千々山村自然教室

唐鞠 作
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 ボクらはあさこさんに資料のページを見せ、『飯妻ノ姉妹唄』についてズバリ尋ねてみた。すると、
「まあ〜、あの歌に一番なんてあったんですねえ」
 という反応。

「これを歌える方自体、今では少ないですが……ご年配の方なら、どなたかいらっしゃるかもしれません。しかし、この記事を書かれたのは米岸富作先生でしょう? 御年80になるあの方もご存知ないなら、追うのはかなり難しいかと」
 申し訳無さそうな顔をするあさこさん。資料館管理人の妻として、力になれないことを残念に思ってくれている。

「姉妹唄は、米岸富右衛門の遺品から発見されたのよね? 原紙が残ってないかしら? 現代の光学技術なら、黒塗り部分を透かせるかもしれないわ」
 おお、さすがアイコさん。IT系主婦らしい発言。

「富右衛門のコーナーは創立時からありますが、米岸家から譲り受けた遺品はそんなに多くないのです。 天秤、薬研、乳鉢といった薬の調合道具くらいで……。文書類も、植物学や化学に関する手記しかありません。あと、変わったところではトランプとか」

「「トランプ?」」
「あー、あれですね? 気になってました」
 あずさくんが指差す先には、天井と壁の間で斜めに掛けられた額縁があった。中にはファンタンドミノ(七並べ)が終わったときのように、52枚のカードが整列している。

「あちらは富右衛門のトランプ。優れた本草学者の彼は、酔狂で博打好きな一面もありました。『西洋カルタ』として流行する前に、自作のカードを持っていたのです」

「あれ? よく見ると一枚足りない」
「本当だ。クラブのQの位置にジョーカーが来ていますね」
「カードは一枚紛失しているのです。……しかしこんなこと、お目当ての唄とは関係なさそうですね」

 結局手がかりは見付からず、姉妹唄の謎はそれ以上解明できなかった。

 千々山村開拓の立役者、米岸富右衛門。
 彼は飯妻三姉妹と同じ時代を生きたはず。しかも、窒素肥料や発破火薬を作っていたなら、次女・三女に協力することもあっただろう。よって長女とも何らかの関わりがあったことは、想像に難くない。
 なにより、姉妹唄の原紙を持っていた。歌詞を黒塗りした人物として最も疑わしいのは、彼である。

 それに、たった一晩で廃人となった長男・次男・三男。あれが妖怪の仕業でないなら……彼の作る“毒薬”くらいしか、他に思いつかないのだ。

   * * * * *

 セイルは幸運に恵まれここまで来たが、栗辺寺住職の不在ばかりは悪運だった。
 なぜなら彼は知っている。具体的な歌詞は思い出せなくとも、歌える“人物を”知っている。

 数年前の自然教室で、住職は屠殺されるニワトリへ念仏を上げた。(今年、息子の真慧がそうしたように)
 その後、中学校校長の椎原ユキヨが歌ったのを聴いているのだ。
 歌い終えた椎原は、参加者の男子たちに今年と全く同じ説明をした。

「これはおまじない。家畜を少しでも安らかにあの世へ送れるよう祈る、清めの歌よ」


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


※[長い回想だったが、場面は再び『日々喜』の店内へと戻る]

「『真説・白烏伝説』……救いのない物語でしたが、議論は弾みましたね」
 1時間ほど前の出来事をアタシたちは振り返っていた。(それにしてもこの佃煮、シャリシャリした歯ごたえで美味し♥)

「飯妻家が関わっていたのは驚きでした。それでも、長女については謎のままでしたが」
「本当にね。ちなみにセイルちゃんは、長女の行方をどう思う?」
「!」
「さっきはあずさちゃんの手前、言えなかったことがあるんじゃない?」

「おやおや……今はボクが神父役じゃありませんでしたっけ?」
「聞かせてほしいの」
 逃れようとしたセイルちゃんに、あえて真剣に迫る。

 数秒の沈黙をはさみ、苦い顔をしながらも答えてくれた。
「転落死、です」
「そうでしょうね……」
 一番の歌詞。『血にまみれ 深い谷底』とくれば、ごく自然に導かれるイメージ。

