙な違和感を覚えた。
 立ち上がるとなんだか体が重い。やっぱり寝冷えしてちょっと熱があるのかもしれない。足を引きずるようにパジャマ姿のまま洗面所に向かい、母親におはようの挨拶を済ますとあたりを見回した。
「お父さんは?」
「もうとっくに会社に行ったわよ。――珍しいわね、あんたが寝坊するだなんて」
「うん…。でも今日は3限からだから、まだ大丈夫」
 カレンダーをちらりと見て日付を確認すると、ふっ、と思い出した。
(そっか…。今日から3日間、秋山くんいないんだ…)
 自分でもびっくりするぐらい気分が落ち込んでいくのが分かる。きのうの夜電話がきて、なんでも田舎の方で親戚に不幸があったらしく、今日早くから一家総出で出かけているはずだった。帰るのはあさっての夜になるという。
(3日も会えないんだ…)
 秋山くんとはここ半年ほど、ほとんど毎日のように顔を合わせていた。会うのが当たり前になっていて――いきなり会えないとなると、たった3日でもすさまじく長い時間に感じられた。
 なんとなくうわの空で歯を磨いていると、横から母親が心配そうな顔で覗きこんでいた。
「理沙子――」両手で胸のあたりをさするようなしぐさをする。「あんた、また…きつくなったんじゃない?」
 傍から見ても一目瞭然だったらしい。
「え? あ、まあ、でもまだ大丈夫だと思う」
 嘘だった。こうしててもいつ弾けてもおかしくないぐらいに、胸がひどく締めつけられているのだ。けどこのパジャマだって作ってまだひと月も経ってない。さすがにもう小さくなったとは言いづらかった。
「遠慮しないでいいのに。ほら、もうボタンが飛んじゃいそうよ」
 そう言うと、横から手を伸ばしてそっとボタンをひとつはずす。その途端、中からバストがぼゎっと勢いよくあふれ出しそうになる。理沙子は恥ずかしそうに目を伏せた。
「ほんと、誰に似たんだろうねぇ」
 母親が、向こうに行きながらなにげなくつぶやいたのが聞こえてくる。そう、母の胸はさして大きくはない、ごく普通の大きさだった。親戚の中にも、別段巨乳というほどの人はいない。理沙子だけが――まるで突然変異のようにどんどん胸が大きくなっていくのだ。ブラも服も、もうとっくに既製品では入らなくなっている。
「そうそう、お母さん聞いたんだけどさ、新宿に、胸が大きい人専門の下着屋があるそうよ。こんど行ってきたら?」
「新宿? ちょっと遠いなぁ」
「でも、そこなら理沙子ぐらいのサイズでも置いてあるって話よ。行ってみる価値はあると思うわ」
「うん――そのうち、時間があるときにでも…」
 自分でも驚くほど言葉に力がない。なんだか動くのもおっくうだ。秋山くんがいない、そのことだけでこんなにも気分が萎えるだなんて自分でも意外だった。

 なんとなく元気が出ない。出かける気力も湧いてこない。しかしそんな日でもお構いなしに足は勝手に大学に向かって行く。学校があるから――理沙子はその事に何の疑問も抱いていなかった。
 教室の中はまばらだった。教壇の上ではまだ若い准教授がちょっとぎこちなさそうに講義を続けている。理沙子も机の上にノートを広げてはいるのだが、どうにも集中できずに心がすぐどこかに行きそうになってしまう。
(いけない。授業中なのに…)
 いつもだったら、ろくに出席もせず、出てもただ漫然と話を聞いてるだけの他の生徒に文句のひとつも言いたくなってたのに、これじゃ他人の事言えない。しっかりしなきゃ、と何度自分を奮い立たせたか知れない。しかしどうやっても授業に身が入らなかった。
 講義が終わった時も、時間中、理沙子のノートにはほんの数行書き加えられただけだった。
(やっぱりちょっと熱があるのかも…)
 少しだけ弱気になって席を立とうとした時、後ろからいきなり自分の名前を呼ばれた。
「あ、理沙っちいたぁ、よかったぁ」
 顔を上げると、そこに同じクラスの女の子が立っていた。けっこうちゃらちゃらした感じの子で、それほど仲がいい訳でもなかったが、時々一緒にお昼を食べたりしている程度の付き合いはあった。
「こんな出席も取らないような般教でも理沙っちならひょっとして…と思ってきたら大あたり。ラッキー」
 今、正直あんまり話したくない気分だったけど、そんなことお構いなしにその子は理沙子の前に立ちはだかる。黙って逃がしてくれそうな雰囲気ではなかった。
「ねえねえ理沙っち。今晩ヒマ?」理沙子がとまどうのも構わず、その子は矢継ぎ早に話しかけてくる。
「え、あの…今日は…」
「時間あんだったら合コン行かない? なんとあのK大学の学生とわたりをつけたんだけどさ、急にひとり欠員がでちゃって女子が足りないの。理沙っちが来てくれると助かるんだけどなぁ」
「わたしは――いいわ。だって、合コンってお酒のむんでしょ。わたし、まだ未成年だもの」
「ちょっと理沙っちぃ。今時大学生で『未成年だから』って飲み会断る人いないよぉ。まったく、変に真面目なんだからぁ。だいたいいっつも授業終わるとすぐ帰っちゃうしさぁ。ひょっとして今時門限でもあんの?」
「門限? そんなのないよ」相手はちょっとほっとした顔をした。「なくても夕飯までにはいつも家にいるし…。それに週に3日はわたし晩ご飯の当番だから、もっと早めに帰ってるな」
「ちょっとそれって…門限の必要すらないじゃん…」その子は思わずあきれたような顔をした。
「もったいないよ、せっかく大学入れたのにさぁ。理沙っち、合コン来れば絶対もてるよぉ…。どうせカレシいないんでしょ」
 理沙子の頭に秋山くんの顔がとっさに浮かぶ。秋山くん、自分の彼氏と言えるんだろうか。確かに毎日会ってるし、間違いなく――大好きなんだけども…、なんだか、恋人とかそういうのとは――なんか違う気がする。というか、自分がまだそういうのに踏み出せないでいる。でも――今日は、秋山くんがいない。だからこそ、合コンみたいなものにはなおさら行ってはいけないような気がした。
「ううん、やっぱりいいわ、悪いけど。実は今日、朝から熱っぽくって…。帰って早く寝るわ」最大限申し訳なさそうに、しかし丁寧に断った。
「うーん。残念。今度は、きっと来てよ!」
 言うが早いか、その子はきょろきょろと次の女友達を探してあたりに視線を走らせた。見知った顔を発見したらしくすぐさまそちらに駆け出していく。理沙子のことなどもう頭からすっかり放り出してしまったかのようだ。理沙子はほっとした一方、どこか拍子抜けしたような気がした。

