千々山村自然教室

唐鞠 作
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 資料館を出た後、アタシたちは昼食の場を目指していた。
「あっ、あのお店ですよ。アイコさん」
「おおー……民家風の趣ある外観。隠れた名店って感じね」

 『ちぢやま散策マップ』を頼りにたどり着いたお蕎麦屋さん。年齢がバラバラの男性客3人が、ちょうど出てきたのとすれ違う。

 暖簾をくぐると、初々しい看板娘が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませー。2名様こちらのお席へどうぞ」
(あら〜♥ 可愛いコね。小学生かしら)
 久しぶりに年相応な胸(Aカップくらい?)を見て、なんだかホッとするわ。

 平日のランチタイムをとっくに過ぎ、アタシたち以外にお客さんの姿はない。
 看板娘ちゃんは、案内したテーブルの縁に乾いたタオルを敷いてくれた。
「アイコさん、これは……?」
「なるほど。この村では女性客に“下敷き”のサービスがあるようね」

 ありがたく、アタシたちはその上に「だぷん」と胸を乗っけた。
「ふー」
 重荷を降ろした開放感で、思わずため息が漏れちゃったわ。娘に追い越されたとはいえ、アタシの胸だって4キロはあるものねえ。

 それにしても、出発前は想像もしなかったわ。偶然意気投合した外国人と、お昼をご一緒するなんて。
(ハプニングもまた良し。これだから無計画旅行はやめられないのよね〜)

「ボクは『盛りそばの山菜天セット』をいただきます」
「アタシもそれをお願い」
「かしこまりました。こちらお冷やと、お通しの『川エビの佃煮』です」
 あら嬉しい。サービスいいわねえ。

 注文した後、改めてセイルちゃんと対面する。
 ヘーゼルブラウンの瞳に知性の輝きを秘めた、中性的な顔立ちのアジアンビューティー。はぁ〜、ほんとイケメンだわぁ……。
 一方、胸元には女性らしさの最たるものを、たっぷりと実らせている。顔の“怜悧”なイメージに相反して、身体は十分すぎるほど“柔和”を主張しているわ。
 細身に釣り合わない丸々としたバストは、圧倒的存在感で卓上に鎮座。横幅広めなアタシに対して、彼女のはこう……前方にもドン! とせり出しているのよ。タオルの四隅が今にも隠れてしまいそう。
 午前中、下着売り場でQカップブラを着けたマネキンを見たけど、あのくらいかしら? やっぱり、お肉が詰まるとケタ違いの迫力ね〜。うふふ、眼福♥

「さて、アイコさん。ここなら落ち着いて話せそうですね」
「そうね」
 昼食を共にしようと決めたときから、こんな流れは予想できていた。

「やはり、アイコさんも気になっていましたか」
「そりゃそうよ〜。圧倒されつつも疑問だったわ。千々山村の人々は、どうしてこんなにも胸が大っきいのか?」
 予想通りの返答に、セイルちゃんも大きく頷く。

「でね、資料館であさこさんの話を聞いたとき、ある仮説が浮かんだの」
「奇遇ですね。ボクもです」
「あら」
「だけど決して公然とは言えない、失礼な内容です。秘密にしておいた方がいい」
「奇遇ねえ。アタシもよ」
 こんな仮説、当の村人が聞いたら気分を害するに決まってる。

「でも……よくよく考えたら、アタシのは結局間違いだったみたい」
「え?」
「『ハズレで良かった』。興味本位であらぬ疑いをかけたことを、申し訳なく思ってるの」
 そう、よそ者が面白半分に勘繰っただけ。今は反省しているわ。

「どこまでも奇遇ですね」
「え?」
「ボクもです。村にとって不利益な疑いは、客観的データが否定してくれました。結局はボクの杞憂。悪い予想が外れてホッとした、ってのが今の心境ですよ」

「え〜ヤダぁちょっと♥ アタシたち気が合いすぎじゃない?」
 年甲斐もなくはしゃいだ声を出しちゃった。セイルちゃんとの同調が、なんだか運命的に思えたんだもの。

「フフッ、どうでしょう? 失礼な疑念を抱いてしまった“罪の意識”、村人に謝れないなら、いっそお互いに告白しませんか?」
「いいわね。さしずめここは即席の懺悔室ってワケね」
「あはは、懺悔室にしちゃオープンすぎますけどね」

