千々山村自然教室

唐鞠 作
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(何だったんだろう? さっきの車。急ブレーキなんて危ないなあ。イタチや野ウサギでも飛び出して来たのかな?)
少女はついさっき見た、路上で急停止したミニワゴンを思い出す。
横を通り過ぎる時、思わず中を覗いてみると若いカップルが乗っていた。

(もしかしてあの2人……そのまま車の中でキスとかしちゃったりして!)
甘ずっぱい妄想にCカップの胸をときめかせながら、自転車を走らせていると、程なくして目的地に到着する。

千々山駅。
年代を感じさせる木造の駅舎は大正時代に建てられたもの。老朽化した部分は地元のスギ材を使って何度か改修されたが、外壁は建築当初のまま板張りで再現されている。
なぜならここは重要文化財。歳月の趣深い外観は、ありがたいことに国策が保護を後押ししていたのだ。
実際、村にとって貴重な観光資源であり、ふるさとの誇りに思っている村民は多い。

なお千々山鉄道は昭和時代に延線され、さらに一つ奥の千々山温泉駅が現在の終点である。
こちらは千々山駅に比べれば近代的な造りだが、代わりに、役目を終えた小型蒸気機関車が安置されており、カメラを持った鉄道ファンが訪れることは珍しくない。
愛好家曰く、夕景に佇むSLの姿は老兵のごとき哀愁を漂わせ、非常に「絵になる」らしい。
結局のところ両方の駅に見どころがあり、鉄道好きな旅行客は大抵どちらも訪れているのだ。

さて、話を戻そう。
駐輪場に自転車をとめた少女は、白い帽子を取って駅構内を見回す。

(たぶんこの時間帯なら……いた!)
予想通り。駅舎の隅には、セーラー服(夏服)を着た女子中学生の姿があった。
待合用のベンチに学習かばんを置き、しゃがんで猫と戯れている。

猫の名前はチヂ。数年前のブームに乗って任命された“どうぶつ駅長”である。
とても愛らしい見た目に加え、自然界では希少なオスの三毛猫だが、観光客を呼ぶほどのPR効果があったかといえば、正直微妙なところだ。

そのチヂを至福の表情で愛撫している中学生。
4つも学年が上の彼女と直接話すのは初めてかもしれないが、少女は――尾崎しふぉんは、思い切って声をかけてみた。

「あのー、すみませんっ」
「ん?」
「こんにちは。私、小学5年の尾崎しふぉんっていいます。十津川センパイ、ですよね?」
「そうだよ〜」

のんびりした調子で答えた彼女の名前は、十津川みお。千々山中学の3年生である。
しふぉんは、彼女について3つのことを知っていた。

1つは、無類の猫好きであること。
特にチヂにはベタ惚れであり、駅長室には勝手に差し入れした猫用おもちゃがいくつも置いてある。
そしてしょっちゅう道草しては、小一時間戯れているのだ。その様子を駅の利用者からよく目撃されているらしい。
駅を降りた観光客が初めて出会う、いわゆる“第一村人”になることも少なくない。おそらくはそのたびに、「何だ!? あのとんでもない胸の女子生徒は?」と驚かれているだろう。

先輩を見下ろしたまま話すのは失礼かと思い、しふぉんも向かい合わせにしゃがみ込む。

「実は、ちょっとお聞きしたいことがあって来たんですが……その前に、あの……」
「な〜に〜?」
「パンツ見えてますよ」

瞬間、みおはバッ! と立ち上がる。口調はのんびりしていても行動は俊敏なのだ。
スカートを押さえていた前は大丈夫だったが、逆に後ろは立ち上がった勢いでふわりと舞い上がる。
結果、猫の肉球模様がプリントされた子どもっぽいパンツが露わになってしまうが、幸いにも周囲に人はいなかった。

チヂと遊ぶのに夢中で、スカートがずり上がっていたのに気付かなかったようだ。
「あは♥ やだ、はずかしい〜。でも教えてくれてありがと〜」

照れ笑いするみおからお礼を言われるしふぉん。
しかし今は、立ち上がったみおを見上げる角度になっているので、まともに顔が見えない。もちろん盛大に隆起したバストに遮られて、である。
押し上げられたセーラー服は裾をしまうことができず、カーテン状に垂れ下がっている。仰ぎ見ると、制服内でひしめく巨大な乳房に改めて圧倒された。バレーボールより更に一回り大きいだろうか。

(す、すっごい……!)

