「えーと……ほら、りっくん、私たちの住んでいる県はため池で有名だよね? それだけ雨が少なくて、水不足に悩まされてきた土地なの」
「うん……学校で習ったよ」
おねえちゃん、今考えたでしょ?その理由。
「だからね、水は大切に使わなきゃいけないの」
「けど……だからって一緒にお風呂に入らなくても」
「ほ、ほら、おねえちゃん身体が大っきいでしょ? お湯があふれちゃうともったいないじゃない」
「だったらぼくの後に入れば……」
「おねえちゃんだって熱いうちに入りたいんだもんっ」
「じゃあぼく、おねえちゃんの後でいいよ。お湯は足さないから」
「ダ、ダメっ! そんな少ないお湯じゃあったまらないよ。りっくんがカゼひいちゃったらおねえちゃんの責任だよぉ」
ダメかぁ。やっぱり逃げ道がない。
……なら、思い切って言うしかないか。
「ぼく、もうすぐ4年生だよ。そろそろ一人で入りたいんだけど」
「!!!!!!!!!!!!」
うわっ! 案の定、というか予想以上にショックだったみたいだ!
クラッと後ろによろけたおねえちゃんの顔を見上げると、今にも泣きそうな目をしてる。
「りっくん……おねえちゃんとお風呂入るのイヤなの? おねえちゃんのこと、き、嫌いになっちゃったの……?」
「そ、そんなわけないよっ! 入る! 一緒に入るからっ!」
で、結局その日も一人でお風呂には入れなかった。
(あ〜あ……友達に知られたら、絶対にバカにされるよなぁ)
湯ぶねの中で、ぼくはおねえちゃんに抱っこされる形になるので、正直ちょっと、いや、かなりきゅうくつだ。
なんせ、おねえちゃんはすごく身体が大きいけど、特におっぱいはとんでもなく大きい。
クラスの男子で一番小さいぼくなんて、谷間に身体ごと埋もれちゃいそうだ。
その巨大クッションによりかからないように、ずっと上半身を起こしてなきゃならない。
(お風呂に入ってるのに、逆につかれるなんて……)
ぼくが1年生の時までは、何の遠慮もなくお風呂でお姉ちゃんに抱っこされてた記憶がある。
その頃のおねえちゃんは、身長はすでに高かったけど、おっぱいはまだ全然小さかったから。
でもぼくが2年生、おねえちゃんが中3の頃だったかな。
ものすごい勢いでおっぱいがふくらみ始めて……ぼくもなんだか恥ずかしくなっちゃって。
(さすがに今は……寄りかかれないよなあ)
かと言って、向かい合うのはもっと恥ずかしいし……
当のおねえちゃんは全然恥ずかしく思ってないみたいだけど、だからこそ困るんだ。
「りっくん、今日もおねがいね」
「う、うん……」
そしていつも、ぼくに背中を洗わせる。
おねえちゃんが言うには、ぼくは背中を洗うのが上手で、だから一緒にお風呂に入りたいんだって。
おねえちゃんの背中はとっても広いけど、白くてすごくきれいなんだ。だから、洗うのはイヤじゃない。
だけど、両側から半分近くはみ出しているおっぱいに、さわらないように注意しなきゃ。
去年までは、すごく重たいのを持ち上げて洗ってたけど、
(さすがに今は……さわっちゃまずいよなあ)
それ以前に、どんなにがんばっても持ち上げられないかもしれない。
なんせ、おねえちゃんの胸囲(正しくはバスト)は、ぼくの身長をとっくに超えちゃったってんだから。
当のおねえちゃんは、今でもおっぱいを洗ってほしいみたいだけど、だからこそ困るんだ。
あと、ぼくが背中を洗ってると
「はぁう、ん…っ」
おねえちゃんはときどき、ヘンな声を上げてぶるぶるって震えることがある。
「ど、どうしたの?」
「だ……大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ」
いつもそう答えるけど、その時のおねえちゃん、目に涙を浮かべて、泣きそうな顔してるんだよなぁ。なんだかこっちが悪いことした気分になってくるよ。
だけど、それも先月までの話。今はこうして、ぼくも一人でお風呂に入っている。
(さすがに……4年生にもなればね)
おねえちゃんがアイドルになるための大会で海外ロケに行っている間、ぼくは広い湯ぶねをまんきつしているんだ。
(それにしても、おどろいたなあ。あのおねえちゃんがアイドルになるだなんて)
おねえちゃんは超がつくほどの恥ずかしがり屋で、ぼく以外とはあまり上手にしゃべれない。
しつこいセールスを断るのも、ぼくの方がハッキリ言えるくらいだ。
きっと、そんな自分を変えようとがんばっているんだな。
「……ぼくも負けてられないや。早く大きくならなきゃ」
今は身体が小さいから友達からもナメられてるけど、ぼくだって、あのおねえちゃんの弟なんだ!
