千々山村自然教室

唐鞠 作
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「おーい、楽しくやってっかー?」
 道路の方から聞こえた声に振り向くと、トラックを降りた男性の姿がありました。

「あっ、ケイジさーん! こっちこっち」
 徹郎くんが元気に手を振ります。知り合いでしょうか?
(ビクッ!!!)
 ん? 一瞬、ナッちゃんが驚いたような反応を見せましたわね?

「悪ぃなテツロー。ちょい遅れちまったが、約束のメロン届けに来たぜ」
「いやいやグッドタイミング! 今ちょうどバーベキュー終わったとこなんだ」
 指パッチンして喜ぶ徹郎くん。アイスに続き、またしてもデザートの差し入れとはありがたいですわね。

 話を聞いたところ、この人は高岡景治さん。徹郎くんのいとこのお兄さんで、メロン農家をしているそうです。午前中にインストラクターをしてくれた林さんと、年齢は同じくらいでしょうか。たくましい体格に善良そうな顔つきの好青年でした。

「「「やったー!」」」
 ちょうど食後にさっぱりしたものが欲しかったところ。皆も大喜びで歓迎していました。
 発泡スチロールの箱から取り出された、氷で冷え冷えのマスクメロン2玉を仁科さんが受け取ります。サイズ的にかなりのものですが、彼女自身の“大玉”と比較するとどうしても小ぶりに見えてしまいますわね。

「ありがとうございます。残り物ですみませんが、お肉と野菜、少し召し上がっていきませんか? 子どもたちがさばいた鶏肉ですよ」
「おっ、じゃあせっかくですし、ごちそうになります」
 仁科さんに勧められ、照れ笑いしながらお皿を受け取る高岡さん。

 しかし彼もまた、間近に迫るRカップに視線を奪われる様子がありません。
(ううむ……この村では、成人男性でもおっぱいに興味ありませんの? それとも、仁科さんレベルでも注目に値しないってコト?)

 いやいやまさか! あれ以上のサイズが日本に存在するもんですか! きっと仁科こそ村のチャンピオン。「後輩に越された」なんてのも謙遜でしょう。
 わたくしは今、生涯出会う中で一番の巨乳さんを目にしているに違いありません。

「すっごぉい……網目も美しくて、高級そうなメロンですね」
「本当にありがとうございます」
「いやいや、どういたしまして。ハハハ」

※[このとき、高岡景治は宮方瞳(Aカップ)のスレンダー体型に催した劣情を、強い意志で振り払っていた。
 実際のところ、彼も中山・加藤と同じく微乳好きである。だがその前に、良識を重んずる社会人。いくら小さな胸が魅力的だからと言って、子持ちの人妻に性的な視線を向けてはならない。
 彼の動揺は、この場にいる誰にも悟られなかった]

「メロンは村の特産品なのよ」
「わぁい♥ あたし大好きなんよ」
 竹上さんが切り分けたメロンを受け取るいつきちゃんは、本当に嬉しそう。頭身の高いモデル体型のてっぺんで、無邪気な笑顔を咲かせていました。

「あ、みなさーん。ひとつお願いがあります」
 おっと何でしょう? 徹郎くん、急に改まって。
「このメロン、オレが5月から育てて、観察してきたやつなんです。自由研究でもあるんで、食べたら感想聞かせてください」

「マジか!? やるなーテツロー」
「こんな立派なのをお前が育てたのか!」
「はい。ケイジさん家のハウスをちょっと間借りして作りました」
 亮平さんと岳さんが驚きとともに称賛します。

「ひゃあ〜、スゲーなぁ。本格的な研究で」
 そんな中、ひとり冷や汗をかくチホちゃん。

「カエデは『スク水改造』。アズサは『村の歴史』。ヨースケは『ハーブ研究』だろ? 5年のテツローまで『メロン栽培』だなんて! 手の込んだやつばっかじゃねーか」
 確かに。プレッシャー感じるのも無理ないでしょう。

「チホちゃんも自由研究がんばってね。せっかくお友達になれたことですし、協力は惜しみませんわよ」
「うん、サンキュ☆ ルミちゃん」
※[約3時間後、越出馬ルミは今の発言を激しく後悔することになる]

「さすがだねえ。徹郎くんも将来農家になるの?」
「えと……はい、そのつもりっす」
「偉いなあ。将来の目標に向かって今から努力しているんだね」
 あまねちゃんに褒められ、高岡さんとそっくりな照れ笑いをする徹郎くん。

