千々山村自然教室

唐鞠 作
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「落ち着いてー、ゆっくりねー」
「う、うん……」
昇ったときより時間をかけて、いつきちゃんは慎重に脚立を降ります。

「シンタ上向くなよ。パンツ見えっからな」
徹郎くんがひそひそ声で言いました。
「み、見ねーよバカ!」
あー、そこはちゃんと恥じらうんですのね。わたくしの胸には興味ないくせに。

ところで、世間では「巨乳の女性はつま先が見えない」なんて噂されますが、実際あれは本当です。

「ふゎっ!?」
地面に着いても「まだ下がある」と錯覚していたのでしょう。
まぼろしの一段を踏み損ねたいつきちゃんは、バランスを崩して倒れかけました。

「あぶないっ!」
ぽよん……

とっさに支えたのは、間近にいた青梅さん。
自分より20cm近く大きな身体を、両腕でしっかり抱き止めました。やわらかなバストを枕にするように、いつきちゃんの頭部が埋もれます。
次の瞬間、

「はゎアゃぁ〜〜〜んんッッ!?」
「「!?」」
皆の鼓膜をくすぐったのは、嬌声と呼んで差し支えないほど官能的な声。
いつきちゃんが発したものだと理解するまでに、ちょっと時間がかかりました。

「ど、どうしたのっ!?いつき!」
聞いたこともない娘のなまめかしい声に、お母さんが駆け寄ります。

「あッ……ア……」
いつきちゃんは頬を紅潮させ、快感に蕩けた顔をしていました。
「青梅さんの……からだ、きもちよすぎてぇ……つい」
喘ぎ混じりに白状し、恥ずかしそうに両手で顔を覆ういつきちゃん。
「えっ?そ、そんな」
当の青梅さんも当惑します。

少しの間を置いた後、そんな様子がおかしくて皆で大笑いしましたの。
おかげで緊張していた場の空気も完全になごみました。

それにしても青梅さんのふくよかボディ。昇天してしまうほどの抱かれ心地なのかしら?
(あの、むっちりモチモチのLカップを枕に埋もれたら……)
どれだけ極上の感触なのでしょう?想像もつきませんわね。ごくり。

「おかあちゃん、危ないことしてごめんなさい……」
いつきちゃんは涙ぐんでお母さんに謝ります。
「ううん、もうええんよ。無事でよかったわぁ」
「……あたし、まちごうとったかなぁ?鳥さん、帰さん方が良かったんかな?」
「いいや。子を想わん親がおるかいな。お母さん鳥もきっと喜んだはずや。あんたは立派なことをしたんよ、いつき」
優しく微笑んで答えると、お母さんは愛娘を抱きしめました。

(いつき……産まれてくる子が男でも女でも、その名前に決めていたの。
命を慈しむ樹のように、大きく優しく強い子に育つように。
あんたはとても大きくて優しい子。そして今、強さを見せてもらったわ!
お母ちゃんな、あんたが願いを叶えてくれてほんまに嬉しいんよ……)

我が子を愛する母親のすがた。大人の人が泣くのを見たのは初めてだったかもしれません。
こみ上げてきた熱い涙を、わたくしは誰にも悟られないよう、そっと払いました。


〜〜〜〜〜〜〜〜


(お花畑かしら?)
それが、遠目に見た第一印象。
牡丹に芍薬、あじさい、カサブランカ、ベゴニア、ひまわり……
まさに百花斉放。パステルからビビッドまで色とりどりで、人の顔ほどもある大輪の花々がいくつも咲き誇る秘密の花園。

だけど当然、近づいてみるとそれらは花じゃなかったのよ。
(これ、全部ブラジャー!?)
びっくりだわ。旅先でフラッと立ち寄ったスーパーの2階に、まさかこんな売り場があったなんてねえ。

(んまあ……街で見かけない大きなサイズがこんなにたくさん!)
掟破りのサイズ展開。JカップやKカップが当然のように置かれているの。色や形のバリエーションも豊かにね。
ジュニアのコーナーでさえGまであったわ。逆にAやBなんてほとんど無いのよ!
まるで「えっ?初ブラでもCあるでしょ普通?」と言わんばかりの常識格差を感じたわ。
さすが千々山……