きっと、でっかい男に成長してやるぞ!
(そしたら……)
そしたら、おねえちゃん以外の女子とも、つき合えるようになるのかな。
4年生でそんなこと考えるのは、まだ早いかもしれないけど。
(お姉ちゃんが知ったら絶対にすごいショックを受けるから、絶対に秘密だけど……)
どうやら……ぼく……
背の小さい女の子が好きみたいなんだ。
クラスで唯一ぼくより小さい女子。元気で、おしゃべりで、笑顔がかわいいその子のことが、最近ちょっと気になってるんだ。
(でも……それって、本当にぼくの初恋なんだろうか?)
今までずっとおねえちゃんのそばで育ってきたせいで、もしかしたらぼく、「大きく見られたい」っていう願望があるのかもしれない。
「はぁ〜……われながら情けないや。まだまだ小さい男だなぁ」
深いため息をついて、ぼくは湯ぶねにトプンと顔を沈めた。
俺の名は柑一郎。県立高校に通う3年生で、剣道部主将を務めている。
カンイチロウなんて名前、古めかしい響きだが、古くから続く農家の長男に生まれたって事で、まあその点は仕方ないと思っている。
今日も厳しい稽古を終え帰宅した俺は、汗を流すべく風呂に入る。
熱い湯に浸かると、疲れた筋肉がじんわりと弛緩していくのを感じた。
(フゥ……一人で落ち着いて入る風呂は最高だな)
そう。いつもだったら、こうはいかない。
俺が入って1分も経つと、見計らったように
「お兄様〜、お背中流しますの☆」
とか言って、あいつが侵入してくる。
小学生並にチビのくせに、顔よりでかい胸をスクール水着にぎゅうぎゅうに押し込んで、全く恥ずかしがる様子もなく、堂々と入ってくる。
何度やめろと怒鳴っただろう。時にはゲンコツもくれてやったんだが、
「もうっ! 兄妹なんだからノープロブレムじゃありませんの! あ、もしかしてキッカの事、女性として意識してくれてるんですの? きゃっ☆」
ってな具合で、微塵も反省する様子がない。
なんべん注意したところで、あいつは直情的にグイグイと俺に迫ってくる。
だからもう最近は、あきらめる事にしていた。
マセガキで耳年増なくせに、どういうわけだか俺以外に恋愛対象を求めない。
昔から少しも変わらず、あいつは筋金入りのブラコンだった。
しかし、そんな妹が何を思ったのか、アイドルオーディションの大会に出場し、ここ数日、海外ロケに行っているのだ。
(中3になって、ようやく俺から卒業してくれたって事かな)
兄としてそれは喜ぶべき成長だろう。
思い返せば妹は、日常でもうざいほどにあの手この手で俺を誘惑してきた。
「お兄様〜、宿題がわからないんですの。教えて?」
と言って向かい合わせに座っては、卓上に載せた谷間を強調したり。
風呂上がりにバスタオル一枚で歩き回っては、背伸びしているのが滑稽なほど色っぽくアイスキャンディーをしゃぶったり。
新品の下着をいちいち見せびらかしに来て、感想を求めたり。
(本気であいつの頭ん中が心配になってくるな……)
だが俺も剣道部主将。よこしまな雑念など振り払うのは容易い。
と言うかそもそも、妹に対してそんな劣情を抱くはずもないのだ。
(しかしさすがに……冗談ぬきで、あの胸だけはどうにかしてほしい)
はっきり言って、妹の早熟ぶりは異常だ。
恐ろしい事に、あいつの胸は3歳……幼稚園年少組の頃からすでに膨らんでいた。
もちろん、既製品のブラジャーなんてこれまで一度も着けたことがない。
(勘違いしないでほしいが、これらの情報は、妹が何度も一方的に胸がでかいことの苦労話を語ってくるから、いつの間にか覚えてしまっただけだ)