「またいつでも言えよ。親戚として力になるぜ。タカオカファームで経験積ませてやっからな」
 高岡さんも上機嫌で彼を励ましました。

「…………」
(あら? 今、青梅さんの表情が曇ったように見えましたわね)

 そういえば、小瀧さんからアイスの差し入れを受けたときもあんな感じだったような……。
 もしや、甘いものを控えているのかしら? チホちゃんの減量エピソードに興味を示してましたし。

 ちょっと気になりましたが……わたくしの興味はすぐに、美しい黄緑色の果実に引き戻されるのでした。
 氷で冷やされていたので、たぶん今、フルーツが最も美味しいとされる4℃に近いんじゃないかしら? 絶好の食べ頃を逃してはいけません。

「甘ーい☆ しあわせ〜」
 早くもナッちゃんが至福の表情で堪能しています。

「本当に来て良かったー。こんな最高のメロン、一生で二度と味わえない気がするよ!」
「そんな大げさな」
「帰ったら自慢してやるもんねー。おかあさんもおねえちゃんも大好物だから、きっと悔しがるぞぉ……フフフ」

 いざ、わたくしも。普段はスプーンでいただくメロンですが、今は自然教室。たまには手づかみでかぶりつくのも悪くないですわね!
 溌剌と張り出したGカップバストに果汁を垂らさないよう、気をつけながら口に運びます。

「おお、デリシャス……。シルクのように滑らかな舌触りに、すっきりした甘さ。エクセレントですわ!」
「アハッ☆ よかったなテツロー。お嬢様が認めたぜ」
「ルミさんあざっす! じつは完熟にはまだ早いかな〜と、ちょっと心配だったんすよ」
「まあ、熟すとさらに甘くなるんですの? でも、身の柔らかさは今がベストだと思いますわ」
「そうです。じゅうぶんしなこいです」

(?)
 いつきちゃんのこの一言――何気ないメロンの感想に抱いた、小さな疑問。
 それは、この自然教室に隠された謎を解くための、ほころびの一端だったのです。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 卯野医院のスタッフは少人数でせわしなく働いていた。
 事前調査で、生活習慣病の少ない健康長寿の村だと知っていたけれど。それでもやはり、待合室に高齢者の姿が目立つのは、全国と変わらない。
 しばしば社会問題としてとり上げられる『過疎地の医療現場』――学生として、多くのことを学べそうだ。

 ちょうど遼子先生は本職場(小学校)から帰宅していた。
 しかし、今ははるちゃんの治療が先決。

「ウチの児童を助けてくれてありがとう。路上での応急処置、よくできていたわ」

 先生はそう言ってくれたが、熟練の手技とは比べるまでもない。日々慣れ親しんだ“保健室のせんせい”だけあって、不安げだったはるちゃんの表情も、今はすっかり和らいでいいた。

「いえ……私は洗浄だけで、ほとんど加藤さんがやってくれたんです」

 その加藤さんは今、玄関でスロープの手すりを修理している。はるちゃんを預けた後、手持ちぶさたにしていたら、元院長に突然頼まれたのだ。
 この炎天下、イヤな顔ひとつせず外作業を引き受けるなんて……彼は本当に良い人だと思う。

 そうなると私も、ただ見学しているのは忍びない。
 借りた看護服に身を包み、雑用を手伝っていた。大学に無許可で治療行為は行えないから、検温や血圧測定、器具洗浄などを。

「おやまあ、新しい看護婦さんかい?」
「べっぴんさんだねえー。こりゃ驚いた!」
 などという、患者さんの声に答えるのもなかなか大変だ。(こんな平らな胸の容姿を、やたらと褒められるのはなぜだろう?)

 遼子先生とのお話は、午後の診療が落ち着いてから。それまで臨床実習のつもりで、微力を尽くさせていただこう。
 と、意気込む私は――まさに今、忍び寄るよこしまな気配をさとれずにいた。

「ギャッ!」
 背後でしわがれた悲鳴。何事かと振り返れば、

「お〜い〜、何してんだァ? エロジジイ!」
「いたっ、痛たた……ゴメン、ごめんって!」
 老人の手をひねり上げる、小柄な看護師の姿があった。

「美人のケツ撫でるの我慢できねーほど、ついにモウロクしたかよ? オイ!」
「!」
 かあっと赤面する。どうやらこの老人、私のお尻に手を伸ばしたところを捕まったらしい。

「や、やよいっ……そんな乱暴な言い方、失礼じゃないか」
 別の患者を診ていた院長・卯野清広先生が、パーティションの向こうから顔をのぞかせ注意する。
 190センチ近い大柄な男性だが、どこか気弱そうで威厳に欠ける。ずんぐりした体型と柔和な顔から、さしずめ「やさしいクマさん」の印象だ。まだ30代と若く、院長を継いだばかりらしい。