 反省のしるしとして、アタシたちは互いの胸に誓うことにした。テーブル上で右手を伸ばし、相手の心臓の在処=左乳房にそっと乗せる。
 そして目を閉じ、告解のための祈りを……

(うっわあ! さすがはティーンエイジャー。セイルちゃんのおっぱい、すごいピチピチした弾力だわ)
(アイコさんの胸、とても柔らかくて安心する。……これが母親の包容力か)

 うん、無理ねー。気持ちよすぎて集中できません♥
 こんな状態で祈りなんてとてもとても。『反省のしるし』なんてぶっちゃけ口実よ。おっぱいへのスキンシップがOKな千々山の文化に、ちょっと乗っかってみただけ。
 ホラ、あさこさんも言ってたじゃない? 「郷に入ってはなんとやら」ってね。

「さて、最初はどっちが神父役?」
「ボクがやりましょう。アイコさんからお先に、懺悔をどうぞ」
 レディファーストを譲られたみたいな気分だけど、あくまで女同士なのよね。

「じゃあアタシから。実はね、いい年した大人が恥ずかしいけど……この村に巨乳さんが多いのは、ある種の超常現象だと思ってたの」
「オカルト、ですか」
 我ながら突飛だと思うけど、セイルちゃんは一笑に付さず真剣に耳を傾けてくれる。

「ええ。『祟(たた)り』なんて人聞きの悪い表現は使いたくないけど。過去に非業の死を遂げた誰かの怨念が、村人の乳房を異様なまでに膨らませている。……そう考えたの」
――【仮説B 心霊説】

「なるほど……。たしかに村人には聞かせられない、失礼な仮説ですね。ボクのほどじゃありませんが」
 え? これ以上にヤバいってどんなかしら?

「ところでその『誰か』とは、もしかして?」
 どうやらセイルちゃんも薄々感付いてるみたいね。

「そう、飯妻三姉妹の長女。おっぱいにまつわる祟りなら、彼女をおいて他にいないわ。なにしろ『六尺超える 胸周り』。本人の胸がすでに超常的なんだもの」
「はい……それは同意です」

「彼女にはおそらく悲しい過去があった。少なくとも、何者かが彼女の存在を歴史から消そうとしていた。『姉妹唄』の一番が黒塗りで潰されていることから、間違いないと思うわ」
「では、そこまで疎まれる理由とは? アイコさんは、彼女が何らかの罪を犯したと推測していましたね?」
「そうね。『仏の教え 忘れては』……彼女の罪には、仏教の禁忌が関係しているはず。そこでちょっと、思い出してほしいの」
「?」
「あさこさんから聞いた、『真説・白烏伝説』を」


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 思い返してみる。1時間ほど前、郷土資料館でのこと。

 ついに紐解かれた『白烏の足』を目の当たりにし、ボクは興奮していた。出発前から立てていた仮説が裏付けられたし、それ以前に、地質学・気象学上の大発見だからだ。
(フルグライトが“日本で”発見された事実が、どれだけ重要か!)

 たぶんそんなことはつゆ知らず、アイコさんとあずさくんは興味深そうに眺めている。
「枝分かれして、本当に鳥の足みたいねぇ」
「これがシロガラス様の足? たしか伝説では、白い女に化けるカラスの妖怪ですよね? 子どもをさらい、村を滅ぼしかけたという」

「いいえ、あずさちゃん。巷ではそう伝わっているけど、正しくないの。恐怖を煽るために尾ひれが付いたのね」
「本当は違うんですか?」
 あさこさんは頷く。いや、首を傾げたのか? どうも曖昧だ。

「う〜ん……半分くらい合ってるのが悩ましいわねぇ。みなさん、よろしければお聞きになりますか? 栗辺寺に伝わる、『真説・白烏伝説』を」
「やったあ! ぜひお願いしますっ」
 興味津々なあずさくんは、いそいそとノートを準備する。あさこさんはそれを笑顔で待ってくれた。