年中組までスポーツブラで凌いだが、当時からマセガキだったあいつは、年長組で早くも本格的なブラジャーを母にねだった。その時すでにDカップだったという。
当時から、同年代の子と比べて背はひときわ小さかったから、それだけに胸の迫力はとんでもないものがあった。
園児の身体に対比すると、おそらく5段階くらい上のサイズに見えたかもしれない。
見る人がことごとく「胸に栄養を吸い取られてる」と思うのも、無理はないだろう。
母が一度病院に診せに行ったが、何てことはない、全くの健康優良児だという。
本人も大きな胸に困っている様子はなく、むしろ自慢にしており、同性の友達から人気があったようだ。
ときどき男子にからかわれたりもしたようだが、どういうわけかあいつは馬鹿力で、ケンカに負けたことはない。
(あの細い腕の、どこにそんな力があるんだか)
小学校入学時はEカップ。それからは規則正しく、年1カップのペースで発育を続けているという。
妹はときどき、困ったように語る。
「はぁ……キッカの成長期はいつ来るのかしら。そうすればきっと、背もぐーんと伸びますのに」
言われてみれば、普通は10代前半で成長期を迎え、その期間に大きく発育するものだ。
(それがまだだとすると……「平常運転」であれだけ膨らんだって事か!?)
恐ろしい事実に気付いてしまった。もし今後成長期を迎えたとして、あの胸の発育スピードはどうなってしまうのだろう?
妹のあからさまな行動を見れば、俺に好意を寄せているのだとわかる。
たとえば、この前のよく晴れた日のことだ。
母が洗濯物を干そうとしたことろ、
「もうっ、お母様ったら! キッカはもうお年頃のレディですのよ。屋外に干すなんてデリカシーがありませんのっ!」
と、自分の洗濯物を2階の自室に持って行った。
そこまではいいのだが、
「おっにぃっさま―♪ キッカの洗濯物干すの手伝ってくださいなっ☆」
当然の流れのように俺の部屋を訪ねてきた妹に、ツッコミの言葉もなく、しばし唖然とする。
「……お前、自分で干せるだろ」
「えへっ☆ それがザンネンなことに、キッカの背じゃ届かないんですの」
少しも残念そうじゃない。ウインクして舌を出す様子に、確信犯だということが十分うかがえた。
妹の部屋に入ってみると、確かにピンチハンガー(洗濯ばさみがたくさん付いたやつ)は、窓際の高い所にかけてある。
「なんであんな高い位置にあるんだよ?」
「日当たりを考えれば当然ですの」
「で、お前はどうやってあの位置にハンガーかけたんだ?」
「えっ? そ、それは……イスに乗って」
「じゃあ、イスに乗れば自分で洗濯物干せるよな?」
「うっ」
10秒論破。相変わらずだな、こいつの浅知恵は。
「……わ、わかりましたの。でも、イスがグラグラすると危険だから、キッカが干してる間、押さえててほしいですの」
まあそれくらいなら、と俺はOKする。
しかし、
「あー、そっちじゃないですの」
「は?」
「ハイこっちこっち。で、こー向き。キッカと向かい合わせになるようにプリーズですの」
と、俺を力ずくで所定の位置に立たせると、
むきゅっ
イスの上に乗った妹は、ちょうど俺の顔の高さになった胸を、大胆に押し付けてきた。
「ゥむッ!?」
「お兄様、ちょっとの間ガマンですの。イスが揺れないように、しっかり押さえててねっ!」
白いブラウスの布越し。弾力に満ちあふれた双球を、顔面にぐにぐにと押し付けられながら、俺はまんまとハメられたのだと悟る。
(橘香! 最初からこのつもりだったのか!)
