千々山農協の事務職員、酒寄じゅんの勤務態度はとても真面目なものだった。
勤続3年目ともなれば受付嬢としてすっかり顔も知られる。それに恥じないよう、日々誠実に仕事に取り組んでいた。
肥満体型がコンプレックスなじゅんには、初め「私みたいなデブが接客なんて……」という不安もあった。しかしいざ働いてみると、同僚も農家の皆さんも優しい人ばかりで、彼女の柔和な笑顔をほめてくれた。全身で「豊穣」を表したようなふくよかな体型は、農業関係者にとって縁起の良いイメージだったらしい。
じゅんはそんな幸せな職場で働けることに感謝し、誇りをもって職務に臨んでいる。そして実際、有能だった。セールストークは上手く、広報デザインのセンスにも優れ、直送ギフトの受注件数も順調に伸ばしている。
夏季は午前に仕事が集中し、午後は割とヒマになってしまう。そのため、事務室で一人になることもしばしばあるが……周囲に目がなくとも、ダラけた態度をとることは決してなかった。
よって、本来ならありえないはずだったのだ。彼女が勝手に席を外し、事務室を無人にするなんてことは。
じゅんは今、やむにやまれぬ“生理的事情”で更衣室に駆け込み、すでに数分ほど籠もっている。簡素なパイプ椅子に105cmのヒップをどっしり落ち着けるも、上半身はぶるぶると震えていた。
冷房の効いた部屋からこんな密室に移れば、たちまち汗が吹き出すはず。しかし今はどうしたことか? 汗はスッとひき、暑さを全く感じていない。
全身の感覚は“ある一点”……いや、左右あるので“二点”に集中している。その他の余計な情報は、意識の外へはじかれていた。あたかも、「これから襲い来る感覚をとくと味わえ!」とばかりに。
(うう……よりによって、こんな時に)
クラクラする頭に手を当てて思い出す。あれを処方してもらったとき、ミス・アルジーヌは言っていた。
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「効くまでの時間には個人差がありますので……初めて服用する際は注意が必要ですよぅ……。いつもよおしてもいいように……準備をしておいてくださいねぇ……。クフフフ」
〜〜〜〜〜〜〜〜
(だけどまさか、半日以上経った今頃効果が出るなんて!)
嘆いても仕方ない。あの薬草、もとい“毒草”が遅効性なのは誰のせいでもないのだ。
飲んだのは昨日の夕食後だから、午後8時くらいのはず。
(私の場合、約18時間も潜伏時間があるのね。次回のために覚えとかなきゃ)
じゅんはアルジーヌの忍び笑いを思い出すが、こんな状況を想像し面白がっていたわけではあるまい。陰気に見えても、あれは彼女なりの営業スマイルである。
彼女がこの村に来てもうすぐ2年。
ゴスロリっぽい服装をしていたり、伸ばした前髪で片目を隠していたり、ペットに黒イモリを飼っていたりと……いかにも中二病をこじらせた少女に見える。
実際、見た目はせいぜい中学生だ。童顔で小柄だから、20歳という実年齢に驚く者は多い。
ダークな趣味に強いこだわりを持っているが、人見知りせず会話できるので、コミュ障と言うわけでもない。独特の間を置いた喋り方は、日本語にまだ不慣れなのだろう。
アルジーヌは全村民の健康を願う、いたって善良な薬草師である。その実力は、米岸先生のお墨付きだ。なんせ、富右衛門の代から続く薬草店『六草苑』を継いだのだから。
(とにかく今は、このおっぱいをなんとかしなきゃ!)
落ち着いて、ただ粛々と処理するのみ。
覚悟を決めたじゅんは立ち上がり、ロッカーからプラスチック製の三角錐を取り出す。小型の三角コーンほどもあるそれは、よく見れば大きな“漏斗”だった。
再度パイプ椅子に腰かけ、空のペットボトルをふとももの間にしっかり挟む。そして漏斗の先端を飲み口に差し込んだ。
この装置を見れば、これから彼女がする行為も予想できるのではないだろうか?