 家に帰って部屋に入ると、体は自然に机に向かってしまう。もうほとんど自動的に体が動いて鞄からノートを出し、今日の復習を始めている自分がいる。もう小学生の時から1日として欠かさずやってきた習慣で、そうしないと却って落ち着かないのだ。多少熱があったぐらいではやめようとも考えなかった。
 でも――今日はノートを開いた所で手が止まった。
(秋山くんち…行っても誰もいないんだよね)
 いつもなら一通り復習を済ませると矢も盾もたまらず秋山くんの家に向かっていた。なのに、今日は例え行ってたとしても鍵が閉まってて扉が開くことはないのだ。
(なにしてるんだろ、わたし…) なんだか急に自分がやっている事が空しくなってしまった。実際、大学に入ったとこまではよかった。第一志望にも受かったし、さあ、さらに勉強していこうと単純に考えていた。でも入ってみたら――。バイトに明け暮れてほとんど大学に来ない人、サークルに入り浸って講義なんてほったらかしな人、なにやら妙な政治的活動に打ち込んでしまっている人…。理沙子にとって大学は勉強しに来る所のはずだった。みんな一所懸命勉強して受験を勝ち抜いた人ばかりのはずなのに…。きちんと講義を受けて、知識を身につけようという人はほとんどいない。そういう人たちに囲まれて、なんだか自分ひとりどんどん取り残されていってるような思いに最近しばしばとりつかれていた。
 考えてみれば、自分はずっと勉強しかしてこなかった気がする。勉強することが当たり前で、勉強ができさえすればまわりに認められた。でも、近ごろその価値観がどんどん崩れていくような気がしてしょうがない。バイトやサークルばっかりしている子も、それぞれ自分の好きなことに打ち込んできて、理沙子にはすごく輝いて見えた。みんな一所懸命だ。なのに自分は――。
 理沙子は最近、自分が"勉強"という、もう通用しない古い価値観に必死でしがみついて、なんとか自分の存在理由を保っているような気すらしていた。
 はたしてわたしにも何か、勉強以外に夢中で打ち込める事があるのだろうか。好きなことといえば――そう考えた途端、頭の中に秋山くんの顔がどんどん浮かんできて止まらなくなってしまう。またたく間に、今まで見た秋山くんのいろんな表情が次々湧いて出て理沙子の頭を占領してしまった。
 理沙子はもう他に何にも考えられず、机の上に突っ伏した。しかし机に自分の顔がつくずっと前に、机の上を大きく占領している自分の胸に顔をめり込ませる格好になってしまう。むくむくに張りつめた胸の感触が頬に当たって心地いい。
「秋山くぅん…、会いたいよぉ…」自分の胸に顔をうずめたまま、そっと声に出してみる。かすかなヴァイブレーションが胸にこだましてちょっとむずがゆかった。

 ――――――――――――

 次の日、理沙子は午前中で講義が終わると、そのまま新宿まで足を伸ばした。きのうの朝母親に教わった、例のランジェリーショップに行ってみようと思い立ったのだ。
(なんだか家にいても、勉強に手がつきそうにないし…)
 結局きのうはあれからずっと、いろんな事が頭の中で空回りするばかりで何も手につかないまま終わってしまった。たった1日、秋山くんに会えなかっただけで――いつの間にか、こんなにも自分の心の多くを秋山くんが占めていただなんて、驚くしかなかった。
 いっそのこと外で気を紛らわそう、そう思っての行動だった。実際、ブラジャーの事は一刻の猶予もなく必要に迫られていたし。今してるのだって、きのうからどうにもきつくて息がすぐ切れてしまうほどなのだ。ここに来れば、オーダーすることなくその場で手に入るという――確かにすごいことだった。