 吐露するように彼女は続ける。
「長女はなぜ山へ行ったのか? 救いのある答えは、『理七くんを捜しに』でしょう。
 あるいは、豊満すぎる肉体ゆえに身売りされ、それを嘆いての『身投げ』かもしれない。
 だけど……ああ、だけどっ! もっと最悪のストーリーは『口減らし』ですよ」

「!?」
 瞬間、セイルちゃんの長い睫毛に涙のきらめきが見えた。

「ボクらは都合よく解釈していた……。
 『六尺超える 胸周り』は、アンダーバストに言及してない!
 現実的に考えれば、ものすごい“乳房”より、ものすごい“肥満体”の方が、よっぽど可能性高いんです。
 つまり、大飯食らいの長女を、『シロガラス様への生贄』とか理由をつけ、谷へ落とした……。
 こんな酷いことされたら、村人を恨む理由は十分です! 怨霊にもなりますよっ!」

「ちょっとまってちょっとまって!」
 にわかに感情的になったセイルちゃんを宥める。
 卓上で悔しそうに握られた繊細な右手。それを取り、アタシのおっぱいにぎゅっと押し当てて。
「落ち着いてセイルちゃん……だいじょうぶよぉ……大丈夫だから」

「ふぇぇ〜……」
 まさかの泣き顔。クールな天才少女がこんな一面を見せるなんて。漫画やアニメが好きって言うし、感情移入しやすいタイプなのかしら?
(うわヤバい♥)
 少年っぽい顔立ちのコに甘えられて、男子を育てたことのないアタシの母性がきゅんきゅん疼くわ♥

 この歳になって、ってワケでもないけど、アタシのおっぱいって「癒やし特化」らしいのね。
 激しい興奮はかき立てず、ただ安心感のみを与える。「がっつくように鷲掴む」ではなく、「枕にして眠りたい」タイプ。
 女友達に胸を貸してあげたことも、一度や二度じゃないわ。『ぬくもりで優しく包み込めば、誰でも落ち着きを取り戻す』。それがアタシの経験則なの。
※[青梅アイコの乳房がもつ特性は、娘にも何割か増しで遺伝している。第13話参照]

「すみません……お見苦しいところを」
「ううん。こっちこそゴメンね。ひどい答えを無理に言わせちゃった。
 でもセイルちゃん、あなたの言う『最悪のストーリー』だけは、ハッキリ否定させてもらうわ!」
「!?」
 感情で癒やすのはここまで。ここからは論理で、悪い想像を晴らしてあげる。

「なぜなら、シロガラス様は女の妖怪。生贄を捧げるにしても、男を選ぶでしょ? 実際これまでの犠牲者も全て男なんだから。
 それに『六尺超え』を肥満体と解釈するのも不自然よ。もしそうなら『腹回り』とか、別の表現を使うはず。
 歌詞の通りなら、六尺は実に181.8センチ。仮にアンダーを太めに80……いや90と見積もっても、トップとの差は90以上。8Zカップもあるのよ?
 しかもアンダーが大きければ乳房の土台も広がるから、容積はより膨大になる。
 つまり! 仮に肥満体でも、超ぉ〜〜〜巨乳の持ち主であることは揺るがないわっ!」

「そうか……はは……そうですよね」
「ええ! 歴史にロマンを描くのは、後世に生きる者の権利。アタシたちは、長女の存在にたどり着いた数少ない人物よ? 信じてあげなくてどうするの。希望を捨てちゃダメ! 超乳は確かに実在したのよ!」

 初めは『六尺』なんて誇張だと思ってた。資料館でもあずさちゃんと一緒に「まさかね〜☆」って笑いとばしたわ。
(だけど不思議……)
 今セイルちゃんを元気づけるために言ったことが、自分でも真実に思えてくるの。

「あの〜、お取り込み中失礼します」
「「!!!」」
「『盛りそばの山菜天セット』おふたつ、お持ちしました」

 きゃー恥ずかしいっ! 今のやり取り、看板娘ちゃんに見られてたみたい!
「ど、どうも」
 セイルちゃんは慌ててアタシのおっぱいから手を離す。

(しまったー。40のおばさんと17の外国人美少女が、変なプレイをしていると思われちゃったかしら?)
 あ、でも大丈夫か。この村では胸の触りっこくらい、当然のスキンシップだったわね。