「いらっしゃいませ。はじめてのご来店ですか?」
「ええ。温泉旅行中に立ち寄ったのよ」
「まあ!観光のお客様とはめずらしい。どうぞごゆっくりご覧になってください」
そう言ってお辞儀した女性店員の胸は、細身なのにアタシと同じ位大きかったわ。

「あら?あなた、その名札に付いてるロゴ、ボニータじゃない?」
「はい。遠方にお住まいの方もご存知とは、嬉しいですっ!」
「知ってるわよぉ。アタシも娘も通販でお世話になってるもの。肩こりから解放してくれた救い主よ」

着け心地満点のグラマーサイズブラを展開する下着ブランド“ボニータ”。この村に工場があったのねえ。確かに、村人の巨乳っぷりを見れば納得だけど。

話を聞いたところ、こちらの店員、堤さんは衣料品売場の担当。特に女性下着のフィッティングを専門にしているとか。

「短大卒業後こちらに勤めて早10年、『どんなおっぱいも包む、つつみさん』という、光栄なキャッチフレーズで親しまれております」
「ベテランなのねえ。頼もしいわ。そう言うあなたもずいぶん立派なムネをしてるけど?」
「いやあ、恥ずかしながら私はKカップでして。千々山では小さめな方なんですよ〜」
十分大きいじゃない!

「でも、成長期のお子様が私のサイズを追い抜くたびに、『おめでとう』と言ってあげるのが今では楽しみなんですよね。この仕事、天職だと思ってます!」
意気揚々と語る堤さん。きっとこの人、巨乳ぞろいの村人たちの成長をリアルタイムで見届けてきたのね。

「よろしければブラを新調なさいますか?セミオーダーで完成品は後日発送となりますが、こちらで採寸されたお客様には送料無料でサービスいたします」
「まあホント?じゃあ、お願いしようかしら」

ちょっとぐらいお土産に贅沢したっていいわよねえ?なんせ今回、旅費はほとんどかかってないんだもの。

「それにしても、すんごいサイズが置いてあるのねえ……」
「そちらはQカップですが、あくまでデザイン見本です。在庫がストックしてあるわけではありませんよ。ボニータはセミオーダー制ですので」

そう。今まで購入するときは、ボニータの通販サイトに自分で測った数値を入力して注文してきたわ。
(何をかくそう、アタシは賢いIT系主婦を自負しているの。ネットでお得に買物するのは大得意よ)

だけどそんな通販慣れしたアタシでも、初めて見たとき驚いたのを覚えている。
トップ、アンダーだけでなく、乳房自体の周囲とか、肩から乳首までの距離とか……あんなに細かく入力を求められるなんてね。
まあ、それだけ精密に作っている証拠だけど。さすがにちょっと面倒で、雑な測り方で適当に済ませちゃった部分もあったっけ。
それが今回初めてプロのフィッターさんに測ってもらえるわけね。う〜ん楽しみ。

※(通販サイトはあくまで補助的なもの。ボニータの意向としてはあくまで完全なフィット感を提供したいため、直接来店を推奨している)



「いやー、良い買い物したわ」
採寸を終えたアタシは、下着売場近くに置かれた長イスで一休みしている。
娘以外にバストを測ってもらうのは数年ぶりで、なんだか恥ずかしかったけどね。

それにしても堤さん、凄腕のフィッターよ。あの実力ならいつか有名人のブラも合わせたりするかもね。
※(実際この1年後、彼女は国民的人気タレントのブラを見立てることになる)

そうだ。明日帰る前に、もう一度ゆうを連れて立ち寄れるかしら?
思いついたアタシは、朝撮ってきた列車の時刻表を確認するためにスマホを開く。
そこへ不意に、女の子の明るい声が聞こえてきたわ。

「さつきセンパイ!おひさしぶりです」
「あっシフォン、ひさしぶり〜。夏休み中にずいぶん日焼けしたねえ」
「はい。こう暑いと沢ガニ捕りがはかどりますからねー」

下着売場の前で出会った2人、どうやら地元の小学生かしら?
それにしてもサツキちゃんて子、丸顔にツインテールの幼い外見なのに、なんて大きな胸!
やっぱり村人の成長スピードは凄いのねえ。

「ところでセンパイ、今日はブラ買ったんですか?」
「えっ、なんでわかるの?」
「そりゃもう。ここを見れば一目瞭然ですよぉ」

そう言って、サツキちゃんの豊かな双丘を指でふにふに押すシフォンちゃん。ぴちぴちした弾力が水色のTシャツ越しにはね返っていたわ。
(先輩に対して大胆なことするわね。やっぱり子どもの少ない村だと、学年を越えて仲良しなのかしら?)