 新宿の片隅に立つそのビルの中に一歩踏み入れただけで、理沙子はその想像以上の広さにびっくりした。それは今まで理沙子が行ったどの店とも規模が一段違っていた。いくつものフロアいっぱいにさまざまな大きさのブラジャーが並んでいる。それも普通の店じゃ絶対お目にかかれないような特大サイズのものばかりなのだ。平日昼間のせいか店内の人影はまばらだったが、あふれかえらんばかりのブラがそれだけで花園のように華やいで見えた。
(これぐらいかな)理沙子は手ごろそうなひとつを手にとってサイズを確認する。しかし――一見すごく大きく見えたそれも、理沙子が今しているものよりまだ小さかった。
(もっと大きなサイズは――あ、あっちかな)
 天井に吊るされた案内板を見ながら、より奥のコーナーへと足を運ぶ。ここら辺かな?と思ったあたりに先客がひとり見えた。自分と同じぐらいの年恰好でやはり眼鏡をかけている。その横顔には確かに見覚えがあった。あれは…
「あれ、理沙ちゃんじゃない。奇遇ぅー」
 一足早く、相手もこちらの姿を認めてちょっと驚いたように声を上げた。
「恋ちゃん――」
 高校時代の同級生、大塚恋がそこに立っていた。会うのは夏以来だったろうか。でも常に明るくはきはきしたその様子は変わってない。自分みたいにうじうじしてない、理沙子にとっては密かにあこがれている存在だった。
 その時、恋の腰の辺りからひょっこりともうひとつ顔が現れる。それまでちょうど恋の体の影に入って見えなかったけど、弟の正太郎くんだった。
「正太郎くんも…」
 相変わらず女の子みたいにかわいらしい。ヨーロッパの方では可愛い子供の事を"砂糖菓子"なんて呼んだりするけど、正太郎くんはまさしく"砂糖菓子"だ。ふわふわと細くやわらかそうになびく髪は、本当に触れたら溶けちゃいそうな感じがする。
「ひさしぶりだね、お姉ちゃんのこと憶えてる?」
 腰をかがめ目線を合わせるようにして話しかける。けど正太郎くんはなぜかちょっとむすっとして向こうを向いてしまった。けどそのふくれた顔がまたかわいらしい。
「正ちゃん、最近子ども扱いされるとすぐふくれちゃうんだよね。もう中学生なのにいつまで経っても子供みたいでさ」
「え? そうなの?」てっきり小学3年生ぐらいに思ってた。おそらくクラスでも一番小さいんだろう。でも、きっとクラスの女子にもてるだろうな。
「しかし理沙ちゃんも成長したね」
「恋ちゃんこそ…」思わずその大きく盛り上がった胸を見つめてしまう。恋の胸は高校の頃から飛びぬけて目立っていたけれど、しばらく見ないうちにさらに見違えるほど大きく膨らんでいた。
「なに言ってんの。やっぱり理沙ちゃんは一番のライバルだね。こっちもずいぶん大きくなったつもりだったけども、こうして並ぶと――うーん、負けちゃいそう。でもやっぱり理沙ちゃんもここのブラ使ってるんだ。今まで会わなかったね」
「ううん、わたしは今日が初めて」
「そうなんだ。わたしは卒業するちょっと前ぐらいからかな。いや、ここはいいよ。オリジナルブランドでわたしぐらいのサイズでもちゃんと置いてあるんだもの。その場ですぐ試着できるってのがいいね。理沙ちゃん今何カップ?」
「え…あ…」いきなりの質問にしどろもどろになってしまう。今しているブラはもうきついし、もう――2サイズぐらい上を言えばいいんだろうか。とすると…。
 こっちがとまどっているうちに、恋はさっさとそばにあったブラをひとつ手に取っていた。
「理沙ちゃんにはこれがいいんじゃない?」無造作に出してみたのは、思った以上に大きなカップのものだった。
「え、わたし、こんなには…」
「大丈夫だよきっと。実はこれ、わたしが今使ってるサイズなんだけどさ、理沙ちゃん、見たところ大体同じぐらいの大きさだから…。試しにつけてみたら?」
 理沙子はむりやりそのブラを手渡されると、勢いに負けて試着室に押し込まれた。