「わーったわーった。ったく甘ェよな、アニキは」
 こちらは卯野やよいさん。院長を『兄貴』と呼んだ通り、血縁上でも妹にあたる。
 さっきから看護師とは思えない口調で話しているが、アニメ声のため全然すごみがない。金メッシュの髪はいかにもヤンキー風だが、童顔だし、身長も150センチちょっとだろう。私よりも年上に見えない。

 そんな小柄な体躯と不釣り合いに、バストはとてつもない大きさ。明らかに特製と分かるナース服が、張り裂けんばかりに隆起している。華奢な胴体をはみ出して広がり、前方への突出も軽く20センチ以上ある。
 134センチVカップの匹田さんと比べても、決して引けをとらない。体積は少し及ばないだろうが、体格とのギャップが凄まじいインパクトを生み出している。その点、長身な匹田さんとは対照的だった。

 『不思議の国のアリス症候群』という言葉がある。ものの大きさ、または距離感が狂って知覚されるというもので、『小視症』『大視症』とも呼ばれる。かの有名な児童文学で、主人公の少女が薬で巨人化・小人化したことにちなんで名付けられた。
 やよいさんの胸を始めて見たとき、そんな感覚に陥ってしまった。縮尺がズレたように、胸だけ飛び抜けて大きく見えたが……錯覚ではない。現実なのだ。

 ところで、私がその言葉を思い出したのは、彼女の名前のせいだろう。『やよい』と『卯』から、三月ウサギ(マーチヘア)を連想したのだ。
 ちなみに……続編『鏡の国のアリス』で、三月ウサギは『ヘイヤ』と名前を変え再登場するけれど、こっちはさしずめ私のことかしらね。『平野』だなんて。

 とにかく、そんなトリックアート級のバストだから、私がひと目見て乳腺肥大症(breast hypertrophy)を疑ったのも、仕方ないだろう。
 重さも左右で10キロはありそう。あんな負荷に耐えて生活するなんて、ちょっと想像がつかない。よく前後のバランスがとれているものだ。つまさきはおろか、手元すら見えないのではないか?

 しかし――そんな心配も杞憂。
 実際、彼女はたいへんパワフルに看護師の仕事を務めていた。

 たとえば先ほども、
「ほーら、点滴のハリ外すぞー。動かすなよー」
 と、膨大なクッションに埋めるように、患者の腕を押さえていた。
 それを目にした私は、圧倒されてつばを飲み込んだ。もしも服越しでなければ、谷間ではなく“片方の乳房に”埋没させることも可能だろう。

 態度こそ荒っぽいけれど、その奥には飾らない愛がある。患者たちにもそれは伝わっているらしい。バイタリティにあふれる彼女は、卯野医院に欠かせない存在として慕われていた。

「スンマセンッ! 姐さんの客人にシゴト手伝わせるだけでも申し訳ねェのに!」
 とまどう私に向かって、ほぼ直角に頭を下げるやよいさん。
 ぶるぅんっ! と揺れる慣性で、前のめりに転ぶのではと、一瞬思ってしまった。

「だ、だいじょうぶですよ。ありがとうございます」
「気をつけてくださいね。ミレイさん、ここじゃとびっきりの美人っスから」
 えっ? どういう意味だろう?

「うォイ! 横塚のジーサン!」
 やよいさんは再度、老人をギロリとにらみ付ける。『ジジイ』から『ジーサン』になっているのは改善したつもりなのだろう。

「ったく油断ならねーぜ。いいかァ? 次スケベなことしやがったらな……その干からびた手ェ“挟んで折る”ぜ!」
 ずしっ! と巨大な胸を突き出しながら警告する。あのボリュームなら本当にできかねない。

「わ、わかった! ごめんよ! 二度としないよ」
 ドスを利かせた(でも全然怖くない)脅しに、横塚老人は後ずさりながら謝罪する。

 そこへ私が嫌悪の視線を投げかけると
「!」
 彼は心臓に孔(あな)を穿たれたようにすくみ上がり、沈黙した。

(やっぱりね……)
 うすうす自覚していたけれど。そんなに冷たい目をしているのかな……私。

「おじいさん、ダメッ!」
 ぴょこんと現れたのは、はるちゃん。視界に入ったとき、リンゴ半分ほどもあるCカップバストがプルンと揺れた。何度見ても、あれが7歳児の身体だということに驚かされる。
 治療が終わったのだろう。膝には清潔な包帯が巻かれていた。

