僕の妹

ジグラット 作
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第2話

「新入生代表!? お前が?」
「うん。今日連絡があった」史緒が屈託なくうなずくので却ってこっちが唖然としてしまった。それがどういうことなのか、まだ本当の意味が分かっていないらしい。
 うちの学校の入学式ではその年入学した生徒の中から代表がひとり選ばれて挨拶をするのが倣いとなっている。そしてそのひとりとは――入学試験で最高得点を取った者が選ばれる、というのがもっぱらの噂だった。
 史緒が入試で一番…。確かにこの1年すごい頑張っていたのは認めるが、あまりにできすぎてる。いつの間に…。一時は中学を留年しかかった妹とは思えない…。
 けどなにより心配なのは史緒はこれまであまり人前に出てこなかったことだ。それがいきなり全校生徒の前に…。最近はそれなりに明るくなったし、無事合格したばかりで浮かれているのだろうか。まだ自分でもピンときてないのかもしれない。でもこれで、史緒がみんなの好奇の目にさらされてしまう――それがどれほどのことか、僕の方も見当がつかなかった。

「新入生代表、久世 史緒さん」
「はいっ!」よく通る声が講堂中に響きわたる。遠目からでも、史緒がセーラー服の胸を異様なほど大きく膨らませていることがはっきりと見て取れた。演台に向かうその姿を見て、あちこちから(主に男の声で)「おおっ」という驚きとも感嘆ともとれるどよめきが湧き上がる。僕は――その声を耳にして、どうしようもなく心がざわめくのを押さえようがなかった。
(だから共学なんかに――。中学みたいに女子校にしとけばよかったのに…)
 しかし僕と同じ高校に行きたい、と言い出したのは史緒自身だ。無事合格を果たし、そしていきなり飛び込んできた晴れの舞台、きらっきらの笑顔で壇上に向かう。けど勇んで演台に立ったものの、いざ大勢の人を前にすると急に怖じ気づいたのだろうか、史緒はなかなか話し始めずせわしげにきょろきょろと辺りを見回している。(おおい、しっかりしろ) はらはらして思わずこぶしを振り上げてしまったが、すると史緒がそれに気づいたらしくこちらを見てほっとしたように表情がやわらいだ。そこから落ち着きを取り戻したらしい。ふんと気合いを入れて顔をまっすぐ正面に見据えると、しっかりとした口調で挨拶文を読み上げ始めた。
(よかった、どうにかなりそうだ) 胸をなで下ろしてようやく辺りに注意を向ける余裕ができた。するとすぐ横に座っていたクラスメイトが、目の色を変えて史緒を見つめているのが視野に入る。そのまじまじとした視線に僕はまた気が気じゃなくなった。史緒が挨拶を読み終え、最後に「新入生代表 久世 史緒」と力強く名のって一礼するのを聞くと、そいつはふと思いついたかのようにこちらを振り向いた。
「クゼフミオって、お前と同じ名前じゃない」
「ああ、あれ、妹だもん」僕はぶっきらぼうに答えた。相手の顔がたちまち驚きに包まれる。
「マジ? ねぇ、本当にマジ妹!?」いきなり声が大きくなる。
「なんだよ。こんなこと嘘ついてもしょうがないだろ」
「うそ…。むっちゃくちゃ可愛いじゃん!」再び史緒に向けたその目がみるみる驚きに包まれる。「アイドルグループにだってあれほどのルックスまずいねーぞ。それに…」息せき切って続けてた口がいきなりそこで止まる。その視線を追うと…壇上を去ろうとする史緒の、盛大に膨れ上がった胸を食い入るように見つめているのが分かる。さすがに身内の前でそれを口にするのははばかられたんだろうが、急速にこいつに対してどす黒い気持ちが拡がっていった。
「じゃあ――家帰るとアレがいるのか?」
「他人の妹つかまえてアレ言うなよ」思わずカチンときてぞんざいに答えたけど、相手は聞いちゃいない。いきなりこちらの手を掴んでまくしたてた。
「お兄さま!」
「だれがお前の兄さんだ!!」冗談を言う気にもならず容赦なく突っ込んだ。
 しかしそいつの食いつきは止まらない。今までそれほど親しいというほどでもなかったのに、いきなりなれなれしいぐらいこちらに迫ってくる。けどしばらくまくしたてた後、相手はふと気がついたように口に出した。
「でも変じゃね。兄妹だから苗字はいいとして、どうして名前まで一緒なんだ?」
 僕は口をつぐんだ。正直そこには触れて欲しくはなかった。
 僕の名前は久世 文雄。そう、字こそ違うが、読みはどちらも「くぜ ふみお」となってしまう。普通なら、兄妹でこんな名前のつけ方絶対しない。
「なんでもさ、僕が生まれる前、男なら文雄、女なら史緒って決めてたんだってさ」僕は指で宙に字をなぞりながら説明した。「で、男だったから文雄になったんだけど、その後で妹が生まれたら、史緒って名前も捨てがたいからって思わずつけちまったんだって」
「えーっ、そんなのありか?」
「だからさ、そういうとこいい加減なんだよ、うちの親って」
 嘘だった。これは史緒がこの疑問を持った時に説明するために、両親がなんとか考え出した苦しい言い訳にすぎない。そして、このこと自体が、僕と史緒が本当の兄妹ではないというなによりの証拠だった――。