ブラウスをはだけると、淡いミントグリーンのブラが露わになる。そのサイズはボニータでもかなりの大型とされる、87.5W。
※(ボニータはアンダーバスト2.5cm刻みで選択可能)
アンダーが太目ではあるが、トップはあの栗辺あさこをも上回る152cmだ。あと3cmで身長に達する。カップ自体の容積はあさこと同程度だろう。
だが今や、そんなブラをもはち切らんばかりにじゅんの乳房は張りつめていた。白いプルプルの柔肌が肉の波となって押し寄せ、カップの縁で盛り上がっている。
(やっぱり……いつもより大きくなってる?)
女性の乳房は性的興奮により膨らむと言われている。
しかし、今の彼女は決して欲情しているわけではない。勤務中にふしだらな雑念に支配されるなど、決してありえない。
くどいようだが、これは全くもって性的なことではないのだ。
巨大なカップを外し、そっと横に伏せると、高さ25cm近いふたつのドームができ上がる。仔犬の一匹くらい簡単に隠せてしまいそうな半球だ。
太目体型を気にするじゅんだが、露出した乳房は胴のラインを隠すほどの横幅。へそをも覆い、ふかふかの腹肉の上に陣取っていた。上半身をあと数度傾ければ、たやすく太ももに乗るだろう。
誰にも触られたことのないコーラルピンクの乳頭は、わずかな空気の流れにすら敏感なほど勃起している。前述した“二点”とはまさにここ。膨大な乳房の頂点でジンジンと熱い疼きに耐えていた。
(すごい……)
これほどまでに一触即発の状態、じゅん自身、見るのは初めてだった。あと少し刺激するだけで“決壊”してしまうだろう。
直に触れないよう注意しながら、両手で右乳房をつかみ、ドプンと漏斗に突っ込む。プラスチックが透明なので、乳肉のひしゃげる様子がよく観察できた。
「フーッ、フーッ」と荒げた息を整える。周囲を和ませてきた笑顔は今や、不安の色に塗りつぶされていた。未知への恐怖に狼狽を隠しきれない。
そう、“未知”なのだ。
じゅんはこれから生まれて初めての射乳を体験する。
出産とは無関係の射乳。実はこれ、千々山ではそれほど珍しくもない生理現象である。割合にして、成人女性のおよそ1割。バストの大きい女性ほど多い傾向がある。適切に対処すれば、健康上まったく問題ない。
もちろん、じゅんはそのことを知っていた。中学生の頃、D組だけを集めた特別授業で習ったのだ。だから今の状態を病気と誤解することはない。
でも学校は、射乳に伴う“感覚”までは教えてくれなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「心配いりませんよぉ……130cm以上からは、『出ない』方が少数派ですからぁ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ……今はお乳が張ってつらいでしょうけど……きっとそれに見合うだけ、“出す”時はキモチいいですよぅ……クフフッ♥」
「ちなみにミス・アルジーヌは、ご経験が?」
「まさかぁ。常連さんから聞いたハナシですぅ……。ワタシ程度のおっぱいじゃ、まだまだですよぅ」
謙遜するが、彼女も決して小さくはない。村の平均ほどだろうが、幼い見た目とのギャップがすごい。これからますます成長するかもしれない。
「カラダが慣れたら……何も飲まなくても、自然に出せるようになりますよぅ……。この『ススワラビ』は、あくまで補助的なもの……クセになっちゃダメですよぅ……」
〜〜〜〜〜〜〜〜
いつもは指で触るだけの性感帯から、母乳を噴出すること。それは果たしてどれほどの快感だろうか? あるいは快感を通り越した苦痛かもしれない。
期待か不安か、自分でもわからない。垂れ下がりつつもパンパンに張った左乳房の下では、心臓が早鐘を打つばかり。
……いよいよだ。数週間の蓄積が一斉開放される時は近い。
じゅんは漏斗にそっと右手を入れる。みっしり充満する乳肉をかき分け進むと、指先が先端に触れた。人差し指で周囲をなぞるようにくすぐり、一回ポチッとクリックしてみる。
引き金は、それで十分だった。
(あッッ♥)
常人の数十倍にも発達した乳腺からドクドクとこみ上げてくるもの……それが今!
(来るっ!!!)
数条の白線となって、乳頭からほとばしった! プシューーーッと放たれた母乳は、漏斗の内壁を勢いよく叩きつけ、ペットボトル内へと流れていく。
同時に、電流のような激しい快感がじゅんの脊髄を駆け上っていた。
「ひゃアああああンッッ!!!」
全身がビクンと痙攣し、腰椎がぐらついたかと錯覚するほど。覚悟はしていたつもりだが、ここまでとは!
