頼りたい背中

ジグラット 作
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 歩友美ちゃんは、うちのクラスの…ううん、学校中の特異点だ。

 いっしょのクラスになって歩友美ちゃんを初めて見た瞬間、(うそ…こんな子実在するの!?)と自分の目が信じられなかった。とにかくものすごい美人だし、その上スタイルが抜群、すらっとしてウエストなんてめちゃくちゃ細いのに出るところは出まくってる。なにより――おっぱいがむっちゃくちゃおっきかった。それもいわゆる普通に「胸が大きい」「巨乳」とかいうレヴェルをはるかに飛び越えていて…。わたしだって別に小さい方じゃないと思うけど、歩友美ちゃんの胸は桁違い、というか100桁ぐらい違っていた。これは噂に聞く"超乳"ってやつじゃないかって思う。そんなもん二次元にしか存在しないと思ってたから、いざ目の当たりにするとなんだかあまりの迫力にぼおぅとしてしまった。
 けど歩友美ちゃんの胸のすごさはそれだけじゃない。なんというか大きさ以上にその中にとてつもないパワーというか、桁外れのエネルギーみたいなもんがパンパンに詰まっていて、見ているうちに、そのうちおっぱいはじけ飛んじゃうんじゃないかと心配になっちゃうくらいなのだ。それなのにガードがめちゃくちゃ固い。制服の着こなしは学校で一番ぴっしりしてるんじゃないかな。ブラウスのボタンはいつも一番上まで留めてるしネクタイもきっちり締められ、きちんと服で隠そうとしているのは分かる。背筋もいつもピシッと伸びて姿勢がいいけども、そのためにおっきなおっぱいがよけいに突き出されて目立っちゃってる。どんなに覆い尽くそうが中に秘められたおっぱいパワーが服の内側から否応なくあふれ出てきて、みだりに近づこうもんなら跳ね飛ばさんばかりに輝いている。わたしはそれを勝手に"さわんなオーラ"って呼んでるけど、そのおかげで世の男子生徒はそのオーラに圧倒されて近づけず、ただ指をくわえて見てるだけで済んでるみたいなのだ。

 わたしも最初はひと目見てそのオーラにあてられて呆然としてしてしまい、気後れして近寄れなかった。こちらときたら背は低いし凸凹はないしで、そばに並ぶと同じ人間?ってぐらいすさまじいまでの格差があって思わず後じさりしちゃいそうだったけど、誰からも話しかけられずなんか不安そうに見えたから、思い切って近づいていった。そうしたら意に反して普通に話が弾んで、なんだかやっと「あ、やっぱり同じ人間なんだ」って分かってうれしくなった。そしたら、なんでか歩友美ちゃんの方から「仁美ちゃんってすごいね」とうらやましがられちゃって、だんだんに親しくなっていった。そうなってみると見た目とのギャップがすごい。最初はてっきりお高くとまってんのかと思ってたのに、いざ話してみると全然気取った所のない、拍子抜けするほど素直ないい子で、いやに感じるところがひとつもない、なかなか希有な存在だった。
 でも何より驚いたのが、こんだけハイスペックなのに、その事に対してほとんど自覚がないことだった。自分がさして美人だとも思ってないし、そう言うと逆に嫌がられる。それも本気で嫌がっているみたいなのだ。格好も清潔感だけはちゃんと気をつけてるみたいだけど、メイクやネイルとかの話題にもあまり関心なさそう。というかいつもすっぴんだし。ただ元がすごすぎるから全然気づかれない。さすがに胸の大きさは自覚してて、おそらくこれだけはちょっと自慢に思っている節があるけど、それも控えめなものだった。
 とにかく純粋すぎてどう育ったらこうなるんだろうと不思議なぐらいだけど、決してバカって訳じゃない。むしろ頭の回転は滅茶苦茶速いし、時にはこっちが置いてけぼりになって困るほどだ。けどそれを除けば友達としては逆に問題なさ過ぎるぐらいで、歩友美ちゃんと一緒にいるのは楽しかった。