「中学行ってからまた一段とふくらみましたよねえ」
「うん。制服合わせのときに買ったのがGカップだけど、さすがにキツくなっちゃって」

後輩相手に照れるサツキちゃん。中学生だったのね。(かわいい)

「で、どうでしたか?今日測ってみた結果は。そろそろ3ケタいったんじゃないですかぁ?」
「さすがにまだだよぉ。98cm……Jだった」
「すっごぉい!Gから一気にJって、半年足らずで3カップも?爆発的成長じゃないですか」
「うん。お母さんには『次は1年もたせるのよ』って念を押されちゃったよ」
※(実際この1年後、七瀬さつきはLカップをオーダーすることになる)

「いいなぁ。私ももっと大きくなりたいです」

今度は手のひらで自分の胸をすくい上げるシフォンちゃん。小学生であれなら十分大きいと思うけど。

「同じ5年の鹿谷さんなんてもうEカップですよ?この春一緒に初ブラ買った仲なのに、置いてかれちゃいました……私は相変わらずCのままなのにぃ」
「シフォンもこれからだよ。成長期は人それぞれだもん」

え、何それ?Cまで育ったのは成長期のうちに入らないみたいな言い方。

「でもセンパイ、それだけ大きかったら中学でも一番でしょ?」
「あ、あくまで1年生ではね?わたしより大きい先輩なら何人かいるし。2年の竹上さんとかスゴいし……ってか、シフォンも見てるでしょ?学校隣同士じゃん!」
「へへっ、そうでしたね〜☆」(てへぺろ)

サツキちゃんより大きな子いるんだ。中1であれなら上級生はさぞや……でしょうね。

「小学校(そっち)はどんな感じ?わたしたちの代よりよっぽど大きいでしょ。やっぱり一番はかえでちゃんかな?」
「そうですねー。今の6年だと奥野さんが断トツ……でしたけど、桑畑さんが大変身しましてね」
「チホちゃんが?」
「はい。たぶんセンパイ、すれ違っても気付かないかもしれませんよ。別人かよ!ってレベルで変わってます。もしかしたら奥野さんを追い抜いたかも……
どっちにしてもあの2人が今のツートップですね。Gは確実に超えてますもん」
シフォンちゃんはバストラインを手でジェスチャーしながら説明する。

「ひゃー、すごいねえ。日本人の胸が大きくなってるって記事どこかで読んだけど、この村も例外じゃないね」
「食の欧米化とかあんま無関係なんですけどね〜、ウチの村」

(すんごい会話ねえ)
県外から来たアタシには信じがたい内容が次々と。
それにあの、Tシャツを盛り上げる若々しい弾力に満ちた膨らみ……
(あれで中1と小5かぁ)
思い出すわあ。少し前のゆうもあんな感じだったっけ。地元ではどうしても目立っちゃうけど、ここじゃ普通なのねぇ。

今回の自然教室、あの子ったら珍しく「自立したい」なんて言うから、望み通りアタシは別行動でぶらぶら観光してるワケだけど。
(いやはや、驚くべき発見があるものね。この村退屈しないわ)

「ところでシフォンはここへ何買いに?」
「いや〜、単に私、下着とか見るの好きなんですよね。いつかこんなの着たいな〜ってモチベーション上がるんです」
そんな2人の会話に堤さんも加わる。
「いいじゃない。ウィンドウショッピングも歓迎よ」
「あっ堤さん、こんにちは〜」
「こんにちは。尾崎さん、大きいブラに興味があるなら……すっごいの見せてあげましょうか?」