「んッンああッ、アア……」
椅子に座ったまま、エレベーターで下降するような落下感に酔う。90kg強の体重にパイプ椅子がぎしっと軋んだ。
なお、彼女の名誉のため書き添えるが、乳房を除いた体重は70kg台で済む。
(声……上げちゃった。噛み殺そうと決めていたのに)
この更衣室は、本来居るべき事務室のすぐ隣。薄い壁一枚しか隔てていない。
もしも今、無人の受付に誰か来ていたら?
さっきの嬌声を聞かれていたら?
……想像すると、羞恥心でさらに興奮が昂ってしまう。
(勤務中に何やってるの私っ! こんなこと早く終わらせなきゃ!)
ひとたび発射した母乳は、ビュクビュクと脈打つように止まらない。が、こんなペースでは出し切るまでに時間がかかってしまう。
事を急いたじゅんは、漏斗内の乳房をギュウッと直揉みした。
「やぁンッッ!!♥ くッ……フゥぅ……ン……♥」
艶めかしい喘ぎを漏らしつつ、セルフ乳搾りは続く。
それは本当に時間短縮のためか? それとも、さらなる刺激を求めての行為か? 自分でもわからない。
一方、反対側でも予想外の事が起こっていた。
(ええっ?)
いつの間にか、左の乳頭からも母乳がタラタラ漏出していたのだ。おっぱいは左右シンクロしてしまっているらしい。
(や、やだっ!)
とっさに左乳房をガバッと持ち上げ、こぼれた母乳をペロペロ舐め取る。初めて味わう自分の母乳は、ほんのりと甘かった。
(ど、どうしよう……?)
自分の乳首を舐めるなんて芸当、中学に上がる頃には余裕でできていたこと。しかし25歳の今は、当時よりそれが難しくなっている。
原因は言わずもがな、その重量。片房6kg以上のバストを支え続けるのは、腕力的にキツい。
(仕方ないっ!)
左足を折り曲げ、かかとを椅子に乗せる。立てた膝に左乳房を乗せれば、どうにか唇の高さまで押し上げることができた。
こうして、世にもはしたない搾乳姿勢が完成。「漏斗内で右乳をギュウギュウ搾りつつ、くわえた左乳をチュウチュウ吸い取る」という構図である。
なんというダイナミックな光景。152cmのバストが↓↑に別れている様子は、圧倒的なまでの迫力だった。
ちなみに、膝を立てたせいで正面からパンツ(股間)が丸見えになっている。白く豊満なふとももはムッチリと肥え、極上の肉感を示していた。
しかし今更下半身を気にしている余裕はない。おっぱい丸出しの状況で、これ以上何を恥じようか?
左乳首にむしゃぶりつつ、涙目のじゅんは嘆く。
(え〜ん……まさか直飲みする羽目になるなんて!)
だが、どのみち両方の母乳をペットボトルへ溜めることは無理だったろう。右の分だけでとっくに、500mlペットボトルは半分以上溜まっているのだから。全部テイクアウトするなら、次回は装置が2組必要だ。
火照る体温。密室内に甘い香りが充満する中、焦点のぼやけた目を更衣室の扉に向ける。
(ああ……私の声を聞いた誰かが「何事!?」と駆け込んで来たらアウトだわ。社会的な意味で)
焦燥感に急かされながらも、快感の波はまだ止まない。このスリリングな状況、一周してなんだか愉快に思えてきた。
やはり先ほどの記述は訂正すべきだろう。「性的ではない」と念押ししたのに、結局、これほど淫靡な光景が出来上がってしまった。
こんなの誰が見たって自慰行為ではないか? 搾乳装置の存在がせめてもの言い訳だ。
「あ♥……ハァん、んっ♥……ウフフッ……♥」
自暴自棄になりかけたじゅんは、苦悶の中でも妖艶な笑みを垣間見せる。内気な善人が快楽堕ちした瞬間にも見え、背徳的エロティシズムはもはや否定しようがなかった。
だが天の助けか、ここにきて外的要因が彼女を現実に引き戻す。
<トゥルルルルル トゥルルルルル>
(ええっ! こんな時に電話!?)
<トゥルルルルル トゥルルルルル>
(まずいっ! 事務室に人が来ちゃう!)