 それにしてもあさこさんの顔、高い位置にあるせいか小さく見えるな……。いや、きっと大きすぎるバストと対比してそう見えるんだろうな。

「あのう、わたくし一方的に長い講釈をするのは苦手ですので……お気付きの点がありましたら、遠慮なく中断してくださいね? その方が話しやすいですから」
 麗しき語り部は、はじめにスゥと一呼吸する。うっすら透けた白衣の下で、スミレ色のXカップブラに包まれた胸がいっそう盛り上がって見えた。

「むか〜しむかし、と言いたいけど、そんなに昔じゃありません」
 導入からコケたが、そんな茶目っ気も愛らしい。

「明治時代の始め頃です。開拓されて間もない千々山集落は、まだ正式に村ではありませんでした。歴史好きなあずさちゃんなら知ってるかしら? かつて隣町との間にあった、『貫塗(かんぬり)村』を」
「えっと……鉄道から見える廃墟のことですか?」
「「廃墟?」」
 ボクとアイコさんは驚く。

「あの、さっそく中断して悪いけど、そんな所があるの?」
「はい。もうほとんど森ですが、ボロボロの残骸とか残ってて……いかにもオバケが出そうな雰囲気。ときどき男子が『肝試しに行こうぜ』なんて言うけど、実際行ったという話は聞きません」
 アイコさんが尋ねると、あずさくんは説明してくれた。

「なにしろ、今では山道がふさがってますし。学校が立入禁止に指定する、危険な場所ですからね」
 ふうむ、興味を引かれるなあ。この“隠しダンジョン感”、RPGなら重要アイテムとか隠されてるやつだ。

「昔はあそこがムラだったと、ひいおばあちゃんが言ってました」
「そうです。貫塗村は千々山村の前身。わたくしたちの先祖の多くは、あそこから移住したのです」
「へえ〜。村全体でさらに山奥へ引っ越すなんて、大変だったでしょうねぇ」
 アイコさんは感心する。
 貫塗村の存在は、ボクもさっき村史で知ったばかりだ。廃墟が今も残っているとは驚きだったけど。

 千々山の歴史は意外と浅く、開拓されたのが明治初期のこと。
 これは納得できる話だ。当時から主要産業は林業。伐採を進めていけば、行動半径は山奥へ進出していく。そうするうちに偶然、温泉や山の幸が豊富なこの地にたどり着いたのだろう。
※[本編『地域振興課』第1話で、中山は『江戸時代、木材を筏で運んだ』と語っているが、それは貫塗村だった頃の歴史である。吸収合併された今では、千々山村の歴史と呼んで差し支えない]

「さて、事件はその貫塗村で起こります。とても痛ましいお話ですが……」
 あさこさんは温和な顔をきゅっとしかめる。
「村のあちこちで、動物が次々に殺されたのです」

「「「!?」」」
 なんだって? えらく物騒な話になってきたぞ?

「対象は無差別でした。ある日には、大切に飼っていた農耕馬を。ある日には、畑を荒らす乱暴なイノシシを。またある日には、村人が恐れていたヒグマをも。
 共通するのは、抵抗した跡が全く見られないこと。動物たちは決まって、安らかに息絶えているところを発見されるのです。
 痛みに暴れた様子もなく、まるで眠らされてから殺されたようでした。鋭利な刃物で切り取られた肉が、血の跡もなく持ち去られていたそうです」

 ああ、こういう超常現象何て言ったっけ? ……そうだ、キャトルミューティレーション!
 農民目線で害にも利にもなっているのが、愉快犯っぽくて不気味だな。しかし、命を奪われる動物たちにしてみれば、ただただ凶悪。憎むべき殺戮者だ!