しふぉんは気付く。何と先輩は今ノーブラだ。セーラー服の下は薄水色のキャミソール1枚しか着ていない。
にもかかわらず、立ち上がった時の「ぶるるん」というバウンド感。そして今、ブラの支えなしに前方へ20cm以上突出している張り。
それらは、成長がまだまだ序章であることを物語っていた。
中学生の水準をかけ離れてなお、ふくらみ始めたばかりのような初々しい弾力を保持しているとは。まさに驚嘆すべきである。

知っていることの2つ目。それは、中学校でも最大のバストの持ち主であること。
中3にして120cmに到達したのでは? と噂されるサイズは、PカップともQカップとも言われている。
それでいて胸以外のスタイルも抜群。しゃがんでいた時はよく見えなかったが、引き締まった手足はスラリと長く、腰のくびれもはっきりしている。
身長も160cm台と平均より高め。もちろん顔立ちも端正で、ストレートのミディアムヘアがよく似合っている。
そんな美少女の十津川みおだが、性格は至ってマイペースと言うか、ちょっと天然なのだ。

「ご、ごめんさない。今、下から見えちゃったんですけど……センパイ、ブラしてないんですか?」
「うん。今までのがキツくなっちゃってね〜。おととい新しいのを注文したとこ〜」
注文したブラとは、言わずもがなボニータのことだろう。

「けどね〜、暑いのイヤだし、夏の間はこのままノーブラでいいかなって思ってるんだ〜」
「いやいや、そのサイズでノーブラは無茶ですよ!」
みおの大胆発言にすかさずツッコミを入れるしふぉん。

「そうかなあ? わりと平気だよ〜」
みおはその場で小さくぴょんと跳ねて見せた。当然、制服内で柔肉がぷるるんと小暴れする。

「それにしても……すごいですねぇ。中学一のバストが更に大きくなっちゃいましたか」
自分の頭を余裕で上回るボリュームに圧倒されながら、しふぉんはみおの胸をまじまじと見つめる。

「えー? わたし、中学で一番かなあ〜?」
「自覚なかったんですか? ダントツですって!」
「ん〜……言われてみれば」
みおは手のひらで自分の胸を持ち上げてみる。片方の房を両手で、である。この行為が可能な中学生が、果たしてどれだけいるだろうか。

「ほんと憧れちゃいますよ♥ ちなみに、成長したというサイズを聞いてもいいですか?」
「121cmだよ」
バストサイズを尋ねれば躊躇なくサラッと答えてくれる。これは、みおが大らかな性格なのもあるが、それ以前に千々山村特有の文化である。

「すっごーい! やっぱり120台に乗ってましたか。ちなみにカップは?」
「本当はRだけど〜、堤さんがおすすめしてくれるから、1コとばしてSにしといた〜」
「え、エス!? って、うわぁ……」
19番目というアルファベットにしふぉんは驚きを隠せない。

「けど、珍しいですね。堤さん、ジャストフィットを提供することに誇りを持っているのに」
「あの人もプロだからね〜、おっぱいの張り具合を確かめて、『近いうちにこれだけ成長する』って予見できるんだって〜」
さすが、かしのが誇る凄腕フィッター。「どんなおっぱいも包む」の枕詞は伊達ではない。

「あ、でもね〜、そういうサイズの先回りは普段やらないんだって〜。『あなたはD組だから特別よ』って言ってた〜」
「D組? 何ですかそれ?」
「さあ〜? わたしも訊いたけど教えてくれなかったなぁ。堤さん、うっかり口を滑らせた感じだったし〜」

“D組”とは一体何だろう? しふぉんは初めて聞く用語に疑問符を浮かべる。
(村の学校はずっと1学年1クラスだから、D組なんてありえないし……)
まるで某海賊マンガの『Dの名をもつ者』みたい。そんな風に思ったところで、これ以上考えるのはやめにした。

「は〜、うらやましいなあ♥」
改めてみおのバストを羨望する。みおが猫好きなのと同様、しふぉんもまた大きな胸が好きなのだ。
この場には居ないが、三森なつと出会えばきっと同好の友になれるだろう。

「私もセンパイみたいになりたいけど……やっぱり小さい頃から成長してなきゃ、ここまで大きくならないんでしょうか?」
「どうかな〜? 成長期はそれぞれってよく言うけど〜、確かにわたしの場合早かったかも〜」