ピッチを上げるじゅんだが、そう都合よく射乳は終わってくれない。
そして電話の主もまた、諦めなかった。
<トゥルルルルル トゥルルルルル>
すでにコールは10回以上続いている。
無理もない。この電話は緊急にして重要。「道端で負傷した女児を医院へ運ぶため、保護者に許可を求める」用件だからだ。
20回以上鳴ったところでようやくコール音が止む。ついに諦めたのかと思いきや、
「はい、出荷センターです……あ、加藤か?」
壁の向こうから、電話に対応する男性の声が聞こえた。
(えっ? 誰か出てくれたの?)
耳の良い彼女は壁向こうの音を拾うことができた。聞き覚えのあるこの声は……
「いやー、俺はメロン届けに来たんだけど、事務室でずーっと電話鳴ってたからよ。誰もいなかったし、仕方なく俺が取ったんだ」
(高岡くん?)
メロン農家の青年、高岡。青果出荷センターへは頻繁に通っているお得意様だ。じゅんより3歳年下で互いに顔見知りの仲である。
事務室の電話を勝手に取られては困るが、一応彼も准組合員だし……そこまで問題にはなるまい。親切な彼は、鳴り止まない電話を「大事な用件だ」と思い、無視できなかったのだろう。
「おう、富士岡さんならさっき見かけたぜ。これからトラックで遠くへ出るみたいだけど……えっ? ……わかった。走って追いかける。俺の携帯にかけ直せ」
通話はそこまでだった。タタッと駆け出す足音がして、再び静かになる。
(今のうちに!)
がっつくように激しく左の搾乳(直飲み)を進める。五指をギュウッと食い込ませ、溢れ出る奔流を懸命に吸い上げる。さすがに歯を立てる勇気はなかったが、液体を啜る音がジュルジュルと淫靡に漏れた。
「ぷはぁっ……ハァ……ハァ……♥」
噴出がやっと落ち着く。生ぬるい母乳だけでお腹いっぱいになりそうだった。
余韻に浸りたいところだが、後片付けを急がなければ。
ボトルに蓋をし、漏斗を大きなポリ袋につっこみ、ロッカーにしまう。消臭スプレーを何回か噴霧。自分でも驚くほどテキパキと動けた。
服装を正すとき、スカートにこぼした数滴のシミに気付いたが……まあ、目立たないだろう。
(OK! 私は『ちょっとお手洗いに行ってた』だけ! そういう事にしときましょう)
ピンチは切り抜けた。こうして人生初の射乳を終えたじゅんは、何食わぬ顔で無人の事務室へと戻る。 ちょうどその時、
「こんにちはー」
受付の向こうから女性の声。来客だ。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
いつも通りの明るい笑顔でふり向き、お客様を迎えることができた。
(セーフ。戻るのがあと数秒遅れてたら、対応できなかったわ)
しかし来客の姿を見て、じゅんはびっくりする。
(わっ!?)
身長は160cmちょっとで、Tシャツにキュロットパンツという爽やかな軽装。髪はショートで、脱いだばかりの麦わら帽子を手に持っている。年齢は18か19歳だろうか。
特筆すべきはその胸だった。おそらく3L〜4LサイズのTシャツが気球のように丸く膨れ上がっている。
(お、大っきい……)
物理的な体積は、まだじゅんに及ばないかもしれない。しかし彼女は肥満体でなく、胸以外はむしろスマートな体型。それだけに、全体を見た時のバストの存在感は圧倒的だった。
Tシャツの下にブラは装着しているようだが、横から見た突出は30cm近くある。トップとアンダーの差で見るなら、明らかにじゅんのWカップを上回るだろう。もしかしたら、栗辺あさこのXカップをも。
人口の少ないこの村でも、初めて見る顔だが……
(里帰り中の大学生かしら?)
これだけ立派なバストの持ち主なら、村の出身に違いあるまい。
「あの〜すみません。私、この近くで風景をスケッチしてたんですけど、さすがに暑さでクラッときちゃいまして。……ここでちょっとの間、涼ませてもらえませんか?」
彼女は照れ笑いを浮かべながら、ちょっと申し訳なさそうにお願いした。
「まあ、それは大変! 今、冷たいものをお持ちしますね」
じゅんは氷入りのグラスにお茶を注ぎ、差し出す。
「薬草茶ですが、お口に合うかしら?」
六草苑で買った、夏バテ防止に効くという茶葉。じゅんはこれを冷蔵庫に作り置きしている。
(ちょっと苦味が強いけど。まさか、搾りたての母乳でティーオレを作るわけにも、ねえ……)
我ながら笑えない冗談だった。
「ありがとうございます。いただきます」
彼女が礼をすると、両手でやっと抱えるほどの乳房が左右ひしめき合う。手脚はスマートなのに、胸だけなんという豊満さ!
