頼りたい背中

ジグラット 作
Copyright 2022 by Jiguratto all rights reserved.

(はぁ…)
 朝、起き抜けにシャワーを浴びようと脱衣所でパジャマを脱ぐと、いやが応にも胸に視界を奪われてしまい、思わずため息をついた。(また、やってしまった…)
 目の前には自分の胸が文字通り山のようにそびえ立っている。歩友美はきのうの張本人をにらんだ。しかし当人はこっちの気持ちなどどこ吹く風、ますます元気いっぱい、いつにも増して強い緊張感を持って張り詰めている。なんだかゆうべよりもさらに大きくなったような気すらする。抱え上げようとしてずっしりと掌にかかるその重量は、確かに前より増えているようだった。
(やっぱりまた育っちゃったみたい。これもきのう刺激したせい…?) 久しぶりのプールで思わずはしゃいでしまったとはいえ、またもや冴木くんを吹き飛ばしてしまった。その時の衝撃が胸の成長を一層加速させてしまったのかもしれない。たった一晩で…。なんの支えもなくても巨大な風船のように膨らんだ胸が胸板からあふれんばかりに突き出している。2つの乳房が所狭しと両方から押し寄せて、ごく自然にきれいな谷間を形作っていた。
(こっちの気も知らないで…)
 あてがった手を動かして胸を揺すってみる。するとこちらが加えた力以上に胸は大きく跳ね回り、やわらかいのに中に何かがみっしり詰まっているかのようにその手を押し戻してくる。力を込めれば込めるほどその反発力は増大し、自分の意思とは関係なく暴れまくった。
(ほんと、お前は暴れん坊だよ)
「言うこときかない暴れん坊」歩友美は自分の胸をこっそりそう呼んでいた。その胸は最近ますます大きく張り詰めてその扱いには手を焼いている。
(ほんといったい中に何が詰まってるんだか…)そんなことを考えながら胸に温かいシャワーを浴びる。体を洗うにしても他の部分は普通にスポンジを使っているのに、胸だけは別だった。低刺激の石鹸を取り出すと両手で丹念に泡立てて、全体を直接手で丁寧にこすり洗いする。(なるべく刺激しないように…) 自分の胸なのにその扱いは慎重すぎるほどだった。
 しかし大きくなり続けるこの胸は、今ではいくら手を伸ばしても胸の先の方がうまく届かなくなっている。まだやっとのことでなんとか胸全体を洗えているものの、じきにこれもできなくなってしまいそうだ。胸の谷間には汗が溜まりやすいので腕を突っ込んで特に念入りに洗い流す。しかしその間にも両側から膨大な乳肉が押し寄せて腕を挟み上げてくる。腕を引き抜くだけでひと苦労だった。