2人は小学校時代を一緒に過ごしたはずだが、さすがに学年が4つも違うと、お互いあまり覚えていない。
※(実は小学校の思い出にこそ“D組”の真意を知るカギがある。しかし、尾崎しふぉんがそれを知ることは、物語の完結後もない)

「ふくらみ始めたのは小2の頃かな〜」
(早い!)
「きゅうくつなのがイヤでずっとブラしてなかったんだよね〜。でも、リョーコ先生に『着けなさい』ってしつこく言われて〜、小5のお正月に作った初ブラがいきなりボニータだった〜」
「うう……やっぱり凄いですね。既成品を一度も着けたことないなんて」

サイズ展開がKカップからのボニータを、小学生のうちにオーダーする。
それすなわち、堤さんから
「おめでとう。小学生のうちに私を追い越しちゃうなんて、将来が楽しみね♥」
という賛辞を受けるということ。
そんな偉業を成し遂げる女子は、村でもさすがに数年に一度しか現れない。
加えて、それまでノーブラで過ごしていた事実にも驚かされる。なんという健康優良児。どれだけ丈夫なクーパー靭帯をしているのだろうか。

「このセーラー服も特別製でね〜、もう胸がパンパンだけど、この夏で着納めだから〜、なんとか直さずに済んだかな〜」
「そういえばセンパイ、夏休みなのに制服でお出かけだったんですか?」
「うん。午前中は学校で補習授業〜」
「学校? じゃあ駅関係ないじゃないですか」
「だって勉強に疲れたから〜、チヂに癒してもらいに来たんだも〜ん♥」

完全にノロケた調子でチヂを抱き寄せるみお。
121cmの極上クッションにめり込みながら「みゃあ」と鳴いたチヂも、幸せそうにしている。
「はう〜ん♥ 気づいたらまたこんなに道草しちゃった〜。もう、チヂが可愛すぎるからだよ〜♥ 悪いコ♥」
猫撫で声とはこの事かと、少々あきれながら先輩を見るしふぉん。

「あはは……でも、せっかくの夏休みなのに補習なんて大変ですね」
「うん。わたしスポーツ推薦で狙ってる高校あるんだけど〜、やっぱりある程度の学力は必要なのね。だから勉強あまり得意じゃないけど、がんばってるんだ〜」

知っていることの3つ目。
猫好きなだけにとどまらず、「みお自身も猫である」という事。
ちょっと大げさな表現だったが、千々山中のキャットウーマンという異名に恥じない体操選手、という意味だ。
柔軟性とバランス感覚はまさに猫の如く。引き締まった足腰は天性のバネで、しなやかな跳躍を繰り出す。
「その体型で体操は無理だろ……」と誰もが思う巨大なハンデを、ものともしない流麗な演技。
それは若々しく溌剌として、しかしどこか妖しく挑発的で、見る者を魅了してきた。

ところで彼女のレオタード姿を想像できるだろうか?
流線型の肢体にスリムな体幹、そこからせり出す大容量の乳房。暴力的なまでの魅力を放つ肉体美が、ぴっちりとした薄布一枚でさらに強調されてしまう。
ひとたび躍動すれば巨大なバストは慣性を得て、重量×速度の2乗のエネルギーでぶるんぶるんとダイナミックに弾む。
「いつか胸元が裂けてしまうのでは?」というスリリングな興奮に、誰もが手に汗握るだろう。

体操選手として将来を嘱望され、自らもそれを目指す十津川みお。
彼女が、新体操部のある隣市の高校を志望するのも当然な話だった。(そもそも千々山村には高校がない)
こんなとんでもない新入部員が来たら、あらゆる意味で騒がれることは間違いないのだが。

※(翌年、十津川みおは念願叶って志望校に推薦入学する。その後もバストは年間2カップの成長を続け、132cmVカップとなった高校2年時、下着モデルの依頼を引き受けることになる)

「ところで、聞きたいことって何〜? わたしのおっぱいについてだったの〜?」
「ハッ! そうでした! 本題を忘れてました」
あまりにも巨大なバストに話題まで引き寄せられてしまっていた。これも引力というやつだろうか。