(これほどのサイズ、村でもそういないわ……。あと少しであの子に匹敵しそう)
カップ数でじゅんを上回る女性は、村にまだ何人かいるだろう。だが年下に限定すると、1人しか心当たりがない。大きな弦楽器ケースを持ち歩いているところを、たまに見かける高校生……たしか名前は中村さんといっただろうか?
彼女のバストは、その中村さんに及ばずとも、迫るところまできていたのだ。
「がんばるのもほどほどに。スケッチも日陰でなさってくださいね。熱中症は怖いですから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
はきはきとした返事が気持ちのよい子だ。冷たい薬草茶をおいしそうに飲んでいる。
「でも高3の夏なんて、みんな受験勉強に必死ですよね」
「え?」
「だから私もがんばらなきゃ、って思ったんです」
やる気に満ちた表情でスケッチブックを掲げる。
「今年、美大を受験するんです。だから高校最後の夏休みに、ひたすら絵を描く修行の旅がしたいと思ってました。そんなとき親戚からこの村の話を聞いて、行ってみようと思ったんです!」
「そ、そうだったの。高校生でしたか。すみません……大人っぽいので、てっきり大学生かと」
「あははっ。気にしないでください。この胸のせいですよね」
少女は胸元の素肌をぷにっとつついて見せる。
「私、風景画が特に好きなんですけど、外で描いてるとどうしても周りの視線集めちゃって」
「ああー」(納得)
「その点、この村はいいですよね。私くらいの胸、だーれも気にしないんですから」
(いやあ……あなた、この村でも相当なレベルよ?)
つっこみたいじゅんだったが、あえて口には出さない。
「自転車であちこち回ってるんですが、どこを見ても美しい自然ばかり。描きたいものがたくさんで、すっごく筆が進んじゃいました!」
※(タケカワサイクルは、旅行者向けに自転車の貸出も行っている)
村を褒められて悪い気はしなかったが、それより驚いたのは彼女の出身だ。今の話から、村を訪れるのは初めてだとわかる。
にもかかわらず、千々山でも珍しいほどのバストを有している? しかもまだ高校生なんて!
「それはよかったですね。ご旅行はお一人で?」
「いいえ、もう一人。一日遅れで来るその子とは、今日の夕方、宿で合流します。私は昨日のお昼ごろ村へ着きました」
「まあ、昨日からいらしてたんですか」
「はいっ。奮発して2泊しちゃいますよー」
ピースサインを見せる少女。こんな娯楽のない所に2泊もしてくれるなんて。今どきの高校生らしからぬ旅程だが、村としてはありがたい。
「あ、自己紹介しますね。私、○○県立〇〇東高校3年、飯村なつみです。美術部に所属しています」
「農協の事務職員、酒寄じゅんです。あらためて、ようこそ千々山村へ」
アルファベット終盤を征く者同士、笑顔を交わし合った。
正直なところ、驚いているのはなつみも同じだった。
テレビや雑誌でも自分より大きなバストを見なくなったのは、小学4〜5年の頃からか。「異常」とも思えるレベルで成長は続き、18歳の今やこのサイズ。
このまま一生、自分を超える女性には出会えないと思っていた。
それがどうだろう!
(すごいなあ酒寄さん。ふくよかな体型とはいえ、あのバスト……150cm超えてるよね?)
カップはともかく、純粋な体積で比べたら明らかに上回っている!
