「ナッちゃん、あなた何者ですの?」
「ん?」
小学4年生『三森なつ』ちゃん。あなたもわたくしと同じ、自然教室の“異分子(イレギュラー)”なのでしょう?
だって、あなたほどおっぱいにポジティブな女子小学生はいない。自前のEカップも恥じるどころか、むしろ誇っているじゃない! ゲストに選ばれるはずがありません。
それとも……ハイテンションで天真爛漫な『ナッちゃん』は、仮面なの?
じつは人知れず、発育の良すぎるカラダに悩み、学校も休みがちだったりするの?
まさか、ありえませんわよね。これまでの行動・言動をふり返れば、到底そうは思えません。
取り戻すまでもなく、あなたは自然体。欲望のままにわがままに、大きなおっぱいを愛している。
しかし、脳天気っぽく見えるツインテールの頭は、ここぞという時に意外な冴えを見せてきましたわよね? 失礼ですが、わたくしが思っていたよりずっと切れ者だったようです。
もうひとつひっかかるのは、あなたにだけ“比較対象”がいないこと。
村の女子と交流させるのは、自分の胸を「異常じゃない」と安心させることが目的。ならば主催側は、同学年で最も胸の大きい女子を連れてくるのが有効でしょう?
青梅さんには、竹上さん。(おそらく中2最大)
わたくしとあまねちゃんには、チホちゃんとかえでちゃん。(小6最大)
いつきちゃんには、さやちゃん。(小3最大)
だけど、ナッちゃんだけは例外。Eカップ以上の小4が用意されていません。
もっとも……さやちゃんはあなたより年下で1カップ上ですから、彼女で事足りると言えば、そうなのですが。
ただ、わたくしにはこう思えて仕方ないのです。
あなたは、文科省の人選ミスで切符を手に入れたのではない。
どういうわけか、自然教室の開催目的を事前に知っていた。ここが巨乳村であることも。全国から選りすぐりの巨乳小中学生が集まることも。
当然、おっぱい大好きなあなたは……“どんな手を使ってでも”参加したかった。
「――と、ここまで。イジワルな追及に聞こえたらごめんあそばせ」
「…………」
ナッちゃんは黙ってわたくしの説明を聞いています。
「あなたの明るさには多くの仲間が救われたし、わたくしもその一人ですわ。出会いに感謝してる。友達になれて本当に嬉しい。だからこそ……真実が知りたいんですの」
これが敵意ではないことを断った上で、詰問を始めます。
「この切符、本当にあなた宛てに送られてきたの?」
「…………」
「保護者同伴じゃないのはどうして? お母さんは本当に一人旅を許しているの?」
「…………」
沈黙を続けるナッちゃん。しかし今、わずかに目を泳がせました。
「徹郎くんが高岡さんを『ケイジさーん』と呼んだとき、ビクッと反応してましたわね?」
「!」
「あれは『刑事さん』と勘違いしたからでは?」
「…………」
「まさか、おまわりさんを怖がるようなことは、してませんわよね?」
「……うッ」
「もう一度訊きます! ナッちゃん、あなたは何者? 本物の『三森なつ』ですの!?」
再三の問いに、ようやく観念したのでしょうか。
「……フッ」
「!?」
彼女は見せたことのない表情で、ニヤリと笑ったのです。
「じゃあ……あらためて自己紹介するね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「改めて自己紹介するわね。卯野遼子、33歳。千々山小学校の養護教諭をかれこれ9年続けているわ」
「△△大学医学部4年生。志木沢ミレイです。本日は調査にご協力いただき、ありがとうございます」
応接テーブル越しに向き合う遼子先生に、私は頭を下げた。その際にもチラ見する。
(やっぱり、彼女の胸は……)
「アハハ、そんな畏まらないでよー。それにせっかく同じ大学なんだし、『先生』より『先輩』って呼ばれたいなー……な〜んて、図々しいかしら?」