「最近ここで」
と、ようやく本題を話し始めたら、眼の前にはチヂしかいない。

「!?」
しふぉんは驚く。忽然と消えたみおは、一瞬で十数メートル先に移動していた。駅を出ようとする老人に何かを手渡している。

「あ、ゴメンね〜」
そして一瞬でヒュン! と元の位置に戻って来た。なんという敏捷性。のんびりした話し方からは想像できないスピードだ。

「び、びっくりしたー! 何だったんですか? 今の」
「え? あのおじいさんが自転車のカギを落としたから、拾ってあげたんだよ〜」
あんな離れた場所に落ちた小さなカギを、一瞬で見つけて拾ったというのか? それにしたって行動が唐突すぎる。

「私、気付きませんでしたけど……」
「チャリーンって聞こえなかった〜?」
「聞こえませんよー。センパイって目も耳もいいし、動きもすばやいし、本当に猫みたいですね」
「やだぁ〜♥ それ、ほめすぎ〜♥」

みおは赤面してしふぉんの肩をバンバン叩いてくる。たいして痛くはなかったが、
(ああ……センパイにとって「ねこ」は最高のほめ言葉だったんだな)
と、あきれた。
そして年上に対して失礼かもしれないが、つくづく思うのだ。「本当にかわいい人だな」と。

「では改めて。最近ここですんっっっ……ごくムネの大きい人を見かけませんでしたか?」
これこそがしふぉんの本題。探し求めているのは「あの」超巨大ブラの持ち主、その目撃情報である。

(千々山駅に入り浸っている十津川センパイなら、ここで降りた旅行客を見ているんじゃないかしら?)
しかし旅行客が降りるのはここだけではない。千々山温泉駅も含めて考えれば、確率は2分の1だ。

それでもしふぉんには勝算があった。
(さつきセンパイは、旅行じゃなくて里帰りだと推理していたわ。
 つまり目的地は旅館ではなく、実家!
 それなら村の中心に近く、バスの本数も多いこっち、千々山駅で降りる可能性が高いはず!
 ……まあもっとも、センパイがチヂに夢中で気付かなかったらそれまでだけどね)

「すんっっっ……ごく〜?」
「そう! 12Zカップっていうとんでもないおっぱいの持ち主が、この村に来てるんですよー」
興奮混じりにジェスチャーで胸のふくらみを表現するしふぉん。
が、言い終わってから「しまった」と思う。
(あっ、具体的な数値を出したのはマズかったかな? 堤さんからサイズ情報が漏れたことバレたらどうしよう?)

みおは腕を組み(実際は胸のせいで組みきれていない)、少し「う〜ん」と考えてから答える。
「……きのう、見たよ〜」

「マジですかー!? やったぁ! さすがは十津川センパイ!」
その「さすが」は、昨日も駅で道草していたことにかかっている。

しかし、みおは煮え切らない様子で首をかしげた。
「でも〜、しふぉんちゃんが言う人とは違うんじゃないかなあ〜」
「えっ?」
「おっぱいは確かにすごかったよ〜。わたしよりもずっと大きいし、村でもそうそう見かけないレベル〜。けどさすがに12Zなんて無かったと思う〜」

「そ、そうですか……ちなみに年齢はどれくらいに見えました? 小さなお子さんと一緒じゃありませんでしたか?」
七瀬さつきの推理によれば、12Zカップの持ち主は、出産後アンダーが痩せてブラの直しを注文したはず。

「一人旅してる大学生に見えたけどな〜。たぶんまだ未成年で、18か19歳くらい? 旅行かばんを持ってたから、村の外から来たのは間違いないと思う〜」

そこまで聞いてしふぉんは確信する。
「ああー……それじゃ残念ですが、人違いですね」
未成年に見えたなら、経産婦である可能性は非常に低いだろう。

「お役に立てなくてゴメンね〜」
「いえっ、ありがとうございました。お話できて楽しかったです!」
「わたしもそろそろ帰らなきゃ〜。バイバイ、チヂ。また明日ね〜♥」
(明日も道草する気なんだ……)

こうして、みおとしふぉんはそれぞれ反対方向に千々山駅を後にする。

12Zカップの目撃証言こそ得られなかったが、聴き込みは空振りではなかった。
さらにもう一人別の巨乳旅行客が訪れているという、ホットな情報を仕入れたのだから。

(しかも十津川センパイより「ずっと大きい」って、相当なレベルじゃん! 村でも珍しいほどの巨乳さんが同時に2人もなんて……こんな偶然ある?)
帽子をかぶり直しながら、しふぉんは運命の「ざわめき」のようなものを肌で感じていた。