頬に伝わる柔らかな感触と、脳の原始的な部位を刺激する芳香。
加えて、侮っていた妹に一杯食わされたという屈辱感で、意識が遠のいていた。
そんな俺の顔面に体重をあずけながら、妹は手を伸ばし、バカげたサイズのブラジャーを干し始める。
カシャン
「!?」
何かと思えば、それはピンチハンガーが傾く音。干されたブラジャーの重みで、片側へ急角度に傾いたのだ。
「ふ〜んふふ〜ん♪」
陽気に鼻歌を歌いながら、その反対側にパンツやバスタオルを干していく。すると、ピンチハンガーは再び水平に戻る。
「で〜きたっと。お兄様、サンキューですの」
「ぷはっ」
約30秒の圧迫から解放され、呼吸を整えつつ干された洗濯物を見てみると
(うわ…っ!)
改めて、妹のブラジャーがとんでもない代物だとわかる。
身体が非常に華奢なため、ベルト(正しくはストラップ)の部分は短いが、そのくせ本体部分(正しくはカップ)は、丼よりさらに一回りでかい。
一緒に干されたパンツの小ささを見ても、これらを同じ人間が着用するとは、にわかに信じられない。
そして、反対側にバスタオルを吊るしてやっと重さが釣り合っている。すなわち、
(湿ったバスタオルと同じ重さ……?)
「いゃん、お兄様のえっち! 妹のランジェリーをしげしげと鑑賞しないでくださいですのっ☆」
唖然とする俺の背中を、照れ笑いしながら叩いた妹。
さらに、至近距離に顔を近づけると甘い声で
「どうせなら『中身』に興味ありませんの?」
とささやき、ブラウスのボタンへ指をかけた。
「!!!」
あの時、俺がどう反応したのか覚えていない。が、とにかく慌てて妹の部屋を去った気がする。
(くっ! 今思い出しても……あれは屈辱だった)
あの時赤面していたらと思うと、羞恥に身悶えする。
とにかくあいつは露骨なやり方で、これまでに幾度となく俺を篭絡しようとしてきたんだ。
しかし……
悪いが、「妹」という事実を抜きにしたところで、俺は橘香の想いに応えてやれない。
なぜなら、俺の好みは大柄な女性。
理想を言わせてもらえば俺(183cm)よりも高身長がベストだが、そんな女性、稀有であることはわかっている。
もちろん、大きな胸も嫌いではない。
が、やはり女性の魅力は、滑らかな曲線美を描く長い脚に勝るものなし、というのが俺の持論だ。
加えて、やさしい安堵感をもたらすふくよかな腹肉についても、捨て置けない。
(ちっ!……我ながら情けない!)