「そんなことが数件続いたある日、村長の息子の三兄弟が、犯人を捕まえたのです」
あれ、もう解決しちゃうのか。展開早いな。

「しかし奇妙なことに、彼らは決して犯人を村人に見せようとはしませんでした。
 彼らはこう言います。『犯人は気がふれているから、見ない方がいい。警察に引き渡すまでウチ(村長宅)の座敷牢に閉じ込めておく』と……。
 それでも、『どんな人物か知りたい!』と強く求めた村人に、彼らは根負けして打ち明けました。

 『白装束の女だ』
 『見た目は若いくせに白髪で、年の頃はわからない』
 『あれはきっと異形のもの。あやかしに違いない。だから、見てはいけないのだ』」

「ええっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「白ずくめの若い女性!? それって……」
「そう、シロガラス様です。つまりシロガラス様は一度、村人の手により捕まっていたのです」

 立場の逆転! 山鳥の長として畏怖される存在が、まさか人間の手に落ちていたとは!
 話を聞いたあずさくんは呆気にとられている。
「はあー……意外です。村をおびやかす恐ろしい妖怪だと思ってたのに」
(まあ、動物を襲うのだって十分恐ろしいけどな)

「けどあずさちゃん、これで分かったんじゃない? シロガラス様が村人を敵視するのは、こういう経緯があったのよ」
 とアイコさんは推測するが、

(い、いや、分からないぞ?)
 そもそも妖怪なんて簡単に信じられるものか。ただのアルビノ(先天性色素欠乏)の女性かもしれない。教育水準の低かった当時なら、異形視されても不思議はないだろう。

「それ以前に、本当に犯人を捕らえたかも怪しいわねぇ」
「え?」
「だって見せられなかったんでしょ? 口ばかりで、実際捕まえたかはギモンじゃない。カギ括弧の中は疑ってみるのがミステリーの鉄則よ」

 アイコさんの指摘を承け、あさこさんは続ける。
「青梅さんの疑問はもっともですね。しかしすぐに、村人たちは彼らの言葉を信じざるを得なくなりました」
「どういうことですか?」

「翌日のことです。村長が牢屋を見に行くと、白い女性の姿などありませんでした。
 代わりに見つかったのは、息子たちの無惨な姿。三兄弟は皆、活力を吸い取られたように干からびていたのです」

「「「!!?」」」
 猟奇的展開にボクらは息をのむ。

「精悍だった肉体はだらりと弛緩し、一人で歩くこともままなりません。
 虚ろな目でぼんやり宙を見つめ、声をかけても『ヒイ、ヒイ』と怯えるばかり。
 まるで、頭の中身が赤ん坊に戻ってしまったかのようでした」

「ひゃあ……どんな恐ろしい目にあったのかしら?」
「そこには何者かがいたようですね。『捕まえた』というのは狂言じゃなかった」
「やっぱりシロガラス様だったんですよ! 三兄弟は祟りを受けちゃったんですよ!」
 あずさくんは興奮気味に主張する。が、

「落ち着いてあずさくん。これはあくまで伝説じゃないか」
「あ……」
「ですよね? あさこさん」
 あずさくんを宥めたボクが視線を送ると、神妙な顔のあさこさんは、見下ろすような高さから頷く。

「はい。ここまでのお話はあくまで“言い伝え”です。
 ……しかし、現存する証拠がふたつあります。
 ひとつは、この『白烏の足』。村長が牢の中で拾ったものです。“鍵のかかった足枷”のそばに落ちていたと言われています」

 桐箱の中の寺宝が、再びボクらの視線を集める。動かざる奇石は無言の重圧を伝えていた。モノとしてここに実在するだけで、伝説がリアリティを帯びるようだ。

「村長はこれ以上の犠牲が出ないよう、シロガラス様の怒りを鎮めるため、『足』をお寺に奉納しました。
 三兄弟を最後に、被害は一件も出ていません。動物殺しもピタリと止みました。
 以来、『白烏の足』は寺宝とされ、今わたくしたちの目の前にあるのです」

「な、なるほど……」
「では、もうひとつの証拠とは?」
「そのためにも、まずはお話の続きを。村長には末っ子の四男もいたのですが……シロガラス様が脱走した日、神隠しに遭っています」
 子どもをさらうという特徴に、ここでつながるのか!