(ヤバイね。ウチの村……ビッグバスト・フィーバータイムに突入しちゃってるよ!)
胸を熱くするしふぉん。謎用語はともかくとして、千々山村には今、何かが起きている。
実際、彼女の知らないところでも、並外れた巨乳小中学生が5人も訪れているのだ。

こんな時、親友の鹿谷まおも一緒ならもっと楽しいのだが……

来る途中、駅近くの彼女の家に寄ってみたら
「ごめんねーシフォン、今日はお兄ちゃんが自然教室だから、店の手伝い忙しいの」
と断られてしまった。
まあ仕方ない。“食事処こじか”は村に一軒しかない食堂。ランチタイムに誘ったこっちも悪かった。

(よーし、こうなったら今日はとことん探し回ってやるんだからっ!)
超巨乳を一目見んと決意を新たにするしふぉん。熱されたサドルに再びまたがり、次の目的地へ向かう。


〜〜〜〜〜〜〜〜


青果市場に出回るキャベツは、主に寒玉(夏まき冬どり)と春玉(秋まき春どり)の2種類。
しかし需要は年中ひっきりなしのため、その間を埋める重要な存在が高原キャベツである。
冷涼な気候を活かして栽培されるそれらは、寒玉を品種改良したもので、春玉との中間的な特徴をもつという。
中間的と言うと「どっちつかず」に聞こえるが、この千々山高原キャベツはむしろ「良いとこどり」だと、加藤さんは力説する。
寒玉並みのサイズに、春玉の柔らかい食感。緑色は濃く栄養豊富で、生食にも加熱調理にも向く万能キャベツなのだと。

そして実際に味わわせてもらったが、正直感動するレベルだった。
繊維が弾ける心地良い歯ごたえ。ひと噛みごとに清冽な香りが広がり、ミネラルの滋養に満ちた甘みを感じる。

「どうかしら? 志木沢さん」
「おいしい! 生のキャベツがここまで甘いなんて……こんなに美味しいの初めてです」
「嬉しいわ。ありがとう! がんばって作った甲斐があるわ」
私の賛辞に、生産者の匹田さんはすてきな笑顔で喜んでくれた。

「おおー、さすが匹田さんトコだ。今季も良い出来ですね。ウチも負けてらんねえや!」
同業の加藤さんも真剣な顔でライバル意識を燃やす。

「やっぱり水が良いんでしょうか。葉っぱを通しても、とにかく水の爽やかさが鼻に抜ける感じです」
「朝露のおかげだな。昼夜の温度差による繊細な結露が、天然の水やりになっているんですよ」
「適度な寒さで甘みも凝縮するから、ここはキャベツ栽培に最適な土地なのよ」
「な、なるほど……勉強になります」
野菜作りのプロから聞く話は、街育ちの私には耳新しいことばかりだ。

「ただ気を付けなきゃいけないのが、カルシウム欠乏よね」
「ですねー。もともと温泉のあるこの辺は火山性土壌ですし」
「だから石灰を多めに撒くけど、やり過ぎてもダメでね。それが難しいのよ」
「キャベツは弱酸性の土を好みますからねー」
「せっかく無農薬でやってるのに、完全有機栽培を謳えないのが残念だわ。石灰石だけは地元でとれないんだもの」
「まあ良い事もありますよ。何せそのおかげで、天敵のカタツムリがいないんですから」

2人は農家同士、畑作トークに花を咲かせる。
加藤さんは高卒でそのまま実家の畑を手伝っているそうだが、今の会話からはとても知的な印象を受けた。経験に裏打ちされたインテリジェンスは、無骨な彼に決して不似合いではない。

だけど、
「大変参考になります。恵まれた気候と生産者の方々の努力で、こんなに美味しいキャベツが作られているんですね」
という私のセリフも正直、社交辞令。
だって、そんな事は小さく霞んでしまうほど、私の興味はある一点に奪われていたのだから。

加藤さんが紹介してくれた畑作仲間、匹田かなこさん。
私よりもさらに背の高い女性で、身長170cm以上。ストレートの黒髪を後ろで束ね、麦わら帽子をかぶっている。
そして彼女の胸は、今まで出会ったどの村人よりも大きかった。
文字通り山のようなバストが、とてつもない存在感でつなぎの作業服を盛り上げている。大玉キャベツを丸々2個詰めても、ああはならないだろう。
(あのおそろしく膨大なふくらみ、一体何cmあるの?)