「ご立派なムネですねー♥ こちらに置かせていただきますね」
 卓上にはすでにKカップとQカップが陣取っているので、少しずらした所にお盆を置いてくれた。

「ありがとう。まだ小さいのに、お手伝い感心ねぇ」
「それにずいぶん力持ちなんだね。こんな大きいお盆、片手にひとつずつ持てるなんて」
 アタシとセイルちゃんは、照れ隠しのように看板娘ちゃんを褒める。

「えへっ、ありがとうございます。割っちゃわないように、いつも気をつけてるんですよ」
「「?」」
「ごゆっくりどうぞ〜」
※[伊上ももかの今の発言は、「食器を落として割らないように」ではない。「指の力でお盆を割らないように」という意味である]

 ごちそうが届いたところで、お盆と胸の位置をセッティングし直す。(巨乳の苦労話あるある)
 しばらくの間、アタシたちは食事に専念した。

(うっま! お蕎麦も天ぷらもムチャウマ!)
 千々山村の魅力はおっぱいだけじゃないわね。美味しい食べ物もたっくさん!
 さっきのお豆腐店さんといい、グルメサイトにレビューし甲斐があるわよぉ〜。IT系のアタシは、情報発信にも余念がないからね☆



 ほっぺたの落ちる思いで麺を平らげ、蕎麦湯をすする頃、アタシたちは懺悔を再開する。

「……では、アイコさんはどのような想像を? 飯妻の長女は、いかにして怨霊となったのですか?」
「直接の死因は、転落だと思う」
「やはり。一番の歌詞はどうしてもそういう解釈になりますよね」
「だけどアタシは『身投げ』じゃなく、『事故』と考えているの」
「事故?」

「バッドエンドには変わりないわ……。
 長女は人間離れした肉体ゆえに、貫塗村で異形視され、ひどい迫害を受けていた。
 だから新しい居場所を求め、こう思った。
 『千々山集落へ行こう。そこならきっと、胸が大きすぎる私でも受け入れてくれる』
 長女は山奥の新天地を目指し、険しい道をひとり歩く。だけど、谷を越えようとしたところで……」

「ああっ!」
 セイルちゃんも気付いたようね。

「そう、見えなかったのよ。身に覚えあるでしょう? 大きな胸のふくらみに足元は遮られてしまう。まして『六尺超え』なら、その苦労はアタシたちの比じゃないわ」
「だから……足を踏み外して!」
 これが長女の身に起きた悲劇。その“ほんの”結末。

 希望ある見方をすれば、『深い谷底』はただの比喩とも考えられるわ。行方知れずで遺体も発見できない状況を、『光の差さない場所』で表現したのかもしれない。
 消息不明。どこかで生き延びた可能性も、ゼロじゃない。

「でもアイコさん、待ってください。いろいろ疑問です。
 村長の娘ですよ? 迫害されるなんて、立場的におかしいでしょう。
 それに、大きい胸は豊かさの象徴だ。実際この村では、どんなに巨大なバストも『良いもの』として扱われてるじゃないですか。なおさら迫害の理由にならない」

「ひとつずつ答えるわ。
 長女は“隠し子”だったのよ。だから村人も、きょうだいさえも知らなかった。
 村長は産まれたばかりの娘を見て、迫害される未来を予想したでしょう。そのため、表向きは死産としてこっそりお寺に預けた」

「いやいや……おかしくないですか? 産まれたばかりの子を見て、どうして将来巨乳になると分かるんです? まさか、0歳からすでに膨らんでいたとでも?」
「胸じゃないの」
「!?」
「白い髪に、白い肌」
「ええっ?……でも、そ、それは」

「つまり飯妻の長女こそ、妖怪・シロガラスの正体だったのよ!」(例のAA)
「な、なんだってーーー!?」(例のAA)



 順を追って話しましょう。
 まず、長女は妖怪などではなく、れっきとした人間として飯妻家に産まれた。
 しかし、約2万分の1の確率で起こるアルビノ(先天性色素欠乏)は、当時の農民の目にたいへん奇異に映った。だって見た目はまるで白人。外国人のようだったから。