シフォンちゃん尾崎っていうんだ。名前覚えられるくらい頻繁に来ているみたいね。

「えっ何ですかぁ?見た〜い!」
目を輝かせて期待するシフォンちゃんの前に、堤さんが取り出した物は
「じゃ〜ん」
「「えええーーーっ!?」」

驚く2人の声に思わずアタシも立ち上がり、後ろからのぞいてみる。

(うそ……?)
信じがたい光景。でも、堤さんが両腕を広げて掲げているのは、まさしくブラだったわ。
人間が着けるとは到底思えない、あまりにも巨大なブラジャー。
色はライトイエローで、花の刺繍が美しいフルカップ。
チラッとしか見えなかったけどホックの数は8、いえ、10個はあったわね。
ストラップの幅も5cm以上ありそう。(ノースリーブだと隠せないんじゃないの?)
だけど、それもそのはず。ストラップが支えるべき莫大な重量はとてつもなく大きなカップが物語っているわ。もはやお米の袋と見紛うほどの巨大さ……
もし、片方のカップを頭からかぶったらどうなるかしら?あごの先まで完全に隠れてなお、頭のてっぺんに隙間を残すでしょうね。

シフォンちゃんとサツキちゃんも、さすがに驚いてるみたい。
「い、一体これ何カップあるの?想像つかない」
「堤さん、ちょっとタグ見せてください!」

理解を超えたサイズのブラ。そのタグが示す数値は果たして?
「80K?」
「ウッソだあ!Kなんてもんじゃないでしょこれ」
「いいえよく見て。Kの右上にダッシュが付いてるでしょ」
戸惑う2人に堤さんが説明する。

「これは2週目を意味するの。
ブラサイズは普通『65J』みたいに、アンダーの隣にカップを書くわよね。
でもZを超えて2Z、3Z…という風に続くと『653Z』になっちゃう。
数字同士が並んでまぎらわしいでしょ?だから、2Z=A´カップとしているの。
ボニータの独自表記で一般には知られてないけどね」

めまいがしてきたわ。堤さんは一体何を言ってるの?まず、アルファベットを使い果たすなんて事があり得るの?

「てことは、Kダッシュは……えーと、11番目だから」
「じゅ、じゅうに」
「「12Zぉ!?」」
常識をはるかに飛び越えたサイズ!トップ・アンダー差が3桁になる領域よ?

「こ、こんなの着ける人実在するのっ?」
「一体、村の誰が……?」
「おっと、お客様の個人情報は明かせないわね。ただし『村の住民じゃない』とだけ伝えておくわ」

まさか!千々山以外であんなブラの持ち主が?

「でも、お店にあるってことは、誰かがここに来て注文したんですよね?」
「ん〜実はね、これ“直し”の注文なの。カップの大きさはそのままだけどアンダーが痩せたから、ストラップとホックの位置を詰めるのよ」
「え?ってことは……」
「そう。完成品はさらにカップが上がるわね」
「12Zより上ぇ!?」

「信じられない……人間のおっぱいってここまで大きくなるものなの?」
「なるのよ〜。あなた達も恋人ができたら、なるかもしれないわよ?」
「こ、コイビト?」

突如出てきたときめきワードに、ポッと顔を赤くするシフォンちゃん。
その隣でサツキちゃんは何かをひらめいた様子。

「わかった!この人、妊婦さんですね」
「ご名答。よくわかったわね」
「恋人のヒントでわかりました。いくらなんでも、ここまで大きくなるのは妊娠しかないって思ったんです。アンダーが痩せたのは出産後に体重が落ちたから。ですよね?」

なーるほど。つまりあれはマタニティブラだったのね。
ん?いやいや待って。さっき「カップはそのままで」って言ってなかった?
つまり、出産後痩せたのはアンダーだけで、乳房の容量自体は変わってないってこと?
……でもまあ、授乳期ならそれも普通か。
子どもの成長につれ自然と小さくなっていくわよね。さすがに。

「あ、もしかして『村の住民じゃない』ってのも、お嫁に行ったから?出身地は結局この村じゃないですか?」
「うっ、よくそこまで」
図星を指されてギクッとする堤さん。その横でシフォンちゃんが拍手する。
「おお〜、さつきセンパイ名推理!」

「それに、ブラの作り直し“だけ”にわざわざ里帰りしたとは考えにくいです。今の時期から考えて、お盆のお墓参り?または、お孫さんの顔を見せに来たのかも」
「とにかく今、村に来ているんでしょ?うっわぁ〜生で見たいな、12Zカップ。センパイ、探しに行きましょうよ!」
シフォンちゃんは喜び勇んで、ダンスのようにくるっと振り返る。

 ぼゆょん!