「ふぅ。暑いわね。ちょっと失礼して……」

圧倒される私を見透かしたようなタイミングで、匹田さんは作業服のファスナーを下ろし始める。
上着のファスナーを下ろすなら、普通「上から下」だと思うでしょう?
でも彼女の場合は違う。胸部があまりに前方へ突出しているから、「手前から奥、奥から手前、最後にちょっとだけ下」なの。

そしておもむろに、匹田さんは上半身をはだける。白いタンクトップに包まれたバストが「ずどん!」という重量感で、高原の空気にさらけ出された。
汗で蒸れたその下にはうっすらとブラが透けている。
どこまでも深い谷間は、私の腕を肘関節まで飲み込んでしまいそう。
「ゆさっ……」と重々しく揺れる乳房は、一体何kgあるのか見当もつかないわ。
本当に信じられないサイズ。医学的に見てもまずホルモンの亢進を疑うレベルよ。
身体の幅を余裕で超える、大きな大きな水風船。あんな乳房が存在すれば、それを支えるブラもまた存在する。
(……それがここ、千々山村なのね)

いけない! ここには男性の目が。
「加藤さ」
と、私が呼びかけるより早く、加藤さんは離れた場所で後ろを向いてくれていた。
これから女同士、バストの話題が始まると察してくれたのだろう。
ありがとう。恥ずかしいけど、心遣いに感謝するわ。

※(なお、志木沢ミレイには信じられないだろうが、ここまでのやりとりで、加藤康太郎は匹田かなこの胸を少しも気にかけていなかった。逆に、思わず目線を奪われてしまうのは、AAカップにも満たない志木沢の胸なのだ)

「あの〜、驚かせちゃったかしら?」
私が尋ねるよりも先に、匹田さんの方から話題を切り出してくれた。

「は、はい。その……ご立派な胸だな、って」
「ふふ、ありがとう。視線のことなら気にしないでね。私も都会暮らしのときは、毎日のように驚かれていたもの」
達観した笑みを見せる匹田さん。それを嫌味に受け取るほど、私は狭量ではない。
大きい人には大きいゆえの苦労があることを知っている。
いや……知らなければならない。絶対に。

「農業をなさる前は、都会にいらっしゃったんですか?」
事前に加藤さんから聞いたことがバレないよう、私はあえて知っている質問をする。

「ええ。普通の商社でOLを。でもついていけなくて、おととしに辞めちゃったのよ。
 あの時は根性無しの自分を責めたりもしたけど……今はやっぱり、この村に帰って来て良かったと思うわ」

「ご苦労をなさったんですね。生活環境が変わるとバイオリズムを合わせるのが大変だったでしょう。実は、お聞きしたいのはそのことなんです」
会話の流れが向いてきたところで、本題の質問をぶつけることにした。

「はい?」
「不愉快に思われたら申し訳ありません。農業とは関係ないですが、匹田さん、あなたの健康状態について質問をお許し願えますか?」
ここが一番肝心な部分。あくまで礼儀正しく、丁寧なお辞儀と共に依頼する。

「い、いいわよ。今の私、こんなに健康だもの。キャベツだけじゃない、千々山の大地が育む野菜パワーのおかげでね♥」
と快諾し、露わになった腕に力こぶを作って見せる匹田さん。ここで野菜につなげてくるなんて、なかなかアピール上手でチャーミングな人だ。

「ありがとうございます! ではまず、都会で暮らしていた頃の体調の変化について、お話をうかがえますか?」

「おっと、医学生らしい質問になってきたわね。う〜ん……まず思い出すのが不眠症ね。あれは辛かったなあ」
「不眠症?」
「そう。就職してからね、どうしても夜の眠りが浅いのよ。食欲もちょっと落ちて体重も減ったし、慣れるまで半年以上かかったわ」
匹田さんは遠い目で回想する。やはり辛い記憶を思い出させてしまったようで、私も心苦しい。

「ようやく落ち着いた後も、何だかストレス溜まりがちで。都会にいる間は、胸の成長も完全に止まってたなあ」
えっ? 今のは聞き違い?

