千々山村自然教室

唐鞠 作
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「自然教室?」
わたくしが聞き返すと、ディナーを載せたテーブルの向こうでお父様は頷きました。

「そうだ。××県の山奥にある千々山村って所だが、そこで小中学生を対象に行うらしい。地元の子どもたちと一緒に、巣箱を作って林に取りつけたり、川原でバーベキューしたり。どうだルミ? 楽しそうじゃないか」

「えー……でも、お外で泊まるのはちょっと」

「いや、自然教室自体は夕方で終わるんだ。その後サービスで村の温泉に入浴させてもらい、解散。そこで帰るか旅館に泊まるかは参加者の任意だ。ちょうど父さんもその村に別の用事があってな。自然教室は一緒に行けないけど、宿で合流して1泊してから帰ろう」

お父様も用が? その一言でわたくしは察しました。
(ああ……きっと今回も「下見」ですのね)

「父さん忙しくて、夏休みはどこも連れてってやれなかったからな。まあ参加してみなさい。初めて会う子と仲良くなるのは得意だろう?」

「!……わかりました。やるからにはめいっぱい楽しみますわ!」
元気を装ってみたけれど、一瞬曇らせてしまった表情、お父様に気づかれてないかしら。



わたくしは越出馬ルミ。めずらしい名字ですが「こしいずま」と読みます。
現在小学6年生ですが、毎年のように転校を繰り返してきました。

なぜなら、お父様の職業は市街地開発コンサルタント。
今後発展しそうな郊外の町にいち早く目をつけ、自治体や商工会・観光協会に向けプランを営業。再開発を有利かつ円滑に進めるため、資材・人材の仲介をするお仕事です。時には自らも不動産を売買して利益を上げています。

おかげで我が家はかなり裕福と言えるでしょう。
家庭教師を兼ねた優秀な家政婦も雇っているので、転校続きでもわたくしの勉強が遅れる心配はありません。
物心つく前にお母様を亡くしたわたくしを、男手ひとつで育ててくれたお父様。本当に感謝しているし、心から尊敬しています。

(だけど……)
正直、転校はもううんざりでした。
現場の感覚を重んじるお父様は、狙いを定めたら必ずその土地へ引っ越します。
千々山村が辺鄙な田舎に見えても、お父様は誰より先に発展性を見抜いたということ。
現地調査でその確信を得れば、わたくしはまた転校せざるを得ないでしょう。
(仕方ありませんわね。お父様の直感は当たりますもの)
あーあ、かわいそうなわたくし。
せっかく今のクラスメイトとも仲良くなって、一緒に卒業できるかと思ってたのに。

でも……かわいそうと言えばクラスの男子も、かしら?
だってもうすぐ、わたくしの美貌を見られなくなるんですもの。
特にこの、ダイナミックな弧を描くバストの盛り上がりを。
うぬぼれ?ええ、上等ですわ。
謙遜は卑屈。隠すなどナンセンス。美は誇ってこそ輝きを増すというのが、わたくしの信条!
小学生離れしたスタイルはアイデンティティをかけた誇りですの。

思い返せば小3の春、カラダのことをお父様に相談できず悩んでいたところ、家政婦のヨシミさんがBカップのブラを用意してくれました。(本当に優秀な家政婦ですわ)
それからグングンと成長を続け、今や91cmのGカップ!
弱冠12歳とは思えないこの艶やかなボリューム、小学生では日本一とひそかに自負しています。
さらに胸以外はとってもスリムという奇跡のプロポーション。
157cmの身長も相まって、高校生や大学生に間違えられたこともありますわ。
事実、転校する先々でもわたくしより胸の大きい女子は、よほどのぽっちゃりさんを除けば1人もいませんでした。

日本一バストの大きい小学生は、日本一罪作りな小学生でもありますの。
その蠱惑的な肉体で見る者に強烈な印象を焼き付けては、いずれ去って行く。さながらイタズラな妖精か小悪魔のように。
これまで数え切れないほど男子の心を惑わし、女子の羨望を集めてきましたわ。
きっとどこへ行っても、このバストがあればわたくしは人気者。
そうよ。越出馬ルミは強気でセクシーなお嬢様!
……さびしくなんて、ないんだから。



そして迎えた当日早朝。
山の涼しい空気を感じられる千々山鉄道。村へと向かう始発の車窓から、わたくしは雄大な景色を眺めていました。
(すごい山奥。こんなところに本当に村があるんですの?)

そのとき、ふと通路側に座るお父様をふり返ると、
「!……えっ!?」
美しい景色への興味は、座席の横をスッと通り過ぎたものに一瞬で奪われました。

「どうしたルミ?」
「い、いえ……なんでもないですわ」

今は前方の席に座っていますけど、あれはたぶん親子。
そしてチラっとしか見えなかったけど、あの白くて巨大な物体はたぶん
(おっぱい?)
白い布地を張りつめてどっしりと重そうな、いわゆる「乳袋」が2つ。視界の端をゆらゆらと通り過ぎて行きました。
母娘ともに相当なボリューム。国内既製品のブラ(Iカップ)では間違いなく収まらない体積でしょう。
まさかとは思いますが……わたくしより背が低く見えたお子さんの方は小学生?
だとしたらバスト日本一の座が危うい!