「はい、ではお言葉に甘えて。よろしくお願いします、先輩」
気にするほどの年齢でもないだろうに。化粧なしでも頬の張りは若々しく、ぴちぴちした肌ツヤだった。
しかし、その印象は「健康的」よりも「妖艶」が先にくる。
睫毛も艶やかな切れ長の目。端正な鼻筋に、なまめかしい唇。解かれた黒髪はゆるいウェーブで、細い肩をフワリと撫でる。ミニスカートから伸びたしなやかな両脚を揃え、くの字に折り曲げた姿勢もセクシーだ。
本人には言えないが……小学校勤務というのが場違いに思えるほど、妙に蠱惑的な雰囲気だった。年頃の男子をいたずらに刺激しないだろうか? と心配になってしまう。
ソファに座る彼女は、白衣の前を留めず、袖も通さず、マントのように羽織っている。その下には濃紺のカットソー。胸部の陰影と谷間の露出から察するに、ハーフカップのブラを着用しているようだ。
はたして「どっち」だろう?……あのサイズでは判断に迷う。折を見て、ご自身のバストについても話を伺わなくては。
* * * * *
なお数分前、元の服に着替えたミレイは、加藤にこう伝えている。
「おつかれさまです。修理終わったんですね。ちょうどよかった。
これから卯野遼子先生に、少々長めの聞き取り調査をお願いしています。
お待たせするのも申し訳ありませんので……どうぞ、お帰りになられて結構です。
ここまで案内していただき、本当にありがとうございました。
5時頃になったら電話しますので、迎えに来ていただけますか?」
「りょ……了解ッス!」
「?」
加藤が浮かべた悔し涙の理由を、ミレイは知る由もない。
* * * * *
ありがたいことにこの対談、アポを取った時点で向こうもかなり乗り気だった。
なぜなら彼女も、独自に千々山の豊乳を研究していたから。
つまり、卯野遼子先生はまぎれもなく私の「先輩」だったのだ。思いがけない朗報に心が踊った。
<もちろんOKよ〜。ぜひ来てちょうだい。今までの研究を全て、アナタに引き継いでもらいたいわ!>
電話口のはしゃいだ声を思い出す。同士との出会いを喜んでくれたのだろう。
そして今、こうして2時間近くもインタビューの場を用意してくれたのだ。まさに渡りに船。運命的とすら思えるチャンスだった。
「養護教諭としてかなり長くお勤めなのですね」
「まあね。ほとんど兼業だけど」
「兼業?」
「そ。公務員の兼業なんてホントは違法なのにね」
白衣の下で肩をすくめる遼子先生。自嘲する吐息にすら色香を感じる。
「アタシはそこまで優秀じゃかったから、医師国家試験に1回落ちちゃってねー。卒業後、ひとまず養護教諭として千々山小に勤務することにしたの。
ところが、なんせ医師不足だから。村人にしょっちゅう『病院を手伝ってくれ〜』って頼まれるのよ。せっかくの医大卒に、養護教諭だけさせておくのは惜しいってワケ。
まあ〜、過疎地ならではのやむを得ない事情よね」
「ああー……それは大変でしたね」
「で、村に来て2年目。再受験の末に、やっと医師免許を取れたの。
それからは、より本格的にこっち(卯野医院)で頼られるようになったわ。清広さんとお義父さんだけで回せなくなったら、アタシが電話で呼び戻される、って流れ。
ひどいと思わない? あくまで本職は養護教諭なのに!」
「は、はい」
あいまいな返事で頷く。でも確かに、児童に割かれるべき人的リソースを高齢者が横取りするのは問題だ。
「まあ幸い、子どもたちはみ〜んな健康な子ばっかりだから。めったに体調も崩さないし。学校に居ても閑職なのは、否定できないのよねぇ」
「それでも、今回のはるちゃんみたいに突発的なケガはありますよ。校外の事情で保健室の先生が不在になるのは、問題だと思います」
「あ、わかってくれる? ミレイちゃん好きー♥」
テーブル越しに身を乗り出す先輩。その視線に込められているのは、おそらく“期待”だ。卒業後、私にこの村で働いてほしいのだろうか?