「あのすみません。今、何の成長と?」
「胸よ。バストの成長」
「……失礼ですがお年は?」
「今年26だけど」
「そ、その年齢でまだ成長するんですか!?」
 医学的常識では、乳房の発育は20歳前後で終了を迎えるはず。

「あっ、また驚かせちゃった? この村では皆普通に、大人になっても成長が続くのよ。さすがに10代の成長期に比べれば微々たるスピードだけどね。人によっては40代でまだ膨らむこともあるわ」
「まさか! ほ、本当に?」

「あとね、齢をとっても垂れないのよ。お肌の張りって普通は、胸がまっ先に衰えて垂れ下がるんですってね?
 でもこの村では、顔に小じわができる頃でもバストはぴちぴちで、下垂を心配するのはずっと先。60過ぎてやっとなの。肌年齢が一番遅れて現れる場所が、おっぱいなのよ♥」
「そんなっ!? 信じられない……」

「疑われるのも無理ないかなあ。これって、医学的に見れば特異なことなんでしょ?
 でもれっきとした事実よ。実際私も、Uターンしてから胸の成長が再開したもの。6年の遅れを取り戻すようにね」
そう言って、匹田さんは自分の胸元をぺちんと叩いて見せる。

「し、失礼ですが、発育の経過をうかがっても?」

「そうねえ……子どもの頃、2学年上の先輩と幼馴染だったの。で、その人がすっごい美人で、胸も大きくて。私もああなりたいと憧れてたのね。それでよく食べ、よく運動し、よく眠ってたわ」
※(匹田の憧れた先輩とは、現在観光課で働く仁科ふみえである)

「で、その甲斐あってかすくすく育ち、私が中3の頃ついに彼女を追い抜いたのよ。当時のサイズは116cmのOカップだったかな?」

「す、凄い……」
およそ考えられない発育ぶりだ。中3といえば義務教育期間。にもかかわらず116cmだなんて、常識をまるで置き去りにしている。
※(もっとも、志木沢の知らないところで、十津川みおが120cm超えを達成しているのだが)

「高校へは鉄道で通えてたけど、その後、大学進学のために××市へ引っ越し、一人暮らしを始めたの。ああ……思えばあの頃からだっけ。胸の成長がストップしたのは」
「18歳なら、胸の成長が終わったと考えなかったんですか?」
「そこはさっき言った通り。私も千々山出身だから」
やれやれのポーズで苦笑する匹田さん。

「ちょっと寂しく思ったけど、Sカップもあれば十分だし、その時は気にしてなかったの。ブラの買い替えも一人暮らしのお財布には厳しいからね。好都合だったわ」
それはそうだろう。そもそもSカップのブラなんて見たことがない。

「この胸を見てビックリする人は大勢いたけど、それ以上に大学生活は楽しかったから、特にストレスは感じなかったわ。勉強、バイト、遊びに疲れてぐっすり眠れてたし。
 だけど……問題は就職した後。
 会社勤めって想像以上に厳しくて、時にはセクハラもあったりして。気付けば不眠症になっていたの。体重が落ちたのもこの頃ね。
 それまで自分の胸を『重い』と感じても、『重苦しい』とまでは思わなかった。誇りにしてきた自分の一部を嫌いになったようで、すごく切なかったわ」

しんみりした表情を見せる匹田さん。
私は、彼女の苦しみに寄り添わなければいけない。自分の事のように共感できなければいけない。

「なんとか2年がんばったけど、やっぱり自分らしく生きられるのはこの村な気がして、OL生活をリタイアしたの。
 結局、都会で暮らしていた頃はずっとSカップのまま。
 それがこの村に戻って来たら、一気にムクムクと3カップも膨らんだのよ! 25歳にしてあの急成長は、我ながら驚いたわねー。
 そして現在134cmVカップとなった私は、実家でキャベツを育てながらのんびり暮らしてます。
 以上。おっぱいの大きな農家のお姉さんのお話でした。楽しんでもらえたかしら?」

絵本の読み聞かせを終えるように、優しい笑顔でしめくくる匹田さん。
お話は大変興味深かったが……楽しむとかそれ以前に、あまりにも遠くリアルをかけ離れた物語に思えた。Aカップすら余る私にとっては。

でも、
「ありがとうございます! とても参考になりました」
このお礼は本心だ。匹田さんの証言は、私の研究を大きく進展させるものだった。

なぜなら、有力な仮説を早くも1つ潰したから。
(千々山村の奇跡は“遺伝”じゃなかった! やはり“環境”にこそ原因があったのね!)
ということは、私もここで生活すれば、やがて胸が発育するのだろうか?