(うう……気になりますわ!)
「ん?落ち着かないなルミ。今からワクワクしてるのか?」

プライドを揺るがす事態に、席を立って確認しようかと何度も思いましたが、どうにか踏みとどまりました。



そうしているうちに目的の駅へ到着。
お父様はもう一駅先の終点『千々山温泉』まで乗るので、ここからは別行動です。

「じゃあ気をつけてな。楽しんでおいで」
「はい。いってきます!」

電車を降りたら当然、まっさきにある人物を捜します。
しかし横を振り向くだけで彼女は簡単に見つかりました。
(いた!)
母親と別れて娘さんだけが、わたくしと同じホームに降りていました。
やはり見間違いではなかったのです。横から見ると一層盛り上がりの急激さが伝わりました。
身長はわたくしより低い150cmちょっと、それに対しバストはLカップあるでしょう。(サイズの目測は得意ですの)
腕や下半身もちょっとふくよかで、お世辞にもスマートとは言えません。
でも不思議と全身のお肉が大きな胸と調和し、グラマラスな魅力として一体感がとれています。
電車が駅を去り、不意に吹き抜けた風にサラリとなびく肩までの黒髪。
夏だというのに肌は色白。横顔もどこか和風で、たおやかな印象です。

(夏の朝、向こうで咲くヒマワリを背景に駅のホームに立つ、とてもとても大きな胸の和風美少女……)
絵になる光景に思わず見とれてしまったのは、数秒間だったでしょうか。

「ねーねー! おねーさんたちも自然教室行くの?」

背後から聞こえた元気な声に振り向くと、そこにはもう1人小さな女の子が立っていました。
いいえ訂正。小さいのはあくまで身長のみ。庶民的なTシャツを押し上げるその胸は……
(こ、この子も大っきい!)

「う、うん。そうだよ」
「わたくしもですわ」
「おおー!?『ですわ』だって!『ですわ』!あはははは!すっげー!」

(まあ失礼な子!)
いきなり口調を笑われて、わたくしちょっとイラッときました。
でもバカされたようには感じません。珍しいものを見て純粋に喜んでいるだけだというのは見てわかります。

「おねーさんってお嬢様?もしかして本物のおじょーさまですか?」

その子は目をキラキラ輝かせて尋ねてきました。どうやら初対面の年上にも遠慮知らずな、ハイテンション系アホの子のようですわね。

「まあ、否定はしませんけど。でもその呼び方はやめてくださる?わたくしは越出馬ルミ。6年生ですわ」

「わたしは青梅ゆう。中学2年です」
続いてLカップの和風少女も名乗りました。

(ああーよかった。中学生でしたのね)
学年が判明して内心安堵。青梅さんが2年も先輩だということは、小学生バスト日本一は依然このわたくし。誇りは保てました。
(とはいえ、わたくしが中2になってもあそこまで成長できるかしら?)
うーん……正直自信ないですけど、そもそも青梅さんちょっとぽっちゃり系ですし。競う部門が違うっていうか、ボクシングで言えば階級が違うっていうか

(いやいや!それより新たな脅威は目の前のこの子!)

「三森なつ!4年生だよ。ナツって呼んでね。よろしく!」
「よ、よろしくね」

青梅さんとは対照的に、日焼けした肌から普段外遊びしていることがわかる元気っ娘。溌剌としたエネルギーが粒子となってハジけている感じですわ。
高めの位置で結んだツインテールの頭はわたくしのあごくらいの高さ、ということは身長140cmにも満たないでしょう。
それに対しバストはD、いえ、アンダーの細さを考えればEカップ?二次元の如きアンバランス!
ていうかアレ、Tシャツの下はノーブラじゃありませんの!?なのに重力を全く感じさせない……幼い乳房のハリはさすがですわね。

2年前、わたくしが小4の頃を思い出して比較してみます。
(くっ!……わたくしも小4の冬でEには到達しましたが)
身体が小柄な分、バストの存在感はナッちゃんの方が上!悔しいけど認めざるを得ないでしょう。
でも、スラリとした長身モデル体型のわたくしに対し、ちんちくりんボディのナッちゃんはそもそも路線が違うっていうか、カテゴリが違うっていうか、
ともかく!サイズ・カップ数ともにまだわたくしが上回っていますし、小学生日本一の座は守りましたわ!
将来記録を破られるかもしれないけど、今年は勝ち逃げということで、
「よろしくお願いしますわ」
(?……なんだろう?今の間)

あいさつを交わした3人は駅舎を出て、待ち合わせ場所に向かいます。

「そういえば参加者ってわたくし達だけかしら?」
「あれ?おかしいよね。参加のしおりには、村外からは『女子5名』って書いてあったけど」
わたくしの疑問に青梅さんも同調。
「でも、今来た始発でないと集合時間に間に合いませんわよ?」