「あ、ぴったり――」その強引さに半ばとまどいながらおそるおそる着けてみると、意外なことに大きくも小さくもなく、すっと自分の胸に差し込まれるようにフィットして違和感がない。なんというつけ心地だろう。胸全体をやさしく包み込むように支えてくれる。それとともに自分の胸が思ってる以上に大きくなっているのを改めて実感させられた。ひょっとするときのう今日だけでまた2まわりぐらい大きくなってしまったのかもしれない。
「どう?」
 外から恋が声をかけてくる。
「恋ちゃんすごい。これぴったり」
「やっぱりね」
 結局そのブラをつけたまま会計を済ませる。あまりに付け心地がよかったものだからもう外したくなくなってしまったのだ。さらにもう2着、同じサイズのブラを買うとお財布はきれいさっぱり空になっていた。
 それまでつけていたブラを、持っていたトートバックの中に押しこむ。巨大なカップがつぶしきれず、不恰好にふくらんでしまうけどしかたがない。
 それを見て恋がニヤッと笑って「やったね」と話しかけてきた。
「わたしもそれよくやっちゃうんだ。ここで買うと、あんまり付け心地がいいんでもう一刻も前のつけてられなくなっちゃうんだよね。理沙ちゃんもきっとここの常連になるよ」
 理沙子は頬笑んだ。「ほんと。すごいですね、ここ。こんな大きなサイズが並んでるなんて…。いったいどれぐらいまで大きなサイズがあるんだろ」
「それがね、なんでもわたしたちですら思いもよらないようなスーパーサイズのブラもここにはあるんだってよ。さすがに特注だけどね」
「そんなのつける人いるの?」
「うわさだけどね。なんでもわたし達より年下で、まだ高校生だとか…」
「まっさかぁ」2人でにこやかに笑いあった。

「ねえ、お姉ちゃん」
 ふと、正太郎くんが姉の手を引っぱる。そういえば買い物に夢中ですっかりその存在を忘れてた。お姉ちゃんと一緒とはいえ男の子がこんな所に連れてこられて、退屈してたんじゃないかな。何やら訴えかけるような目で姉の顔を見上げていた。
「なに、正ちゃん…」じっとその顔を見て、なにやら察したようにうなづいた。
「なんかすっかり長居しちゃったね。じゃあ、わたし達もうそろそろ…。理沙ちゃん、またね」
「あ、うん…また連絡するね」
 恋たちは手をつないだまま去っていった。相変わらず仲よさそう…。理沙子は、思いもかけずいい買い物ができて、気分よくその余韻を楽しむかのようにそのまましばらく店内をぶらついてみた。けど慣れない場所で勝手に動くもんじゃない、そろそろ帰ろうと出口を探してみると、自分がどこにいるんだかさっぱり見当がつかなくなっていた。迷ったのだ。広い店内で、どこに向かっていいか分からず手当たり次第に歩いてみる。
(ここかな?) それらしきドアに当たりをつけてみたのだが、開けた向こうはなんだか薄暗い部屋で到底出口があるようには見えない。それにどことなく入ってはいけない雰囲気に満ちていて、あわてて身を引こうとした。
 しかし――その時なんだか奥の方に人の気配を感じた。気になってもう一度覗き込む。誰かいる――?
 目を凝らすと思いもかけずさっき別れた恋の横顔が浮かび上がる。恋ちゃん、こんなところで何してんの?と声をかけようとしてハッと身構えた。いつもの恋ちゃんじゃない。その目は何かにとりつかれているかのように宙を舞い、あえぐような声すら聞こえてくる。なにより――服がブラごとずり上げられてその大きなバストがすべてさらけ出されている上、その胸に2つの小さな手がのびて懸命にまさぐっているのだ。その手をたどっていくと、必死そうに光るかわいらしい目が2つ――正太郎くんだった。
(れ、恋ちゃん…、いったい――何やってんの!)
 体がびくんと揺れて鼻の上で眼鏡が踊る。理沙子はそのまま息を呑んで動けなくなった。ただ目だけはまばたきすらせずに2人を見つめ続ける。
「お姉ちゃん、僕、もう我慢できないよ」
 押し殺したようなくぐもった声だった。それだけに必死さが伝わってくる。
「正ちゃん、ね、ここじゃ…。お家に帰ってからね、いい子だから」
 恋のなだめるような声が響く。しかしその声には力がなかった。
「僕は…僕は、もう子供じゃないよ」
「だ、だめだったらぁ…」
 そう言いながらも恋は正太郎の手を払うでもなく、思うに任せていた。頬は次第に上気して赤くなり、息遣いも徐々に荒さを増していく。その大きくふくらんだ胸はまるで生きているかのようにぐにぐにと絶えず形を変えていく。正太郎は片方だけで自分の頭よりはるかに大きいその乳房に身体ごとあずけるように挑みかかり、両手をいっぱいに広げてもみまくっていた。
「だめ…正ちゃん、そんなに刺激したら…また、おっぱい大きくなっちゃう…」
 恋の言葉はますます余裕がなくなっていく。何か切羽詰っていくようだった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんだってずっと我慢してたんじゃないの?」正太郎は小さな掌を恋の胸の先で今まで以上の力で握り締めた。「はうっ!」恋の口からたまらずうめき声が漏れる。
「おっぱい、すごい張っちゃってるよ」
「やめて…ここじゃ、ね。お家帰んなきゃ」
「僕…お姉ちゃんのミルク飲みたい」正太郎はなりふり構わず恋の胸をぎゅっと鷲づかんだ。
「あ…だめ、あ、あ、そんな――乱暴にしちゃ…おっぱい、あふれちゃうぅ」
 言うが早いか、恋の乳房の先から遂に耐え切れなくなったかのように白いものが幾筋も勢いよく噴き出てきた。正太郎はそれを見ると、むさぼるように大きく口をあけて恋の乳首を含み、ちゅぱちゅぱと音を立てて吸い始めた。
「しょ、正ちゃん、いい――お姉ちゃんのおっぱい、もっと吸って――」
 恋の表情がそれまでとはみるみる変わっていった。自らの快楽に支配されていくかのように、恍惚としていく…。
 正太郎も、姉のミルクを一心に吸いながらも、いても立ってもいられないかのようにばたばた足を跳ねさせている。息も急激に荒くなっていく。半ズボンの前はいつしか内側から突き刺さんばかりに尖り、痛々しいほど膨れ上がっていた。正太郎は一旦口を姉の胸から離すと、一刻の猶予もないかのように手探りでベルトを外してズボンを勢いよくずり下げた。その下から、細いながらも力強いものが、天を突き上げんばかりにそそり立つ。
「お姉ちゃん…。いいでしょ…」
 正太郎の腕が姉の下半身に伸びる。恋はもう抵抗しようとしなかった。よく発達した下半身を包み込んだGパンのベルトを外すとジッパーを下ろし、そこに手を差し入れた――。