「そんな働き方しているうちに、清広さんとなんだかんだ良い関係になって……卯野家に嫁いだの。彼は内科が得意で、アタシは外科が得意。義理の妹(やよいちゃん)は熱血リハビリ指導が得意。お義父さんはさすがのベテランだし、けっこう良いチームワークで、うまくやってるわ」
先輩は力強い笑みを見せた。こんな頼もしい医療人に、私もいつかなれるだろうか。
「地方の医師不足は深刻なんですね」
「もっとも、ウチが唯一ってわけじゃないのよ。もうひとり、往診医の夏目先生って人がいてね。通院の難しい患者さん宅へ訪問診療を行ってるわ。旅館やホテルとも嘱託医契約を結んでる。ウチが届かない分野をカバーしてくれる、ありがた〜い存在ね」
「なるほど。すばらしい人格者ですね」
「あと、忘れちゃいけないのが、助産院の存在。ウチは産婦人科やってないから、そっちにお任せしてるの」
「……助産院」
妊婦さんが入院し、産前産後ケアを受ける施設だ。しかし千々山村のそれは――
「あ、今どんな所か想像したでしょう?」
「えっ? は、はい」
戸惑う私を面白がるように、先輩は腕組みしてニヤニヤ笑う。
「いやあ……あそこはねぇ〜、驚くわよ? 外から来た人にはホンット信じられない光景。
ベッド数たった3の小規模施設だけどね。特製のマタニティウェアや、胸を乗せて歩くためのカート、人間用とは思えない搾乳器なんかがあるの。
なんせ村の女性が妊娠したら、どれだけ膨大なバストになるか……想像つく?」
妊娠期の乳房が膨らむのは、脂肪の蓄積ではなく、乳腺の活性化によるもの。前方よりも、下半分から脇にかけて大きく膨らむ。そのため、マタニティブラはアンダーから見直す必要がある。
――そこまでは知っていたが、
「ええと、サイズではわかりませんが、標準では乳房重量が1〜1.5キロほど増すそうですね」
「そう。それが世間で言う『標準』。ところがね、この千々山じゃ……クスッ、ウフフッ♥」
「?」
思い出し笑いしながら、先輩はスッと右手を前へ伸ばした。立てられた指の数は4本。
「ざっとその4倍。4〜6キロの増加が、ここの『標準』よ」
「ええっ!?」
「な〜んてね。ウ・ソ♥ そんな少ないワケないじゃない。今のは片方の重さ。つまり、世間一般と比べたら――」
右手の横に、指を同数立てた左手も加える。
「8倍。千々山の女性は妊娠すると、乳房だけで8〜12キロ増量するの」
「そっ……そんなに?」
そこまで大量の母乳、どんなに元気な赤ちゃんでも飲みきれないだろう。それどころか、大きすぎて授乳に差し障るのではないか? なんせ、片方の増加分だけで新生児の体重より重いのだ。下手をすれば、乳房で窒息させかねない。
「正確に測ったワケじゃないけど、妊婦さんはバスト130〜140台がザラよ。ただしあくまで平均的な話。妊娠前がMとかNカップだった場合ね。
さて、これがもともと大きい人だと、どうなるか……?」
どうなってしまうの? 一抹の恐怖すら覚えながら、私はごくりとつばを飲み込む。
「バストは150を軽く上回り、身長を超えることも珍しくないの」
「し、身長を、超える……!?」
狼狽せずにはいられない。ありえるのだろうか!? 現実にそんなことが!
「本当にスゴいのはここから。その『身長超え』をね、“妊娠せずとも”果たしてしまう女性が、ごくたま〜に現れるの。特に肥満体型ってわけでもないのに、よ? さすがに村でも数えるほどしかいない、奇跡的存在だけどね」
「…………」
もはや絶句するしかなかった。そこまで肥大化した乳房を抱えながら、並の生活が送れるのだろうか? 肩や首、肺にかかる負担は? それほどのものだろうか?