「ここでセイルちゃんには、日本史の恥部を晒さなければならないわ……。当時日本にはびこっていた野蛮な思想を」
「開国間もない頃といえば……攘夷論。外国人排斥思想ですか?」

 そう。だから村長は……娘が迫害され、ともすれば家の名誉まで傷つく未来を恐れた。
 当時を思えば、忌み子として殺されていたかもしれない。あるいは見世物として売られていたか。お寺に預けるという判断は、まだ親としての情があったのかもね。

「すみません、その『お寺』というのは栗辺寺ですか?」
「いいえ。当時まだ栗辺寺は無かったわ。だって、千々山の開拓が始まる前だもの」

 資料館で確認したけど、貫塗村にはもっと古いお寺が一堂あった。山号(寺の名前)は特になく、養蚕で殺されるカイコを供養する寺だったらしいわ。そして明治2年に焼失している。
※[本編『地域振興課』第5話で、中山は、かつてこの地で養蚕が行われたことに言及している]

「名前がない……『名無しの寺』……それって!」
「姉妹唄のラスト。破り残された部分に出てきたでしょう? 三姉妹とのつながりがあるとにらんだの。ちなみにアタシの想像だけど、養蚕と縁あるお寺だったのは、長女にとって幸運かもね」
「なるほど。日本人はシルクワームを『おかいこさま』と呼ぶくらいだから……」

 たぶん、育ての親である住職は、こんな噂を流したんじゃないかしら?
「この子の白い身体は、蚕の霊の顕現。いじめるとバチが当たるぞ」
 そうすれば少なくとも、周囲の暴力からは守れたでしょう。でもその代償に、「尋常な人間ではない」というイメージも濃くなっていった。

 アルビノはメラニン色素が十分に作れないため、直射日光に弱い。気の毒だけど、長女は友達と外で遊ぶことも叶わなかったでしょう。夜型生活で、村人に目撃される機会も少なかったと思う。
 飯妻の長女はお寺の子として、貫塗村でひっそり育てられたの。
 だけど、次の悲劇は新時代の幕開けと共に起こった……。

「ところでセイルちゃん、日本の漫画好きって言ってたわね? 『るろうに剣心』読んだ?」
「あー、大好きです。ボクが読んだのは台湾語版の『神劍闖江湖』ですけど」
「え? それって京都編まで載ってる? 庵慈戦の、廃仏毀釈のくだり」
「廃仏毀釈なら知ってます。神仏分離令によって広まった、仏教排斥運動ですね?」
「さすが」

 そう。これもまた日本史の恥部。国家神道を掲げた新政府の号令は、「仏教を排斥せよ」と拡大解釈された。僧侶は厳しく弾圧され、暴徒化した民衆が寺や仏像を打ち壊したの。

「あれっ? さっきのお寺……明治2年に焼失というのは」
 さすがに気付くわよね。『るろ剣』の展開にそっくりだもの。

「タイミング的に廃仏毀釈の影響でしょう。お上の顔色を窺う村長は、立場上、村から寺を消さなければならなかった。よりによって、自分の娘を預けてある寺をね」
 たぶんこのとき、住職は村を追放されたでしょう。還俗(僧侶をやめること)で許されていればまだいいけど。

「なんてことだっ! ……しかし廃仏毀釈の影響は、地方によってまちまちだったと聞きます。ここでも起こったとは限らないのでは?」
「いいえ。あさこさんから聞いたのよ」

 初代住職の尼僧・栗辺フウが栗辺寺を建立したのは、明治12年。
 だけど『いかづち観音像』は、林業のお守りとして、開拓の始まりからあったもの。
 この約10年の差は、“隠れ寺”だった期間を意味しているわ。廃仏毀釈のほとぼりが冷めるのを待っていたのよ。
 貫塗村の寺を焼いた村長が、後に『シロガラスの足』を栗辺寺に奉納したのは、皮肉な話だけどね。

 話を戻すわ。
 お寺を焼かれ、行き場を失った長女が、その後どう生活していたかは分からない。
 仮に、村長がかくまっていたとしましょう。しかし今さら、自分の娘だとは誰にも明かせなかった。

 そして明治11年、動物連続怪死事件によって、貫塗村は集団ヒステリーに陥る。
「犯人は誰だ? 誰でもいい! 早く捕まえてくれ!」
 群衆が不安におびえる最悪のタイミングで、長女は“兄弟たち”に見付かってしまった。そして、犯人として捕らえらえたの。