 理沙子はそれまで動かず――いや、動けずに2人の一挙手一頭足をじっと見つめていたが、ここに至ってどうにも堪えきれなくなって背を向けた。足がガタガタと震えて崩れそうになるのをなんとかこらえて、物陰に身を潜めて壁にもたれかかった。
(しょ、正太郎くんは弟じゃないんの――。姉弟で、そんなこと…)
 ドキドキがどうにも止まらない。今買ったばかりのブラジャーが急激にきつくなっていくのを感じたが、自分ではどうしようもできなかった。直視しなくても、今もなお背後からは2人のますます激しくなる息遣いが聞こえてくる。もう誰もが踏み入ってこれないような世界を辺りにかもし出していた。
(あ、あ、だめ…)
 理沙子は自分の胸がカップの中でみるみる膨らんでいき、ブラを極限にまで引き伸ばしていくのを感じた。
 いけない!これ以上ここにいたら、おっぱい大変なことになっちゃう。動かない足をどうにか必死で踏み出してみる。感覚がまるでない。まるで自分の足じゃないみたいだ。油が切れたかのように関節がきしみをあげるのを聞きながら、どうにかその場から離れ、誰もいない建物の隅まで来てなんとか荒げた息を整えようとした。
(だめ、落ち着いて…。これ以上ドキドキしたら、わたし…)
 しかしその時、遂に耐えきれずブツンと音を立ててホックがひとつ飛んだ。ああ、今買ったばっかりなのに…。ブラのホックを飛ばしたのは、今年の正月以来2度目のことだ。あの時は秋山くんに胸をさわられたからだけども、今日は一人で勝手に…。

 とにかくここを離れなきゃ、とわき目も振らずに家に帰った。しかし部屋で自分の机に向かった後になっても、緊張はまったく解けない。頭の中に焼きついた映像が何度も何度もリバースされて止まらなくなってしまった。
 つい半年前まで同級生だった、仲のいい友達の秘密…。あんな、本能のままのような表情、想像もできなかった。(恋ちゃん、なんで…うそでしょう!) とにかくショックが大きすぎて、他には何も考えられない。
(いやらしい――)心の中でそう叫びながら、自分の体の芯がしびれるように熱くなっていくのを止めようがなかった。自分で見る事を拒絶してその場を去りながら、あの後2人がどうなったのか、気になって気になってしょうがないのだ。
(弟って…ああいうものなの?)
 兄弟のいない理沙子には見当がつかない。あのかわいらしい瞳の奥から、野獣のような猛々しさがあふれだしていた。そしてその細い腰から思いっきり突き出したあれ――。あんなものは初めて見た。自分にはないもの――強い拒絶反応を起こしながらも、一方でのどの奥がからからに渇いていくような渇望を感じ始めていた。
(いやらしいのは――わたしだ…)

 ――――――――――――

「ずいぶんと久しぶりね。その後どう?」
「あ、はい…。ご覧の通り、です」
 ゆうべは結局一睡もできなかった。朝になったらいよいよ熱が出てきたような気がして、理沙子は大学を休んで病院に行った。そうしたら――この先生と鉢合わせしてしまった。
 結局立ち話もなんだから、と心療内科に連れて行かれて半ば無理矢理に診察されてしまう。この先生に診てもらうのは1年ぶりだ。昨年、どんどん大きくなる胸に不安を抱いた母親に引っぱられるようにこの病院に来て、結局この、若いけども優秀な女医として評判の先生に診てもらい、そして――自分の例の体質について知らされたのだった。