……いけない、早合点は禁物よ。今のは科学的態度と言えなかった。
「遺伝は十分条件ではないが、必要条件である」
まだこの可能性を棄却できてないじゃない!

千々山の奇跡をそう易々と享受しようだなんて、図々しい考えは捨てるべきよ、志木沢ミレイ。
本当に“あの事”を後悔しているなら、ね……

※(ちなみに翌年、136cmのWカップに成長した匹田かなこは、地域振興課に駅長秘書として採用される。
 当然これはチヂの相棒と言うべき役職なのだが、実は、まっ先に応募してきたのは十津川みおだった。
 しかし高校生は対象外ということで、受理されなかったのだ。
 40ページにもわたる『こんなにカワイイ♥ チヂの魅力レポート』を自主制作したにもかかわらず、念願叶わなかったみお。
 その悔しがりようは、荒ぶる山猫のようだったという。
 以降、匹田はみおから一方的にライバル視されることになるのだが……それはまた別のお話)



匹田家の畑を後にし、日陰でペットボトル茶を飲む加藤さんの所へ戻る。
「おっと、ガールズトークは終わったようですね」
「ええ。加藤さん、暑い中お待たせしてしまってすみません」
「収穫はありましたか?」
「はい。とても有意義でした。彼女を紹介してくれたこと、本当に感謝しています」

サンプルとして畑の土を少しと、立派なキャベツを1玉いただいてしまった。(はねもので結構だと遠慮したのだけれど)
一気に重くなったクーラーボックスを後部座席に置く。

これまで集めたサンプルは、メロンなどの農作物と、大豆およびその加工品、養鶏場の飼料、それに生の鶏肉。いずれも大学に持ち帰り、成分分析にかけるつもりである。
(どれも豊胸効果があると言われる食品だし、期待できるかしら?)
温泉は宿に戻ってから汲めばいいとして、あと足りない物は……

「加藤さん、この辺りの山菜やキノコに詳しい方をご存知ですか?」
現物はスーパーや直売所で手に入るだろうが、専門家から話を聞けるならそれに越した事はない。

「う〜ん……自然に生えてるものを採るのは、林業の分野ですからねえ。俺の同級生だった林ってヤツに訊いてみましょう」
加藤さんは携帯を操作する。

「よう、今事務所か? おつかれー。実はさー、お前んとこの上司で……いや、材木部じゃなく採取部の方な。山菜やキノコに詳しい……そうそう! 米岸センセだよ。米岸のじっちゃん! 今そっちに……はあっ!? マジか……うわー、そりゃお大事に」
ピッ

「どうでした?」
「林業事務所の顧問として、山野草に詳しい植物学博士が勤めているんですが……今日の午前中、熱射病で医者に運ばれたそうです」
「ええっ!?」

※(車で運んだのは林である。第3話でルミ達が巣箱をかけ終えたとき、彼の携帯にかかってきた電話こそ、その用件だった)

「あの人もかなりのトシなのに、まだまだ研究熱心で。こんな暑い日でも山歩きするからなあ」
「それは大変でしたね。ご高齢なら容態が心配です」
「面会できるか分からないけど、ダメ元で行ってみますか? 卯野医院へ」
「!」
「どうしました? 志木沢さん」
「いいえ……向かってください。どの道そこが最終目的地だったんです」

卯野医院。村で唯一の医療機関であるそこには、私が唯一事前にアポを取った村人が待っている。
この研究における最重要参考人。もしかしたら全ての答えを知るキーパーソン。
そして奇遇なことに、私と同じ学部のOG。

(確か彼女……3時には戻ると言っていたわ)
8月中、彼女の本業はとても暇なので、早退することを誰も咎めない。
それどころか村人は、「早く帰って若先生を手伝ってくれ」と望むという。(勝手なものね)

若き院長の妻にして、千々山小学校の養護教諭。いわゆる“保健室の先生”を9年間も続け、女児の発育を最前線で見守ってきた人物。
(彼女ならきっと……核心に迫った話を聞かせてくれるはず!)
児童から「リョーコせんせい」と親しまれる、卯野遼子先生ならば。

つづく