「わっ!」
すると、後ろで覗き見していたアタシとぶつかっちゃった。
最近、娘に追い越されちゃったKカップだけど、シフォンちゃんの顔面を受け止めるには十分なクッションだったわ。

「すっ、すみません」
「こ、こちらこそゴメンね」(こんなオバさんの胸で)
「まあ青梅様、大丈夫でしたか?」
「ええ、何ともないわ。2人とも転んでないし」
こっそり覗いてたのバレちゃったかしら?恥ずかしいわね。

「も〜、シフォンったらテンション上げすぎだよ」
「ごめんなさい」
「それに、本気でブラの持ち主捜すつもり?ここで情報が漏れたと知ったら、お客さん迷惑かもしれないし、責任とるのは堤さんだよ?」
サツキちゃん、童顔に見えてもさすが中学生ね。先輩らしいわ。

「まっ、まさか〜。冗談ですよ」
「よかった。それじゃ堤さん、いいもの見せてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。……ブラ見せたのは内緒にしてね?」
2人はお礼を言って下着売場を後にする。

と思ったら、シフォンちゃんだけ再びアタシの所へやって来た。
「あの〜さっきは本当にすみませんでした。おば…おねえさん」
「うん、オバさんでいいわよ?」
そこまで言いかけたなら言っちゃいなさいよ。アタシもう40なんだし。

「ところでちょっとお尋ねしますが、すんっごく大きなおっぱいの女性を見かけませんでしたか?」
さっそく聞き取り調査!?諦めてないじゃない!
「……いや〜、思い当たらないわねえ」
「そうですか。ありがとうございました」

(正直言うとね。旅行者のアタシから見れば、この村の女性はもれなく「すんっごく大きなおっぱい」なのよ!)

いや〜面白いわ!千々山村。もっといろいろ見て回ろっと。
ところでシフォンって可愛いあだ名ね。本名はシホちゃんかしら?
※(本名:尾崎しふぉん)

********

青梅アイコが上機嫌でエスカレーターを降りた頃。
その反対側、上りのエスカレーター前では一人の男が戸惑っていた。なぜなら、
(止まっている?)

そこへ女性店員がやって来て説明する。
「あっ、すみません。そちら普段は動かしてないんですよ」
「歩いて上っていいんですか?」
「はい。節電のためどうかご協力ください」

頭を下げてお願いする店員。男はこの村に着いてから、住人の胸がたいへん大きいことに気付いていたが、彼女もまた相当なサイズだ。

「あ、エレベーターでしたらあちらに1基ございます。業務用も兼ねてのものですが」
「大丈夫です。このエスカレーターはずっと止めたままなのですか?」
「いいえ、動かすこともありますよ。お盆や年末年始のセールの時などに」

(やっぱり普段は歩いて上り下りしているのか。いいのか?消防法や建築基準法的にアウトじゃないのか?
……まあ、村人はそんなの気にしない大らかな性格ということだろう)

「むしろ普段止まっているだけに、たまに動いていると『何か催し物かな?』って、お客様が2階へ来て下さるんですよ」
申し訳なさそうに照れ笑いしながら、店員は付け加える。
「いえ、私も不便に思ったわけじゃないんです。経費節減に苦労しているのはどこも一緒ですね」
男は社交辞令でそう返した。

(なるほど。この地域、高齢化は思ったほど深刻ではないようだな。
なぜなら、本当に足腰の弱い高齢者ばかりなら、動かさざるを得ないからだ。つまり「止まったままで苦情の来ないエスカレーター」は、村人の健脚を示している)

彼の分析は当たっていたが、まだ半分だった。
もう一つの理由は「視界の確保」。
千々山の女性は胸で視界が遮られ、階段を下りるとき1段下が見えないのが当たり前だ。
そのため踏面の奥行きが広いエスカレーターの方が、普通の階段よりむしろ安全なのである。

「いやあ、景気が良ければずっと稼働させたいんですけどね」
「原因はやはり過疎化ですか」
「はい。ですが、それでも負けずに当店は毎日営業しておりますっ!」
逆境に負けない意気込みを見せ、店員は元気にガッツポーズをとる。オレンジ色のエプロンの下で大容量のバストがぽよんっと揺れた。
そこに付けられた名札には「望月」とある。男は彼女の明るい対応を好ましく思った。

「なるほど。面白そうですね」
「はい?」
「これを常に動かせるくらい人を呼び込むこと。良い目標になりそうです」

頭に疑問符を浮かべる望月に軽く会釈すると、男はエスカレーターを徒歩で上り始めた。

つづく