「長女が犯人!? ……信じたくありませんが、それなら歌詞と一致する! 殺生はまさに『仏の教え』に反していますから」
「でも、アタシは違うと思う。真犯人は分からないけど、長女は無実。ぬれぎぬよ」
「なぜ?」
「彼女が『シロガラス』だから。そう名付けた父親は、彼女の無実を知っている」

 日本人てね、今でも「クロかシロか」を“Guilty or Not Guilty”(有罪か無罪か)の意味で使うのよ。国際社会では差別表現になるから、シンガポール人のセイルちゃんには馴染みないかしらね。
 白いカラスとはつまり、無実の罪をたとえていたの。

「じゃあ、長女が疑われた理由は? 一体なんの証拠があって?」
「不安におびえる村人の立場で想像してみて。8年前までちらちら目撃されていた『白い女』が、再び現れた。その胸は“人間としてありえないほど”膨らんでいる」

「はっ……!」
「決定打になってしまったのよ。長男・次男・三男はこう思った。
 『それほどの肥えた乳肉、獣を食ったに違いない。こいつは人ではない。あやかしだ!』」

「そんなっ……ひどい! 実のきょうだいなのに!」
「でも、ここで村長が待ったをかけた。『その女を村の者に見せてはならぬ』と、息子たちに命じた。
 だってこのままでは、外見だけで100%犯人と決めつけられる。探られたら血縁もバレてしまうかもしれない。
 村長は悩んだでしょう。家族に真実を打ち明けるか、それとも、あくまで隠し通すか……」

 そしてここからは本当に謎。
 一夜のうちに、長男・次男・三男は廃人となり、長女と四男は姿を消した。(ついでに隣家の馬も)
 飯妻家で何が起こったのか? 今や知る者は誰もいないわ。

 だけどアタシはさっきも言った通り、親の愛を信じたい。たとえわずかでも、父親としての情が残っていたと。

 村長は結局、一芝居打って長女を逃がしたと思うの。
 同時に、騒ぎ立てる村人を鎮めるため、架空の犯人をでっち上げた。
 人間には太刀打ちできない……間違っても“捕まえようなんて気が起こらない”、恐ろしい存在をね。
「すべては妖怪・シロガラスの仕業」
 そんな大胆な嘘で、真実を闇に葬ろうとしたのよ。

 ああ、もしかしたら長男・次男・三男も“仮病”だった可能性もあるわね。
 伝説上でも「一生治らなかった」とは明言されてないし。実際は、シロガラスの恐ろしさを強調するための演技だった、とも考えられるわ。
 その場合、飯妻家が一致団結して芝居を打ったことになる。ただし今度は、飯妻家が絶えた理由を説明できなくなるけどね。

 そして村長は長女に、「千々山へ行け」と言った。
 大きな胸でも迫害されないために。父と娘、今生の別れのつもりでね。
 向こうには次女と三女が暮らしているから、そこを頼りにしたのかもしれない。

 だけど……悲劇の結末。長女は山道で転落し、帰らぬ人となった。

   * * * * *

「すごい……。アイコさんの説、いくつか謎は残りますが、“妖怪”というファンタジーに頼らず伝説を再現できています!」
 ボクの考えは浅かった。モンスターとは、恐怖心と想像力から産まれてくるものだけじゃない。シロガラスは、姑息な“打算”と、せめてもの“償い”から産まれた妖怪なんだ!

「突然だけどセイルちゃん、あさこさんの下着の色、覚えてる?」
「は?」
「透けてたわよね? 白衣の上から」
「は、はい……。セクシーなバイオレットでした」
 思い出すたび興奮する。バスケットボールを入れてもまだ余りあるような……目を疑うほどの巨大ブラジャーだったな。

「ちなみにアタシは、パンツも透けてるのに気付いた」
(ええっ! 何を言い出すんだこの人は!?)