(ほんと、大きくなっちゃったなぁ)
 ふと1年前のことを思い出す。昨年春、14歳になったばかりの歩友美の胸には、このような膨らみは微塵もなかった。あるのは他の所と同じく細っこくて真っ平らな胸板のみで、そこには女性らしい丸みを帯びた曲線のかけらもない。バストサイズはわずか71センチ。アンダーとの差はほとんどない。早生まれでクラスで誕生日が一番遅かったとはいえ、ただひとりブラジャーの必要がない胸にかなりの引け目を感じてた。
 歩友美はその後すぐ中学3年に進級する。その直後だったと思う。お風呂に入った時、裸の胸にかすかな突起が浮き出ているのに気づいた。押してみると胸の奥にこないだまではなかったしこりのようなものが広がり、途端に鋭い痛みが走る。びっくりした。自分の体になにか得体の知れないものができている、と怖くなってそれからしばらく一切胸に触れようとしなかった。さわらない限りは特に痛みもないので気になりつつそっとしておいたが、それからも時折服が胸に擦れただけでキリッという痛みが走る。心配になって自分で調べてみると、このしこりや痛みは胸が膨らみ始めた頃によくある症状なので気にすることはないと書かれていた。(あ…) 密かな喜びを感じる。大切にしなきゃ、と初めてのブラジャーをつけてしばらく様子を見ることにした。少しして、おそるおそるブラの内側を覗くとしこりのまわりが明らかにぷっくりと膨らんできたのが見てとれる。やっと…。ようやく自分の胸が人並みに膨らんできたんだと納得できて、ほっとしたのを憶えている。
 しかしその胸が人並みだったのはほんの一瞬のことだった。その後膨らみは文字通りむくむくと、まるで活火山のように日に日に高く大きくなっていった。喜び勇んでつけていた初ブラもすぐに中身が満杯になってカップを大きなものに変えなければならず、そのブラもじききつくなり――の繰り返し。次々と大きなカップに付け替えていくうちに、夏には早くも人並み外れた大きさになって、服の上からでもその盛り上がりを隠しようがなくなっていた。それまでの引け目もあってちょっと自慢したくもあったが、困ったことにブラのサイズがもうない。その頃、トリオンフィの噂を聞いておそるおそる初訪問。他には絶対ないサイズの豊富さに感激したものの、それも一時的なこと。年が変わる頃にはここでもサイズがなくなりオーダーメイドせざるを得なくなってしまった。
 気がつくと――この春、高校に入る頃には身長162センチに対してバスト163センチ、真っ平らだった胸はたった1年で身長を追い越してしまっていた。歩友美にしてみればほんとあっという間の出来事だった。
 膨らみ始めて2度目の夏を迎えた今、今度は2度目の大台をあっさり乗り越えて203センチ。春からだけで40センチも大きくなっていた。最初の1年でだいたい90センチ大きくなったから、明らかに成長ペースが上がってきている。
 今、裸の胸を見つめていると今まさしく目の前でむくむくと大きくなってきているような気すらする。(まさか…) 思わず目をしばたたかせる。さすがにそれは錯覚みたいだけど、そんなことがあってもおかしくないような成長ぶりだった。