「ミレイおねえさんは、わたしをたすけてくれた、やさしい人なんだから! エッチなことしちゃダメ!」
「うぅ……」
 小学2年生による追い打ちがよほどこたえたのか、横塚老人は神妙に頭を下げ、すごすごと退室していった。

 はるちゃんの今の言葉は、まっ平らな胸を突き抜けて、私の心にも響く。じんわりと浸透する温かさが、冷血な自己像を否定してくれた。

「はるちゃん、ありがとう」
「あっ、ミレイおねえさん笑ったー☆」
「えっ?」
「やっぱり、笑顔の方ががすてき♥」

 涙をごまかす作り笑いだったのに。容赦なく心を揺さぶってくれる。
(……ダメよ。いくら似ているからって、はるちゃんは『あの子』じゃない……)

 はるちゃんに慕われたところで、あの子から許されたつもりになってはいけない。
 10年前、私は無知な正義感から、あの子を深く傷つけた。
 その罪を今さら償うなんて、できやしないんだから……

「よかったなー、はるちゃん」
(!)
 ハッと我に返る。やよいさんの快活な声が、後悔の記憶をカットしてくれた。

「おおー、さすが姐さん。スゲーきれいに手当てされてるぜ」
「はい。リョーコせんせいにみてもらったから、わたしはもうだいじょうぶです。おとうさんかおかあさんがむかえに来るまで、ここで待っています」
 はるちゃんはハキハキと答える。本当に良い子だ。

「かとうさんにも、おれい言ってきまーす」
「こらこら、傷口開いちまうぞ。ゆっくり、ゆ〜っくりだぞ?」
「はーい」
 と、心温まるやりとりを交わしているところで、

「ンン? ……さわがしいな」
 病床に寝ていたもうひとりの男性が、むっくりと起き上がる。日焼けした肌に髪の白さが目立つ、アロハシャツ姿の老人だった。さっきの横塚さんよりさらにご年配だろうか。

「あ? ドコだぁ……ここは?」
「おっと! アニキー、トミサク先生が目ェ覚ましたぜー」



 植物学者・米岸富作先生は、山野草やキノコのエキスパート。地域の固有種も研究しているという。遼子先生とは別に、ぜひお話をうかがいたかった人物だ。
 加藤さんからは、『午前中、熱射病で医者に運ばれた』と聞いていたが……まさか、こんな形で出会うとは予想していなかった。※[第10話参照]

「――つーワケで、ユーキが先生を運んで来たんだよ。周りのみんなも心配したんだぜ?」
※[『ユーキ』とは、林業従事者の青年・林勇基のこと。卯野やよいにとっては、2歳年下の幼なじみである]

「そうかァ……チッ、日照りごときで倒れるなんざ、俺もヤキが回ったぜ」
 彼もなかなかすごみのある口調で話す。やよいさんと違ってこちらは強面だから、威圧感を感じる。80歳にしては壮健なご老人だ。

「ありがとよ。世話ンなりついでで頼むが、電話貸してくんねぇか? 孫に連絡してえ」


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 村の子どもたちから「魔女の店」と噂される、『六草苑』。
 店内に並ぶ乾物棚には、多種多様な野草やキノコ、それらを加工した茶葉がしまわれている。他にもいわく有りげなインテリアで飾られ、ダークな雰囲気を醸し出していた。
 現在、客はひとりもいない。弱冠20歳の店主・アルジーヌは、ペットの黒イモリに餌をあげている。
 そこへ、1階のアンティーク電話が鳴った。

「はいは〜い……今、出ますよぅ」
 黒のサマーセーターに包まれた胸が、階段を下りるごとにドユンドユンと弾む。そのサイズは、ほぼ竹上ななえの推定通り――109センチのOカップ。
 対して身長は150センチに届かないので、彼女も卯野やよいと同タイプ。昭和期に『トランジスタグラマー』と呼ばれた体型の持ち主だ。

「もしもし……あっ、おじいちゃん?……よかったぁ。熱中症で運ばれたと聞いて、ハラハラしましたよぅ」
<オウ、心配かけたな。もうすっかり回復したからよ。俺のことぁ気にせず、しっかり5時まで店ェ開け。迎えも要らねぇからな>

「えぇ? じゃあ、どうやって帰るの?」
<また、林のコゾウを迎えに来させらあ>
「そんなぁ……2度も使いっぱしらせちゃ、悪いですよぅ」
 本名を隠し、魔女を自称するアルジーヌだが、社会人としては意外に良識派である。浮世離れしているのは格好だけだった。