「というワケで――アタシたちがどれほど“大きな”謎に挑んでいるか、実感してくれたかしら?」
「!」
二重の意味を理解する。気の利いた言い回しが可笑しかった。
「はは……『大きな』って、そっちの意味ですか」
「いいえ、謎としてもよ。この現象――千々山村の豊乳は、一筋縄じゃ解明できない。
アタシは長年かけて、手がかりになりそうな事例を集めたけど、結局、原因の特定には至らなかった。いつの間にか『こういうもの』だと受け入れていたわ。
ミレイちゃんから調査依頼のメールをもらうまで、探究心は眠っていたの。それが今日、ひさびさに動き出した!」
心強い。先輩の瞳の奥では研究意欲が再燃しているようだ。
「前置きが長かったけど、まずは心構えを、ね。これからいくつものエピソードを紹介する。いちいち驚いてちゃ、くたびれちゃうわよ?」
「はいっ! お心遣いありがとうございます」
私もしゃきっと姿勢を正す。
「じゃあ始めにひとつ、用語を定義しておきましょう」
「定義?」
「後で詳しく説明するけど……千々山女性の肉体で特殊な成長が見られるのは、乳房だけじゃなかったの」
「ええっ? 初耳です」
「乳腺や脂肪組織だけにとどまらない。重量に耐えるため、周辺の筋肉や呼吸機能まで、総合的に発達することが分かったわ。結果、ストレスは軽減され、村人は平然と生活できるのよ」
「驚きました……。乳腺肥大症とは明らかに違いますね」
「そう。これはあくまで健常な発育。加えて、成人後もゆるやかに成長し続けるのも特徴ね。だから病気と区別して、アタシはこう名付けた」
先輩はそう言うと、卓上のメモ用紙にペンを走らせる。
『Symphonic
Oversize
Natural
Growth』
縦に並んだ単語の頭文字を丸で囲み、私に見せた。
「調和的な・特大の・自然な・成長。頭文字をとって【SONG】よ。どうかしら?」
「…………」
あからさまに期待のまなざしを向ける先輩。ここは褒める流れだろう。
「す、素敵だと思います『ソング』。略語としての無機質さがなく、やわらかい感じで」
「そう? いや〜、ずっとコレ誰かに言いたかったのよー」
「“Synchronize”(シンクロナイズ)じゃなく、あえて“Symphonic”(シンフォニック)なのが良いですね。音楽的イメージで統一されてて」
「おっ、そこ気付いてくれるぅ? ミレイちゃん好きー♥」
照れ笑いする先輩を、初めて可愛いと思う。妖艶な美女のイメージだったのに、案外子どもっぽい一面もあるのかな?
と思いきや、
「さっ、何でも訊いてちょうだい。アタシの胸についででも、遠慮なくどーぞ?」
「!」
ああ、やっぱりこの人には敵わないな。
「おそれいりました。すでに最初の質問をお見通しとは」
「ウフフ」
「では、教えて下さい。先輩ご自身のバストについて」
「OK〜。お安いご用よ♥」
先輩はおもむろに白衣をはだけ、色っぽい所作でカットソーの胸元を強調する。その隆起はグラビアモデル級――世間一般の感覚なら、十分に豊かと言えるだろう。
「アタシ、卯野遼子のバストは94センチのFカップ。この村では『非常に小さめ』に分類されるでしょうね」
かくも常識外れな千々山の基準だが、それは事前に知っていたこと。気になるのは発達の経過だ。
「こちらに来られる前は?」
「Eカップ」
「!?」
「あ〜、期待外れだった? ミレイちゃん、アタシの胸見て『どっちだろう?』って迷ってるみたいだったから」
「う……」
図星だ。なぐさめの微笑を向けられ、ただただ恥ずかしい。
でも当然か。私の平らな胸を見れば、その奥の期待なんて見透かせるわよね。
事実、私はA〜Bカップという回答を望んでいたんだもの。先輩のバストは『よそ者でも、ここで暮らせば胸が育つ』という実例であってほしかった。
「つまりアタシは、たった1カップ上がっただけ。この程度じゃ【SONG】に当てはまらないわよね?」
「はい。ですが……影響ゼロではないのかも。1カップの上昇は、『弱くとも効果あり』と見ることもできます」
「かもね。ちなみに他の移住者も同様よ」
「移住者……外から嫁いだ女性のことですか?」
「ええ。ここでは村民同士の結婚が多めだけど、お嫁さんとして村に来る女性も、ときどき現れるの。彼女たちのバストも、せいぜい1〜2カップの上昇にとどまるらしいわ。中には、変化なしという例も」
「そこには、先輩より長くこの村に住んでいる方も含みますか?」
「もちろん」
「ということは……この村で『何年過ごすか』は無関係のようですね」
やはり遺伝子が前提? この地にだけ、特別なDNAが受け継がれているのだろうか?