周囲には硬派なイメージで通っている俺だが、その実、包容力のある女性に甘えたい願望があるようだ。
「あいつにだけは、絶対に知られちゃいけない……」
秘蔵している高身長ロシア人女性の写真集(俺とて思春期の男子なんだ、許せ!)を、発見されでもしたら大変だ。
低身長で悩むあいつは、相当なショックを受けるに違いない。
それだけは絶対に防ぐ。
(いや……いっそ幻滅されたほうが、お互いの為かもしれないな)
深いため息をつき、雫の落ちてくる天井を見上げた。
以下は、愛媛と香川の県境を越えて交わされた、ある夜の通話記録。
<――というわけで、お兄様ったらキッカがどんなに誘惑しても、つれない態度なんですの。ま、そんなストイックなところがますます好きになっちゃうんですけどっ☆>
<ゆ、ゆうわくって……きーちゃん大胆だよぉ>
<うふふ。そっちはどうですの? 陸くんとは>
<うん……りっくんもこの春4年生になるから。昨日の夜ね、一人でお風呂に入りたいって言われちゃったの。ショックだったよぉ>
<あらあら、とうとう陸くんも一緒のお風呂を恥ずかしがるようになりましたのね>
<うん。でも結局、水がもったいないから、とか理由をつけて一緒に入ったけどね>
<む、むーちゃん……気弱そうに見えて意外と押しが強いですのね。まあ、陸くんもいよいよ女の子のカラダを意識するお年頃ってことじゃないですの?>
<うぅ……そうかなぁ? 私の胸が大きすぎて、気持ち悪く思われちゃったんじゃないかなぁ?>
<むーちゃんのおっぱい、すんごいスピードで膨らんでますものね。ちなみに今はどれくらい?>
<Wカップになんとか詰め込んでるんだけど……そろそろ限界。Xか、もしかしたらYかも……>
<すっごぉ! Mカップのキッカなんて足元にも及びませんの>
<そ、そんなことないよ。私なんて身体が大きいだけだから……>
<むふー、お姉ちゃんのダイナマイトバディを前に、陸くん、よく持ちこたえていますの。一気に攻め落とすなら今かもしれませんのよ?>
<そ、そんな……私はただ、りっくんと一緒に居られるだけで幸せだもん。寂しい思いをしないように、私がお母さん代わりになってあげるの。それだけで十分……>
<そういえばむーちゃんのお母様、ずっと海外でお仕事なさってるんでしたっけ>
<うん。年に1回しか会えないから、りっくんには甘えられる相手が必要だと思うの。それにね……いつか、りっくんには普通の恋をしてほしいって思ってるんだ……私みたいにならずに>
<『普通の』か……耳に痛い言葉ですの。年上と年下の差こそあれ、キッカとむーちゃんは実のきょうだいを好きになってしまった者同士ですものね>
<うん……私たち、決して結ばれない相手を、好きになっちゃった>
<だからこそ、多くの困難を避けては通れませんの>
<禁断の恋はイバラの道だね>
<インセストタブーはイノセントブルーですの>
<でも私だけはきーちゃんの味方だよ。お兄さんとの恋、応援してるからね>
<キッカも、むーちゃんと陸くんが結ばれる日を願っていますの!>
携帯片手に、ベッド上でパジャマ姿の2人。
悩める乙女の恋愛トークは、ポエミーに盛り上がっているようだ。
<ところで最近、耳よりな情報をゲットしたんですの……>
<……ええっ? アイドルデビュー?>
<イエス! キッカが思うに、兄妹という関係が身近すぎて、お兄様はきっと現状に満足しちゃってるんですの。ところが、キッカがアイドルになったらどうなりますの?『独占していた可愛い妹が、一躍有名になっちゃった。さーあ、放っといたら誰かに奪われちゃうぞっ☆』その嫉妬と危機感によって、いつしかお兄様はキッカへの愛に気付く!『いなくなって初めて気づいた……俺の一番大切な存在はすぐそばにいたんだ!』って寸法ですの! きゃー☆>
<な、なるほど……>
<これからさっそく『ビッグメロン』に申込書を書こうと思いますの。もちろんむーちゃんも参加するでしょ?>
<うん>
<なーんて、今のは冗談……えええーっ!?>
<私も参加するよ、その大会>
<だ、だってむーちゃん、人一倍恥ずかしがり屋であがり性じゃありませんの。水着審査もあるし、エッチなポーズとかとらされるかも……無理してキッカに付き合わなくてもいいんですのよ?>
<は…恥ずかしいのは覚悟の上だもん! 私だって……このままじゃダメだって思ってるの。きーちゃんみたいにもっと積極的にならなきゃ、って……恋人として見てもらえないなら、せめてりっくんが誇りに思えるような、明るくて強いお姉ちゃんになりたいの!>
<むーちゃん……>
<だから一緒に出場しよう。そして、2人そろってデビューしようよ。だって私たち>
<大親友ですものね!>
そう。大きすぎる胸以外にも共通の悩みを持っていた、むつみと橘香。
2人は秘密の同盟を組んで、互いの許されざる恋を応援していた。
しかし皮肉な事に、想い人の好みは見事に交差している。
もしこの先、4人がそれぞれの存在を知ったら、大親友はたちまち一転、恋敵になりかねない。
そんな現実などつゆ知らず、ブラコン同士の友情は続いているのだった。
(……だから、この状況がどんなに恥ずかしくても)
――話は会場に戻る。
(お姉ちゃん、負けないっ!)