「今からワタシが迎えに行きますぅ」
 日本に来てからの2年間で、すでにアルジーヌは普通車運転免許を取得している。

<だめだ! 『六草苑』の看板継がせたからにゃあ、これしきのことで早じまいは許さねェ>
「だったら閉店後に行きますからぁ……それまで卯野さんで休ませてもらってください。みなさんに迷惑かけちゃいけませんよぅ」
<あー、わかったよ。仕方ねェな>


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 子機の外線ボタンを押し、米岸先生は電話を切る。

「まあ……そういうコトでよ。孫が迎えに来る5時過ぎまで、また寝かせてもらうぜ」
 そう言ってひとつ大あくびをかくと、再びベッドに横たわった。
 残念だが、今はお話を伺える状況ではないだろう。

「オッケー。んじゃ、安静にしとけよー」
 彼を見届けたやよいさんは、別の患者のもとへと向かう。私も仕事に戻ろうとしたが、

「あ、ちィと待ってくれや。背の高い嬢ちゃん」
 天井を見上げたままの米岸先生に呼び止められる。

「どこ見て分かったかは言わねェが……お前さん、村のモンじゃねェな?」
「!」
 村に存在しないであろう胸(AAカップ未満)から、私がよそ者だと知られてしまった。羞恥を感じたが……もはや今さらという感じだ。

「はい。△△大学医学部4年の志木沢と申します。旅行客ですが、ご縁でこちらのお手伝いをさせていただいてます」
「んー……そうか。医者のタマゴか」
 自己紹介しながら期待する。この流れで質問できるだろうか? 村人が摂取する、“特殊な野草”の有無を。

「まァとにかく。旅行の時間をムダにしねェよう、前もって言っとくぜ」
「はい?」

「乳ふくらます草ァ探しに来たンなら、そんなもん、どこにもありゃしねェぞ」

「!!?」
「……そんだけだ」
 断定的なセリフを言い残し、米岸先生は目を閉じてしまった。

「…………」
 残された私は困惑するばかりだった。
 村を訪れた目的が暴かれたのは、碓かに気まずい。
 そのうえ、豊胸効果のある植物など『どこにも無い』と、専門家に断言されるなんて!
 これには正直、ショックだった。

(が……良し!)
 これもある意味“進展”だ。疑わしい候補をひとつ潰せただけ、研究は一歩前進したと言える。

「ハァイ、ミレイちゃんお待たせー」
 そこへやって来たのは遼子先生。

 名前にちゃん付けで私を呼ぶが、
「ゴメンね。子どもたち相手に、そっちが慣れてるのよー」
 と断っていたので、全く気にならない。
 それに彼女は同学部OG。私の先輩にあたる。親密な関係は、より多くの情報を聞き取るためにも望ましい。

「お仕事もういいわよ。手伝ってくれてありがとね」
「こちらこそ。貴重な体験をさせていただきました」
 私は気をつけの姿勢から礼をする。

「午後の診療も落ち着いたし。あとは急患でも来ない限り、清広さんに任せて大丈夫でしょ。約束通り、じっくりお話しましょ♥」
「はい! ありがとうございます」
「その前に、元の服に着替えてらっしゃいな。あっちの応接室で待ってるわ」
「わかりました」

 いよいよだ。この実地調査(フィールドワーク)の最重要パート。遼子先生へのインタビューが始まる。
 はるちゃんを見てから特に気になっていたのが、発育の早さ・速さだ。多くの千々山女性がそうなのだろうか? 小学校養護教諭の遼子先生こそ、最も詳しい人物のはず。ぜひ訊かなければ。

(だけど……)
 質問を始める前に、ひとつ重要なことが分かってしまった。他でもない、遼子先生の姿から“察して”しまったのだ。

 匹田さんの事例から、私はこのように推論していた。
『千々山村の奇跡において、“遺伝”は十分条件ではない。“環境”は必要条件である』

 しかし、村で9年暮らした遼子先生のバストは――


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 卯野医院の玄関。頭に手ぬぐいを巻いた加藤康太郎は、スロープの手すりを修理していた。
 無償で引き受けた割には重労働だが、“頼れる男”を見せたことに後悔はない。

 悔し涙の理由は、ついさっき、富士岡はるからある情報を聞いてしまったこと。

「えーっ!? ホントに? 志木沢さんも中で働いてるの?」
「うん。ミレイおねえさん、かんごしさんの服着ててー、かっこよかった♥」

(うおおおお!!! 志木沢さんのナース服姿、見てえええーーー!!!)
 一刻も早く仕事を終えて戻らねば、と、加藤は急ピッチで作業を進めるのだった。

つづく