 理沙子は上半身裸にされて、胸を丹念に触診されていた。いくら同性の医者とはいえこのようにされるのには抵抗があって、だからあれっきり来なかったのに…。
 一通り診察も終わり、服を着る理沙子を観察しながら、先生は内心驚きを隠せなかった。
(それにしても、この胸の成長っぷり、想像以上だわ――。ひょっとして…)
 脳裏にふとあることが思い当たった。
「ねえ藤掛さん」
「はい?」
「あの、間違ったらごめんなさい。あなた、今――好きな人がいるんじゃない?」
 え、と短い驚きの声が上がって、そのまま顔がみるみる火照ってきて顔があげられなくなってしまう。ただその一言だけで、理沙子はなんだか胸が張りつめていくようだった。
「あ、ごめんなさい、いきなり驚かしちゃった?」先生はそう言いながらも、その反応の大きさに驚いていた。
(だいぶ重症みたいね) わずかにうなずくと、相手をはげますように言った。「あのさ、そういう人がいるんだったら、思い切って自分からぶつかってったら。藤掛さんを嫌う男の子なんてそうそういないわよ」
 そう言われて、理沙子の頬はますます赤く染まっていく。
「え、あ、あの…。その人とは、つきあってるっていうか、なんていうか…」
 なんか引っ込みがつかなくなって、理沙子は秋山くんとの事を一思いにしゃべっていた。途中相槌を入れながらも、先生は最後までじっと聞いていた。
「うーんと、それじゃあ"友達以上、恋人未満"ってとこなのかな。その"秋山くん"とは」
(まあ、一番楽しい時といえないこともないんだけど、そんな宙ぶらりん状態、この子の体質にとっては最悪だわ) 口では相槌を打ちながら、彼女の体の中で何が起こっているか、先生はじっと考え込んでいた――。

 理沙子の体質は、性的な興奮状態が高まるとそれに反応してエストロゲンをはじめとする乳房を発育させる各種ホルモンが一時的に大量分泌されてしまうというものだった。確かに精神状態によってホルモンの分泌量が増減するのは普通のことだが、ある特定のホルモンだけが、これほど急激にあふれ出るなんて症例はこれまで聞いたことがない。その作用で、興奮にともない乳房が劇的なまでに膨張してしまうのだ。さすがにその膨張自体は一時的なものだが、分泌したホルモン自体がなくなる訳ではないので、結果的に乳房はその都度人並みはずれた成長を遂げることになる。
(思春期特有の現象と言えないこともないけど、これほど急激な例って聞いたことないわ。でも、一番の問題は、彼女が一貫して成績優秀な優等生できたことなのよね。いわゆる「よい子」なのよ。本人も気がつかないうちに、その"よい子"の枠にがっちり収まって今だ一歩も抜け出せないでいる。体はもう充分成熟した大人になっているのに、精神はいつまでも子供の殻を破れないで――というか性的なものに関心を寄せること自体に強い拒絶反応を起こしてしまっている。そのために頭と体の間にギャップが生じて、そこに大きなフラストレーションが発生しているんだけども…。だから今、彼女はちょっとした事ですぐ興奮しやすい状態にあるのに、頭ではそれを無意識のうちにさらに内に押し込もうとしている。結果として欲求だけが解消されずにどんどん溜まっていって――経験がないから、自分がどんなに欲求不満かってことが、きっと分からないでいるのね…。例えてみれば、そうして溜まりに溜まった性的な欲求が胸からあふれ出そうとして膨れ上がっているようなものなのに。それを開放してやれば、この胸の急激な成長も少しは落ち着くと思うんだけどなぁ)
 この状態をどう打開すべきなんだろう、と先生は考えあぐねていた。(いっそのこと、ちょっと荒療治だけど…) ある決意を胸に、表情を引き締めて再び理沙子と真正面から向き合った。

「藤掛さん」
「はい?」
「いい、これから話すこと、ちょっとショッキングかもしれないんだけど」
「はい…」何を言われるんだろう、と理沙子はつい身構えてしまった。
「女の子にだって、ちゃんと性欲はあるのよ。もちろんあなたにもね」
「え、わ、わたし…そんな――」
 予想通りだ。認めようとはしない。しかしさらに必死で抵抗しようとするのを手で制した。
「聞いて。あなたのような真面目な子が、そういうのを認めたくない気持ちも分かる。でもね、あなたはもう立派な大人の体なの」
 理沙子は俯いたままじっとしている。
「ね、藤掛さん。あなた、自分のおっぱい、どう思う?」
「あ、はい…すごく、大きいと思います」
「でしょ。他の人と比べてずばぬけて大きい。これはもう、あなたの体が充分立派に成熟してる証拠なの。なのにあなた自身が自分の中の大人を否定して、子供の殻の中に自分を無理矢理押し込めようとするから、体のほうが抵抗して、そうじゃないよ、ってどんどん自己主張しているの」
「この胸が…?」
「そう。だからね、あなたが、自分が大人であることを認めない限り、そのおっぱいはこれからもますます、際限なく大きくなってっちゃうわよ」
「そんな…」
「ほんとよ。すぐには分からないと思うけど、今先生が言ったこと、帰ってからじっくり考えてほしいの。きっと分かる日が来るから」
 それだけ言うと、先生はにっこりと笑った。