ずっと抱いてきた淡い期待が、今日実現したのだ。自分のカラダは異常ではないと、やっと安心できた気がする。なつみはじゅんと出会えた偶然に感謝し、清々しさを感じていた。
他に来客のない受付で、和気あいあいと談笑するふたり。
なつみはここより隣県、△△県の生まれ。しかし小学生の頃引っ越して以降、東北の〇〇県で暮らしているという。
そして今回の旅には、スケッチ修行の他にもう一つの目的があることを語った。
やはりと言うべきか、それはボニータ。
なつみは通販サイトから購入していたユーザーだったが、
『飯村様、よろしければ当店においでになって、直接採寸されてみてはいかがですか? 事前にご予約いただければ2日でお仕立てします』
というメッセージを、フィッターから直接送られたという。
「それで昨日、まず店舗に行って採寸してもらいました。明日、帰る前に受け取りに行きます」
「有意義な旅ですね。ブラ作りが目的の旅行客は、けっこうな数いらっしゃるそうですよ。たまに海外からも」
「へえっ、すごいですねえ! 村の特産品じゃないですか」
「あはは。ブラが特産品なんて可笑しいけど、事実なんですよねぇ。飯村さん、この村に来て驚かれたのでは? 胸の大きい人ばかりで」
「いやあ、話には聞いてましたがびっくりです。昨日、千々山駅に着いていきなり、すごい子に会いました」
「駅で?」
「はい。改札を出たところで、かわいい三毛猫がいたんです。さっそくスケッチしようと思ったら、すぐにセーラー服の女子がやって来て」
(ああ)
心当たりがあった。駅長ねこ・チヂを愛でに入り浸っている少女なら、噂に聞いている。
「その子ったら、しゃがんでネコちゃんとじゃれ合い始めたんですよ。(パンツが見えるのも構わずに)」
なつみは思い出す。セーラー服の少女とは一瞬目が合い、お互い軽く頭を下げただけだった。
しかし、少女の胸が(自分ほどではないにせよ)相当大きかったのを覚えている。到着早々、ここがいわゆる「巨乳村」だと確信できた。
「その子、村の中学生ですよ。すごいネコ好きで有名な」
「えっ? 中学生?」
だとすれば、なつみにとっても驚きだった。スラッと背が高いから、同じ高校生だと思ったのに。
(中学であのサイズかー……私とだいたい一緒かな)
3年後には今のなつみと同じか、あるいは超えているかもしれない。
会話が弾んでいるところ、突然出入り口が開く。
「おっ、酒寄さん、こんちはーっす」
暑い外気と共に、ジャージ姿の男性が駆け込んできた。
「高岡さん、こんにちは」
さっきはありがとう、とお礼を言いかけたじゅんだが、ギリギリで飲み込む。
「さっき、何かあったんですか? ここ無人でしたけど」
「あー……ごめんなさいね。ちょっと所用で席を外していました」
「そっすか。お元気なら良かったです」
高岡はそれ以上追及せず、笑って済ませてくれた。人の良い青年だ。
「ウチのメロン、倉庫にコンテナで積んどきました。こちら納品書です」
「暑い中ありがとうございます。もしよければ、冷たいお茶でも?」
「ありがたいけど、急いでるんすよ。これから従弟んとこにも届けに行くんで」
「まあ、おつかれさまです」
「おぉっと、お客さんでしたか」
振り向いた去り際、高岡はなつみと目が合う。
「ご旅行ですか? 高岡ファームのメロン、今年は最高の出来なんで。よかったらぜひ味わってくださいね。そんじゃ失礼!」
彼はそれだけ言い残すと、トラックに乗り込み出荷センターをあとにした。
「…………」
高岡の登場から退場まで1分にも満たなかったが、なつみには印象深い出来事だった。
幼い頃から常識外のバストをひっさげて生活してきたなつみは、どこへ行っても注目の的。それゆえ悲しいかな、周囲の視線に敏感だった。
宮方あまね同様、高3の今では「本能だから仕方ない」と割り切れる。しかし、その達観に至るまでには、羞恥と自己嫌悪の日々があった。
ところが、
(今の人……私の胸を“一瞬たりとも”見なかった。もちろん酒寄さんのも!)