「年の割にとても賢い子だったそうです。すでに読み書きの達者だった四男は、このような書き置きを残していました。
 『父上さようなら。ぼくはこのお姉さんと一緒に行きます』
 村長はすぐに理解しました。末の息子はあやかしに誑かされ、脱走に手を貸した。そして山へ連れ去られたに違いない、と」

(……妖怪誕生の瞬間だ)
 どの国でも同じ。恐るべきモンスターは、恐怖心をぐちゃぐちゃに混ぜた想像力が頭からドロリと溢れたときに生まれる。

「そうか! 手紙を信じるなら、家を出たのはあくまで四男の意志。だから、『さらった』という表現は『半分合ってる』んですね!」
 あずさくんが意欲的にシャーペンを走らせる。ノートにはこれまでのお話がしっかり記録されていた。

「また、隣の家の馬もいなくなっていました。外には蹄の跡が残されていましたが、行先はたどれなかったそうです」
 何だろう? 乗って逃げたのかな? カラスの妖怪も、四男を抱えては飛べなかったということか?

「やがて千々山集落の開発が進み、村として独立し、人々は次々に移住していきました。
 しかし、村長はずっと貫塗村を離れようとしませんでした。
 長としての責任以上に、四男の帰りを待つ気持ちが強かったのでしょう。
 しかし……非情なことに、何年経っても四男は行方不明のまま。亡骸すら見付かりませんでした。
 村長の家は後継ぎをなくし、失意のうちに途絶えたと言われています」

 悲劇を語りながら、あさこさんは亡き者たちを弔うように合掌する。

「ということは、長男・次男・三男も元には戻らなかったのね」
「かわいそうに。村長さんは一晩で息子を4人も失ったんですね」
 アイコさんもあずさくんも、苦い表情を見せていた。

「歯がゆくも、『めでたしめでたし』では締めくくれませんが……真説はこの通り。以上が、栗辺寺に伝わる『白烏伝説』です」
 昔話を語り終え、改めて一礼するあさこさん。
 前かがみになると、豊満すぎる乳房が「だぽんっ」とこぼれ落ちかけた。まさにポロリ寸前。片房を両手で抱えるほどの大容量に、視線が否応なく引きつけられる。

(ああ……今はシリアスな場面だというのに!)
 悲劇の余韻もどこへやら。ボクの腕を肘まで飲み込みそうな深すぎる谷間は、容赦なく興奮を誘っていた。こんなしんみりムードの中でも空気を読まないなんて! あさこさんの色香は問答無用の強制力だ!

「あ、ありがとうございます。たいへん興味深いお話でした」
 興奮を隠しつつ、ボクはお礼を述べる。
(しかし結局、妖怪に容疑をかけたまま事件は収束したのか……。後味の悪い結末だな)

「あさこさん、今のお話で私、思いついたことがあります!」
 あずさくんがサッと手を挙げる。

「貫塗村の人々が引っ越した理由。それは、祟りの巻きぞえを恐れたんじゃないでしょうか?
 もちろん、千々山が豊かな土地だったから、というのもあるでしょう。
 でも、村の代表者が怒りを買っちゃったわけですよね? だったら、『早くこの地を離れたい』という気持ちも強かったと思いませんか?
 そう考えると、私たちの知るシロガラス様とつながるんですよ」

「なるほど! 『滅ぼしかけた』というのは、千々山じゃなく貫塗村。移住による人口減少が、『滅び』と表現されていたのね」
 こぶしをポンと手のひらに乗せ、アイコさんが納得する。

「実際、その後の貫塗村はどうなったんですか?」
「代々の村長が求心力を失い、見る見る衰退していったそうです。鉄道の開通をきっかけに、千々山への移住者はさらに増えました」
 地形の都合上とはいえ、鉄道のルートから外されたことは相当痛手だったらしいな。

「それでも、戦後の頃まで少数の農家が暮らしていたそうですが……平成の大合併を待たずして、廃村となりました。今では『貫塗地区』として千々山村の一部となっています」
 詳しいことは、ここにある村史に載っているだろう。

「そして……先に述べたふたつ目の証拠が、こちらに」
 あさこさんは書棚に歩み寄る。
「四男の神隠し事件について、記録が残っているのです」
 取り出したのは、偶然にもさっきボクが読んでたスクラップ帳じゃないか。