 ――――――――――――

「文雄、新しいお父さんよ」
 僕の最初の記憶は、母が目の前のおじさんを僕にこう紹介した所から始まっている。本当の父の事は憶えてないし、母もほとんど話してくれたことはないが、どうやら僕が生まれる前から様々なトラブルを起こした挙句、やっとの事で別れられたのだという。その後しばらく母は女手ひとつで僕を育ててくれたのだが、生活は楽ではなかった。それがこの今の父と知り合うことになってようやく落ち着いたらしい。そして僕もやっと物心ついた頃にその人を「父」と最初に刷り込まれたおかげで、すんなりと今の父を「お父さん」として受け入れることが出来た。父が「ほんとうのお父さん」ではないことに気づくのはそれからしばらくしてのことだったが、その意味が分かってもこの気持ちに変わりはなかった。
 ただ――その時、父となる人は小さな女の子を連れていた。当時僕はやっと5歳になったばかりで、その女の子はまだ2歳でしかなかった。
「おまえの妹よ」
 母はそう言ったが、名前を聞いて僕は頭がこんがらがった。
「史緒ちゃんよ」
「ふみお? ふみおは僕だよ。僕の名前取んないでよ、ねぇっ!」
 なんだか急に自分が自分でなくなるような不安に襲われて、必死にわめきかえした。その様子を見て父と母がそろって困った顔をしたのをはっきり覚えている。

 ――――――――――――

「おい、何ぼーっとしてるんだよ」
 そいつに肩をたたかれてはっとしてた。「ああごめんごめん。ちょっと考え事してたもんで」名前の事をきっかけにふと昔の思い出の中に入り込んでいたらしい。実際その日を境に家の中では「ふみお」の名は妹に取られてしまい、僕はもっぱら「おにいちゃん」と呼ばれることになってしまったのだが。
「なんだよ、気味悪いなぁ、ひとりで急ににたにたしやがって」そいつはちょっと呆れ顔だ。気がつくと式次第は終わりに近づいている。
「ところでさぁ久世、今日ヒマか?」そいつが妙ににやついた顔で寄り添ってきた。

「おにいちゃん!」入学式が終わって皆が会場から出てくると、史緒が僕を見つけて一目散に駆け寄ってきた。ちょ、そんな走ったら――真新しいセーラー服の内側で胸がどゆんどゆんと激しく揺れているのがはっきり分かる。しかし史緒はそんなことお構いなしに息せき切って僕の所までたどりついた。
「どうだった? わたしの挨拶」
 まわりの男子生徒の視線が一斉に僕の方に向くのを感じる。やばい、史緒のやつ、入学式だけで既に多くの男子の注目を集めてしまったらしい。しかし本人はまわりが全然見えてないらしく無邪気にこちらの顔をじっと見つめている。
「あ、ああ。よかったよ」はらはらしてろくすっぽ聞いてなかったとは言えなくて適当に答えた。
「やったーっ。自分でも落ち着いて喋れたと思うんだよね。ね、ね、あの時わたしに手振ってくれたよね」
「あ、ああ」史緒からそう見えてたらしい。
「やっぱり! 最初は大勢の人がいるし、みんながわたしの事見てくるから正直怖くなって…。でもその中におにいちゃんを見つけて、急に勇気がわいてきたの。それで不思議と息が楽になって…」
 ますます無数の視線が背中に突き刺さるのを感じる。なんとかこの視線から史緒を守らなければ…。
「でさぁ、史緒、今日この後予定ある?」
「ん? 別に。今日は式だけで終わりだしこれで家帰るけど、なんで?」
「いやさ、今日家に友達が来るんだけど」
「え、珍しいね」
「うん、それも――5人ほど」
 そうだった。妹のことを知られて、いきなり男ばかり何人もが僕の家に来たがった。最初は隣にいたあいつだけだったのに、話を聞きつけて我も我もと5人にもなってしまっていた。今まで1度もこんなことなかったのに――現金なもので、理由は明白だった。
 せめて今日史緒に予定があって家にいなければ…なんて思ったけども、かつてひきこもっていただけあって、普段から用事がなければずっと家にいてもまったく苦にならないタイプだから、虫が良すぎた。