ぎゅむうっ!
<むつみ選手、寅美選手の突進を150cmのバストで受け止めたっ!
そのまま二の腕で圧を加え、頭部をホールドしていますっ!>
長い長い縦一直線を描く谷間が、最後に見た光景。
そこへ飛び込んだら、どこまでも顔面がズブズブと飲み込まれていく。
(な……に……コレ……)
一瞬にして訪れた静寂。応援席からの声も、もはや聞こえない。
それもそのはず。左右から押し寄せられた乳肉の荒波は、すでに寅美の両耳をふさぎ、側頭部に至っているのだ。
もしビキニの紐が阻まなければ、「後頭部まで」完全に埋没させることもできただろう。
一応巨乳を自負してきた寅美が、格の違いを思い知る圧倒的質量だった。
(完全に覆われてる!……いきが、で、き……)
ジタバタと足掻こうとするも、叶わない。息苦しさとともに全身が脱力していく。
陶酔に融け込むように、寅美の意識は遠のいていった。
「あ、あれって、呼吸できてるの?」
「わからないアル。もしかしたら勝負アリかもしれないネ」
「おっぱいも身体も、スケールが違いすぎるわ」
「相手を食べてるようにすら見えるヨ……恐ろしい谷間アル」
もはや応援するのも忘れて、むつみの乳房にただ恐々とする葉子と胡桃。
「……いいなぁー」
しかし案の定、葉山ももだけは瀕死の寅美を羨望していた。
彼女ならば谷間で圧死しても本望だろう。生粋のMである。
(こんなので苦しむなんてバカみたい……早く手を使ってギブアップすれば楽になれるのに)
そう思いながらも、ありすが寅美に向けるまなざしはいつになく真剣だ。
(寅美さん……どうしてそんなに一生懸命なの!?)
そもそも、この乳相撲において、むつみの乳房には3つの強みがある。
ひとつは、「重圧」
乳房本来の重量に加えて、むつみ自身の巨躯から繰り出されるパワーが、破壊力を倍加する。
今も、腕で加える圧力が乳房をやわらかな万力と成し、寅美の頭部を圧迫しているのだ。
もうひとつは、「気密性」
白くモチモチとしてきめ細かい、触れればペタリと吸いつく、究極のもち肌。
湯川温子はツルツルスベスベの温泉たまご肌が特徴だったが、それと対を成す、極上の感触。
香川にちなんで喩えるなら、職人が手打ちしたコシの強いうどん生地の如し。
どっしりと重く、しかし柔軟に形を変える乳肉は、対象物との間に一切の間隙を残さず、わずかな空気も入る余地はない。
それゆえに、ひとたび密着すれば逃れるのは容易でないのだ。
最後のひとつは「芳香」
と言っても、いわゆる異性を惹きつける誘引物質(性フェロモン)とはまた異なる。
彼女自身がもつ母性的な「におい」と表現するのが適切か。
大脳辺縁系……脳の奥の原始的な部分に訴えるにおいは、同性をも魅了してやまず、安らぎの内に闘争心は雲散霧消してしまう。
すなわち、寅美の状況はこうだ。
重圧と機密性により息苦しくなって、必死に呼吸しようとすればするほど、芳香を吸引し闘争心は奪われていく。
そして今、安息の底なし沼で溺死しようとしているのだ……
が!
「ひぁアぁっ、ッんんっッ!?」
突然、艶めかしい喘ぎ声を上げ脱力するむつみ。
「ぷはぁーっ!」
その隙に、寅美は顔面を乳房から引き剥がし、窮地を脱する。
<おーっと寅美選手、谷間から脱出!
