夏休み明け早々に緊急職員会議とはおだやかではない。しかも議題が事前になにも知らされてないのだから、こちらとしてもなんの準備もできやしないじゃないか。
会議は教頭主導の下開始された。今に始まった事ではないが、最近生徒の学力が低下していることをあげつらうばかりで、建設的な話になりそうにない。黙って聞いているだけでいたずらに時間が過ぎていった。
「桑原先生。あなたのクラスの成績がここにきて著しく下がっております」
いきなり自分に矛先が向けられたので驚いた。今年就任したばかりのこの教頭、なにかにつけて成績至上主義でかつ事なかれ主義、正直その言動には賛同できないことが多々あったのだが、こう名指しでこられたら答えないわけにはいかない。しかし実際にはこちらが返事する暇さえ与えてくれなかった。
「ここに休み明けに行われた学年一斉実力テストの結果があります。桑原先生、あなたのクラスの平均点は、ダントツで最下位でした」手許に置いてあった書類を手に取るとさらに喋りまくる。その結果はもちろん承知している。だが今それをいきなりあげつらうとは…。
「いや、別に先生の指導方法が悪いと非難する気はありません。ただ――指導力に定評のある桑原先生のクラスがなんでこのように成績が振るわないのか。何か他に原因でもあるのではないかと、私の方でも調査させてもらいました。そうしましたら――ある女生徒がクラス全体に悪影響を与えているという声が少なからず上がっていることに気づかされます。授業中も、彼女ひとりのせいで浮き足立って勉強に身が入らない生徒が、特に男子に目立っているそうですな」
え…。まさか――。脳裏にあの顔が思い浮かんだ。
「とにかく近頃のその女生徒の行動は目に余るものがあります。まわりへの影響が甚だしく、もはや見過ごすことはできません。なんらかの対応策を打ち出す必要があると考えます」
「ちょ、ちょっと待ってください!」私は矢も楯もたまらず立ち上がった。「お言葉ですが、彼女がなにか問題を起こしたでしょうか。いやむしろ、熱心に授業を受けていますし、学業への意識も高く、品行方正・成績優秀、推奨されるならともかく、非難されるいわれはまったくないと思いますが」
「おや。私は特に名前は挙げなかったのですが、桑原先生にはなにやら思い当たる生徒がいらっしゃるご様子。つまりは、先生も彼女の事を見過ごせず注視していたと言うことになりますな」
しまった。揚げ足を取られた。教頭はここぞとばかりにまくし立てる。
「品行方正・成績優秀…。確かに彼女個人としてはそうでしょう。でも他の生徒への影響があまりに大きすぎる。先生のクラスだって、入学当初は優秀な生徒が多かった。しかし1学期の中間・期末と平均点は回を追うごとにみるみる下り、今回の実力テストではもはや目も当てられない体たらくです。かくなる上はやはり彼女に対して何らかの対策を練る必要があるのではないでしょうか」
もはや教頭は他の先生の顔を見ていなかった。そう、最初から私ひとりをターゲットにこの会議を開いているのだ。悟られないよう事前に何も知らせずに――。嵌められた、と気づいたときはもう遅かった。
「そんな――もう既にクラブ活動に規制をかけたり水泳の授業を欠席させるなどいくつもの制限を設けているのにこれ以上なにが――」これだって元々あなたの指示でしょう、教頭にそう詰め寄りたい気持ちをぐっと堪えた。
「そうです。なにも私だって彼女の優秀さを評価してない訳ではありません。実際、入学以来彼女は全てのテストで文句なしの学年1位を取り続けております。またここにある資料は、入学間もない頃に新入生を対象に受けさせた知能指数テストの結果ですが、これによりますと、彼女のIQは――驚くべき事に"計測不能"と書かれております。このようなことは初めてだと担当者も言っておりますが、数値は出せないにしろ、彼女のIQは200を優に越えることは間違いないとのことでした。先生のクラスは彼女が1人で成績を引き上げていますが、全体の平均点がここまで低いことで却って悪目立ちをしています。彼女自身の学力を伸ばしつつ、かつクラスの平均点も立て直す。この2つを両立することができないか。私は必死に考えました。そして遂に、ひとつの最適解を導き出すことができたのです。それに関する資料がこちらになります」
「これは――」新たに配られた書類を前にして、私は自分の目を疑った。生徒1人に対して、これほど大きなことするなんて――。そこまでして排除したいのか…。
「要は、彼女個人がいろんな意味であまりに突出し過ぎているのが問題なのです。検証したところ、彼女の学力はもう既に当校が3年間で求めているものをすべて上回っておりました。残念ながら彼女は当校の生徒としては、役不足と言わざるを得ません。彼女にはもっとふさわしい場所が必要なのです。これ以上彼女を当校に縛り付けておくのはむしろ本人のためにならないと判断いたしました」
「だ、だからって、これは――」
「もちろん前例はありません。ですがこの規定自体は以前から存在しているものですし、今までこれに該当するような優秀な生徒がいなかっただけのことです。彼女こそこの第1号にふさわしい人材と言えるでしょう」
「ですが――」
「もう既に先方にもこの話は内々に伝えており、非常に前向きな反応を示されております。正式なものではありませんが『そのように優秀な生徒ならば、ぜひともこちらで受け入れたい』と内諾をいただいております」
やられた――。教頭の奴、既に水面下で動いて、ほぼ話をつけている。もはや決定事項として、会議ではなく報告しているだけだ。何か抜け道はないか――必死で探したが、私の頭ではなにも浮かばない。
「すまん、倉本――。私はお前を護ってやれなかった…」自分の無力さを痛感しつつ、やるせなく唇を噛むしかなかった。