(大人…か)
 理沙子は帰ってからも素直にその事を考え続けていた。
 大人になるってどういうことだろう。
 確かに自分はもうすぐ19歳になる。ということは来年の今ごろにはもう二十歳。社会的にも成人したとみなされる年齢になってしまう。なんだか信じられないけども確実にそれはやってくる。
 大人の女――ふと、きのうの恋の顔が浮かんできた。同い年の元同級生、仲のいい友達の"大人"の顔をいきなり見てしまった。自分もいずれあんな風になるんだろうか…。
 もちろん大人の男女の関係――子供がどうやってできるかは、知識としては知っていた。ただ、自分が将来そんなことをするだなんて、今でもなんだか信じられない。正直な話、他の人はみんなほんとにそんなことしてるんだろうか…と疑いたくなるほどだ。例えば、自分の両親がそんなことをしてるだなんて…どうしても想像できない。けど、ちょっと考えればしていないわけがない事は明らかだった。なぜなら――。
(だから、わたしがいるんだもんね…)
 理沙子は、なぜだか自分が母親の胎内に宿った時のことなんて想像してしまった。かーっと顔に血が昇っていく…。
 最近、とみにドキドキしやすくなった気がする。こうして部屋にひとりでいるときでも、ちょっとした事ですぐ赤くなってしまうのだ。
(――あ、だめ。また…)
 ブラジャーの中で、またみしみしと胸があふれ出そうになってくる。苦しくなって、あわてて手を背中にまわしてホックをはずした。ふぅっ、と大きく息をつく。支えを失ったブラが服の中でわさわさするので、ブラウスのボタンをいくつかはずしてブラを引き抜いた。
 こんなことをいったい何度繰り返したろう。いつからか、部屋に一人でいる時にはノーブラでいることが多くなってしまった。そのまま秋山くんの家に行っちゃって冷や汗かいたことも1度ではない。くびきから開放されたバストは生き生きとしてさらにひとまわり大きくなったように見える。
 乳房が直接布地に触れる。引き伸ばされたブラウスの生地がくすぐったいような刺激を胸に与えた。
――これからもますます、際限なく大きくなってっちゃうわよ…
 ふと、昼間の先生の言葉が頭に蘇る。理沙子は自分の胸にそっと手を伸ばしてみた。いつのまにか、目一杯腕を伸ばさなければ抱えきれないほどの大きさになってしまっている。これがさらに成長していったら…。
 両腕に、ずしりとした重さを感じた。ちょっと腕を揺さぶってみただけで、腕の中で、抱え上げられた乳房がたぷんたぷんと波打っている。胸の先に当たっている所がなんかこそばゆい。いつしか理沙子は、その部分に神経を集中させて、手のひらでさらにさすってみた。
(あ…)
 こそばゆさが、手の中で少しづつ拡がっていく。不思議な感覚が、徐々に大きな胸の奥のほうに染み込んでいくようだった。なんだろう…。やめなきゃ、と頭の片隅で警告が発せられるのを聞きながらも、手の動きはどうにも止まらない。いや、むしろだんだんに動かす指に力が入っていくのが分かる。それにつれて、さらに脳の奥からしびれるような悦びが湧き上がっていく…。
(だめ、やめて…)
 頭の片隅でひっきりなしに危険信号が発せられている。でも、胸の奥でむずがゆいような感覚がどんどん広がっていき、手の動きは自分の意思と関係なくますます激しくなっていった。身体全体が、今知ったばかりの新たな刺激を飽く事なく求め続けてやまない。
(どうしちゃったの、わたし…)
 自分の体の奥で、今まで知らなかった衝動が怒涛のように渦巻いて、今にもあふれ出しそうになっていく。だめ…。いくら止めようとしても、内部でぱんぱんにふくらみきった欲望が今にも破裂しそうだ。
 不意にまた、弟に盛んにおっぱいをもみしだかれていた恋の表情が浮かんできた。恋ちゃん、気持ちよさそうだったなぁ。わたしも今、あんな風に胸を触られたら、どんな気持ちがするんだろう…。
 この手がもし秋山くんのものだったら――。想像した途端、自分の中のヴォルテージが一気に急上昇していった。もうなんだか分からない。まるで自分の体が真っ赤に熱せられたような気がして、快感がどこまでも、どこまでも高く駆け上っていった。
(秋山くん、だめ、さわっちゃ――でも…やだ、やめないで。わたしのおっぱい、めちゃくちゃにして――)

 ふっ、と後ろに誰かがいるような気がして手が止まる。
 誰?
 理沙子はあわてて手を胸から離して振り向いた。間髪いれずドアがノックされる。「理沙子、大丈夫?」ドアが開いて母親が顔を出した。
「あ、うん。大丈夫。病院でも、大したことないって」
「そう。もうすぐご飯だけど、食べられる?」
「あ、はぁい、今行きます」
 母親が階下に下りていく音を聞きながら、理沙子はすっと気が抜けていくのを感じた。しかし、あの熱い感覚は今も体中に生々しく残っており、今ちょっと刺激を加えただけで再び燃え上がりそうだった。
(わたし――どうしちゃったの…)
 部屋はいつの間にかすっかり暗くなっていた。理沙子は机の明かりを点けると、大きく前に突き出した自分の胸をじっと見つめた。本当に自分でも信じられないほど大きくなってしまっている。これが、先生が言うように自分の体が発している叫び声だとしたら…。わたし――いつの間に、こんなにいやらしい子になっちゃったんだろう…。
(なんだか、秋山くんがいないとわたし、どんどん淫らになっちゃいそう――助けて…)