乳圧の万力に挟まれ勝負ありかと思われましたが、まだわかりませんっ!>
「あっちゃー、チャンスやったのに!」
「谷間の中で何が起こったんやろ」
「む、むーちゃん大丈夫ですの? 何をされたんですのーーーっ?」
親友を案じる橘香の横で、
「ふうむ。寅美さんもやりますね」
湯飲みを手に、茶湯里は訳知り顔。
「『押してダメなら引いてみろ』。『吸ってダメなら…』ってとこですか」
そう、“虎”の闘志を甘く見るべきではない。
香りがもたらすリラクゼーション効果も、寅美のファイティングスピリットを消すことはできなかった。
あの状況で寅美の脳裏に閃いた活路、それは息を「吹くこと」である。
そもそも、空気の入る隙間がないからこそ、むつみの肌はぺったり密着している。
ならば、空気を送り込んでやればよい。
酸欠状態で肺の中の空気を出すことは賭けだったが、功を奏した。
「ハァ……ハァ……」
圧迫から逃れた寅美は、いったん距離をとって呼吸を整える。しかし、
「ひぁ…ぁ…ふぅ」
なぜか、窒息させていた側のむつみまで息を荒げている。
「?」
当然、寅美はそれを疑問に思った。
(あの時もヘンな声上げて……私の息が、そんなにくすぐったかったのかな?)
大正解である。
谷間に吹き付けられた寅美の吐息。突然の気流に、むつみはくすぐったいというレベル超えた快感に襲われ、脱力したのだ。
そしてこれこそ彼女の弱点。
先に述べた3つの強みが1つでチャラになるほどの、決定的な弱点。
「敏感すぎること」
この打越むつみ、見上げるほどの巨体でありながら、全身もれなく感じてしまう敏感少女でもあったのだ。
原因はおそらく、彼女の急成長にある。
3歳から胸が膨らんでいた橘香とは対照的に、むつみの二次性徴は遅れてやってきた。
中3の時点で、身長こそ180cmに達していたが、バストは未だAカップ。
信じ難いことだが、むつみにも小さい胸を悩んでいた時期があったのだ。
それがある日突然、爆発的スピードで膨張を開始する。
ブラは耐えうる限界まで使用に努めたが、3か月ごとに2カップ飛ばしで大きくなっていった。
そして高2の現在に至るまで、毎月1カップという勢いはとどまることを知らない。
先ほど臼井が、アルファベットを使い切る日も遠くないとアナウンスしたが、それはつまり来月のことだ。
あまりの速度に、いつしか乳首まで乳輪に埋もれてしまった。
この急成長に、皮膚組織は急激な成長に追いつくだけで精一杯。
だがその一方、どういうわけか感覚神経だけはしっかり発達し、皮下のごく浅いところを綿密に張りめぐっているのだ。
ゆえに、全身敏感なボディの中でも乳房は特別に敏感なのである。(もっとも、さらにそれを上回るデリケート部位があるのだが)
ともあれ、この隙を逃がす手はない。
(チャンスっ!)
寅美は再度突撃をしかける。
(またおっぱいに挟まれるのは危険……それなら!)
<おおっ! 寅美選手、あれだけの死線をくぐったのに、臆すことなく再度突撃!
しかも今度は……ぶつかってはすぐに距離をとる、ヒットアンドアウェイ戦法だーっ!>
足場に注意しつつ、俊敏なフットワークで何度もぶつかっていく。
張った胸を押し当てるたびに、むつみは「いゃあっ」などと小さな声を漏らすのだが……
(ぜ……全然効いてない?)
体重差のため、何度胸でタックルしようとびくともしないのだ。
しかし反撃する様子も見られない。
(ええい、かまわないわ! このまま押しきる!)
「ああん、むーちゃん防戦一方ですの」
「でもさすが、すごい安定感だね。一歩も動かせてないよ」
<助走つきで何度もバストアタックを続ける寅美選手!