 それに――今度は自分の胸に指を突き立てて押し込んでみる。表面近くはやわらかいのに、少し奥まで来ると巨大な硬い層に突き当たる。それ以上押し込もうとすると――(痛っ!)胸に強い痛みが走って思わず顔をしかめた。
(このことは――絶対誰にも知られたくない…) そう、胸が膨らみ始めた頃に感じた小さなしこり、それは今も彼女の胸の中に存在した。最初に調べた時には、このしこりや痛みはあくまで胸の膨らみ始めの頃だけで、胸の成長とともに次第に消えていくと書かれていた。だからこのしこりもいずれはなくなっていくのだと信じていた。しかし胸がそれからいくら爆発的成長を遂げ続けても一向にそのしこりはなくならない、それどころか胸が膨らんでいくとともにそのしこり自体もどんどん大きくなっていった。全体をさわってみると、今やその胸のおそらく8割くらいはしこりで占められている。ふにふにと柔らかいのは外側だけ。内側のほとんどは芯のようにそのしこりが居座っている。自分でそっとさわるぐらいなら平気だけど、ちょっとでも強く押そうものなら胸に激しい痛みが走り、同時に爆発的な反発力が生じて手が簡単に押し返されてしまう。刺激されるのが胸の先に近づくほどその痛みは激しくなった。乳首の辺りを押すと、その衝撃は稲妻のように胸全体に響き渡って声も出せず、しばらく動けなくなってしまうぐらいだ。きのうだって少し逸れたからまだよかったものの、もし真正面からぶつかっていたらおそらく痛さでその場にうずくまって助けに行く事すらできなかっただろう。そしてその痛みの後には、また胸が一気にぐんと大きくなっているような気がしてしょうがない。
(わたしの胸、まだ膨らみ始めなんだろうか…) あの時読んだ記述を信じならそうなる。そしてこのしこりが成長のトリガーとなっていることは間違いない。だとするとこれからいったいどこまで大きくなってしまうのか――。歩友美は、自分の胸が秘める底知れないパワーと成長力に自分でも不安にかられていた。この胸はきのうもまた冴木くんを吹っ飛ばしてしまった。そのパワーは最初の頃よりもはるかに強力になっている。もしこの胸がみだりにさわられでもしたら、とんでもないことになってしまうのではないだろうか。
(この胸を人前にさらすだなんて――とてもじゃないけど無理!)
 無防備にさらされたこの胸は、自分にとっても相手にとっても危険すぎる。歩友美はどうしても自分の胸に対し過剰なまでに慎重にならざるを得なかった。
 だから、少なくともこのしこりがなくなるまでは、何が何でもこの胸は護らなければ、と常に気になってしまう。自分でもはばかられるのに、もし誰かに無造作にさわられでもしたらどうなってしまうか分からない。だからそばに人がいるだけでついつい警戒してしまう。それが自分の無愛想さにつながっているとはわかっているけども、どうしていいのかわからない。だからこそ人が密集してしまう満員電車は恐怖でしかなかった。胸が膨らむ前は別に何も感じなかったのに、いざ高校に入って朝のラッシュに出くわした途端四方から押し寄せる人の波に締め付けられるような戦慄に襲われて体が動けなくなった。どんなに空間を保とうとしてもどんどん人が押し寄せてきて容赦なく胸に当たってくる。胸の奥のしこりが押しつぶされそうになって痛いし、さらにそれをはじき返そうと勝手に暴れまくるのを制御できない。ほんの数日ですっかり消耗してしまい、とてもじゃないが学校に通えそうにない――そう思った時に出会ったのが冴木くんだった。いきなり電車の外にはじき飛ばしてしまう、という最悪の出会いだったのに、それがきっかけで――なんだろう、その広い背中になぜかやすらぎを感じて、無茶を承知でお願いした。そして、毎朝背中を貸してもらう日々が始まる。無言で背中に自分の胸を預けても、なぜか安心して胸も暴れずにおとなしくしてくれた。これなら、まだまだ大きくなっても大丈夫な気さえする。それから…だんだんに、今ではそんな混んでいない時でもたいがい電車には一緒に乗ってもらうようになって…。彼がいてくれるだけで心が落ち着き、彼の背中への依存度がどんどん高まっていった。あまりに頼りすぎているのではないか、このままではいつまで経っても独り立ちできない、そんなことへの不安が募っていた中、冴木くんを「彼氏」呼ばわりされたことで恐怖が一気に再燃し、つい突っぱねるようなことを言ってしまった。けども――電話を切った瞬間、取り返しのつかない喪失感に襲われてどうしようもなくなってしまった。
 あの夜は不安でほとんど眠れず、次の日せめて少しでも電車が空いている時間に出ようといつもよりずいぶん早く家を出たのに、冴木くんが家の前に立っているのを見た時の衝撃…。どうにも気まずくてそっけない態度をとってしまったけど、ほんとうはすごく嬉しかった。なのにきのうまた…。あの時、今までにない距離で冴木くんの顔を見た。あんなに間近に誰かの顔を見た、というのもおそらく初めてだと思う。一瞬のことだけど、触れんばかりに迫ったその顔を見ているうちに、今まで感じたことのない不思議な感情が自分の中にわき上がっていた。けど…次の瞬間、冴木くんは体ごとプールの中に放り出されてしまった――。
(わたしの胸は、これからも近づくものをことごとくなぎ払ってしまうのだろうか…)
 ふと湧き上がる不安を払いのけるように頭をぶるぶると激しく振る。それとともに胸もぶるんぶるんと大きくたわみ、勢いよく水滴を辺りにまき散らした。

 シャワーを止める。若々しい肌が次々と水をはじいて何もしなくともあらかた乾いていく。タオルで体を簡単に拭き取るとそれだけで充分だった。
 脱衣所でまずショーツを穿くと、次にブラジャーを手に取る。タグには「200-65 A.K.」とだけ書かれている。トリオンフィの場合、オーダーメイド品はもうカップ数は記載されず、トップとアンダー、それに使用者のイニシャルだけが記載される。だからこれはバスト200センチ用のブラだ。こうして持ち上げて掲げるともはや自分の身につけるものとは信じられないほど巨大だけど、これでももう既に自分には小さかった。