「先輩は養護教諭ですから、毎日、学校給食を召し上がってますよね?」
「そうよ。すくすく育つ子どもたちと、同じものを食べてるわ」
「給食には地元の食材を?」
「ええ。基本的に地産地消。小学校の給食室で作られ、すぐ隣の中学校へも同じ献立が届けられるの」
「すると、栄養とも関係なし? いや――」
決めつけるのは早計だ。
「あるいは、『栄養と関係するが、他の条件により制限を受ける』とも考えられますね」
「アタシは後者を疑ったわ。肉体を構成するモノだけに、栄養は無視できないと思う」
先輩は細いあごに手を当て、考える仕草で言葉を続ける。
「村の農産物は大豆・キャベツ・鶏肉など、豊胸効果があると言われるものばかり。
移住者のバストが1〜2カップ膨らむのは、それらの効果だと仮定しましょう。
でも、村民の発育はその比じゃない。
【SONG】が発現すると、同じ栄養を摂取しても、アタシたちとは明らかな違いが見られるの。
本来1の成長が、5にも10にも倍増されるようにね」
「言わば、『ギアの入った状態』?」
「そう、それよ!」
パン! と手を叩いてから、先輩はひとさし指を向ける。
「問題は、どういう条件でその成長ギアが入るか? ってコトなの」
「やはり……遺伝でしょうか」
落胆するような私のセリフに対して、さっき向けた指をチッチッチッと振る先輩。
「ち〜がうんだなぁ。ミレイちゃん、諦めるのはまだ早いわ」
「?」
「いや実際、アタシも諦めかけたんだけどさ。
移住者に【SONG】が発現しないのは、本当に全員共通か?――確かめようにも、移住者自体が少なくてね。
研究が行き詰まり……『なんだかんだで、やっぱり遺伝なかぁ』って思い始めてたの。
だけどそんなアタシの前に、4年前、きわめてレアなケースが舞い込んできた」
「レアなケース?」
「移住者に【SONG】が発現したの」
「ええっ、本当ですか!?」
「ほんとほんと。ちょっと待って。今、ノート持ってくるから」
羽織っていただけの白衣をソファに残し、先輩はデスクへ向かう。ひきだしから取り出したキャンパスノートは、表紙に“Noten”と書かれていた。
(のてん?……ああ、ドイツ語か)
『歌』の研究ノートが『楽譜』とは、なかなか洒落ている……と言うか、中二っぽいセンスだ。先輩はそれをパラパラめくりながら戻ってくる。
「若柳雫ちゃん。彼女は――」
「ちょ、ちょっと待ってください。実名は伏せましょうよ。プライバシー上、問題ですよね?」
「おっと、いけないいけない。じゃあ『Sちゃん』と呼ぶわね。……めんどくさいけど」
/// Karte #1.Shizuku Wakayanagi ///
「Sちゃんは4年前の4月、一家でこの村に引っ越して来たの。ちょうど中学入学のタイミングね。なんせ転入生なんて数年に一度だから、人気者だったらしいわ」
光景が目に浮かぶ。生徒数の少ない田舎なら、さぞ歓迎されただろう。
「余談だけど、この村では昔から、女の子の名前に漢字を使わないのが普通でね。『雫』って名前も珍しがられて――」
「先輩! 実名は」
「いっけね☆」
危なっかしいなあ。養護教諭として大丈夫かな? この人。
「ところで……小学校勤務の先輩が、どうして中学生のデータをお持ちなんですか?」
「ああ。中学校が移転して、小学校と隣同士になってからは、柔軟に人手をやりとりしてるのよ。中学の身体測定をアタシが手伝いに行くし、その逆も、ってワケ」
「よかった。てっきり小中合同の保健室かと」
「いやいや、ちゃんと両方にあるわよー」
※[保健室の設置は学校保健安全法により定められている]
「ちなみに中学の養護教諭は、定年後に再雇用された元・校長先生。村の教育長でもあるわ」
「教育委員会のトップが、保健室の先生も務めているんですか?」
「うん。彼女が会議とかで不在のときは、アタシが小中かけもち。逆に、アタシがここ(卯野医院)に引っぱられているときは、彼女がかけもちしてくれるの」
いろいろ兼務が当たり前なのか。過疎地の教育現場は大変だなあ。
「さて、Sちゃんの話に戻るけど――
名前のイメージに違わず、スラッとやせ型でね。身長は高め。キツネ目だけど穏やかな顔立ちで、髪はサラサラのセミロング。細い筆でシュッっと描かれたような美少女だったの。
バストは中学入学時でAAカップ。村では激レアなスレンダーボディよ。男子の視線も浴びまくってたでしょうねえ。ウフフ♥」
「え、どうして男子が?」
「あれえ? ミレイちゃん、この村に来てまだ自覚なかったの?」
「?」
「千々山のオトコはね……なぜか微乳フェチばっかりなのよ」
「びっ!? びにゅ……」
自分でもわかるくらい、かあっと赤面してしまう。
「アハッ♥ とはいえ、『微乳』の判定自体甘いんだけどねー。アタシのFカップすらそう見えてるかも。清広さんと結婚する前、かな〜りモテた日々もいい思い出よ」
(もっ、もしかして! 加藤さんがチラチラ見てたのも、珍しさからじゃなく……って、何考えてんの私! 男の人の好みなんて、知らないんだからっ!)