「色は同じくバイオレット。肉厚なヒップにぴっちり張り付き、ムチムチの質感をさらに強調していたわ。ケタ外れのおっぱいに霞んでしまいがちだけど、お尻の魅力も相当だったのよ!?
 はァ……本当にスゴかった♥
 あれはもはや肉感の暴力よ。もうね、『視覚で殴られる』ってあんなカンジ。さらにボリューミーな肉体から香るフェロモンは女同士でも心臓に悪いレベルで……」

「いやいやアイコさん、戻って来てー! なんでいきなりあさこさんをレビューしてるんですか?」
 卓上のKカップをぺちんと叩くと、プルルンと揺れた。(あくまでツッコミだよ?)

「おぉっと! そうそう、重要なのは下着の色よ」
「色?」
「バイオレット。つまり紫色。きっとあの下着は、『シロガラスの足』を扱うときの礼装だと思うの」
「礼……装?」
 テンションの上がったアイコさんについて行けず、オウム返ししかできない。
(なんで宝物を扱うために、わざわざ勝負下着があるんだ?)

「セイルちゃん、“仏旗”って知ってる?」
「はい? ……あの5色のやつですか? 寺院に掲げる旗で、お釈迦さまの精神や知恵を表わすという」
 国際仏旗は青・黄・赤・白・オレンジ(正確には樺色)の5色。それぞれに『禅定』や『金剛』などの意味が込められている。

「ただし日本では昔から、青の代わりに緑、オレンジの代わりに紫を用いているわ」
「すると、紫が意味するのはオレンジと同じ……『忍辱(にんにく)』ですね」

 よくネタにされるが、ガーリックとは関係ない。忍辱とは仏教用語。六波羅蜜のひとつで「怒りを抑え、あらゆる侮辱・迫害に耐え忍ぶ精神」を指す。
「あ……! 『侮辱・迫害に耐え忍ぶ』? これはっ!」

「その通りよ。シロガラス様へ向けた願い、あるいは長女への供養。
 『大きな胸を理由に迫害してしまった』
 『動物殺しの罪を着せてしまった』
 『許しておくれ。どうか怒らず、この辱めに耐えておくれ』
 紫色の下着は、そんな悔恨の意を示していたのよ!」

「こ、こじつけすぎですよ。下着の色なんて……さすがに偶然じゃないですか?」
 あれ? でも桐箱を封じていた紐も、紫色だったよな?

「しかしアイコさん。ここまで聞いておいてなんですが、ボクには分かりません」
「なあに?」
「最初に言ってましたね? 『ハズレで良かった』と」
 この懺悔はそもそも「あらぬ疑いをかけてしまった」という告白だ。

「これほどのストーリーを組み立てておいて、最後に自ら否定するんですか?
 あえてオカルトを“あり”としましょう。
 長女の人生がこれほど悲劇的なら……怨霊と化し、村人を祟るのも無理ないと思いますが」

「アッハハ、それが通じないのよー」
「?」
「さすが千々山村と言うべきか、アタシの説は最後の最後で覆されたの。シュート失敗! ボールはリングに弾かれたわ」
 清々しい笑顔で自説を否定するアイコさん。(なぜバスケにたとえるんだ?)

「だって、おっぱい巨大化の祟りなんて、まったく攻撃にならないんだもん。
 千々山村では、『おっぱいはどれだけ大きくても良い』!
 この前提がある限り、長女が迫害された苦しみを、村人に味わわせることは不可能だわ。
 圧倒的ポジティブの前には、恨みなんて無力。バカらしくて霊も成仏しちゃうってもんよ〜。
 祟りなんて無かった! 想像力豊かなおばさんの妄想だった、ってワケ☆」

「…………」
「すいぶん長話になっちゃったけど、これで懺悔はおしまい」
「…………」
「セイルちゃん?」
「……やはり、分かりません」
「えっ?」
「アイコさんの説は否定できない。スジが通っちゃってますよ」
「どういうこと?」

「『おっぱいはどれだけ大きくても良い』。その“思考”も含めて、長女の祟りということです」
「!?」

「いや、もう『祟り』なんて言い方は相応しくない。むしろ『祈り』です!
 健気すぎる……。あんなに辛い仕打ちを受けながら、長女は誰も恨んでいなかったんだ!
 恨みはなく、ただ無念だっただけ!
 大きな胸が『良いもの』として称賛され、皆と楽しく暮らせるところ……そんな“約束の場所”にたどり着きたかった。それだけだったんですよ!」

「はっ、じゃあ今の千々山村は!」
 アイコさんも気付いたらしい。ボクの言いたいこと。あえて胡乱な言い方をすれば「集団催眠」という可能性に。

「長女の霊は、“現在進行系で”夢を叶えているんじゃないですか?」

「…………」
 こんな展開、予想外だった。アイコさんが外したシュートを、ボクがリバウンドで決めてしまうなんて!