(さて) 思わず気合いが入る。ブラジャーをつけることは、いわば自分とおっぱいとの戦いだった。
 前屈みになってカップに胸を差し入れると、両脇でブラのサイドを固めてその姿勢のまま背中に腕を伸ばしホックを留め始める。カップにすさまじいまでの重量がかかる。するとこんな狭苦しいところに押し込められてなるものかと2つの膨らみが暴れまくった。
(こら、おとなしくしなさい) 心の中で思わず自分の胸に話しかけてしまう。もちろん言うことなんて聞いてくれないけども、こっちも毎日のことで慣れたもの。暴れようとする胸を先回りして巨大なカップの中に手早く抑え込む。ホックを留めるそばからブラの中身がますます押し込まれてカップを押し上げようとするけども、力を込めて容赦なく手を進めていった。すべてのホックをを留め終わると、押し込まれた乳肉が所狭しとますます反発してあちこちからあふれ出そうととするが、それを丁寧に手で押さえ中に次々と収め込んでいく。
 (よしっ) すべてをカップの中に収めきると、ぐんと背筋を伸ばして姿勢を正す。そして位置を確認するように胸を揺さぶった。しかしブラの中ではおっぱいがなんとか自分の居場所を確保しようと押し合いへし合いぶつかり合って、今にもカップをはじけ飛ばさんばかりにみちみちと蠢いている。明らかにブラの許容量を超えて耐えきれるギリギリにまで迫り、ブラそのものが悲鳴を上げている。きのうまでこんなことなかったのに…。もう限界が近い、といやでも思い知らされた。
 トリオンフィに行く予定をまた前倒しすることになるかも、と歩友美は今にもはち切れそうな自分の胸を見つめた。
(ほんと、困った子だよ)
 しかしそう言いながらも、彼女の顔はどこか誇らしげだった。確かにこの胸のおかげでどれだけの面倒を被ったか知れない。それでもこの胸がいっぱいに張り詰める感じ、嫌いじゃない。むしろ、胸の中に強烈なまでの生命力が横溢し、そこに秘められたパワーが全身に行き渡って気持ちの張りに繋がっているみたいだ。とりあえず今日のところはブラの中にすべて収まるところに収まり、おっぱいも観念したかのようにおとなしくなっていった。
 胸が落ち着くと歩友美はようやく自分の体をゆっくりと眺める余裕ができた。脱衣所に備え付けられた姿見の前に立って自分の姿を映し出す。ブラのアンダーからかろうじて覗くおへそ付近は驚くほどくびれているのに、そのすぐ上の胸だけはあからさまに突出していて、そこだけ姿見から見切れて全体を映してくれない。反射的に後じさりするがすぐに背中が壁にぶつかってしまう。(もっと大きなのに換えなきゃ) 以前からそうは思うけど他に優先すべきものが多すぎてなかなか手が回らない。
 だから全体は見通せなくとも、こうして胸がきちんと収められるのを確認できてほっとする。大きすぎてもはや上半身全体を覆ってしまうような巨大ブラだけども、なんだか胸がちゃんと護られている、そう思えるのだ。動く度にブラの中でおっぱいがさらに暴れまくろうとしているけども、今のところはうまく抑え込まれている。
 まじまじと自分の体を見つめる。気がつくと角度を変えてポーズを取っている自分がいる。体からあふれ出すほど大きく盛り上がった胸も、こうなるとちょっとだけ自慢したくなってくるから不思議だ。胸が大きくなってからの方が、以前の引っ込み思案な自分が消えて気持ちが前向きになった気さえする。
 この胸がなければ大好きなピアノをあきらめることもなかったのに…そう思わないこともない。けどこうして見下ろしていると、それでもこの胸に文句を言う気にはなれなかった。
 次にブラウスの袖を通す。この夏服のブラウスももう既に3代目になっているが、表から見えるボタンの裏にも、さらに1つにつき2つボタンが隠されており、見た目の3倍の数のボタンがびっしり敷き詰められている。それを1つ1つ留めていくのだ。ちまちまとした作業だが、すべて留めると実にがっしりと堅牢に胸をカヴァーしてくれる。(準備完了!) これ見よがしに胸を張る。これが歩友美の毎朝の儀式だった。

 あとはその上にネクタイを締め、朝食を食べ終えた頃には、既に登校時刻が近づいていた。
(冴木くん、もうそろそろ着くかな) 彼が家の前でそわそわと自分を待っているのを想像して、歩友美は楽しそうに頬笑んだ。
 自分が少し浮かれていることに、自身でもまだ気がついていなかった。