頭を左右に振ってヘンな想像を払い落とす。
「す、すみません、何度も脱線させてしまって。それで、しずk…コホン、Sちゃんのその後は?」
「入学後4か月間は何ともなかったの。ところが、夏休み明けからめざましい急成長が始まってね。あっという間に彼女のお母さんを追い越し、中3の春にはアタシと同じくらいまで膨らんだ。最終的には、卒業までに96センチ・Jカップに至ったわ」
「す、すごい……」
アンダーは65弱。そんな細身に、みずみずしい果実がプルンと実るさまを想像する。
「まあ、村の中学生としてはごく普通のレベルだけどね」
さすが千々山。いちいち衝撃をダメ押ししてくれる。
「重要なのは、Sちゃん一家に、村といっさい遺伝的つながりが無いこと。遠い親戚がいるとかじゃなく、完全に外部のDNAをもつ女子に【SONG】が発現したのよ。ちなみにSちゃんのお母さんは、ほぼ変化なしだった」
「それなら……決まりじゃないですか。遺伝は無関係ですね!」
希望を含んだ私の声に、先輩は大きく頷く。
「しかし、『最終的』とはどういう意味です? もしかしてSちゃんの成長は、Jカップで止まったのですか?」
「それが残念なことに……高校進学を機に、Sちゃん一家は村を離れたのよ」
「えっ、また引っ越しちゃったんですか?」
「県内だけどね。通勤通学の都合らしいわ。仲良しの友達から涙で見送られていたみたい」
在住期間はたった3年。その間にAAからJまで、10カップも成長するなんて……。千々山村の環境には、絶対に特殊な“何か”がある。
「半年くらい経った頃、アタシはSちゃんに手紙を送ったの。だって気になるでしょう? その後どうなったか?」
「はい……わかります」
「『お元気ですか?』から始まって、バストやその他体調に変化がないか、質問してみたのよ。
すると、返事はこうだった――
『私の胸は、やっと成長が止まって安心しています。アンダーがちょっと増えたので、今はIカップです。おかげで、ブラはどうにか既製品で間に合ってます』
『体調で悪いところは特にありません。しいて言うなら、引っ越したばかりの頃、よく眠れなかったのですが。今はすっかり健康です』
――ってね」
「!!!」
ざわっと身震いした。だって、あまりにピタリと一致しすぎている!
(村を離れて止まった成長、一過性の不眠……まさに、匹田さんの例そのままだわ!)
一瞬、先輩に匹田さんのことを話そうと思ったが、やめにした。名前を伏せても、「Uターンしてきた女性」だけで特定されそうだったから。
「ところで、アタシがこの研究を始めたときね……最初に疑ったのが、ニワトリ用のホルモン剤だったの」
「あっ、私もそれは一番に疑いました」
海外では、食肉鶏に投与した成長促進剤が消費者に影響した例がある。ごく近年の話だ。
だから午前中、加藤さんの案内で養鶏場を見学に行ったのだけど――
「でも、村のニワトリは完全なオーガニック環境で飼育されていました。人工的な薬物は使われていませんでしたよ?」
「そうなの。アタシもそれでニワトリへの疑いを晴らしたつもりだったけど……海外の実例があるだけに、モヤモヤが残ってたのね。だけどSちゃんのおかげで、それも完全に晴れた」
「あ……もしかして、アレルギー体質ですか?」
「そう。彼女は鶏肉も鶏卵も食べられなかったのよ。にもかかわらず【SONG】が発現した。つまり、完全にニワトリが無関係だと“確定”したってワケ!」
「すごいですねSちゃん。彼女の一例だけで、いろんなことが判明していきます」
「よーし、ちょっと紙にまとめてみましょうか」
関係ある → 環境
関係あるかも? → ニワトリ以外の食物
関係ない → 在住期間、遺伝、ニワトリ
書いてみて思った。『環境』ではあまりに大まかすぎる。これを絞り込んでいくのが今後の課題だ。
「さてミレイちゃん、ちょっと訊くけど」
「?」
「アナタなら『年齢』を、どこに入れる?」
「……やっぱり、そうなりますよね」
薄々気付いていた。【SONG】の必要条件。遺伝がシロなら、次に疑わしいのは『年齢』だと。
「中学生のSちゃんに発現し、その母親には発現しなかった。このことから考えて、『関係ある』と思います」
研究者は私情を排すべき。不都合な事実を潔く受け入れた私は、上段に『年齢』と書き加えた。
(22歳の私は、【SONG】の恩恵に預かることはできないのかな……)
しかし、どうもひっかかる。
医学部卒業後、25歳で千々山村に来た先輩に、【SONG】は発現しなかった。
一方、匹田さんは?