まっすぐ目を見て話されるなんて経験、同性が相手でもなかなか無い。本当に久しぶりでドキッとしてしまった。
千々山村で巨乳が注目されないことは、昨日体験済み。だが一人の男性を観察してみて、改めて真実とわかったのだ。
「……酒寄さん、こちらで果物ギフトの注文を受け付けてるんですか?」
「あ、はい。喜んで承ります」
「じゃあ、さっきの人が言ってたメロン、お願いできますか?」
「えっ?」
じゅんは驚く。直送ギフトは送料もかかるので、けっこうな値段だ。それを高校生から注文されるとは予想外だった。
しかしすぐ、なつみはある物を提示する。桔梗の花の色……美しい青紫の紙片だった。
「これを使います」
「まあっ『青いきっぷ』!」
ここで『青いきっぷ』について説明しておこう。千々山村役場の観光課が発行するもので、JRの『青春18きっぷ』のパクリである。
しかしそれはネーミングだけ。サービス内容は大きく異なる。『青いきっぷ』は、15歳以下のお子様とその保護者1名にしか発券されないペアチケットだ。(ちなみに『青春18きっぷ』はその名と裏腹に、年齢を問わず購入可能)
条件が厳しい代わりに効果は絶大。任意の3日間は、
・千々山鉄道が乗り放題
・提携する飲食店で、会計時に次回値引券発行
・提携する旅館が1泊無料(お食事代は別)
・直送ギフトが1点送料無料
という大盤振る舞い。もはやフリープランのツアーに近い。
「親子での旅行客を増やしたい」
「あわよくば、一家まるごと移住してくれまいか」
少子化に悩む行政の、そんな切実(?)な願いを込めた事業である。
が……そうなると、きっぷ自体高価にならざるを得ない。フル活用すれば十分元は取れるのだが。
実際のところ、利用者は少なかった。じゅんも久々に見たくらいだ。
「それでは高岡ファームのメロンを1箱、送料無料で承ります。お送り先をこちらにご記入ください。添えるメッセージがございましたら、こちらの欄に」
なつみは未記入の伝票を受け取り、書き始める。
『三森家御一同様
どうぞご家族で召し上がってください。
今冬、受験の際はお世話になりますが、よろしくお願いいたします』
「……っと」
伝票を書き終え、ボールペンをカチッとノックしたなつみは、親戚の顔を思い浮かべる。
(元気かなあ、あの子。私たち両方「なっちゃん」で紛らわしくなっちゃうけど、それが可笑しかったのもいい思い出だな)
〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふぁーっくしょーぅ!」
「なんですのナッちゃん! 今のネイティブ発音かつ放送禁止食らいそうなくしゃみは?」
「川で身体冷やしちゃったんじゃない? だいじょうぶ?」
「うん、へーきへーき。ナツはカゼひかないもん☆」
(今、『バカは風邪ひかない』と同じイントネーションで言ってのけましたわね……)
〜〜〜〜〜〜〜〜
『かしの』で俺に話しかけてきた男性、越出馬勝矢氏。(珍しい苗字だな)
有能なビジネスマンの気質を漂わせながら、初対面の就活生にもやたらフランクな人柄。決して悪い人じゃないと思う。
最初は、「採用試験の続きか!?」と思ったんだ。
つまり越出馬さんは、村役場から来た試験官。最終面接を終えて気の緩んだ俺に、旅行客を装って接触する。村のことを尋ねたり、俺の意見を求めたのも、知識と人間性を問うため。
すなわち彼への接遇こそ、真の最終問題だったのではないか?
(なーんて。冷静に考えたらありえないよな)
手が込みすぎている。第一、俺が徒歩で帰ろうと思ったのは気まぐれなんだから。暑さに耐えかね、かしのの2階で涼んでるなんて、知るはずがない。※(第6話参照)
越出馬さんは本当にただの旅行客。出会ったのも偶然だ。
でも俺はそのまま、彼を村の商店街へ案内した。なりゆきだけど、これも「村職員としての予行演習」と思うことにしたんだ。懐かしい町並みをガイドするのは、俺自身楽しかった。
そして今、『田舎そばの店 日々喜』で、ちょっと遅めの昼食を共にしている。
『盛りそばの山菜天セット』が届くまでの間、越出馬さんはテーブルに広げた地図に真剣な眼差しを向けていた。
地図といっても、A3を折りたたんだリーフレット。村の観光課が発行する『ちぢやま散策マップ』である。駅や土産物屋など、そこらじゅうの施設に置いてあるやつだ。
「ふーむ、数は決して多くないが、飲食店はそれなりにあるんですね」
「ええ。チェーン店の並ぶ都会とは比較になりませんけど。このくらいの“栄え”が、村人の気質に合ってるのかなぁって」
我ながら覇気のないコメントを返してしまった。大卒前の22なのに、年寄り臭いかなあ? 俺。
「中山さんは高校まで村にお住まいでしょう? ここに載ってるお店とか、よく食べに行かれました?」
「いやぁ、旅行客向けのお店はちょっとお高めですから。たまの贅沢で家族と行く感じです」
「なるほど。温泉が売りの村となれば、観光地価格も頷けますね」
今いるそば屋だって、お値段4ケタのメニューが目立つ。決して高級志向ではなく、素朴な雰囲気の店なのだが。
「村民がよく利用するのは……やっぱ、『こじか』かなぁ。駅近くにある食堂です」
鹿谷さん一家が経営する『お食事処 こじか』は、安価なメニューも充実している。立地の良さもあり、平日休日問わず盛況だった。腹ペコの男子高校生時代、俺もよくお世話になった。
(それも4年前の話か。俺が大学に行ってる間、何か変わったかな?)