 決して広くはない僕の部屋に、男ばっかり8人ぎっちり押し込まれる。いざ行くと言う段になっていつの間にか2人加わって結局7人に膨れ上がってしまった。狭いので俺のベッドに腰掛けるやつも3人ほど。このベッドの上で、ゆうべ史緒の胸を――と思うと、勝手に座られてなんだか嫌な気分になる。集まったはいいがみんなどこかそわそわして会話は盛り上がらない。何を期待しているのかは言うまでもなかった。
「いらっしゃませ」
 史緒がお茶を持って入ってくる。7人が7人「おおっ」と歓声を上げる。「あ、狭いからそこでいいよ」僕がドアの前でお盆を受け取ろうとするが、後ろから「あーどうぞどうぞ、遠慮なく。こっちが詰めるから」とこの時ばかりはおとなしくさらに隅っこに自分の体を押し込む。おかげで中央に人ひとり充分に座れるくらいのスペースができあがってしまった。
 余計な事を、と思ったけども、史緒は笑顔でそのまま部屋に入ってくる。「はじめまして、妹の史緒です。兄がお世話になっています」と、お茶を各人の前にひとつづつ置きながら挨拶する。座って腕を伸ばすとちょっとかがみ気味になり、それだけで胸がぐっと強調されてしまう。少し前のめりになるだけであともうちょっとで床をすりそうになる胸に皆が固唾を呑んだ。7人が7人、目をぎらつかせて妹を見つめているのが分かる。式のとき、遠くからでも史緒の容姿がずば抜けているのが伝わってきていたが、それを今、超至近距離で見られるのだ。さすがに7人もいるとお互いの目が気になっておとなしくしているが、もし1対1になったらすかさず妹に飛びかかるのではないかと心配になるぐらい皆テンパっている。たまたま史緒の横に座っていたやつなんか、もう目に見えて息が荒くなっているのが分かった。妹はそんな空気に気づかないかのようにごく自然に応対しているが、僕は気が気でなく、ひとり落ち着かなかった。