しかし、むつみ選手はそれをただ受け止めるのみで、前進も後退もしません!>
「ぴょんぴょんとぉ〜…ぶつかってはぁ〜…離れてぇ〜…せわしない動きですねぇ〜…」
「そーですねコトコ先バイ。またおっぱいに挟まれるのを、よほど警戒してるんでしょう」
「もうこれってぇ〜…『相撲』じゃありませんよねぇ〜…」
「確かに。相撲ってよりはボクシングに近いかも」
偶然その会話を聞いていた橘香が「ハッ!」と気づく。
(ボクシング……?)
そして声を上げる。
「むーちゃーーーん! カウンターパンチですのーーー!」
「ふぇ?」
ぶるん! ばちぃいいん!!!
<む、むつみ選手、突然の反撃!
身体をひねる勢いで振るった乳房が、向かってくる寅美選手を迎撃しましたーっ!>
もちろん、今、むつみは橘香の声がした方をふり返っただけだ。
その動きが偶然、寅美の向かってくるタイミングと一致したのだ。
<今のは俗に言う『ちちびんた』というやつでしょうか!
それにしても何という威力っ! 寅美選手を土俵の端まで飛ばしてしまったーっ!>
アナウンスに赤面するむつみ。今ようやく自分が何をしたか理解したらしい。
恥ずかしさを隠すようにうつむき、手のひらでそっと胸を撫でる。
寅美の顔面にぶつかった部分が、わずかにピリピリと痛んでいた、
(や…ば……頭クラクラする……ブラゼルに打たれたボールの気分だわ)
一方、寅美のダメージは深刻。自分の頭部より大きい脂肪の塊がクリーンヒットしたのだ。
「……もっとも、ホームランじゃなくて良かったけど」
そう、まだ場外ではない。この乳相撲、プールに落ちなければ倒れても続行なのがルール。
無様に倒された寅美がゆっくりと起き上がる。
<おーっと、どうしたのでしょう?
むつみ選手、このチャンスにとどめを刺しにいかない!
そうしている間に寅美選手……今、立ち上がりましたーっ!>
「ちっ、しぶといですの!」
「むつみちゃん、どうして今とどめ刺しに行かなかったんだろ? あんなはじっこなら、簡単に押し出せそうじゃん?」
愛矢のもっともな疑問に、橘香が答える。
「たぶん、むーちゃんは土俵の中心から離れたくないんですの。うかつに中心を離れたら、自分の重みで浮き島が大きく傾くと、わかってるんですの」
「そっか! あの身体なら体重も…」
相当なものだろう、と言いかけてとどまる。
「逆に、むーちゃんが中心にいる限り浮き島は安定……敵のタックルはおっぱいで衝撃吸収……あれ? これって『絶対防御』じゃないですの? さすがむーちゃん!」
すでに寅美も、その考えに至っていた。
(ぶつかり合いじゃ到底勝てない体重差……なら、)
ポロリによる失格。すなわち、ビキニずらしを狙うか?
(……ダメ、それも不可能だわ)
なぜなら、あれだけ何度もぶつかったのに、むつみの白い三角ビキニは全然ずれていない。
そう、「気密性」ゆえに!
原理は先ほどと同様。白いナイロン生地に空気の入り込む隙間はなく、ぴったりと密着する。
これは、むつみが陥没乳首であることにも関係していた。
乳首の突起がない分、乳房はよりなめらかな曲面を描くからだ。
実際、カップレスにもかかわらず、むつみの乳首は全然目立っていない。
さらに、まん丸いバスト自体の張力も相まって、ビキニとの間に強力な摩擦が発生する。
手を使わずむつみのビキニをずらすことは、もはや不可能に近いのだ。
『絶対防御』は、崩せない!
「ま、負けないもん……きーちゃんと一緒にアイドルになるんだから」
自分に言い聞かせるようにつぶやいたむつみは、乳房を両手で持ち、構える。
再度寅美を『捕獲』するつもりだろう。そして今度こそ離さない!
対して寅美は、
(……やるしかないわ!)
こんな状況でも、たった一つだけ最後の可能性を見出していた。