「こちらが当時の新聞記事。ほんの数行ですが、9歳の少年が行方不明になったことを報じています。
 村人総出で山狩りをしても見つからず、ついに捜索願が出された、という内容です」

 現代なら顔写真付きで報じられるが、明治の頃はそうもいかなかっただろう。「写真を撮られると魂を吸われる」なんて迷信が広まってた時代だ。
 それにしても、辺境の村だからって県紙でも小さく扱われているのが悲しいな。

「うわー……昔の新聞、読みにくい」
 あずさくんは身を乗り出し、机上の資料を覗き込む。
 Tシャツの襟元から、推定Dカップの若々しい果実がチラリと覗いた。小学生の華奢な体躯から突出した、美しい半球。チホくんほどじゃないが、十分に豊かと言えるだろう。まだまだ大きく膨らみそうな気がする。
※[これから2年で17センチ、7カップ成長することを、今の山口あずさは知る由もない]

「セイルちゃん、古い日本語よく読めるわねぇ。ほんとスゴいわ」
「大学では史学専攻でして」
 だけどこんな小さい記事、さっきはボクも見落としていた。
 どれどれ? 日付は明治11年8月……あの『大落雷』の日と近いな。

「「「え……?」」」
 ドキッとした。
 不鮮明にかすれたその活字に、ボクもアイコさんもあずさくんも同じタイミングで気付いたらしい。

 行方不明となった少年の名は、『飯妻理七』。

「い、いいづま!?」
「飯妻って三姉妹じゃなかったの? なのに村長さんとこは四兄弟って……あれ?」
「あずさちゃん、驚くことないわ。簡単な引き算よ」
 さすがは年長者。アイコさんはすぐに落ち着きを取り戻す。

「『りしち』って読むのかしら? 名前から考えて7番目の子よね? それが四男ということは」
「間に、姉が3人いる!」

 そう、ボクらを強く惹きつけた『飯妻三姉妹』。まさか実際は7人きょうだいだったとは。しかも村長の家族なら、シロガラス伝説とも深く関わっているはず。
 なのにどうしてだ? あさこさんの語ってくれた伝説には一切登場していない。不自然なまでに。

「あ、あの〜、どうかなさいました?」
 事情を知らないあさこさんは、きょとんとしている。

「すみません、ちょっと失礼!」
 ボクは一旦展示室を出て、入口近くの赤電話からハローページを持ってくる。過疎の村らしく、とても薄い電話帳だった。

「いいづま、いい……づま……」
 五十音順に並んだ個人宅の電話番号を探すが、
「どうっ? セイルちゃん」
「……いません」
 そこに『飯妻』姓を見つけることはできなかった。

「あさこさん、現在の千々山村に飯妻さんというお宅は?」
「んー……思いつきませんね。少なくとも、うちの檀家さんにはいらっしゃらないかと」
「ちなみに小学校にもいませんよ」
 あずさくんは先回りして答えてくれた。賢い子だ。

「ねえあさこさん、不思議に思いませんか?」
 あずさくんが直球の質問を投げかける。
「村長さんには娘も3人いたはずですよね? だったらお婿さんを迎えることもできたのに、どうして飯妻家は途絶えてしまったんでしょうか?」

「そうねえ……『七』の付いた名前でも、7番目の子とは限らないんじゃない?」
 確かにそう言われたらそれまで。あくまで“らしい”ってだけだ。

「あずさちゃん、アタシ答えを思いついたんだけど」
 おや? 常ににこやかだったアイコさんが、一瞬うんざりしたような嫌悪の表情を見せたぞ?

「昔の日本人ってね、『家』を基準に物事を見るのよ。子だくさんな飯妻家もたぶん、よくある家父長制的な家庭だったと思うの。だから祟りも、家単位で受けていると思ったんじゃない?」
「わかった! 祟りを恐れて、誰も飯妻家に婿入りしたがらなかった、ってことですね?」
 なるほど、実際シロガラスの被害者は全員男性だしな。