 史緒が部屋にいたのはほんの10分ほどだったが、僕にとってこの時間は地獄だった。一方他の7人は史緒が出て行ってしばらくは妹についての質問攻めだったが、誰が貴重な個人情報を漏らすもんかとろくに答えなかったから、徐々に白けた空気が漂ってきた。
 結局1時間あまりでお開きとなり、7人はぞろぞろと帰って行ったが、僕はそれだけでどっと疲れきってしまった。全員を送り出して家の中に戻ると、史緒が台所でひとり後片付けしていた。僕が戻ったと分かると、不意に手が止まる。
「悪い、相手させちゃって…」しかし史緒は振り返ると何かを訴えかけるようにじっと僕を見つめ、こちらに近寄ってきた。
「おにいちゃん…。もう…限界――」それだけ言うと僕に胸を押し付けるようにもたれかかってくる。
 それだけで僕には史緒が何を言いたいかすべて分かった。初めての学校、皆の前での新入生挨拶に、その上7人もの見知らぬ男の相手、1日中慣れない緊張の連続だったのだろう、史緒の胸は――今までにないほど固く凝りまくっていた。
(うそだろ、もう…) 実はついきのう、入学式を前に緊張して眠れないという史緒に「お願い」されて、念入りに揉みほぐしたばかりなのだ。それがたった半日で…。
「お願い…していい?」史緒はもう一刻も我慢できない様子でぐいぐいと自分から胸を押し当ててくる。すごい力で、やもするとこちらの身体が大きな胸に持っていかれそうになってしまう。いつもとは明らかに違う。あのおずおずとお願いする弱気さが微塵もなく、内からの衝動につき動かされて歯止めが利かない様子なのだ。
「ちょ、ちょっと待って。とにかくここじゃ…」腰を落としてなんとかその身体を押し止めると、僕は史緒の部屋へと誘なった。しかし史緒はせつなそうな顔をしただけでなおも動きを止めようとしない。もしここで母が帰って来てでもしたら…と気が気じゃない。なんとか胸ごと史緒を押し上げるようにして部屋へと連れて行った。
 やっとのことで部屋に入り、ドアを閉めてほっとしたのもつかの間、史緒はまた僕にぐいぐい胸を押し当ててくる。この積極性、ただごとじゃない。
「ま、と、とりあえず服を脱がなきゃ」なんとかなだめつつ、僕は史緒のブラウスのボタンをこちらからはずし始めた。そうされて史緒もようやく気がついたように一旦身体を離すと、自分から服を脱ぎ出す。しかしその様子にもいつものようにおずおずしたところが全くない。まるで真冬の寒い日に一刻も早くお風呂に入ろうとするかのようにボタンをはずすわずかな時間すら惜しくてしょうがないようだった。盛り上がった胸に合わせてどんどん前に手が伸びる。しかしぱんぱんに張り切ったブラウスのボタンはなかなか外れない上に、先の方はもう手をいっぱいに伸ばさないと指が届かない。業を煮やした史緒はいきなり両手でブラウスをつかむと左右に思い切り引っ張った。
 ブチッ、ブチッと残っていたボタンが耐え切れずに次々と飛ぶ。ほとんど引き裂くようにブラウスを一気に脱ぐと、ようやくブラジャー1枚になった。
 ブラジャーもものすごく小さくなったかのように、境目で段差ができておっぱいがあふれかかっている。どうにもきつそうで見るからに痛々しい。(え?ゆうべはこんなじゃなかったのに…)そう思う間もなく、背中に手を回してホックをはずそうとするのだが、極限まで伸びきった上にあわてているものだからうまくはずれない。史緒はじれたように僕に目を向ける。
「おにいちゃん、お願い…はずして――」
 驚いた。今までブラをはずす時ばかりはどんなに時間がかかっても絶対に手を出させようとしなかったのに…。(えっと、このホックをはずせばいいのかな…)背中に回ってホックに手をかけるが、やったことがないからとまどってばかり。不器用な手つきで史緒は何度も痛そうな顔をしていたが、僕の手が触れている間はなぜかおとなしく我慢していた。
 やっとの思いで最後のホックを外すと、驚いたことにぶぉっと勢いよくブラが吹き上がる。いったいどれだけ詰め込まれていたんだ…!?。肩ストラップでかろうじてひっかかっているブラを僕は両手で持ち上げた。史緒は一瞬ほっとした顔をしたが、すぐにこちらに振り返るとまた胸を押し付けてきた。
(これは…) 本当に史緒の大きな胸がどこもかしこもコチコチに凝り固まっていたのだ。ここまでひどいのは記憶にない。それもたった半日で…。(初めての場所で大勢の人の前に立ち、そのうえ家でも男たちに囲まれて――それが史緒にこれほどまでの重圧になっていたのか…) 僕は安易にクラスメイトを家に呼んでしまったことを心底後悔した。
「いくよ…」僕はいつも以上に指先に力を込め、その凝りを突き破るつもりでぐっと押し込んだ。「あ…はっ」史緒の反応はいつもより早い。その声はさらになまめかしさを増していた。刺激の強さに一瞬退くようなそぶりを見せたが、次の瞬間、さらなる刺激を求めるように自分からぐいぐい胸を僕の指に押し当ててくる。僕はさらに指に力を込めるが、まるで大岩に指を突き立ててるように歯が立たない。それでも同じ場所を何度もじっくり力を込めるうちにようやく分厚い凝りに裂け目が入り、岩が大きく2つに割れるかのようにおっぱいが揺り動き始めた。(通った!) 僕はその裂け目に指先を差し入れるようにを突き立てる。史緒はこれ以上声を上げないよう歯を喰いしばって何かに耐えているかのように見えた――。史緒の顔が苦痛に歪む。「悪い、痛かったか」思わず指先の力を緩めると、史緒は「ううん、もっと…お願い」と哀願するような声を出す。その裂け目の内側からとろりと柔らかいものが流れ出すような手触りがあり、そこから次第にもちもちした弾力が拡がり始める。こうなったらこっちのもんだ。僕は分裂したしこりのひとつひとつを潰していくように丹念にもみほぐしていった。
(もうちょっとの辛抱だ。すぐに、元のやわらかいおっぱいに戻してやるからな) 後悔に苛まれながら、いつも以上にひたすら一心不乱に指に力を込め続けていた。
 どれぐらい時間が経ったろう。無心にほぐしていくうちに、しこりが少しづつ小さくとろけていき、史緒のおっぱいは徐々に本来のもちもち吸い付くようなうるおいを取り戻していった。「ふうっ」どうにかすべての凝りをほぐし終わり、僕はようやく史緒の胸から手を放して流れ出る汗を拭う。気がつくと外はすっかり暗くなっていた。力を込めすぎて、指先が細かく震えて止まらない。でも史緒も満足したらしい。いつの間にか満足げな表情を浮かべると、いつしかすうすうと寝息を立てていた。
(幸せそうな顔しちゃって…) でもその笑顔が、何ものにも代えがたいものに思えた。
「これからも、おにいちゃんがお前のこと護ってやるからな」穏やかな寝顔をみつめながら、そんな言葉がふと口から漏れた。

 不意に玄関の方から物音がする。やばい。母が仕事から帰ってきた。僕はすぐさま何事もないように階段を降りて、「おかえりなさい」と母に声をかける。
「どうだった? 入学式」
「ああ、史緒の奴、すごいしっかりと挨拶してたよ」
「それで史緒は」
「疲れちゃったみたいでさ、今部屋で寝てる」なんてことのない、普段通りの会話にしか聞こえないはずだった。
 父も母も史緒の胸のことは知らない。このまま――この日常を壊すわけにはいかなかい。僕は改めてそう決意していた。