 けどある時気づいてしまった。こんな周りに対して素直で人当たりがいいのって、実は周りに対してあまり関心がない、自分の世界に生きているからじゃないのかって。自分があまりに飛び抜けすぎててまわりと合わせられず、他人とどう接していいのか分からないみたいなのだ。それでいてけっこうさみしがりやで…。時折自分のことを「無愛想」とか「自分勝手」とか言うのも、別に卑下でも何でもなく、人に合わせられない自分を本気でそう感じているのかもしれない。
 そう思って見ると、一見すごいしっかりしてそうなのに実はけっこう天然でマイペース。ひょっとして血液型B型なんじゃないかな、って思う。
 休み時間も友達とおしゃべりするより大概自分の席で本を読んでいて、自分の時間を大切にしているのが分かる。クラスの男子はみんな歩友美ちゃんのことが気になってしょうがないのに、きっかけがぜんぜんつかめず遠巻きにするだけ。まわりはざわめいてしょうがないのに、ただ歩友美ちゃんのいる所だけは平穏で、まるで台風の目のように静かだった。そしてその歩友美台風はもはや全校生徒を勢力下に置いて吹き荒れ続けてるのに、歩友美ちゃん本人だけがそれに気づかず平然としている。ある時恐ろしいことを言った。「わたし、全然もてないよ」 無自覚にも程がある。遠巻きにした男子どもがどんなにギラついた目を歩友美ちゃんに向けているのか分かってない、と心配になってくる。
 わたしとしてはそんな特異点の歩友美ちゃんに興味津々でいつもつるむようになり、仲のいい友達になれたとこっちは思っているけども、向こうははたしてどれぐらい親しいと思ってくれてるのかどうもわからない。振り返ってみると、放課後一緒に帰ったりとか休みの日に遊びに行ったりとか、そういったことが全然ないのだ。話していても大概聞き役にまわって自分のことにはほとんど触れないから、普段どうしてるのかまるで分からない。でも言ってることに的確に反応してくれるから接していて心地いいんだけど。

 そんな歩友美ちゃんでなにより不可解なのが、これほど目立つ存在なのに放課後になると見事に気配を消して気がつくと大概いなくなってしまってることだ。これほんと不思議。魔法でも使ってるんじゃないかって思うぐらい。
 その謎を解明したくって、注意してじっと観察していたけどちょっとした隙に何度も見失ってしまい、こないだようやくほとんど使われてない裏門から静かに出て行くところを遂に突き止めた。やったーっ、と思ったところで固まった。だって――あの歩友美ちゃんが、どうやら男子生徒と待ち合わせして一緒に帰っているだなんて! こりゃスクープだ、と色めき立つ。どんな奴なんだろう、というかこれ知られたらこいつ他の男子に殺されるんじゃないかな、なんて心配になったくらいだ。今、歩友美ちゃんには誰一人近づけずに不思議な均衡を保っているのに、そんな野郎がいたらこの均衡が一気に崩れてしまいかねない。
 いったい誰だろう?と思ったら、その正体は隣のクラスの冴木くんだった。そういえばこの前クラスの誰かが「ちょっと良くない?」って話してたことあったっけ。別にいい男ってわけじゃないけどおとなしくて誠実そう。でもこういうのに限ってムッツリの可能性あるから油断ならないよね。すわ、歩友美ちゃん貞操の危機!?とついついちょっかい出してしまった。
 でもまあ話してみたら、歩友美ちゃんのこと気になってしょうがないのにあと一歩が踏み出せないでずっと足踏みしているような感じで、一途なところがちょっとかわいらしかった。歩友美ちゃんの方もけっこう気を許しているみたいだけども、とりあえずそういう関係ではなさそう。でもどういう関係かというと――なんとも言えず微妙だった。
 それに驚いたのは歩友美ちゃんの方の変化だ。この時、例の"さわんなオーラ"が跡形もなく消えていて、そうしたら普通のかわいい女の子に見えた。いつもの歩友美ちゃんもすごいけど、この無防備なまでの笑顔を振り向けてる歩友美ちゃん…やば、これはこれで男子を瞬殺しかねない凄みがある。歩友美ちゃんがこんな顔をするなんて――少なくとも友達以上の気持ちを持っていることは間違いないと思った。
 なのに「彼氏じゃない」と全否定されて唖然とした。歩友美ちゃん、自分の気持ちに気がついてないのかな、まだ…。

 でも予想外なことに――そんな冴木くんと話をしていて、わたしの方の気持ちが動いてしまった。
「そんな倉本さんを護りたい、か…。かっこいいじゃん。細マッチョだし(←これ重要)。気に入っちゃった。でも――」ここまで考えてハッとした。
 そうすると歩友美ちゃんがライバルってこと? やべ、一個も勝てる気がしない…。というか世界中の男という男全部歩友美ちゃんに持ってかれそうな気がしてきた。なんであんな何もかもずば抜けた女の子がいるんだろ。ずるいよ…。