「ごちそうさま」
 夕飯をほとんど押し込むように食べると、理沙子はまた部屋に籠もった。机に向かったまま何をする気にもならない。ちょっと手を動かしただけで机の上を占領している胸に当たってしまいそうだし、考えるとまたいやらしい妄想が勝手に噴き出してくる。がんじがらめだった。
 何もするでもなく、ただぼーっと掛けられたカレンダーを見つめていた。今日は――何日だっけ? と呆けたようにしているうちにハッとした。
(秋山くん――そうよ、そういえば今晩、秋山くんが帰ってくるんじゃない!!)
 秋山くんが帰ってくる…。ほんとは明日行く予定だったけど、思い出した途端居ても立ってもいられなくなった。理沙子はそのまま玄関へ駆け出していく。「おい、どこへ行くんだ」後ろから父親の声が聞こえる。いつにない娘の様子にとまどっているようだった。しかしそれすらも理沙子の足を一瞬たりとも止めはしない。時間はもう10時をまわっている。こんな遅い時間に家を出てるだなんて、いったいいつ以来だろう。
 玄関を出た途端、冷たい風が理沙子の体を覆った。寒い。思った以上に冷え込んでいる。もう冬が近づいてくるのを実感した。しかも――さっき部屋でブラジャーを外したままだった。走るたびにぽよんぽよんと盛大に胸が揺れる。しかしそんなことぐらいで理沙子の足は止まらなかった。
 玄関の前に立つ。3日しか経ってないのになんだかとても懐かしい感じがした。しかし――家の明かりはまだひとつもついてない。真っ暗だ。中にも人の気配はない。
「まだなの…」
 その途端、冷たい風が体中を突き抜けた。
(寒い…)
 理沙子は体を縮こまらせた。身も心も、一気にしぼんでいくようだ。
 その時、近くまで車が走ってきて止まる。助手席のドアが開いて男がひとり降り立った。
「藤掛…。どうしてここに?」
「秋山くん…」
 ちょうど今帰り着いたらしい。その顔を見た途端、なんだか今まで張りつめてたものがふっとほどけていって、足が勝手にそちらに駆け出していた。
 そのままほとんどぶつからんばかりの勢いで駆け寄り、両手でしっかりと抱きついた。
(おっとぉ) 信一は受け止めるのが精一杯だった。腰がふらつきそうになるのを、野球で鍛えた強靭な足でなんとか食い止める。
「おかえりなさい!」
 ぎゅーっと精一杯の力で抱きしめてくる。そうなると2人の間には、その特大のおっぱいがぎゅむぎゅむと圧しつけられてきて、生きているかのように暴れ回る。
(こいつ…ちょっと見ない間にまた大きくなってないか…。それに、ノーブ…)
 信一はとまどいを隠せなかった。なんかいつもの藤掛と違う――。そう、今までつきあっていて、2人でそばにいても、なんだか藤掛のまわりにはちょっとそれ以上近寄る事を寄せつけないような空気があって――まるで見えないよろいを身にまとっているような感じが常にあった。過去に2度、そのよろいを無理矢理破ってその体に触れ、後でひどい後悔をしたことがある。そんな時彼女が見せる、まるで「どうしてそんなことをするの?」とでも言いたげな顔は信一の脳裏にこびりついて離れない。だから、最近は我を忘れないよう、自分自身を警戒していたのだが…。今の藤掛にその空気はない。まるで自らその殻をかなぐり捨てたかのように無防備に信一に触れまわっていた。
(なんだか積極的に自分から胸を押しつけてるみたいな…)
 いったい何があったんだ?とその変化に却って警戒してしまった。それに、なんだか彼女の胸の谷間からほの甘い香りが立ち上っていくような気がして、思わずまた理性がしびれてきそうな予感があった。しかし藤掛の表情に屈託はない。まるで自分と会えたのが、触れられたのが嬉しくてしょうがないかのようだった。信一は自分でもそれに応えてやりたくて、ひとつ静かに深呼吸をすると、自分でも思いっきり手を拡げて、藤掛の肩を包み込むようにしっかり抱きしめた。
「ただいま」
 それ以上何も言わなかった。合わせた胸と胸の間に体温が交流して暖かい。それだけで今は充分だった。

 車から一足遅く飛び出した姉のみゆきが、いきなり抱き合った弟たちを見て一瞬「へ〜」と驚いた顔をした。
(よかったじゃん信一。でも彼女なんかあったのかな、ひと皮むけたみたいね)
 言葉をかけようもなく、ただにやにやとしたまま、いつまでも2人を見つめ続けていた。