(大丈夫なのだろうか――)
 僕は授業中にも拘らずうわの空で史緒の事を考えていた。あの日以来、史緒の胸の凝りは、収まるどころか目に見えてひどくなっていっている。中学の3年間、女子だけの世界にいた史緒が高校に入って大勢の同世代の男子に囲まれる。しかも同じ校内に入ってみてつくづく痛感したのだが、史緒の胸も容姿も、他の女生徒と比べて飛びぬけている。僕の友達のような、ああいうあからさまな視線に毎日さらされ続けているのだ。女子中時代とは比べ物にならないほどのプレッシャーを常に感じているだろう。
 しかし史緒は頑張った。といってもまだ10日ほどだが、1度も遅刻も欠席もせずに通い続け、帰ると学校での事を毎日楽しそうに話してくれる。同性の仲の良い友達も出来たらしい。とりあえずは順調のようだ。この調子で学校生活が軌道に乗ってくれればいいが…。ただ――その表向きの顔とはうらはらに、史緒の胸の凝りはますます進行していた。入学式の日のようなことはさすがにないものの、今では「お願い」はほぼ1日おきになり、その凝りも時には指を立てるのが困難なほどかちかちになっている。あの性格だ、頑張りすぎてるのではないだろうか――心配の種は尽きなかった。
「久世――久世! 聞いてるのか!」
 いきなり先生から指されてびくっとする。3年になってから、明らかに授業に身が入ってない。このままじゃいけない、それは分かっている。しかし今同じ校舎にいるはずの史緒の事が心配でならなかった。このままじゃ史緒も俺も、身体のバランスを崩してしまうのではないか…。

 その心配が現実のものになるのに、さして時間はかからなかった。
 4月もようやく終盤にさしかかった日のことだ。昼休み、携帯が不意にメールの着信を知らせる。
 史緒からだ。胸騒ぎがしてあわててメールを開く。
「助けて」
 たった一言。史緒がいかに切羽詰っているかが逆によく分かる。ばか、どこにいるんだよ、場所も書いてくれなきゃ助けようがないじゃないか。
「今、どこだ?」
 これだけ書いて返信する。今こちらが出したばかりだというのに、返事が返ってくるまでの時間が異様に長く感じる。その1分1秒ですら惜しくて、手当たり次第に史緒が行きそうな場所を右往左往した。
 やっと見つけた史緒は、校舎の影の目立たない所で、自分の大きな胸をなんとか両腕で押さえ込むようにして息も荒くうずくまっていた。
「史緒!」
「おにいちゃん」苦しそうな息の中にかすかに嬉しさが混じる。「もう…我慢できない…」僕はごめんと一言言って服の上から史緒の胸をさすった。予想通り、もうこれ以上ないほど大きな岩のように凝り固まっていた。
 かといってここで史緒の胸をさらけ出す訳にはいかない。(どうしよう…) しかし史緒はもうこないだのように自分から服を脱ぎ出さんばかりの勢いで胸を押し付けてきている。
「ばか、ちょっと待て」押しとどめようと史緒の両手をつよく握りながら、善後策を必死で考えていた。この近くで服を脱げる所――。そうだ、この校舎の裏を回ってすぐに保健室がある。一刻も猶予はない。思いつきざまほとんど抱え込むように史緒をそこへ運び込んだ。
「すいませーん」
 ドアを開けて声をかける。が、返事がない。誰もいないのだろうか。でも却って好都合だ。僕は奥のベッドに史緒を寝かせると、外から見えないようカーテンを引いた。
 史緒が横になったまま僕の裾を掴む。
「お願い――ブラジャー、取って…」
 入学式のあの時と一緒だ。史緒がほんとうにギリギリまで切羽詰まっているのが伝わってくる。
「もう…苦しくてしょうがないの…」
 既に我慢の限界らしかった。僕は史緒の上半身を抱き起こすと、まず制服を抜き取り、背中にまわってブラのホックを確認した。ホックのひとつひとつがすべて壊れんばかりに引き延ばされ、ガチガチに食い込んでいる。
「いいのかい?」
 史緒がわずかに頷く。
 しかし食い込んだブラジャーはまるで余裕がなく、指がホックに入り込まない。しかもちょっとでも力を入れただけで、史緒がひどく痛がるのだ。
「おにいちゃん、痛い」
「ご、ごめん」
 焦りで指がよけいこわばってしまうのをなんとか持ちこたえる。この前のことがあるので、ホックをひとつひとつ、押さえながら丁寧に外していった。やっとのことですべて外し終わり史緒の体から丁寧にはがすと、胸のあちこちにブラジャーの跡が食い込んで赤くなっている。思わず息を呑む。「こんなになって――。痛かったろう。今、ほぐしてやるからな」僕は史緒の肩を抱いてそっとベッドに横たわせると、さっそくいつものように両手で胸を揉みしだき始めた。
 最初のうち、史緒はいつもと違う環境で胸をさらしていることに落ち着かない様子だった。無理もない。今まで僕の部屋か史緒の部屋、どちらかでしかやったことがないのだ。それを学校の、しかも窓から日光がさんさんと射し込む日中にやることになるなんて想像もできない。最初は体に力が入ってそれが胸にも伝染しているようで、なかなか僕の指を受け付けなかった。しかし次第に場慣れしてきたのか、徐々に力が抜けていくのが分かる。胸からも緊張がとれていった。
「あ…」少しづつ声が漏れてくる。胸の表層部は徐々に柔らかくなってきた。しかし凝りの具合は半端ない。どんどん巨大化していく史緒の胸の深奥部までほぐしきるのに時間はどうしても長引くようになっていた。いったいどれぐらいかかるだろう。昼休み中には終わりそうにないがしかたない。それまで誰も来なければいいが…あせりから冷や汗をかきながら必死で指先に力を込めた。