大卒後、2年OLをしてからのUターンだから……同じ25歳。なのに3カップも増している。
この差はどう説明するの?
(一度入った成長ギアは、キャンセルされない……?)
そう考えれば納得がいく。成長ギアを入れるには年齢制限がある。が、一度でも経験してしまえば、何歳になろうと、村を離れようと、ずっと持続するのだ。
すなわち【SONG】の必要条件は2重。
『@若いうちに成長ギアを入れる → A村で暮らす』
この順序だ。
先輩に発現しなかったのは、@が「間に合わなかった」から。
Uターン後の匹田さんに発現したのは、@が「持続していた」から。
だとすれば、もしSちゃんが千々山村へ戻って来たら、発育が再開するはず。
――今は、仮説として心に留めておこう。
「しかし先輩、Sちゃんの母親まで把握しているとは。医師として、一般村民のバストをも観察していたのですか?」
「ふっふ〜ん♪」
あ、このごまかしはYesだ。
「それ以外にも有力な情報源がいてね。この村が誇る凄腕ブラフィッターと飲み友達なの」
「はあ……」
他人にカラダのことを話題にされるのは、あまり良い気分じゃない。が、バストにオープンな千々山の文化では、それも気にしないのだろう。
「彼女とアタシは、それ以外にもちょっとしたつながりがあるのよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同時刻、堤は『かしの』のバックヤードで大荷物を片付けていた。パッケージにこれほど大きな箱を使うのも何年ぶりだろうか。
「よしっ。飯村様と辻倉様へ、明日のお渡し分……準備完了っと」
さあ、帰り支度だ。定時にはまだ早いが、時間単位年休を申請してある。
「それじゃ、お先に上がらせていただきまーす。望月さん、あとよろしくね」
「はいっ、おつかれさまでしたー」
入社2年目の後輩がNカップの胸をぷるんと揺らしながら、元気よく返事する。
『どんなおっぱいも包むつつみさん』こと堤優衣は、店員の他に、ある“委員”を引き受けていた。本人はボランティアのつもりだが、結果的に店の売上につながるので、業務と呼べなくもない。
本日の早退も、その委員仲間から頼まれた用事のためだった。
(それにしても、いいのかしら? 村の子どもたちに秘密にしてるのに、外の人に話すなんて初めてじゃない?)
駐車場へ向かう堤は、車のキーをいじりながら考える。「秘密は守らせる」と言った彼女を、疑うわけではないのだが。
(私も口が軽いからなー。うっかりプライバシー漏らさないよう、気をつけなきゃ)
午前中、ふたりの小中学生に12Zカップのブラを見せたことを思い出す。
(あのあと、尾崎さんどうしたかな? 本当に持ち主を探し回っていなきゃいいけど……まさかね)
運転席に乗り込む。シートベルトが食い込む105センチ・Kカップは、村では小さめ。だが、それでも大したものなのだ。
なぜなら、堤は隣市からの移住者。それでいて、生粋の村民に混ざっても違和感ないのだから。
(まあ、知られて困ることもないか)
アクセルを踏む。行先は卯野医院だ。委員仲間にして飲み友達の、『リョーコ』が待っている。
(実際、知ってる大人は何人もいるもんね……D組の存在なんて)
つづく