「ところで気になったんですが……どのお店も閉店時間がずいぶん早いですね。多くが7時、遅いところでも8時とは。何か取り決めでも?」
「いいえ。どこも自主的にその営業時間なんだと思います」
なんせ家庭・親族経営が十割だからな。
「それじゃ、宴会とか開く時はどうするんです?」
「だいたいは誰かの自宅ですね。盛大にやるときは公民館借ります」
子どもの頃、秋祭りの夜を思い出す。大人たちは公民館にビールと料理を運び、打ち上げを開いていた。
「ですが……そもそも宴会自体あんまりやらないかなぁ」
「ほう、村民は控えめな性格なのですね」
「それは否定しません。特別なイベントより、平凡な日常を幸せに感じるタイプと言いますか……」
ハレとケをあまり意識しない、素朴でいいかげんな性格なんだよな。
「そうだ。たとえば、このお店の名前」
「ひびき?」
「そう。『日々』を『喜ぶ』って書くでしょう? 何でもない毎日に喜びを見出そう、って。そうしたゆる〜い人生観を、村全体で共有してるんですよ」
「おおっ! そこのニイちゃん、うちのテツガクをわかってくれるたぁ嬉しいねぇ! 天ぷら一つサービスしとくぜ!」
店主の伊上さんが広い肩を上下させ、豪快に笑う。
「ありがとうございます」
おっ、実験成功。やってみたらできるものだなあ。
「ショウくん知ってる? あのおそば屋さん、店名の由来をほめるとサービスしてくれるのよ」
って、高校時代に中野さん(情報通の女子)から聞いてたんだけど。まさか今も通じるとは。
(年月が経っても、人はそう簡単に変わらないってことかな)
ともあれ、越出馬さんはさっきの説明で理解してくれたみたいだ。
「なるほど。宴会はあまり好みませんか……すると、お酒の飲める店なんかは?」
「一応、あるといえばあります。ここに」
地図上で示したのは、レトロな雰囲気漂うカラオケスナック。いわゆる「夜のお店」は、本当にこの1軒だけなのだ。村人はよくお酒を飲むけど、「焼酎を宅飲み」がスタンダードだから。※(本編『地域振興課』第3話参照)
千々山には深夜営業の店が無い。ナイトコンテンツの需要自体、低いのである。
観光客からしても、泊まり覚悟でなきゃ夜遊びなんてできない。千々山鉄道の最終便が隣市に着くのは夜10時前だからだ。
「あ、でも一番大きいホテルにはバーカウンターがあるらしいですよ。夜はそちらへ行かれては?」
「いやいや。私自身、酒は飲まないんだ」
「?」
じゃあ、さっきの質問は何のため?
(そもそも越出馬さんは、どうしてこんな僻地の村を散歩する気になったんだ?)
就職希望者としてあるまじき疑問が、俺の中に浮かぶ。
推測する手がかりは、もらった名刺しかない。
肩書きには『市街地開発コンサルタント』とあった。すなわち、彼の目はディベロッパー(開発者)のそれ。
(ハッ! まさか……)
突然の思いつきから、俺は目の前の紳士を疑ってしまった。
(越出馬さん、この村に歓楽街を作るつもりか?)
たとえば、Mカップ以上を集めたキャバクラとか。そんなものができたら、巨乳好きの聖地として名を馳せるだろう。全国からスケベな男どもが集まるに違いない。
日本人男性の多くは、バストの大きい女性が好きらしいからな。俺や加藤は1ミリも共感できないけど。
しかし無理だ。そんなの絶対に無理なんだよ。
断言するけど、村の女性を夜の街で働かせることは“できない”。貞操観念とか以前の理由だ。
(だって、千々山では……)
つづく