「なにやってんの?」
 後ろからいきなり声をかけられる。僕はびくんと跳ね上がり、あたふたと声の方に顔を向けた。
「わ、ぁあこれは…あの…その…。違うんです!」
 振り向くと、いつの間にかカーテンが少し引かれて、頭だけ出してこちらを覗きこんでいる顔があった。保健の先生だ。
 終わった――。絶望が広がる。しかし数秒後にはすべてを話した方がいい、と開き直った。「でも…」史緒は不安げな顔をする。しかし史緒がこれからも学校に通い続ける以上、校内で僕以外にも理解者は絶対必要だ。保健の先生なら――考える上で最も適役だろう。
「ち、違うんです、これは」ここで誤解されたままだと本当に終わりだ。でもなんとかちゃんと説明し、理解を求めれば突破口を開けるかもしれない。「史緒――妹は、ひどく胸が凝るたちで、定期的に揉みほぐしてやらなければならないんです」立ち上がってまっすぐ先生に向かった上で話し始める。頭が混乱してちゃんと説明できているか分からないが、とにかく必死だった。
「妹?」先生は不審そうな顔をした。「じゃああなた達兄妹なの?」
「はい、兄です」
「あら、あなた…」保健の先生は史緒の顔を見て何か気づいたようだ。
「知ってるんですか?」
「そりゃ…」先生はくんと鼻を鳴らすようなしぐさをした。「今話題の美少女だもん。新入生にすごいかわいい子が入ったって学校中で評判よ。しかもね、バストが182センチもあるときた日には…」
「ひゃ、ひゃくはち…!」思わず絶句した。史緒のバストサイズを聞くのは初めてだ。そりゃ気にならなかった訳ではないが、自分からは決して言おうとしないしこちらからも訊けなかった。それにしてもまさかそんなどえらい数字になってるとは…。
「あら知らなかったの?」史緒が非難めいた顔で先生を見つめる。「あ、言って欲しくなかったのね。ごめんなさい。でも自分で測ってても信じられないほどの衝撃だったもんで。あら?――」先生が不思議そうな顔をした。「なんかあの時より大きくなってない? ついこないだのことなのに――」