 ズガガガガガガガガガガッ!!!!!

「「うわっ!!?」」
 驚いた! ビクッとすくみ上がって、卓上のおっぱいがタプンと浮いたぞ。
 気まずい沈黙を破ったのは、削岩機のような破壊音。聞こえた方向を振り向くと、2度目の驚きが待っていた。
「「ええーーーっ!?」」

 ズガガガガガガガガガガッ!!!!!

 店内の一角に敷かれたゴザの上で、さっきの看板娘が石臼を回していた。
 だが、ただの石臼じゃない。直径70センチはあろうかという、あまりに巨大な代物! それを片手で軽々と、目にも止まらぬスピードで回していたのだ。
 立ち膝で上体をかぶせ、石臼を見下ろす体勢。左手をつきながら、右腕をめいっぱい伸ばして円運動させている。そうしないと腕の長さが足りないのだろう。

(まさか今のは、ソバの実を挽く音だったのか!?)
(ウソでしょ!? あの石臼、重さ100……いや150キロはあるんじゃない? それをあんな細い腕で!)

「あっ、ごめんなさーい。うるさかったですか?」
 看板娘がボクらの視線に気付く。

 改めて見ても、華奢な体型に清楚な顔立ちの美少女だ。きっと小学生。あずさくんより1、2学年下だろうか?
 胸はほんのり膨らみかけ程度で、エプロンの上からはほとんど分からない。紺色の三角巾に黒髪をまとめ、清純無垢な瞳をこちらに向けている。どこからどう見ても、いたいけな“孝行娘”そのものだ。
 だからこそ信じられない。さっきの怪力を思わせる要素は、何ひとつ無かった。

「あー、お客さん、お話のじゃましてスイマセンね」
 調理場から出て来た店主が、笑顔で言う。
「ウチは食った後も好きなだけくつろいでいいんで。どうぞ気にせずゆっくりしてってください」
 肩幅の広い筋骨隆々とした中年男性だった。なるほど、彼が父親か。

「モモカぁ、手伝ってくれんのはありがてぇが、今日は上がっていいぜ」
「えっ? もういいの?」
 ももかと呼ばれた看板娘はケロっとした表情で問い返す。少しも疲れていない様子だ。スタミナも測り知れない。

「おう、臼だけ片付けといてくれや」
「はーい」
「「!!!?」」
 3度目にして最大の驚きだった。ももかくんは石臼をヒョイと持ち上げ、軽々と小脇に抱えて立ち去ったのだ。

 せっかく店主が気を遣ってくれたのに。ボクもアイコさんも、しばらく唖然とするのみだった。
 石にはちょっと詳しいボクが見たところ、あれは白御影石。ならば重さは150キロを超えるだろう。
(すごいものを見てしまったな……)
 あの人間離れした腕力、『鋼の錬金術師』のキャスリン・アームストロングみたいだぞ!? ※[作中でグランドピアノを片手で持ち上げている]

「あのぉ……娘さん、ずいぶん力持ちなんですねえ。驚きましたよ」
 恐る恐るといった感じで、アイコさんが店主に話しかけた。

「ハハハ、ウチは力自慢の一家でしてね! 中でもアイツは別格なんですよ」
 上機嫌の店主は、力こぶのあたりをパンと叩く。
「家族で腕相撲しても、息子にゃまだまだ負けねぇ俺ですが、モモカにゃ勝てません。小4の娘に負けるなんて、父親として情けねぇ話ですわ。アッハッハ!」

 腕力は父親譲りかもしれない。が、ももかくんのパワーは父親をもとうに超えているらしい。

「すると、奥さんも相当な?」
「そりゃまあ、女房も腕っぷしは強い方ですよ。前は一緒にソバ作ってたもんです」
「あら、今はご一緒ではないの?」
「モモカを産んだ後、胸がでっかいまま戻らなくなっちまいましてね。切り場・茹で場を任せられなくなったんですわ。なんせ手元が見えねえんじゃ、危なっかしくて仕方ねえ」