「ふっふっふ。ナツにはわかるよー。この名探偵ナッちゃんには!」
得意気に腕組みをするナッちゃん。寄せ上げられた胸がTシャツの襟ぐりで窮屈そうにひしめいています。
「遠くの県から参加する人はね、ナツたちが乗ってきた一番の電車(始発)に間に合わないんだよ。だから昨日のうちに来て温泉で1泊してるってわけ。ナゾ解決っ☆」

おお!?アホの子かと思ってたら、意外に頭が回りますのね。驚きましたわ。

「なるほどー。すごいよナッちゃん、よくわかったね」
「えへへ。実はナツもそうしたかったんだけど、おかーさんが『ウチはそんな余裕ないから一人で行っといで』って。だから電車も1人で乗ったんだ」
「へえー偉いねえ。4年生なのに自立できてるなあ」

青梅さんに褒められてナッちゃんは上機嫌。
ていうか青梅さん、柔らかな声の調子といい褒め上手ですわね。癒されますわ。

駅前で待つこと数分。迎えのマイクロバスがやって来ました。
そこから降りてきた女性は……
「みなさーん、おはようございます」

(えええええ!!!なんですのっ?この人?)
この時ばかりは、さすがのわたくしも驚きを隠せませんでした。

「ようこそ千々山へ。私は村の観光課で働く仁科ふみえっていいます。これからこのバスに乗って自然教室へ向かいましょう。今日一日よろしくね」

身長も高く手足のスラッとしたクール系のお姉さん。でも顔立ちと声はどこか幼くて、おだやかな感じ。そして何より特筆すべきは、
(おっ、ぱい……?)
ってこれ、本当におっぱい!?バレーボール2つ詰めてるんじゃありませんのっ!?
一瞬、遠近感が狂ったんじゃないかと思うサイズ。さすがにこれほどのムネを見るのは初めてでした。
もはや「弧を描く」ってレベルじゃなく、ネイビーのポロシャツをグンッ!と山のように隆起させパンパンに張りつめています。
ニュートンによれば、万有引力は全ての物体がもっているけど、地上では地球の引力が大きすぎて、物体同士に働く引力は感じることができないそうです。
しかし、わたくしの目の前に迫るバストときたらどうでしょう!?
(あああああ……強制的に視線が奪われる!)
思わず引き寄せられる感覚。このとき確かにわたくしは「引力」を感じていたのです!

はっ!失礼。興奮してつい取り乱してしまいました。
しかし、ここまで規格外だと目測不能ですわね。サイズが気になるところですが……

「うわー、おねーさんおっぱい大きいですね。どれくらいあるんですかー?」

そこをストレートに訊いてくれるナッちゃん。
グッジョブ!わたくし達にできないことを平然とやってのけますわ!

「え?今はRカップだよ」

はぁーーーっ!?聞いたことのないサイズ!アルファベットの18番目!?
ていうか今の質問、ためらいなくサラッと答えちゃうんですの?
女性同士とはいえ、普通は恥じらって「ヒミツ」ってごまかすとか!
あと聞き捨てならないのが、「今は」って何ですの?「今は」って!
大人になってもなお成長が続いているってことですの?

「うひゃー『R』!?あはははは、すっげぇー!ねえねえ、どんだけ重いかちょっと持ち上げてみていいですか?」
「な、ナッちゃん、今は早くバスに乗らなきゃ」
厚かましくお願いするナッちゃんを、上級生らしく青梅さんが制する。けれど、

「そうよ。だから、あ・と・で・ね」
人差し指を振りながらお茶目に返す仁科さん。
(ええーーーっ!?触ること自体は結局OKなんですの?いいなあ!)

「あれ、どうしたのルミちゃん?息が上がってるみたいだけど」
「だ、大丈夫ですわ。山だから酸素が薄いのかしら」

村に着くなり、立て続けに襲い来るビッグバストとの遭遇。
脳内でツッコミが忙しくて朝からクラクラしてきましたが、新鮮な山の空気を深呼吸することで落ち着きました。

「ふぅー、行きましょうか。心配かけてごめんあそばせ」
「さ、しゅっぱーつ!」
「いえー☆」

ともかくマイクロバスに乗りこみ、目的地へと向かいます。
わたくしがひそかに誇ってきた、「日本一バストの大きい小学生」という自信。それが崩壊するまでの秒読みが始まったことに、このときは気付いていなかったのです。

バス停近くの野原には、星型の花が咲いていました。青紫色が涼しげな……あれは桔梗(キキョウ)。
英名は「バルーンフラワー」というそうです。
もしかしたらその名は、わたくしがこれから出会う、大きく膨らんだおっぱいを暗示していたのかもしれません。

〜作者注〜
賢明なる読者は仁科ふみえのバストサイズからすでにお気付きでしょう。
この物語はブラン様による本編の1年前、中山昇一が地域振興課に配属される前のエピソードです。

つづく