(いや待て……本当にそうか?)
 男の気持ちになって考えると、「祟りなんて知るか! 俺は六尺超えの超乳と結婚したいんだー!」って輩がいたんじゃないか? かなり。

「いや、そういう見方もできるけど。アタシは親の愛を信じたいかなー」
「「「?」」」
「つまりね。祟りから逃がすために、あえて他の家に嫁がせたのよ。飯妻の姓を捨てさせてでも、娘さんには生き延びて欲しかったんだと思うの」

「そうか! アイコさん、きっとそれですよ」
 ボクも同意する。
「だって『姉妹唄』にあったじゃないですか。次女と三女は、千々山村の開拓にたいへんな功績を残していました。『天気読み』と『地下水探し』。並外れた能力で英雄視されているんですよ?
 つまり、娘たちはこちら側へ移住したということ。貫塗村に残った父親との別居は明らかです」

「あのう……または、こう考えてはいかがでしょうか?」
 あさこさんも推理に加わってくれる。

「村長の娘たちは、事件が起こる前から他家に嫁いでいた。だから伝説に登場しなかったんですよ。
 7人きょうだいの生まれ順は明らかになっていません。たとえば、『娘3人の下に息子4人』という場合も考えられますよね?」

「そっか! 盲点だったわ」
「ただでさえ昔は結婚年齢が若いから……」
「はい。農村社会では女性も労働力ですが、『女手はひとりで十分』と考える家もあります。すなわち姉妹が生まれたら、次女以下を早く嫁に出そうとするのです。当時は珍しくなかったでしょう」

 なるほど。あさこさんの説が一番自然かもしれない。
 いくら村長といえど、息子が全滅したからって、嫁がせた娘を「返せ」とは言えないもんな。ただでさえ次女・三女は有能な開拓者だし。

「じゃあ長女は?」
「「「…………」」」
 会話が行き詰まってしまった。
 そう、最も気になる長女の消息だけは杳として知れない。

 家を絶やすまいという意志があるなら、父と共に貫塗村に残り、婿取りを望んだだろう。
 自治体選挙なんて無かった時代。飯妻家は「代々の」村長だったから、長女の婿は次期村長の座がほぼ確定だ。
 しかも、推定バスト180の超グラマラスボディを抱くことができる。多くの男性が夢見る「おっぱいに溺れる体験」が叶うわけだ。
(普通に考えて、求婚者が殺到するだろ……)

 だが実際はそうならなかった。
 つまり、シロガラス事件の前か後かは不明だが、長女は飯妻家を去ったのだ。これは確信できる。

 もしや、あまりに上玉すぎて“お偉いさん”の目に止まったか?
 金か権力、どちらにせよ村長は逆らえず、長女を差し出した……
(胸くそ悪いけど、当時ならありそうな展開だ)

 もしくは、事件よりずっと前に夭折している可能性も……
(いや、考えにくいな)
 だって『六尺超え』の超乳なら、妙齢までは生きたはず。少女のうちにバスト180なんて、ありえないだろ? いくらなんでも。

(わからない……)
 まず、飯妻の家系は村長宅だけだったのか? 地元の有力者なら親戚もいたんじゃないか?
 こういう農村って、特定の名字がやけに多かったりするだろ? で、「○○どん」とか屋号で呼び合ったりする。

(さっきの電話帳を思い出すと……)
 目立って多い姓は無かった気がする。世帯数は少ないながらも、名字の分布はバラけていた。
 ゆえに移民は、貫塗村からのシフトだけでなく、もっと広範囲から集まったと考えられる。光栄なことに、かつての千々山村はそれだけ魅力的に思われていたようだ。

 やはり……発見できない以上は“いない”のだろう。
 さすがに受け入れよう。飯妻家は絶えてしまった。祟りの真偽はともかく、それはどうしようもない事実なのだ。
(せめて長女もどこかで子を産んでいれば、超乳DNAが現存する希望もあるんだけどな)

 いや、あれこれ想像を膨らませたけど……ボクはとっくに察していたんだ。
 姉妹唄の一番に出てきた、『血にまみれ 深い谷底』という歌詞。あれが長女の身に起きた事実なら、おそらく非業の最期を遂げている。
 残酷だが、最も素直な解釈だ。

 冥福を祈らずにはいられない。
 どうか安らかに……そして願わくば、この美しい土地を見守っていてほしい。

つづく