 この期に及んでごまかしは危険だ。正直に話すしかない。その上で理解を求め、了承してもらえれば、保健室を史緒の緊急避難場所として確保できるかもしれない。僕は今までのことを包み隠さずすべて話した。
「うーん…」聞き終わってからも、先生は信じがたい、という顔を崩さない。「じゃあ君は、今してたことがすべて治療行為だと言うのね」
「はい」どう思われるか分からないが、とにかく理解してもらわなくては…。「他の人が肩が凝るみたいに、妹は胸が凝るんです。それを定期的にほぐしてやらないと本人もきつくてしょうがないものですから」
 先生はしばらく考えた後、先ほどまで僕が座っていた史緒の枕許に腰を下ろした。「久世さん、じゃあ、ちょっと診させてもらうわね」
 先生が史緒の胸に手を伸ばしかける。しかし史緒は反射的にその手を払いのけた。
「おにいちゃんじゃなきゃいやっ!!」両手を目いっぱい伸ばしてどうにか胸を覆い隠そうとする。コチコチに凝り固まってきついはずなのに、絶対に先生に胸を触らせようととはしなかった。
「史緒」
 諭すように僕からも呼びかける。ここは先生に凝りの具合を知ってもらうのが絶対必要だ。それは分かっている。しかし、史緒のこの態度にどこかほっとしている自分がいる。史緒の気持ちがなんともいえず嬉しかった。
 それからしばらく、先生はなんとかして胸を確かめようと史緒を説得し続けたが、どんなになだめすかしても頑として胸を覆った手を放そうとしなかった。終いには先生もあきらめ顔で僕の方に顔を向ける。「どうやら"おにいちゃん"じゃなきゃだめみたいだから、とりあえず代わりにやってくれる?」そう言って枕許から立ち上がると僕に座るよう促した。
 僕が座ると、それまで頑なだった史緒の顔がやわらぐ。それを確かめてゆっくりと手を史緒に向けて伸ばしていった。
「史緒、いくよ」
「ん」小さくうなずくと、史緒は素直に両手を胸から外し、待ち遠しそうに僕に向けて突き出した。
 後ろでは先生がじっと様子をうかがっている。誰かに見られながらやるのは初めてだ。しかし史緒の今後のために、絶対必要なことだった。
 ちょっと触れてみると、今のやりとりの間にも凝り具合はさらに進行していた。僕はまた史緒の体をベッドに倒すと、脇の方から慎重に力を込めていく。とにかく先生には誤解を受けないようにしなければならない。乳首から最も遠いところ、胸の麓のあたりからぐぅぃっと引き絞るように揉み始めた。おそらく史緒からすればまどろっこしくてしょうがないだろう。しかしわかってくれたのかじっとおとなしくしてくれた。動かずにまわりからじわじわと刺激が加わって、少しづつほぐれていくのをじっと味わっているかのようだった。
 まだまだ中央部には巨大なしこりがそのまま残っている。これでは何時間かかるか分からない、といきなり胸の中腹辺りに鋭く楔を打ち込むように指を突き立てる。しこりにひびが入り大きく瓦解していくのを感じる。「うっ…うー」史緒が低くうなり声を上げた。僕はそれに呼応するように両手を目いっぱい広げて大きくつかみかかり、砕けたしこりのひとつひとつを揉み潰すように砕いていく。あれだけ凝り固まっていた胸が中で氷河が流れ始めるようにゆっくり流れ出し、徐々にその流れが大河に変わっていくのが手に伝わってきた。後ろから先生が食い入るような視線を投げかけているのを感じる。
「はっ、はっ、はっ…」史緒の声が短く、激しくなっていく。(どうだ、気持ちいいだろう。おにいちゃんがもっとやわらかくしてやるぞ) 史緒の胸は徐々につきたての餅のようなとろけんばかりのしなやかさを取り戻し、僕はそれとともに胸全体にのしかかるように体重をかけながら全力でもみしだいた。後ろで見ている先生の顔が驚きに満ちたものに変わっていく。(どうだ、見たか。これが史緒のおっぱいだ) なんだかだんだん誇らしく思えてきた。胸にのしかかっているので顔のすぐ近くに史緒のかわいい乳首が見える。不意にそれを咥えたくなる衝動に駆られる。(だめだ、それをしたら…) 衝動を必死で堪えながら、より一層体重をかけて両腕まで使って史緒の胸全体をこねくりまわす。この巨大な胸が、僕の腕の中で思うがままに揺り動かされていく。(僕のものだ) ふと、心の奥から猛烈な征服欲がわき上がってきた。(僕のものだ僕のものだ僕のものだ僕のものだ僕のものだ僕のものだ…) ぜいぜいとどこからかとてつもなく荒い息が聞こえる。それが自分のものだと気づいて驚いた。いつしか後ろで見ている先生のことも忘れ、僕の視界には史緒のおっぱい、ただそれだけが一面に広がっていて、僕の腕のなかで踊るように跳ね回っている。もはやすべての凝りは消え失せ、史緒の胸は極上の柔らかさを取り戻し、肌は指に貼り付くようなもちもちの潤いであふれていた。いつまでもこのまま史緒の胸を揉み続けていたい。どうしようない衝動が僕の内から湧き上がってくる…。
「あ、…あ、あ、あ、あ…」史緒が今までとは違う、突き抜けたような声を上げる。僕が腕を放すと、そのまましばらくはぷるっぷるっと余韻を楽しむように揺れ動いていたが、それも次第に落ち着いていく頃、満足げな、夢見心地のような表情を浮かべつつ「あり…がとう」と一言告げ、そのまますっと力が抜けていった。程なくすーすーとおだやかな寝息が聞こえてくる。

 しばらく、僕の荒げた息だけが辺りに響いていく。それが落ち着いてきたところで、先生が史緒のそばに寄って様子を見た。
「あらぁ、寝ちゃった。よっぽど気持ちよかったのね」。
 僕はその言葉を無視して続けた。「最近史緒の奴、マッサージの後すぐ寝ちゃうんですよ」
「ふぅん」先生はまだそのままさらけ出されている史緒の胸をしげしげと見つめながら言った。「ほら見てご覧。さっきもすごかったけど、おっぱいの血行がよくなってつやつやしてる。おそらく今、このおっきなおっぱいの凝りがほぐれて中に血液がどーっと流れ込んでいるんでしょうね。ほら、お腹一杯食べた後眠くなるのといっしょよ。これじゃ眠っちゃっても無理ないわね」
 先生は次第に史緒の間近に迫り、触れんばかりの距離でその胸を飽くなく観察した。
「やっぱり若いおっぱいって違うわね。まさに成長期まっ盛りって感じ。こんなに大きいのに隅々まで具がみっちり詰まってる感じでだれたところが全然ないだもん。ぷるんぷるんよ。今にもはちきれちゃいそう」先生は感触を確かめようとしたのか指先を伸ばしてつんと突きそうにする。僕はその手を無意識のうちにぴしゃりと払っていた。
「あ――すいません」先生に手を出すなんて――咄嗟のこととはいえ、自分のやったことが信じられなかった。
「ごめんごめん。でもこれって絶対さわりたくなっちゃうじゃない」払われた手をさすりながら先生がこちらを向く。止められたのがなんだか不服そうだ。「それとも、さわっていいのは"おにいちゃん"だけなの?」