 えっ、一体どれだけのサイズなんだ? この村では珍しく、ももかくんは標準的な胸だけど、母親は違うのか……。
※[伊上ももかのバストは発育がやや遅めなだけである。2年後、小6の頃には92センチIカップまで成長し、ボニータVitaの下着モデルを務めることになる]

「それで母親の代わりにと、モモカは店の手伝いをがんばってくれるんですよ」
「親孝行な娘さんでいいわねえ〜」
「ハハハ、俺にゃできすぎた自慢の娘さぁ!」

 親同士の会話に参加できないまま、ボクは内省していた。ももかくんの超パワーを目の当たりにし、つくづく思い知らされたのだ。
(人体の神秘。その、なんと深遠なことか! ミレイ……キミは医学部でそれを学んでいるんだね)

 さっきまでボクらは、妖怪や祟りなど超常的存在について話していた。アイコさんの仮説も、あくまで「オカルト有りき」。ロマンはあれど、現実的ではない。

 だが、そうしたファンタジーに依らずとも、人間の体にはまだまだ“不思議”が尽きないのだ。
 アルビノしかり。千々山の豊乳しかり。ももかくんの怪力しかり。飯妻次女・三女の超感覚しかり。(ミレイの胸をここに並べるのは失礼かな?)

 理解を超えたものを「ありえない」と切り捨てるのは簡単。しかしそれは科学的態度ではない。現実を前にボクらは真摯でなければならない。

「あら? 外が賑やかになってきたみたい」
 アイコさんが気付いた。ボクも窓から外を見てみると、
「お年寄りが何人か集まっていますね」

「ああー、もうすぐ教室の時間だからな」
「教室?」
「あそこにいるお年寄りは、合唱サークルの皆さんですよ。認知症予防にと、けっこうな人数が参加してます。会場にウチの音楽教室を使ってくれてるんです」
「音楽教室? 『ウチの』って……こちら、お蕎麦屋さんですよね?」

「おっ、美人の姉ちゃんよく聞いてくれた! ウチの店は表と裏の両面経営でさぁ。俺のソバ屋の裏手に回ると、女房の音楽教室ってワケよ」
 なるほど。そういえば店に入る前、『ひびき音楽教室』の看板を見た気がする。

「奥さんが先生をなさってるの?」
「はい。胸がでっかくてもオルガンは弾けますからね。こう、腕を伸ばして」

 おや? さっそく向こうからオルガンの音が聞こえてきたぞ。……かなり外れたメロディーだけど。
「あー、こりゃモモカだな。アイツ、タケシと違って楽器の方は上達しねえなぁ」
 苦笑いする店主。

「息子さんは音楽の才能があるんですか?」
「まあね。ウチの息子、秋祭りののど自慢大会で優勝してるんですよ。太い指のくせにピアノも弾きこなします。ずんぐりした体型とタケシって名前のせいで、よく『ジャイアン』にたとえられますが、そこだけはマンガと正反対なんですよー、ハッハッハ」
 へえ、面白いな。するとジャイ子がももかくんか。……うん、似ても似つかないな。

「ねえセイルちゃん、これってチャンスじゃない?」
「ハッ! そうだ!」
 あさこさんが言っていた。『ご年配の方なら』姉妹歌を歌える人物がいるかもしれない、と。

「お会計お願いします!」
「あ、これ使ってください」
「おお、またかい。さっきのお客さんも持ってたけど、意外と売れてるんだねえ、『青いきっぷ』」

   * * * * *

―作者注―
 今回は主に伝説の考察だったため、不確定な話が多く、混乱した読者もいらっしゃるでしょう。
 青梅アイコの組み上げたストーリーも、事実とは大きくズレています。
 演出の都合上、読者の皆さんには“真実”を3つだけお伝えします。推理のカギとして役立て、物語を楽しんでいただければ幸いです。

・事実では、妖怪も怨霊も、そしてアルビノも登場しません。
・飯妻家の長男・次男・三男は、演技でなく本当に廃人となり、一生治りませんでした。
・飯妻家の長女は事故でなく、ある女性の作為によって高所から転落しています。

つづく