「で、近くで見させてもらったけど、あなたはこれ、あくまでもマッサージだって言うのね」
 しばらく史緒の様子を伺った後、先生が改めて問い詰める。僕は何も言えない。内心、そうでないことは自分でも分かっている。でもそれを絶対に認める訳にはいかなかった。
 よく眠っている史緒の横で、先生はじっと何かを考えていて、それからどう言っていいか言葉をひとつひとつ探すように語り始めた。
「あのさぁ、わたし、さっき外から戻ってきた時に妹さんが漏らしている声を聞いてさ――。うーん、言いにくいな。確信しちゃったの。『あ、やってるな』って」
 え?と訳が分からない顔をしてると、先生は仕方ないわね、と言わんばかりに続けた。
「だからさぁ、高校でこういう仕事していると…今までにもあったんだよね。留守中にカップルが保健室に入り込んでさ、ベッドで、その…行為に及んじゃうってのが」
「行為…って――」
「もう、わかるでしょ、言わせないでよぉ。ま、部屋空けてたこっちにも責任があるし、その時も表沙汰にするのはあんまりだから、口外しないで本人達に厳重注意だけしてそのまま帰したんだけどね。今日も、てっきりそれだと思った」
「そんな――!」
「あんたは否定するでしょうね。でもね。あのときわたしが聞いた妹さんの声、あれはまさしく――その時の声にしか聞こえなかったわよ」
「―――」黙って聞くしかなかった。前から薄々そうじゃないかとは思っていた。しかしずっと、そうじゃないんだ、と頭で否定し続けていたのだ。
「だからさ、治療行為だマッサージだっていくら言い張っても――」先生は言いにくそうに髪を掻いた。「あんたの指で、妹さんは思いっきり感じまくってた。それは間違いない事実。で、最後は――胸だけでイっちゃってたね、あれは」それから改めて僕の方を指さす。
「そしてわたしが確かめようと胸に手を伸ばしかけた時の妹さんの態度、あんたを見る目…。ね、妹さんの気持ち、分かってるんでしょ。それにあんただってさっきあからさまに…」そう言いながら叩かれた手をもう一度これ見よがしにさする。僕は何も言い返せなかった。
「それで改めて確認なんだけど、あなたたちは間違いなく実の兄妹なのね」
 思わずちらりと史緒の方を見る。とりあえずまだよく眠っているようだ。しかし、もし今ちょうど目を覚まして聞かれでもしたら――と思うと史緒の前でほんとうのことを言うことはどうしてもできなかった。
「はい、そうです」
 先生は、はぁーっと長いため息をつく。
「ああんもう、こんな難問持ち込まないでよぉ、兄妹でなんて…答えなんか出る訳ないじゃない」
 先生は本気で困ったかのように頭を抱えた。
「分かってるの? このまま進んだら――行きつく先は修羅の道だけ…」先生の口調が妙に芝居がかったものになる。そういえばこの先生、昭和の仁侠映画の大ファンで、時折こんな口調になるんだってのを妙なタイミングで思い出していた――。
 史緒はそのまま、放課後まで目を覚まさず熟睡していた。


 その日の夜、いつもより仕事から遅く帰ってきた母は疲れた様子で、台所に座ったまま自分の肩を押さえつけていた。
「母さん、肩、ももうか?」
「そうね、久しぶりにお願い」
 そういえば最近は史緒の胸ばかりで、母の肩を揉むのは久しぶりだ。しかしいつものつもりでちょっと指先に力を入れたら、途端に母が叫び声を上げた。
「痛い痛い痛い痛い痛い! ちょっとぉ、力入れすぎよ」
「あ、ごめんごめん、強かった?」
「強かったなんてもんじゃないわよ。肩ぶっ壊されるかと思った。あんた、なんだか指の力めちゃくちゃ強くなってない?」
 別にさして力を入れたつもりはない。以前からこれぐらいでやってたと思う。なのに…力の加減が分からなくなっているのか?
「あーそうそう、それぐらいで充分」今度は注意深く極力穏やかに揉み始める。でもこれ、自分ではほんと肩をなでているような感覚なのだ。むしろこれほど力を入れない方が難しい。けれど、母は今度は気持ちよさそうにしている。
「ねえ、おにいちゃん、肩のもみかたが変わったわね」母がいきなり言った。
「え?」思わず手が止まる。
「なんだかこう――無意識のうちに、手が、とてつもなく大きなものを揉もうとしているようなそぶりがあるの。わたしの肩、そんなに大きくないわよ」
「え…」気がつかなかった…。しかし、考えてみれば最近は史緒のどんどん巨大化していく胸をなんとかして揉み込もうとそればかりで、手が自然にその動きを覚えてしまったのかもしれない。今母の肩を揉むと、まるで細い棒をつまむような感覚で、どうやったらいいのか戸惑うばかりなのだ、ずっと前から母の肩は揉んでいたはずなのに…。
(前は、どんな風にしていたんだっけ…) こんな当たり前のことが、今では見当がつかなくなってしまっている。もう後戻りはできない、自分の中で気づかないうちにどんどん何かが変わっていっているのを感じ、気がつくとじっと手を見つめていた。

 ぴしっ。不意に、家のどこかできしむような音が鳴る。
 それが、僕にはなぜだか今までの日常が壊れ始める音のように聞こえた。